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殺人(予備的訴因 殺人教唆)
事件番号平成30(う)10
事件名殺人(予備的訴因 殺人教唆)
裁判年月日平成30年11月1日
法廷名福岡高等裁判所  宮崎支部
結果破棄自判
原審裁判所名宮崎地方裁判所
原審事件番号平成28(わ)195
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平成30年11月1日福岡高等裁判所宮崎支部判決
平成30年(う)第10号

殺人(予備的訴因

殺人教唆)被告事件


原判決中被告人に関する部分を破棄する
被告人は無罪

第1


控訴趣意等

弁護人らの控訴趣意は,主任弁護人岩井信及び弁護人谷口渉連名作成の控訴趣意書並びに主任弁護人岩井信作成の控訴趣意書補充書各記載のとおりであり,これに対する検察官の答弁は福岡高等検察庁宮崎支部検察官検事北野彰作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する(以下,略語については,原審相被告人Aを「A」と定め,Bを「B」と表記するほか,原判決の例による。)。
論旨は,事実誤認及び量刑不当の主張である。
第2
1
事実誤認の主張について
論旨

弁護人は,①被告人は「道具持ってこい。」という言葉を発していないのに,Cの原審証言に基づいて上記発言の事実を認定した原判決には事実の誤認があり,②仮に同発言が存在したと仮定しても,被告人は,同発言以外に被害者の殺害を認識,認容した言動を一切しておらず,同発言のみによって被害者に対する未必的殺意を認定することはできないし,仮に同発言によって未必的殺意が認定できたとしてもそのことから直ちに実行行為者との共謀を認定することはできないのに,未必的殺意の可能性を排除できないという論理によって殺人の共謀共同正犯が成立することを認めた原判決には事実の誤認があり,
これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである,
と主張する。
2
原判決の要旨

原判決が,殺人の主位的訴因を認定して被告人を有罪と判断した理由は,おおむね以下のとおりである。
被告人が,
本件駐車場中央付近において,
他のD会関係者らに対し,
「道具持ってこい。」などと言っていた旨のC証言は信用できる。これに反する被告人及びAの各弁解はいずれも信用できない。
そうすると,
被告人が,
本件駐車場付近において,他のD会関係者らに対し,「道具持ってこい。」などと指示をし,これを受けたAが,本件凶器を用いてEを殺害したことを認定できる。
本件当時,D会とF組は対立緊張関係にあり,F組関係者である
Eらと被告人及びAを含む多数のD会関係者らが対峙し,EらとGが怒鳴り合いになるなど,いわば一触即発ともいうべき状態になる中,D会の副本部長の立場にある被告人が,他のD会関係者らに対し,「道具持ってこい。」などと指示をしているから,被告人の上記発言は,喧嘩の非常に強いEに対抗するために凶器を準備するように指示したものにほかならないといえ,被告人の指示には,場合によって,準備した凶器を用いてEらが挑発的言動を繰り返すことに対し,D会として制裁を加えるために危害を加えることも当然に含まれていたと見るのが自然で合理的である。Gが被告人の発言を受けて「道具持ってこい。」などと発言し,これらを受けたAが,いったんD会事務所に戻って本件凶器を本件駐車場内に持ち込んだ上で犯行に及んでいることに照らすと,被告人及びAと他のD会関係者らの明示の意思連絡は,本件駐車場内での短いやり取りにとどまるとはいえ,GやAを始めとする他のD会関係者らも,被告人の上記発言の意味を十分に理解し,状況によってはEらに危害を加えるつもりで本件凶器を持ち込んだものと認められる。イ
被告人が凶器の準備を指示した段階では,依然としてEらとD会

関係者らは具体的な暴力行為に及んでいたわけではないから,その段階で,被告人において,Eの殺害を確定的に考えていたとは認め難く,個人的な悪
感情などから積極的にE殺害を企図するまでの動機があったとも考えにくいが,被告人が,本件駐車場やその周辺に,10名を超えるD会関係者らが集結していたにもかかわらず,わざわざ凶器の準備を指示したのは,格闘技に長け,喧嘩の非常に強いEに対しては,相当攻撃能力の高い凶器を準備しなければ対抗できないと考えていたからにほかならず,被告人が指示した「道具」の中に,実際にAがD会事務所から持ち出した本件凶器のように,相当の殺傷能力を備えた刃物類が含まれていなかったとは考え難いから,被告人は,実際に暴力沙汰となった場合には,Eに対し相当の殺傷能力を備えた凶器を用いて危害を加えることになり,その場合に,Eに致命傷となるような傷害を与え,死に至らしめる可能性があることも想定していたはずであり,このように考えると,被告人が,他のD会関係者らに凶器の準備を指示した段階で,状況によっては,Eを殺害する可能性があることも認識,認容していなかったとは考え難く,条件的,未必的ではあっても殺意があったことも十分認定できる。

よって,被告人が,他のD会関係者らに「道具持ってこい。」と

発言した後,Aが現にD会事務所に本件凶器を取りに戻った時点で,被告人とAと他のD会関係者らとの間で,
殺人の共謀が成立していたと認められる。
3
当裁判所の判断

原判決の判断は,その判断の枠組み自体に合理性が認められず(前記2⑵の判断),合理的根拠を示すことなくC証言の信用性を肯定している点におする
ことができない。その理由は,以下のとおりである。


原判決は,D会の副本部長である被告人が,他のD会関係者らに

対し,「道具持ってこい。」と指示した事実を摘示して,当該指示にはD会としてEらに制裁を加えるために危害を加えることを含んでいたと認定して
しかし,「道具持ってこい。」との指示は,文言上,凶器を準備するよう要求するものにすぎず,準備した凶器を用いて危害を加えるよう要求するものではない。そのような指示を発するに至った経緯又は発した際の周囲の状況等によっては,
上記文言のみでも,
凶器を用いて危害を加える指示を含み,
指示を受けた者もそのような意味に理解する場合もあり得ようが,そのような言外の指示を認定するのであれば,言外の指示を認定するに足りる合理的根拠を示す必要がある。特に,本件においては,被告人がAによるEに対する刺突行為に直接関与していたとは認定されず,上記「指示」の段階では,被告人に個人的な悪感情などから積極的にE殺害を企図するまでの動機があったとは考えにくいことは原判決が指摘するとおりであり,本件現場に至る前の経緯において,被告人がEに殺意を抱くような切迫した状況にあったとも認められないのであって,他に被告人がEに殺意を抱いていたことを示す証拠もないから,被告人の殺意を認定するための根拠は,被告人が発したとされる「道具持ってこい。」との発言及び原判決の指摘する上記発言時の周囲の状況に限られることになるのであって,「言外の指示」を認定する合理的根拠の有無を検討するにあたっても,上記発言時の周囲の具体的状況に照らして「言外の指示」があったと認められる合理的根拠があるかということを中心に検討すべきこととなる。
この点,原判決は,大要,対立緊張関係にある暴力団関係者が一触即発の状態で対峙していたこと,Eが喧嘩の非常に強い人物であったことを根拠として示しているにすぎない。しかし,「道具を持ってくること」を指示した場合に,指示された者が持ってきた道具を用いて対峙するEらに危害を加えるに至る可能性を,
指示者が認識し得たとしても,
それだけで
「言外の指示」
があったというのには足りない。そのような可能性が相当に高く,通常であれば当然に生起するような関係,あるいは,「道具持ってこい。」と指示す
れば,被告人の属するD会内では,その道具を使用して対峙する者らに危害を加えるよう指示されたと理解するという認識が共有されているといった特段の事情がない限り,「道具持ってこい。」という文言上の意味を超えて言外の「危害を加えろ。」という指示をしたと解することはできないし,「道具持ってこい。」との指示を受けた者が当然に「危害を加えろ。」という指示をされたと理解するということもないというべきである。原判決は,F組関係者であるEらと多数のD会関係者らが対峙し,EらとGとの間で怒鳴り合いになるなどしていたことをもって,両者が一触即発の状態で対峙していたと評価する一方,その認定事実によれば,D会の会長であるHがその怒鳴り合いを止めていたというのであるから,結局,被告人の指示は,D会の最上位者であるHが,暴力沙汰に発展しないよう周囲のD会関係者らを抑えることにより,にらみ合い,怒鳴り合いをするにとどまっている状況下でなされたものということになる。実際に暴力沙汰に至り,乱闘状態の様相を呈した状況下でなされた指示であるならまだしも,
原判決が指摘する状況下では,
「道具」を準備させることにより,いざとなれば使用することを想定し,危害を加える事態が生起する可能性を認識し得るとしても,そのような事態が生起する可能性が相当に高いとか,通常であれば当然に生起するような関係にあるなどとは到底いえない。また,刃物類の用途としては,身体の枢要部に突き刺すことに限られるものではなく,これを示して脅すなどの用途も十分に考えられるから,
たとえ被告人が,
Eらと一触即発の状態で対峙する中,
喧嘩の非常に強い人物であるEに対抗するため,刃物類を準備するようD会関係者らに指示したとしても,その指示が当然に危害を加える行為を予定するものともいえない。確かに,Eが喧嘩の非常に強い人物であることは,Eらと一触即発の状態で対峙していたというD会関係者らにとって凶器の準備の必要性を高める事情といえるが,原判決の認定事実によっても,上記対峙の場面でD会関係者らはEを制圧しようとしていたわけではなく,単にEに
「対抗」しようとしたにすぎないから,当然に準備した凶器を用いて危害を加えることにはならない。また,暴力団員同士であれば,凶器を準備するよう指示されれば,状況如何にかかわらず当然にその凶器で危害を加える指示に理解するとの共通認識があるというのであればともかく,そのような経験則があるとはいえないし,D会内において一般的にそのような共通認識があったという証拠もない。以上によれば,本件において,原判決が指摘する状況において,「道具持ってこい。」と指示する行為が,その道具を用いて危害を加えることを言外に指示する行為であると認定するに足りる特段の事情は存しない。
そうすると,原判決は,「道具持ってこい。」と指示する行為について,喧嘩が強いEを含むF組関係者らが,組同士が対立関係にあったD会組員らに挑発的言動を繰り返していたことを前提として,これに対しD会として制裁を加えるために「道具」を用いて危害を加えるに至る蓋然性の有無ないし可能性の程度を,上記発言時の周囲の状況に照らして具体的に検討することなく,単にそのような可能性があるというだけで,上記指示は「道具」を用いて危害を加えることを言外に指示する行為であると認定するものであり,論理則,経験則等に反し不合理な認定判断というほかない。

原判決は,「Eに危害を加えることの共謀」を認定した上,これ

能力を備えた刃物類を用いて他人に危害を加えることを前提に,その場合には人が死亡する危険があることを認識できることなどを根拠に,条件的,未必的殺意が認められることを論ずるものであるが,
前記アで説示したとおり,
その前提が誤っているから,是認することができない。また,「刃物類を用いて他人に危害を加える」といっても,様々な態様が考えられるのに,原判決は,その中で人が死亡する危険性のある態様で危害を加える可能性が本件において具体的にどの程度あるのか検討することなく,一般的,抽象的に可
能性があるというだけで,未必的殺意を認定したものであり,この点においても俄かに賛同し難い。

以上のとおり,被告人が「道具持ってこい。」と発言した事実が

認定できることを根拠に,被告人の殺意を認定し,Aとの間でE殺害の共謀が成立するとして,殺人の共謀共同正犯を認定した原判決の認定判断は,その判断枠組み自体が論理則,経験則等に反する不合理なものであり,その結果,殺意認定に至る推認の過程が合理性を欠き,さらには殺意を前提とする共謀の認定も誤ったものであるから,是認できない。

これに対し,検察官は,原判決は,被告人の立場,被告人とEら

事件関係者らとの関係,本件に至るまでの背景事情及び本件時の状況等につき詳細に認定した重要な間接事実を踏まえて,
被告人が
「道具持ってこい。

という言葉を発した事実を評価し,結論として殺人の共謀を認定したものであるから,被告人の「道具持ってこい。」という言葉だけで殺人の共謀を認定したわけではない,
という。
しかし,
検察官が縷々指摘する被告人の立場,
Eとの関係及び本件に至るまでの背景事情は,それのみでは被告人がEに対し殺意を抱いていたことを推認するに足りるものではないし,これらを踏まえて本件時の状況を併せて評価しても,被告人が「道具持ってこい。」という言葉を発した事実に依拠して殺人の共謀を認定することができないことは前示のとおりであるから,検察官の主張は採用できない。
Cア
原判決は,被告人が「道具持ってこい。」と発言した状況に係る

C証言を,「本件駐車場中央付近に移動してから一,二分が経った頃,『道具持ってこい。』,『道具,道具。』などと言ってきたので,(そちらを)見たところ,被告人がいることに気付いた。被告人は,自分から5メートルくらいの距離にいた。」と要約している。そうすると,Cは,被告人が「道具持ってこい。」と発言するのを目撃したと証言しているのではなく,何者か
が「道具持ってこい。」と発言したのを聞いて,声のした方向を見たら被告人がいたと証言しているにすぎないから,上記要約に係る事実のみでは,直ちに発言者が被告人であると認定することはできない。「声がした方向には被告人以外の者がいなかった」という事実を併せて認定するのであればともかく,原判決に発言者を被告人に限定し得る外形的事実は何ら認定されていないばかりか,原審で取り調べられた証拠によれば,当時は被告人を含む多数のD会関係者らが本件駐車場中央付近にいた事実が容易に認定できるのだから,尚更,声のした方向に被告人がいたからといって,その発言者が被告人であると断定し得る合理的根拠は見当たらない。
もっとも,Cは,原審検察官から,「他の人の発言と声を聞き間違えているということはないか。」と尋問されて,「ないです。」と証言しているから,実際には,原判決の前記要約とは異なり,C証言には,声による識別供述の趣旨もその内容に含まれていることが明らかである。しかし,Cは,被告人との関係性について,20年くらい前に知り合い,以後,街で会えばちょっと話をしたり挨拶をしたりする程度の間柄であったと証言するにとどまり,他方,本件当時の「道具持ってこい。」という発言は,普通よりも大きい声で周囲にも聞こえるような大きさであったと証言しているところ,さほど付き合いが深いわけでもない被告人につき,緊迫した状況下で,日常会話や挨拶とは異なる声量で発せられた音声のみによって,周囲の他のD会関係者の声ではなく被告人の声であると識別できたとみることは困難であるから,このような声による識別供述を信用する前提で判断するのであれば,相応の合理的根拠を示す必要があるところ,原判決には,上記声による識別供述の信用性を肯定し得る根拠が全く示されておらず,原審で取り調べられた証拠を精査しても,上記声による識別供述の信用性を肯定し得る根拠は何ら見出せない。
以上のとおり,原判決が指摘するC証言によって,「道具持ってこい。」
という発言の発言者が被告人であったと断定することはできない。Cは,
「道
具持ってこい。」という声がした方向を見た際,たまたま顔見知りの被告人がいたため,発言者が被告人であると思い違いをしている疑いを払拭できない。C証言によって被告人が「道具持ってこい。」と発言した事実を認定した原判決は,Cの声による識別供述を何らの合理的根拠を示すことなく信用している点において,論理則,経験則等に反しており,不合理である。これに対し,検察官は,原審記録中のC証言調書249項ないし257項を根拠として,Cは,被告人がいた位置を図面に図示して,「こう行ったり来たりしていました。」などと,被告人が移動していた旨を証言したほか,その頃,被告人がその辺りで何度か「道具持ってこい。道具,道具。」と言っていた旨証言したという前提に立って,C証言は言葉の主の同一性識別の問題として信用性を判断すべき内容とは認められない,と主張する。検察官の主張の趣旨は,
被告人がその辺りで何度か
「道具持ってこい。
道具,
道具。

と言っていた旨のC証言を捉えて,最初の「道具持ってこい。」等の発言は直接見ていないとしても,その後の同旨の発言については目撃しているという趣旨の証言であると理解して,言葉の主の同一性の識別の問題ではないと主張するものと解される。しかし,検察官が指摘するC証言調書の記載は,Cが,「道具,道具。」って言ってきた方を見てみたら被告人だったと証言し,これをもって,被告人が「道具,道具。」と発言していたことを所与の前提とし,被告人が「道具持ってこい。道具,道具。」と何回か言っていた旨証言しているにすぎず,被告人が移動していた頃にその辺りで何度か「道具持ってこい。道具,道具。」と言うのを見ていたとの証言はしていない。検察官主張のとおり,上記のC証言は,原審公判調書のその記載部分のみを捉えれば,被告人が複数回「道具持ってこい。」等の発言をしたのを目撃したという趣旨と解する余地もなくはないものであるが,原判決は,C証言の趣旨について,
そのような理解をしていないのであり,
C証言の趣旨につき,

「道具持ってこい。」等の発言を被告人によるものと特定した根拠につき,声のした方向を見たら被告人がいたことであると理解したことは明らかである。原審が,C証人を直接に調べ,証言全体の文脈に加えて,そのニュアンス,口調,表情,証言態度等の証言の文言以外に表れた証言時の状況を総合的に観察した結果を踏まえて把握した証言の趣旨は尊重されるべきであり,原審の証拠の理解が公判調書の記載に明らかに反するなど不合理な点が存しない限り,事後審である控訴審がみだりに容喙すべきではない。検察官の主張は,原判決によるC証言の趣旨の理解について単に異論を述べるものにすぎないから,失当である。

また,原判決が説示する個々の信用性判断に関する説示も,以下

に詳述するとおり,にわかに賛同し難く,是認できないものである。原判決は,C証言について,被告人の発言がされた前後の出来
事を含めて具体的に証言しており,内容的にも特に不自然というべき点が見当たらないこと,EらとD会関係者らが対峙した状況で,被告人やGが道具を持ってくるよう指示したことは,AがD会事務所から本件凶器を持ち出したという客観的事実経過ともよく整合していることに照らすと,本件当日相当量のアルコールを摂取していた上,多数のD会関係者らが現場にいる状態で,短時間のうちに,興奮,緊迫した状況にある中での出来事につき証言したものであることなどを踏まえても,記憶違いなどによりありもしない事実を述べているとは容易に考え難い,という。確かに,原審記録によれば,本件駐車場内で,C,E及びBの3名が,緊迫した状況でH,G及びAらを含む多数のD会関係者らと対峙していたこと,その後,Aが,D会事務所に戻り,本件凶器を持って本件駐車場に戻り,Eを刺殺したことは,本件においておおむね争いのない事実経過である上,上記対峙の場面において,Gが,「道具持ってこい。」と発言したことは,Cのみならず実行犯のAも供述しており,Aは,Gの指示により,凶器を取りに本件駐車場を離れた旨供述し
ているのだから,前後の出来事も含めて具体的に供述しているCの証言が,これらの事実経過と整合していることを根拠に,記憶違いによりありもしない事実を述べているとは容易に考え難いと判断したこと自体は,不合理とはいえない。しかし,実行犯であるAが,被告人から「道具持ってこい。」という指示があったことを否定し,Gから「道具持ってこい。」という指示があった旨供述していること,
Gは,
D会理事長補佐・I会会長の地位にあり,
Aは,I会若頭の地位にあってG直属の配下構成員であること,D会会長であるHを始めとして,本件駐車場内にいたD会関係者らは,その大半が,Aよりも格上の構成員に当たることに照らすと,Aが,単独で本件凶器を本件駐車場内に持ち込む判断をしたとみるのは不自然であって,格上の構成員から指示を受けたとみるのが自然であるところ,その指示をしたのが直属の暴力団組織の会長の地位にあるGであったとするAの供述は,客観的な事実経過とも整合する自然かつ合理的な内容といえる。本件で検討しなければならないのは,このような証拠関係において,Aの上記供述を踏まえてもなお,Gと共に被告人も「道具持ってこい。」と発言していた旨のC証言が信用できるのかという点にある。原判決が指摘する前記各事情は,Gのみならず被告人も「道具持ってこい。」と発言していた旨のC証言にも,被告人ではなくGが「道具持ってこい。」と発言していた旨のAの供述にも,同様に当てはまる事情にすぎない上,被告人が「道具持ってこい。」と発言していた旨のC証言は,捜査段階の当初の供述にはなく,相当程度の取調べが重ねられた後になって唐突に供述し始めた変遷後の供述であること,Cは,「道具持ってこい。」という声の方を見てその人物が被告人だと思った根拠を問われて,「声」の他に「格好」を挙げ,「お腹が出ていること」を指摘したが,被告人は「お腹が出ている」との身体的特徴を有していない一方,Gは「お腹が出ている」という顕著な身体的特徴を有していること(当審弁1ないし9)も併せ考慮すると,Gが「道具持ってこい。」と発言していたのを目撃
し,その頃,本件駐車場内で顔見知りの被告人を目撃した記憶を有していたCが,時間の経過に伴い記憶に変容が生じ,被告人が「道具持ってこい。」と発言していたと思い込んだ疑いを生じさせるに十分である。原判決は,おおむね争いのない事実経過に整合する内容を具体的に供述できていることをもって,記憶違いにより全くありもしない事実を述べているとは考え難いと判断するにとどめ,このことから直ちに,被告人が「道具持ってこい。」と発言した旨の供述部分の信用性につき具体的に検討をすることなく,当該発言の事実についても記憶違いをしているとは考え難いと判断したものとみるほかないが,この判断は,前記のとおり,Gのみならず被告人も発言したという点について記憶の変容が生じた可能性をうかがわせる事情が存在することを看過し,
その検討を欠いている点において不合理であり,
是認できない。
なお,検察官は,Cは,前後の一連の状況につき,被告人の言動とGの言動を明確に区別して証言しているから,Cが被告人とGを混同していた状況は全く認められない,という。しかし,本件で検討すべきは,Cが被告人とGを混同した証言をしているか否かではなく,Cが記憶を変容させて被告人が「道具持ってこい。」と発言していたと思い込んだ疑いの有無であり,検察官が指摘する事情によってその疑問は解消されない。
原判決は,Cの視認状況等について検討を加え,Cにおいて,
5メートルほどの位置にいたという被告人を識別できないほど本件駐車場内の視認状況が悪かったとはいえないし,被告人の容姿等はCにとって既知のものであったから,被告人と他のD会関係者とを取り違えて認識したとも考え難い,
という。
確かに,
この視認状況に関する説示自体は誤りではないが,
この説示は,
「道具持ってこい。という声がした方を見たら被告人がいた,

というC証言の信用性を高める事情にすぎない。EらとD会関係者らが対峙しているときに,被告人がHらの後方にいたことは被告人も自認する争いのない事実である上,前示のとおり,この証言のみによって被告人が「道具持
ってこい。」と発言した事実を認定することはできないから,結局,原判決の上記説示は,本件争点との関係で結論に影響しない部分の信用性を検討したにとどまるものというほかない。
原判決は,Cと被告人との間には特段の利害関係はうかがわれ
ず,他にも多数のD会関係者らがいる中で,被告人だけを陥れる虚偽の証言をする動機は見出し難い,といい,「今の時点でもEを刺したのGであると思っている。最初は被告人は人間的に人を刺し殺すほど悪くはないと思っていた。」旨証言していることにも言及して,被告人を陥れる意図で殊更に虚偽の証言をしているとまでは考え難い,という。しかし,原判決は,CとEが幼馴染の友人であること,被告人がF組を離脱したことも一因となってF組とD会が対立緊張関係にあったこと,Eが被告人の離脱についてけじめをつけるよう被告人に要求しており,本件当日も,Eが被告人のマンションで被告人の名前を呼んだ後,D会事務所に行ったことを前提事実として認定した上,Cが捜査段階途中で「道具持ってこい。」という被告人の発言を供述するようになった経緯として,F組の組長であるJから,あったことをそのまま話すことがEの報いでもあると言われたことを挙げている点について「それなりに筋の通った説明をしている」と評価しているのだから,原判決の依拠する前提に立つならば,Cは,Eの報いになると考えて証言していることになる。そうすると,虚偽供述の動機の有無を検討するのであれば,Cと被告人との間に利害関係があるか否かを検討するのではなく,CがEの遺志を忖度して被告人を殊更陥れる虚偽供述をする動機があるか否かを検討する必要がある(なお,原判決には言及がないが,Cは,原審公判で証言した心境について,「とにかく友達であるEに対して,一つでも何でもいいから報いを果たしたいがために来ました。」と証言している。)。このような観点で原判決の指摘する事情をみると,Cの立場から見れば,Eは,F組離脱後もけじめをつけようとしない被告人の態度が原因で本件当日D会事務所に
行くことになり,
その結果,
D会構成員に殺害されるに至ったのであるから,
Eが死んだのは被告人のせいであると考えて被告人を恨む可能性は十分にあるのであって,被告人を陥れる虚偽供述をする動機がないとはいえない。また,Cは,本件当日,Gから執拗に暴行を受けているから,C自身の利害関係として,Gに対する悪感情からGを殊更陥れる虚偽供述の動機を想定することもできるところ,このような虚偽供述の動機と前記のEの遺志を忖度した虚偽供述の動機は両立し得るから,CがGの悪性をより強調する証言をしていることをもって,被告人に対する虚偽供述の可能性を否定することはできない。原判決は,合理的根拠を示すことなく虚偽供述の可能性を否定するものであり,賛同できない。
なお,検察官は,Eと懇意にしていたJが,Cに対し,警察に真実を供述するよう諭すことは何ら不自然でなく,Jに諭されて警察に真実を供述するようになったというCの証言も誠に得心のいくものであるから,虚偽供述をうかがわせる事情は一切認められず,虚偽供述の可能性は憶測にすぎない,という。確かに上記経緯をもって真実を供述したものと見ることも1つの見方ではあるが,前記のとおり,原判決が判断の前提とした認定事実やC自身の証言内容から虚偽供述の可能性を肯定し得る以上,虚偽供述の可能性は証拠上の根拠に基づく合理的疑いというべきであって,単なる憶測とはいえないから,検察官の主張は採用できない。
原判決は,「声が聞こえたタイミングははっきりしないが,
Bが
少なくとも2名が『道具持ってこい。』と大きな声で叫んでいるのが三,四回聞こえた。」旨証言している点について,その証言の信用性がそれなりに高いように思われると判断した上,この声を聞いたのが「EらとD会関係者らとの間で乱闘が始まった後であった。」などと証言していることも踏まえて,B証言の証拠価値は,D会関係者らの中で「道具持ってこい。」との発言をしていた人物が複数人いたということを証する限度にとどまり,C証言
の信用性を裏付ける程度も相当限定的なものにとどまると評価する一方,「公
判で証言するまでに時間が経っていることもあり,時系列に沿って物事をはっきりと言えない部分がある。」などと証言していることを指摘して,C証言と比較して自ずと信用性には違いがあるから,B証言とC証言とが食い違っていることをもって直ちにC証言が信用できないことにはならない,という。
しかし,Cは,E及びBと並んで,D会関係者らと対峙している場面において,被告人が「道具持ってこい。」と発言していた旨証言しているのだから,同じ場面をCと並んで体験しているBが,上記対峙の場面で「道具持ってこい。」という発言を聞いていないと証言していることは,C証言の信用性を大きく減殺する事情と評価すべきである。なるほどBは,「時系列に沿って物事をはっきりと言えない部分がある」旨証言しているが,要するにBは,記憶の濃淡を区別した証言をしているのであり,本件駐車場の東側歩道上で最初に遭遇した場面では,Hが,Eに対し,「おう,Eか。」と声をかけたこと,その後,EとHが話をしていることはあったが,内容はきちんと覚えていないこと,その後,本件駐車場中央付近に移動したこと,当初はD会関係者が4名しかいなかったが,
その後どんどん相手の人数が増えていき,
15名くらいまで増えたこと,その頃,「招集かけろ。」と誰かが叫んでいたこと,本件駐車場中央付近では,Eを先頭に自分が右手,Cが左手に位置し,これと対峙するD会関係者らはHを先頭に後ろを他の組員が囲っていたこと,対峙の場面では,Eが,「宮崎の暴力団はどうなってるんですか。」と言い,Hが,「堅気のEが言うことではない。」と言い,Eが,「だったらやくざに戻ります。」と言ったこと,EとHは冷静な様子で話していたこと,その後,Hが靴に履き替えて,EとHが「後ろに下がれ。」と言うことがあったこと,Gが下がらなかったので,Cが,「自分ところの親分が下がれって言ってるんだから下がらんか。」と言ったところ,GがCの顔面を殴
ったことにより乱闘が始まったことを時系列に沿って具体的に証言し,乱闘開始後の出来事についても断片的なエピソードを証言した後,原審検察官から,それ以外に記憶に残っていることを聞かれて,本件駐車場で2名の者が「道具持ってこい,道具持ってこい。」と複数回叫んでいたことを挙げている。原審検察官からの主尋問に対しては,はっきりした記憶とはっきりしない記憶があるので,声が聞こえたタイミングについては分からない,と証言するにとどまっているが,原審弁護人からの反対尋問に対しては,どこで聞いたのかはっきりしないが,本件駐車場付近で聞いた,声を聞いたのは乱闘が始まってからであり,対峙の場面では聞いていない,Eのスリッパを持ってチェイサーに向かっているときに聞いたというはっきりとした記憶はないが,声を聞いたときはチェイサーの近くにいたと思うと証言している。以上によれば,Bは,対峙の場面では「道具持ってこい。」という発言を聞いていないが,乱闘開始後の断片的エピソードの一つとして,2名の者が「道具持ってこい。」と複数回叫んでいたことを記憶しており,それは自分がチェイサー付近にいたときのことであったと思うが,どの場面,どのタイミングで聞いたかははっきりした記憶がないという証言をしていることになり,原審検察官の主尋問に対する証言もこれと同旨をいうものと理解するほかない。「時系列に沿って物事をはっきりと言えない部分がある」とのB証言も,乱闘開始後に聞いた「道具持ってこい。」という発言の場面やタイミングを特定できないことをいうものとみられる。このような証拠関係において,原判決は,Bが,記憶の濃淡を区別し,対峙の場面では「道具持ってこい。」という発言を聞いていないと明確に証言しているのに,「時系列に沿って物事をはっきりと言えない部分がある」と証言していることを指摘して,対峙の場面に関する具体的かつ明確な証言についても信用性が低いと判断し,このような不合理な信用性判断を前提に,B証言がC証言の信用性を減殺することを否定する判断をしているのだから,不合理な判断というほかない。
なお,原判決は,Bが「道具持ってこい。」という発言を聞いたのが乱闘開始後であった旨証言していることを踏まえて,B証言の証拠価値が,D会関係者らの中で「道具持ってこい。」との発言をしていた人物が複数人いたということを証する限度において,C証言の信用性を限定的に裏付けるものと評価している。検察官も,当審において,被告人がGと同旨の発言をしていたことはB証言と符合していると主張している。その趣旨は判然としないが,
Cは,
乱闘開始後ではなく対峙の場面で被告人とGが
「道具持ってこい。

と発言していた旨証言しているのだから,B証言とC証言は全く別の出来事を証言していることになり,B証言は,C証言と符合するものではなく,C証言を裏付けるものともいえない。そして,「道具持ってこい。」という発言は,前示のとおり乱闘開始の前後ではその意味合いが異なるのであって,たとえ乱闘開始後に,凶器を用いて乱闘相手に危害を加える旨の指示を含むものとして「道具持ってこい。」という発言が複数人からあったとしても,そのことを理由に,乱闘開始後とは事情が異なる対峙の場面においても「道具持ってこい。」という発言があったことをうかがわせる徴表事実と評価することもできない。また,前示のとおり,C証言は,記憶の変容により,対峙の場面で被告人が「道具持ってこい。」と発言していた旨証言している可能性を念頭に置いて慎重に検討すべきところ,仮に乱闘開始後に2名の者が「道具持ってこい。」と複数回叫んでいたことがあったならば,本件駐車場内でGらから執拗な暴行を受けていたCも,周囲でそのような叫び声が発せられたのを聞いていた可能性があり,その記憶が変容し,対峙の場面においてそのような発言があったものと証言している疑いすら生じさせるものである。
B証言が,
C証言の信用性を限定的に裏付けるものと評価した原判決は,
合理的根拠に欠ける。
原判決は,
Cの供述経過として,
被告人が
「道具持ってこい。

と発言したことについては,平成28年8月31日の警察官取調べ以降一貫
して供述していたことを指摘し,同日までの間に上記供述をしていなかったことについては,Cが,「事件当日はEに生きてくれという気持ちで一杯であったし,警察が嫌いということもあり,調書に署名指印できるような気分ではなかった。また,警察に対し『おまえにはしゃべらん。』などと言っていたことから,自分が先に話すわけにはいかないという思いもあった。Eの通夜か葬式の際に,
Jに呼ばれて,
あったことをそのまま警察に話すように,
それがEの報いでもあるなどと言われ,そこから少し事件のことを思い出しながら話すようになった。しかし,警察から聞かれてすべてをすぐに思い出せるわけではなく,徐々に思い出し少しずつ話をしていった。そのため,被告人の『道具持ってこい。』という発言については平成28年8月31日に警察の供述調書に道具の話として供述して署名した。」と説明していることをもって,それなりに筋の通った説明と評価し,このようなCの供述経過はC証言の信用性を一定程度裏付けるものと判断している。Cは,Eの通夜か葬式は平成28年8月23日頃にあったと証言し,その後,同月24日,同月28日,同月30日に警察から取調べを受けたが,被告人及びGの「道具持ってこい。」という発言を供述し始めたのは同月31日からであると証言しているのだから,Cの説明によるならば,被告人及びGの「道具持ってこい。」という発言は,事件当日から供述していた「招集かけろ。」という何者かによる発言よりも記憶に残っておらず,相当念入りに記憶を喚起しないと思い出せない程度に印象の薄い出来事であったと理解するよりほかにない。しかし,Cは,被告人ないしGの言動としては,「招集かけろ。」,「道具持ってこい。」,「会長,下がってください,会長が下がらないと俺たちがやれないから。」という発言を証言しており,「道具持ってこい。」という発言を聞いて,刃物か拳銃を持ってくるかもしれないと思ったと証言している。そうであれば,Eが刃物で刺されて死亡したことを事件当日から認識しているCとしては,「道具持ってこい。」という発言は,現にEが刃物で刺
されたという出来事と結び付けられて印象深く記憶されているはずであり,現にC自身,「道具持ってこい。」という言葉は,心に残る重要なせりふであったことを肯定する証言をしている。それにもかかわらず,Cは,「道具持ってこい。」という言葉が「招集かけろ。」という発言よりも印象に薄く記憶に残らない言葉であったことを前提とする供述経過を説明しているのであるから,「それなりに筋の通った説明」などと評価することは到底できない。そして,相当念入りに記憶を喚起しないと思い出せない程度に印象の薄い出来事に関する証言は,それ自体,観察,記憶の正確性に疑義を生じさせる事情である。加えて,Cは,原審公判において,曖昧だと留保を付しながら,「乱闘開始後,自らが暴力を振るわれた前後にも,被告人が道具持ってこいと言った記憶がある。」旨の供述を,捜査段階では供述していなかったのに新たに付け加えるなど,公判開始後においても,被告人による「道具持ってこい。」との発言に関しては供述を変遷させているのであって,この点もC証言の誠実性,記憶の正確性を疑わせるものといえる。その上,前記のとおり,Aが,「Gが『道具持ってこい。』と発言したことを受けて本件駐車場を離れた。」
「被告人は『道具持ってこい。』と発言していなかった。」
旨供述し,Bが,「乱闘開始後に2名の者が『道具持ってこい。』と複数回叫んでいた。」「対峙の場面では『道具持ってこい。』という発言は聞いていない。」旨証言していることも併せ考慮すると,Cの供述経過は,記憶喚起の過程で記憶が変容した結果として生じた真実と異なる供述との疑いを生じさせるに十分である。原判決は,このような供述経過をもって,C証言の信用性を一定程度裏付けるものと評価しているのであるから,その判断は論理則,経験則等に反する不合理なものといわざるを得ない。
C証言の信用性判断は,対峙の場面において被告人が「道具持
ってこい。」と発言した事実の有無に関して行う必要がある。既にみたとおり,本件の証拠関係においては,被告人の発言の存在を認めるに足りる客観
的証拠はなく,被告人の発言の有無によって前後の事実経過の自然性・整合性に有意な差も生じず,被告人の発言があったとするC証言のみが唯一の直接証拠となっている。原判決の依拠する判断枠組みによれば,このC証言が信用できるならば被告人には殺人の共謀共同正犯が成立し,信用できないならば被告人は無罪となるのだから,このような場合の証言の信用性判断は特に慎重に行う必要がある。C証言は,同じ場面をほぼ同じ位置で体験し,Cとおおむね同様の出来事を具体的に証言しているBが,Cが証言する場面では「道具持ってこい。」という発言を聞いていないと明確に証言していること,実行犯であるAも,「道具持ってこい。」という指示がGからあったことを前提に,被告人の「道具持ってこい。」という発言はなかった旨供述していることと整合しておらず,その供述経過に照らしても信用性が低いものである。たとえ,前後の事実経過を具体的に証言していて,全くありもしない出来事を記憶違いにより供述しているとは考え難いこと,B証言がC証言を限定的にせよ裏付ける側面がないではないこと,Cが故意に虚偽供述をしていると断じるまでの根拠は見当たらないこと,Cが被告人を見間違えたとは考え難いこと等を考慮しても,Cが記憶の変容等により真実と異なる証言をしている疑いを払拭することはできず,被告人が「道具持ってこい。」と発言していた旨のC証言を信用できると判断することは困難である。原判決は,本件の証拠関係に照らし,特に慎重に行うべきC証言の信用性判断につき,
さしたる根拠もないまま信用性を肯定したものとみるほかなく,
論理則,
経験則等に反する不合理な判断といわざるを得ず,是認できない。小括
以上のとおり,被告人が「道具持ってこい。」と発言したことをもって,殺人の共謀共同正犯が成立すると判断することはできない上,被告人が「道具持ってこい。」と発言した事実も認定することができないから,これらの事実を認定した原判決には事実の誤認がある。これらはいずれも,殺人の主
位的訴因を認定して被告人を有罪と判断した原判決の判断の核心部分に当たるから,これらの事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
第3

破棄自判

よって,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。
なお,原判決は,主位的訴因について有罪と判断したため,予備的訴因に関する判断をしていない。本件の予備的訴因は,被告人が,Aらに対し,「道
具持ってこい。」などと申し向けて,AらにEを殺害することを決意させて教唆したことにより,AがEを殺害したことをもって殺人教唆の訴因とするものであり,原審検察官は,論告において,被告人が「道具持ってこい。」と言ったこと,Aが「道具持ってこい。」と指示を受けて凶器の準備を決意し,Eの殺害に至っていることを根拠に被告人に殺人教唆が成立すると主張しているから,結局,原審検察官の主張する被告人の教唆行為は,「道具持ってこい。」という発言に尽きることになる。その発言が認定できないことは既に説示したとおりであるから,結局,被告人の教唆行為を認定することができないことは明らかであり,予備的訴因の成否について原審において更に審理を尽くさせる必要はない。
そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して更に次のとおり判決する。
(無罪の理由)
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,Aらと共謀の上,平成28年8月19日午前0時50分頃から同日午前1時頃までの間に,宮崎市a町b番地cビル南側駐車場又はその周辺において,E(当時43歳)に対し,殺意をもって,その右上腹部を刃物様の物で1回突き刺し,よって,同日午前7時5分,同市d町ef番地K病院において,同人を腹部刺創による出血性ショッ
クにより死亡させて殺害した」という主位的訴因,及び,
「被告人は,E(当
時43歳)を殺害しようと考え,平成28年8月19日午前0時47分頃から同日午前0時50分頃までの間に,宮崎市a町b番地cビル南側駐車場において,同所にいたAらに対し,殺意をもって,『道具持ってこい。』などと申し向け,
前記Aらに前記Eを殺害することを決意させて教唆し,
よって,
前記Aが刃物様の物を準備した上,その頃から同日午前1時頃までの間に,前記cビル南側駐車場又はその周辺において,前記Aらが前記Eに対し,殺意をもって,その右上腹部を前記刃物様の物で1回突き刺し,よって,同日午前7時5分,同市d町ef番地K病院において,同人を腹部刺創による出血性ショックにより死亡させた」という予備的訴因である。
そこで,検討すると,前記第2,3で説示したとおり,主位的訴因について被告人に殺人の共同正犯が成立することを認めるに足りる証拠はなく,予備的訴因について被告人が「道具持ってこい。」などと申し向ける教唆行為を行ったことを認めるに足りる証拠がないものであるから,結局,本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰する。
よって,刑訴法336条により無罪の言渡しをすることとして,主文のとおり判決する。
平成30年11月1日
福岡高等裁判所宮崎支部

裁判長裁判官

根本
裁判官

渡邉渉一昭
裁判官

佐久間隆
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