判例検索β > 平成28年(行ウ)第463号
被疑者補償規程に基づく検察官の処分取消等請求事件
事件番号平成28(行ウ)463
事件名被疑者補償規程に基づく検察官の処分取消等請求事件
裁判年月日平成30年7月5日
法廷名東京地方裁判所
裁判日:西暦2018-07-05
情報公開日2019-02-06 08:18:07
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平成30年7月5日判決言渡
平成28年(行ウ)第463号

被疑者補償規程に基づく検察官の処分取消等請求

事件
平成28年(ワ)第34243号

損害賠償請求事件

主1文
本件訴えのうち,東京高等検察庁検察官が平成28年5月25日付けでした被疑者補償規程に基づく補償をしない旨の裁定に対する原告の不服申出は理由がないとの決定の取消しを求める部分を却下する。

2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)

主位的請求


東京高等検察庁検察官が原告に対して平成28年5月25日付けでした被疑者補償規程に基づく補償をしない旨の裁定に対する原告の不服申出は理由がないとの決定を取り消す。


被告は,原告に対し,61万2000円及びこれに対する平成28年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)

予備的請求
被告は,原告に対し,195万2500円及びこれに対する平成28年2
月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2請求の趣旨に対する答弁
(1)

本案前の答弁(請求の趣旨(1)アについて)
主文第1項に同旨

(2)

本案の答弁
主文第2項に同旨
第2事案の概要
本件は,被疑者補償規程に基づき被疑者補償の申出をした原告が,東京地方検察庁(以下東京地検という。)検察官により補償しない旨の裁定(以下本件裁定という。)を受けたため,これに対して不服の申出をしたところ,東京高等検察庁(以下東京高検という。)検察官が同不服申出は理由がないとの処理(以下本件処理という。)をしたことから,被告に対し,主位的に,①本件裁定は抗告訴訟の対象となる行政処分であり,本件処理は原告の行政不服審査法に基づく審査請求を却下するとの決定であるから,本件処理も
抗告訴訟の対象となる行政処分であるところ,同規程の定める補償要件を充足する原告につき被疑者補償をしないとした本件裁定は違法であり,したがって本件処理も違法であると主張して,本件処理の取消しを求めるとともに,②被告が不起訴処分とされた者に対する費用補償を行うための規程を定めなかったことが違法であると主張して,国家賠償法(以下国賠法という。)1条1
項に基づき,損害賠償金61万2000円及びこれに対する本件裁定後の日である平成28年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,原告につき被疑者補償規程の定める補償要件該当性が認められるにもかかわらず東京地検検察官が本件裁定をしたこと及び東京高検検察官が本件処理をしたことは国賠法上違法であり,これにより損害
を被ったと主張して,同法1条1項に基づき,損害賠償金195万2500円及びこれに対する本件裁定後の日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1被疑者補償規程の定め
被疑者補償規程の定めは,別紙被疑者補償規程の定めに記載のとおりで
ある。
2前提事実(証拠等を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)(1)

訴外Dは,東京都内所在のαにおいて,郵便物受取サービス(以下本件サービスという。)を営み,本件サービスの利用者に,荷物の送付先としてαを利用させていた。原告は,Dに誘われ,平成26年5月1日から従業員として本件サービスに従事し始め,電話番をしたり,荷物を受け取ったりする仕事をしていた(甲16の2ないし4頁)。
αは,いわゆる特殊詐欺の事案において,被害者に現金を送付させる先として利用されたことがあった。
(2)

原告は,平成26年7月11日,特殊詐欺事件の被害者AによりαE
宛てに発送された荷物を配達業者を装った警察官から受け取り,氏名不詳者らと共謀の上,被害者Aを騙し,同人に,同月10日,現金300万円をαE宛てに発送させ,現金を交付させようとしたが,その目的を遂げなかった旨の詐欺未遂の被疑事実で逮捕され,引き続き勾留された。さらに,原告は,これ以前に発生した同種の詐欺既遂事件2件につき,同年8月1日及び同月21日にそれぞれ再逮捕され,引き続き勾留された。同既遂事件の1
件目の被疑事実の要旨は,原告が,氏名不詳者らと共謀の上,被害者Bを騙し,同人に,同年5月20日から同月30日までの間,3回にわたり,現金合計600万円をαFほか1名宛てに発送させ,同月21日から同月31日までの間,これを同所に到達させたというものであり,2件目の被疑事実の要旨は,氏名不詳者らと共謀の上,被害者Cを騙し,同人に,同年6月
26日から同年7月8日までの間,4回にわたり,現金合計1000万円をαGほか1名宛てに発送させ,同年6月27日から同年7月9日までの間,これを同所に到達させたというものである。
原告は,いずれの事件についても詐欺の犯意を否認し,同年9月10日に釈放され(身柄拘束期間は合計62日間),同年12月24日付けで上記3
件の被疑事実につき不起訴処分(嫌疑不十分)となった。
(3)

Dは,上記3件の被疑事実につき,平成26年8月7日以降,順次逮捕勾留され,特殊詐欺グループに本件サービスを詐取金の受取手段として利用させ,特殊詐欺グループの犯行を容易にしてこれを幇助したとして,同年10月7日,上記3件の事案につき詐欺幇助・詐欺未遂幇助の罪で東京地方裁判所(以下東京地裁という。)に起訴された。
Dは,平成27年5月26日,東京地裁において,全ての公訴事実につい
て有罪とし,懲役3年6月に処する旨の判決の宣告を受けたが,同年11月11日,東京高等裁判所(以下東京高裁という。)において,詐欺幇助の故意があったとは認められないとして無罪判決の宣告を受け,その後,同判決は確定した。
(4)

原告が,平成27年12月4日付けで,東京地検検察官に対し,被疑者補
償規程に基づく補償の申出を行ったところ,同庁検察官は,平成28年2月3日,補償をしない旨の裁定(本件裁定)を行い,同月5日付けで原告に通知した(甲6)。これに対し,原告は,同年4月1日付けで,東京高検検察官に対し,不服申立書と題する書面を提出し,本件裁定の取消しと不起訴の処分に要した費用の相当額の交付を要求したが(甲7),東京高検検察官は,同年5月25日,同不服申出は理由がないとの処理(本件処理)をし,同月27日付けで原告に処理結果を通知した(甲8)。
(5)
(6)

原告は,平成28年9月30日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。Dについては,平成28年3月31日,東京高裁により,上記3件の詐欺
幇助・詐欺未遂幇助事件についての抑留又は拘禁による刑事補償及び裁判に要した費用補償の交付決定がなされている。
3争点
(1)
(2)

本件処理の行政処分性(裁決該当性を含む。以下同じ。)
被疑者に対する費用補償に関する規程を定めなかったことが国賠法上違法
といえるか否か
(3)

本件裁定及び本件処理が国賠法上違法であるか否か
4争点に対する当事者の主張
(1)

争点(1)(本件処理の行政処分性)について

(原告の主張)

被疑者補償規程2条と憲法40条及び刑事補償法の文言及び趣旨とを比較対照すれば,被疑者補償規程は,被疑者が抑留又は拘禁された後に公訴
を提起しない処分があった場合において,罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは,抑留又は拘禁された後に無罪の裁判を受けたときに準じ,抑留又は拘禁による補償をするのが相当であるとの趣旨目的の下,制定されたものといえる。このような趣旨目的に加え,平等原則を併せ考慮すれば,被疑者補償規程2条は,被疑者として抑留又は拘禁を
受けた者で,罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由がある者に,被疑者補償規程が定める手続に従って適正な処理を受けることができる法的利益を保障する趣旨のものであると解するのが相当である。
すなわち,被疑者補償規程は,法務省訓令という形式を取っているものの,その実質は,検察官の行為によって直接国民の権利義務を形成し,又
はその範囲を確定することが法律上認められているものにほかならない。したがって,被疑者補償規程に基づく補償をしない旨の本件裁定は抗告訴訟の対象となる行政処分であるといえるし,原告は,行政不服審査法に基づく審査請求として,本件裁定に対する不服申立てを行ったものであるが,これについて,理由がないとした本件処理は,不服申立てを却下する
決定といえるから,本件処理も行政処分性を有する。

被告の主張について
被告は,被疑者補償規程について,検察官に対して補償の権限と義務を与えるにとどまり,補償を受ける被疑者の利益は反射的にもたらされる事
実上の利益にすぎず,法律上保護された利益ということはできないと主張する。しかしながら,被疑者補償規程は,被疑者補償を行うか否かを決するに当たり,検察官に自由裁量を与えているのではなく,同規程が定める手続に従って適正な処理を行うことを義務付けているのである。被疑者補償規程に定める被疑者補償手続も行政手続である以上,適正な手続に従って処理がなされなければならないのは当然であり,そうであれば,かかる適正な手続に則った処理がなされることを当該手続によって利益を受ける
者が期待し得ることもまた当然である。
(被告の主張)

憲法40条の文理からして,同条の抑留又は拘禁には,不起訴となった事実の逮捕勾留は含まれない。
また,被疑者補償規程の法形式は訓令(法務省訓令)であり,訓令は,
国家行政組織法14条2項に基づき大臣がその機関の所掌事務について命令又は示達するための行政内部に対する命令にすぎず,法令の授権に基づくなど例外的な場合を除いては国民の権利義務に直接効力を及ぼす法規としての性質を有しないから,被疑者補償規程は検察官に対して被疑者に補償すべき義務と権限を与えたものではあっても,国の法律上の義務を定め
たものではなく,国民も同規程によって補償請求権を取得することはあり得ない。
同規程2条は,所定の要件が認められる場合には補償するものとするとしているが,これは検察官に対して補償の権限と義務を与えるにとどまり,補償を受ける被疑者の利益は反射的にもたらされる事実上の利益
にすぎないから,これを被疑者に法律上保護された利益ということはできない。
以上のとおり,被疑者補償は憲法上ないし法律上保護された利益ではない。

被疑者補償請求権を認めると,被疑者補償の要否に係る検察官の判断を被疑者本人が争うことを認めざるを得ず,裁判所において,検察官が有罪又は無罪の心証を前提にして不起訴とした判断の内容に踏み込んで審査せざるを得ないことになるが,これは起訴独占主義や起訴便宜主義といった刑事訴訟法の基本原則に抵触するおそれがある上,一度不起訴処分となった被疑者が罪に問われる可能性もあるなど,被疑者にも不利益となる。また,不起訴処分はその時点での一応の処分にすぎず,新たな証拠の発見等
により起訴に至ることもあるから,判決同様の確定力を持たせることは適当でなく,被疑者補償請求権を認めることには難がある。
被疑者補償に関する国会審議状況,被疑者補償規程の制定及び改正経緯からみても,以上の理由から,被疑者補償請求権を認める立法がされず,被疑者補償規程が定められたことは明らかである。

このように,被疑者補償請求権を認めずに,被疑者補償規程に基づき,原則として被疑者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときに限り,検察官の義務として被疑者補償を行う運用を行っていることには合理的な理由が認められ,これらの理由からも,仮に被疑者補償をしない旨の裁定に不服がある場合でも,争訟性は認められず,同裁定には行
政処分性がないというべきである。

以上によれば,被疑者補償規程に基づく補償をしない旨の裁定は,抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。したがって,これに対する行政不服審査法に基づいた審査請求をすることはできず,原告の本件裁定に対する不服申出は,東京高検検事長の東京地検職員に対する指揮監
督権(検察庁法8条)の発動を促すものにすぎないのであって,これに対する応答である本件処理も裁決に当たらず,行政処分性は認められない。したがって,本件訴えのうち,本件処理の取消しを求める部分は不適法である。

原告の主張について
原告は,適正な処理を受けることのできる法的利益が被疑者に保障されていると主張する。しかしながら,被疑者補償手続が適正に処理されなければならないことは行政手続である以上当然であって,そのことから,適正な処理を受ける利益が法的に保障されているとの結論が必然的に導かれるわけではない。
適正な処理を受けることのできる法的利益が被疑者に保障されていると
解することは,被疑者補償規程に基づく補償をしない旨の検察官の裁定等が適正な処理か否かを通じて,その前提となった不起訴処分の理由の当否を被疑者が裁判で争い得ると解することにほかならないのであり,被疑者補償について立法がされず,訓令で定めることとした前記の趣旨と相容れない。

また,被疑者補償規程における国と被疑者の法律関係は民法上の贈与とみるほかなく,検察官が補償をしない裁定をした場合においては,贈与契約は成立していないため,国と被疑者との間には被疑者補償に関して何らの法律関係も生じておらず,被疑者補償を受けるべき法的利益や適正な処理を受けることができる法的利益を観念することはできない。
(2)

争点(2)(被疑者に対する費用補償に関する規程を定めなかったことが国
賠法上違法といえるか否か)について
(原告の主張)

違法性
刑事補償法が定められていることとの平等の観点から被疑者補償規程が置かれることとなったという経緯からすれば,少なくとも,被疑者補償規程が制定される時点において,無罪判決を受けた者との平等の観点から,行政府は,不起訴処分とされた者に対する費用補償を行うための規程を制定すべきであったといえ,これを怠ったことについて,国賠法1条1項の
違法性が認められるというべきである。被告は,立法不作為が国賠法上違法となる場合の最高裁判例に基づく主張をするが,省令や内部規則の制定は飽くまで行政府において行うものであり,議会制民主主義の原則とは関係がなく,政治的責任のみを負う国会議員の立法行為とは本質的に異なる。また,被告は,捜査段階における費用が定型化しにくいなどと主張するが,平成4年6月2日の参議院法務委員会において,理事であるH氏が被疑者に対する費用補償を設けることについて前向きに考えるべきであると
の指摘をしていたし,平成18年4月に日本司法支援センターが設立されて以降,国選弁護活動については被告人段階のみならず被疑者段階の活動についても定型化され,一定の基準に基づいた費用の支払がなされているのであるから,これを適用するなどして一定金額の費用補償を行うことは十分に可能である。したがって,現時点に至るまで漫然と被疑者に対する
費用補償に関する規程を欠いたままこれを放置したことに,合理的理由は何ら存在しない。

損害額
原告は前記前提事実の3件の被疑事実についてそれぞれ20日ずつ勾留されているところ,日本司法支援センターにおける被疑者国選弁護に対す
る報酬及び費用の算定基準によれば,20日間勾留された場合の基準接見回数は5回とされ,20日間勾留された1つの事件につき5回接見を行った場合の報酬は,10万4000円とされている。そこで,本件では,31万2000円(10万4000円×3)を身体拘束中の弁護士費用相当額の損害として請求することとする。

また,本件訴訟を弁護士に委任せざるを得なかったことから,弁護士費用30万円も,上記違法行為と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)

国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であるところ,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利行使を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所用の立法措置を採ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などに,例外的に国会議員の立法行為又は立法不作為は,国
賠法1条1項の適用上,違法の評価を受けるにすぎない。
そして,前記(1)(被告の主張)アのとおり,被疑者補償は憲法上ないし法律上保護された利益ではない。したがって,刑事訴訟法その他の法律に不起訴処分とされた者に対する費用補償に関する規程が定められていないことをもって国賠法上違法と評価される余地はない。

また,被疑者補償規程は,国民の権利義務に直接効力を及ぼすものではなく,国の国民に対する法律上の義務を定めるものでもないから,被疑者補償規程に費用補償に関する規程が定められていないことをもって国賠法上違法と評価されることもない。

平成4年6月2日の参議院法務委員会において,刑事訴訟法における費用補償制度は,当事者主義による対審構造における公判手続において定型化されやすい費用を定型化して補償する制度として作られているのに対し,捜査段階における費用は,被疑者の社会的地位,被疑事実の事案により千差万別で定型化しにくい上,捜査段階における手続が当事者主義による対審構造ではないために費用として非常に捉えにくいことから,被疑者補償
規程において費用補償が除かれたとの説明がされたとおり,被疑者に対する費用補償に関する規程が置かれなかったことには合理的な理由が認められ,この点においても行政府が不起訴処分とされた者に対する費用補償に関する規程を定める法的義務を負っていなかったことは明らかである。(3)

争点(3)(本件裁定及び本件処理が国賠法上違法であるか否か)について
(原告の主張)

前記(1)(原告の主張)欄記載のとおり,被疑者補償規程2条は,被疑者補償規程が定める手続に従って適正な処理を受けることができる法的利益を保障する趣旨のものと解される。したがって,被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき,公訴を提起しない処分があった場合において,被疑者補償規程2条の定める要件(罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由)があるにもかかわらず,被疑者補償規程による補償がなされなかったときは,国賠法1条1項に基づき,上記法的利益を侵害されたことを理由に,これによって生じた損害につき,賠償請求をすることができるというべきである。

原告は被疑者補償規程2条の要件を満たしていること
(ア)

本来であれば,刑事補償法との均衡上,被疑者に対しても被疑者補
償法という形式で補償請求権を認めるという立法も十分に考えられたところ,被告が主張するように,刑事訴訟手続における検察官の権限に関する原則との抵触を避けるため,あえて,検察庁内部の行政手続に被疑者補償手続を委ねたというのであれば,被疑者補償手続は,刑事補償法に基づき裁判所が刑事補償を行うのと同様の基準で行われなければならない。
そうであれば,仮に起訴されていれば無罪となり,刑事補償法において補償がなされていたであろうという場合においては,被疑者補償規程
2条の要件に該当するものと解するのが相当である。そうでなければ,実質的に同じ証拠関係の下,捜査機関の捜査対象とされた共犯者間において,一方は起訴されて無罪となったために被疑者としての身体拘束期間も含めて刑事補償の対象とされるのに対し,一方は不起訴となったために一切の補償がされないという非常に不平等な状況となるからである。
無罪判決を受けた者と不起訴処分を受けた者との違いに関する被告の主張を考慮しても,事実上不起訴処分を覆される可能性がない本件のような場合にまで刑事補償と被疑者補償とで異なった取扱いをすることは,そのような区別をする実質的理由を欠くものであり,許されない。(イ)

原告は,Dの指示を受けながら本件サービスの業務を手伝っていた
ところ,利用者の本人確認手続を含めた業務についてはDの指示どおりに行っていたものであり,かつ,経済産業省のガイドラインに従っていることや,顧問弁護士のアドバイスを受けていることについても,Dと同様に理解していた。そして,前記前提事実のとおり,本件サービスの経営者であるDについて故意が否定され無罪判決が確定している以上,従業員であり,Dの業務を補助するにすぎない立場にあった原告につい
ても,故意が認められる余地はない。
したがって,原告についても,仮に起訴されていれば無罪となり,刑事補償法において補償がなされていたといえるから,原告は,被疑者補償規程2条の要件に該当する。
(ウ)

なお,被疑者補償規程2条の要件につき被告の解釈を採用するとし
ても,原告については,同要件該当性が認められる。
すなわち,同要件該当性判断に当たっては,Dの無罪判決が確定した事実それ自体,あるいは,少なくとも当該無罪判決が下されるに至った前提となる証拠,証拠に基づく事実認定,及びこれらに対する評価が,当然に参照されるべきである。したがって,本件裁定の時点では,Dに
ついて詐欺の故意のうち認容の存在を認定すべき証拠がないことが明らかとなっており,かつ,Dと原告で前提となる事実に違いがない以上,原告の行為について犯罪に当たることを認定すべき証拠がないことが明白になった状態にあったといえ,本来なら嫌疑なしの場合として裁定がなされなければならない状況にあったといえる。

被告は,Dが無罪判決を受けたことにつき,判決が分かれたにすぎないと主張するが,控訴審の判断を最終的なものとして尊重すべきである。ウ
損害額
本件において原告が身体拘束によって被った損失及び苦痛を考慮すれば,原告が受け取るべきであった被疑者補償金は,身体拘束期間1日につき1万2500円として計算すべきである(62日間分,合計77万5000円)。また,原告は,違法な本件裁定及び本件処理が行われたことにより,
適時・適切に被疑者補償を受けることができず,本訴に及ばざるを得なかった。これによる原告の精神的苦痛を慰謝するための金額は,100万円を下らない。加えて,弁護士費用のうち17万7500円も,違法な本件裁定及び本件処理と相当因果関係のある損害というべきである。
したがって,被告は,原告に対し,国賠法1条1項に基づき,損害金1
95万2500円を支払うべきである。
(被告の主張)

検察官は原告に対して何ら法的義務を負っていないこと
前記(1)(被告の主張)アのとおり,被疑者補償は憲法上ないし法律上保護された利益ではないから,本件裁定及び本件処理において,東京地検検
察官及び東京高検検察官が,被疑者補償規程の解釈適用に関し原告に対して何らかの職務上の法的義務を負担していたなどということもできず,国賠法上違法と評価すべき前提を欠く。

原告は被疑者補償規程の補償の対象にならないこと
(ア)

被疑者補償規程4条が,1号において,まずもって罪とならず(被疑者の行為がそもそも犯罪構成要件に該当しないときや,犯罪構成要件に該当するが違法性阻却事由,責任阻却事由のあることが明白となったとき)又は嫌疑なし(真犯人が現れた場合,被疑者についてアリバイの成立が認められた場合など,被疑事実につき被疑者がその行為者でないことが明白なとき,又は犯罪の成否を認定すべき証拠のないことが明白なとき)の不起訴裁定主文により公訴を提起しない処分があったときに補償に関する事件を立件することを検察官に義務付けていることからすると,被疑者補償規程は,これらの裁定主文が典型的に想定しているケース,すなわち,被疑者が当該犯罪を犯したとは証拠上到底認めることができず,被疑者の嫌疑が極めて薄弱な場合を,補償の対象として予定していると考えられる。被疑者補償規程4条2号が1号に掲げる場合のほかにも事件を立件すると定めているのは,極めてまれではあるが,嫌疑なし又は罪とならず以外の不起訴裁定がなされる
場合でも,被疑者の嫌疑が極めて薄弱である場合もあり得ることから,立件の対象としたものと解される。
そうだとすれば,被疑者補償規程2条にいうその者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときとは,被疑者の行為が犯罪構成要件に該当しないこと,犯罪構成要件に該当するが違法性阻却事由,責任阻却事由の存すること,真犯人の発見,アリバイの成立等被疑者が当該犯罪事実と無関係であることが明らかになったときなど,被疑者が当該犯罪を犯したとは証拠上到底認めることができず,被疑者の嫌疑が極めて薄弱であることを意味すると解するのが相当である。
刑事補償の本質が無実の者の受けた損害を補償するところにあるとすれば,被疑者補償においては,その前提となる不起訴処分の性質を考慮し,無罪補償の場合とは異なった取扱いをするのが妥当である。無実の
者にはできる限り補償をするのが望ましいが,罪を犯した者を補償の対象から排除することができるようにするのが望ましく,被疑者補償規程は,どちらかといえば,誤って犯人に補償することを避けるという考慮が強く働いているといえ,形式上の証拠がそろわないだけで心証が十分な場合はもとより,犯罪の成否について真偽不明のときにも補償の要件
は備わらないと解するのが相当である。
(イ)

そうしたところ,Dの公判におけるDの供述及び原告の証言によれば,原告は,本件サービスを住所が知られたくない人等の代わりに荷物を受け取るものであることを理解して働き始めている上,Dから本件サービスが詐欺に悪用されていて,警察からも問い合わせが来ている旨聞かされていながらも,本件サービス業務を継続したことが明らかである。したがって,原告は,本件サービスが詐欺に利用されていることを認識
しただけでなく,認容しながら,本件サービスの荷物の受取りをしていたと認定することが十分に可能であり,現にDの第一審では同人についてそのように認定されている。
一方,東京高裁は,本件サービスが詐欺に利用されたこと及びDが同事実を未必的に認識していたことは認定しつつも,認容していたと認定
するには合理的疑いが残ることを理由に無罪としているのであって,Dの一審と二審とではその前提とする事実は共通であり,これに対しての評価が異なったため,判決が分かれているにすぎない。
以上の事情からすれば,原告につき,詐欺幇助罪及び詐欺未遂幇助罪が成立する余地がないということはできないから,嫌疑が極めて薄弱で
あるといった場合には当たらない。したがって,原告は被疑者補償規程による補償の対象とならないから,この点からも,本件処理及び本件裁定に国賠法上の違法はない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件処理の行政処分性)について
(1)

抗告訴訟の対象となる行政処分とは,公権力の主体である国又は公共団
体の行う行為のうち,その行為により直接に国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解するのが相当である(最高裁昭和28年(オ)第1362号同30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。そこで検討するに,まず,憲法40条にいう抑留又は拘禁には,無罪となった事実についての取調べが不起訴となった事実に対する逮捕勾留を利用してなされるなど,不起訴となった事実についての逮捕勾留であっても,実質的には無罪となった事実についての逮捕勾留であると認められる部分が含まれる場合には,不起訴となった事実についての逮捕勾留が含まれると解する余地はあるが,同条の文理上,逮捕勾留に係る被疑事実が不起訴となった場合に,そのことを理由として同条の補償の問題が生じないことは明らかである(最高裁昭和30年(し)第15号同31年12月24日大法廷決定・刑集10巻12号1692頁参照)から,憲法上,被疑者補償請求権が
保障されているとはいえない。
また,被疑者補償規程は,法務省訓令として定められているところ,一般に,訓令は,国家行政組織法14条2項に基づき,大臣等がその機関の所掌事務について,命令又は示達をするための行政内部における命令にすぎず,法令の授権に基づくなど例外的な場合を除いては,国民の権利義務に直接効
力を及ぼす法規としての性質を有しないものである。しかるに,被疑者補償規程について,法令の授権に基づくなど例外的な場合に当たる事情は認められない。
加えて,被疑者補償規程の制定過程及び改正経緯についてみるに,不起訴処分は無罪判決のように被疑者の無実を確定するものではなく,暫定的なも
のであるにもかかわらず,不起訴処分を受けた被疑者につき被疑者補償請求権を認めると,不起訴処分に確定力を持たせることにつながりかねず,制度として疑問があること,被疑者補償請求権を認めた場合,不起訴処分を受けた者が自分は無実であると主張して訴えを起こすことを容認することになり,その結果,裁判所が不起訴処分となった事件につき嫌疑の有無を判断せざる
を得なくなり,起訴便宜主義や起訴独占主義といった刑事訴訟法の原則に抵触するおそれがあることなどを理由に,被疑者補償制度の立法化が度々見送られてきた経緯があること,昭和50年には,補償が単なる恩恵的なものではなく,検察官が公益の代表者である立場において,進んで補償の要件の存否を調査した上,その要件を備える場合には原則として補償を行うものであるとの方針を明確にするため,被疑者補償規程が改正され,同規程2条の文言が,検察官は,被疑者として抑留又は拘禁を受けた者につき,公訴を提起しない処分があった場合において,その者が罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときは,抑留又は拘禁による補償をすることができる。との規定から,現在の

補償をするものとする。

という文言に改められたが,これも被疑者補償請求権を認めたものではないことが,それぞれ
認められる(乙1ないし20)。
前記のとおり被疑者補償規程が訓令の形式であることに加え,上記の制定過程や改正経緯を踏まえると,被疑者補償規程は,検察官に対して被疑者に補償をすべき義務と権限を与えたものであり,同規程によって国民に被疑者補償請求権が認められているものではないと解される。そうすると,検察官
の行う被疑者補償規程に基づく裁定は,これにより直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとはいえないというべきである。そして,本件裁定は行政処分ではなく,行政不服審査法に基づく審査請求の対象となるものではないことから,原告の本件裁定に対する不服申出は,
東京高検検事長の東京地検職員に対する監督権(検察庁法8条)の発動を促すものとして扱われ,不服申出は理由がないとの本件処理がされたものと認められ(乙22,23,弁論の全趣旨),本件処理は,行政処分に当たらないものであることはもちろん,裁決にも当たらないものであって,行政処分性を有するものではない(なお,仮に,本件処理が原告の本件裁定に対する
行政不服審査法に基づく審査請求を却下するものであると解することができたとしても,本件裁定が行政処分ではない以上,これが取り消される余地はなく,本件処理を取り消すことについて,原告に訴えの利益は認められない。)。
(2)

これに対し,原告は,被疑者補償規程は,同規程が定める手続に従って適
正な処理を受けることができる法的利益を被疑者に保障したものであるとし,これを理由に,検察官の行う裁定が行政処分に当たると主張する。
しかし,仮にそのような利益があったとしても,これは飽くまで行政機関が事務処理を行う際の一般原則に基づく利益にとどまり,補償請求権を発生させるものではなく,本件裁定の行政処分性につながるものではないから,原告の主張は採用できない。
(3)

以上によれば,本件訴えのうち本件処理の取消しを求める部分は,不適法
な訴えである。
2
争点(2)(被疑者に対する費用補償に関する規程を定めなかったことが国賠法上違法といえるか否か)について
(1)

原告は,不起訴処分を受けた被疑者に対する費用補償に関する規程を定め
るべきであったとして,同規程を定めなかったことが国賠法1条1項の適用上違法であると主張する。
しかしながら,前記のとおり憲法上被疑者補償請求権が保障されているとはいえず,不起訴処分を受けた被疑者に対し費用補償請求権を認めるか否かは立法政策の問題であるところ,そのような費用補償請求権を認める立法が
されていないのであるから,行政庁が不起訴処分となった被疑者に対する費用補償に関する規程を定めなかったとしても,同不作為が国賠法上違法であるとはいえない。
(2)

原告は,刑事訴訟法上無罪判決を受けた者に対して裁判費用を補償する旨
の規定が置かれていることとの均衡をいうが,一事不再理の効力の有無等無罪判決と不起訴処分の性質の違いを考慮すれば,無罪判決を受けた者につき裁判費用が補償されていることから,直ちに不起訴処分を受けた者についても費用補償に関する規程が定められるべきであったということはできない。また,原告は,今日における日本司法支援センターによる業務の実態や被疑者国選弁護の制度の実態に照らせば,捜査段階における費用を定型化することはできるなどとして,現時点に至るまで漫然と被疑者に対する費用補償に関する規程を欠いたままこれを放置したことに合理的理由は何ら存在しないなどとも主張する。しかしながら,被疑者に対する費用補償に関する規程を定めることが可能であるか否かということと,同規程を定めなかったことが国賠法上違法か否かということは,直結するものではない。
(3)

以上によれば,被疑者に対する費用補償に関する規程を定めなかったこと
を理由とする損害賠償請求(前記請求の趣旨(1)イ)は理由がない。3争点(3)(本件裁定及び本件処理が国賠法上違法であるか否か)について(1)

認定事実
前記前提事実,証拠(甲1,2,14ないし17,乙26ないし32)及
び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

Dは,平成25年8月頃から個人事業として本件サービスを始め,平成26年1月には法人を設立し,同年4月か5月頃,事業を行う場所を横浜市内から東京都内にあるαに移して,同年7月頃まで,本件サービスを営んでいた(甲15の1,2,29頁,乙32の資料7,8)。
原告は,Dに誘われたことから,平成26年5月1日頃以降,本件サービスの従業員として働き始め,電話番をしたり,荷物を受け取ったりする
仕事をしていた。原告は,本件サービスにつき,事務所を持たない個人事業主や,住所を知られたくない仕事をしている人,自宅で受け取るのが嫌なプレゼントを受け取る人のために事務所を貸したり,これらの人の代わりに荷物を受け取ったりする仕事であると理解していた。(甲16の2ないし4頁)


本件サービスの利用申込みをしたのは合計25名であったが,うち19名については架空名義と架空住所が使われており,Dは,これらのうち18名につき,本人確認記録の文書に,取引関係文書の送付を行った欄にチェックをするか,これを送付したとされる日付を記入するか,取引関係文書の訪問での交付をしたとされる日付を記入するかしていた(乙27ないし29)。上記は,本来は,取引関係文書の送付による本人確認がで
きた旨の記載であるが,上記18名は架空名義,架空住所を使っていたから,上記記載は本来的には虚偽の記載である。
なお,Dは,本件サービスの開業当初から,利用者に対する本人特定事項等の確認が法令上義務付けられていることを知っており,その趣旨が,本件サービスが犯罪等に利用されることを防ぐこと等であることも理解し
ていた(甲15の8,9,38,39頁)。

Dは,平成25年12月24日から平成26年4月10日までの間,6回にわたり,全国各地の警察から,Dが提供している本件サービスの利用者5名につき,契約情報の照会を受けたり,解約等必要な措置を講じるよう依頼されたりし,うち4回については,警察からの文書に,本件サービ
スが詐欺事件に利用された旨か,当該照会が詐欺事件の捜査に関連するものであることが明記されていた(乙30)。
Dは,警察から捜査関係事項照会が多数あり,詐欺の被害金がαに送付されていることを原告に伝えており,一緒に捜査事項関係照会書を見るなどしていた(甲15の70頁)。

Dは,同年2月27日,Dの経営する法人名義で,I弁護士が代表社員を務める弁護士法人と,法律顧問契約を締結した(乙32の資料8)。エ
Dを被告人とする詐欺幇助,詐欺未遂幇助被告事件における関係者の供述,証言等

Dは,法令上,契約締結時に本人確認書類の原本の提示が受けられない場合はそれらの写し等の送付を受けるとともに,その記載の住所に宛てて取引関係文書を送付する等の方法により,本人特定事項の確認を行うことが義務付けられていたにもかかわらず,本人確認書類の写しの確認のみで契約を締結し,初回に荷物を引き渡す際に本人確認書類の原本の提示を受けていたなどと供述した上,このような取引関係文書の送付をしていない利用者の本人確認記録の取引関係文書の送付の欄に日付が記載されて
いる理由について,申込確認のやりとりが終わった日付を書いていたと供述した(甲17の4頁)。
Dが供述した本人確認の方法とは,利用者からファックス等による申込みを受ける際には運転免許証等の写しの添付を求め,配送物の転送希望者で,取引過程で直接会う機会のない者については,記載された住所宛てに
暗証番号を記載した文書を送るというウェルカムメールという方法を採り,利用者との間で直接荷物の受渡しをする場合には,上記のとおり初回取引時に運転免許証の原本を提示してもらう形で本人確認をするというものであり(甲15の9ないし13頁),原告も,Dの公判廷において,同様の証言をした(甲16の7ないし9頁)。なお,Dの刑事事件においては,
利用者のうちJに上記ウェルカムメールを送ったことがうかがわれる証拠が提出されていた(甲2,17の5,20頁)。
I弁護士は,Dの公判廷において,Dの供述する本人確認方法が経済産業省のガイドラインの趣旨に合うと考えていたと証言した(甲14の9頁)。


東京地裁は,Dにつき,本件サービスの利用者がαを詐取金の送付先として利用していることを認識,認容していたと認定して故意を認め,有罪とする判決をした(甲1)。
これに対し,控訴審である東京高裁は,Dは上記の認識を有していたと
しつつも,ウェルカムメールを送ったことがうかがわれる等,適宜の方法で本人確認をしていたとするDの供述を排斥し得る事情はないこと,Dの行っていたという本人確認の方法は,厳密には関係法令に従ったものではないが,事業者にとっては,本人確認に要する経費や利用者の利便性を考慮した経済的合理性のある方法とみる余地があること,I弁護士がDの行っていた本人確認の方法が経済産業省のガイドラインの趣旨に合うと考えていた旨証言しており,弁護士のお墨付きを得ていたといえること,Dに
つき検挙されるリスクにかかわらず詐欺に関与することの動機が明らかになっていないことなどを理由に,上記認容があったとするには合理的疑いが残るとし,詐欺幇助の故意が認められないとして,無罪の判決をした(甲2)。
(2)

検討


被疑者補償規程4条が,1号において,罪とならず又は嫌疑なしを理由とする不起訴処分があったときに補償に関する事件を立件することを検察官に義務付けており,2号において,罪とならず又は嫌疑なし以外の理由により不起訴処分があった場合に,例外的に,不起訴処分を受けた者が罪を犯さなかったと認めるに足りる事由があるときに補償に関する事件を立件することを検察官に義務付けており,その他は,3号において,補償の申出があったときに,補償に関する事件を立件することを検察官に義務付けているにすぎないことから,同規程は,原則として,罪とならず又は嫌疑なしを理由とする不起訴処分がされるのが相

当な場合に補償することを想定しており,これは,刑事補償制度は,無実であることが確定した者に対してその損害を補償するものであるが,不起訴処分は無罪判決と異なり暫定的なものであって確定力を持たないものであることから,同規程に基づく補償をするに当たっては,無実の者に対してできる限り補償を認めるとともに,罪を犯した者に対して誤って補償を
することを避けるという考慮を働かせたものと考えられる。そうすると,同規程2条にいう罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるときとは,構成要件該当性がないとか違法性阻却事由や責任阻却事由があることが明らかに認められるため,犯罪が成立しないことが明らかである場合や,被疑者が犯罪と無関係であることが明らかである場合のほか,証拠上,被疑者の嫌疑が極めて薄弱であるときも含まれるが,一方で,犯罪の成否等が真偽不明のときはこれに当たらないと解するのが相当である。
原告は,不起訴となった者と起訴されて無罪となった共犯者との間の不均衡をいうが,無罪判決と不起訴処分の前記違いに照らし,原告の主張は採用できない。

被疑者補償規程2条の定める補償要件の解釈については前記アに説示したとおりであるところ,仮に原告主張の適正な処理を受けることのできる
利益を観念し得るとしても,上記補償要件に該当しないとした検察官の判断が国賠法上違法なものとの評価を受けるのは,上記補償要件に該当することが明白であるにもかかわらずこれを看過して補償をしない旨の裁定をした場合など,検察官の判断が著しく不合理である場合に限られると解するのが相当である。


そこで検討するに,本件サービスは,その性質上,いわゆる特殊詐欺に悪用される危険性が高いサービスといえ,原告自身も,住所を知られたくないといった理由から本件サービスを利用する者がいることを認識し,さらには,実際に本件サービスが詐欺に悪用されていると警察から指摘を受
けたことをDから聞いて知っていながら,継続して本件サービスに従事していたものである。
また,本件サービスが詐欺等の犯罪に悪用されることを防ぐためには,本人確認を確実に行うことが重要であり,原告においても本人確認の重要性は認識していたものと推認されるが,実際には,取引関係文書の送付に
よる本人確認をしたことを意味する記載につき虚偽の記載がなされていた上,Dや原告の供述を前提としても,本件サービスにおける本人確認の方法は,法令上要求されているものとは異なる不十分なものであったといえる。Dや原告は,ウェルカムメールを送っていたとも供述しているが,その送付が確認できるのは記録上一人のみであり,本件サービスの利用者は25名中19名が架空名義を使用していたのであるから,D及び原告において,適切な方法により本人確認をする意思がなかったものとみる余地も
十分にある。
以上の事情からすれば,原告において,αが詐取金の送付先として利用されていることの認識を有していたのみならず,これを認容していた疑いがあり,犯罪が成立しないことが明らかであるとか,嫌疑が極めて薄弱であるとはいえないとの判断が,およそ根拠を欠くものとはいえない。そう
すると,原告について,被疑者補償規程2条の罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由がないとした本件裁定における東京地検検察官の判断が,著しく不合理であるとはいえない。

原告は,Dにつき無罪判決が確定した事実それ自体,あるいは無罪判決が下されるに至った前提となる証拠,証拠に基づく事実認定,及びこれら
に対する評価が当然に参照されるべきであると主張する。
しかしながら,Dについては,控訴審において,本件サービスの利用者がαを詐取金の送付先として利用していることを認識していると認定しつつ,前記(1)オ記載の理由から,これを認容していたとするには合理的疑いが残るとされたにすぎず,故意がないことが証拠上明白であるとか,故意
があるとするには嫌疑が極めて薄弱であるというほどの事情が認められるとまではいえない上,故意の有無の判断は,飽くまで個人ごとに異なり得るから,Dが無罪判決を受けたことは,前記判断を左右するものではない。(3)
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,東京地検検察官
が本件裁定をしたことにつき国賠法上の違法があるとはいえず,また,そうである以上,東京高検検察官が本件処理をしたことも違法とはいえない。したがって,原告の予備的請求は理由がない。
第4結論
よって,本件訴えのうち本件処理の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し,原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

三俊之弘持川貫納有子
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