判例検索β > 平成30年(う)第89号
強盗殺人被告事件
事件番号平成30(う)89
事件名強盗殺人被告事件
裁判年月日平成31年1月24日
法廷名広島高等裁判所
結果破棄差戻
原審裁判所名鳥取地方裁判所
原審事件番号平成26(わ)20
裁判日:西暦2019-01-24
情報公開日2019-03-22 18:00:12
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主文
原判決中有罪部分を破棄する
本件を鳥取地方裁判所に差し戻す。

第1


本件各控訴の趣意

弁護人の控訴趣意は,差戻前控訴審の主任弁護人吉岡伸幸及び弁護人瀬古智昭共同作成の控訴趣意書並びに弁護人和田森智作成の控訴趣意の補充書と題する書面に,これに対する検察官の答弁は,広島高等検察庁松江支部検察官事務取扱検事玉井秀範作成の答弁書に各記載されているとおりであり,検察官の控訴趣意は,同玉井秀範が提出した鳥取地方検察庁検察官多田賢一作成の控訴趣意書並びに検察官作原大成及び同田村章共同作成の意見書に,これに対する弁護人の答弁は,差戻前控訴審の主任弁護人吉岡伸幸及び弁護人瀬古智昭共同作成の答弁書に各記載されているとおりであるから,これらを引用する。
弁護人の論旨は,①原裁判所の手続には,訴因を逸脱し,防御権を侵害して事実認定をした点で不告不理の原則違反又は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,②原判決は,合理的な根拠に基づかずに被告人が犯人であると認めた点で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである(なお,差戻前控訴審の主任弁護人吉岡伸幸及び弁護人瀬古智昭共同作成の控訴趣意書中で,審理不尽をいう点は実質的には事実誤認の主張と解される。)。検察官の論旨は,原判決には,強盗目的を認定せず,殺人及び窃盗が成立するにとどまるとした点で判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。
第2
1
本件公訴事実の要旨と審理の経過等
本件公訴事実(訴因変更後のもの)は,
被告人は,平成21年9月29日午後9時40分頃,鳥取県米子市ab番地c所在のホテルA新館2階事務所において,金品を物色するなどしていたところ,同ホテル支配人B(当時54歳)に発見されたことから,金品を強取しようと考え,同人に対し,殺意をもって,その頭部を壁面に衝突させ,頸部をひも様のもので絞め付けるなどしてその反抗を抑圧し,同所にあった同人管理の現金約43万2910円を強取し,その際,前記暴行により,同人に遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折,脳挫傷,硬膜下血腫等の傷害を負わせ,よって,平成27年9月29日午後2時5分頃,大阪府泉佐野市de丁目f番g号所在のC病院において,前記遷延性意識障害による敗血症に起因する多臓器不全により同人を死亡させて殺害したものである。というものである。2
鳥取地方裁判所は,平成28年7月20日,被告人には殺人窃盗が成立する
として,懲役18年に処する旨の判決を言い渡した(なお,本件に先立って起訴されていた詐欺も併合審理されたが,無罪の判断がされ,第1審で確定している。。)
被告人及び検察官が控訴し,広島高等裁判所松江支部(第1次控訴審)は,事実取調べとして書証及び人証(証人1名,被告人)の取調べを行った上で,平成29年3月27日,犯人性を認めた第1審判決には事実誤認があるとして被告人側の控訴趣意をいれ,検察官の控訴趣意について判断することなく第1審判決中有罪部分を破棄し,無罪の言渡しをした。
検察官が上告し,最高裁判所第二小法廷は,平成30年7月13日,差戻前の控訴審判決は,全体として,第1審判決の説示を分断して個別に検討するのみで,情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものと評価することはできず,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである旨説示して(刑訴法411条1号)
,第1次控訴審判決を破棄し,事件を広島高等裁判
所に差し戻した(刑集72巻3号324頁)

第3
1
当裁判所の判断
原判決は,被告人が殺害行為を行い金庫内の現金を持ち去った犯人であるとし
た点に誤りはないが,強盗殺人罪の成立を認めなかった点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり,破棄を免れない。そこで,以下,弁護人の控訴趣意,検察官の控訴趣意の順で検討することとする。
2
弁護人の控訴趣意中,不告不理の原則違反,訴訟手続の法令違反の主張につい

弁護人は,原判決が殺人窃盗の成立を認めたのは訴因逸脱認定であるとして不告不理の原則違反を主張するとともに,
訴因にある居直り態様の強盗殺人ではなく,
いさかいからの殺人を認定した原裁判所の訴訟指揮には被告人の防御権を侵害した訴訟手続の法令違反があると主張する。
しかし,
原判決の認定は縮小認定であって,
不告不理の原則違反の主張は採用できない。また,公判前整理手続を含め,本件の訴訟指揮に違法な点もない。論旨はいずれも理由がない。
3
弁護人の控訴趣意中,事実誤認の主張について
(1)

原判決中,被告人の犯人性に関わる説示部分の要旨は次のとおりである。

犯人は,平成21年9月29日(本件発生当日。以下の日付は,特記しない
限り平成21年の日付を指す。午後9時40分頃,

犯行現場である本件ホテル新館
(以下において,本件ホテル新館を単に新館という。
)2階の事務所(新館2階
南東側突き当たりの部屋。以下,
事務所という。
)において,被害者に対し,そ
の頭部を壁面に1回叩き付け,意識を失って倒れた同人の頸部をひも様のもので約3分間絞め付けるなどして遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折,脳挫傷,硬膜下血腫等の傷害を負わせ,その結果,被害者は平成27年9月29日に死亡した。イ
本件ホテルの構造,施錠状況等に照らすと,犯人は,本件当日午後9時34
分頃,事務所に隣接する310号室の客室ドア(各客室に設けられている1階専用駐車場にあるドアで,駐車場から2階客室へ上がる階段に通じる扉)から新館建物内に立ち入り,本件ホテルの支配人である被害者がデッドボルト(かんぬきを出したままの状態。
ドアが自動的に閉まって施錠されることを防ぐためのもの。にして)
いた同客室から従業員用通路へ通じる片開き扉
(以下,
各客室につき,
この扉を
従業員通路側ドア
という。を通って事務所へ行き,

犯行に及んだものと認められる。
この犯行時間帯は,310号室等の客室ドアの開閉記録及び119番通報の記録から,午後9時34分頃以降午後10時12分の数分前までの間と認められる。このような犯行状況から,犯人は本件ホテルの内部構造や施錠状況等に関する知識がある人物であったといえる。

被告人は,3月以降,休職した9月18日の前日まで,本件ホテルの店長と
してホテル業務全般に従事していたほか,事務所に保管されている金銭の管理も一部行っていた。

被告人は,午後8時頃,本件ホテルの従業員である姉のDから,客室内に設
置されたスロット機の売上金回収方法等を教えてもらいたい旨の電話を受け,午後8時30分頃,自宅から本件ホテル方向へ自動車で向かい(被告人方から本件ホテルまでの自動車による所要時間は,交通事情がよければ15分から20分程度である。,午後9時13分頃,本件ホテル周辺に到着し,その後,午後10時頃に新館)
1階北側従業員用出入口付近で従業員Eと出会った。

本件当時の事務所内には売上金や釣銭用現金等の合計約158万2640円
の現金が存在していた。本件犯行直後に事務所内に存在していた現金は合計131万3880円であり,その差額の約26万8760円を犯人が持ち去ったことになるが,売上金のほぼ全額が事務所内の机引き出しから発見されたことに照らすと,犯人が持ち去った現金は事務所内の金庫にあった釣銭用現金であると考えられる。本件ホテルでは千円札と硬貨からなる釣銭用現金合計45万円を事務所の金庫内に保管することになっていたところ,本件後に金庫内に残された16万7460円分の硬貨の内訳と被害者が作成していた残金表の記載内容がほぼ一致していることからすると,犯人が持ち去った現金はおおむね千円札のみであり,犯人は,事務所から二百数十枚の千円札を含む現金合計約26万8000円を持ち去ったと認められる。

被告人は,本件の約12時間後の9月30日午前9時34分から午前9時3
9分にかけて,ATMで被告人名義の預金口座に230枚の千円札を入金した。被告人が被害金と金額・金種が近似する230枚もの千円札を所持しており,日常生活においてこのような大量の千円札を持ち合わせることが通常はないと考えられる。被告人が本件事件とごく近接した時間帯に偶然これらの千円札を所持して入金したとは考え難く,この千円札の所持,入金の事実は,被告人が本件の犯人であることを強く推認させる。

被告人は,本件翌日,重傷を負った被害者の容態を気にすることもなく米子
市を離れて関西方面へ向かい,兵庫県に到着した後の同日午後7時13分以降,約2日半に渡って妻や交際相手
(本件ホテルの元従業員)
からの電話やメールに応答,
返信しなかった。被告人は,事情を聴きたいので返信するか米子警察署へ出頭するよう求める旨の警察官からの留守番電話の録音を再生していたが,その要請を無視していた。これらの行動は,被告人が犯人であることを相当程度推認させる事情といえる。

被害者の頭部を壁面に叩き付け,その一撃で右側頭骨骨折等の傷害を負わせ
たという手荒な犯行態様に照らすと,本件当時本件ホテルにいた者のうち,被告人及び2人の男性従業員を除いた女性従業員が犯行に及んだとは考え難く,この2人の男性従業員についても,Dと共に3人で客室の清掃作業に従事していたのであるから犯行に及んだ可能性は認め難い。被告人以外のホテル従業員や元従業員が犯行に及んだ可能性はない。

前記アからクの事実関係が同時に存在することについては,被告人が犯人で
あると考えなければ合理的な説明がつかないというべきであり,被告人が本件の犯人であると認められる。
この原判断に,論理則,経験則等に照らし不合理な点はない。
付言すると,原判決は,本件当日,被害者を含むホテル従業員全員が出席した夕食の終了時刻を午後9時26分頃と認定し,夕食を終えた被害者が事務所に戻って在室中に被告人が室内に入り込んだという状況を前提にして,原判示の殺人窃盗の成立を認めたが,後記のとおり,夕食終了時刻は午後9時40分頃(後記4(2)のとおり,正確には午後9時39分頃)であり,被告人が先に事務所内に入り込み金品を物色するなどしていたところに夕食を終えた被害者が事務所に戻り,その状況下で犯行が行われたと認めるべきものである。しかし,この前提状況の誤認は,犯人性の推認に直接影響しない。
(2)

原判断を争う所論は多岐にわたるが,要するに,①前記3(1)イ及びウにつ
いて,㋐犯行現場である事務所は本件ホテルの外観から部外者にも判別でき,新館の構造や出入口の施錠状況に照らしても部外者が事務所に至ることは容易である,㋑犯人は午後9時34分頃に310号室客室ドアから新館に入ったのではなく他の場所から入った可能性があるなどと主張して,犯人像と被告人との合致を争い,②前記3(1)エについて,被告人が午後9時13分頃に本件ホテル周辺に到着した事実はないなどとして,
被告人には犯行の機会がなかったと主張し,
③前記3(1)オ及
びカについて,被告人には大量の千円札を所持する合理的理由があり,その原資は自分の小遣い銭をホテル客室内のスロット機の売上金の千円札で両替したものであって本件被害金ではないと主張し,
④前記3(1)キについて,
本件後の被告人の行動
は犯人性を推認させるような事情ではなく,
⑤前記3(1)クについて,
第三者による
犯行可能性や他の従業員(特にD)が実行犯を新館内に引き入れた可能性があるなどと主張するものである。さらに,⑥原判決がした間接事実の総合評価も論難している。
しかし,個々の間接事実の存否や評価を争う点(前記①から⑤までの所論)及び間接事実の総合評価を争う点(前記⑥の所論)は,以下のとおり,原判決の認定の不合理性を具体的に指摘するものとはいえず,その他の所論が指摘する点も犯人性を否定するような事情には当たらない。
(3)

所論①について

本件ホテルには,客室のほかに新館2階の事務所,旧館2階の休憩室やフロントがあり,外観上これらの部分は客室と区別できるとはいえ,その中のどれが事務所であるかは部外者にとって容易に判別し難く,この点の所論は採用できない。犯人の侵入経路についてみると,310号室を経由する以外の方法で事務所に至ることが実際上困難であったことは原判決が適切に説示するとおりである。これに加えて,後述のように(後記4(2))
,被害者が同席していた休憩室での夕食の終了
時刻が午後9時40分頃(正確には午後9時39分頃)であったことから,午後9時34分頃に記録された310号室客室ドアの1回の開閉は犯人によるもの以外にはあり得ず,この点の原判決の認定に誤りはない(同様に,それに先立つ午後9時30分頃の106号室の2回の客室ドアの開閉も犯人によるものと認められ,この点の原判決の認定にも誤りはない。なお,コンピュータに記録された客室ドアの開閉や客室の清掃終了等の時刻(甲243参照)は,正確な時刻より1分21秒進んでいるので(F警察官証言・供述群497丁)
,以下,これらの時刻については原判
決に倣い,記録された時刻より1分前の時刻に頃を付した補正後の時刻を表記することとする。。

所論は,本件ホテル旧館や新館にある従業員出入口から犯人が新館建物内に入った可能性を主張するが,抽象的可能性をいうにすぎないものである。当時,310号室は被害者が業務のため宿泊用に使用しており,事務所との出入りのため従業員通路側ドアをデッドボルトの状態とし,客室ドアも建物外との出入りのため清掃中にして解錠された状態となっていた。被害者が業務でホテルを来訪する際には前記各ドアが解錠状態となることを従業員らは知っており(G証言

供述群434丁,D証言・供述群515,516丁,E証言・供述群566,567丁)
,犯人も,侵入に当たりその旨の知識を有していたことが強くうかがわれる。被告人は,本件の10日ほど前まで本件ホテルの店長として稼働しており,被害者の集金業務等に関する事情に通じていたという点で,犯人像と合致する。補足すると,
被害者
(支配人)
が集金業務等のために本件ホテルを訪れる際には,
その使用車両を来客用駐車場に停めることや,被害者が310号室又は101号室に滞在し事務所内で集計作業等を行うこと,従業員と一緒に夕食を取ることを常としており,その間は事務所が不在となることも,従業員は知っていた(G証言・供述群434丁,D証言・供述群535丁,E証言・供述群565,624丁)。夕食
当時,休憩室の窓は開けられて,室内の声が屋外からも聞こえる状況にあり(E証言・供述群574丁)
,犯人がホテル内部の事情に通じていれば,建物外から従業員
らがそろって夕食中であることを確認することは可能であったといえる。被告人はこれらのことを認識する前提となるホテル内部の事情に通じていたという点でも,犯人像に合致するのである。
所論は,
清掃中
の表示が出ていた106号室の客室ドアが午後9時30分頃に
続けて2回開閉されたのは犯人が行ったものであるとする原判断(原判決9頁から10頁)について,被告人が犯人であるとするならば,清掃中の従業員に発見される危険を冒して106号室の客室ドアから侵入しようと考えることは不合理であると主張する。しかし,後述のとおり,午後9時30分の時点では従業員らは夕食中であったことから,106号室は清掃中の表示(夕食中にDが飲物を他の客室に届けた際に106号室の清掃指示のボタンを押したことにより表示されたものである。
)が出ていたとはいえ,清掃は行われておらず,従業員通路側ドアは施錠された状態にあったと認められる。被告人が犯人であるとした場合,310号室からの侵入に先立ち106号室の客室ドアから室内に立ち入ったのは,従業員通路側ドアが開いていることに期待して同室経由で事務所に侵入しようと試みたことや,客室内の物音等から清掃が実際に開始されているかを探ることにより休憩室での夕食が続いているかどうかを確認しようとしたことなどが可能性として考えられる。そのいずれであるにせよ,被告人はDから客室内スロット機の売上金回収方法等を教示しに来て欲しいと電話で依頼されている状況があり,そのことを他の従業員も知っていた(E証言・供述群573丁,H証言・供述群635丁。Dが従業員Iに指示して被告人へ前記の電話を掛けさせたことについてD証言・供述群503丁)のであるから,
被告人が106号室に入り込んだのを従業員に見とがめられたとしても,いかようにもその場を取り繕うことができたことは明らかであって,他の従業員に発見される危険を冒して侵入するのは不合理であるとの前記所論は採用できない。(4)

所論②について

被告人が午後9時13分頃,交際相手に対して着いたから切るよと述べて電話を切っていることから,被告人がその頃本件ホテル周辺に到着したと認められることは,原判決が適切に説示するとおりであって,この点に関する所論は採用の余地がない。その後,被告人が本件ホテルでEと出会う午後10時頃までの40分間以上にわたりホテル付近にいたという事実は,
前記3(1)オ及びカ
(大量の千円札の
所持・入金)等の間接事実と相まって,その頃本件ホテルで発生した本件への被告人の関与を相当程度推認させる事情であるということができる。所論は,被告人が犯人であるとすると,被害者と激しく格闘するような犯行の後に本件ホテルに現れるのは不合理であるとも主張するが,事件後の事務所内は激しい格闘が行われたことをうかがわせるほどの荒れた状況にはなかったと認められる。また,被告人はDから客室内スロット機の売上金回収方法等について教示を求められて本件ホテルに行く約束であったというのであるから,むしろ,事件後に怪しまれないよう姿を見せるのは,本件犯人の行動として合理的であるといえる。
(5)

所論③について

被告人が本件の約12時間後に千円札230枚を自分名義の預金口座に振込入金した事実によって,被告人が本件の犯人であることが強く推認される旨の原判断にも誤りは認められない。所論は,被告人の供述に基づき,被告人が振込入金した千円札は小遣い銭の一万円札を客室内スロット機の売上金の千円札で両替したものであり,本件ホテルの店長であった被告人が客室の自動精算機の釣銭やフロントのレジ内の現金(ドロワー現金。原判決17頁)の千円札が不足した際に補充するために所持していたものであって,所持する合理的な理由があると主張する。しかし,原判決が説示するとおり,自宅の公共料金の滞納を続け,妻に十分な生活費を渡さない一方でパチンコや前記交際相手との食事等に相当額を支出するなどしていた被告人が,20万円を超える小遣い銭を貯め込んでいたとは考え難い。そもそも金庫内に釣銭用の現金が準備されているのに個人が立て替える形で業務用の釣銭を用意しておくというのは不自然である上,ホテル従業員らはそのようなことは見たことも聞いたことがない旨供述しており(J証言・供述群104丁,K証言・供述群212丁,E証言・供述群224丁)
,この点の被告人の弁解は到底信用できるもので
はない。これに基づく所論は採用の余地がない。
(6)

所論④について

所論は,被告人が本件直後に自宅のある米子市内から鳥取県外へ移動し,その間の本件翌日の夜から約2日半(9月30日午後7時13分から10月3日午前11時17分までの間)にわたって妻や交際相手と音信を絶ち,警察からの出頭要請を無視していたことが逃走と評価できるとした原判断に対し,妻が被告人の不貞を疑って半狂乱になっていたため帰宅しなかったものであり,その音信不通となる期間よりも前の9月30日中の時間帯に交際相手と長男に電話で連絡を取っていたことなども挙げ,被告人の行動は逃走とは評価できない旨主張する。しかし,本件後に被告人の妻が不貞を疑って半狂乱になっていたというのは相当に疑わしいとの原判決の説示に誤りはなく,前記の期間中,妻や交際相手からの度重なる電話等に全く応答しなかったのは仮眠や運転中等であったためであるなどとする被告人の弁解にも合理性がなく,所論の見方は当たらない。前記3(1)キの被告人の一連の行動は,被告人が,
事件後,
救急搬送の状況等から,
被害者が生存している可能性を察知し,
被害者の意識が回復に至れば,自らの犯行であることが露見すると考え,逃走を図ったものと見て矛盾はなく,被告人の犯人性を強くうかがわせる事情といえる。(7)

所論⑤について

所論は,第三者による犯行可能性や他の従業員(特にD)が実行犯を新館内に引き入れた可能性があるなどとも主張するが,ホテル関係者以外の者による犯行可能性がないことは既に検討したとおりである。他の従業員がホテルの内部情報を与えて実行犯をホテル内に引き入れたことをうかがわせるような具体的事情は認められず,所論は,抽象的可能性をいうにすぎないものである。
(8)

所論⑥について
間接事実の総合評価についての原判断にも不合理な点はない。本件ホテルの外観や構造,客室ドアの開閉記録,業務形態,被害現場及び被害者の負傷状況といった客観的事実関係に照らせば,
本件の犯人はホテル内部の事情に通じた者と考えられ,
被告人はその犯人像と合致する。本件ホテルの店長であった被告人は,被害金と金額金種が近似し,

日常生活で所持することが通常考え難い230枚もの千円札を,
本件発生の約12時間後に所持していたものであるが,本件当時の被告人の生活状況に照らすと,被告人が本件とは無関係にそれら千円札を所持した可能性は考え難い。その所持に至る経緯に関する被告人の弁解は不合理で他のホテル従業員の供述と整合していない。被告人には犯行の機会があった一方,被告人以外の従業員や元従業員が犯行に及んだ可能性はない。被告人が本件直後に県外へ移動し,妻や交際相手との連絡を絶ち,警察官からの出頭要請を無視していたという,本件による検挙を恐れての逃走と評価できる行動もある。これらの独立した個々の間接事実が組み合わさることによって,被告人以外の者が本件の犯人である具体的な可能性が存在しないことに帰する。
(9)

その他の所論について

所論は,犯行現場である事務所内の各所や事務所内にあったLANケーブル及び被害者の身体から被告人のDNAが検出されていないことをもって,犯人性を否定する有力な情況証拠であると主張する。しかし,事務所内の状況と被害者の負傷状況から認められる犯人の暴行態様は,被害者の頭部を壁面に1回叩き付け,意識を失って倒れた同人の頸部をひも様のもので約3分間絞め付けるなどしたというものであり(前記3(1)ア)
,事務所内の各所や被害者の身体に当然に犯人のDNAが検
出可能な状態で付着するとはいえない。また,犯人が犯行に用いたひも様のものを事務所から持ち去った可能性も十分あるから,前記LANケーブルが凶器であると特定することもできない。しかも,本件ホテルの店長として本件の10日ほど前まで勤務していた被告人は,本件以前に事務所に入ったことがあるというのであるから,仮に事務所内から被告人のDNAが検出されていたとしても,それが直ちに本件犯行時に被告人が事務所にいたことの裏付けとなるものではない。結局,所論がいう被告人のDNAが検出されなかったという事実は,犯人性を否定する間接事実としての証明力,推認力を有しないのである。
(10)

結論

以上の次第で,
所論はいずれも理由がなく,
犯人性を肯定した原判断については,
論理則,経験則等に照らして不合理な点はない。弁護人の論旨は理由がない。4
検察官の控訴趣意(事実誤認の主張)について
(1)ア

原判決は,被告人の犯人性を肯定した上で,要旨,次のとおり説示してい
る。
本件発生直前に被害者と従業員4人(D,E,H,L)の旧館2階休憩室での夕食及び休憩(原判決に倣い,この夕食及び休憩を併せて,単に夕食という。)が
終了したのは午後9時26分頃であり,その直後頃,被害者は事務所に戻り,被告人が午後9時34分頃に310号室を経由して事務所に立ち入った際(前記3(1)イ参照)には,被害者は事務所で集金等の業務の続きを行っており,検察官が主張するように被告人が事務所で金品を物色中に被害者に発見されたとは認められない。被告人がわざわざ310号室から新館建物内に入り,事務所で被害者に暴行を加えた後に現金を持ち去ったことから,被告人には事務所の現金を盗む目的もあったといえるが,その目的は,被害者が事務所を不在にしていることを期待し,あわよくば現金を盗み出そうという程度のものであったとみるのが自然である。被告人が事務所内で被害者を見つけたときに,突如として殺害してでも現金を奪おうと決意したとは考えられず,むしろ,当初の窃盗の目的をあきらめたとみるべきである。その後,被告人が強固な殺意をもって暴行を加えた理由は明らかではないが,被害者とは顔見知りであり,深夜勤務手当の支払を巡って不満も抱えていたから,被告人と被害者との間で何らかのやりとりが行われ,その中で被告人が被害者の殺害を決意するようないさかいが起こったと考えることができる。
被告人がした暴行は,
その態様等からして怒りにまかせての突発的なもので,金品奪取を目的とした行動と評価することは困難である。被告人が被害者の頭部を壁面に叩き付けて意識を失わせた後に金品奪取と殺害を決意してひも様のもので頸部を絞め付けた可能性については,頭部の叩き付け行為と頸部の絞め付け行為が一連のものとみるのが自然であるし,前記可能性が合理的疑いを容れない程度に証明できるだけの証拠もない。以上の次第で,被告人は財物奪取目的で被害者を殺害したものではなく,殺人窃盗が成立すると認められる。

この原判断に対し,検察官の所論は,要するに,①夕食終了時刻は午後9時
40分頃であり,その頃に被害者が事務所に戻り,室内において金品を物色中の被告人と遭遇し,公訴事実記載の居直り態様の強盗殺人が行われたと認めるべきであるのに,原判決は,夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定し,被告人が事務所に入った際には既に被害者が夕食を終え事務所に戻って在室していたという状況を前提として殺人窃盗の認定にとどめたものである。この事実誤認は,E証言等の証拠を見落とし,関係証拠の証明力の評価を誤り,夕食終了時刻を誤認したことに起因しているものと考えられ,原判決には,強盗殺人を認定しなかった点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある,②仮に,夕食終了時刻が午後9時26分頃であったとしても,被告人が現金窃取の目的で310号室から新館建物内に入り,事務所内に立ち入って被害者が在室しているのが分かって窃盗を一旦あきらめたとし,その後,本件以前に被害者に対して強固な殺意を生ずるほどの経緯が存在しないにもかかわらず,短時間のうちに激高して被害者の殺害を決意して一連の暴行に及び,その直後に再び窃盗の犯意を生じて現金を持ち去ったという原判決の認定は,論理則,経験則等に照らし不合理であり,やはり強盗殺人を認定しなかった点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというものである。ウ
原判断と検察官の主張を対比すれば明らかなとおり,夕食終了時刻は,被告
人が310号室経由で事務所に入り込んだ午後9時34分頃の時点で被害者が既に夕食を終えて事務所内にいたか,それとも,被告人が事務所内に入り込んでいたところに夕食を終えた被害者が戻ってきたかを決する重要な事実である。審理の経過を見ると,この点は,公判前整理手続において,夕食終了時刻と連動して午後9時40分頃を犯行時刻とする検察官の主張について,これが特段争いのない事実として確認され,その立証は,Eの証人尋問等によるものとされた。公判で,Eは,休憩室に設置されたモニターの時刻表示に基づいて午後9時40分頃を夕食終了時刻として特定する趣旨の証言をしたが(供述群577,586丁)
,その後の被告人質
問(第7回公判)で,被告人が,夕食中に受けた客室からの注文は夕食後に売上げとしてフロントのコンピュータに入力していたから,午後9時26分頃の生ビールの売上げの入力は夕食中にされたものではないという趣旨の供述をし(供述群827丁から833丁)
,これにより,夕食終了時刻が実質的に争点化するに至った。し
かし,夕食中に受けた注文(生ビール)の売上げの入力がどの段階で行われたか,すなわち,夕食中か,それとも夕食終了後であったかという点については,フロント担当で入力を行ったEの証人尋問中で尋問がされず,結局,その点の解明のために再度のEの証人尋問が実施されることもないままに,当事者間で夕食終了時刻が公判審理の過程で生じた新たな争点として意識されるに至り,最終の弁論において検察官及び弁護人双方から意見が述べられた。
そして,原判決は,夕食終了時刻について,
新館305号室の利用客から注文された生ビールの売上げが午後9時26分頃にフロントのコンピュータに入力されているが,フロント係従業員のEは『夕食中に休憩室から出たことはない』旨証言しており,この証言からすると,Eが夕食中に前記生ビールの売上げを入力したとは認められない。フロントのコンピュータを扱っていないDが入力した可能性もない。そうすると,従業員が夕食を終えた後にEが前記生ビールの売上げを入力したことになる。検察官は,Dが救急隊員に対して夕食終了が午後9時40分頃と説明していたこと,及び,客室1室の清掃に要する時間を約10分間とみて106号室の清掃終了時刻(午後9時48分頃)から逆算すると夕食終了が午後9時38分頃になることを根拠として,夕食終了は午後9時40分頃であったと主張するが,Dは夕食終了を時計で確認していたわけではない上,従業員の供述によれば客室1室の清掃作業に要する時間は10分間から15分間であり,夕食終了から清掃作業に取りかかる準備等の時間があると考えられることも併せると106号室の清掃が午後9時48分頃に終了したことは夕食が午後9時40分頃に終了したことを的確に裏付けるものではないし,前記生ビール売上げの記録とも整合しない。とし,夕食終了時刻を前記入力がされた午後9時26分頃と認定した。
しかし,この原判断は,以下のとおり,原審証拠によっても,論理則,経験則等に照らし不合理である。夕食終了時刻は,午後9時40分頃(正確には午後9時39分頃)と認定すべきであり,被害者はその頃事務所に戻り,室内で金品を物色するなどしていた被告人と遭遇したものと認められる。
(2)ア

まず,
夕食終了時刻についての主張立証構造
(判断構造)審理の経過,
は,

殊に公判の終盤でされた当事者の主張(論告,弁論)を踏まえると,直接証拠として,①夕食中に休憩室のモニターの時刻表示から終了時刻を特定したとするE証言があり,間接事実として,②被害者を搬送した救急隊員に対してDが夕食終了時刻を午後9時40分頃と説明している事実,③夕食終了直後からD,H,Lで構成される清掃担当者が106号室,306号室を順次清掃しており,その各部屋について電磁的記録として保存されていた清掃終了時刻等から逆算して推定される清掃開始時刻とそこから導かれる夕食終了時刻がある。②,③は,①の裏付けであるとともに,それ自体,夕食終了時刻を推認させるものである。そして,検察官は,これら①から③までの事実により,
夕食終了時刻は午後9時40分頃と認定できるから,
その反面,午後9時26分頃の入力は,夕食中にEが席を立って隣室のフロントに移動して入力したものと推定されると主張するものである(なお,検察官は,論告で,午後9時30分頃の106号室の客室ドアの開閉記録は,Dが夕食中に受けた注文の生ビールを305号室に届けた際に清掃のため客室ドアを開閉したものであるから,この時点でまだ夕食は終了していなかったことを示す間接事実である旨の主張もしているが,D自身がそのような行動を取ったことを否定しており,この開閉は,前記のとおり,被告人が310号室経由で侵入する前に当時清掃中の表示が出ていた106号室の客室ドアを開閉させて室内に出入りしたことによるものであるから,誤った主張といわざるを得ない。。

これに対し,弁護人は,E自身が夕食中に休憩室を出たことがない旨証言しており,同席した他の証人も同様のことを証言しているから,午後9時26分頃の入力は,夕食終了後に行われたと主張するものである。
そこで,この判断構造を前提に検討する。

E証言(①)について

Eは,
休憩時間が長くなったので支配人である被害者から仕事に戻るよう,いつ声をかけられるだろうかと思い,ちらちらと休憩室内のモニターの時刻表示を見ており,その後,実際に(被害者から)注意があったことから,夕食終了は午後9時40分頃であると供述している(供述群577丁)。もっとも,Eは,弁護人の反
対尋問では,被害者に声をかけられる前からちょこちょこモニターの時刻表示を見ていて,声をかけられ,ぱっと見てもうこんな時間だと認識した旨の供述もしており
(供述群625丁)声をかけられる前に見た時刻表示から推測して午後9時,
40分頃と特定したのか,声をかけられた際にモニターを見てその時刻表示から直接午後9時40分と認識したのかは若干曖昧になっている。しかし,当時,被害者から声をかけられる前からちらちらとモニターの時刻表示を確認していたという状況の下で,夕食の終了時刻として午後9時40分頃であると認識していたという点(もっとも,モニターの時刻表示は1分21秒進んでいたことが後に判明しているから,Eの時刻の認識は,その時間を差し引いて午後9時39分頃とするのがより正確である。
)で供述は一貫しており,特にその信用性を疑うべき事情はない。なお,第1次控訴審の事実取調べによれば,Eは,事件からほどない時期の平成21年10月8日付け警察官調書でも,被害者から声をかけられる前に見たモニターの時刻表示から終了時刻を午後9時40分頃と特定していたことが認められ,捜査公判を通じて供述経過に変遷は見られない。
このように夕食終了時刻についてのEの証言の信用性は相当に高いといえるが,原判決中には,同証言を取り上げて信用性を判断した説示はない。ウ
Dの救急隊員に対する説明(②)について

Dの救急隊員に対する説明は,救急車が現場に到着した午後10時24分から病院に到着した午後10時52分までの間にDが同乗していた救急車内でされたものであり,事件から間もない時期の供述である(甲231・書証群80丁)。午後10
時10分に事務所内で倒れている被害者を発見したという説明は,119番通報時刻(午後10時12分)等と整合する正確な内容のものであり,それから約30分前の午後9時40分頃を夕食終了時刻として特定していることから,原判決が指摘するとおりDが時計で夕食終了時刻を確認したものではない(供述群935丁)にしても,当時Dが認識していた状況からの合理的な推定時刻を述べたものと考えられ,しかも,それがE証言とも合致していることからある程度の推認力を肯定できる。

106号室の清掃終了時刻から逆算して推定される清掃開始時刻と夕食終了
時刻(③)について
関係証拠によれば,夕食終了後,客室清掃担当のD,H,Lが休憩室を出てすぐに106号室の清掃にとりかかり,
同室の清掃終了時点で清掃終了のボタンを押し,
フロントのコンピュータにその時刻として午後9時48分頃が記録され,次いで,すぐに306号室の清掃を行い,同様に清掃終了の時刻として午後9時59分頃が記録されたことが認められる。なお,Dは,夕食中,1回目に飲み物を客室に届けた後,
休憩室に戻る前に306号室と106号室の清掃指示のボタンを押して入り,清掃の準備のため風呂の湯船の栓を抜くなどしており
(供述群506丁)306号

室について午後8時54分頃,106号室について午後8時55分頃に清掃指示がそれぞれ記録されたことが認められる。
夕食後の306号室の清掃に要した時間がおおよそ11分間であり,それに先立つ106号室の清掃に特に時間を要した事情もうかがわれないことからすれば,同室の清掃に要した時間も11分間前後であったと推認できる。Dは,H,Lの経験が浅いことなどから客室1室の清掃に15分間程度を要した旨供述するが,306号室の清掃時間は現に11分間であったことや,客室清掃に従事するGがH,Lと組んで清掃した際に特に時間がかかったという覚えはない旨供述していること(G証言・供述群687丁)からすると,D証言にもかかわらず,106号室の清掃時間はおおよそ前記程度のものであったと考えられる。そして,この清掃時間から106号室の清掃開始は午後9時38分頃前後と推定され,休憩室から106号室までの移動時間(1分足らず。L証言・供述群749丁)を考慮に入れれば,夕食終了時刻は午後9時37分前後ということになる。106号室の清掃時間にはある程度の幅があるから,それに連動して,推定される夕食終了時刻にも幅が見込まれるとはいえ,コンピュータに記録された清掃終了時刻からの逆算による夕食終了時刻の推認力は強いというべきである。その推定される時間の幅の中にEが証言する午後9時40分頃(正確には午後9時39分頃)の時刻がほぼ収まっていることは,E証言の信用性をも強く支えるものといえる。
原判決は,フロントで売上げの入力がされた午後9時26分頃を夕食終了時刻と認定しているが,それを前提にすると106号室の清掃終了までに約22分間を要したことになり,
Dが供述する15分間の清掃時間ですら大幅に超えることになる。原判決は,清掃開始までに準備時間等がかかったことを前記22分間のうちに想定しているが,
Dらは夕食後すぐに清掃にとりかかった旨を一致して供述しており(D
証言・供述群507丁,E証言・供述群579丁,H証言・供述群638丁,L証言・供述群738,755丁)
,原判決の前記説示は証拠に基づかない想定といわざ
るを得ない。
以上の①から③までの直接証拠(E証言)及び間接事実から,夕食終了時刻が午後9時40分頃(正確には午後9時39分頃)であったことの証明は十分である。Eの証人尋問では,前記入力状況についての尋問がなく,どのような状況下で入力されたかが証言中で明らかになっていないとはいえ,この証明された時刻を前提に論理的に突き詰めれば,夕食中,Eが注文(生ビール)を受け,Dが客室に届けに行った直後にEが休憩室からフロントに移動して午後9時26分頃に入力したものと推認できる。休憩室とフロントはいずれも本件ホテル旧館2階の東端にあって隣接しており,席を外して売上げを入力して戻るのが容易な位置関係にあり(甲228の写真54から63,及びこれらの写真の撮影位置を示した現場見取図・書証群63丁から68丁)
,そのような作業をしても休憩室から出たことのうちに入らな
いという意識,感覚から,夕食中休憩室から出ていないという前記のような証言となったと見て格別不合理とはいえない。さらに,同席していた他の従業員も,このようなごく短時間離席したEの行動を記憶にとどめていなかったとしても不自然なことではない。利用客は客室内の自動精算機で精算すればいつでも退出できるという本件ホテルの利用方法や精算の仕組みに照らすと,本件ホテルのフロント従業員は,飲み物等の注文を受けたら確実に精算に反映させるべく直ちにその注文の売上げを入力するのが合理的な行動である。それゆえ,Dも,日頃から売上げの入力を速やかにするように従業員に呼びかけていたというのである(供述群939丁)から,フロント係従業員のEは305号室の利用客から生ビールの注文を受けてDが同客室へ持っていくのと時間をおかずに売上げを入力したとみるのが自然である。なお,Eは,Dが客室に生ビールを届けてから15分から20分して夕食が終わった旨も供述しているところ
(供述群617丁)Dが客室に届けに出た直後にEが前

記入力を行ったとすれば,その供述する時間的な経過は,前記のとおり推定される夕食終了時刻とほぼ整合することとなる。
そうすると,
被告人の供述を踏まえても,
前記入力は夕食中に行われたと認めるのが相当である。
なお,第1次控訴審の事実取調べで,Eは,フロントと休憩室は一体的なものであるとの認識の下に休憩室から出ていないと述べたものであり,売上げも精算額に反映させるため夕食中に行ったものと思う旨証言している。同証言は,事件から既に7年以上が経過し当時の記憶は薄れていることがうかがわれるとはいえ,前記推認と整合的であり,その信用性を肯定することができる。

小括
以上によれば,原判決は,直接証拠である①のE証言を取り上げて信用性を吟味せず,夕食終了時刻について強い推認力を有するとともに①の裏付けともなる③の間接事実について,夕食終了時刻を的確に裏付けるものではないとして推認力を過少に評価し,相応の証明力を有する②の事実もDが時計で確認したものではないとして証拠価値が乏しいと見る一方,
清掃のための準備時間等
を証拠上の根拠なく
想定することによって,午後9時26分頃を夕食終了時刻とした場合に同時刻から106号室の清掃終了時刻(午後9時48分頃)までの時間が通常の清掃時間を大幅に超過してしまうという時間的な不整合を回避する判断をしたものといえる。その認定は,論理則,経験則等に照らし不合理といわざるを得ない。原審証拠によれば,午後9時40分頃(正確には午後9時39分頃)を夕食終了時刻と認定すべきであり,その時刻頃に被害者が休憩室から事務所に戻った際,被告人は既に310号室経由で被害者不在の事務所に入り込んでいたと認められる。⑶

強盗殺人罪の成否について

被告人は,Dの依頼でホテルに赴いていながら,自車をホテル敷地内に駐車せず(午後10時頃に被告人が自車を新館1階北側従業員用出入口付近に駐車したことについて,E証言・供述群418丁以下)
,被害者らが夕食中に前記の経路で事務所
に入り込んでおり,その状況からして,被告人には事務所内の金品を窃取する目的があったことが明らかである。原判決が認定摘示する殺害態様のほか,現に被告人が金庫内にあった現金を持ち出して逃走している事実からすると,被告人は,被害者が夕食を終えて事務所に戻った際に金品を物色するなどしており,その姿を被害者に見とがめられて,財物強取の意図に加え,自らの犯行であることが捜査機関に発覚するのをおそれ,
口封じのため,
とっさに被害者に対する強固な殺意を形成し,
公訴事実記載の強盗殺人の犯行に及んだことが優に認められる。原判決は,夕食終了時刻の認定を誤ったことにより,いわゆる居直り強盗の状況にはなかったことを前提にして殺人窃盗の認定にとどめたものであり,その判断には,強盗殺人の成立を否定した点で,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。その余の検察官の控訴趣意(前記4(1)イ②)について検討するまでもなく,論旨は理由がある。
第4

結論

よって,刑訴法397条1項,382条により原判決中有罪部分を破棄し,同法400条本文により本件を原裁判所である鳥取地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。
平成31年1月24日
広島高等裁判所第1部

裁判長裁判官


裁判官

裁判官

田隆史杉本正則水和落桃子
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