判例検索β > 平成26年(ワ)第3241号
損害賠償請求事件
事件番号平成26(ワ)3241
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成31年2月22日
法廷名名古屋地方裁判所
裁判日:西暦2019-02-22
情報公開日2019-04-09 16:00:21
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平成31年2月22日判決言渡
平成26

第3241号

口頭弁論終結日

損害賠償請求事件

平成30年11月21日
判決主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
被告は,原告に対し,7253万1392円及びこれに対する平成25年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
第2

訴訟費用は被告の負担とする。
事案の概要
被告は,障害者支援施設aを設置運営し,原告の実弟であるbは,aに入所し
ていた。bは,平成25年3月22日午前10時頃,aの1階で職員(支援員)の対応のもと,他の入所者とともに運動をしていたところ,aの建物から外に出て,約1キロメートル離れたショッピングセンターに赴き,同センター内の飲食店で陳列されていたドーナツを店員に無断で食べた。その際,bは,ドーナツを喉に詰まらせ,救急車で病院に搬送されたが,窒息による低酸素脳症となり死亡した(以下本件事故という。)。そこで,bの相続人である原告は,被告の安全配慮義務違反ないし被告の職員の注意義務違反によりbが死亡するに至ったとして,被告に対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく7253万1392円(逸失利益約4163万円,bの慰謝料2500万円,原告固有の慰謝料300万円等)の損害賠償とこれに対する平成25年3月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。1
前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(なお,以下,平成25年の出来事については,原則として月日のみで表記する。)


当事者

bは,昭和▲年▲月▲日生まれの男性で(甲10),昭和63年9月,自閉症及び精神遅滞との診断を受け,知的障害,双極性気分障害及びてんかんの既往症があった(甲16)。bは,平成18年7月以降,aでの短期介護を利用し,平成19年3月1日付けで被告と施設サービス利用契約を締結し,本件事故で死亡するまでaで生活していた(争いはない)。本件事故当時,bは,愛知県から知的障害者判定区分Aの判定を受けて療育手帳を支給され,国民年金施行令別表の1級に該当する額の障害基礎年金を受給していた(乙7の42,乙16の2)。
bは,原告の実弟で,原告とbは,いずれもcの子で,cは,平成24年5月15日,死亡した(甲12)。


被告は,aを設置経営する社会福祉法人で(甲1の1,2),aは,障害者総合支援法に基づく障害者支援施設である(乙22)。aの利用者は,主として知的障害者で,知的障害と身体障害・精神障害を有する者もいた(乙22)。aには,社会福祉士や介護福祉士の資格を有する生活支援員が勤務し,本件事故当時,bの担当は,d支援員であった(乙22,23)。

⑵ア

aの建物は2階建てで,1階の間取りは別紙1記載のとおりである(乙5の1,2)。aの建物から外に出る扉の1つとして通称天使の扉があり(別紙1⑰),天使の扉は,aの建物の正面玄関に通じている。天使の扉は,外側から開けることができるが,内側からはマスターキーがないと開けられないようになっていた(乙5の1,乙22)。


bは,3月22日の午前9時過ぎ頃から,別紙1⑧の食堂及び別紙1⑨の廊下あたりで,他の入所者とともに,支援員の対応の下で運動をしていたが,9時30分頃,尿失禁をした。この時,dは,bが靴下を履いていないことに気づき,午前10時頃,bの靴下が置いてある建物1階のM棟内の部屋に行った。(乙23,証人d)
bは,d支援員が靴下を取りに行った後,天使の扉から建物の外に出て(乙23,証人d),約1キロメートル(徒歩約13分)離れたショッピングセンターに行き,同センター内のドーナツ店で,陳列されていたドーナツを店員に無断で食べ,喉に詰まらせた(争いはない)。
上記ドーナツ店の店員は,上記bの状態に気づき,119番に通報した。そして,到着した救急隊は,bを手当てしたものの,心肺停止状態で(乙23,証人d),e病院に救急搬送したが,3月22日午後7時,窒息を原因とする低酸素脳症により死亡した(甲2,3)。
2
争点
被告の注意義務違反の有無


相当因果関係の有無



損害の発生及びその額

3
争点に対する当事者の主張


争点⑴(被告の注意義務違反の有無)

(原告の主張)

債務不履行責任(安全配慮義務違反)
安全配慮義務違反
被告は,施設サービス利用契約上,原告及びbに対し,入所利用者であるbに対して必要な保護を行って,bの生命及び身体の安全を確保するよう配慮する義務(安全配慮義務)を負う。
そのため,被告には,利用者の無断外出を防ぐために,正面玄関に通じる天使の扉を開けたままの状態にせず,かつ,天使の扉が開いている状態のときは,利用者が天使の扉から出て行かないよう利用者の行動を観察する義務があった。しかし,本件事故当日,aの職員は,天使の扉を開けたままにし,かつ,bの行動を観察していなかった。
したがって,被告には,安全配慮義務違反が認められる。
予見可能性
a
無断外出の予見可能性
bは,自閉症,知的障害及び双極性障害により多動傾向があり,普段から扉が開いている状態であればそこから外へ出ようとしていた。aの職員も,bがすぐにどこかに行ってしまうため,aの施設外での散歩の際には常にbと手をつないでいた。bの保護者も,施設に対し,毎年行われる保護者面談の際に,bが無断外出する可能性がある旨及びbが無断外出しないよう注意してほしい旨を繰り返し伝えていた。また,bは,本件事故当日,指先運動等に興味を示さず,繰り返し天使の扉の前に行き,職員に連れ戻されていた。加えて,午前9時30分には失禁し,精神的に不安定な状態にあった。
上記のbの特性,普段の様子及び本件事故当日の行動からすれば,被告の職員は,天使の扉が開いていればbがそこから外に出てしまうことを予見することができた。
なお,仮に本件事故当日,bが精神的に不安定な状態ではなく落ち着いた状態だったとしても,精神的に落ち着いていることで,一瞬の隙を見つけて無断で外に出る可能性はより高まるから,被告の職員には,bが無断で外に出ることについて予見可能性が認められる。

b
死亡の予見可能性
重度の知的障害者が施設外に出ると,交通事故等様々な原因で死亡する危険性が十分にある。
また,食べ物を喉に詰まらせて死亡することについても,bが普段から一度に多くの食べ物を詰め込んでしまう駆け込み食いの癖があること,aでも職員が食事を取り分けていたこと,bが他のa利用者の食べ物を盗食しようとしたことがあること,その際,aの職員が食べ物を喉に詰めると危険だと考えてbの口の中から食べ物を掻き出したことがあること,本件事故以前にaの施設を出て散歩した際,無断で職員から離れてコンビニエンスストアに入り,陳列されていたポテトチップスを食べたことがあることからすると,被告の職員は,bが自由に物を食べることができる状況の下では,駆け込み食いをして,食べ物を喉に詰まらせ,窒息することも予見することが可能であった。イ
不法行為責任
被告の職員が負う注意義務の内容及び注意義務違反は前記アのとおりである。そして,被告の職員の上記注意義務違反は被告の事業の執行についてなされたものであるから,被告は,上記注意義務違反について,使用者責任(民法715条)を負う。

(被告の主張)

債務不履行責任(安全配慮義務違反)
予見可能性について
a
外出の予見可能性
本件事故が発生する前,bには変わった様子はなかった。bは,本件事故の発生前に天使の扉の前に行くことがあったが,それは,普段から見られる行動であり,特別なものではなかった。bは,本件事故の発生前に無断で外に出ることはなかったこと,bの担当であるdがbから目を離したのは,数分の間であることからすれば,dが持ち場を離れたわずかな時間の間にbが天使の扉から外に出ていくことを予見することは不可能である。

b
死亡の予見可能性
被告の職員は,bがaの施設から外に出た後,短時間のうちに1km以上離れたショッピングセンターに行き,ドーナツを無断飲食して喉に詰まらせることを予見することは不可能であり,死亡についての予見可能性は認められない。
なお,bは,施設外で散歩をした際,離脱してコンビニエンスストアに行って菓子を食べたことはあるが,施設から外に出ていった本件とは事案が異なる上,上記の際には喉に食べ物を詰まらせてはいないから,やはり予見可能性は認められない。
安全配慮義務違反について
aでは,天使の扉以外の出入り口や窓等は全て施錠されており,天使の扉も施設内部からは鍵がなければ開けられず,かつ,オートロック式で自動で施錠されるようになっていた。
また,被告の職員は,男性職員は全員で男性利用者全員の行動を,女性職員は全員で女性利用者全員の行動を把握するように努めていた。bは,本件事故に至るまで施設から無断で外に出ることはなかったこと,dがbの側を離れた時間は,bの靴下をとりに行くために要した数分間のみであること,aの職員はbがいないことに気付いて直ちに捜索を開始したことも考慮すれば,被告は,無断外出防止のための安全配慮義務を尽くしていたといえる。

不法行為責任
前記アに同じ。



争点⑵(相当因果関係の有無)

(原告の主張)
被告の安全配慮義務違反ないし被告の職員の不法行為により,bは,aの施設から無断で外に出て,ショッピングセンター内の店舗でドーナツを喉に詰まらせて死亡したから,上記安全配慮義務違反ないし不法行為とb及び原告が被った後記⑶の損害との間には,相当因果関係が認められる。(被告の主張)
否認ないし争う。
無断で施設の外に出て,ショッピングセンターに行き,店員に無断で静止されることもなく商品を食べて喉に詰まらせて死亡するという機序は,施設から無断で外に出たことにより通常生じるものとはいえない。
したがって,注意義務違反とbの死亡との間には相当因果関係がない。⑶

争点⑶(損害の発生及びその額)

(原告の主張)

bに生じた損害

6663万3792円

bに生じた損害は以下のとおり,合計6663万3792円である。bの相続人は,原告及びbの父であるfであるが,fは,平成25年4月末頃,bの損害賠償請求権を原告に譲渡した(甲9)。
逸失利益
a
4163万3792円

命という根源的な価値に対しては法の下の平等が厳格に貫かれるべきであるから,生命侵害の損害賠償は定額化すべきである。したがって,逸失利益の算定に際しては,産業計・企業規模計・男女計・全年齢計の平均賃金を用いるべきであるところ,平成25年の同平均賃金は489万3200円である。bは死亡当時28歳であり,28歳から67歳までの稼働年数39年に対応するライプニッツ係数は17.0170である。また,生活費控除率は50%である。
そうすると,次の計算式のとおり,bの逸失利益は4163万3792円となる。
(計算式)489万3200円×(1-0.5)×17.0170=4163万3792円

b
bは,自閉症及びてんかんの疾病を有し,愛知県から知的障害者判定区分Aの判定を受け,障害者自立支援法による施設入所支援及び自立に向けた支援(発達支援を含む)を受ける権利又は法的利益を有していた。また,被告との間の施設サービス利用契約に基づき,施設入所支援及び発達支援等を受ける権利を有していた。さらに,bが死亡した日の前後には,改正障害者基本法の成立,障害者自立支援法の障害者総合支援法への改正,障害者雇用促進法の改正,障害者差別解消法の成立,障害者の権利条約の批准等が行われ,障害者をめぐる法的環境は劇的に変化していた。そのため,bは,将来,適切な自立支援(発達支援を含む)を受けることで,障害者差別が解消した社会において社会生活を営むことができる権利又は法的利益を有していた。bは,本件事故により,上記の権利又は法的利益を侵害されたから,本件事故によりbが被った損害の算定は,前記aの平均賃金を基礎として行うべきである。
b自身の慰謝料

2500万円

bの28歳という年齢を考慮すれば,慰謝料は2500万円を下らない。

原告固有の慰謝料

300万円

bが亡くなったことで原告が受けた精神的苦痛を考慮すれば,近親者である原告固有の慰謝料は300万円を下らない。

弁護士費用

690万円

原告は,本件訴訟を訴訟代理人弁護士に依頼したことによる弁護士費用690万円の損害を被った。

既払い金,損益相殺

400万2400円

原告は,被告が加入する保険から,損害保険金300万2400円及び弔慰金100万円の支払を受けた。

前記アないしウの合計額7653万3792円から,前記エの400万2400円を控除すると,7253万1392円となる。
したがって,原告は,被告に対し,7253万1392円の損害賠償請求権を有する。
(被告の主張)
否認ないし争う。

逸失利益について
原告は,bに就労の可能性があったことを前提として逸失利益を主張している。しかし,bには先天性の自閉症,知的障害及びてんかんの既往症があり,本件事故当時,愛知県から知的障害者判定区分Aの判定を受けて療育手帳を支給され(乙7の42),国民年金施行令別表の1級に該当する額の障害基礎年金も受領していた(乙16の2)。また,多動や尿失禁等の行動障害があり,簡単な日常用語以外での言語による意思疎通も不可能であった。このようなbの障害の程度からすると,当時28歳のbが,将来稼働して賃金センサスの平均賃金程度の収入を得る蓋然性はない。

障害基礎年金について
bが受給していた障害基礎年金は,無拠出制の年金であるから,障害基礎年金について逸失利益性は認められない。
また,障害基礎年金は受給者本人の生活保護のために支給されるもので,当該年金の全額がbの生活のために費消されていたから,仮に逸失利益性が認められるとしても,生活費控除率を10割とすべきである。


死亡慰謝料について
bは独身で,単身で障害者施設で生活していたこと,重度の知的障害を有していたこと,b自身の無断外出によって本件事故が発生していることからすれば,死亡慰謝料は,一般的な裁判基準より低額とすべきである。

原告固有の慰謝料について
原告がbと同居していたのは原告が16歳の時までである。それ以後は,a入所前までは月に1回程度,a入所後は3週間に1回程度,平成24年10月以降は月に1回程度しかbと面会しておらず,本件事故発生直前の1か月間,原告はbと面会していない。このような状況や原告とbの関係等からすれば,原告主張の原告固有の慰謝料は高額に過ぎ,認められないというべきである。
第3

当裁判所の判断

1
認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲10,12,14の1,15の1,16,33,乙2の1,乙4,5の1,2,乙7の2,13,15,27,39,42,乙8の3,乙9の1ないし8,乙10の1ないし27,乙11の1,2,乙15,22ないし24,証人g,証人d,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。⑴

aの施設の概要

職員及び利用者の状況
本件事故当時のaの入所定員は50名で,入所者は49名であった。また,職員数は49名であった。aの職員の勤務体制は,早番(午前7時から午後4時まで),日勤(午前9時から午後6時まで),遅番(午後0時30分から午後9時30分まで)及び夜勤(午後3時から午前9時30分まで)の交代制であった。(乙23,24,弁論の全趣旨)
aの利用者は知的障害者が主であり,ほとんどの者が愛知県の交付する知的障害者療育手帳の障害区分(ABCの3段階)でAと認定されていた。判定区分Aは,愛知県では最重度ないし重度とされるもので,IQ35以下又はIQ50以下かつ身体障害者福祉法に基づく障害等級の1ないし3級に該当する場合がこの区分となる。(乙15,22p1,証人g・p3,4,弁論の全趣旨)


設備の概要
aの設備の概要は,別紙1ないし4のとおりである。aの建物の出入口は,正面玄関に通じる天使の扉のほか,正面玄関に面した窓,東門に面した非常口,利用者専用の玄関等がある。M棟及びF棟の各部屋の窓及び非常口の鍵は電子錠であり,各夜勤室で管理されている。(乙5の1,2,乙11の1,2,乙22p2,3)
また,天使の扉は,オートロック式であり,施設の外側から開けることはできるものの,内側からはマスターキーがなければ開けることができない構造となっている(証人g・p5,6,証人d・p43)。

aにおける利用者の支援
aでは,職員(支援員)が利用者の食事,入浴,更衣等を支援し,利用者ごとに担当職員を決め,当該担当職員が個別支援計画の原案を作成し,サービス管理責任者等との会議を経て同計画を作成していた。職員は一人当たり4名ないし6名程度の利用者を担当するとともに,職員全員が,作成された個別支援計画の内容を確認し,月に1回会議を行って問題点を共有していた。また,起床・就寝状況,日中の活動状況,食事の状況及びトイレの状況等を記載したケース記録を作成して利用者の状況を把握するようにし,職員が勤務を交代する際には,記録及び口頭で引継ぎを行って交代した職員が利用者の状況を把握できるようにしていた。(乙10の1ないし27,乙22p1,2,乙23p1,3,証人g・p12,証人d・p2,3)



本件事故発生までの経緯

bがaに入所するまでの経緯
bは,昭和▲年▲月▲日生まれで(甲10),幼児期より言語発達の遅れがあり,昭和63年9月,自閉症及び精神遅滞との診断を受けた(甲16)。
bは,平成2年4月にh小学校特殊学級に入学し,平成7年にi養護学校に転入学し,平成14年に同校の高等部を卒業した(甲16,乙7の13)。
bは,養護学校卒業後,社会福祉法人jの知的障害者授産施設k
に通っていた(乙8の3,弁論の全趣旨)。
cは,平成17年当時,愛知県α郡に居住していたが,乳がんの治療の必要から,同年1月24日,aを訪れ,bの祖母と原告が暮らしているβ市内のaにbを入所させたい旨を伝えた。そこで,まずはショートステイでbをaに慣れさせることにした。(甲33p3,4,乙8の2,3,原告本人p6,7)
被告の職員は,cからbの状況を聴取し,面接記録にマンツーマンでの対応になる旨記載した。(乙8の3,弁論の全趣旨)

bと被告は,cを保護者として,平成18年7月26日に短期入所サービス契約を締結し(甲14の1),その後,平成19年3月1日に,障害者自立支援法に基づく指定知的障害者更生施設サービスについて施設サービス利用契約(甲15の1)を,同23年10月1日に,障害者自立支援法に基づく指定障害者支援施設サービスについて障害者支援施設サービス利用契約(乙7の2)をそれぞれ締結し,bは,本件事故で死亡するまでaで生活していた。


原告は,昭和54年8月28日生まれで(甲10),16歳になるまでは,f,c及びbと同居していたが,16歳の時にfとcが離婚したことを契機に,b及びcと別居することになった(甲33p2,原告本人p21,22)。
原告は,bと別居した後,月に1回程度bと会うなどし,bがaに入所した後は,3週間に1回程度,cとともに面会に行ったり,bとともに外出するなどしていた。原告は,cが体調を崩してからも,3週間ないし1か月に1回程度,bと面会するなどしていた。(原告本人p23ないし25)

bの障害の状況等
a入所前
a
bには,自閉症,知的障害,双極性気分障害及びてんかんの既往症があり,愛知県から,判定区分Aとして療育手帳の交付を受けていた。平成16年6月22日付けの国民年金の障害給付申請用の診断書では,最重度の知的障害があり,日常生活に常に援助が必要な状況であり,また,双極性障害を合併しており,気分の変動とともに尿便の失敗が増悪すること,言語表出は認められずコミュニケーションが成立しないこと,計算不能で買物も不能であること,月に1度のペースで躁状態となること,躁状態になると多動や興奮が著しくなり,睡眠障害も伴うため家庭での介護が困難な状態になること,てんかん発作は抗てんかん薬によってコントロールが良好であることなどが指摘されていた。日常生活能力の判定では,適切な食事摂取,身辺の清潔保持,金銭管理と買物,通院と服薬,他人との意思伝達及び対人関係,身辺の安全保持及び危機対応は,いずれもできないとされていた。(甲16,乙7の42)

b
cは,平成17年1月25日に被告の職員と面接した際,無断で外に出ていくことがあるため,自宅では出入ができる部分を全て施錠していること,特にハイな状態は要注意であり,外出時には少し目を離すと,どこかへ行ってしまう旨を伝えた(乙7の15)。
a入所後の状況

a
bには,多動,自傷及び対物加害という行動障害があった。多動については,歩き回る,女性の手を握るなどの行動が見られ,自傷については顔を掻き毟るなどの行動が見られ,対物加害については着衣を破るなどの行動が見られた。また,盗食,食事を掻き込む,過剰に水分や食べ物を摂取する,失禁するなどの行動も見られた。加えて,bは,トイレやご飯等の日常的に使用される言葉は理解していたものの,言葉を全て理解することは難しく,bが自身の行動の理由を説明することや,bに対して特定の行動を止めるよう言葉で伝えることは難しかった。上記の食事を掻き込むなどの行動が見られたため,aでは,bの食事の際,職員が食事を小鉢に一口分ずつ取り分けてbに与えたり,水を少しずつコップに入れて提供したりしていた。(乙9の1ないし8,乙10の1ないし27,乙23p1,2,証人g・p37,証人d・p4ないし7)
b
平成21年10月8日の保護者面談の際,dは,bが頻繁に尿失禁する旨を伝えたのに対し,cは,イライラが原因だと思う旨を伝えた。また,aの施設長であるgは,bが駆け込むように食べてしまうこと,食べ過ぎてしまうのでaの職員が食事を制御しなければならないこと,一度に食べてしまいげっぷをする際に嘔吐することがあることを伝えた。(乙7の39p1)

c
bは,前記aのとおり盗食が見られ,aの職員が見ていない隙に他の利用者のパンを盗食したことがあった。平成24年10月5日には,bが他の利用者のパンを盗食し,bがパンを詰まらせる可能性があったためにdがbの口内に手を入れてパンを全て掻き出すということがあった。(乙10の22p2,証人d・p40,41)
なお,bは,aに入所する前は食べ物を詰まらせたことはなかった(原告本人p11,12)。


本件事故発生前の無断外出等
bは,本件事故発生前にaの施設から無断で外に出たことはなかった。しかし,bは,平成22年11月28日,aの利用者全員で毎日行っていたaの施設外への散歩の際,無断で離脱して近隣のコンビニエンスストアに行き,ポテトチップスを無断で食べたことがあった。また,bは,散歩でaの施設外に出た際にコンビニエンスストアに向かおうとしたり,食べ物が売られている店に反応したりしたことがあった。もっとも,散歩中の無断での離脱は,上記の1回のみであった。(乙2の1,乙23p2,3,証人d・p8ないし10)
aの職員は,上記のようなbの行動から,施設外で散歩をする際は常に手をつなぐようにしていた(証人d・p10)。
また,cは,保護者面談の際,bが無断で外に出ないよう注意してほしいと要請していた(原告本人p9ないし11)。
aの施設内から施設外部の様子をう
かがうことができる場所であったため,bや他の利用者が施設外の様子や来所者の様子をうかがおうとして天使の扉の前に立っていることがよくあった。
また,bは,天使の扉を経由すれば施設外に出られることを理解しており,天使の扉から他の者が出る際に自身も一緒に出ようとしたことや,天使の扉が開いているときにそこから外に出ようとしたことがあった。もっとも,bが実際に天使の扉から出て行ったことはなかった。(証人g・p6,証人d・p10,11,15)


本件事故発生の経緯

本件事故当日までのbの行動等
本件事故の一週間前から当日までの間にbに見られた問題行動は,水飲み行動と尿失禁のみで,盗食行為等はなかった。(乙10の27p7ないし9)


本件事故発生時の状況
本件事故当日の勤務体制は,早番1名,日勤11名,遅番1名及び夜勤2名で,本件事故当時,12名の職員が勤務し,そのうち7名がbら利用者の対応に当たっていた。また,本件事故当時の施設利用者49名のうち,入院等をしていた者を除いた45名が,aの施設にいた。(乙4,24)
aではショートステイを提供しており,本件事故当日も数名の受け入れがあり,午前10時頃には1人を受け入れた(乙24,証人g・p28)。
dは,平成23年から本件事故当日までbを担当し,bについて個別支援計画の原案の作成,衣類や所持品の管理等を行っていた。dは,本件事故当日,日勤であり,夜勤明けの職員からbに関するケース記録と口頭での引継ぎを受けた。その際,dは,bについて,非常に落ち着いた状況であるとの引継ぎを受け,引継ぎ後,bの様子をみて,普段と異なっているとは感じなかった。(乙23p3,証人d・p2,3,12ないし14)
bは,本件事故前日の夜はよく眠り,起床後は朝食を取り,布団運びを手伝うなどした。
午前9時20分頃,bは,lの誘導で食堂及び作業部屋に移動した後,lが他の利用者を誘導している際,天使の扉の前に行き,他の職員に食堂まで誘導された。
午前9時25分頃,dを含む7名の職員が,食堂及び作業部屋において,bを含む利用者に対して指先運動を行わせた。bは,指先運動の際に立ち上がって天使の扉に行ったため,職員から食堂に誘導された。午前9時30分頃,bは,食堂で尿失禁し,lの誘導でM棟に移動して着替えを行った。bは,再び食堂に戻り,リズム運動ないしマット運動を行っていた。
bは,食堂での運動中に天使の扉の前に行き,職員に声を掛けられて食堂に誘導されるということを繰り返した。
(乙4p1,2,乙10の27p9)
aでは,利用者がリズム運動等を行っている間,担当職員は担当の利用者につきっきりになるわけではなく,男性職員は全員で男性利用者全員の行動を,女性職員は全員で女性利用者全員の行動を把握するようにし,本件事故当日も,同様であった(証人d・p33,34)。
午前9時50分頃,dは,bが靴下を履いていないことに気付き,他の利用者への対応が一段落した後,他の支援員に声掛けをした上で,M棟にあるbの衣類が保管されていた部屋に靴下を取りに行った。なお,aでは,この声掛けは特定の職員に対するものではなかった。dが最後にbを見たのは,運動が行われていた作業部屋,食堂とその間の廊下の周辺であった。また,食堂や作業部屋に残った支援員は4名ないし5名であった。(乙4,乙10の27p9,乙23p4,証人d・p19,32,33,46)。
dが靴下を取って食堂・作業部屋に戻ったところ,bの姿が確認できなかった。そこで,dを含むaの職員が施設内を探したが,bを見つけることはできなかった。(乙4,乙10の27p9,乙23p4,証人d・p16,17)
bの衣類が保管されていた部屋はリズム運動や指先運動を行っていた食堂・作業室からは25メートル程度の距離であった。dはbの衣類を管理しており,上記の部屋ですぐに靴下を見つけることができたため,dが靴下を取りにbの元を離れてから戻るまでに要した時間は数分程度であった。(乙5の1,2,乙11の1,証人d・p19ないし22,31)
dがbの下を離れてから食堂・作業部屋に戻ってくるまでの間,bがどこをどのように移動したのかについて,本件事故後に覚えていた者はおらず,bが天使の扉から出て行くところを見た者もいなかった。(証人g・p21,証人d・p35,36)
bは,aの建物から外に出て,約1キロメートル(徒歩約13分)離れたショッピングセンターまで移動し,同ショッピングセンター内のドーナツ店で,陳列されていたドーナツを店員に無断で食べ,ドーナツを喉に詰まらせた(前提事実⑵イ)。
同ドーナツ店の店員が119番通報をし,到着した救急隊がbの手当てをしたものの,心肺停止状態であった。
bは,e病院に救急搬送されたが,3月22日午後7時,窒息を原因とする低酸素脳症により死亡した(前提事実⑵イ)。⑷

aの安全管理体制等

施錠体制等
本件事故当時,aの利用者の居住空間では,天使の扉以外の出入口,扉及び窓は施錠され,bが外に出ることが可能な場所はなかった。また,天使の扉は,オートロック式であり,施設の外側から開けることはできるものの,内側からはマスターキーがなければ開けることができない構造となっていた。(証人g・p5,6,証人d・p43)


本件以前の施設利用者の無断外出
dがaに勤務し始めた平成20年10月頃から平成25年3月までに,b以外で利用者が無断で外に出たことが4回(人数は3名)あった。しかし,本件事故発生まで,無断外出による事故が発生したことはなかった。(乙22p3,証人d・p2,11)


本件事故以前の天使の扉の状況
天使の扉はaの施設内から施設外部の様子をうかがうことができる場所であったため,bや他の多くの利用者が,施設外の様子や来所者の様子をうかがおうとして天使の扉の前に行くことがあった。(乙22p3,証人g・p6)
天使の扉は,aの職員が施設への出入りに使用していた。また,建築業者等も施設への出入りに天使の扉を使用しており,aでは,業者に対し,天使の扉を施設の内側から開けることのできる鍵を交付することもあった。もっとも,本件事故当日,この鍵を交付された業者が存在したか否かは不明である。
aでは,天使の扉を開けた職員は背後に利用者がいないかどうかを確認して自らの手で閉めることにしており,aに出入りする業者に対しても閉め忘れがないように注意喚起をしていた。もっとも,このルールが守られていないケースがあった。(乙13の2,証人g・p22,23,33,37)
2
争点

について

原告は,被告ないし被告の職員には,利用者が無断で外に出るのを防ぐため,天使の扉を開けたままの状態にせず,かつ,天使の扉が開いている状態のときには利用者が天使の扉から出て行かないよう利用者の行動を観察する義務があったのに,本件事故当日,aの職員が天使の扉を開けたままにし,かつ,bの行動の観察も行わなかったとして,aの職員の上記行為について被告に債務不履行責任(安全配慮義務違反)ないし不法行為責任(使用者責任)が認められると主張する。
,職員以外にも建築業者等が出入
りに利用しており,aが業者に対して天使の扉の鍵を交付することもあったことからすると,本件事故当日も業者等が天使の扉を出入りに使用していた可能性があり,bが天使の扉を通ったときに天使の扉が開いていた原因がaの職員にあるのか,aに出入りしていた業者等にあるのかは明らかではなく,aの職員が天使の扉を開けたと認めるに足りる客観的な証拠はない。
また,前記認定事実⑶イのとおり,dがbから目を離したのは,bが靴下を履いていないのに気づき,M棟まで靴下を取り行ったためで,このようなdの行動は,合理的な理由に基づくもので,その時間も,数分程度のことであるから,dについて安全配慮義務違反ないし注意義務違反を認めることはできない。さらに,前記認定事実⑵オ及び⑷のとおり,本件事故当日,aの利用者の居住空間では,天使の扉以外の出入口,扉及び窓は施錠するなどされており,bが外出することが可能な場所はなかったこと,天使の扉は内側からはマスターキーがなければ開けることができず,利用者が施設内部から開けることはできなかったこと,外側からは開けることはできたものの,オートロック式になっており普段は閉まっていたこと,従前,bがaから無断で外に出たことはなく,利用者がaの施設から無断で外に出たのは,平成20年10月からの約4年半で4回(3名)だけであり,無断で外に出たことによる事故は起こっていないこと,aでは職員間で天使の扉の開け忘れがないよう注意し合い,業者にも出入りの際に注意するよう促していたこと,上記のdがbから目を離した理由や時間等からすると,d以外の他の職員が天使の扉の鍵が閉まっていなかったことを認識しうる状況にはなかったことに照らせば,d以外の他の職員が,天使の扉から外に出たbに気づかなかったとしても,それをもって,d以外の職員に安全配慮義務違反ないし注意義務違反があったとは認め難い。
したがって,本件事故について,被告ないし被告の職員に安全配慮義務違反ないし注意義務違反があったとはいえない。
3
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告は,被告に対し,債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求することはできない。
4
よって,原告の請求はいずれも理由がないので,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第4部

裁判長裁判官

末吉幹和
裁判官

村松教隆
裁判官

新田浩志
(別紙省略)

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