判例検索β > 平成29年(行ヒ)第209号
納税告知処分等取消請求事件
事件番号平成29(行ヒ)209
事件名納税告知処分等取消請求事件
裁判年月日平成30年9月25日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別判決
結果棄却
原審裁判所名広島高等裁判所
原審事件番号平成27(行コ)30
原審裁判年月日平成29年2月8日
判示事項給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について,法定納期限が経過したという一事をもって,その納付義務を成立させる支払の原因となる行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとはいえない
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平成29年(行ヒ)第209号納税告知処分等取消請求事件
平成30年9月25日第三小法廷判決

主文
本件上告を棄却する
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人近藤正昭ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1
本件は,上告人が,その理事長であったAに対し,同人の上告人に対する借
入金債務の免除をしたところ,所轄税務署長から,上記の債務免除に係る経済的な利益がAに対する賞与に該当するとして,給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため,被上告人を相手に,上記各処分(ただし,上記納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)の取消しを求める事案である。
2
原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)

上告人は,青果物その他の農産物及びその加工品の買付けを主たる事業と
する権利能力のない社団である。
Aは,昭和56年,上告人の専務理事に就任し,平成6年3月17日から同22年6月17日までの間,上告人の理事長の地位にあった。
(2)

Aは,昭和56年頃から,上告人及び金融機関から繰り返し金員を借り入
れ,これを有価証券の取引に充てるなどしていたが,いわゆるバブル経済の崩壊に伴い,借入金の弁済が困難であるとして上告人に対し借入金債務の減免を求めた。これに対し,上告人は,平成2年12月以降,Aに対し度々その利息を減免したものの,その元本に係る債務の免除には応じなかった。
(3)ア

Aは,平成16年7月23日,株式会社Bとの間で,借入金のうち6500万円を分割弁済した場合にはその余の支払義務の免除を受ける旨を合意して,同社に対して6500万円を分割弁済し,同17年7月31日,同社から,借入金残元本4382万1143円等の債務の免除を受けたが(以下,この債務の免除による経済的な利益を「平成17年債務免除益」という。),その後は後記(4)の債務の免除を受けた同19年12月まで,Aの資産に増加はなかった。イ
Aは,同人の平成17年分の所得税の更正処分等を不服として異議申立てを
したところ,所轄税務署長は,平成19年8月6日,上記異議申立てに対する決定をし,その理由中において,平成17年債務免除益について平成26年6月27日付け課個2-9ほかによる改正前の所得税基本通達36-17(以下「本件旧通達」という。)の適用がある旨の判断を示した。本件旧通達は,その本文において,債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする旨を定めていた。
(4)

Aの上告人に対する借入金債務の額は,平成19年12月10日当時,5
5億6323万0934円であったところ,上告人は,A及び同人の元妻から,その所有し又は共有する不動産を総額7億2640万9699円で買い取り,その代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺するとともに,Aに対し,上記相殺後の上記借入金債務48億3682万1235円を免除した(以下,この債務の免除を「本件債務免除」といい,これによりAが得た経済的な利益を「本件債務免除益」という。)。
(5)

所轄税務署長は,平成22年7月20日付けで,上告人に対し,本件債務
免除益がAに対する賞与に該当するとして,本件債務免除等に係る平成19年12月分の源泉所得税につき,納付すべき税額を18億3550万6244円とする納税告知処分及び納付すべき加算税の額を1億8355万円とする不納付加算税の賦課決定処分をした。
(6)

上告人は,前記(3)イの異議申立てに対する決定において,Aについて「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして本件旧通達が適用されたため,本件債務免除益についても本件旧通達の適用により課税の対象とならないと考え,Aとその旨確認の上,本件債務免除をしたのであるから,本件債務免除益が納税告知処分の対象になるのであれば,上告人とAが確認した前提条件に錯誤があり,これは要素の錯誤であるから,本件債務免除は無効である旨主張している。
3
原審は,上記事実関係等の下において,本件債務免除益は所得税法28条1
項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するとした上で,Aの資産の状況に照らし,本件債務免除によりAが得た経済的な利益は12億8479万1053円であり,Aに係る平成19年12月分の源泉所得税の額は4億8573万4304円であるとし,上告人の上記2(6)の主張につき次のとおり判断して,同(5)の各処分(ただし,納税告知処分については審査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)中,納税告知処分のうち上記源泉所得税の額を超えない部分及び不納付加算税の賦課決定処分のうち同部分に係る部分(以下「本件各部分」という。)は適法であるとした。
申告納税方式の下では,同方式における納税義務の成立後に,安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは,納税者間の公平を害し,租税法律関係を不安定にすることからすれば,法定申告期限を経過した後に当該法律行為の錯誤無効を主張することは許されないと解される。源泉徴収制度の下においても,源泉徴収義務者が自主的に法定納期限までに源泉所得税を納付する点では申告納税方式と異なるところはなく,かえって,源泉徴収制度は他の租税債権債務関係よりも早期の安定が予定された制度であるといえることからすれば,法定納期限の経過後に源泉所得税の納付義務の発生原因たる法律行為につき錯誤無効の主張をすることは許されないと解すべきである。
4
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。給与所得に係る源泉所得税の納付義務を成立させる支払の原因となる行為が無効であり,その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは,税務署長は,その後に当該支払の存在を前提として納税の告知をすることはできないものと解される。そして,当該行為が錯誤により無効であることについて,一定の期間内に限り錯誤無効の主張をすることができる旨を定める法令の規定はなく,また,法定納期限の経過により源泉所得税の納付義務が確定するものでもない。したがって,給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について,法定納期限が経過したという一事をもって,当該行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとする理由はないというべきである。
5
以上と異なる見解の下に,上告人が法定納期限の経過後に本件債務免除の錯
誤無効を主張することは許されないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら,上告人は,本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張をするものの,前記2(5)の納税告知処分が行われた時点までに,本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張をしておらず,したがって,上告人の主張をもってしては,本件各部分が違法であるということはできない。そうすると,本件各部分が適法であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,結局,採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官山崎敏充の補足意見がある。
裁判官山崎敏充の補足意見は,次のとおりである。
私は法廷意見に賛成するものであり,本件における上告人の錯誤の主張は,本件債務免除益については本件旧通達が適用され給与等の収入金額に算入されるべきではないとして納税告知処分の適法性を争うかたわら,もしその主張が容れられないのであれば本件債務免除は錯誤により無効であるというにとどまり,上記納税告知処分が行われた時点までに本件債務免除による経済的成果がその錯誤無効に基因して失われたことについては何らの主張もしていないのであるから,同処分を違法ならしめる主張としてしんしゃくすることができないことも法廷意見の指摘するとおりと考えるが,そもそも上告人の主張に係る錯誤の成否自体について相当の疑問を感じるところであるので,この種の錯誤無効の主張があった場合における錯誤の成否の審理方法について,若干の意見を補足しておきたい。
本件各部分が適法とされるのは,Aの資産の状況に照らし,本件債務免除により免除された債務の全額である48億3682万1235円のうち12億8479万1053円については,給与等の収入金額に算入することができることによるものである。上告人は,本件債務免除益の全部について,本件旧通達の適用により課税の対象とならないと考えていたとして,本件債務免除に錯誤があるというのであるが,これは,一般的には課税がされる可能性を認識しつつも,Aの資産の評価に関し,現実の評価額よりも低く認識していたため,本件債務免除益の全部について課税の対象とならないと考えていたというものにほかならず,結局のところ,Aの資産の状況やその評価について誤った認識を有していたというにすぎないものである。
しかしながら,本件債務免除がされた時に,Aが上告人の理事長であったことからすると,Aが有していた資産の状況について,上告人において正しく認識することが困難であったということはできない道理であるし,その資産の評価方法について,自ら考える評価方法とは異なる評価方法が相当とされることもあり得ることは当然に認識し,また,認識すべきものであるから,そもそも本件債務免除に関し要素の錯誤があったといえるかについては種々疑問が提起され得るのであり,十分な検討に基づく慎重な判断が求められるところであろう。
一般に課税処分等の適否を争う訴訟において,当該処分の原因となった法律行為の錯誤無効の主張がされ,その成否を審理判断するに際しては,事案に応じて,錯誤の対象,表意者の認識,重過失の有無等を認定された具体的事実に基づいて慎重に検討すべきものであることを指摘しておきたい。(裁判長裁判官林
景一

山崎敏充

裁判官

裁判官

岡部喜代子

宮崎裕子)
裁判官

戸倉三郎

裁判官

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