判例検索β > 平成29年(行ケ)第10158号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成29(行ケ)10158
事件名審決取消請求事件
裁判年月日平成30年10月30日
法廷名知的財産高等裁判所
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平成30年10月30日判決言渡
平成29年(行ケ)第10158号審決取消請求事件
口頭弁論終結日

平成30年9月18日
判決原告
スリー・ディー・マトリックス
インク

同訴訟代理人弁理士

雅田あや子伊告条瀬被南波興一朗
マサチューセッツ
テュート

被告
被告ら訴訟代理人弁理士

オブ

バーシテック

谷田田文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
インスティ
テクノロジー

リミテッド

村坂主松裕道子啓啓司3
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由

第1

請求

特許庁が無効2016-800082号事件について平成29年3月21日にした審決を取り消す。
第2

事案の概要

1
(1)

特許庁における手続の経緯等
被告マサチューセッツ

インスティテュート

オブ

テクノロジーは,
発明

の名称を,「止血および他の生理学的活性を促進するための組成物および方法」とする特許出願
(優先権主張:平成17年4月25日,
米国。
平成18年1月13日,
米国。)をし,平成25年2月22日,設定の登録(特許第5204646号)を受けた(請求項の数17。以下,この特許を「本件特許」という。甲151)。その後,同被告は,被告バーシテック

リミテッドに対し,その特許権の持分の一部

を譲渡した。
(2)

原告は,平成28年7月13日,本件特許について特許無効審判を請求し,
無効2016-800082号事件として係属した(乙1)。
(3)

特許庁は,平成29年3月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月30日,原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。(4)

原告は,
平成29年7月27日,
本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起

した。
2
特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし17の記載は,次のとおりである(甲151)。以下,請求項1ないし17に係る発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」という。また,その明細書を,図面を含めて「本件明細書」という。
【請求項1】必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,該処方物は,自己集合性ペプチドを含み,ここで,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなり,該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである,処方物。【請求項2】身体上もしくは体内への投与のための薬学的に許容され得る担体および/または非線維性因子をさらに含む,請求項1に記載の処方物。【請求項3】前記処方物が,治療剤,予防剤,診断剤,薬学的に許容され得る希釈剤,充填剤または油をさらに含む,請求項1に記載の処方物。
【請求項4】前記処方物が,微粒子,ポリマーマトリックス,ヒドロゲル,織物,包帯,縫合糸またはスポンジ内に組み込まれる,請求項1に記載の処方物。【請求項5】前記自己集合性ペプチドが,1.0%~10.0%の濃度である,請求項1に記載の処方物。
【請求項6】前記自己集合性ペプチドが,1.0%~3.0%の濃度である,請求項5に記載の処方物。
【請求項7】前記自己集合性ペプチドが,2.0%~3.0%の濃度である,請求項5に記載の処方物。
【請求項8】前記処方物が,スプレー,注射,注入,塗布もしくはコーティングの形態である,請求項1~7のいずれかに記載の処方物。
【請求項9】前記処方物が,オブラート,ディスク,ゲル,ストリップ,膜,錠剤,溶液,懸濁液またはエマルジョンの形態である,請求項1~7のいずれかに記載の処方物。
【請求項10】前記処方物がさらに,抗炎症剤,血管収縮薬,抗感染薬,麻酔剤,増殖因子,細胞,有機化合物,生体分子,着色剤,ビタミンまたは金属を含む,請求項1~9のいずれかに記載の処方物。
【請求項11】前記必要部位が,血管,組織,泌尿器系領域,肺,硬膜,腸,胃,心臓,胆管,尿路,食道,脳,脊髄,胃腸管,肝臓,筋肉,動脈,静脈,神経系,眼,耳,鼻,口,咽頭,呼吸器系,心血管系,消化器系,泌尿器系,生殖器系,筋骨格系,外皮もしくは吻合部位の内部にあるか,または隣接している部位である,請求項1~10のいずれかに記載の処方物。
【請求項12】腫瘍の切除の間に投与されることを特徴とする,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
【請求項13】角膜の修復の間に投与されることを特徴とする,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
【請求項14】動脈瘤に投与されることを特徴とする,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
【請求項15】潰瘍に投与されることを特徴とする,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
【請求項16】火傷に投与されることを特徴とする,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
【請求項17】前記処方物がさらに着色剤を含む,請求項1~11のいずれかに記載の処方物。
3
(1)

本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本件発
明1は,
下記アの引用例1により利用可能となった発明
(以下
「引用発明」
という。

並びに下記イの引用例2及び下記ウの引用例3により利用可能となった事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではない,などというものである。ア
引用例1:(省略)(ただし,平成17年4月15日に掲載されたもの。甲
1の1)

引用例2:(省略)(ただし,平成17年4月16日に掲載されたもの。甲1の2)

引用例3:(省略)(ただし,平成17年4月16日に掲載されたもの。甲
1の3)
(2)

本件審決が認定した引用発明,
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

は,以下のとおりである。なお,以下,アルギニン(R),アラニン(A),アスパラギン酸(D)の各アミノ酸が,ペプチド結合により,RADARADARADARADAのとおり配列された物質を「RADA16」ということがある。ア
引用発明

Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル。

一致点

自己集合性ペプチドを含む処方物であって,該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,またはその混合物からなる,処方物である点。ウ
相違点

本件発明1の自己集合性ペプチドを含む処方物は,必要部位において,出血を抑制するための処方物であって,処方物中の該自己集合性ペプチドが,アミノ酸配列RADARADARADARADAに示す1つの反復サブユニットもしくは複数の反復サブユニットからなるか,
またはその混合物のみであるのに対し,
引用発明は,
必要部位において,出血を抑制するための処方物ではなく,処方物中の自己集合性ペプチドの組成も明らかでない点。
4
(1)

取消事由
本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1)


引用発明の認定並びに一致点及び相違点の認定の誤り


容易想到性の判断の誤り

(2)

本件発明2ないし17の進歩性判断の誤り(取消事由2)
第3
1
当事者の主張
取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕
(1)

(ア)

引用発明の認定並びに一致点及び相違点の認定
引用発明の認定の誤り
引用例1ないし3は,ペプチドのバイオマテリアル製品「PuraMat
rixTM」(以下「本件製品」という。)を紹介するために設けられたウェブページの各ページであり,相互にリンクされている。
したがって,引用発明は,引用例1ないし3の全体から把握されるものとして認定されなければならない。
(イ)

そして,引用例3には,本件製品の用途の一つが「止血剤」であると記載
されている。
また,引用例1には,本件製品がNaClとの接触によりゲル化するという作用機序のほか,ゲル化した状態の巨視的写真,微視的写真が記載され,RADA16のゲル構造がファイバー構造であることや,人体への適用のために網羅的に動物実験が行われていることも記載されている。さらに,優先日当時,ゲルの医療用途として,ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用しゲル化させることにより出血を抑制させることは最もよく知られた医療用途の1つであった。
したがって,本件製品が,血液中のNaCl成分と接触することによってゲル化して止血するものであることは明らかである。
(ウ)

よって,引用発明として,本件製品の用途が止血剤である旨認定すべきで
ある。

一致点及び相違点の認定の誤り

正しく認定した引用発明と本件発明1を対比すれば,
引用発明と本件発明1とは,
RADA16以外の自己集合性ペプチドを含むか否かという点において一応相違するにすぎない。
しかし,下記(2)エのとおり,かかる相違点をもって,本件発明1が進歩性を有するということはできない。
(2)

容易想到性の判断

仮に,本件審決が認定したとおり,本件発明1と引用発明との相違点が認められたとしても,当該相違点は,本件発明1は,引用発明と対比して「必要部位において,出血を抑制するための処方物であ」って,「当該自己集合性ペプチドのみが,該処方物における自己集合性ペプチドである」という点で相違するというものである。
そして,必要部位において出血を抑制するための処方物である点については下記アないしウのとおり,RADA16以外の自己集合性ペプチドを含まない点については下記エのとおり,当業者が容易に想到し得るものである。そして,下記オのとおり,本件発明1の効果は当業者が予測し得たものである。

止血効果の確認

引用例3には,本件製品の用途が止血剤である旨記載されているほか,引用例1には,RADA16のゲル化の作用機序,ゲル化した状態の写真等が記載され,さらに感染のおそれもないと記載されている。したがって,本件製品を止血剤として用いることの記載,示唆がある。そして,本件製品をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止血効果があることを確認できる。
また,RADA16水溶液は,3%濃度で100%の止血効果,1%濃度で約41.7%の止血効果が得られる(甲3)。当業者が「他の成分として何を追加したら止血するのか分からない」といった困難に直面することもない。よって,技術常識,周知技術によって補うまでもなく,当業者は,RADA16の止血効果を確認することを動機付けられていたものである。

止血剤とする場合の有効成分,作用機序,組成,使用方法

引用例1ないし3にはRADA16しか記載されていない。当業者は,本件製品がRADA16というペプチドを有効成分とすることを当然に理解し得る。また,引用例1には,RADA16がNaCl成分との接触によりゲル化することが記載され,微視的に見れば,RADA16が自己集合して糸状の構造物を形成し,それが多数形成されて網の目のようになること,巨視的に見れば,それが例えばゼリーのような形状の無色透明のゲルを形成することが,それぞれ写真によって明確に示されている。RADA16が自己集合して網の目のような繊維状構造を形成してゲル化することにより,
出血を抑制させるものであろうことは,
ごく自然に,
明確かつ具体的に理解できる。出血部位におけるゲル形成がバリアになり,液の通過を抑制等することは何ら特別な作用機序ではない。当業者は,RADA16の止血剤としての作用機序を理解できる。
さらに,引用例1のとおり本件製品は1%水溶液や3%水溶液として提供されるから,
当業者は,
これをそのまま単純に出血部位に適用すればよい。
止血剤に,
様々
な剤形,作用機序,使用方法があったとしても,かかる方法は最も単純かつ合理的なものである上,ゲル化による止血剤であれば,出血部位に直接適用するしかないことも明らかである。本件製品を止血剤として用いる場合の組成や使用方法が不明であるということはできない。
なお,ゲルの医療用途として,細胞培養ゲルという用途と並んで,止血剤という用途があるから(甲203),RADA16が細胞培養ゲルとして利用可能とされていることをもって,止血効果がないと理解されることはない。また,細胞培養の足場として機能するゲルと止血剤として機能するゲルとは,ゲル形成過程に相違があるとしても,単に用途に応じた形成過程の相違にすぎない。
したがって,本件製品を止血剤とする場合の有効成分,作用機序,組成,使用方法は明らかである。

(ア)

技術常識
ゲル生成による止血剤に関する技術常識・周知技術

引用例1には,RADA16が,自己集合してゲル化することまで記載されており,ゲル化のための工夫は,RADA16というアミノ酸配列において既に完成している。そして,ゲル(高分子物質がその相互作用により全体として網目構造を形成し,溶媒を多量に含んだまま流動性を失った状態)の医療用途として,ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用しゲル化させることにより出血を抑制することは最もよく知られた代表的な医療用途の1つであった(甲203)。
また,ゲル化をもたらす成分を水溶液の形態で出血部位に適用し,生じたゲルで出血部位を物理的に塞ぐことによって止血する止血剤(ヒドロゲル系止血剤)は,下記(イ)のとおり,優先日当時,広く知られていた(甲203~208,210~213)。いずれも,ゲル化の作用機序(共有結合か否か,一成分か複合体か)等にかかわらず,ゲルを形成する成分が重合又は会合してゲルを形成し,出血部位をゲルによって物理的に塞ぐことによって止血するものである点において共通する。なお,甲210~213の止血剤は,共有結合ではなく,疎水結合・イオン結合等によりゲル化することによって止血するものであるし,共有結合が導入されている止血剤も,共有結合によって,ゲル化が補強されているにすぎない。したがって,「ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,同成分をゲル化させることにより出血を抑制すること」は,優先日当時の周知技術であったというべきである。このような技術常識,周知技術を考慮すれば,当業者は,なおさらRADA16の止血効果を確認することを動機付けられる。
(イ)

ゲル生成による止血剤の例

甲203には,フィブリンについて,水溶液として処方され,出血部位においてタンパク質が重合してゲル化し,止血が起こる旨記載され,また,コラーゲン,ゼラチンについては,速やかにゲル化し,生体組織とよく接着し,優れた止血能を示す旨記載されている(515~517頁)。
甲204には,コラーゲンを有効成分とする単純な液体製剤について,「適用前には液体状であるためあらゆる形状の患部に適用しやすく,適用直後,体液に接触するとすみやかに硬化する等の操作性に優れ」ていること,止血がその医療用途であることが記載されている(【0006】)。また,試験例5として,ラットの盲腸に出血する程度の傷を作成し,当該部位にコラーゲン水溶液を塗布したところ,30秒以内に硬化
(ゲル化)
して出血が止まった旨記載されている【0039】。


甲205には,コラーゲン又はゼラチンを有効成分とする水溶液について,止血がその用途の1つとして記載されており,出血部位に当該水溶液を適用し,架橋,すなわち,ゲル化させることにより,漏れを完全に防ぐ機械的バリヤを形成し,出血を止めることが記載されている(【0029】~【0034】)。甲206には,多糖類を有効成分とする溶液について,生体に適用することにより,溶液状からゲル状に不可逆的に変化して,ゲル状被膜を(共有結合以外の結合によって)形成し,止血剤として有用であることが記載されている(【0001】【0012】)。
甲207には,止血剤として,フィブリンやゼラチンが記載され,水溶性タンパク質であるフィブリンが分子会合してゲル化することにより創傷を膠着させる働きをすること,ゼラチンを有効成分とする製剤GRFが,日本においても外科手術時の止血剤としての有効性が検討されていることなどが記載されている(259~260頁)。
甲208には,ゼラチンを有効成分とする製剤GRFが優れた止血効果を示したことなどが記載されている(106~109頁)。
甲210には,温度応答性材料による止血剤に関し,生体に提供後,温度に応答して溶液状からゲル状に可逆的に変化し,塗布部にゲル状の被膜を形成するという止血剤が記載されている(【0012】)。当該結合は,水素結合や疎水結合による(【0026】~【0028】【0068】)。
甲211には,水素結合やイオン結合によりゲルを形成し,止血バリアとして作用するという止血剤が記載されている(【0022】【0023】【0026】【0032】【0033】【0076】~【0078】)。
甲212には,親水性の基と疎水性の基とを備えることにより,疎水結合やイオン結合等の物理架橋により可逆的にヒドロゲルを形成し,保護バリアを形成するという止血剤が記載されている(【0022】~【0038】【0148】)。甲213には,カチオン性(陽イオン性)物質とアニオン性(陰イオン性)物質とを備えることにより,イオン結合によりゲルを形成して止血作用を発揮する止血剤が記載されている(【0012】【0013】【0048】~【0051】)。エ
(ア)

純度
本件発明1の組成物と本件製品の効果の相違

本件製品のように,RADA16以外の自己集合性ペプチドを含む水溶液であっても,止血効果を奏する(甲4)。本件製品の止血効果を否定する供述書(甲2)は,その試験条件が不明であり,比較の対象も誤っているから,信用できない。また,本件発明1の常法による実施品は,RADA16以外の不純物を含むから(甲201),本件製品と実質的に変わらない。
したがって,本件発明1がRADA16以外の自己集合性ペプチドを含まないことをもって,その進歩性を裏付けることはできない。
(イ)

精製

医薬品においては,不純物が人体に副作用を生じさせる事態を極力避けるべきであるから,当業者にとって,一般に,有効成分の純度を高めることは望ましい。そして,当業者が,常法に基づいて,さらなる精製を行えば,本件製品から「当該自己集合性ペプチド(RADA16)のみが,該処方物における自己集合性ペプチドである」RADA16水溶液を得ることができる。

顕著な効果

本件発明1の効果は,本件製品をそのまま止血に用いる試験さえすれば確認できる。
(3)

小括

よって,本件発明1は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。〔被告らの主張〕
(1)

引用発明の認定並びに一致点及び相違点の認定
引用例3には,「PuraMatrixTM」との記載は全くなく,「製品の
特徴」として多数の不明瞭な用途が並んでいるにすぎない。引用例1と引用例2及び3を比較すれば,ナビゲーション用コラムは一致しておらず,日付も異なっている。
したがって,当業者は,引用例3に記載された用途が,本件製品の用途であると直ちに理解することはできない。

止血剤には様々な剤形,作用機序,使用方法がある。一方,引用例3に「止
血剤」という記載があったとしても,不明瞭な応用分野と並んで記載されたものであり,「止血剤」としての使用に関する説明も全くない。
また,当業者は,引用例1ないし3から,本件製品について,自己集合性ペプチドとして機能するペプチドを含む組成物であること,細胞培養に用いる場合に増殖因子などの成分を添加して組成が変更されること,培地中のNaCl成分に接触させるとゲル化し,細胞培養ゲルになることが理解できるのみである。当業者は,目的・用途に応じて成分を添加し,組成を変更して用いる本件製品について,止血剤に応用する場合の組成,使用方法,本件製品に含まれるRADA16が止血剤の有効成分/不活性担体として含まれるのか等を含め,本件製品がどのようにして止血剤となり得るかについて理解することはできない。
したがって,「止血剤」との記載のみから,本件製品を「止血剤」に応用することについて,具体的な技術的内容を観念することはできない。なお,原告は,欧州特許庁に対して,引用例1ないし3は,止血用途を開示するものではないと主張しており,原告の主張は矛盾している。
(2)

容易想到性の判断
本件発明1は,自己集合性ペプチドそのものをもって,その自己集合性に基
づいて液の通過を抑制/制御するバリアを形成し,出血を抑制する処方物である。本件発明1は,RADA16をもって,イオン相補的なイオン対を形成して巨視的構造体を形成させ,液の通過を抑制/制御するバリアを形成して止血剤とした点に技術的意義がある。
一方,引用発明の本件製品は,イオン結合及び疎水結合を通じてフレキシブルな(共有結合していない)ゲルを形成する(甲1の1,甲103)。イ
「止血剤」との記載

止血剤は,
優先日当時,
組成,
使用方法及び作用機序等において多岐にわたる様々
なものが存在していた(乙20,21の137頁)。一方,一般的な局所止血剤の剤形として,
ゲルや水溶液は知られていなかった(乙21の138頁)「止血剤」。
との語だけではそれが局所投与用であるか全身投与用であるかの別すら不明である。したがって,「止血剤」の一言から,組成,使用方法及び作用機序等の技術的内容が具体的に観念されるわけではない。

「ゲル化」との記載

引用発明は,細胞培養の足場として機能するゲルを形成するペプチドに関する発明である。
引用発明のペプチドは,培養液中のNaCl成分と接触すると「ゲル化」するというものであるが,細胞培養の足場として使用されるペプチドのゲル化構造は,細胞及び液体の流入等を可能にし,また,それらを促進するために大きな通路を有する(甲7)。このような大きな通路を有するゲル化構造では,止血剤のように,液の流通を抑制等するバリアとして機能しない。
また,止血剤として機能するゲルは「ゲル化成分は溶媒中に分散せず,瞬間的にゲル化すること」
を特徴とするのに対し,
細胞培養の足場として機能するゲルは
「ゲ
ル化成分は溶媒中に分散し,比較的ゆっくりとゲル化すること」を特徴とする(甲203,207,乙23,24,27)。このようなゲル形成の相違から,当業者は,細胞培養ゲルがそのまま止血剤となるとは想到しない。実際にも,ゲル生成による止血剤において,それが細胞培養ゲルになると併記されているものはない。エ
自己集合性ペプチド(RADA16)に関する技術常識
優先日当時,自己集合性ペプチド(RADA16)そのものを,出血を抑制するための処方物とするという技術常識はなかった。すなわち,RADA16の長さは16アミノ酸長であり5nm,分子量は約1700である。一方,止血剤の主要な成分であるフィブリノーゲン,コラーゲン,ゼラチン,セルロースについて,フィブリノーゲンの分子量は34万,コラーゲンの長さは約1000アミノ酸長であり290nm,
ゼラチンは変性コラーゲンであり,
その長さは約1000アミノ酸長,
セルロースは繊維状高分子である(乙25)。RADA16のように短く小さいペプチド分子を用いて止血剤にする例は見当たらない。
また,甲203~208の止血剤は,出血部位で共有結合によりゲル化するものや,出血部位で血液との相互作用により膨潤してゲルを形成するものである。甲210~213の止血剤も,出血部位で,ゲル化成分がイオン結合・疎水結合による自己集合性に基づいてゲル化するものではない。いずれの止血剤も,出血部位に適用されたゲル化成分が自己集合性によってゲル化することで出血を抑制するものではない。
さらに,引用発明のゲルは,ペプチドのイオン結合・疎水結合によりフレキシブルな構造体として形成される。そして,血液細胞の流出を抑制する止血剤は,迅速に強固に生体組織へ結合する必要があるところ,イオン結合・疎水結合によるフレキシブルなゲルを止血剤として使用する技術常識もなかった。引用発明のイオン結合・疎水結合によるゲル(物理ゲル)に,強固な結合(架橋)である共有結合による止血剤(化学ゲル)の技術を適用することはできない。

よって,引用例1の「ゲル化」,引用例3の「止血剤」との記載は,本件製
品が「止血剤」としての具体的な技術に至ることについて,何らの具体的な動機付けや示唆にはならない。優先日当時,本件製品に含まれる自己集合性ペプチド(RADA16)を,出血を抑制するための処方物とするという技術常識もなかった。そうすると,当業者は,本件製品について,止血剤に応用する場合の組成,使用方法,本件製品に含まれるRADA16が止血剤の有効成分/不活性担体として含まれるのか等を含め,本件製品がどのようにして止血剤となり得るかについて理解することはできない。

以上によれば,相違点に係る本件発明1の構成は,引用例1ないし3に基づ
き容易に想到し得たものということはできない。
(3)

容易想到性に関する原告の主張について
止血効果の確認

自己集合性ペプチドとして機能するペプチドを止血剤とする技術常識はなかったから,RADA16を「そのまま」止血剤に応用することは想到し得ない。イ
止血剤とする場合の有効成分,作用機序,組成,使用方法

止血剤には,様々な剤形,作用機序,使用方法があるから,本件製品を止血剤に応用するに当たって,これを,いかなる具体的な組成のもと,いかなる使用方法により使用すれば,どのように止血作用を奏するのか不明である。
また,引用発明は,細胞培養ゲルの足場として使用されるものであって,その場合には,増殖因子などを添加して使用されるから,応用分野で使用される場合であっても,目的・用途に応じて成分を添加して,組成を変更して用いることが予定されている。
当業者は,
本件製品をそのまま単純に出血部位に適用するものではない。

(ア)

技術常識
ゲル生成による止血剤に関する技術常識・周知技術

ゲル生成による止血剤(甲203~208,210~213)における,組成・作用機序・止血メカニズムは,
下記(イ)のとおりである。
ゲル生成による止血剤は,
それぞれ組成・作用機序・止血メカニズムが相違するほか,ゲル化をもたらす成分に応じて異なる工夫を施すものである。これらの相違を全て捨象して,技術事項を徒に抽象化して,「ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,同成分をゲル化させることにより出血を抑制すること」が,優先日当時の周知技術であったということはできない。
(イ)

ゲル生成による止血剤の例
a
フィブリン糊(甲203,207)

甲203に記載されたフィブリン糊は,フィブリノーゲン,トロンビン,第13因子を含む二液型製剤(液状)である。このフィブリン糊により形成されるゲルは共有結合による強固な不可逆ゲルである。
甲207に記載されたフィブリン糊は,甲203に記載されたフィブリン糊と同様の止血剤である。
b
コラーゲン製剤(甲203)

甲203に記載されたコラーゲン製剤(商品名「アビテン」,「ノバコール」,「ヘリスタット」)は,コラーゲンで構成されたスポンジ,シートなどの構造体を出血部位へ適用するものである。これらのゼラチン製剤は,出血部位で重合/会合するものではない。出血部位で重合/会合するのは主として血液成分であり,コラーゲン製剤は,血液凝固により形成される血栓に取り込まれる形でゲルの一部を形成するにすぎない。
c
ゼラチン製剤(甲203,207,208)

甲203に記載されたゼラチン製剤(商品名「スポンゼル」,「ゼルフォーム」)は,ゼラチンで構成されたスポンジ,シートなどの構造体を,出血部位へ適用するものである。これらのゼラチン製剤は,出血部位で重合/会合するものではない。これらのゼラチン製剤による止血メカニズムは,
血液吸収に伴う圧迫
(物理的作用)
によるものであり,吸収した血液の凝固作用による止血効果も期待される。甲207,208に記載されたゼラチン製剤(GRF)は,ゼラチン,レゾルシノール及びホルマリン
(架橋剤)
を含む多成分の接着剤である。
その性状/剤形は,
不明である。GRFゲルは,共有結合により不可逆ゲルを形成し,生体組織を接着するものである。
d
酸化セルロース製剤(甲203)

甲203に記載された酸化セルロース製剤(商品名「サージセル」)は,酸化セルロースで構成された綿状の構造体であり,酸化セルロース自体が出血部位で重合/会合するものではない。この酸化セルロース製剤の止血メカニズムは,血液との接触後の,ヘモグロビンとの親和性による凝結塊形成と,膨張による出血面への密着によるものである。
e
開発中の止血剤(甲203)

甲203に記載された開発中の止血剤は,ゼラチン及びポリ-L-グルタミン酸を含む二液型止血剤(液状)である。この開発中の止血剤は,共有結合により不可逆ゲルが形成され,生体組織との接着により止血するものである。f
液状創傷被覆材(甲204)

甲204に記載された液状創傷被覆材は,化学処理コラーゲンを含む液状の組成物である。この液状創傷被覆材は,甲205と同様に,架橋(共有結合)によって不可逆ゲルを形成するものと解される。そして,このゲル化により生体組織を接着できるというものである。
g
外科用接着性組成物(甲205)

甲205に記載された外科用接着性組成物は,化学処理コラーゲンを含む液状の組成物である。この外科用接着性組成物は,架橋(共有結合)によって不可逆ゲルを形成する。そして,このゲル化により生体組織を接着できるというものである。h
温度応答性材料(甲206)

甲206に記載された温度応答性材料は,多糖類(澱粉,セルロースなど)と凝集性セグメント(分子量1万~10万)とで構成された材料であり,その性状は液体である。甲206には止血剤としての開示はなく,温度応答性材料を止血剤に応用する具体的なメカニズムに関する開示は全くない。
i
温度応答性材料(甲210)

甲210には,温度応答性材料の応用分野として止血剤が一例として記載されているにすぎず(【0064】),止血剤に応用するための具体的な技術に関する記載はない。
j
止血性組成物(甲211)
甲211に記載された止血性組成物は,ゲル化成分を適用部位でゲル化(会合又は重合)させるものではない。また,当該ゲル等は,そのままでは止血作用は見られないが,止血剤(トロンビン)を組み合わせたり,酸性(低pH)を付与したりして,初めて明らかな止血作用を奏するものである。当該ゲル等自体は,止血に関して不活性担体として利用されている。
k
止血性接着剤(甲212)

甲212に記載された止血性接着剤において,ゲル化成分が,そのままで止血を達成するか明らかではなく,これに他の化合物を組み合わせることで,初めて止血を達成するものである。
l
止血材(甲213)

甲213に記載された止血材は,ポリカチオン性物質自身又はポリアニオン性物質自身の自己集合によってゲルを形成するものではない。各成分を組み合わせた粉末又はアルコール懸濁液へと変更して,初めて止血を達成するものである。エ
(ア)

純度
本件発明1の組成物と本件製品の効果の相違

本件特許の出願日付近に販売されていた本件製品に止血効果はなかった(甲2)

RADA16以外の自己集合性ペプチドを含む水溶液であっても止血効果を奏するとの試験結果(甲4)は,本件製品の止血効果を確認したものではなく,その試験条件も不明である。甲201も,本件製品の止血効果を確認するものではない。(イ)

精製

本件製品は不純物を含む(甲101,201)。そして,目的・用途に対応する技術的事項と無関係に,「一般に,純度を高めることは望ましい」とするような技術常識や周知技術は,医薬・医療用ゲルの分野には存在しない。

顕著な効果

当業者が本件製品をそのまま止血に用いる試験をすることはないから,本件発明1の効果は予測できるものではない。
(4)

小括

よって,本件発明1は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものではない。2
取消事由2(本件発明2ないし17の進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,本件発明2ないし17についても,本件発明1と同様に,引用発明の認定,それに基づく一致点及び相違点の認定,並びに,容易想到性の判断を誤ったものである。
〔被告らの主張〕
本件発明2ないし17は,本件発明1の従属項に係る発明であるから,本件発明1と同様に,進歩性は否定されない。
第4
1
当裁判所の判断
本件発明1について

本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2【請求項1】に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲151)によれば,本件発明1の特徴は次のとおりである。
(1)

本件発明1の目的は,
出血をより良好に抑制するための処方物を提供するこ

とにある。(【0007】)
(2)

本件発明1は,
親水性モノマーと疎水性モノマーを交互に有し,
生理学的条

件で自己集合することが可能なRADA16から成る処方物である。【0010】(

(3)

RADA16は,自己集合性ペプチドの一つである。RADA16は,相補
的で構造的に適合性の,疎水性アミノ酸残基と親水性アミノ酸残基が交互の配列を有するものであり,その極性の面上の正の電荷を有するアミノ酸残基及び負の電荷を有するアミノ酸残基は,別のペプチドの反対の電荷を有する残基と相補的なイオン対を形成し得る。(【0025】【0029】【0034】)
イオンを含まない又は十分に低い濃度の溶液に含めたペプチドの自己集合は,イオン性の溶質若しくは希釈剤の添加又はpHの変更によって開始又は増強され得る。また,ペプチドの自己集合は,血液などのイオンを含む液内に導入することにより開始又は増強され得る。集合していないペプチドを含有する溶液を生物学的組織上に配置すると,組織に対して十分な近接性を有するペプチドが集合し,溶液のゲル化を引き起こす。(【0040】【0051】)
(4)

本件発明1の処方物は,
様々な異なる表面における液の通過を抑制又は制御

し,出血を抑制又は制御するために使用される。(【0096】【0097】)実施例1においてはラット等の脳内の止血,実施例2においてはラットの大腿動脈の止血,実施例3においてはラットの肝臓における止血,実施例4においてはラットの腸における胃液の漏出停止,実施例5においては動物の創傷部位の収縮について,それぞれ1~数%のRADA16含有溶液を適用することにより,効果が確認された。(【0154】~【0170】)
2
(1)

取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について
引用発明について
引用例1の記載

引用例1(甲1の1)は,平成17年4月15日現在のスリー・ディー・マトリックス・ジャパン社(以下「3DMジャパン社」という。)のウェブページであり,ペプチドのバイオマテリアル製品「PuraMatrixTM」(本件製品)について紹介するものである。同ウェブページには,おおむね,次のとおり記載されている。
(ア)

ウェブページ上段の説明文

「PuraMatrixTMは,…ペプチドのバイオマテリアルです。」「PuraMatrixTMは完全人工合成製品のため,コラーゲンなどの動物由来マテルアルで懸念されるBSEと初めとする感染の恐れがありません。」「コラーゲンと同様にナノレベルの細さ(5-10nm)のファイバー構造でありコラーゲンに匹敵する細胞増殖性を有します。細胞増殖性ではPGA等他の人工Scaffoldの追随を許しません。」
「応用分野も骨充填,美容形成注入材(しわとり等),再生医療用Scaffold
(足場)臍帯血造血幹細胞増殖用Scaffold,

じょくそう用製剤材料,
化粧品材料など多岐に渡っています。」
「水溶液(1%,3%)でのご提供もゲル(3%)でのご提供もできます。水溶液の場合は簡単な処理で細胞を内包したゲルをvitroで作成できます。ゲルの場合そのまま或いは他のマテリアルと混合してvivoに注入できます。」(イ)

ウェブページの下段の図面等

「PuraMatrixTM」との記載の下向き矢印の先に「培地中の塩NaCl成分との接触によりゲル化する。(AとAの疎水結合,RとDのイオン結合,R:アルギニン,A:アラニン,D:アスパラギン酸)」と記載されている。「PuraMatrixTM」との記載の右側に「Ac-RADARADARADARADA-CONH2」との記載並びにペプチドの構造及びその長さが5nmであることが図示されている。また,ゲルの微視的構造,巨視的構造を示す写真が示されている。

引用発明の認定

前記アのとおり,引用例1には,本件製品が,ペプチドを1%含む水溶液,3%含む水溶液又は3%含むゲルであること,
本件製品に含まれるペプチドの構成は
「A
c-RADARADARADARADA-CONH2」であることが開示されている。
したがって,引用例1には,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル。」との引用発明が開示されているものと認められる。そして,引用例1に記載された「Ac-RADARADARADARADA-CONH2」α-アミノ酸残基を有するペプチドであって,は,
NaCl成分との接触によりゲル化,すなわち自己集合するものである。ウ
原告の主張について
(ア)

原告は,引用例1ないし3(甲1の1~3)は,本件製品を紹介するため
に設けられたウェブページの各ページであって,相互にリンクされているから,引用発明は,その全体から把握すべきであり,その用途が止血剤である旨認定すべきであると主張する。
(イ)

前記アのとおり,引用例1のウェブページには,本件製品がナノレベルの
細さのファイバー構造でありコラーゲンに匹敵する細胞増殖性を有すること,他の人工足場よりも細胞増殖性が優れていること,簡単な処理で細胞を内包したゲルを作成等できること,培地中のNaCl成分との接触によりゲル化することが,それぞれ記載され,本件製品が細胞培養の足場として機能することを前提とする説明がされている。そして,引用例1には,本件製品が「骨充填,美容形成注入材(しわとり等),再生医療用Scaffold,臍帯血造血幹細胞増殖用Scaffold,じょくそう用製剤材料,化粧品材料など多岐に」わたる分野で利用可能である旨説明されているが,止血剤の分野で利用可能であることは説明されていない。引用例2は,平成17年4月16日現在の3DMジャパン社のウェブページである。同ウェブページには,「製品一覧」として「PuraMatrixTMペプチドゲルは,通常の細胞培養液,血清,増殖因子,サイトカインと共に使用できる合成3次元細胞外マトリックス細胞培養ゲルです。」と記載されている。引用例2においても,本件製品が細胞培養の足場として機能する旨説明される一方で,止血剤に関する説明は全くない。
引用例3は,平成17年4月16日現在の3DMジャパン社のウェブページである。同ウェブページは,引用例1と日付が異なるものの,引用例1及び2のウェブページとは,ウェブアドレスが類似し,相互にリンクされており,そのデザインも極めて似ている(甲1の1~3)。そうすると,引用例3のウェブページに「PuraMatrixTM」の記載はないものの,同ウェブページは,本件製品を説明するものと認められる。
そして,同ウェブページには「製品の特徴」として「メディカル分野,化粧品分野
■骨充填剤

わとり)注入剤

■再生医療における細胞培養用scaffold■美容形成
(し
■止血剤

■じょくそう用製剤

■化粧品」と記載されている。

引用例3においても,本件製品が「止血剤」としても利用可能である旨説明されているのみである。
(ウ)

このように,引用例1ないし3には,RADA16から構成される本件製
品を止血のためにどのように用いるか,本件製品がどのような機序で止血作用を発揮するかなどについて記載されていない。
そうすると,引用例1ないし3を全体的に把握したとしても,これらに,RADA16が止血作用を有することについて,その技術的思想が把握できる程度に開示されているといえるものではない。

よって,本件審決が,引用例1に基づき,引用発明の用途が止血剤であると
認定しなかったことに誤りはない。
(2)

本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

まず,本件発明1は自己集合性ペプチドを含む処方物であって,当該「アミノ酸配列RADARADARADARADA(配列番号1)に示」される自己集合性ペプチドは,各末端がアセチル基(Ac),アミド(CONH2)に修飾されたものを包含する(本件明細書の表1,【0035】)。
一方,引用発明である「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」は,1つの反復サブユニット「RADARADARADARADA」を自己集合性ペプチドとして含有する処方物である。
したがって,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,前記第2の3(2)イ及びウのとおりであって,本件審決の認定に誤りはない。
なお,原告は,引用発明と本件発明1とは,RADA16以外の自己集合性ペプチドを含むか否かという点において一応相違するにすぎないと主張する。しかし,引用発明の用途が止血剤であるとは認定できないから,同主張は前提を欠くものであり採用できない。
(3)

容易想到性
動機付け

引用例1ないし3は,いずれも,3DMジャパン社が,本件製品について説明する一連のウェブページである。また,引用例1に開示された引用発明は,本件製品の成分に関するものであって,引用例2及び3により利用可能となった事項は,本件製品の概要,用途等に関するものであり,本件製品が止血剤として利用できることである。したがって,当業者には,引用例2及び3により利用可能となった事項を,引用例1に開示された引用発明に適用する動機付けがある。

(ア)

引用例1と引用例2及び3との組合せ
引用発明に引用例2及び3により利用可能となった事項を適用することに
より,相違点に係る本件発明1の構成に至るかについて検討する。(イ)
a
本件発明1の構成
特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,本件発明1は,出血を抑制す
るための処方物であって,同処方物の成分として自己集合性ペプチドを含み,同自己集合性ペプチドがRADA16のみで構成される旨特定されている。止血作用を有する成分として,RADA16のみで構成される自己集合性ペプチドしか特定されていないから,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然である。
b
そして,本件明細書【0040】には,「自己集合は,…ペプチド溶液への
イオン性の溶質もしくは希釈剤の添加によって,またはpHの変更によって開始または増強され得る。例えば,ほぼ5mM~5Mの間の濃度のNaClにより,短時間内(例えば,数分以内)に巨視的構造体の集合が誘導される。…あるいはまた,自己集合は,ペプチドを…かかるイオンを含む液(例えば,血液もしくは胃液などの生理液)…内に導入することにより開始または増強され得る。一般的に,自己集合は,ペプチドをかかる溶液に任意の様式で接触させると起こると予測される。」と記載されている。
また,本件明細書の記載された実施例1ないし3は,自己集合性ペプチドであるRADA16の水溶液をそのまま適用することによって,短時間で止血が達成されたことを示すものである。さらに,実施例4及び5は,RADA16の水溶液の適用によって,胃液の漏出停止や動物の創傷部位の収縮に効果があったことも示されている。
このように,本件明細書には,自己集合性ペプチドをイオン含有液等に導入することで,
ペプチドの自己集合が進み巨視的構造体に至るという機序が示され,また,
自己集合性ペプチドのみで止血や胃液の漏出停止等が達成されたことを示す実施例が記載されている。本件明細書では,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。c
以上のとおり,
特許請求の範囲の記載によれば,
本件発明1に係る処方物は,

RADA16のみを有効成分とする止血剤と解するのが自然であって,本件明細書においても,本件発明1に係る処方物について,自己集合性ペプチドのみが出血を抑制するために機能する旨説明されている。
よって,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制する処方物ということができる。
(ウ)
a
引用例1ないし3の記載
当業者には,引用例1に開示された引用発明である「Ac-RADARAD
ARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,
3%水溶液又は3%ゲル」
に,
引用例2及び3により利用可能となった事項を適用する動機付けがある。そして,
引用例3には,
本件製品の特徴として
「メディカル分野,
化粧品分野
骨充填剤
り)注入剤

■再生医療における細胞培養用scaffold
■止血剤

■じょくそう用製剤



■美容形成(しわと

■化粧品」と記載されている。

そうすると,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
b
一方,引用例1には,RADA16から構成される本件製品が,ナノレベル
の細さのファイバー構造を有し,NaCl成分との接触によりゲル化する旨記載されるとともに,ゲルの微視的構造,巨視的構造に関する写真が示されている。引用例1には,
RADA16が
「ゲル化をもたらす成分」
であることが開示されている。
しかし,「ゲル化をもたらす成分」を止血剤として機能させるためには,出血部位に適用後,短時間のうちに生体組織とよく接着するものであることが求められる(甲207の257頁,乙24の1423頁)。引用例1ないし3からは,RADA16のゲル化が短時間で進み,生体組織とよく接着するか否かは不明である。また,前記(1)ウ(イ)のとおり,引用例1には,RADA16から構成される本件製品が細胞培養の足場として機能することを前提として説明がされている。そして,細胞培養の足場として機能するゲルにおいては,ゲル化の速度は特に問題とならない(甲203の495頁の図2,乙23,27)。引用例1ないし3の記載からは,他の成分を加えることなくRADA16のみが短時間でゲル化し,止血剤として機能することまで理解できるものではない。
そうすると,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるものではない。
(エ)

以上のとおり,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分
となって出血を抑制する処方物であるのに対し,引用例1ないし3の記載に基づいては,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有するとまでは理解できない。
したがって,引用例1ないし3の記載のみに基づいた場合,当業者は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。
(オ)
a
周知技術の参酌
前記のとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいて,「Ac-R
ADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」を,何らかの方法により用いれば止血作用が発揮されることを理解することができる。
そこで,優先日当時の周知技術を参酌することにより,当業者が,上記理解にとどまらず,更に,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるかについて検討する。b
ゲル生成による止血剤に関する周知技術

引用例1には,RADA16が「ゲル化をもたらす成分」であることが開示されているところ,優先日当時,ゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤が多数存在したことが認められる
(甲203~208,
210~213)

しかし,以下のとおり,これらのゲル生成によって出血部位を塞ぐことによって機能する止血剤は,①複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記c),②一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記d),③一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになるもの(下記e)があるほか,当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明なもの(下記f)がある。
c
複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤


フィブリン糊(甲203,207)

甲203(長田義仁ほか「普及版ゲルハンドブック」(株式会社エヌ・ティー・エス,平成9年11月28日発行)には,「現在,止血剤として最も多量に使用されているのは,いわゆるフィブリン糊と呼ばれている二液型製剤である。その原料は,ヒトの血液から得られるフィブリノーゲン,トロンビン,および第13因子というタンパク質である。これらの水溶液を出血部上で混合すると,水溶液はゲル化し,止血が起こる。」と記載されている(515頁)。甲203に記載されたフィブリン糊は,複数の成分(フィブリノーゲン,トロンビン,第13因子)が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。
甲207(林壽郎「医療への接着剤の応用」溶接学会誌(社団法人溶接学会,平成13年3月19日発行)70巻2号)には,「フィブリン糊は,水溶性の血漿タンパク質であるフィブリノーゲンをトロンビンの酵素作用によりフィブリンに限定分解し,その分解フィブリンが分子会合してゲル化することにより創傷を膠着させる働きを利用した生体系接着剤である。」と記載されている(259頁)。甲207に記載されたフィブリン糊は,複数の成分(フィブリノーゲン,トロンビン)が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。⒝

開発中の止血剤(甲203)

甲203には,「われわれは,フィブリン糊に代わる,ウイルス感染の恐れのない二液型止血剤を開発するべく,研究を続けている。」と記載されている(516頁)。甲203に記載された開発中の止血剤は,二液型止血剤であるから,複数の成分が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。⒞

止血性組成物(甲211)

甲211(特表2003-531682号公報)には,「ポリ酸(“PA”)と親水性ポリアルキレンオキシド(“PO”)との会合複合化に基づいた膜,ゲル及びフォームは,止血性及び抗血栓形成特性の両方を示しうる。…」と記載されている(【0013】)。甲211に記載された止血性組成物は,複数の成分(ポリ酸,親水性ポリアルキレンオキシド)が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。


止血性接着剤(甲212)

甲212(特開2000-26582号公報)には,「疎水性ポリエステルブロックXと親水性ブロックYとを含有し,…ヒドロゲル形成性で自己溶解性の吸収性ポリエステル共重合体」について記載されており(【請求項1】),このポリエステル共重合体とアルコキシアルキルシアノアクリレートとを含有する混合物が止血剤であることが記載されている(【請求項28】)。そして実施例XXII,XXIIIには,ブロック共重合体GF-1(ゲル形成体)にシアノアクリル酸メトキシプロピル又はブロック共重合体GF-1及びGF-2(ゲル形成体)に塩化第二鉄を組み合わせることによって,止血性の接着性製剤組成物が得られることが記載されている(【0145】~【0148】)。甲212に記載された止血性接着剤は,ブロック共重合体(ゲル形成体)に加えて,アルコキシアルキルシアノアクリレート又は塩化第二鉄を組み合わせることで,出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。
(e)

止血材(甲213)

甲213(特開2000-186048号公報)には,「ポリカチオン性物質の粉末およびポリアニオン性物質の粉末からなる止血材。」と記載されている(【請求項1】)。甲213に記載された止血材は,複数の成分(ポリカチオン性物質,ポリアニオン性物質)が組み合わさることにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。
d
一つの成分が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルに
なる止血剤


コラーゲン製剤(甲203)

甲203には,商品名「アビテン」,「ノバコール」,「ヘリスタット」とするコラーゲン製剤が記載されている(515頁)。これらの製剤について,乙24には,「血小板はコラーゲンに接すると活性化されてコラーゲンに粘着し,互いに凝集し第一次血小板血栓を形成する。さらに血液凝固機構が活性化され,…重合して安定したフィブリンを形成し二次止血栓が形成する。」と記載されている(1427頁)。甲203に記載されたコラーゲン製剤は,一つの成分(コラーゲン)が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。⒝

ゼラチン製剤(甲203,207,208)

甲203には,商品名「スポンゼル」,「ゼルフォーム」とするゼラチン製剤が記載されている(515頁)。これらの製剤について,乙24には,「ゼラチンそのものには止血作用はないが,血液を吸収して膨大することによる圧迫,つまり物理的な作用によって止血効果が得られる。また,吸収した血液の凝固作用も期待できる。」と記載されている(1427頁)。甲203に記載されたゼラチン製剤は,一つの成分(ゼラチン)が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。
甲207には,「その他の生体由来の接着剤として,すでにゼラチンとレゾルシノールをホルマリンで架橋したもの(GRF)が開発されている。この接着剤は,高い組織接着性を示すが,…。」と記載されている(259頁)。また,甲208(松田捷彦ほか「生体接着剤GRFの有用性および安全性の検討」人工臓器(平成7年)24巻1号)には,「GRF…はゲル状にしたゼラチンにレゾルシンを加えたもので,フォルマリンを加えることにより重合体を形成し,フォルマリンの接着作用をより強固なものとする。」と記載されている(108頁)。甲207及び208に記載されたゼラチン製剤(GRF)は,生体組織との高い接着性を有するものであるところ,甲203の上記記載によれば,このゼラチン製剤(GRF)もまた,出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である可能性が高いといえる。


酸化セルロース製剤(甲203)

甲203には,商品名「オキシセル」,「サージセル」とする酸化セルロース製剤が記載されている(515頁)。商品名「オキシセル」とする酸化セルロース製剤の有効成分は不明である。一方,商品名「サージセル」とする酸化セルロース製剤について,乙24には,「この物質のpolyanhydroglucuronicacidがヘモグロビンと親和性を有しており,これが塩を作って凝結塊を形成することで止血効果を現す。」と記載されている(1427頁)。甲203に記載された酸化セルロース剤「サージセル」は,一つの成分(酸化セルロース)が出血部位で血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。
e
一つの成分が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになる
止血剤


外科用接着性組成物(甲205)

甲205(特開平8-33700号公報)には,「…本発明の接着性組成物は酸化分解で変性させた未架橋で且つ架橋可能なコラーゲンまたはゼラチンの反応性酸性溶液によって構成される点に特徴がある。」,「酸性反応性溶液は液体であり,それが塗布された生体組織に浸透し,架橋後に接着した組織を固定するゲルを形成し,特に組織を接合させて確実に癒着させることができる。…」と記載されている(【0011】【0030】)。甲205に記載された外科用接着性組成物は,未架橋で且つ架橋可能なコラーゲン又はゼラチンを有効成分としてゲルを生成するものである。もっとも,そのゲル化は「架橋」によるものとされており,「架橋」とは「線状高分子中のいくつかの特定の原子間に化学結合を形成させること」を意味することが一般的であると認められる(乙25)。そうすると,甲205に記載された外科用接着性組成物は,一つの成分(変性させたコラーゲン又はゼラチン)が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である。⒝

液体状創傷被覆材(甲204)

甲204(特開2001-137327号公報)には,「本発明は,1~100g/Lのコラーゲンおよび0.1~100mmol/Lの酸を含有する液体状創傷被覆材を提供する。」,「本発明の液体状創傷被覆材は,緩衝能の低いpH2.0~5.5の水溶液にコラーゲンを溶解して得られるコラーゲン水溶液からなり,使用前は液体状であるが,体液に接触させると,すみやかに硬化する。…」と記載されている(【0007】【0023】)。甲204に記載された液体状創傷被覆材は,酸を含有するコラーゲンを有効成分とするものであって,そのゲル生成過程は甲205の外科用接着性組成物に類似する。そうすると,甲205の外科用接着性組成物と同様に,甲204に記載された液体状創傷被覆材は,一つの成分(変性させたコラーゲン)が出血部位で共有結合することにより出血部位を塞ぐゲルになる止血剤である可能性が高いといえる。
f
当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否か不明な止血剤



温度応答性材料(甲206)

甲206(特開2003-252936号公報)には,「…本発明の材料は,…止血剤…などの構成成分として有用である。」と記載されるのみであり(【0001】),止血剤としての有効成分,作用機序についての具体的な記載はない。甲206に記載された温度応答性材料は,当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否かは不明である。


温度応答性材料(甲210)

甲210(特開2002-256075号公報)には,「本発明の別の目的は,…止血剤…などとして有用な温度応答性組成物を提供することにある。」,「温度応答性組成物(又は製剤)は,生理的又は薬理的に許容される種々の添加剤,例えば…止血剤…などを含んでいてもよい。」などと記載されるのみであり(【0014】【0064】),止血剤としての有効成分,作用機序についての具体的な記載はない。甲210に記載された温度応答性材料は,当該成分のみで出血部位を塞ぐゲルになるか否かは不明である。
g
ゲル生成による止血剤に関する周知技術の参酌



前記cないしfによれば,優先日当時,①複数の成分を組み合わせることに
より出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記c),②出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記d),③出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤(前記e)が,それぞれ存在することが周知であったと認められる。


複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤
の参酌
複数の成分を組み合わせることにより出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,RADA16を,他の成分と組み合わせることなく,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解できるものではない。


出血部位における血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成す
る止血剤の参酌
血液成分との相互作用により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤においては,出血部位を塞ぐゲルの生成に当たり,
血液成分との相互作用が不可欠なものである。
そうすると,そのような止血剤が存在することを参酌しても,当業者は,血液成分との相互作用なしに,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制できると理解できるものではない。


出血部位における共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤の参

引用例1には,
RADA16がゲルを生成する機序について
「AとAの疎水結合,
RとDのイオン結合」と記載されている。当業者は,RADA16が互いにイオン結合及び疎水結合するから,ゲル化すると理解するものである。
そして,イオン結合及び疎水結合によるゲルは物理的絡み合いによってゲル化する物理ゲルであり,共有結合によるゲルは化学反応によって架橋されることによってゲル化する化学ゲルであるところ,高分子ゲルの性質は,ゲルを構成する高分子網目の構造(物理ゲルか化学ゲルか)に大きく依存するものであるから(乙23の9~15頁),当業者は,当然に,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有している。
そうすると,共有結合により出血部位を塞ぐゲルを生成する止血剤が存在することを参酌しても,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違するとの技術常識を有する当業者は,イオン結合及び疎水結合によりゲル化するRADA16において,RADA16のみが有効成分になって止血作用を有することまで理解することはできない。
(e)

以上によれば,
ゲル生成による止血剤に関する周知技術を参酌しても,
当業

者は,引用発明に係る止血剤について,「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」において,RADA16のみが有効成分になって,
止血作用を有することまで理解できるものではない。
h
よって,当業者は,優先日当時における周知技術を参酌しても,引用発明並
びに引用例2及び3により利用可能となった事項から,本件発明1を容易に発明をすることができないというべきである。

(ア)

原告の主張について
原告は,引用発明をそのまま止血に用いる試験さえすれば,本件製品に止
血効果があることを確認できる旨主張するものと解される。
しかし,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。そのようなRADA16の使用方法として,そのまま出血部位に適用することは,たとえそれが単純なものであったとしても,創作能力の発現が必要というべきであって,容易に想到できるものではない。
(イ)

作用機序等

原告は,本件製品を止血剤とする場合の有効成分,作用機序,組成,使用方法は明らかであると主張する。
まず,引用発明は「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」であって,本件製品ではない。そして,前記イ(ウ)bのとおり,当業者は,引用例1ないし3の記載に基づいても,RADA16が何らかの方法により止血作用を発揮するということを理解できるにとどまる。RADA16を止血剤として用いる場合に,その他の成分を組み合わせなくても,RADA16自体が止血作用を奏する程度にゲル化するか否かは不明であるというほかない。
(ウ)

原告は,「ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,同成分をゲル化さ
せることにより出血を抑制すること」優先日当時の周知技術であると主張する。は,
まず,ゲル化をもたらす成分を出血部位に適用し,その余の成分との組合せや血液成分との相互作用により,当該ゲル化をもたらす成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在することは,優先日当時の周知技術であったものである(前記イ(オ)c,d)。しかし,RADA16のみが有効成分になって,止血作用を有することまで理解できるか否かについて判断するに当たり,当該周知技術から,他の成分との組合せや血液成分との相互作用を捨象して,上位概念化した周知技術を認定することはできない。
また,ゲル化をもたらす一つの成分を出血部位に適用し,他の成分と組み合わせたり,血液成分と相互作用をさせたりすることなく,当該一つの成分をゲル化させることにより出血を抑制する止血剤が存在するものの,それが出血部位を塞ぐゲルになるのは,当該成分が共有結合をするからである(前記イ(オ)e)。そして,高分子ゲルの性質が共有結合とイオン結合及び疎水結合において大きく相違することは技術常識であったから(前記イ(オ)g⒟),かかる止血剤の存在から,そのゲル化の生成過程を捨象して,「ゲル化をもたらす成分」をゲル化させることにより出血を抑制できると常にいえるものではない。
したがって,原告主張に係る周知技術は認めることができない。
(エ)

純度

原告は,本件製品のように,RADA16以外の自己集合性ペプチドを含む水溶液であっても止血効果を奏する,本件製品からRADA16のみの水溶液を容易に得ることができるなどと主張する。
しかし,引用発明は,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった「Ac-RADARADARADARADA-CONH2を含む1%水溶液,3%水溶液又は3%ゲル」である。公然実施された本件製品を引用発明とするものではないから,これと本件発明1を比較する原告の主張は失当というほかない。
(オ)

顕著な効果

原告は,本件発明1には顕著な効果がない旨主張するものと解されるが,そもそも本件発明1の構成は容易に想到できるものではないから,同主張は失当である。また,本件発明1に係る処方物は,RADA16のみが有効成分となって出血を抑制するものであって,顕著な効果があることを否定する証拠もない。(4)

小括

以上のとおり,本件発明1は,引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
よって,取消事由1は理由がない。
3
取消事由2(本件発明2ないし17の進歩性判断の誤り)について
本件発明2ないし17は,いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付加したものであるから,本件発明2ないし17も,当業者が引用発明並びに引用例2及び3により利用可能となった事項に基づき容易に発明をすることができたものということはできない。
よって,取消事由2は理由がない。
4
結論

以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部

裁判長裁判官

高部眞
裁判官

杉浦正規子樹
裁判官

片瀬亮
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