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事件番号平成30(う)161
裁判年月日平成31年3月13日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名長崎地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-13
情報公開日2019-04-19 16:00:12
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平成31年3月13日宣告

福岡高等裁判所第3刑事部判決

平成30年(う)第161号
殺人,現住建造物等放火被告事件
主文
本件各控訴をいずれも棄却する

理由
弁護人の控訴の趣意は原審主任弁護人大西由紀子作成の控訴趣意書並びに主任弁護人甲木真哉,弁護人船木誠一郎,同永松裕幹共同作成の控訴趣意書及び同補充書に,これに対する答弁は検察官古﨑孝司作成の答弁書及び答弁書2にそれぞれ記載のとおりであり,また,検察官の控訴の趣意は検察官岡田馨之朗作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は主任弁護人甲木真哉,弁護人船木誠一郎,同永松裕幹共同作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。第1

弁護人の控訴趣意(事実誤認)について

弁護人の論旨は,要するに,被告人は,A及びBを殺害し,A方家屋に放火した犯人ではないのに,被告人をこれらの犯人と認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。1
原判決の概要

原判決は,概ね次のように説示して,被告人が本件各殺人,現住建造物等放火の犯人であると認定した(以下,略称は原判決の表記に従う。)。
(1)

本件ガソリン缶に被告人の掌紋が付着していたこと(①の事実)

平成28年12月7日(以下,年月のない日は,平成28年12月のことで
ある。)午前8時頃,A方家屋南西角の漁網等が重ねて置いてある上に本件ガソリン缶が置いてあった。
イA方で発見されたA及びBの遺体付近からいずれもガソリン成分が検出されていることから,
犯人はAらの身体にガソリンをまいた上でA方に放火したと認め

られる。

本件放火において現にガソリンが用いられ,本件放火の約30分後にA方家
屋の南西角付近で本件ガソリン缶が発見されていることを考えると,本件ガソリン缶は,犯人が,本件放火の際に用いるガソリンを運搬するために使用し,ガソリンをまいた後に漁網等の上に放置したものと認められる。

本件ガソリン缶の側面下部には,被告人の右手小指球部の掌紋と一致する掌
紋が付着している。日常生活の中で他人が所有するガソリン携行缶に接触する機会はそれほど多くないと考えられ,本件ガソリン缶は,被告人が普段から使用していたと推認できる。

これらの事実を前提とすると,犯人が本件ガソリン缶を被告人方から盗み出
した等の特段の事情がない限り,被告人が犯人であると考えるのが自然であり,本件ガソリン缶に被告人の掌紋が付着していた事実は,被告人の犯人性を強く推認させる。
(2)本件ハスラーのブレーキペダルに被告人が使用する本件サンダルの足跡が付着していたこと(②の事実)

本件ハスラーは,7日午前0時47分及び午前3時36分にO前を通過して
いる。本件ハスラーはBが普段使用するものであるが,Bの受傷時期に関するC教授の解剖所見や普段のBの行動等からすると,O前を通過する本件ハスラーを運転していたのはBではなく,Bに対する殺害行為に及び,本件ハスラーの鍵を入手した犯人であると認められる。

本件ハスラーの荷台床面右奥にAの血液が付着していたこと,荷台床面及び
後部座席背もたれの広範囲からルミノール反応があったことなどを考えると,犯人が受傷したAを本件ハスラーの荷台に乗せたことも認められる。

本件ハスラーが,本件放火の際,A方家屋の南西角付近にハッチバック部分
を家屋に近付けて駐車した状態で発見されており,その際,給油口が開けられ,車内の相当箇所に着火ジェルが塗布されている状態であったことに照らすと,犯人は,

本件各犯行を遂行するために本件ハスラーを使用しており,その痕跡を消去するために,本件放火によりA方家屋とともに本件ハスラーも燃やそうとしていたと認められる。そうすると,本件ハスラーを最後に運転し,これを放置したのは犯人である。

関係証拠によれば,捜査機関が,10日に本件ハスラーのブレーキペダルか
ら採取した足跡痕は,平成29年1月27日に被告人方玄関で差し押さえられた本件サンダルにより印象されたものであること,この足跡痕が印象された後に,その上からブレーキペダルを踏んだということは考えられないことが認められる。オ
D警察官及びE警察官の各供述はいずれも信用でき,両供述によって認めら
れる被告人が逮捕されて警察署に連行される際の行動からすると,本件サンダルは,
被告人が日常的に使用していたと認められ,本件ハスラーのブレーキペダルに被告人が日常的に使用する本件サンダルの足跡が付着していたことが認められる。カ
以上によれば,犯人が,本件各犯行に先立って本件サンダルを入手し,これ
を履いて犯行に及んだなどの特段の事情がない限り,被告人が犯人であると考えるのが自然である。真犯人が被告人が犯人であることを装うために本件サンダルを盗み出したということは考え難く,犯人が本件各犯行に先立って本件サンダルを入手しなければならない理由が想定し難いのであり,本件ハスラーのブレーキペダルに被告人が日常的に使用する本件サンダルの足跡があった事実は,被告人の犯人性を非常に強く推認させる事情といえる。
(3)

被告人が本件バス停までFに迎えに来させたこと(③の事実)

犯人は,本件放火後,A方付近に駐車していた本件軽トラに乗車し,本件軽
トラを運転して,A方から南下し,さらに,O前よりも南に行ったことが認められる。

8日午前10時46分頃,P小学校の裏手の本件放置場所に放置されている
本件軽トラが発見されている。本件放火から本件軽トラが発見されるまでわずか1日余りであることを考えると,この間に,犯人が本件軽トラをいずれかの場所に放
置し,その本件軽トラを第三者が更に使用して本件放置場所に放置するということは通常考えられない。本件放置場所が全く人気のない場所であり,本件軽トラを隠匿するためにその場所に放置したと考えるのが自然であり,犯人が,本件放置場所に本件軽トラを放置したものと認められる。

Fは,7日にQ鉄工所に出勤すると,被告人から仕事をしなくてよいと言われたので,パチンコ店Rに向かった。午前9時30分頃にRに到着した際,被告人から『給料を取りに来てくれ』と言われて,Q鉄工所に向かった。Q鉄工所に向かう途中に,被告人から電話で本件バス停に来るように言われて,本件バス停に向かい,午前9時45分頃に本件バス停付近で被告人を自動車に乗せ,S橋付近まで被告人を送ったと供述する。Fの供述内容には,同人が虚偽の供述をしているとうかがわれるような不自然,不合理な部分は見当たらない。午前9時頃から午前9時36分頃までのFと被告人との間の携帯電話機による通話状況,Rの防犯カメラ映像ともよく整合している。被告人からの呼出しに応じた際に,被告人から未払給料の一部を受け取ったと述べ
る点は,7日にFから現金10万円を受領し,8日にそのうち5万円を銀行口座に入金した旨述べるFの妻Gの供述と整合している。Fは,平成29年1月27日に捜査機関に対し,上記と同様の供述をした旨述べている。その内容は,F自身が本件各犯行に関与していることを疑われかねないものであり,いくら被告人が既に逮捕されているとはいえ,そのような事実がなかったのに,自身が被告人の共犯者と疑
われかねないような虚偽の供述を行うとは通常考えられない。Fの供述内容は信用できる。

犯人は本件放置場所に本件軽トラを放置しているが,被告人は,犯人が本件
軽トラでO前を出発した時点からわずか1時間50分余りしか経過していない時点で,本件放置場所に程近い本件バス停にいたことになる。また,被告人は午前9時12分頃にQ鉄工所の事務所にいたことが確認されている。Q鉄工所から本件バス停までの距離が3km余りであり,徒歩での移動は考え難く,自転車等の乗り物を
用いた形跡もなく,本件バス停に向かう公共交通機関もないことからすると,被告人は自動車で本件バス停付近まで移動したと考えざるを得ないが,他の者が運転する自動車に乗車した形跡もうかがわれない。被告人が本件軽トラ以外の車両を運転して,本件バス停付近に向かったのであれば,本件バス停までFに迎えに来させる必要もないから,被告人は,本件放置場所に放置されていた本件軽トラを運転して本件バス停付近に向かったと考えるのが自然である。被告人が本件バス停までFを迎えに来させた事実は,被告人が犯人であることを強く推認させる事情といえる。(4)

Q鉄工所から押収された軍手にAの血液が付着していたこと(④の事実)
Q鉄工所の作業場内で押収された軍手のうちの1枚(本件軍手)につき,合計28か所の血液付着が認められ,そのうち25か所はAのみの血液であり,3か所からはAと被告人のDNA型が含まれる混合DNAが検出したことが認められ,本件軍手に付着したAの血液は,
犯人がAを鈍器で殴打した際に付着したものである可
能性が高い。そうすると,本件犯行時に飛散したAの血液が付着した可能性が高い本件軍手が,被告人が日常的に作業するQ鉄工所から押収されているから,この事
情は,被告人の犯人性を一定程度推認させる事情といえる。
(5)

本件各犯行後に被告人がインターネットで焼死ルミノール反応消し方の各文言を検索したこと(⑤の事実)ア
被告人は,7日午後4時頃,パソコンでウィキペディアの焼死に関する
ページを閲覧した後,
焼死
という文言を検索エンジンに入力して検索した事実,
9日午後に本件に関するニュースサイト等を閲覧した後,同日午後6時頃から,ルミノール反応の消し方が掲載されたインターネットサイトを複数閲覧した後,ルミノール反応消し方という文言を検索エンジンに入力し検索した事実が認めら
れる。
イ被告人は,ウィキペディアの焼死に関するページを閲覧した後,更に焼死という検索を行っていることからすると,単に興味本位で焼死を検索したものとは考え難く,このような検索等を行った時期が本件放火があった日であるこ
とも考えると,被告人が犯人であることを示す一事情といえる。

インターネットのニュースサイト等を見て,捜査手法等に興味を持つことは
一般人でも考えられないことではなく,ルミノール反応を検索すること自体はさほど不自然ではない。しかし,人血反応が出るような事態と無関係の人がルミノール反応消し方という検索をするとは直ちには考え難い。仮にルミノール反
応の消し方について興味を持つことがあったとしても,それに関するいくつかのインターネットサイトを見れば,その概略は判明するはずであり,その後も更にルミノール反応消し方という検索を行うとは考え難い。被告人がルミノール反応
の消し方に関するインターネットサイトを見た後も,ルミノール反応消し方
という検索を行っていることからすると,単なる興味本位によるものとは考えられず,ルミノール検査を行っても人血反応が出ないようにする必要に迫られて検索を行ったと考えるのが自然である。このような検索を行った時期が本件各殺人があった日の二,三日後であることも考えると,この事情も,被告人が犯人であることを示す一事情ということができる。
(6)

総合的評価


①及び②の各事実だけでも,被告人以外の者が犯人であったならば合理的に
説明をすることはできない。すなわち,①及び②の事実関係の下で,被告人以外の者が犯人であれば,犯人は,被告人方から本件ガソリン缶と本件サンダルを持ち出して本件各犯行に及んだ上,本件ガソリン缶をA方家屋の南西角に放置し,本件サンダルについては被告人が逮捕されるまでに被告人方に置いていなければならない。Q鉄工所に関係がない人物が犯人であるとすれば,本件ガソリン缶と本件サンダルをQ鉄工所や被告人方から盗み出して犯行に及んだことになるが,本件ガソリン缶はともかく,発覚する危険を冒してまで本件サンダルを被告人方から盗み出さなければならない合理的な理由は全く見出すことができない。そうすると,犯人は,本
件ガソリン缶と本件サンダルを比較的容易に持ち出すことができるQ鉄工所に関係する者に限定されることになるが,
犯人がH,であることは考えられないし,が,
IF
普段は被告人方勝手口にあり,
被告人が使っている本件サンダルをわざわざはいて,
本件各犯行を行うことは考え難い。以上のとおり,①及び②の各事実だけでも,被告人は本件各犯行の犯人であると推認できる。

次に,③の事実についても,被告人が犯人であることを強く推認させる事情
であり,被告人が本件各犯行の犯人であるとより強く推認できる。ウ
③の事実が認められる以上,これを否定する被告人の供述は虚偽供述という
ことになる。虚偽の供述を行った目的は自ら犯人であることを隠すことにあると考えるのが自然であり,被告人が本件各犯行の犯人であるとより強く推認できる事情といえる。

このほかにも,被告人が本件各犯行の犯人であることを示す事情と言える④
及び⑤の各事実があり,被告人にこれら①から⑤までの各事実が存在すること自体が,被告人以外のものが犯人であったならば合理的に説明をすることはできない事実関係ということもできる。検察官が主張するその余の間接事実について検討するまでもなく,被告人が本件各犯行の犯人であることが合理的な疑いを入れない程度に立証されているといえる。
2
当裁判所の判断

原判決が,①ないし⑤の各事実を認定した上で,これらの事実を総合すると,被告人が犯人でなければ合理的に説明することができないと判断し,被告人を本件各犯行の犯人であると認定したのは正当であり,また,原審弁護人の主張を排斥するところも,後に指摘する点を除き,概ね相当として是認することができ,その認定判断に論理則,
経験則等に違反する点はなく,
所論のいう事実誤認は認められない。
若干補足すると,①の事実のとおり,犯人は,被告人が使用する本件ガソリン缶を用いて,本件放火に及んだと認められ,犯人が,遅くとも本件放火の前に被告人方から本件ガソリン缶を盗み出したなどの特段の事情がない限り,被告人が犯人で
あると強く推認させる。また,②の事実のとおり,犯人は,被告人が日常的に使用していた本件サンダルをはいて,本件放火に及んだと認められ,犯人が,遅くとも
本件ハスラーに乗車する前に本件サンダルを被告人方から入手して本件放火に及び,かつ,犯行後被告人の逮捕前にこれを被告人方に戻したなどの特段の事情のない限り,被告人が犯人であると強く推認させる。そして,①及び②の事実に共通する特段の事情は,犯人が,遅くとも本件放火のためにA方に向かう本件ハスラーに乗車する前に,被告人方又はQ鉄工所から本件ガソリン缶及び本件サンダルを盗み出した上で,本件放火に及んだ後,本件ガソリン缶はA方に置いたままにし,本件サンダルは被告人の逮捕前に被告人方に戻すというものであるが,原判決が説示するように,本件ガソリン缶はともかく,本件サンダルについて,被告人以外の犯人が,わざわざ発覚する危険を冒してまで被告人方から盗み出さなければならない合理的
な理由を見出すことができず,この特段の事情を想定するのは極めて困難である。さらに,③の事実のとおり,被告人は,本件放置場所に程近い本件バス停までFに迎えに来させたことが認められるところ,原判決が説示するとおり,時間及び距離からみて,
被告人方から本件バス停までの交通手段は本件軽トラ以外に考え難く,被告人は本件軽トラを運転して本件放置場所に放置したと考えるのが自然である。
仮に,
被告人が,
その当時,
本件各犯行とは無関係に本件バス停にいたのであれば,
その理由や事情について説明することが極めて容易であるのに,被告人は,本件バス停にいた事実を単に否定するのみで,
その理由等について何の説明もしていない。
原判決も説示するように,極刑も予想される重大事案で,被告人が犯人ではないのに,本件バス停にいた理由を隠さなければならない事情というのは想定し難い。③
の事実から,被告人が本件軽トラを運転して本件放置場所に放置したと認められるが,被告人以外の者が犯人であるとすると,何故犯人ではない被告人が本件放火直後に本件軽トラを運転して本件放置場所に放置したのか,合理的に説明することはできない。
結局,被告人以外の者が犯人であるとすると,①ないし③の事実を合理的に説明
することは不可能といわざるを得ず,これらの事実だけでも被告人が犯人であると十分に認定することができる。

3
これに対し,弁護人の所論(当審における弁論を含む。)は,次のとおり,
被告人が本件各犯行の犯人であることに疑念を生じさせるような事情がある旨主張する。
(1)①の事実について
ア所論は,原判決は,真犯人が,被告人が犯人であるかのように装うために,本件ガソリン缶をQ鉄工所から盗んだ上,本件放火に利用し,A方家屋の南西角に放置した旨の原審弁護人の主張に対し,真犯人が被告人が犯人であるかのように装おうとするのであれば,端的にQ鉄工所から工具等を持ち出して,これを使って犯行を行った上,A方に放置すれば足りるはずであるのに,Aらの頭部を殴打した
鈍器はいまだ発見されていないことと整合しない旨説示したが,本件ハスラーを使用したと考えられる移動,本件放火の態様等からは,いわば殺人を犯してしまった者が,殺人後に初めて,相当な時間をかけて罪証隠滅工作を考え,これを行っていることがうかがえ,当初から周到な準備や計画の下に犯行が行われたとは認められないところ,被告人の下にあった鈍器を使用することは,計画的な犯行の場合に想
定されることであり,本件ではあり得ないから原判決の説示は誤っていると主張する。
確かに,所論のいうとおり,本件においては,当初から周到な準備や計画の下に各犯行が行われたのではなく,Aに対する殺害行為が開始された後,犯人が,相当時間をかけて罪証隠滅工作を含む事後の対応を考える中で,Bの殺害や本件放火を
行っていることがうかがえる。
しかし,は,
A
犯人から2度にわたって攻撃を受け,
1回目の攻撃で重傷を負い,火災発生時には死戦期にあり,瀕死の状態ながらも生きており,また,Bも火災発生時にはAと同様の状況であったから,Aに対する1回目の攻撃が開始された後でも,原判決のいうように,Q鉄工所から工具等を持ち出してA又はBに対する攻撃に及び,
これをA方に放置することは十分に可能であ

る。そして,所論が想定するように,被告人以外の犯人がAに対する1回目の攻撃に及んだ後,罪証隠滅工作を考え始め,被告人が犯人であることを装おうとした場
合,被告人の指掌紋等の痕跡が残っているか分からないのに,Q鉄工所から本件ガソリン缶を持ち出して,延焼の危険が極めて高いA方南西角に置き,また,現場に足跡が残るかどうか分からず,むしろ自分のDNA等の痕跡が残るかもしれないのに,被告人方から本件サンダルを持ち出し,これを履いて本件ハスラーを運転して本件放火に及んだ後,被告人方に戻すというのは,罪証隠滅の方法として,迂遠で効果のはっきりしないものといわざるを得ない。
むしろ,
原判決が説示するように,
Q鉄工所から工具等を持ち出して,A又はBに対する攻撃に及び,凶器にA又はBの血痕を付着させるなどして,A方に放置する方法をとるのが,最も簡明で端的である。この点の原判決の説示に誤りはない。


所論は,本件ガソリン缶の発見場所は,A方家屋南西角の比較的目立つ場所
であり,真犯人は,罪証隠滅工作を種々弄していると認められ,本件放火もその一環と考えられるのに,自ら持ち出した本件ガソリン缶を残しておくというのはいかにも不自然であり,自分と結びつかないと考えていたからこそ,現場に遺留したと考えるのが自然であり,本件ガソリン缶と犯人の結びつきは弱いと考えるのが自然であると主張する。
しかし,本件ガソリン缶が置かれていたのは,Aの遺体から約1mしか離れていない場所であって,原判決が説示するとおり,犯人は,Aの遺体周辺にガソリンをまいて燃やし,付近に置かれていた本件ハスラーについても,A方家屋の炎を延焼させて,同車ごと燃やして,それぞれ罪証隠滅を図ろうとしていたと認められる。
そうすると,本件ガソリン缶も,その置かれた位置関係から見て,犯人が,燃焼や熱によって証拠が残らないと考えて,その場に放置したと考えるのが自然である。確かに,①の事実だけ見れば,所論のいうように,犯人が,Q鉄工所から持ち出したもので,自分とは結びつかないと考えて,本件ガソリン缶を放置したと想定することも不可能ではないものの,②,③の事実も含め合理的に説明できるものでない
ことは前記のとおりである。
(2)

②の事実について

本件ハスラーと犯人との結びつきについて

所論は,原判決が,犯人が受傷したAを本件ハスラーの荷台に乗せた旨認定したことに対し,㋐Aの死因は,頭部外傷に基づく出血性ショック死とされており,頭部外傷に伴う出血は多量になるから,仮に,本件ハスラー荷台部にAが乗せられた状態で運転していたとすれば,時間の経過や車の揺れによってブルーシートから多量の血液が漏れると考えられるのに,本件ハスラーには血液そのものは複数の小さな範囲にしか付着しておらず,あまりに少量に過ぎること,㋑被告人が,Q鉄工所に瀕死のAを置いたままにしてA方に赴くという行為は,
被告人の家族や隣人から
Aが発見される危険があり,およそ考え難いことからすると,Aの身体はA方に元
からあり,犯人は,Aの血液が付着した凶器や衣服その他の物品を隠匿等する目的で,本件ハスラーの荷台に載せて運び,その出し入れの際などに血液が付着したと考えるほうが自然であると主張する。
しかし,
関係証拠によれば,の遺体の下には溶解したブルーシート片様の物が,A
Aの股間部付近にはブルーシート様の焼損物が,着衣の一部を取り除いた後の犬走
りコンクリート面にはブルーシートが存在したことが認められる。また,Aの背部等が接していた部分には着衣とひと塊になっていた青色ビニール片が,股間部付近にも同様に着衣とひと塊になっていた青色ビニール片がそれぞれ存在したところ,この二つの青色ビニール片を鑑定した結果,
ポリエチレン素材で,
外形も併せると,
ブルーシートと判断されたことが認められる。また,Aの前頸部に付着していた物
及びAの口腔内から採取した物を鑑定した結果,ポリエチレン素材の青色合成樹脂が溶融固化した物を含む焼損物であり,Aの遺体周辺のブルーシート片と明らかに相違する点は認められなかったというのである。これらによれば,Aの身体は,ブルーシートに包まれた状態で焼かれたと認められる。これに,本件ハスラーの荷台に,微細な青色ビニール片様のものが多数飛散しており,分析の結果,ポリエチレ
ン素材であり,その素材や形状からブルーシートの表面が剥離したものの可能性があると判断されたことに加え,原判決が説示するように,本件ハスラーの荷台床面右奥にAの血液が付着していたこと,荷台床面及び後部座席背もたれの広範囲からルミノール反応があったことを併せると,Aは,犯人から攻撃を受けた後,負傷し流血した状態でブルーシートに包まれて,本件ハスラーに乗せられ,A方に運ばれたと解するのが合理的であって,犯人がそのような行為に及んだのは,血液の漏出を防ぐためや,重傷を負った人を運搬していることを隠すためといった理由が考えられる。所論のいうように,Aの身体が元からA方にあったとすると,犯人が,何のためにわざわざブルーシートを準備して,Bの身体にはそのようなことをしていないのに,Aの身体だけを包んだのか,合理的に説明することが困難である。また,C教授の証言を含む関係証拠によれば,Aの頭部には,右側頭頭頂部に1
か所,右側頭部に2か所,後頭部に3か所の損傷が認められ,また,頸部には筋肉内出血が認められるところ,損傷個所の血液中の好中球の湿潤の有無から,Aは,まず,右側頭頭頂部を鈍器で殴打され,ほぼ同時期に頸部を圧迫され,その後別の機会に後頭部及び右側頭部を殴打されたと認められる。そうすると,所論指摘の㋐の点について,Aはこのように二度にわたって攻撃を受けており,1回目の攻撃を
受けてから本件ハスラーに乗せられるまで一定時間が経過したと考えられる上,ブルーシートに包まれて運ばれていることからすると,所論のいうような血液の付着状況が,それほど不自然とは思われない。㋑の点についても,Aは,1回目の攻撃によって,右側頭頭頂部の頭蓋骨が約5cm径で骨折し,硬膜が破れ,脳挫滅が生じ,脳実質が破壊されるほどの重傷を負うとともに,頸部を圧迫されたと認められ
る。犯人が,このような攻撃を受けたことにより,意識障害を起こして瀕死の状態のAについて,既に死亡したか,あるいは間もなく死亡するであろうと考えて,人目につかない場所に放置して,方に赴くことも,
A
それほど不自然とは思われない。

本件ハスラーと被告人との結びつきについて

所論は,原判決が,被告人が本件サンダルを日常的に使用していたと認定したことに対し,
㋐本件サンダルがQ鉄工所で使用されていたとすれば,
鉄くずの付着等,
使用に伴う痕跡や,被告人が使用していたとする痕跡が存在すると考えられるにもかかわらず,そのような痕跡がないこと,㋑被告人が通常使用していたサンダルのサイズがLサイズであるのに,本件サンダルのサイズがLLサイズであり,サイズが異なること,㋒被告人が犯人であるとすれば,本件サンダルの右足の甲の部分の外側には,
肉眼でも分かる程度の5mm×5mm大の円形上の血痕が付着しており,様々な罪証隠滅行為を図った犯人であれば,犯行当時使用していたサンダルをそのまま自宅勝手口に置いたままにしておくことも考え難いことから,本件サンダルは被告人が日常的に使用していたものではなく,真犯人が,被告人に嫌疑の目を向けさせるために,被告人方に置いた可能性を否定できないと主張する。しかし,
平成29年1月27日に被告人を自宅で逮捕して警察署に連行する際,被告人が自分の履物は勝手口にある旨言ったことから,警察官が勝手口から本件サンダルを取ってきて,玄関の土間に置いたところ,被告人が履こうした旨のD警察官及びE警察官の証言が,いずれも不自然,不合理な点は見当たらず,核心部分がよく整合しており,信用できることは,原判決が適切に説示するとおりである。なお,原判決は,被告人が逮捕される二,三日前に,見覚えがない本件サンダルが玄関に置いてあるのを見た旨の被告人の姉Iの証言について,特段言及していないものの,その信用性を認めず,上記D及びE両警察官の証言の信用性を覆すものとはいえないと判断したと解される。確かに,Iによれば,日中出勤するIが玄関に置いてある本件サンダルに気付いたというのに,基本的に在宅しているはずの母のHが全く気付いていないというのは,いかにも不自然である。しかも,Iによれ
ば,本件サンダルの押収の際,警察官が

サンダルだ。これだ

などと大声で騒いでいたというのに,
警察官に本件サンダルに見覚えがないことを全く伝えておらず,
むしろI自ら本件サンダルを示して,その状況の写真撮影に応じているのである。また,見覚えのない本件サンダルが押収されたことについて,後でHと話題にすることもしていない。さらに,平成29年3月にHが警察署で本件サンダルを見せら
れ,心当たりがないと言っていたのを聞きながら,Hにそのことを警察に説明するよう話をしなかったというのであって,考えと行動がちぐはぐである。Iの証言は,D,E両警察官の証言の信用性を覆すものとはいえない。原判決が,D,E両警察官の証言により,本件サンダルは被告人が日常的に使用していたものと認めた点に誤りはない。
この事実認定を前提にすると,被告人以外の者が犯人であるとすると,犯人は,被告人が犯人であることを装うために,遅くとも本件放火のためにA方に向かう本件ハスラーに乗車する前に,本件サンダルを被告人方から入手し,これを履いて本件ハスラーに乗車し,その後被告人方に戻さなければならないが,犯人において,確実に現場に足跡が残るか分からず,むしろ犯人自身のDNA等の痕跡も残るかもしれず,確実に被告人を犯人と装うことができるか明らかでないのに,わざわざ危
険を冒して被告人方から本件サンダルを持ち出す合理的な理由は考え難い。所論指摘の㋐の点について,本件サンダルの底面は使用に伴う汚れが認められるが,それ以上に所論のいうような鉄くず等の痕跡が確認されなかったからといって,不自然とはいえない。㋑の点について,原判決が説示するように,サンダルのサイズはメーカーによって様々であり,通常Lサイズのサンダルを使用する被告人が,本件サ
ンダルを日常的に使用していたとしても不自然とはいえない。
㋒の点について,警
J
察官によれば,光に当てる角度を少し変えることで認識できたとはいうものの,本件サンダル自体が黒色なので,血液の付着は分かりづらい旨も述べており,被告人が,血液の付着に気付かず,外形上特に問題ないと判断して,捨てるなどの罪証隠滅をしなかったとしても,不自然とはいえない。所論はいずれも被告人が本件サン
ダルを日常的に使用していた旨の原判決の事実認定に影響を与えるものとはいえない。
(3)

③の事実について

ア所論は,次のような事情からすると,Fの証言は信用できないと主張する。すなわち,㋐Fの証言によれば,被告人は7日午前9時45分頃には本件バス停付近にいたことになるが,被告人は,同日午前9時12分頃自宅にいたことが確認されており,被告人が犯人であれば,人目に付きにくい放置場所を探して本件軽トラを放置し,その後本件バス停に移動したことになり,これらの行為を最大40分程度で完了したというのは不自然である。㋑被告人が本件軽トラを本件放置場所に放置したとすると,一旦被告人方付近に本件軽トラを停めていたことになるが,停める際にも,再度乗り込む際にも,自宅近くを運転している際にも,家族等から見られたりする可能性があるし,一旦停めている間に本件軽トラ自体が発見される可能性がある。
㋒被告人が,
インターネットでバスの時刻表をチェックしていたとすれば,
バスで帰ってくることが難しいことを把握していたのに,泥縄的にFに電話して本件バス停に迎えに来させること自体不自然である。㋓わざわざFに迎えに来させたのに,Q鉄工所まで送らせるのではなく,S橋近くで降ろさせているのも不可解で
ある。㋔被告人が,本件軽トラックを放置するためにQ鉄工所を出たときから,Fに渡すべき給料11万円を持参していたというのも不自然である。㋕被告人は,午前9時27分から40分までの間,複数回顧客と電話をしているが,正に本件軽トラを放置していたことになる時間帯である。㋖Fは,実際には真犯人をバス停に迎えに行っており,その真犯人と被告人をすり替えて供述している可能性がある。
しかし,Fの証言は,原判決が適切に説示するように,Fと被告人との間の通話履歴や,Rの防犯カメラの映像とよく整合していることに加え,被告人から給料の一部として11万円を受け取ったと述べる点も,妻の供述に整合していることからすると,信用性が高いと認められる。所論指摘の㋐の点について,被告人の自宅から放置場所までは約3.2kmと比較的近距離であり,本件軽トラを利用した場合に
それほど時間がかかるとは思われない。㋑の点について,被告人方周辺に,人目につかず,本件軽トラを一時的に置いておくことのできる場所が全くなかったことはうかがわれない。㋒の点について,被告人が,犯行後,家族に不在を不審に思われないよう,本件軽トラに乗って自宅に帰ってきたものの,早く本件軽トラをどこかに置かないと自分に疑いがかかってしまうので,どこに本件軽トラを移動させ,そ
こからどうやって帰宅するかを考え,午前8時59分頃にインターネットでバスの時刻表を調べたが,バスの利用は難しいことが分かり,結局,給料をもらいたがっていたFを利用することとし,
自宅近くに一時的に置いていた本件軽トラに乗って,
本件放置場所に赴き,
その間にFに連絡を取って,
迎えに来てもらったと考えられ,
このようないきさつは,かなり行き当たりばったりとはいえ,特段不自然とはいえない。㋓の点について,家族に外出を気づかれないように密かに帰宅しようとしたと考えれば,不自然ではない。㋔の点について,Fから給料を求める電話を受け,給料を受け取りに来いと言えば,迎えに来てくれると思い,準備したと考えれば,不自然ではない。㋕の点について,被告人は,Kからの午前9時18分,午前9時19分,午前9時21分の電話に出ることができず,午前9時27分にようやく出ることができており,本件軽トラを運転して本件放置場所において放置する前後,手
の空いた時に電話に出たと考えれば,不自然ではない。㋖の点について,被告人から複数回電話連絡を受けて,迎えに行った旨のFの証言は,携帯電話の通話履歴に極めてよく整合しており,被告人以外の第三者が関与しているような形跡は全くうかがえない。

所論は,Fは,被告人の指示で,壊れたエンジンをAの漁船Tに載せたが,
そのことをAに黙っておくよう言われたと証言するところ,漁船のエンジンを載せ替える際は,操舵室の屋根を外し,載せ替え後は元に戻す必要があり,本件でもこのような処理が行われているが,そうであれば,毎日のようにQ鉄工所を訪れて作業をしていたAが,エンジンが搭載されたことを前提に操舵室の屋根が取り付けられたことに気づかないわけがなく,そもそもエンジンを搭載したことをAに隠して
おくことはできないと主張する。
しかし,関係証拠によれば,Aは,するめいかのシーズンが12月から始まることから,その前には漁船Tのエンジン換装を終えるつもりであり,Q鉄工所の作業が遅い旨の不満を妻のLや義兄のMらに漏らしていたが,
5日に漁協で給油した際
には,漁協の職員に

預けていた船のエンジン換装がもうすぐ終わる。だからぼちぼち漁に出らないかん

と述べていたことが認められる。このように,Aは,Q鉄工所のエンジン換装作業が遅いながらも,進んでいることを前提に行動していると認められる。Fが,壊れたエンジンを載せた後も,Aから,壊れたエンジンであれば必要のない,エンジンと油圧クラッチをつなぐカウンターという部品を取り寄せるよう頼まれたことや,3日にAから,作業が遅いから,翌日曜も出勤してくれと言われたことを証言している点は,このAの行動とよく整合しており,十分信用できる。そして,Fが,壊れたエンジンを漁船Tに載せる際,被告人からAから早くエンジンを載せてくれって言われたからと説明された旨証言していることからすると,被告人が,作業を早く進めるよう催促するAに対し,早晩発覚することにはなるものの,作業が順調に進んでいることを取り繕うため,Fに対し,壊れたエンジンを漁船Tに載せるよう指示し,修理が完了したエンジンであるかのように装って漁
船Tに搭載し,そのことをAに黙っておくよう伝えたと考えられ,Aが当初被告人の説明を鵜呑みにして,修理が完了したエンジンが搭載されたと信じたことは何ら不自然ではない。所論は,Fの証言の信用性に影響を及ぼさない。(4)

④の事実について

所論は,原判決が,本件軍手に付着したAの血液は,犯人がAを鈍器で殴打した際に付着したものである可能性が高く,
本件軍手がQ鉄工所から発見された事実は,
被告人の犯人性を一定程度推認させる事情といえる旨説示するのに対し,㋐被告人が犯人であるとして,犯行時使用していた本件軍手について,そのまま放置していたとは考え難く,むしろ,犯人が捜査機関の疑いを被告人に向けるために後に工場内に持ち込んだ可能性を示している,㋑返り血が付着した衣服等が一切見つかって
いないにもかかわらず,軍手だけがQ鉄工所から発見されたことや,一双の軍手の一つだけに血液が付着していることも考え難いなどと主張する。
しかし,㋐の点について,本件軍手は,これを差し押さえたN警察官によれば,さびなのか血痕なのか分からないが,
赤茶に汚れていたとしており,
写真を見ても,
明確に血痕が付着していると判断できるものではないから,被告人が,本件の痕跡
が残っているものと考えずに,そのままQ鉄工所内に放置したことが不合理とはいえない。また,真犯人が犯行に用いた本件軍手をQ鉄工所内に持ち込むことは,真犯人自身の痕跡が残る可能性が高く,考えにくいことは,本件サンダルと同様である。㋑の点についても,被告人が,返り血が付着した衣服等は処分したものの,一見して血痕が付着しているとは判断できない本件軍手が処分されずに残ったと考えれば,それほど不自然なこととは思われない。
(5)

その余の所論について

ア所論は,被告人が犯人であるとすると,Bと接点を有しないにもかかわらず,Bを殺害した点が不自然であると主張する。
しかし,後記第2において検討するとおり,Aに攻撃を加えて瀕死の状態にした事後の対応に思い悩む中,何らかの事情で被告人がA方に向かい,A方でBと遭遇することとなり,突発的にBへの攻撃に及んだ可能性を否定できず,そのようないきさつが不自然とはいえない。

所論は,被告人が犯人であるとすると,明るくなって活動する人も多くなる
午前7時30分まで待って本件放火に及んだ点が不自然であると主張する。しかし,被告人が,A及びBを放置したA方を完全に燃やして徹底的に罪証隠滅をするため,畳や床板を外したり,ガソリンや灯油を散布したりする作業をぎりぎりまで行ったと考えると,この点が特に不自然とはいえない。

所論は,U株式会社において,Oに設置された防犯カメラ画像を鮮明化する
作業を行ったところ,7日午前7時51分頃その駐車場で本件軽トラに乗っている男性について,㋐本件当時被告人がたくわえていた濃いあごひげのようなものを確認することができないこと,㋑男性が口にくわえているたばこ様の物は,白色の鮮明な棒状のものであり,紙巻きたばこと比してやや長めで,口にくわえ続けたままの状態でおり,たばこが燃焼したり,燃焼によって短くなっている様子もうかがえないことから,電子たばこと考えられるのに,被告人は白色電子たばこを所持していないことから,被告人はこの防犯カメラの男性ではないと主張する。
しかし,㋐の点について,鮮明化されたという防犯カメラの映像を見ても,乗員の顔貌の特徴を読み取れるものではなく,同男性にあごひげがないとまで認めることはできない。㋑の点について,所論の指摘を考慮しても,防犯カメラの映像上,男性が口にくわえているのが,白色の電子たばこと断定できるものではなく,通常の火の付いていない白色たばこで,男性がライターを探しているようにも見えるところである。防犯カメラの映像からは,男性が誰であるか特定や絞り込みには至らず,被告人でないことを示すとはいえない。前記のとおり,原判決は,①ないし⑤の複数の間接事実から,被告人が本件各犯行の犯人であると認定しているところ,とりわけ①ないし③の各事実を総合した場合の被告人の犯人性を推認させる力は非常に強いことからすると,所論指摘の防犯カメラの映像が明確に被告人が犯人ではないことを示すといえるものでない以上,原判決の事実認定に合理的な疑いを生じ
させるものとはいえない。
エ所論は,7日午前1時4分から11分頃まで,Q鉄工所事務室内のパソコンが操作されているが,その内容が,ユニフォームについてのホームページやフェイスブック等であり,およそ殺人を敢行した者が検索するような内容ではなく,被告人が犯人であると不自然であると主張するが,犯人が,犯行の合間に犯行とは無関
係のインターネット検索等を行ったからといって,特に不自然とはいえない。オ
所論は,被告人が犯人であるとすると,被告人が乗った本件軽トラが7日午
前7時51分にO前に一時停車したのに,被告人が午前8時頃に自宅の2階にいたと考えるのは無理があると主張する。
この点,原判決は,O前からV入口までの交通量はそれほど多くなく,被告人が交通法規を無視した運転を行い,被告人方近くに本件軽トラを駐車させて被告人方に向かい,外階段を利用するなどして被告人方2階に行けば,午前8時頃に被告人方2階から階段で降りていくことは十分可能であると説示する。しかし,交通法規を無視して運転したとしても,O前から被告人の自宅まで約9kmあるのに,約9分間で,本件軽トラを人目につかないところに止めた上で,外階段を利用して被告
人方2階に行くのは,所論のいうようにやや無理があるように思われる。もっとも,原判決は明確な判断を示していないものの,午前8時頃に被告人が在宅していたことの認定根拠としたとみられる午前8時頃,2階から被告人の部屋のドアが開いて階段を降りてくる音が聞こえた旨のIの証言は,それほど信用性の高いものとはいえない。すなわち,Iは,出かける前に被告人の在宅を認識したかについて,被告人が逮捕された当初は,洗面所で顔を洗っているときに音を聞いたかもしれない玄関を出るとき,階段の途中にあるのれんからのぞく足元を見たかもしれない足跡を聞いたのなら姿を見たはずだなどと,現に被告人を見たとか足音を聞いたとかという明確な説明をせず,概ね推測に基づく供述しかしていなかったのに,原審公判廷では,被告人が夜中に作業をしていたのを知っていたので,朝起きてくるか心配しており,私が出るまでに被告人が下りてこなかったら,出る間際にでも母にもう1回起こせばと言おうと思っていたら,被告人の部屋のドアが開いて,下りてくる足音を聞いたので,安心して玄関から出たなどと,その際の自分の心情の変化も併せて,足音を聞いたと具体的かつ明確な説明に変わっている。しかも,Iは,7日朝に被告人の足音を聞いたと断言できる理由やその際の心情について,深夜に作業していた弟が起きてくるかどうかすごく気になったので,音を聞いて起きたということで印象に残っている旨述べる一方,明け方まで作業するなら,それは被告人が決めるところだから,何時まで作業するのかは心配にはならなかった翌朝の仕事に響くかについて,自営業なので時間はどうにでもなると思っていたなどとも述べており,説明が一貫していない。さらに,Hによれば,午前8時11分の時点で,まだ被告人が寝ていると認識していたもの
で,Iの供述は,Hの供述と整合しない。Iは,今でも被告人が犯人ではないと信じている旨述べており,本件サンダルについてと同様,被告人をかばうためにうその証言をしたり,そうでなくても,もともとの記憶は曖昧である中,時間が経過するにつれて自分に都合のよい事実関係を思い込んだりした可能性がある。このように見てくると,前記のとおり,Iの供述はそれほど信用性が高いものとはいえない。前
記のとおり,本件において被告人の犯人性を推認させる力は非常に強いことからすると,Iの証言は,これらの推認を覆すことができるほど信用性が高いものとは認められず,原判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせるものとはいえず,所論はその前提を欠く。
4
以上のとおりであって,その他所論がるる主張するところにかんがみ,更に
記録を調査検討しても,被告人を本件各犯行の犯人であると認めた原判決の事実認定に誤りは認められない。
弁護人の論旨には理由がない。
第2

検察官の控訴趣意(量刑不当)について

検察官の論旨は,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は,死刑を選択しなかった点で軽きに失するというのである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。1本件は,被告人が,(1)A(当時65歳)に対し,殺意をもって,その頭部を鈍器を用いて複数回殴打するなどの暴行を加え,A方において,同人を頭部外傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害し,(2)Aの娘であるB(当時32歳)に対し,殺意をもって,その頭部を鈍器を用いて複数回殴打するなどの暴行を加え,
A方において,を頭部外傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害し,B
(3)A
及びBを殺害した罪証を隠滅するため,Lが現に住居に使用するA方に火を放ち,全焼させて焼損した事案である。
2
(1)

原判決の量刑判断
原判決は,まず,A殺害の時間,場所等について,次のとおり判断した。
ア6日午後5時17分にAの携帯電話からLの携帯電話に試運転終わったよかたずけするから帰り遅くなりそうのメールは,句点を用いないというA独特の癖があらわれていることや,Lの返信に対し,犯人がお疲れさまでしたよかったよと再送信をするとは考えにくいことから,A自ら作成した可能性が高い。このメールの試運転がエンジンの試運転そのものを指すとは限らず,例えば試運転に向けた作業等の意味合いで用いている可能性も否定できないし,Aが被告人からエンジンの試運転が完了した旨聞かされてだまされていた可能性もある。メールに試運転おわったよと書かれている事実からAがメールを送信した可能性を否定できるものではない。

A方の板の間の棚の携帯電話機の充電器付近からAの携帯電話が発見されて
いることは,少なくとも1度はAが帰宅していることを示している。ウ
Aは,エンジン換装作業を急ぐため6日の夜間までQ鉄工所で作業を行って
いた可能性が否定できないから,犯人がAに対して殺害行為に及んだ時間は必ずしも特定できない。また,犯人が,作業直後にAと一緒に本件軽トラで移動した後に殺害行為に及んだ可能性があり,A殺害の場所も特定できない。
(2)原判決は,この判断を前提に,次のように説示して,被告人を無期懲役に処した。

2名の尊い生命が失われたという結果の重大性をまず考慮すべきである。被
害者両名がそれぞれに充実した生活を送っていたにもかかわらず,突然犯行に遭遇し,その生命等を一瞬にして奪われたもので,それぞれの無念さは察するに余りある。遺族らの悲しみは大きく,非常に峻烈な処罰感情を述べている。イ
Aに対する殺害態様は,鈍器を用いて少なくとも6回は頭部を殴打したとい
うものであり,頭蓋骨が3か所骨折して複数個所に脳挫傷が生じ,1か所は脳挫滅にまで至っており,非常に強い力で頭部を殴打していることが認められる。人が死亡する可能性が高い危険な行為態様であるとともに,Aに対しては2回に分けて殴打行為が行われていることも考えると,確実に殺害しようとした執拗な犯行態様といえる。また,Bに対する殺害態様は,鈍器を用いて少なくとも11回は頭部を殴打したというものであり,頭蓋骨が8か所骨折していることを考えると,Aに対するものと同様,非常に強い力で頭部を殴打していることが認められ,人が死亡する可能性が高い危険な行為態様であり,執拗かつ残虐である。

被告人は,本件の各殺人の犯行後,Aらの身体にガソリンをまいて焼くこと
で同人らを殺害した証拠等を残さないようにするとともに,A方を燃やすことで本件各殺人の罪証隠滅を図っている。また,自身がAを殺害したことが発覚しないように,漁船Tに壊れたエンジンを載せていた事実を隠ぺいし,Aの殺害について自身が関係ないように装うため,本件各犯行直後に中古エンジンを発注するなどしており,犯行後の行動も悪質である。

現住建造物等放火の犯行も見ると,A方家屋内に倒れていたBにガソリンを
まいているほか,A方家屋のすぐ近くに倒れていたAにもガソリンをまき,A方家屋の多くの場所に灯油をまくなどし,さらに,A方家屋全体に火が回るように畳や床板をずらすなどもしており,A方家屋全体が全焼する危険が大きい犯行態様である。現にA方家屋は全焼するなど,その被害も相当に大きい。

加えて,被告人は,本件犯行について身に覚えがないなどと虚偽の供述を行
っており,その態度からは反省の態度や謝罪の姿勢は全くうかがうことができず,更生可能性という面についても否定的に考えざるを得ない。

しかし,A殺害について,被告人が,Aからエンジン換装作業を依頼されて
いたにもかかわらず,6日の時点でも壊れたエンジンを載せていたこと,Aはその事実を全く知らず,12月初め頃になっても漁船Tのエンジン換装作業が完了しないことに不満を持っていたことなどが認められ,被告人がAを殺害する契機となったのが,漁船Tのエンジン換装作業の遅れにあることは明らかである。検察官は,被告人がAをだまし続けることができない事態に陥り,Aの殺害を選択した旨主張しているが,6日の時点でも漁船Tに壊れたエンジンしか載っていなかったことが発覚したため,Aとの間で口論となり,被告人が怒気にまかせてAを鈍器で殴打し
た可能性も否定することはできず,この検察官の主張は採用することができない。キ検察官は,Bの殺害は,被告人が,Aを殺害した犯人として疑われるおそれが大きかったため,その発覚を防ぐためBを殺害したと考えられる旨主張する。しかし,被告人がBを殺害したところで,翌朝にはBが殺害されていることは明らかになるはずであり,Aらを殺害したことが発覚するまで数時間程度の時間が稼げるに
すぎず,
被告人がAの殺害を隠ぺいする上でそれほど状況が好転するものでもない。被告人が,A方の部屋の間取りや造りが分からず,Bに逃げられたり,あるいは近隣住民に気付かれたりする危険も相当程度考えられるA方に侵入してまでBを殺害しようとするとは考えにくい。被告人がA方に向かった時点で,Bを殺害し,A方に放火して罪証隠滅を図ろうと考えていたということも考え得るが,鈍器で頭部を殴打され意識障害がある状態のAを放置して,A方に向かったとする点を合理的に説明することができない。検察官の主張は採用できず,被告人が漁船Tのエンジン換装作業に関する書類等を回収しようと考えるなど,
何らかの事情でA方に向かい,
密かに侵入したところ,A方でBと遭遇することとなり,突発的にBを鈍器で殴打した可能性も否定できない。

以上のとおり,本件各殺人については,それぞれ突発的に犯行が行われた可
能性が否定できないのであり,また,現住建造物等放火罪も,死刑を選択する決め手になるほどの高い違法性が認められるわけでもない。被告人に対し,人間の存在の根源である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑である死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは認められない。他方,被告人に対する刑を有期懲役刑とする余地はなく,無期懲役が相当である。

3
当裁判所の判断

前記2の(1)のA殺害の時間,場所等については,検察官のいうよう,Aを殺害しようとする行為は,遅くとも,被告人がB殺害前に本件軽トラでA方に向けて出発するまでに,Q鉄工所において行われたと認められ,この点に関する原判決の判断は是認できない。しかし,この認定を前提にしても,原判決の量刑判断は,犯行の結果,犯行態様等についての評価に加え,A及びBの殺害が突発的に行われた可能性が否定できないと判断している点を含め,不合理とはいえず,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑に裁量の範囲を逸脱した違法はない。以下,検察官の所論にかんがみ,補足して説明する。
(1)A殺害の時間,場所について

所論は,Aを殺害しようとする行為は,遅くとも,被告人がB殺害前に本件軽トラでA方に向けて出発するまでに,Q鉄工所において行われたと主張する(所論において,6日午後5時17分のメールはAが送信したものではないとの主張はされていない。)。
そこで,検討すると,まず,関係証拠によれば,被告人は,①7日午前0時47分以前にA方に赴いて,Bの殺害に及び,②A方から本件ハスラーに乗って,7日午前0時47分にO前を南下して自宅に向かい,
③自宅から本件ハスラーに乗って,
同日午前3時36分にO前を北上してA方に向かい,本件放火に及び,④A方から本件軽トラに乗って,同日午前7時50分頃にO前駐車場に進入した後,南下して自宅に向かったことが認められる。そして,①の交通手段は,本件軽トラ以外には考えられず,遅くともその頃までにはAに対する1回目の攻撃に及び,本件軽トラ
の占有を取得したと考えられる。その上で,Aは,攻撃を受け,意識障害を起こして瀕死の状態でブルーシートに包まれるなどして,A方以外の場所からA方に本件ハスラーで運搬されたと認められるところ,の遺体には,
A
ヤッケが着用され,が
A
通常油系の作業をする際に使っていたと認められる青いゴム手袋がはめられた状態であったことからすると,Q鉄工所での作業中に攻撃を受けたと考えるのが合理的
である。そうすると,所論のいうように,Aへの攻撃は,遅くとも,①の被告人が本件軽トラでA方に向けて出発するまでに,Q鉄工所において行われたと認定するのが相当である。
この点,原判決は,A方の板の間の棚の携帯電話機の充電器付近からAの携帯電話が発見されていることは,少なくとも1度はAが帰宅していることを示している
と説示する。しかし,Aが一旦A方に帰ったのであれば,午後5時40分頃にA方に帰宅したと考えられるBと出会っているはずなのに,午後7時40分にBが親戚と電話した際,パパはまだ帰ってきていないと言ったというのである。なお,Bが帰宅する前に,Aが一旦帰宅し,携帯電話を置いて再び外出したのであれば,午後5時17分にその携帯電話からL宛てにまだ外出先にいることを前提にしたメ
ールがなされていることを合理的に説明することができない。また,午後8時28分にもAの携帯電話からBにメールがされていることから,
この時点でもAは帰宅
していなかったと考えるのが合理的である。そして,それ以降にAが帰宅したというのであれば,AがA方以外の場所で攻撃を受けて本件ハスラーでA方に運ばれたことからすると,帰宅後再び外出したと考えることになるが,そのような痕跡は全くない上,Aの遺体にヤッケが着用され,ゴム手袋がはめられていたことと整合しない。原判決がその判断の根拠にした,Aの携帯電話がA方4畳大の板の間から発見されたことについても,Aの携帯電話が,いつもとは異なり,開かれた状態で置かれていたことや,発見場所がBの遺体が発見された6畳居間とつながっていることからすると,所論のいうように,被告人が,Bを殺害した際やガソリン等をまく際に,罪証隠滅のために携帯電話を置いたことも十分に考えられるところであり,
Aが一旦自宅に帰ったことの決め手になるものではない。原判決の上記判断は,これらの事実関係を十分に説明できるものではなく,不合理といわざるを得ない。原判決は,また,被告人が,作業直後にAと一緒に本件軽トラで移動した後に殺害行為に及んだ可能性があり,A殺害の場所を特定できないと説示する。しかし,これまでAは作業後直ちに帰宅していたもので,
被告人とAが一緒に本件軽トラで

移動する理由は容易には想定できない。また,Aの遺体には,青いゴム手袋がはめられており,Lによれば,Aは,重油等の油を使う作業をする際に青いゴム手袋を使用しており,外出時や帰宅時にははめていなかったというのであるから,Aが,ゴム手袋をはめたまま,本件軽トラに乗ったとは考え難い。さらに,漁船Tが係留されていたQ鉄工所以外の場所で,夜間に被告人と一緒に移動してゴム手袋をはめ
た作業をすることも考えにくい。原判決の説示は,これらの事実関係を十分に説明できるものではなく,不合理といわざるを得ない。原判決のこれらの判断は是認できない。
(2)

Aの殺害について

以上のように,Aへの攻撃は,遅くとも,被告人が本件軽トラでA方に向けて出発するまでに,Q鉄工所において行われたと認定できるが,これを前提にしても,Aの殺害について,エンジン換装の遅れからAとトラブルになり,口論の上,突発的にAの殺害に及んだことは否定できない。
若干補足すると,解剖所見によれば,Aの遺体には,右頬部及び左頬部に,筋肉内出血はあるものの,骨折を伴わない損傷が認められ,作用した成傷器は柔らかい鈍体も考えられるというのであり,C教授も,頭にある傷と性状が違うので別の物が作用しているのではないか柔らかい,例えば手などであればこの顔の傷ができるのではないかなどと述べているところであり,素手で殴ることが想定される。このような解剖所見は,被告人が,Aと口論等の末,最初はAの顔面を素手で殴り,その後頭部等を鈍器で殴打したと見ることと整合的である。以上のとおり,Aの殺害行為が突発的に行われた可能性があると認めた原判決の
判断は正当である。
(3)

Bの殺害について
所論は,原判決が,Bの殺害が突発的に行われた可能性を否定できないと判
断したのに対し,AがQ鉄工所において攻撃を受けたことを前提に,被告人は,Aの遺体がQ鉄工所周辺などで発見されれば,最後にAに接触している被告人に嫌疑が向けられるのは避けられないことから,がQ鉄工所から帰宅して自宅で何者A
かに殺害されたように装って自らの刑事責任を免れようと考え,
そのためにはA方
にいる家族が邪魔であり,その家族も殺害しようと企ててAの自宅に向かい,そこにいたBをも殺害したことが十分に推認できると主張する。
イ確かに,被告人とBは面識がなく,被告人とBの間で殺害に発展するような
トラブルは通常考えにくい上,Bが深夜自宅でパジャマ姿でいたところを攻撃されたことからすると,被告人が,Bの殺害に際し,所論のいうような動機を持っていたことは十分に考えられるところである。
しかし,以下のとおり,このような動機を不自然とみる事実関係も存在する。すなわち,

被告人は,7日午前0時47分に,本件ハスラーでO前を南下して,自宅に戻った後,午前3時36分にO前を北上する間,2時間半近い時間を自宅又はQ鉄工所で過ごしていると考えられ,その結果,本件放火は日の出後というかなり遅い時間までかかっている。最初にA方に向かった段階からA殺害の罪証隠滅のためにBを殺害するつもりだったのであれば,その後の罪証隠滅工作,特にAの身体をA宅に運んでBの身体とまとめて罪証隠滅を図るなどの行為もある程度想定していたと考えるのが自然であり,帰宅後,本件放火の準備をして,Aの身体をブルーシートで包んで本件ハスラーに乗せ,速やかにA方に向かおうとするのが合理的であるのに,被告人は,相当時間自宅におり,犯行と関係しているとは認められないインターネットを閲覧し,Q鉄工所で大きな音を立てる作業等をしている。これらの被告人の行動を見ると,Aへの攻撃後,計画的に罪証隠滅の準備をしてい
たというより,
行き当たりばったりに罪証隠滅を含む事後の対応を考えていたことがうかがわれ,むしろBの殺害が想定外であったとみる余地が相応にある。C供述によれば,Bの遺体には,頭部の傷は硬い鈍体が強い力で作用したと解されるのに対し,背中,上肢,顔面の傷は,手など比較的柔らかい鈍体が作用した可能性があるというのであり,後者については,素手で殴るなどした可能性が想
定される。
所論のいうように,
当初からBを殺害するつもりでA方に向かったので
あれば,計画どおり確実にBを殺害するために,抵抗するいとまを与えず,いきなり頭部等に硬い鈍体で殴りかかることが自然と考えられるのに,解剖所見からは,Bの顔面,上肢,背中を素手等で攻撃していたことがうかがわれる。これらによれば,被告人は,当初からBを殺害しようと考えていたというより,何らかのトラブ
ルから,Bに対しまずは素手等による攻撃に及び,次第に硬い鈍体を用いたより強力な攻撃に発展していったとみる余地がある。
被告人が,A殺害の嫌疑が自分に向かないよう,A殺害がQ鉄工所周辺ではない場所で行われたように装うのであれば,まずは,単にAの遺体を海中や山中等の容易には見つからないような場所に遺棄する方法が考えられるところであり,
面識のない家族までを殺害するという冷酷極まりない方法をとってまで,殺害のA
嫌疑が自分に向かないようにしたというのは,
かなり極端で相当に短絡的な発想に
よるということができ,
思いついたとしても容易には実行に移しづらいと評価され
るところである。しかも,原判決が説示するように,A方の部屋の間取りや造りが分からず,Bに逃げられたり,近隣住民に気付かれたりする危険も相当程度考えられ,また,Q鉄工所とA方を複数回往復する間に,被告人が関与した痕跡を残すおそれもあって,Aに加え更に一人の生命を犠牲にする割には,計画どおりの目的を達成できるか不確定要素が多く,
被告人が真実所論のいうような計画を立てたとい
えるかは疑わしい面がある。
ウ以上のとおり,所論のいう動機も十分に考えられるものの,これを不自然とみる事実関係も複数,独立して存在する。被告人が供述していないため,事実関係
は明らかでないものの,被告人は,Aを攻撃して重傷を負わせた後,動揺し,罪証隠滅を含む事後の対応に思い悩む中,何らかの事情で,例えばAの帰りを待つ家族の様子を探ろうと考え,あるいは,原判決が説示するようにエンジン換装関係の書類等を回収しようと考えるなど,
様々な理由からA方に赴いた可能性を一概に否定
し去ることはできないところであって,
被告人が,殺害の罪証を隠滅するために,
A
計画的にBを殺害したと断定することには,なお合理的な疑いが残ると評価し得る。そうすると,被告人が,Aを攻撃後,何らかの事情でA方に向かい,密かに侵入したところ,Bと遭遇することとなり,突発的に攻撃に及んだ可能性も否定できないとした原判決の認定判断は,不合理とはいえない。
(4)以上のとおり,原判決の量刑評価の前提事実の認定には一部是認できないと
ころがあるが,A及びB殺害に関し,それぞれ突発的に犯行が行われた可能性が否定できないとした原判決の判断は,不合理とはいえない。この判断を前提に,過去の事例を参照しつつ,死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは認められないとして,被告人を無期懲役に処した原判決の判断は不合理とはいえず,その量刑が軽すぎて不当であるとはいえない。

検察官の論旨には理由がない。
よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとし,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
平成31年3月18日
福岡高等裁判所第3刑事部
裁判長裁判官

野島秀夫
裁判官

今泉裕登
裁判官

潮海二

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