判例検索β > 平成29年(う)第521号
各業務上過失致死
事件番号平成29(う)521
事件名各業務上過失致死
裁判年月日平成31年1月23日
法廷名東京高等裁判所
結果破棄自判
原審裁判所名静岡地方裁判所  沼津支部
原審事件番号平成23(わ)109
裁判日:西暦2019-01-23
情報公開日2019-02-12 16:00:26
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平成31年1月23日宣告

東京高等裁判所第11刑事部判決

平成29年(う)第521号

各業務上過失致死被告事件

主文
原判決を破棄する
被告人両名はいずれも無罪。

第1


本件事案と控訴趣意等
本件は,静岡県御殿場市C字DE番地のF付近一帯の陸上自衛隊東富士
演習場(以下東富士演習場という。)内に存在する入会地(以下本件入会地という。)の野焼作業に係る業務上過失致死の事案であり,原判決は,いずれの被告人についても過失があるとしてその成立を認め,被告人Aを禁錮1年,執行猶予3年に,被告人Bを禁錮10月,執行猶予3年に処した。
被告人Aについての本件控訴の趣意は,主任弁護人生駒巌及び弁護人今村核作成名義の控訴趣意書,控訴趣意補充書1及び控訴趣意書補充書各記載のとおりであり,論旨は,事実誤認の主張である。被告人Bについての本件控訴の趣意は,主任弁護人中野剛及び弁護人宮村啓太作成名義の控訴趣意書,控訴趣意補充書,控訴趣意補充書⑵,控訴趣意補充書⑶各記載のとおりであり,論旨は,訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張である。これに対する答弁は,検察官松山佳弘作成名義の答弁書記載のとおりである。
当裁判所は,いずれの被告人についても,事実誤認の論旨には理由があり,被告人両名には業務上過失致死罪は成立しないと判断した。以下,理由を述べる。
第2
1
原判決が認定した罪となるべき事実
原判決が認定した罪となるべき事実は,以下のとおりである。

被告人Aは,本件入会地の管理保全業務等を行っていたG組合の組合長であり,平成22年3月20日,同組合ほか3組合(以下,併せて「本件4組合という。)が同入会地の野焼作業(以下,毎年度行われる同作業自体を野焼作業といい,同日に行われた同作業を本件野焼作業という。)を実施するに際し,その作業総責任者として,本件野焼作業の実施計画を企画・立案し,その実施を指揮・監督するなどの業務に従事していた者であり,被告人Bは,G組合の事務局長であり,本件野焼作業を実施するに際し,同組合事務局及び統制本部の責任者として,実施計画の原案を検討・起案するなど,被告人Aから,本件野焼作業の実施計画の企画・立案についての実質的権限を委ねられ,被告人Aの前記業務を補佐する業務に従事していた者である。
本件野焼作業においては,本件入会地中の作業対象地域が5つの作業区及びそれをさらに細分化した複数の作業区域に分けられ,これらを合計約400名の作業員からなる複数の作業班が担当していたところ,本件入会地は,総面積約3000ヘクタールにわたる広大で起伏を伴う萱の群生地であり,なおかつ,各作業班の作業区域が,間に防火帯(すなわち,野焼作業において,火炎の延焼・拡大等の危険から作業員らの安全を確保することができる程度の幅員を備えた安全地帯であって,当時の御殿場市火入れに関する条例又は裾野市火入れに関する条例の各規定による幅5メートルないし10メートル以上のもの及びこれに準じるものをいい,これには,植物を刈り取って焼き切るなどの方法で野焼作業のために人為的に作られたものだけでなく,一定の幅員を備えた道など既に存在している地物を利用する場合も含まれる。以下,特段の断りがない限り,括弧付きの防火帯はこの意味で用いる。)の完備されていない状態で,互いに隣接している場所があったから,風向や風速,あるいはその変化のいかんによっては,萱に着火した火炎が制御不能に至るまで急速に拡大し,作業中
の同一作業区域内はもとより隣接する他の作業区域にまで大規模に延焼するおそれがあり,その場合,個々の作業員において,防火帯から着火して焼け跡を背に進行するなど,緊急時の避難場所を確保しながら作業を進めていなければ,避難が困難になって,その生命・身体に危険が及ぶおそれがあった。特に,本件野焼作業においては,本件入会地の中に,第3作業区のH1班担当の作業区域と,その西側に隣接する同作業区のC3班担当の作業区域の境にある入会7号と称する幅員約4.7メートルの道路(以下入会7号という。)のように,それ自体は防火帯にはなり
得ないものであるにもかかわらず,一見するとある程度の幅員があるため,作業員らにおいて,それ自体が防火帯であると誤解するなどして漫然と立ち入り,緊急時の避難場所を確保しないまま作業を進める危険のある場所が存在しており,被告人両名も,入会7号の状況を認識していたから,前記のように,野焼作業の火炎が急速に拡大,延焼し,作業員らの避難が困難になり,その生命・身体に危険が及ぶおそれがあることを十分予見することができた。
そうである以上,被告人両名としては,緊急時に作業員らの避難場所が確実に確保され,その生命・身体の安全が守られるよう,本件野焼作業の実施計画段階において,本件4組合の代表者らが出席して開催された入会4組合長会議や,これに地元側の関係地区代表や作業担当責任者らも出席して開催された代表者会議等で,防火帯以外の場所からの着火を禁じること及び防火帯の場所を協議して取り決めた上で,自ら又は作業担当責任者らを通じて,これを各作業班の作業員らに周知徹底すべき業務上の注意義務があった。
しかし,被告人両名は,これを怠り,前年度の実施計画を漫然と踏襲し,作業対象地域境界側から着火し,同地域内側に向かって作業を進めることなどを,前記代表者会議等で取り決めたにとどまり,作業員らの安全
確保の観点から,緊急時に作業員らの避難場所が確実に確保されるよう,前記代表者会議等で,防火帯以外の場所からの着火を禁じることや,防火帯の場所を協議して取り決めた上で,これを各作業班の作業員らに周知徹底することをしないまま,漫然と作業員らに本件野焼作業を行わせた。
被告人両名は,このような過失の競合により,同日午前9時30分頃から,前記H1班の作業員であるI(当時37歳),J(当時33歳)及びK(当時32歳)の3名(以下,併せて被害者ら3名という。)をして,防火帯である山口道と入会7号との交差点から防火帯では
ない入会7号に漫然と立ち入らせた上,入会7号に沿って一列に並んで,道端の萱に着火しては,前方で作業中の他の作業員を追い越して,さらにその前方で萱に着火することを繰り返すという手順で,前記H1班担当の作業区域に火入れ作業を行わせ,防火帯から着火して焼け跡を背に進行するなどの手順で緊急時の避難場所を確保しないまま作業を進めさせた結果,同日午前10時頃,被害者ら3名を含む前記H1班の作業員らが着火した火炎又は前記C3班の作業員らが着火した火炎のいずれかの火炎が,強風にあおられて,前記交差点から入会7号を北西に約560メートルないし約600メートル進入した場所付近一帯に燃え広がった際,同所付近にいた被害者ら3名をして,同火炎からの避難不能の状況に陥らせ,よって,その頃,同所において,被害者ら3名を焼死させたものである。」2
なお,検察官は,平成23年3月25日付け起訴状記載の訴因を平成25年5月15日に訴因変更請求し,変更後の訴因(以下,単に本件公訴事実という。)においては,⑴被告人両名の注意義務につき,①実施計画段階の注意義務として,安全な着火開始場所及び作業の進行方向等具体的な作業手順,作業方法を協議して取り決めた上,これを各作業班の作業員らに周知徹底すべき業務上の注意義務があったとし,また,②本件
当日の注意義務として,当日は,天気予報等により,主に南西方向からの風速毎秒10メートルに上る風が予想され,同日午前8時30分の時点では,統制本部において南西方向からの平均風速毎秒8メートルの風が観測され,強風が継続的に吹き続け,砂ぼこりが舞い上がっていたのであるから,適宜現場の風向きや風速等の気象条件を正確に確認・把握し,これに基づいて各作業班ごとの安全な着火開始場所及び作業の進行方向等具体的な作業手順,作業方法を再度協議,確認して各作業員らに周知徹底し,特にH1班の作業区域とC3班の作業区域との間の延焼のおそれ,作業区域内における火災の拡大のおそれにつき各作業班の作業員らに周知するなどして事故の発生を未然に防止すべき準備を十分講じた上,その安全を確認して着火指示を下し,その安全確認が困難である場合には,着火指示を見合わせるべき業務上の注意義務があったとした。しかし,原判決は,①実施計画段階の注意義務については,『防火帯』以外の場所からの着火を禁じること及び『防火帯』の場所を協議して取り決めた上で,自ら又は作業担当責任者らを通じて,これを各作業班の作業員らに周知徹底すべき業務上の注意義務と,より絞り込んだ形で認定し,②本件当日の注意義務については認定しなかった。
また,本件公訴事実においては,⑵被害者ら3名を避難不能の状況に陥らせた火炎について,C3班の作業員が点火した火炎とされていたが,原判決は,H1班の作業員らが着火した火炎又はC3班の作業員らが着火した火炎のいずれかの火炎と認定した。第3

原判決の判断の要旨
原判決が本件事故について被告人両名の過失責任を認めた理由は必ずし
も明快ではないが,その説示を整理すると,その要旨は次のとおりであると解される。
1
本件事故の原因について

本件事故に直結した最大かつ本質的な原因は,被害者ら3名を含むL支隊員らが,入会7号に立ち入って火入れ作業を行い,しかも,その際,入会7号に沿って一列に並んで,道端の萱に着火しては,前方で作業中の他の作業員を追い越して,さらにその前方で道端の萱に着火することを繰り返すという危険な手順をとったために,緊急時の避難場所を確保できなくなったことにあると認められる。
すなわち,入会7号は,その幅員(約4.7メートル)と周囲の萱の高さ(1ないし3メートル程度)との関係に照らし,緊急時の避難場所になる防火帯には当たらず,入会7号を進行して道端の萱に着火することは,原野内で着火するのに等しく,それ自体危険な作業手順であった。そして,山口道から入会7号に立ち入って着火するにしても,防火帯となる山口道から焼け跡を広げ,焼け跡を背にしてその外縁部に着火するようにしてさえいれば,風向や風速の急変などの緊急事態が発生しても,その焼け跡を避難場所として利用することで,安全を確保することができ,本件事故は発生しなかったものと認められるが,被害者ら3名は,防火帯となる山口道から焼け跡を広げてこれを背に進行することなく,漫然と前方の道端の萱に着火していったために,緊急時の避難場所を確保できなくなったものである。
2
本件事故の結果回避措置について
本件事故は,現場の作業員らにおいて,防火帯から着火して焼け跡を広げ,これを背にしてその外縁部に着火するという方法を確実に履行していれば発生しなかったと認められる。また,入会7号のように,それ自体は防火帯にはなり得ないものであるにもかかわらず,一見するとある程度の幅員があるため,作業員らにおいて防火帯であると誤解する場所もある。
そうすると,被告人両名が,本件野焼作業の実施計画段階において,
代表者会議等の機会に,現場の作業担当責任者らとの間で,防火帯以外の場所からの着火を禁じることや,防火帯ではない場所と防火帯とを明示することを取り決めた上,これを現場の作業員らに周知徹底する措置を講じていれば,本件野焼作業の際,現場で,防火帯から着火して焼け跡を広げ,これを背にしてその外縁部に着火するという方法がほぼ確実に履行され,本件事故は発生しなかった。したがって,これらの結果回避措置と本件事故との間には因果関係が認められる。
3
結果回避措置をとるべき責任主体について



本件野焼作業の主催者について
野焼において,防火帯から着火し,防火帯から焼け跡を広げ
てこれを背にして進行するなど,緊急時の避難場所を確保しながら作業を進めるべきことは,内容的には,常識に属する事柄であって,改めて説明されなくても現場の作業員らも当然に理解していたはずの事柄であるともいえそうである。
しかし,大規模に原野を焼き尽くす野焼作業においては,風向や風速,その変化によって燃焼状況が急変することがあるところ,一見するとある程度の幅員がある道路で安全に見える場所であっても,火炎に囲まれた場合には十分な安全が確保できず,緊急時の避難場所になり得ないことがあり,適切な注意喚起や安全教育がなされていないと,それなりの道路幅があることに惑わされて,緊急時の避難場所としての適否の判断を誤る危険がある。特に,その道路が作業区域の境界となっている場合は,避難場所としての適否を誤認しやすく,作業員らの立入りを誘発しやすい。入会7号程度の幅員のある道路が避難場所になり得るか否かは,人によって判断が分かれているところであり,被害者らを指揮していたMが入会7号を防火帯と誤解し,本件当日は西から風が吹いていたことから,担当作業区域の西側境界で風上に当たる入会7号に沿って着火することにした経
緯に照らすと,本件事故は,本件の野焼作業が有する潜在的な危険が現実化したために起こったものであり,現場の作業員や作業担当責任者が,適切な注意喚起や安全教育を受けていなければ防ぐことは難しかったと認められる。
そして,作業員らの生命・身体に対する一定の危険を伴う野焼作業を実施する主催者は,その危険を現実化させないための措置を講じる責務があるといわなければならず,現場の作業員らに対する危険を除去する上で適切な注意喚起や安全教育が不可欠の重要性を有していることに鑑みれば,野焼作業の主催者において,現場の作業員らの安全確保の観点から,必要な注意喚起や安全教育が適切になされるよう配慮する義務を負うべきは当然と解されるとともに,安全教育等の重要性に鑑みれば,これを作業班等地元任せにすることは許されず,作業員らに対する安全教育等において必ず伝えなければならない最低限の大枠は,主催者側で責任をもって提示し,その周知徹底を図らなければならないというべきである。
なお,本件事故の発生については,現場の作業担当責任者らにも相応の落ち度があったことは否定できないが,これは,被告人ら主催者側の安全教育等が不十分であったことによって誘発された落ち度であるから,被告人ら主催者側の人間の責任を免れさせるものでないことはいうまでもない。
以上の検討によれば,本件野焼作業の主催者は,現場の作業員らの安全確保に向けた適切な注意喚起や安全教育という積極的な措置を実施する責務を負担していたというべきである。


被告人両名について
そこで,次に,組織体である主催者の中で,誰が上記のような措置を講ずべき作為義務を負っていたかを検討する。


被告人Aについて

被告人Aは,G組合の組合長として,本件野焼作業の作業総責任者の地位に就き,主催者を代表する立場にあったものであり,実質的にも,被告人Bの起案した平成21年度東富士演習場内入会地野焼作業実施計画書案(以下本件実施計画書案という。)を承認し,平成21年度第2回入会4組合長会議(以下本件組合長会議という。)に提案して承認を求めるなど,本件野焼作業の実施計画の企画・立案の実質的権限を有していたと認められ,被告人Bの起案した本件実施計画書案に作業員らの安全確保の面で不十分な点があれば,それを指摘して実務的な検討を促すべき立場にあったといえる。こうしたことからすると,被告人Aは,現場の作業員らの安全確保に向けた適切な注意喚起や安全教育という積極的な措置を講じるべき作為義務の帰属を免れない。

被告人Bについて
被告人Bは,G組合の事務局長として,本件野焼作業の統制本部の責任者の地位に就き,毎年度,野焼作業の実施計画を検討し,その原案を起案していたものであるから,本件野焼作業の作業総責任者であった被告人Aから,本件野焼作業の実施計画の企画・立案に関する実質的権限を黙示的に委ねられ,本件野焼作業の主催者の中で,実施計画を企画・立案する実務上の責任者の地位にあったと認められる。実質的に見ても,被告人Bが,作業員らの安全確保に向けた措置を具体的に検討し,実施計画書案に盛り込まなければ,他に主催者の中でこのようなことを実務的に検討する担当者はいなかったのであるから,このような措置が実施計画書に盛り込まれる可能性は低かったものであり,また,このような措置を実施計画書案に盛り込んだ場合,被告人Aや代表者会議等において,これが拒まれるような事情も見当たらない。したがって,作業員らの安全確保は,被告人Bの判断に依存していたと評価される。こうしたことからすると,被告人Bも,現場の作業員らの安全確保に向けた適切な注意喚起や安全教育とい
う積極的な措置を講じるべき作為義務の帰属を免れない。
4
被告人両名の過失の有無について



予見可能性について
大規模に原野を焼き尽くす野焼作業において,現場の作業員らに,作業の危険性や危険を避ける方法について周知徹底するなどの適切な注意喚起や安全教育を実施しておかなければ,風向・風速の変化に伴う燃焼状況の急変等の緊急事態が生じたときに,避難が困難になって,作業員らの生命・身体に危険が及ぶおそれがあることは,いわば常識であり,被告人両名においても当然にこれを認識していたと認められる。加えて,本件入会地の中には,入会7号のように,それ自体は防火帯になり得ないものであるにもかかわらず,一見するとある程度の幅員があるため,現場の作業員らにおいて,それ自体が緊急時の避難場所となる防火帯であると誤解するなどして漫然と立ち入り,結果的に緊急時の避難場所を確保しないまま作業を進める危険のある場所が存在しており,入会7号の状況は被告人両名も現に認識していたと認められるから,被告人両名は,防火帯が具体的に明示されていなければ,現場の作業員らにおいて,それなりの道路幅があることに惑わされて緊急時の避難場所としての適否の判断を誤るおそれがあることを十分に予見でき,また予見すべきであったといわなければならない。



結果回避義務について
緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして,その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めるべきことは,野焼作業の鉄則といえ,本件当時においても一般に,そのように理解されていたと認められる。
このような方法で作業を進めるべきことが,作業員らの安全を確保する見地から要請される野焼作業の鉄則であるとすると,本件野焼作業
の責任者である被告人両名において,これが確実に履行されるよう配慮すべきは当然であり,適切な注意喚起や安全教育がなされなければ現場で履行されないおそれがあったことに鑑みると,被告人両名において,その趣旨を含めて,誤解のないよう適切にこれを周知することが,当然に求められていたといえる。加えて,本件野焼作業においては,防火帯が具体的に明示されていなければ,作業員らの誤解を招いて,緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして,その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めることが現実に履行されないおそれがあったのであるから,誤解のないよう適切に周知するために,防火帯を明示する形で,周知が図られなければならなかったものであり,これは野焼作業の鉄則を本件野焼作業の実情に即して具体化したという程度のものであるから,これを被告人両名に義務付けることが,不当に過大な要求といえないことは明らかである。
そして,被告人両名において,各地区等における現場の状況等に明るい者の意見をも踏まえれば,それ自体緊急時の避難場所となり得る防火帯か否かは,協議して取り決めることができるはずである。こうした協議の過程で,各地区の作業担当責任者らによって培われてきたノウハウ(現地の地形・風向等を踏まえた,着火開始場所・着火方向等の作業手順)が,安全面のチェックを受けながら磨き上げられていくことが期待されているものであり,野焼作業の当日,現場の作業担当責任者らによって,風向等の諸般の事情を考慮して,防火帯上のいずれの地点から,どちらの方向に,作業を進めていくべきかが最終的に決定されることが予定されているものである。このようなプロセスは,現場の合理的な裁量を奪うものでも,被告人ら主催者側や被告人両名に不可能な判断を強いるものでもない。
以上によれば,被告人両名に,防火帯以外の場所からの着火を禁

じることや,防火帯ではない場所と防火帯とを明示することを取
り決めた上,これを現場の作業員らに周知徹底する措置を講ずべき義務を負わせることは相当というべきである。
そして,被告人両名が,このような措置を講じていないことは明らかであるから,それぞれ結果回避義務の懈怠があったというべきである。第4

当裁判所の判断
事実誤認の主張についての所論は,要するに,被告人両名には,本件
事故についての予見可能性・予見義務・結果回避義務が存在しないのであるから,原判決が被告人両名に本件事故について過失責任を認めたのは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというものである。当裁判所も,被告人両名は本件事故を予見できたし,予見すべき義務があったとして,被告人両名に業務上過失致死罪の成立を認めた原判決の判断は,原審証拠と論理則・経験則等に照らして不合理であって首肯できない。そして,原判決の説示を見ると,前述のとおり,原判決は,まず,本件事故と因果関係を有する結果回避措置を設定し,しかる後,かかる結果回避措置を講ずるべき責任主体は誰かを検討して,被告人両名にその作為義務を認め,その後,被告人両名の予見可能性や結果回避可能性を検討している。しかし,過失責任を検討する際は,まず,被告人両名に本件事故に対する予見可能性があるかどうかを検討し,予見可能性がある場合に結果回避措置の内容を検討するのが通常であるから,原判決の判断枠組みが本件において適切であったかどうかについては疑問がある。
また,原判決は,防火帯の意味について,野焼作業において,火
炎の延焼・拡大等の危険から作業員らの安全を確保することができる程度の幅員を備えた安全地帯であることのほか,当時の御殿場市火入れに関する条例又は裾野市火入れに関する条例の各規定による幅5メートルないし10メートル以上のもの及びこれに準じるものなどと説明している。しか
も,原判決によれば,入会7号は,約4.7メートルの幅があるのに防火帯ではないとされているが,それなりの道路幅があることにより,緊急時の避難場所としての適否の判断を誤るおそれがある(原判決23頁)ともされており,これによれば,入会7号が防火帯であるかどうかは相当重要な意味を持っているはずなのに,何故,道路幅が5メートルに約0.3メートル足りないだけの入会7号が防火帯とならないのかは必ずしも明らかではない。これは,そもそも,所論が指摘するとおり,その準じるという意味が不明確であることや,飛び火等による森林への延焼の防止を目的とした各条例上の防火帯の概念を,人の生命・身体に対して火炎が及ぼす種々の現象(熱,煙,酸素欠乏等)のほか,萱の群生する原野に立ち入って作業することを考慮しなければならない野焼作業における人の生命・身体の安全確保のための場所に転用していることが適切でないためである。そして,原判決が,山口道から入会7号に立ち入って着火するにしても,山口道から焼け跡を広げ,焼け跡を背にしてその外縁部に着火するようにしてさえいれば,風向や風速の急変などの緊急事態が発生しても,その焼け跡を避難場所として利用することで,安全を確保することができたと説示していることも考慮すると,防火帯とは,原判決のいう前段部分のみ,すなわち,火炎の延焼・拡大等の危険から作業員らの安全を確保することができる程度の幅員を備えた安全地帯という限度でしか意味を持たないと解するのが相当である。
そこで,以下においては,以上を前提に,原審関係証拠に基づき,所論の趣意をも取り込みつつ,まず,被告人両名の本件事故に対する予見可能性を検討する。
1
本件の前提事実
本件野焼作業の主催者,実施方法及び作業計画の策定経過等
本件野焼作業は,東富士演習場の敷地のうち約3000ヘクタールの
入会地において,群生する萱を焼き払うという作業であり,東富士演習場内で入会行為を行うG組合,N組合,O組合及びP組合の本件4組合が主催し,陸上自衛隊や御殿場市,裾野市等の地方公共団体の協力を得て,実施されたものである。その目的は,入会地の管理保全のため,東富士演習場内の入会地原野を焼き払うことにより,場内に発生する毒蛾・ツツガムシ等の害虫の根絶を図るとともに,自衛隊及び米軍演習等による野火の発生を防止し,不発弾清掃の効率化を図ることであり,この地域の野焼作業は,古くは入会権を有する各部落や地域単位で行われていたが,昭和36年頃から本件4組合の共同主催によって行われてきた。
本件野焼作業においては,作業対象地域を5つの作業区(第1作業区から第5作業区まで)に分け,さらにその作業区を細分化した地域ごとに,地元住民で構成される作業班(全部で19の班)を編成して作業を進めることになっていたもので,計画段階では,432名の地元作業員が参加する予定であった(本件野焼作業の当日の参加者は実際には377人であった。)。
この本件野焼作業の計画の策定の経過は以下のとおりである。すなわち,本件4組合の主催による野焼作業については,従前からG組合の組合長が作業総責任者となる慣例が続いてきたことから,被告人Aは,平成19年9月に同組合の組合長に就任後,野焼作業の作業総責任者の地位にも就き,野焼作業の実施に際しては,被告人Aの名義で地方公共団体に火入許可申請をするなどしていた。被告人Bは,昭和62年6月にG組合の事務局長に就任した後,G組合の事業の企画・立案等の任務を担っていた。本件野焼作業の実施計画については,それまでの慣例どおり,G組合で案を作成することとなり,被告人Bが,前年度の実施計画書のデータを利用して,実施日や日程,例年のとおりの各班の作業区域の割り当て,諸々の注意事項等を記載した本件実施計画書案を作成し,被告人Aに決裁を
上げて,その承認を得た。
平成21年11月27日,本件組合長会議が開催され,被告人両名のほか,他の3組合の代表者又はその代理,御殿場市,裾野市,陸上自衛隊の関係者らがこれに出席した。同会議では,本件実施計画書案,代表者会議の開催等が協議事項とされ,被告人Bが本件実施計画書案の内容を読み上げて説明し,質疑応答の機会を経て,平成21年度東富士演習場内入会地野焼作業代表者会議(以下本件代表者会議という。)を開催すること,本件実施計画書案をその際の資料とすることが承認された。
平成22年2月3日,本件代表者会議が開催され,被告人両名のほか,他の3組合の代表者,御殿場市,裾野市,陸上自衛隊の関係者に加え,関係地区代表や関係地区の作業担当責任者らがこれに出席した。同会議では,被告人Bが本件実施計画書案の内容を読み上げて説明し,質疑応答の機会を経て,本件実施計画書案の内容をもって本件野焼作業の実施計画書(以下本件実施計画書という。)とすることが承認された。
本件野焼作業中に焼死した被害者ら3名は,いずれも御殿場市のH地区の住民で組織されたH火防隊の隊員であり,その中のL支隊に所属していた。L支隊から本件野焼作業に参加したのは,被害者ら3名に,支隊長であるMと,支隊員であるQを加えた5名であった。L支隊は,他の支隊と併せて第3作業区のH1班に編成された。
本件事故の原因等
本件事故の直接の原因は,原判決がその旨指摘するように,本件野焼作業において,被害者ら3名が,L支隊の他の作業員2名とともに,入会7号に立ち入った上,その入会7号に沿って一列に並んで,東側道端の萱に着火しては,前方で作業中の他の作業員を追い越して,さらにその前方で東側道端の萱に着火することを繰り返しつつ,入会7号の奥約600メートルまで進入したこと(以下,この被害者ら3名等の行為を被害者ら3名等による本件着火行為という。)にあると認められる。すなわち,入会7号は,その幅員(約4.7メートル)及び周囲に群生する萱の高さ(1ないし3メートル程度)に照らすと,奥深くに入れば火炎が身の回りに迫った場合に逃げ場がなくなってしまうような道であったのに,被害者ら3名は,上記のような着火作業をしつつ,入会7号の奥深くに進入したがために,その結果,被害者ら3名を含むH1班の作業員らが入会7号の東側原野内の萱に着火した火炎,あるいは,C3班の作業員らが入会7号の西側原野内の萱に着火した火炎のいずれかの火炎が身の回りに迫った際に,逃げ場を失ってしまい命を落としたのである(なお,前記第2の2記載のとおり,原判決は,本件公訴事実においては,被害者ら3名を避難不能の状況に陥らせた火炎についてC3班の作業員が点火した火炎とされていたのを,H1班の作業員らが着火した火炎又はC3班の作業員らが着火した火炎のいずれかの火炎と認定しており,その理由として,現場の状況,MやQの供述,2名の専門家証人の分析によっても,いずれの火炎の可能性もあり得,いずれかと断定することができない旨説示しているところ,原審関係各証拠に照らして,その判断に誤りはない。)。被害者ら3名等による本件着火行為は,原判決がその旨説示するとおり,原野内で着火するのに等しく,それ自体危険な作業手順であったと認められる。
2
被告人らの過失責任の検討
被告人両名に過失責任を問えるか否かを検討するに当たっては,上記のような本件事故の原因に即して検討する必要があり,被告人両名において,本件野焼作業で現場の作業員らが上記の被害者ら3名等による本件着火行為のような危険な作業をすることについて予見し,これを回避すべき義務があったかどうかを吟味しなければならない。
そこで検討すると,原判決は,要するに,入会7号のように,それ自体
は防火帯になり得ないものであるにもかかわらず,一見するとある程度の幅員があるため,作業員らにおいて,それ自体が防火帯であると誤解するなどして漫然と立ち入り,緊急時の避難場所を確保しないまま作業するおそれがあることを,本件野焼作業の企画・立案を担当し,入会7号の状況も認識していた被告人両名は十分予見することができ,また予見すべきであったとし,その上で,被告人両名には,これを回避するために,本件野焼作業の実施計画段階において,①防火帯以外の場所からの着火を禁じ,②防火帯の場所を協議して取り決めた上で,自ら又は作業担当責任者らを通じて,これを各作業班の作業員らに周知徹底すべき業務上の注意義務があったというのである。
しかし,原判決のこの判断は是認できない。

すなわち,原審における多くの証人の証言でも明らかなとおり,一般に,野焼作業においては,現場の作業員は,自己の身の安全を考えて作業をする必要があり,そのために,緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして,その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めるべきであることは,野焼作業に関与したことのある者の常識であり,原判決の表現を借りれば,こうした作業手順は野焼作業の鉄則といえるものである。
そして,同じく原審の各証言によれば,大規模な野焼作業のように,大勢の人数で一斉に広大な敷地を焼き払う場合,主催者側において,あらかじめ,開催の日時や作業員らの作業区域等を定める必要があるとしても,実際に作業員らが割り当てられた区域にどのように火を入れるかは,上記の野焼作業の鉄則のもとに,担当する区域の地形(起伏,沢,スコリアの存在等),作業当日の風向や風の強さ,萱の状態,作業員の人数等に応じて,作業の効率性や安全性を念頭に置きつつ,現場の作業員らの判断で,具体的な着火場所を決めて着火するものとされている。

本件野焼作業も同様であり,本件実施計画書では,野焼作業の現場担当者に関する事前の準備等として,

各班の地元責任者と協力部隊責任者は,それぞれの作業区域・作業方法などの細部について,綿密な事前打合せを行う。

(16項⑸),

地元責任者及び協力部隊責任者は,それぞれの作業員に対し,本計画を徹底するために,作業前日までに関係者と打合せを行う。

(17項)との記載があるほか,

当日作業開始前に,作業方法(風向き・着火開始場所・山林等の位置・危険区域など)について,最終打合せを行う。

(11項⑵①)との記載があり,これを受けて,各班とも,作業前日までの打合せを経て野焼作業の当日に臨み,着火場所をどこにするかなどの具体的な作業方法については,当日各々の現場で判断されることが予定されていた。本件野焼作業も実際にそのような形を経て実施されている。
本件野焼作業がこのような形態で行われたのは,現場の作業員においては,各班ともこれまでも毎年同じ区域の野焼作業に従事していて地勢を承知しているとともに,経験が豊富な者が多いことから,着火場所等の具体的な作業方法については,効率性及び身の安全を考慮した上での現場の作業員らの判断に委ねるのが適当であるとの考えに基づくものであり,これまでの東富士演習場の野焼作業の例を踏襲したものであって,伝統や経験に裏打ちされた相応の合理性のあるものである。
そして,被害者ら3名を含むL支隊員らも,現場における自らの判断で着火行為を行ったのであるが,入会7号に立ち入って着火をしたのは,当時の風向を考慮して作業の効率性を考えると同時に,火に包まれて逃げ場を失って身に大きな危険が及ぶことはないと判断してのものと認められる(原判決は,被害者らが入会7号を防火帯と誤解して入ったとしているが,首肯できない。)。彼らの判断はそのようなものであったが,客観的に見れば,こうした被害者ら3名等による本件着火行為は,原判決の
いう野焼作業の鉄則に反するものであり,原野内で着火するのに等しい非常に危険な行為であった。
しかし,被害者ら3名のうち,Iは,本件までに野焼作業に10回くらい参加し,Mの前任の支隊長であった者であり,Jは,本件までに野焼作業に5回くらい参加し,Kは,本件までに野焼作業に3回くらい参加していた。L支隊の他の2名も,支隊長であるMは,本件までに野焼作業に5回くらい参加し,Qも,本件までに野焼作業に3,4回参加していた。H火防隊副隊長でありH1班の現場責任者であったRも含め,いずれも,相応に野焼作業の経験を有する者たちであり,毎年同じ区域を担当していたことも踏まえると,班や支隊全体で見ると,現場の地勢を了解するとともに野焼作業の安全性のための手順を十分わきまえた集団であったといえる。

以上によれば,野焼作業においては,具体的な着火場所の選定は現場の状況等を一番よく知り得る立場にある現場の作業員らの判断に委ねられており,また,被害者3名を含むL支隊員らは,経験も豊富で,野焼作業の安全性のための手順を十分にわきまえた人達であったことが認められる。そして,現場の作業員らの判断で進められてきたこれまでの東富士演習場の野焼作業では,作業員の大きな死傷事故につながるような事故が発生していなかったし,被告人両名は,本件野焼作業の企画・立案を担っていた者ではあるが,前記のとおり本件実施計画書は,作業担当責任者らが参加する会議での了承も経て確定しているところ,その過程で事故の危険性について具体的な指摘も受けていない。そうすると,被告人両名の立場からすれば,入会7号の存在を認識していたとはいえ,経験豊富な現場の作業員らが,野焼作業の鉄則に反して,原野内で着火するのに等しい危険な行為を行うようなことは,通常は想定し得ないというべきであり,これを,計画の企画・立案の際に,具体的に予見できた又は予見すべきであっ
たというのは,常識的に考えても無理がある。

これに対し,原判決は,緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして,その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めるべきことは,野焼作業に従事する者の常識であり,野焼作業の鉄則であるとしつつ,一方で,このことについて主催者側で適切な注意喚起や安全教育を実施して周知徹底しておかなければ作業員らの生命・身体に危険が及ぶことは常識であるという。しかし,例えば,野焼作業の未経験者にボランティアとして参加してもらうのであれば格別,本件野焼作業においては,まさに野焼作業の常識・鉄則を知る経験豊富な現場作業員らが実施するのであり,このような経験豊富な現場作業員らにとっては,安全地帯を背にしてその外縁部に着火していくということは,野焼作業の際の当然の前提であり,言わずもがなのことである。そうであれば,改めて周知徹底する必要もないはずであり,注意喚起や安全教育を実施して周知徹底しておかなければ作業員らの生命・身体に危険が及ぶことが常識であるというのは,明らかに論理的に矛盾している。また,原判決は,被害者ら3名等による本件着火行為を原野で着火するが如しなどと評しながら,一方で,被告人両名が入会7号の状況を認識していたことを理由に,現場作業員らが入会7号に入って着火作業を進めても安全と誤解して危険な作業をすることが予見できた又は予見すべきであったという。しかし,入会7号の状況を認識していたとはいえ,その中に入って着火するということは,原野で着火する如く危険な行為なのであるから,野焼作業の常識・鉄則を知る経験豊富な作業員らが,このように危険な行為をすることは,通常は想定し得ないはずであり,これを予見できた又は予見すべきであったというのも,これまた論理的に無理がある。
また,原判決は,被告人両名が懈怠した義務として,①防火帯以外の場所からの着火を禁じるという義務を挙げている。これは,原判決が説
示するところによっても,結局,緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして,その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めるべきという野焼作業の鉄則に反する着火を禁じるということにほかならないところ(原判決14,19,24~25頁参照),こうした野焼作業の鉄則は,野焼作業の経験を有する現場の作業員にとっては,自己の身を守るための言わずもがなの常識であったことからすると,これに反する行為の禁止措置について被告人両名に義務付けられていたというのは不合理である。作業員の誰しもが知っていることについては,それに従って行動することを信頼してよいはずであるし,言わずもがなの常識であれば,改めて言う必要もないからである。
また,原判決は,②被告人両名には,防火帯の場所を協議して取り決めた上で,自ら又は作業担当責任者らを通じて,これを各作業班の作業員らに周知徹底すべき義務があったという。しかし,防火帯の意味を,前記のとおり,火炎の延焼・拡大等の危険から作業員らの安全を確保することができる程度の幅員を備えた安全地帯と理解すると,これまで,東富士演習場の野焼作業においては,こうした安全な場所かどうかの判断は,担当する区域の地形,風向や風の強さ,萱の状態,作業員の人数等に応じて,作業当日に現場の作業員らが具体的に判断するのが合理的として,当日の現場作業員らの判断で行われてきたものである上,被告人両名は,本件実施計画書の企画・立案をした者ではあるが,東富士演習場の野焼作業ではこれまで大きな事故が起こったこともなく,また,本件野焼作業の実施計画の策定過程において作業担当責任者らが出席した会議等の際にも,その伝統的な作業手順について異を唱える者は誰もいなかったのであるから,このような本件野焼作業に至る状況下においては,被告人両名において,原判決がいうような措置を講じなければならないような動機付けが生じようもなく,このような義務が本件事故を回避するために被告人両名に
課せられていたとはいい難い。

なお付言すると,例えば,暴風にもかかわらず,主催者側が野焼作業を強行したがために,現場の作業員らにおいて野焼作業の鉄則を忠実に守って作業をしたものの死傷事故が起こったとすれば,主催者側の責任の所在も違ってくるであろうが,本件は事案を異にする。
また,危険物の製造,施設の管理に関わる事故の場合,注意義務の帰属主体としての組織を確定した上で,その組織の中での地位や職責,権限,職務の遂行状況等を踏まえて,結果発生の危険性,それに対する支配,管理性などの事情を実質的・総合的に考えて,個人として具体的に注意義務の帰属主体となり得るものは誰かというプロセスを経て責任の所在を問うという判断手法が用いられることがある。原判決も,同様の手法を用いて,被告人両名に対する責任を導いたのではないかと推察できるが,これまで見たように,本件事故や本件野焼作業の実態(本件事故に即してみると,被告人両名ら主催者側が具体的な危険を創出しているものでもないし,前記のような伝統や経験に裏打ちされた本件野焼作業における主催者側と現場作業員らのそれぞれの役割からすると,被告人両名が危険の管理をすべて引き受けているものではない。)からすると,本件においては,このような判断手法は適切ではなかったと思われる。
以上によれば,被告人両名には,被害者ら3名等による本件着火行為による事故について,予見することができ又は予見すべきであったとも,これを回避すべき義務があったとも認められないから,被告人両名に過失を認めた原判決は,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり,破棄を免れない。

第5

破棄自判
よって,被告人両名について,事実誤認の論旨は理由があるから,そ
の余の所論についての判断を省略し,刑訴法397条1項,382条によ
り原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に判決する。本件公訴事実は,前記第2の1記載のとおりであるところ,既にみたように,被告人両名には,被害者ら3名等による本件着火行為による事故について,予見することができ,また予見すべきであったと認められないため,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,同法336条により被告人両名に対し無罪の言渡しをする。
(検察官

島村浩昭出席)

平成31年1月23日
東京高等裁判所第11刑事部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

木髙々力直人橋木康明
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