判例検索β > 平成29年(わ)第1385号
殺人
事件番号平成29(わ)1385
事件名殺人
裁判年月日平成30年10月25日
法廷名福岡地方裁判所
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平成30年10月25日宣告
平成29

1385号
判決主文
被告人を懲役15年に処する
差戻前第1審における未決勾留日数中220日をその刑に算入する。理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成28年2月11日に刑務所を出所した後,姉A及び同人の交際相手であるB(以下「被害者」という。)と共に,北九州市a区bc丁目d番e号Cf号のA方で生活していたが,同月28日,被害者と口論になり,同日午前4時45分頃,A方において,被害者(当時47歳)に対し,殺意をもって,持っていた包丁(刃体の長さ約17cm。平成30年押第5号符号1)で,その右胸部を突き刺し,よって,同日午前9時40分頃,同市g区h町i丁目j番k号のD病院において,同人を右胸部刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。(争点に対する判断)
1
本件の争点は,殺意及び責任能力の有無,程度である。

2
関係証拠によれば,被告人は,刃体の長さ約17cmの包丁を用い,これによ
り被害者の右胸部に深さ約16.5cmの刺創を生じさせたこと,その際被害者がほとんど動いていなかったことが認められる。そうすると,身体の枢要部を狙って相当の力をこめて十分な殺傷能力のある包丁で刺すという死の危険性が高い行為に及んでいるといえ,後記のとおり本件犯行に精神障害の影響はなく,他に被告人が当該行為の危険性について認識を欠くような事情もうかがえない。そうすると,被告人が殺意を有していたことは優に認められる。
3⑴

鑑定人であるE医師は,要旨次のように供述する。本件犯行時,被告人には,
統合失調症(覚せい剤精神病の遷延持続型)といった精神障害等があるが,本件犯
行は,口論の延長線上で発生したもので,一連の推移には連続性があって現実との関連も失われていない。「本件犯行時に怨霊に操られていた」という被告人の公判での弁解は,犯行後にこれを説明又は合理化するため生じた妄想追想と説明でき,本件犯行と精神障害との関連性は認められない。


そして,以下のとおりその鑑定結果は合理的かつ正当である。

まずAの供述を含む関係証拠によれば,被告人が,本件犯行の数時間前,被害者やAから早く寝るよう言われた後,自らの首に包丁を当てて「死のうと思いよった。」と言ったところ,被害者から「死にきらんくせに。俺も殺しきらんやろうが。するんやったら,どこか外に行ってしてこい。」「ちいねえちゃん(被告人の元交際相手のF)のところに明日から行け。」などと言われたこと,犯行直前,被害者から,寝られないから電気を消せなどと言われたことに端を発し,更に被害者から「お前表出れ。」と言われ,「出ちゃるわ。」などと返答して,けんかになりそうな事態になったこと,その直後に本件犯行に及び,更に被害者の顔面を蹴ったが,その後,被害者の傷口を押さえ,「兄ちゃんごめんね,こんなんなるんよ。」などと述べたことが認められる(なお,被告人は,捜査段階の供述調書(職4)において,本件犯行前に被害者に顔を殴られたとしている。しかし,被告人は,公判において,捜査段階では被害者を悪く言って自己の責任を軽くしようという意図から虚偽を述べていたものであると説明しており,現に,前記供述調書の他の部分は,包丁が誤って被害者に刺さってしまったという本件犯行態様と相違する内容になっているというのであり,前記供述調書の信用性には疑問が残る。)。これらを前提とすれば,被告人は,自己の意に沿わない被害者の発言から,同人と口論となり,前記のとおりけんかになりそうな事態になるなどした末,本件犯行に至ったのであるから,これらの被害者の言動に怒りを募らせたものと見ることができ,一連の経過に不自然な点は見てとれない。また,操られていたとするならば本件犯行に及びながら,前記のとおり犯行直後に介抱するなど矛盾が見られる。この点につき被告人はこれまでの供述を覆し当審公判において,我に返って介抱したとも供述するが,
E医師がそのような精神状態の切り替わりは考え難いと説明していることに照らし,不自然である。
また,このように,犯行前後の状況からは,被告人が怨霊に操られるなどの妄想の影響下にあったことを疑わせるような事実関係は見受けられないところ,被告人も,捜査段階においては,怨霊に操られていたことについて一切供述をしていない。そのような異質な体験をしながら信じてもらえないかもしれないから弁護人にも話さなかったというのは不自然であるといわざるを得ないのであり,被告人の怨霊に操られたとの公判供述が妄想追想である旨のE医師の説明は合理的である。これに対して,弁護人は,被告人には本件以前にも奇異な言動があり,本件についても統合失調症の影響があったことがうかがわれるとしている。しかしながら,まず,F宅付近で般若心経を唱えていたことや同人宅の壁をたたき壊したことについては,被告人自身が,病的体験と関連付けて供述しているわけではなく,当日会えなかったFと会えるように経を唱えた,また,同人とのやり取りの中で不快な思いをしたので,壁を壊すなどした旨説明しているのであり,精神障害の影響が介在した合理的な疑いはない。被告人の出所祝いとして,被害者やAらと行ったカラオケ店で終始泣いていたことについては,一緒にいたAがうれしくて泣いていると思ったと供述するなど,周囲の者の動揺を生むほどのものではなかったとうかがわれること,二度にわたり自分に包丁を当て,自殺をほのめかすなどしたことについては,一度目は前同様に病的体験と関連付けて供述されてすらおらず,二度目は被害者からあしらわれる程度の出来事であって,Aから,被告人が寝床にしているロフトに戻るように言われてこれに従っていること,E医師が,これらについて他者の関心を引こうとする行為,人格的未熟さの反映と評していることからすれば,それぞれ精神障害の影響を疑うべきものとはいえない。以上のとおり,本件犯行に精神障害が影響していたことはうかがえず,責任能力の減退はなかったものと認められる。
(量刑の理由)

被告人は,通常の大きさの包丁の刃がほぼ根元まで刺さるほどの力で人体の枢要部を突き刺したものであり,犯行態様は危険である。刺した回数は1回にとどまるが,犯行直後,Aに抱えられる被害者の顔を更に蹴っていることも考慮すれば,相応に強い攻撃の意思があったといえる。被害者の発言がけんかのきっかけとなった可能性があることを考慮しても,通常のけんかの範囲にとどまるものであったのに,被告人が包丁を持ち出して攻撃に及んだのであり,経緯は酌むべき事情に乏しい。以上の犯情からすれば,本件は,単独犯が,けんかを動機として刃物を用い,知人等に対して殺人1件を行ったという量刑傾向の中で,中程度ないしやや重い部類に属する。そして,怨霊に操られたとの弁解が統合失調症の影響による可能性があることを踏まえても,被告人が,捜査段階であえて虚偽の供述をし,犯行から2年半以上も経過した当審公判に至るまで被害者遺族らに謝罪の意思を示してこなかったこと,それゆえその処罰感情が厳しいのも当然であること,累犯前科を含む複数の前科を有し,前刑出所後2週間あまりで本件犯行に及んでおり順法精神に欠けていることにも鑑みて,主文の刑を量定した。
(求刑)懲役15年
平成30年11月9日
福岡地方裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

裁判官

中川田瀨幹孝人史
裁判官

浦恩城泰史
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