判例検索β > 平成30年(行ケ)第10122号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成30(行ケ)10122
事件名審決取消請求事件
裁判年月日平成31年4月22日
法廷名知的財産高等裁判所
裁判日:西暦2019-04-22
情報公開日2019-05-07 16:00:31
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平成31年4月22日判決言渡
平成30年(行ケ)第10122号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

平成31年2月18日
判原決告
同訴訟代理人弁護士

海洋電子株式会社

松田純一西村公芳
同訴訟代理人弁理士

野田薫央被
株式会社エス・イー・エイ


同訴訟代理人弁理士

福田水崎高橋主1伸一慎克宗文
特許庁が無効2017-800130号事件について平成30年7月17日にした審決を取り消す。

2
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文第1項と同旨。

第2

前提となる事実(証拠を掲記した以外の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨から認められる。)
1
特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,平成25年9月24日,発明の名称を水中音響測位システムとする特許出願
(特願2013-196594号。
以下
本件出願
といい,
本件出願に係る願書に最初に添付されていた明細書及び図面を本件当初明細書本件当初明細書及び特許請求の範囲を,
本件当初明細書等
という。
甲26~28)をした。
被告は,平成27年1月19日付けで明細書及び特許請求の範囲について補正し,さらに,同年4月6日付けで明細書及び特許請求の範囲について補正した(以下,平成27年4月6日付けの補正を本件補正といい,本件補正に係る手続補正書と共に提出した同日付の意見書を本件意見書という。甲22,23)。
被告は,平成27年7月3日,特許権の設定の登録(特許第5769119号。請求項の数は2。)を受けた(以下,この特許を本件特許といい,本件特許に係る明細書及び図面を本件明細書という。甲12,13)。(2)原告は,平成29年9月29日,本件特許の請求項1及び2に係る発明につき無効審判を請求した(無効2017-800130号)。
特許庁は,平成30年7月17日,

本件審判の請求は,成り立たない。

との審決をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
(3)原告は,平成30年8月27日,審決の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。

2
特許請求の範囲の記載
本件特許の本件補正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲13。以下,請求項の番号に従って,それぞれ本件発明1及び本件発明2といい,これらを総称して本件発明という。なお,A~Hの符号は,審判合議体が付したものである。
また,
下線は本件補正による補正箇所を示す。。

【請求項1】
A
陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができる水中音響測位システムにおいて,

B
前記船上局から各海底局に個別に割り当てられるIDコードおよび測距信号からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して互いに混信しない最低の時間差をもって送信する船上局送信部と,

C
前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,受信した前記音響信号中の前記IDコードが自局に割り当てられたものである場合にのみ,前記全ての海底局に予め決められた同じIDコードであって海上保安庁が設置した既存の海底局において用いられるM系列コードを,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に直ちに返信信号を送信する海底局送受信部と,
D
前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部と,

E
前記一つの船上局受信部において,前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置と,

Fから少なくとも構成されていることを特徴とする水中音響測位システム。【請求項2】
G
前記IDコードの送信を開始してから測距信号の送信終了までの時間nは,0.4秒以上であり,前記測距信号の送信終了から次のIDコードの送信開始までの時間は,2.6秒以下である

H3
ことを特徴とする請求項1に記載された水中音響測位システム。

審決の理由
審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりであるところ,その概要は次のとおりである。
(1)本件補正は,本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,特許法17条の2第3項に規定する要件に適合する。(2)本件特許は,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合する。(3)本件発明1及び2は,
文部科学省研究開発局,国立大学法人東北大学『海底地殻変動観測技術の高度化(平成23年度)成果報告』平成24年5月,
(甲2。以下,各証拠に係る文献を証拠番号に従って甲2文献などといい,甲3の1文献及び甲3の2文献を併せて甲3文献という。)に記載された発明(以下甲2発明という。)と甲3文献ないし甲6文献に記載された構成に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
4
審決が認定した引用発明並びに本件発明と引用発明との一致点及び相違点(1)甲2発明
a2

陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局
から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができる複数海底局同時測距システムであって,
b2前記船上局から各海底局に個別に割り当てられるヘッダ信号及び各海底局に共通に割り当てられる測距信号を含む音響信号をそれぞれの前記海底局に対して235.678ミリ秒の時間差をもって送信する船上局送信部と,
c2

前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,
受信し

た前記音響信号中の前記ヘッダ信号が自局に割り当てられたものである場合にのみ,前記全ての海底局に予め決められたヘッダ信号を,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いてから1048.576ミリ秒後に返信信号を送信する海底局送受信部と,
d2前記それぞれの海底局送受信部から返信された各返信信号を受信する一つの船上局受信部と,
e2

前記各返信信号及びGPSからの位置信号を基にして,
前記海底局送受

信部の位置を決めるための演算を各返信信号の受信後に行うことができるデータ処理装置とを備え,
g2前記ヘッダ信号の送信を開始してから測距信号の送信終了までの時間差は,514.322ミリ秒であり,前記測距信号の送信終了から次のヘッダ信号の送信開始までの時間差は,235.678ミリ秒である
f2

複数海底局同時測距システム。

(2)本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
<一致点>
陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができる水中音響測位システムにおいて,
前記船上局から各海底局に個別に割り当てられるIDコードと測距信号とからなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して互いに混信しない最低の時間差をもって送信する船上局送信部と,
前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,受信した前記音響信号中の前記IDコードが自局に割り当てられたものである場合にのみ,前記全ての海底局に予め決められたIDコードを,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に直ちに返信信号を送信する海底局送受信部と,
前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を受信する一つの船上局受信部と,
前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信後に行うことができるデータ処理装置と,
から少なくとも構成されていることを特徴とする水中音響測位システム。<相違点1>
本件発明1は,測距信号が各海底局に個別に割り当てられるのに
対し,甲2発明は,
測距信号が各海底局に共通に割り当てられる点。
<相違点2>
本件発明1は,全ての海底局に予め決められたIDコードが同じ
であって海上保安庁が設置した既存の海底局において用いられるM系列コードであるのに対し,甲2発明は,前記全ての海底局に予め決められたヘッダ信号(本件発明1の全ての海底局に予め決められたIDコードに相当する。)がどのようなものか明らかでない点。
<相違点3>
本件発明1は,データ処理装置が前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信後に行う場所及び時期が一つの船上局受信部において,受信次第直ちにであるのに対し,甲2発明は,その場所が明らかでなく,その時期が受信後にとされるにすぎない点。
<相違点4>
本件発明1は,前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を受信する態様が一斉にであるのに対し,甲2発明は,その態様が明らかでない点。
(3)甲3文献記載の構成
b3

船上局(海上装置)からの測距信号(M系列信号)が各海底局(海底
装置)に個別に割り当てられないが,海底局ごとに異なる測距信号(M系列信号)が船上局に返信される点。
第3
1
原告主張の取消事由
取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)

(1)構成Dの一斉にについての判断の誤り

審決は,構成Dの一斉にを,一般的な意味である

そろって。同時に。

と解すると技術常識に反することになるから,そのような意味に解することはできないところ,本件当初明細書等の記載に接した当業者は,本件当初明細書等における一斉にとは,船上局と各海底局との間の送受信が互いに時間的に区別されることとの対比における

そろって。同時に。

であり,具体的には少し違う時間差をもってを含む広い意味で用いられていることを理解すると認められるとした上で,本件当初明細書等の段落【0035】の記載に基づき,この一斉にとの文言を追加する本件補正は,
本件当初明細書等に記載された事項との関係において,

たな技術的事項を導入しないものと判断した。
しかし,次のとおり,この判断は誤りである。


本件当初明細書等は,
特許法施行規則24条及び24条の4の各規定,
並びにこれらの規定が引用する様式第29及び第29の2に則して作成されているはずであるから,
用語の解釈に際しても,
これらの規定を踏まえ
なければならない。そして,様式第29の備考8及び様式第29の2の備考9は,

用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用する。ただし,特定の意味で使用しようとする場合において,その意味を定義して使用するときは,この限りでない。

とそれぞれ規定している。そうすると,構成Dの一斉にについては,これをその有する普通の意味である

そろって。同時に。

と解釈することが法的に当然の帰結である。他方,本件当初明細書等には,構成Dの一斉にを特定の意味で使用しようとするための定義が一切記載されていないから,一斉にを

そろって。同時に。

と異なる意味に解する理由は存在しない。ウ
また,技術常識をわきまえ,かつ,構成Dの一斉にとの文言を選択した被告自身も,本件意見書のB本願発明の進歩性の項において,
一斉にを,重ねてや重複して,すなわち,

そろって。同時に。

の意味で用いている。なお,被告は,無効審判手続において,構成Dの一斉にはまとめて船上局受信部で受信することを表すものであると主張していた。エ
さらに,
審決は,
本件当初明細書等における
一斉にほぼ一斉に


少し違う時間差をもってを表記ゆれと捉え,これを一斉にが
一般的な意味での

そろって。同時に。

とは異なる意味で用いられていることの根拠とした。
しかし,上記イのとおり,本件当初明細書等は,特許法施行規則の各規定に則して作成されているはずであるところ,
特許法施行規則様式第29
の備考8の

用語は,…明細書及び特許請求の範囲全体を通じて統一して使用する。

との規定に鑑みれば,例えば,本件当初明細書等の段落【0009】及び【0019】の記載は,ほぼ一斉にと一斉にの一方
又は双方が誤記であることを示すものであって,
表記ゆれにすぎず同
義であることを示しているのではない。


以上によれば,構成Dの一斉には

そろって。同時に。

と解すべきである。
したがって,構成Dの一斉にとの文言を追加する本件補正は,本件
当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的事項を導
入するものである。
(2)構成Eの直ちにについての判断の誤り

審決は,構成Eの受信後直ちには,演算を行う時期を特定
する文言であるところ,
直ちにとは,

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

の意味を有する語であって,特定の時点を厳密に指す語ではないから,
技術常識をわきまえた当業者であれば,
受信次第直ちに
とは,
船上で演算を行う場合を指すと理解すると認められると判断した。しかし,次のとおり,この判断は誤りである。

イ(ア)上記(1)イにおいて主張したところと同様に,本件当初明細書等に記載されている用語の解釈に当たっては,
特許法施行規則及びこれが引用
する様式の規定を踏まえなければならない。
そうすると,構成Eの直ちにについては,これをその有する普通の意味である

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

と解釈することが法的に当然の帰結である。他方,本件当初明細書等には,直ちにを特定の意味で使用しようとするための定義が一切記載されていないから,
直ちにを

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

と異なる意味に解する理由は存在しない。
(イ)また,構成Eの直ちにの文言を選択した被告自身も,本件意見書のB本願発明の進歩性の項において,

海底局の位置を決めるための相関処理によって,測距信号の相違を解析することが船上局受信部において,受信次第直ちに行うことができます。

本願発明は,所定の時間差を設けて,船上局から順次発信した発信信号と,海底局から受信した複数の応答信号を,発信時から時間的に連続したデジタルデータとして記録すると同時に相関処理を行います。

と,直ちにを

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

の意味で用いている。(ウ)審決は,
本件当初明細書等に,
船上で受信したデータを船上で演算を
行うことも記載されていることをもって,新たな技術的事項を導入するものではないことの根拠とし,被告も同旨の主張をする。
しかし,データ処理の演算を船上で行うことが直ちにに該当する
のであれば,
船上局がデータを受信してから1か月後に演算を行っても,
10年後に演算を行っても,船上で行っている限り直ちにに該当するとの結論となるが,これは直ちにとの文言が

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。という時間的な意味を有することと相容れない。

また,
実際の水中音響測位では,深さ4000mの海底に設置された
海底局の位置をmmの精度で測定するため,
船上局が受信したGPS信
号を鵜呑みにして即座にその位置を求めることはせず,
GPS信号を経
時的に観測してGPS衛星が何mmずれているかまで考慮した補正をしている。
しかし,
このような補正をリアルタイムでできないこともある
ため,
いずれのシステムでも,
演算は船上ではなく陸上で行われている。
そうすると,仮に,本件発明が,出願当初から測距精度の問題で現在も実現していない
受信次第直ちに
演算を行うことを可能とするものだ
ったのであれば,
そのことが発明の特徴として本件当初明細書等に十分
に記載されていたはずである。ところが,本件当初明細書等には受信次第直ちに演算を行うための特徴的な構成が記載されていない。以上によれば,本件当初明細書等は受信次第直ちに演算を行うこ
とを意図して記載されたものではないというべきである。

さらに,審決は,本件発明における演算を行う時期は,ある程
度の時間的な幅をもって限定されているにすぎないとしつつ,
その時間的
な幅がどの程度かは
直ちに
という語自体からは明らかでないと判断し
た。しかし,
直ちにの時間的な幅がどの程度であるのかが,この語自
体から明らかでないのであれば,
特許を受けようとする発明が明確でない,
すなわち,
特許法36条6項2号の規定に違反した特許出願に対して特許
を付与したことを自認していることになり,不合理である。
この点に関連して,
審決は,
甲2文献に基づく容易想到性の判断に当た
り,構成Cの直ちには,

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

の意味を有しており,1048.576ミリ秒後が直ちにに相当
すると,時間的な幅がどの程度であるのかを判断している。

したがって,構成Eの直ちにとの文言を追加する本件補正は,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的事項を導
入するものである。

(3)小括
よって,
本件補正は本件当初明細書等に記載された事項の範囲内において
したものであるとの審決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。2
取消事由2(サポート要件適合性の判断の誤り)
(1)構成Dの一斉にについての判断の誤り
審決は,構成Dの一斉には,本件明細書の発明の詳細な説明,特に段落【0006】,【0007】,【0009】,【0010】及び【0019】に記載された事項であると判断した。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明の上記各段落(段落【0019】については図7の説明)は,いずれも従来例を説明するものにすぎないところ,特許を受けようとする発明が,明細書の発明の詳細な説明において従来例として説明されるはずがない。
したがって,構成Dの一斉には,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項でない。
(2)構成Eの直ちにについての判断の誤り
審決は,
構成Eの
受信次第直ちに
は,
本件明細書の発明の詳細な説明,
特に段落
【0025】
及び
【0040】
に記載された事項であると判断した。
しかし,上記1(2)において主張したとおり,構成Eの直ちには,一般的な意味での

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

と解するほかない。また,被告自身も,本件意見書において,この受信次第直ちには,返信信号の記録と同時に演算が行われる程度の時間的な幅を指すと主張していた。これに対し,本件明細書の上記各段落には,単に船上で演算を行う旨の記載があるだけで,返信信号の記録と同時に演算を行うなどのように,直ちにの文言に対応する演算時期についての記載は全くない。したがって,構成Eの直ちには,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項でない。
(3)小括
よって,
本件特許はサポート要件に適合するとの審決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。
3
取消事由3(甲2文献に基づく容易想到性判断の誤り)
(1)本件発明1と甲2発明との相違点の認定の誤り

相違点1
測距信号には,船上局から海底局に送信される測距信号と,海
底局から船上局に返信される測距信号とがある。前者の測距信号
と後者の測距信号とは,ミラー応答方式では一致するが,ミラー応答以外の方式では必ずしも一致しない。しかし,審決は,この2つの測距信号を区別することなく相違点1を認定している。
また,当業者において,ミラー応答方式であるか否かは,従来から知られている単なる技術的な選択事項にすぎない。したがって,相違点に係る本件発明1の構成がミラー応答方式に限定されるような認定は,本件発明1の進歩性を判断する上で適切なものとはいえない。
以上によれば,相違点1は次のように認定されるべきである。
<相違点1(原告)>
本件発明1は,船上局から各海底局に個別に割り当てられた異なる測距信号が送信され,海底局ごとに異なる測距信号が船上局に返信されるのに対し,甲2発明は,船上局からの測距信号が各海底局に個別に割り当てられず,海底局ごとに異なる測距信号が船上局に返信されない点。

相違点4
甲2文献の図21には,本件発明1と同様の船上局による受信態様が記載されているから,構成Dの一斉にをどのように解したとしても,本件発明1と甲2発明との間に相違点4は存在しない。
被告は,甲2文献において,海底局からの測距信号を受信する態様は,重なるものではないし,原則として,受信した際に互いに区別できる程度の時間差をもったものであるはずであるから,甲2文献の図21には,構成Dの一斉にの受信態様が記載されていないと主張する。しかし,この主張は,取消事由1に関して被告が支持する審決の判断(構成Dの一斉に少し違う時間差をもっては,
を含む広い意味で用いられている)
や,

そろって。同時に。

の意味に限定されないとの被告の主張と明らかに矛盾する。

(2)相違点の容易想到性判断の誤り

相違点1
(ア)甲3文献記載の構成
尾鼻浩一郎
DevelopmentofSeafloorPositioningSystemwithGPSacousticLinkforCrustalDynamicsObservation1998年12月,論文目録,表紙,目次,95頁~112頁(甲3の1)には,次の甲3構成b3(原告)が記載されている。
b3(原告)海底局ごとに異なる測距信号(M系列信号)が船上局に返信される点。
(イ)甲2発明に甲3構成b3(原告)を適用することは容易に想到できること
a
次のとおり,当業者には,甲2発明に甲3構成b3(原告)を適用することの動機づけがある。
(a)甲2文献及び甲3文献は,いずれも海中音響測距技術に関するもので,技術分野が共通し,同時測距による測定時間の短縮という課題,作用,機能も共通する。
(b)そして,甲2発明では,測定時間を短縮するために,船上局が海底局からの測距信号を一斉に受信する。そして,観測船が2つの海底局との距離が同じ地点,すなわち,2つの海底局を結ぶ線分の垂直二等分線上のある程度の幅をもつ領域
(以下
中間領域
という。

にいる時間はたかだか5分程度と限られているから,大きな問題にはならないと考えられるとして,一斉受信の際に,どの海底局からも同じ測距信号がミラー応答の方式で船上局に返信される。
これに対し,甲3文献記載の技術では,測定時間を短縮するため
に,船上局が海底局からの測距信号を一斉に受信するが,その一斉受信の際に,海底局ごとに異なる測距信号がミラー応答ではない方式で船上局に返信される。
そして,当業者において,より多くの時間帯でより高精度,より
簡便に測定ができるように工夫するのは当然のことである。
(c)また,海底局は電池寿命が到来するまで10~15年間程度使用され,その更新時期までは既存の海底局をそのまま使用しなければならないから,一般に,船上局と海底局とを有する水中音響測位システムを改良するには,
船上局とその送信信号を改良するしかない。
そのため,
水中音響測位システムの創作に際し,
当業者は,



上局の送信信号を変えれば,船上局の受信信号は既存の海底局の仕様に応じて自動的に決まる,②

船上局の受信信号を変えるには,

船上局の送信信号を既存の海底局の仕様に応じて自動的に決まるものとしなければならない,との認識を有しており,船上局の送信信号と受信信号とが一連不可分のものであるとの認識は希薄である。そして,当業者においては,船上局の受信信号をまず考え,その後に海底局の仕様(ミラー応答方式であるか否かも含む。)に合わせて船上局の送信信号を考えるという発想も,ごく自然である。
(d)したがって,甲2発明において,観測船が中間領域にいる5分程度の限られた時間についても同時測距を万全に行うことを考えれば,当業者は,甲2発明の一斉受信の際にどの海底局からも同じ測距信号が船上局に返信されるとの構成を,甲3構成b3(原告),すなわち,一斉受信の際に海底局ごとに異なる測距信号が船上局に返信されるとの構成で置換する。この際,甲2発明の海底局がミラー応答方式を採用していれば,必然的に,船上局から各海底局に個別に割り当てられた異なる測距信号が送信されることになり,相違点1に係る本件発明1の構成に至る。
b
なお,甲2文献と甲3文献とでは,ミラー応答方式であるか否かの違いがあるものの,その違いは単なる技術的な選択事項にすぎないから,両文献の記載事項を組み合わせることの阻害要因とならない。
(ウ)以上によれば,
相違点1に係る本件発明1の構成は,
甲2発明と甲3
文献に記載された構成(甲3構成b3(原告))に基づいて当業者が容易に想到できたというべきである。
したがって,この点についての審決の判断は誤りである。

相違点4
上記(1)イにおいて主張したとおり,
本件発明1と甲2発明との間に相違
点4は存在しないから,相違点4が存在することを前提として,相違点4に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到することができないとした審決の判断は誤りである。

本件発明1の効果について
観測船が中間領域にいる場合であっても,2つの海底局から異なる測距信号を受信して測距可能であることが,
本件発明1の効果であるとしても,
当該効果は甲3文献に開示されているから,本件発明1の容易想到性を否定する要素とならない。

(3)小括
よって,本件発明1及び2は,甲2発明と甲3文献ないし甲6文献に記載された構成とに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないとの審決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。
第4
1
被告の反論
取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)について

(1)構成Dの一斉にについて

構成Dの一斉には,一般的な

そろって。同時に。

の意味ではなく,少し時間差をもってを含む広い意味で用いられている。このことは,本件当初明細書等の段落【0006】,
【0007】,
【0009】,
【0010】,【0019】等の記載に加え,段落【0035】に,本件発明では

船上局11は,前記音響信号…を…少し違う時間差をもってそれぞれ収集する。

と記載されていることからも明らかである。このように,本件当初明細書等に接した当業者は,本件当初明細書等において,一斉にとの語が一般的な意味で用いられているのではなく,少し時間差をもってを含む広い意味で用いられていることを理解できるから,本件当初明細書等には一斉にの語の意味が実質的に定義されているといってよい。
したがって,段落【0035】に記載されているとおり,一斉にを付加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。

なお,被告が本件意見書で重なってや重複しての語を用いたの
は,仮に返信信号の一部が複数の返信信号の受信時間帯において重なった場合であったとしても,重なった状態の複数の返信信号を同時に受信し,識別できることを示すためであって,原告が主張するように

そろって。同時に。

の意味に限定して用いたのではない。(2)構成Eの直ちにについて

構成Eの直ちには,データ処理装置による演算を船上で行うことを特定するものである。本件当初明細書等の段落【0025】,
【0040】
等には,データ処理装置による演算を船上で行う場合についての記載があるから,技術常識をわきまえた当業者であれば,構成Eの受信次第直ちにが,データ処理装置による演算を船上で行うことを特定するものと理解できる。
したがって,直ちにを付加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。


なお,原告が指摘する本件意見書の記載部分は,演算が船上局受信部で行われることの一部を説明した箇所であって,
原告が主張するように,
直ちにを

時を移さず。すぐに。じきに。即座に。

の意味に限定して用いたのではない。

(3)小括
したがって,本件補正は,本件当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものであるから,特許法17条の2第3項に規定する要件に適合するとの審決の判断は正当である。
2
取消事由2(サポート要件適合性の判断の誤り)について
(1)構成Dの一斉にについて
構成Dの一斉には,本件明細書の発明の詳細な説明,特に段落【0006】,【0007】,【0009】,【0010】及び【0019】に記載された事項である。
原告は,当該記載部分はいずれも従来例を説明するものにすぎないと主張する。しかし,特許を受けようとする発明が,発明の詳細な説明に記載したものであるか否かの判断において,明細書における発明の詳細な説明の記載から,従来例の説明が除外されるとか,特許請求の範囲に記載された発明を理解する上で,
従来例の説明を無視すべきであるという明文上の根拠はない。
(2)構成Eの直ちにについて
技術常識をわきまえた当業者であれば,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0025】及び【0040】等の記載から,受信次第直ちには,データ処理装置による演算を船上で行うことを特定するものと理解できる。したがって,構成Eの直ちには,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項である。
(3)小括
よって,
本件特許はサポート要件に適合するとの審決の判断は正当である。3
取消事由3(甲2文献に基づく容易想到性判断の誤り)について
(1)本件発明1と甲2発明との相違点の認定の誤りについて

相違点1
(ア)本件発明1と甲2発明は,
いずれも船上局から海底局に送信される測
距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号とが一致するミラー応答方式であるから,本件発明1と甲2発明とを対比して行われる相違点1の認定もミラー応答方式を前提としてすべきである。
したがって,ミラー応答方式を前提としてされた審決の相違点1の認定は正当である。むしろ,ミラー応答方式でない技術を前提とした測距信号の区別(船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号との区別)を相違点1において認定すべきではない。
これに対し,ミラー応答方式でない技術は,甲2文献ではなく甲3文献に記載されているから,ミラー応答方式でない技術を前提とした測距信号の区別を相違点において認定することは,副引用例である甲3文献の記載を前提として初めて可能となる。すなわち,原告の主張は,主引用例である甲2文献のみならず,副引用例である甲3文献に記載された技術を組み合わせた上で,本件発明1と対比して相違点を認定しようとするものであり,誤りである。
(イ)仮に,
原告が主張するように,
当業者においてミラー応答方式とミラ
ー応答方式でない技術とが技術的選択事項であり
(なお,
後記(2)ア(イ)
bのとおり,これは誤りである。),かつ,これが出願時における技術常識であるとして,相違点1の認定において当該技術常識が参酌され得るとすると,それはもはやミラー応答方式を前提とする本件発明1と甲2発明との対比とはいえない。

相違点4
甲2文献記載の技術において,船上局が海底局からの測距信号を受信する態様は,測距信号が重なるものではないし,原則として,受信した際に互いに区別できる程度の時間差が存在するものであるはずである。このような認識を有する当業者において,甲2文献の図21から,測距信号が各海底局に個別に割り当てられたことで互いに区別できる本件発明1の構成Dの一斉にとの受信態様が,一見して明らかであるとはいえない。仮に,甲2文献の図21に,本件発明1の構成Dの一斉にという受信態様が表されているとすると,甲2文献には,海底局からの信号を一斉に受信しても問題とならない技術的根拠が開示されていないから,同図21は,
複数海底局同時測距システムの音響測距の概念図
ではなく,
同時測距できない具体例が示された概念図ということになり,甲2文献の意図するものではなくなる。
したがって,この点についての審決の判断に誤りはない。
(2)相違点の容易想到性判断の誤りについて

相違点1
(ア)甲2発明に甲3構成b3を適用する動機づけはないこと
原告は,観測船が中間領域にいる5分程度の限られた時間についても同時測距を万全に行うことを考えれば,当業者は,甲2発明に甲3構成b3を適用すると主張する。
しかし,甲2文献では,当該収録方式には海上局から等距離にある海底局からの測距信号が重なってしまうとの課題があることを指摘しつつ,大きな問題とならないとして,この課題を解決しようとしていない。したがって,甲2文献の記載に接した当業者が,測距信号を各海底局に共通に割り当てるものから,本件発明1のように測距信号を各海底局に個別に割り当てられるものに変更するよう動機づけられることはない。また,甲3文献にも,測距信号を各海底局に共通に割り当てる方式における課題やそれを示唆する記載はないから,甲3文献に接した当業者において,その課題を解決する手段として,測距信号を各海底局に個別に割り当てる方式(相違点1に係る本件発明1の構成)に変更するよう動機づけられることはない。
(イ)甲2発明に甲3構成b3を適用することには阻害要因があることa
次のとおり,ミラー応答方式である甲2発明に,ミラー応答方式でない甲3構成b3を適用することには,
阻害要因がある。
このことは,
原告が主張する甲3構成b3(原告)を前提としても同様である。
b
一般に,船上局から送信された音響信号は,海底局に届くまでの水中伝搬中に,様々な影響を受けて減衰する。そして,船上局と海底局との距離が遠いなどの理由でID信号が大きく減衰する場合には,海底局で受信したID信号が自身のIDと合致するか否かを判断するID識別処理に時間を要する。
そのため,ミラー応答方式でない海底局は,ID識別処理後,自身に予め記録された測距信号(及び自身のID信号)を船上局に送信するため,ID識別処理に時間を要した分,測距信号が遅れて送信される。したがって,この影響を受けることで測定の精度が落ちる。
これに対し,ミラー応答方式の海底局は,音響信号を受信すると同時に,その音響信号を記憶し,記憶した測距信号そのもの(及び自身のID信号)を,ID識別処理に要する時間にかかわらず,船上局に送信する。したがって,測距信号の遅れがなく,測定の精度が高い。このように,海中音響測距において,ミラー応答方式とミラー応答方式でない技術とは,単なる技術的な選択事項ではないし,そもそもの作用,機能も異なる。
(ウ)甲2発明に甲3構成b3を適用しても相違点1に係る本件発明1の構成とならないこと
甲2発明はミラー応答方式であるのに対し,
甲3構成b3が前提とする
技術はミラー応答方式でないから,
仮に,
甲2発明に甲3構成b3を適用
すると,
甲2発明は,
ミラー応答方式からそうでないものに変更される。
さらに,海底局ごとに異なる測距信号が船上局に返信される構成をミラー応答方式で実現しようとすると,ミラー応答方式でない海底局を前提とする甲3構成b3を適用したことの意味が失われてしまう。
仮に,甲3構成b3(原告)を改めて認定したとしても,そもそも,船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号とが,原則として必ず一致するミラー応答方式において,原告が主張する相違点1のように,船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号とを敢えて区別した上で,そのうちの海底局から船上局に返信される測距信号のみを都合よく抜き出し,この測距信号のみを置換することは,ミラー応答方式の前提を欠くものであって,極めて不自然である。
(エ)小括
したがって,相違点1の容易想到性についての審決の判断に誤りはない。

相違点4
相違点4の容易想到性についての審決の判断に誤りはない。

(3)本件発明1の効果について
本件発明1は,観測船が中間領域にいるか否かにかかわらず,2つの海底局の位置データを取得可能とするものであるから,本件発明1と甲2発明との間には技術的な差異がある。
仮に,甲3文献に同様の効果が開示されているとしても,その効果はミラー応答方式でない技術において実現されているものであるから,ミラー応答方式において実現された本件発明1による効果が,甲3文献に記載されているとはいえない。
(4)小括
したがって,本件発明1及び2は甲2発明と甲3文献ないし甲6文献に記載された構成とに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないとの審決の判断は正当である。
第5

当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由1の主張は理由があり,審決にはこれを取り消すべき違法があると判断する。その理由は,以下のとおりである。
1
本件当初明細書等の記載
(1)本件補正前の特許請求の範囲の記載(甲27。以下,請求項の番号に従って,それぞれ本件当初発明1及び本件当初発明2といい,これらを総称して本件当初発明という。なお,A,b等の符号は,当裁判所が付したものである。また,小文字の符号は本件補正により変更があった構成を示す。)
【請求項1】
A
陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができる水中音響測位システムにおいて,

b
前記船上局からIDコード(S1,S2,・・・たとえば,256bitからなるM系列コード)および測距信号(M1,M2,・・・たとえば,512bitからなるM系列コード)からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して一定の時間差をもって送信する船上局送信部と,

c
前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,前記全ての海底局に予め決められた同じIDコードS6を前記測距信号(M1,M2,・・・)に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に返信信号を送信する海底局送受信部と,

d
前記それぞれの海底局からの前記返信信号(前記IDコードS6および測距信号M1,M2,・・・)を受信する船上局受信部と,

e
前記船上局受信部において,前記返信信号(前記IDコードS6および測距信号M1,M2,・・・)およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局の位置を決める演算を行うデータ処理装置と,

F
から少なくとも構成されていることを特徴とする水中音響測位システム。

【請求項2】
G
前記IDコードの送信を開始してから測距信号の送信終了までの時間nは,0.4秒以上であり,前記測距信号の送信終了から次のIDコードの送信開始までの時間は,2.6秒以下である
H
ことを特徴とする請求項1に記載された水中音響測位システム。

(2)本件当初明細書の記載(図1~3,5~7は別紙本件図面参照。甲26,28)

技術分野
【0001】本発明は,海底の地殻変動等を音響信号によって観測する水中音響測位システムに関するものである。本発明は,船上局と海底局との間の距離を正確に測ることにより,海底の地殻変動を観測し,前記観測したデータを船上局または陸上で演算処理して,前記海底の地殻変動の程度を知ることができる水中音響測位システムに関するものである。また,本発明の水中音響測位システムは,短時間に多くのより正確なデータを得ることができるとともに,既設の海底局のIDコードを変更することなく,海底局に対する位置データの取得密度を向上させることができるものである。


背景技術
【0002】GPSの電波あるいは光は,海底に正確に届かないため,前記海底における地殻変動の程度を観測することが困難であった。前記海底における地殻変動は,船上局の位置をGPSで決定し,船上局から海底局に向けて発射された音響信号の返信信号を前記船上局で受信することによって測定が可能である。しかし,前記音響信号の海中における音速は,海水温度,塩分濃度等によって,時々刻々と変化するため,時間的および空間的に正確に把握することが困難であった。一方,船上局に設置された観測装置は,船自体がローリング,ピッチング,およびヨーイングの少なくとも3方向の動きをしており,音響信号を発射する船上局の音響トランスデューサの位置を正確に決定することが困難であった。
【0003】また,海底の歪み調査は,多くの海底局を設置して,地殻変動による地震の予知を長い間に渡って行っている。前記海上保安庁の設置した海底局は,自分の呼び出されたIDコードによって,測距信号を送り返すようになっていた。前記海上保安庁が設置した海上局は,既に相当な数に及んでいる。前記水中音響測位システムは,既製のシステムが利用できるというメリットがある代わりに,船上局からIDコードおよび測距信号を送信した後,海底局で受信し,前記測距信号に全て同じIDコードを付けて返信するようになっていた。前記データの送受信時間は,長くかかるため,海水温度および塩分濃度の変化が一定でない場合が多く,正確なデータを得ることができなかった。
【0004】そこで,本出願人の提案した特願2013-102097号(平成25年5月14日出願)にかかる発明において,船上局は,それぞれの海上局(判決注:原文のまま)に対して,同じIDコードと同じ測距信号を一斉に送り,前記海上局(判決注:原文のまま)からそれぞれ別々のIDコードと前記同じ測距信号を船上局に返信していた。前記水中音響測位システムは,送受信が一斉に行われるため,測定にかかる時間が短縮でき,正確なデータを多く得ることができる。しかし,前記水中音響測位システムは,前記海上保安庁が設置した海底局に付けられているIDコードをそのまま利用することができないという問題点があった。

発明が解決しようとする課題
【0006】…特開平8-189969号公報…に記載された発明において,船上局は,海底局の一つに向けてIDコードS1および測距信号Mを送信する。海底局は,応答信号として,IDコードS6(海上保安庁によって予め決められている)および測距信号Mを前記船上局に送信する。同様にして,前記船上局は,他の海底局へと順次送受信をそれぞれ行う。前記IDコードS6および測距信号Mは,たとえば,10秒の時間差をもって各海底局から前記船上局に送信される。このような船上局と海底局とのデータの送受信は,時間がかかるだけでなく,最初の海底局で得たデータと,最後の海底局で得たデータとが海水温度および塩分濃度と,船の位置および傾き(ピッチング等)等により異なる状態であるため,正確性を欠くという欠点があった。
【0007】図6および図7は従来の別の例(特願2013-102097号

平成2013年5月14日出願)(判決注:原文のまま)で,前記
欠点を除去するための水中音響測位システムである。図6および図7において,水中音響測位システムは,GPSを備えている船上局61の船底にトランスジューサ611が設けられており,海底に複数の海底局62(m1,m2,m3,m4,・・・)が敷設されている。前記船上局61は,少なくとも船の位置を正確に知るためのGPSと前記海底局62(m1,m2,m3,m4,・・・)に向かって信号を送受信するトランスジューサ611を備えている。前記船上局61は,前記トランスジューサ611から発振された音響信号を海底局62に送信した後,前記海底局62から返信された前記音響信号を前記船上局61で受信するシステムになっている。
【0008】前記海底局62(m1,m2,m3,m4,・・・)から前記返信された音響信号は,前記音響トランスデューサ611によって受信された後,前記船上局61に設けられているGPSによって,前記海底局62の位置を算出する。なお,前記GPSは,陸上におけるGPS観測データを基準としているものとする。前記観測は,たとえば,数カ月置きに行うことにより,前記海底局62の位置がどの様に変化したかを判断することができるものである。
【0009】前記水中音響測位システムは,前記船上局61から海底に設置された複数の海底局62(m1,m2,m3,m4,・・・)に向かって,前記音響トランスデューサ611から一斉に音響信号(IDコードS0および測距信号M)を送信する。その後,前記トランスデューサ611からの前記音響信号を受信した海底局62は,船上局61に向かってほぼ一斉に応答データを送る。
前記船上局61で受信した各海底局62
(m1,
m2,m3,m4,・・・)の音響信号(S1,S2,S3,S4,・・・およびM)は,それぞれの位置(距離)により少し違う時間差をもってそれぞれ収集される。前記各データは,図示されていないデータ処理装置により処理することにより,
前記海底局62の位置情報を得ることができる。
前記従来例の水中音響測位システムは,船上局61からの一回の呼び出しで,各海底局62(m1,m2,m3,m4,・・・)から測定結果がほぼ一斉に戻って来るため,海水温度,塩分濃度等の条件が時々刻々と変わる前のデータを効率良く得ることができる。
【0010】前記水中音響測位システムは,IDコードおよび測距信号を一斉に送るとともに,一斉に船上局で受信するため,短時間で多くのデータを取得でき,
効率を良くすることができた。
しかし,
前記海底局62は,
データを返信する際に,
異なるIDコード
(S1,
S2,
S3,
S4,・
・・)
がそれぞれ付けられている。前記水中音響測位システムにおいて,異なるIDコード(S1,S2,S3,S4,・・・)が付けられている海底局は,現在海底に設置されている設備を利用することができないため,新たにIDコードの異なる海底局を設置する必要があった。前記新たな海底局を設置するということは,莫大な費用と労力が必要となり,データの正確性と費用のどちらを選択するか非常に難しい問題をもっている。
【0012】以上のような課題を解決するために,本発明は,船上局からの異なるIDコードおよび測距信号をそれぞれの海底局へ一定の時間差をもって送信するとともに,前記海上局から同じIDコードおよび異なる前記測距信号が届いた順に返信信号として送信することにより,前記船上局でそれぞれ受信した後,解析することにより,誤差の少ない地殻変動を調べることができる水中音響測位システムを提供することを目的とする。また,本発明は,船上局と海底局との間において,IDコードおよび測距信号をそれぞれ海底局へ一定の時間差をもって送受信した後,これらの信号を解析することにより,誤差が更に少ない地殻変動を調べることができる水中音響測位システムを提供することを目的とする。

課題を解決するための手段
【0013】(第1発明)第1発明の水中音響測位システムは,陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができるものであり,前記船上局からIDコード(S1,S2,・・・たとえば,256bitからなるM系列コード)および測距信号(M1,M2,・・・たとえば,512bitからなるM系列コード)からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して一定の時間差をもって送信する船上局送信部と,前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,前記全ての海底局に予め決められた同じIDコードS6を前記測距信号(M1,M2,・・・)に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に返信信号を送信する海底局送受信部と,前記それぞれの海底局からの前記返信信号(前記IDコードS6および測距信号M1,M2,
・・・)を受信する船上局受信部と,
前記船上局受信部において,前記返信信号(前記IDコードS6および測距信号M1,M2,・・・)およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局の位置を決める演算を行うデータ処理装置と,から少なくとも構成されている。


発明の効果
【0015】本発明によれば,IDコード(S1,S2,・・・)および測距信号(M1,M2,・・・)は,船上局から一定の時間差をもって海底局に送信された後,それぞれの海底局から同じIDコードS6を付けるとともに,それぞれの海底局に測距信号(M1,M2,・・・)が届いた順に返信することにより,短時間で,多くの観測点から地殻変動を知るための正確なデータを得ることができる。
【0016】本発明によれば,前記船上局からのIDコードおよび測距信号は,一定の時間差をもって海底局に送信された後,前記海底局から全て同じIDコードS6を付けて返信されるため,既設の海底局を利用することができ,音響信号の送受信にかかる時間を短縮することができるだけでなく,安価で正確なデータを短時間で収集することが可能である。カ
図面の簡単な説明
【0019】
【図1】図1は本発明の実施例で,IDコードと測距信号を所定の時間差をもって海底局に送信する例を説明するための概略図である。
【図2】図2は本発明の実施例で,それぞれの海底局において,返信に同じIDコードを付けたそれぞれの測距信号を船上局に返信する例を説明するための概略図である。
【図3】図3は本発明の実施例で,船上局からIDコードおよび測距信号を送信し,前記信号の届いた順序に応答した返信信号を船上局で受信した例を説明するための図である。
【図5】図5は本実施例によって実際に得られた重複した測距信号によっても,良好な相関処理結果が得られたことを説明するための図である。【図6】図6は従来例で,IDコードおよび測距信号を船上局から海底局に送信し,前記海底局が応答して前記船上局で受信する例を説明するための図である。
【図7】図7は従来例で,海底局から船上局に一斉に返信した例を説明するための図である。

発明を実施するための形態
【0020】(第1発明)本発明の水中音響測位システムは,船上局の音響トランスデューサからそれぞれの海底局に向けて一定の時間差をもって送信されたIDコードおよび測距信号を海底に設置されたそれぞれのIDコードを持った海底局で受信する。前記一定の時間差は,船上局から互いに混信しない程度の一定時間で,かつ,互いに混信しない最低の時間としている。その後,前記それぞれの音響信号(IDコードおよび測距信号)は,それぞれの海底局に届いた順序で直ちに前記船上局に返信される。一方,前記船上局は,前記船上局に設けられているGPSによって,正しい位置が算出される。前記返信された測距信号は,前記GPSの位置と合わせて前記海底局の正しい位置が算出される。なお,前記GPSは,陸上におけるGPS観測データを基準としている。前記算出された結果は,前記海底局の位置がどの様に移動または変化したかを地上で判断することができ,地震を予測するデータとするものである。
【0022】本発明の水中音響測位システムは,前記GPSを備えている船上局から海底に設置された複数の海底局に向かって,前記音響トランスデューサからIDコード(S1,S2,・・・たとえば,256bitからなるM系列コード)および測距信号(M1,M2,・・・たとえば,512bitからなるM系列コード)からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して一定の時間差をもって直ちに送信する。前記船上局送信部からの音響信号は,それぞれ決められたIDコードの海底局によって受信される。前記それぞれの海底局は,予め決められた同じIDコードS6が付けられるとともに,前記船上局から送信されたそれぞれ異なるコードが付けられた測距信号を届いた順に返信する。前記船上局は,IDコードが同じであっても測距信号が異なるコードになっているため,識別が容易にできる。【0024】前記海底局送受信部は,前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信し,予め決められた同じIDコードS6を送信するため,新たに海底局を設けた場合と比較して,莫大な費用と手間を倹約することができる。また,前記船上局受信部は,前記それぞれの海底局に届いた順に直ちに返送するため,全体の測定時間を短縮することが可能になった。【0025】前記船上局において,受信したデータは,船上または地上に持ち帰り,データ処理装置によって,前記海底局の位置を決める演算を行う。本発明の水中音響測位システムは,一定の時間差で,かつ,最小の時間差をもって,それぞれの音響信号を送り,前記データの届いた順に直ちに送り返すことにより,音響信号の送信から受信するまでのトータル時間を短くすることができるため,海水温度および塩分濃度の変化等の影響が少ない短時間に効率的にデータを多く収集することができる。なお,一般的に,船上局送信部と船上局受信部とは,船上局に設けられた一体の送受信装置であり,説明の都合上別々にして記載している。
【0026】本発明の前記IDコード(M系列コード-256bit)および測距信号(M系列コード-512bit)は,予め決められた異なるビット数から構成されているため,船上局で受信したIDコードおよび測距信号が混信することなく,正確なデータを数多く得ることができる。また,本発明の水中音響測位システムは,音響信号の伝播速度が遅い(海中で,1500m/sec)
にもかかわらず,
信号の送信から受信までに入る雑音を少な
くすることができる。

実施例
【0030】図1は本発明の実施例で,IDコードと測距信号を所定の時間差をもって海底局に送信する例を説明するための概略図である。図2は本発明の実施例で,それぞれの海底局において,返信に同じIDコードを付けたそれぞれの測距信号を船上局に返信する例を説明するための概略図である。図1および図2において,水中音響測位システムは,GPSを備えている船上局11の船底にトランスジューサ111が設けられており,海底に複数の海底局12(m1,m2,m3,m4,・・・)が敷設されている。船上局11は,少なくとも船の位置を正確に知るためのGPSと前記海底局12(m1,m2,m3,m4,・・・)に向かって送受信できるトランスジューサ111とを備えている。
【0031】前記船上局11は,
トランスジューサ111から発振された
音響信号(IDコードおよび測距信号)を海底局12に向けて一定の時間差をもって送信する。前記IDコードは,それぞれの海底局12によって異なるS1,S2,・・・が付けられている。また,前記測距信号は,それぞれの海底局12によって異なるM1,M2,
・・・が付けられている。
前記海底局12は,前記船上局11から送信された前記音響信号を受信した後,届いた順に前記船上局11へ同じIDコードS6と異なる測距信号(M1,M2,・・・)を返信する。
【0032】前記海底局12(m1,m2,m3,m4,・・・)から前記返信された音響信号は,前記音響トランスデューサ111によって受信された後,前記船上局11に設けられているGPSによって,前記海底局12の位置を算出する。なお,前記GPSは,陸上におけるGPS観測データを基準としているものとする。前記観測は,たとえば,数カ月置きに行うことにより,前記海底局12の位置がどの様に変化したかを判断することができるものである。
【0033】図3は本発明の実施例で,船上局からIDコードおよび測距信号を送信し,前記信号の届いた順序に応答した返信信号を船上局で受信した例を説明するための図である。図3において,海底局m1に送信される音響信号は,IDコードS1と測距信号M1からなり,船上局11から海底局12へ送信される。前記IDコードS1は,M系列コード(256bit)で,前記測距信号M1は,M系列コード(512bit)であり,同じ系列で異なるビット数から構成されているため,船上局11で受信したIDコードおよび測距信号が混信することなく,正確なデータを数多く得ることができる。また,本実施例の水中音響測位システムは,音響信号の海中での伝播速度が遅い(海中で,1500m/sec)にもかかわらず,信号の送信から受信までに入る雑音を少なくすることができる。
【0035】本実施例の水中音響測位システムは,前記GPSを備えている船上局11から海底に設置された複数の海底局12に向かって,前記音響トランスデューサ111から一定の時間差をもって音響信号(IDコードS1,S2,S3,・・・および測距信号M1,M2,M3,・・・)を送信する。その後,前記トランスデューサ111からの前記音響信号を受信した海底局12は,前記音響信号の届いた順に船上局11に向かって応答データを送る。前記海底局12からの音響信号は,前記海底局に付けられた共通のIDコードS6と,それぞれ異なり,前記船上局11から送られて来た測距信号(M1,M2,M3,・・・)とを返信する。前記船上局11は,前記音響信号(S6およびM1,M2,M3,・・・)をそれぞれの位置(距離)により少し違う時間差をもってそれぞれ収集する。【0036】前記各データは,図示されていないデータ処理装置により処理することにより,既に,海上保安庁が敷設している既製の海底局12を使用して,その位置情報を正確に,しかも早く得ることができる。前記IDコードは,M系列コード(256bit)であるため,0.1秒,前記測距信号は,M系列コード(512bit)であるため,0.2秒,最低必要であることが実験により判った。
また,
前記IDコード
(S1,
S2,
S3,・)
・・
および測距信号(M1,M2,M3,・・・)との間は,これらの信号が機械的な歪みを利用しているため,0.1秒必要であることが判った。そこで,船上局11から海底局に送る音響信号にかかる時間nは,前記IDコード,スペース,測距信号の合計時間で,最低,0.4秒以上である。また,前記測距信号の送信終了から次のIDコードの送信開始までの時間は,前記スペースを考慮して,2.6秒以下の長さであることが望ましいということが判った。
【0038】
また,
前記海底局が5000mの位置にある場合を考えると,
最長で往復10000m程度であり,音響信号の伝播時間は,船上局-海底局-船上局と経由するため,データの保存時間を加えると約7秒+3秒(保存時間)=10秒,この程度が望ましいことが判った。前記時間は,長すぎると,全データを収集する時間がかかり過ぎる。前記水中音響測位システムは,海上の過酷な労働条件の基に行われているため,10秒が最適の時間である。
【0040】前記船上局11の受信部(図示されていない)は,前記海底局12(m1,m2,m3,m4,・・・)の送受信部(図示されていない)
からそれぞれ送られて来た返信信号
(S6およびM1,
M2,
M3,・
・)

を受信する。
前記船上局11の受信部は,
前記返信信号
(S6およびM1,
M2,M3,・・・),およびGPSからの位置信号をデータとして記憶する。前記データは,船上局11において,またはデータとして地上に持ち帰り,データ処理装置(図示されていない)によって,前記海底局12の位置を決めるための演算処理が行われる。
【0044】図5は本実施例によって実際に得られた重複した測距信号によっても,
良好な相関処理結果が得られたことを説明するための図である。
図5(イ)および(ロ)は,図4の試験水槽41において,測距信号M1および測距信号M2に同じIDコードS6を付けて,
一定時間,
たとえば,
50mmセカンド(判決注:原文のまま)遅らした場合の波形データが示されている。図5(ハ)は,前記(イ)および(ロ)が重複して受信された場合の波形データが示されている。図5(ニ)は,図5(ハ)の重複信号と同じものであるが,
振幅方向
(縦軸)
を縮小して表示したものである。
すなわち,図5(ハ)は,信号の形状を明確化するために縦軸を拡大している。
【0045】図5(ホ)に示された波形データは,丸点線によって囲まれている部分において,前記重複された受信信号の相関関係が識別できていることを示している。データ処理装置44は,図5(イ)および(ロ)に示されている海底局からの重複した応答信号を,たとえば,フーリエ展開による公知の手段を使用して,(ハ)
図5
のような波形データを生成する。
以上のような実験結果は,そのまま,実際の海上で処理を正確に行うことができることを意味している。
2
本件発明について
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
上記第2の2に記載のとおりである。
(2)本件明細書の記載
本件補正後の本件明細書の段落
【0013】
の記載は次のとおりである
(本
件補正による補正箇所は,段落【0013】に係る部分のみである。また,下線は補正箇所を示す。)。
【0013】(第1発明)第1発明の水中音響測位システムは,陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができるものであり,前記船上局から各海底局に個別に割り当てられるIDコードおよび測距信号からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して互いに混信しない最低の時間差をもって送信する船上局送信部と,前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,受信した前記音響信号中の前記IDコードが自局に割り当てられたものである場合にのみ,前記全ての海底局に予め決められた同じIDコードであって海上保安庁が設置した既存の海底局において用いられるM系列コードを,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に直ちに返信信号を送信する海底局送受信部と,前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部と,前記一つの船上局受信部において,前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置と,から少なくとも構成されている。
3
取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)について
(1)構成Dの一斉にについて

原告は,構成Dの一斉にとの文言を追加する本件補正は,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的事項を導入し
ないとした審決の判断が誤りであると主張する。
ここで,構成Dの一斉には,一つの船上局受信部がそれぞれの海底局送受信部から返信された各返信信号を受信する動作を形容する語であるから,当該文言を追加する本件補正がいわゆる新規事項の追加に当たるか否かは,それぞれの海底局送受信部から返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部との構成(以下一斉受信構成という。)
が,
本件当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的
事項に当たるか否かにより判断すべきである。


本件当初明細書等の記載について
(ア)上記1(1)において認定したとおり,
本件補正前の特許請求の範囲に
は一斉にとの文言は使用されていないし,その余の文言を斟酌しても,
一斉受信構成と解し得る構成が記載されていると認めることはできない。
(イ)次に,上記1(2)において認定したとおり,本件当初明細書の段落【0004】,【0009】,【0010】及び【0019】に一斉にとの文言が使用されているところ,これらはいずれも特願2013-102097号に係る水中音響測位システム(以下先願システムという。)に関する記載である。そこで,先願システムにおいて用いられている一斉にの語の意味について検討する。
a
先願システムが解決しようとする課題及びこれを解決するための手段は,本件当初明細書の段落【0004】,【0006】,【0007】及び【0010】の記載によれば,次のとおりと認めることができる。すなわち,従来の水中音響測位システムにおいては,船上局から海底局の1つに向けて音響信号を送信し,海底局がこれに応答して送信された応答信号が船上局に到達し受信された後に,他の海底局に対して同様の動作を順次行うとの手順を採用していたため,船上局と海底局の間の音響信号の送受信に時間がかかる(どの時点でみても,船上局はいずれか1つの海底局との間でしか音響信号の送受信を行わないため,全体の測距時間は,最低でも各海底局に対する測距時間を合計した時間となる。との課題があった。

そこで,
先願システムは,
当該課題を解決するための手段として,船上局からの音響信号を各海底局に一斉に送信し,各海底局からの音響信号を船上局で一斉に受信する構成を採用した。
そして,一斉にの語は

そろって。同時に。

との意味を有すること(甲1)に鑑みると,先願システムは,複数の海底局に対して一斉に,
すなわち,
同時に測距を行うとの構成を採用したことにより,
1つの海底局に対する測距時間を他の海底局に対する測距時間としても利用可能となり,従来の水中音響測位システムと比較して全体の測距時間が短縮するという効果を奏するものと認められる。

b
ところで,本件当初明細書の段落【0004】及び【0010】では,先願システムの動作に関し,船上局における音響信号の送信のみならず,受信についても一斉にとの語が用いられている。
確かに,先願システムでは,船上局から各海底局に対する音響信号を厳密な意味で同時に送信することができる。しかし,船上局と各海底局との距離には当然にばらつきがあるため,船上局から各海底局に対する音響信号を厳密に同時に送信したとしても,船上局が各海底局からの音響信号を受信するタイミングには,この距離のばらつきに応じた時間差が生じ得る。そして,このような時間差が生じることを測距前に完全に排除することは不可能である。
そうすると,先願システムにおける一斉にとの語は,厳密に同
時であることを意味する語としてではなく,船上局と各海底局との位置関係次第では無くなり得るほどの,ある程度の時間差を許容する語として用いられていると認めるのが相当である(このような理解は,全体の測距時間が短縮するとの先願システムが奏する効果(受信のタイミングが厳密に同時でなくとも,複数の海底局に対する測距が同時に行われ得ることは明らかである。)や,本件当初明細書の段落【0019】及び図7の記載とも整合する。)。
c
なお,本件当初明細書の段落【0009】では,船上局からの送信について一斉にとの表現を用いているのに対し,海底局からの送
信及び船上局での受信についてはほぼ一斉にとの表現を用いてい
る。これは,船上局からの音響信号の送信が厳密な意味で同時に行われるのに対し,船上局からの音響信号が海底局に到達し,当該海底局がこれに応答して音響信号を送信するタイミング及び当該海底局からの音響信号が船上局に到達するタイミングには,船上局と各海底局との距離のばらつきに応じた時間差が生じ得ることを明確にする意図であると推察できるから,先願システムにおける一斉にの語の意味
についての上記理解を否定するものとはいえない。
d
以上によれば,
本件当初明細書は,
先願システムにおける
一斉に
の語について,船上局と各海底局との位置関係次第では船上局での受信が同時にされる程度の時間差の範囲内でとの意味を開示していると認められる。

(ウ)本件当初明細書に記載されている本件発明の実施の形態についてみると,本件当初明細書の段落【0036】には,IDコードの長さが0.1秒,測距信号の長さが0.2秒,IDコードと測距信号との間が0.1秒であって,これらの合計0.4秒の長さを持つ音響信号を,測距信号の送信終了から次のIDコードの送信開始まで2.6秒の間隔をあけて送信する実施例が記載されている。この実施例では,最初の音響信号の送信開始から次の音響信号の送信開始までに3秒の時間差が生じる。音速を1500m/秒(本件当初明細書の段落【0026】,【0033】参照)とすると,3秒の時間差は4500mの距離差に相当するから,船上局から海底局までのそれぞれの距離の差が2250mである2つの海底局に対し,
遠方の海底局,
近接する海底局の順に測距を行うと,
2つの海底局からの音響信号が同時に船上局に到着することになる(当該実施例が船上局から5000m離れた海底局を想定している(本件当初明細書の段落【0038】)ことに鑑みれば,2250mの距離の差は当該実施例においても想定されている範囲といえる。)。
また,本件当初明細書には,当該実施例に関し,海底局からの応答信号が重複しても,すなわち,複数の海底局からの音響信号を船上局で同時に受信しても,
相関処理によって識別できることが記載されている
(段
落【0044】,【0045】)。
そうすると,当該実施例は,船上局において,複数の海底局からの応答信号を船上局と各海底局との位置関係次第では船上局での受信が同時にされる程度の時間差の範囲内で受信する態様を開示していると認められるから,上記(イ)において説示した一斉にの語の意味に照らせば,当該実施例が開示する態様は,船上局において,複数の海底局からの応答信号を一斉に受信するものといえる。

以上によれば,本件当初明細書に記載されている本件発明の実施の形態は,一斉受信構成,すなわち,それぞれの海底局送受信部から返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部を備えていると認められる。
そして,この一斉受信構成を表現するために,先願システムで使用された一斉にとの語を,先願システムと同様の意味を有するものとして構成Dに追加することは,本件当初明細書に記載された事項との関係において,新たな技術的事項を何ら導入しないものというべきである。
したがって,この点についての原告の主張を採用することはできない。
(2)構成Eの直ちにについて

原告は,構成Eの直ちにとの文言を追加する本件補正は,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的事項を導入し
ないとした審決の判断が誤りであると主張する。
ここで,構成Eの直ちには,受信次第との文言と併せて,海底
局送受信部の位置を決めるための演算を行う時期を限定するものであるから,
当該文言を追加する本件補正がいわゆる新規事項の追加に当たるか否かは,構成Eのうち演算を行う時期について特定する前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置との構成(以下位置決め演算時期構成という。)が,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,
新たな技術的事項に当た
るか否かにより判断すべきである。


本件当初明細書等の記載について
(ア)上記1(1)において認定したとおり,
本件補正前の特許請求の範囲に
は直ちにとの文言は使用されていないし,その余の文言を斟酌しても位置決め演算時期構成と解し得る構成が記載されていると認めることはできない。
(イ)また,
上記1(2)において認定したとおり,
本件当初明細書の段落
【0
008】,【0009】,【0013】,【0025】,【0030】,【0032】,【0035】,【0036】及び【0040】等には,先願システム及び本件発明の実施の形態において,海底局の位置を決めるための演算(以下位置決め演算という。)は,海底局からの音響信号(又はデータ)及びGPSからの位置信号に対して行われるものであって,船上局又は地上において実行される(特に段落【0025】,【0040】)ことが開示されている。しかし,本件当初明細書には,位置決め演算の時期を限定することに関する記載は見当たらない。(ウ)この点に関し,審決は,データ処理装置による位置決め演算には,船上で行う場合と,船上で受信したデータを地上に持ち帰って行う場合とがあるところ,後者の場合にはそれなりの時間がかかるから,技術常識をわきまえた当業者であれば,構成Eの受信次第直ちにとは,船上で演算を行う場合を指すと理解すると認められると判断した。
しかし,位置決め演算を船上で行うか地上で行うかは,位置決め演算を実行する場所に関する事柄であって,位置決め演算を実行する時期とは直接関係がない。そして,位置決め演算を船上で行う場合には,海底局及びGPSの信号を受信した後,観測船が帰港するまでの間で,その実行時期を自由に決めることができるにもかかわらず,位置決め演算を受信次第直ちに実行しなければならないような特段の事情や,本件発明の実施の形態において,当該演算が受信次第直ちに実行されていることをうかがわせる事情等は,本件当初明細書に何ら記載されていない。
また,本件当初発明では,構成eに前記船上局受信部において,…前記海底局の位置を決める演算を行うデータ処理装置と,と,位置決め演算を船上で行うことが特定されていたのであるから,本件補正によって追加された受信次第直ちにとの文言を,位置決め演算を船上で行うことと解すると,当初明確な文言によって特定されていた事項を,本来の意味と異なる意味を有する文言により特定し直すことになり,明らかに不自然である。
したがって,受信次第直ちにとの文言を,船上で位置決め演算を
行う場合を指すと解することはできない。
(エ)よって,
本件当初明細書に,
位置決め演算時期構成が記載されている
と認めることはできない。

以上検討したところによれば,本件当初明細書等に位置決め演算時期構成が記載されていると認めることができないから,構成Eに位置決め演算を受信次第直ちに行うとの限定を追加する本件補正は,本件当初明細書に記載された事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものというべきである。
したがって,この点についての審決の判断には誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすものである。

(3)小括
よって,原告が主張する取消事由1は理由がある。
4
取消事由2(サポート要件適合性の判断の誤り)について
原告は,構成Dの一斉に及び構成Eの直ちには,いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項でないと主張する。
しかし,
上記2(2)において認定したとおり,
本件補正後の本件明細書の段落
【0013】には,前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部との記載及び前記一つの船上局受信部において,前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置との記載があるところ,これらの記載はそれぞれ構成Dの一斉に及び構成Eの直ちにの各特定事項に相当するものというべきである。
したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認められるから,本件特許はサポート要件に適合する。
よって,この点についての審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由2は理由がない。
5
取消事由3(甲2文献に基づく容易想到性判断の誤り)について
(1)審決が認定した甲2発明(上記第2の4(1))については,当事者間に争いがない。
また,審決が認定した本件発明1と甲2発明との相違点のうち,相違点2及び3の認定,並びにこれらの相違点が甲2発明と甲5文献及び甲6文献記載の技術事項に基づいて容易に想到できるものであることについては,当事者間に争いがない。
(2)甲2発明の特徴について

甲2文献の記載(図21は別紙甲2図面参照。甲2)
1.移動観測における高精度かつ高効率な海底地殻変動観測・解析技術の開発……1.の研究課題では,海上のGPS測位と海中の音響測位を結合したGPS音響結合方式の海底精密測位の繰り返しにより海底地殻変動を観測する手法において,船を用いて観測点の周囲を移動しながら観測する方法により,高精度かつ高効率な観測を実現するために必要な観測システム及び解析手法を開発することを目的としている。(iii頁)3.1移動観測における高精度かつ高効率な海底地殻変動観測・解析技術の開発(2頁)

効率的な広域高密度観測が可能なシステム開発のため,最低でも既存の3つの海底局との間をほぼ同時に測距できる複数海底局同時測距システムの基本設計を得た。

(6頁)複数海底局との間の完全な同時測距を行うためには海底局の改造も必要となる。しかし,既設の海底局がまだ寿命を迎えていないため,既設の海底局の有効利用も念頭に置いて,海底局の改造を行うことなく,現有の海底局との間での同時測距も可能なシステム設計とした。設計した複数海底局同時測距システムの概念図を図21に示す。海上局からは,スリープ状態にある海底局を起こすための目覚まし信号と測距する海底局を指定するヘッダ信号に続いて測距信号を送信する。目覚まし信号は全海底局に共通なため1つとし,ヘッダ信号と測距信号のペアを3回送信する方式とした。現有の海底局は,海上からの測距信号を受信した後に,海上局に返信を知らせるためのヘッダ信号を測距信号の前に付けて返信する。…ただし,この収録方式では,海上局から等距離にある海底局からの測距信号が重なってしまう。(28頁)また,
図21中には,
海底局が返信する測距信号につき,
ミラー応答
である旨が記載されている。

上記アにおいて認定した甲2文献の記載内容によれば,甲2発明の特徴として,次の点を指摘することができる。
甲2発明の技術分野は,GPS及び音響測位を用いた複数海底局同時測距システムである。そして,その解決しようとする課題は,既設の海底局を改造することなく有効利用しつつ,海底局との間での複数海底局同時測距を実現し,効率的な広域高密度観測が可能なシステムを開発することである。
そして,
その課題解決手段として,
甲2発明の構成c2が特定する海底局
送受信部を前提とし,
船上局から各海底局に対し,
同構成b2が特定するよ
うに,各海底局に個別に割り当てられるヘッダ信号及び各海底局に共通に割り当てられる測距信号を含む音響信号を送信する点に技術的意義を有する。
(3)本件発明1と甲2発明との相違点の認定について

相違点1
(ア)原告は,測距信号には,船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号とがあり,前者の測距信号
と後者の
測距信号
は,
ミラー応答方式では一致するが,
ミラー応答以外の方式では必ずしも一致しないのに,審決は,この2つの測距信号を区別することなく相違点1を認定したと主張する。
そこで検討するに,本件発明1の海底局は,IDコードを受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に直ちに返信信号を送信する(構成C)のであるから,ミラー応答方式を採用したものである。
また,
甲2発明の海底局も,
全ての海底局に予め決められたヘッダ信号を,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,…返信信号を送信する(構成c2)のであるから,や
はりミラー応答方式を採用したものである。そうすると,本件発明1及び甲2発明のいずれについても,船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号とが一致する。したがって,本件発明1と甲2発明との対比において,船上局から海底局に送信される測距信号と,海底局から船上局に返信される測距信号と
を区別しなかったとしても,誤りがあるとはいえない。
(イ)また,原告は,当業者にとって,ミラー応答方式であるか否かは,従来から知られている単なる技術的な選択事項にすぎないから,相違点に係る本件発明1の構成がミラー応答に限定されるような審決の相違点1の認定は,本件発明1の進歩性を判断するために適切とはいえないと主張する。
しかし,上記(ア)のとおり,本件発明1はミラー応答方式を採用したものであるし,甲2文献にもミラー応答方式を採用した技術のみが記載されており,ミラー応答方式を採用しないことについての記載ないし示唆は見当たらない。
したがって,本件発明1と甲2発明との対比の際に,甲2文献の記載を離れて,ミラー応答方式以外の方式が採用されることを前提として甲2発明を評価しなければならないとはいえない。
(ウ)以上によれば,
相違点1についての審決の認定に誤りがあるとはいえ
ない。

相違点4
審決は,
本件発明1の構成Dは,
各返信信号を受信する態様が
一斉に
である点で,
甲2発明の構成d2と相違するとして,
本件発明1と甲2発明
との間に相違点4があると認定した。
これについて,
原告は,
構成Dの
一斉にをどのように解したとしても,本件発明1と甲2発明との間に相違点4は存在しないと主張する。
そこで検討するに,上記3(1)において説示したとおり,構成Dの一斉には,船上局と各海底局との位置関係次第では船上局での受信が同時にされる程度の時間差の範囲内でと解される。そして,甲2発明は,

海上局から等距離にある海底局からの測距信号が重なってしまう。(甲2・

28頁30行目~31行目)
方式であるというのであるから,
甲2発明も,
本件発明1と同じ意味において,
船上局
(海上局)
で返信信号を
一斉に
受信するものと認められる。そうすると,甲2発明の構成d2は,本件発明1の構成Dに相当する。
したがって,本件発明1と甲2発明との間に相違点4があるということはできないから,この点についての審決の判断には誤りがある。
(4)相違点1の容易想到性判断について

原告は,相違点1に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲3文献に記載された構成(甲3構成b3(原告))に基づいて当業者が容易に想到できるから,この点についての審決の判断は誤りであると主張するので,以下検討する。


甲3文献記載の構成について
(ア)原告は,審決の甲3構成b3の認定に誤りがあると主張するので,この点について検討する。
(イ)ところで,審決は,甲3の1文献及び甲3の2文献を併せて甲3文献とした上で,
甲3文献に甲3構成b3が記載されていると認定してい
るところ,甲3の1文献が博士学位論文,甲3の2文献が甲3の1文献の内容の要旨であることについては,当事者間に争いがない。そうすると,甲3の2文献に記載されている内容は,甲3の1文献に記載されているものと認められるから,これらの2つの文献からひとまとまりの技術的思想を認定し得るというべきである。
(ウ)甲3文献の記載
a
甲3の2文献
本研究では,海底での地殻変動観測を行うための海底測位システムの開発を行った。…この観測システムは,GPSによる移動体のキネマティック測位と,音波を用いた音響測距を組み合わせたものである。…音響測距に於いては,海上-海底装置間の音波の往復送時が計測される。(287頁)

第4章では,複数の海底基準点に対して音響測距を多重化して同時に行う方法を示している。

(288頁)b
甲3の1文献
4.2多重音響測距(100頁)

4.2.2海底基準点のための実験…この実験において,3000,3001及び3002と番号付けされた3つの海底基準点が使用された。…海上装置が海底装置3000を呼び出す時,全ての3つの海底装置は,異なるM系列により変調された音響信号を返信する。(104頁)

多重音響測距において,全ての3つの海底基準点装置は,海上装置からの単一呼び出しに対して信号を返信する。

(図4.6の説明。106頁)
また,図4.6(106頁)には,多重音響測距においては,海上装置が単一の信号を送信して各海底装置(海底基準点)を呼び出し,各海底装置は単一の信号を海上装置に返信する態様を示す図が記載されている。
(エ)上記(ウ)において認定した甲3文献の記載によれば,甲3文献には,次の発明(以下甲3発明という。)が記載されていると認められる。複数の海底基準点に対して音響測距を多重化して同時に行う多重音響測距により海底での地殻変動観測を行うための海底測位システムであって,GPSによる移動体のキネマティック測位と,音波を用いた音響測距を組み合わせ,音響測距に於いては,海上-海底装置間の音波の往復送時が計測されるものであり,海上装置が3つの海底装置それぞれに対して海底装置を呼び出すための単一の信号(以下「多重測距信号という。)を送信し,各海底装置が多重測距信号を受信すると,海底装置ごとにそれぞれ異なるM系列により変調された単一の音響信号(以下返信信号という。)を海上装置に返信する海底測位システム。」そうすると,審決が認定した甲3構成b3は,甲3発明のうち,海上装置(船上局)が送信する多重測距信号が各海底装置(海底局)に個別に割り当てられたものではなく,海底局ごとに異なる返信信号が船上局に返信される点を抽出したものであるから,その認定に誤りがあるとはいえない。

容易想到性について
(ア)上記(2)イにおいて認定したとおり,甲2発明の技術分野は,GPS及び音響測位を用いた複数海底局同時測距システムである。そして,その解決しようとする課題は,既設の海底局を改造することなく有効利用しつつ,海底局との間での複数海底局同時測距を実現し,効率的な広域高密度観測が可能なシステムを開発することにある。
そうすると,甲2発明と甲3発明とは,GPS及び音響測位を用いた複数海底局同時測距システムという同じ技術分野に属し,かつ,複数海底局同時測距を実現するとの点で課題が一致していると認められる。(イ)しかし,
甲2発明では,
既設の海底局を改造することなく有効利用す
るとの課題を解決するために,海上局と海底局との間でやりとりする音響信号はヘッダ信号と測距信号とを含むものとし,かつ,海底局は測距信号をミラー応答することを,その技術的特徴としている。
これに対し,甲3発明では,海上局と海底局との間でやりとりする音響信号が,ヘッダ信号及び測距信号などの区別がない単一の信号からなるものであり(少なくとも,甲3文献には,当該音響信号が,ヘッダ信号,測距信号などのように,性格の異なる複数の信号で構成されるものであることをうかがわせる記載は見当たらない。),全ての海底局は船上局から同一の送信信号を受信し,海底局ごとに異なる返信信号を船上局に返信するものであるから,音響信号の具体的構成の点からも,海底局の返信動作の点からも,既設の海底局を改造することなく有効利用するとの課題の解決に向けた思想は全くうかがわれない。
このように,甲2発明と甲3発明とは,既設の海底局を改造することなく有効利用するとの課題解決の点において相違している上に,甲3発明における音響信号の具体的構成及び海底局の返信動作に照らせば,甲2発明に甲3構成b3を適用すると,
かえって当該課題の解決ができない
こととなる。
(ウ)そうすると,甲2発明に甲3構成b3を適用する動機づけがあるということはできず,むしろ阻害要因があるというべきである。
したがって,相違点1に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲3文献に記載された構成に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。

原告の主張について
(ア)原告は,
ミラー応答方式であるか否かの違いは単なる技術的な選択事
項にすぎないから,甲2文献及び甲3文献の記載事項を組み合わせることの阻害要因とならないと主張する。
しかし,かかる違いが技術的選択事項であると認めるに足りる証拠はない。仮にこの点を措くとしても,甲2発明は,ミラー応答方式を採用している既設の海底局を改造することなく有効利用するという課題の解決に向けられたものであるから,ミラー応答方式であることは,甲2発明における必須の構成というべきである。
(イ)また,原告は,水中音響測位システムの創作に当たり,当業者において,船上局の送信信号と受信信号とが一連不可分のものであるとの認識は希薄であると主張する。しかし,原告が主張する,①
船上局の送信

信号を変えれば,船上局の受信信号は既存の海底局の仕様に応じて自動的に決まる,②

船上局の受信信号を変えるには,船上局の送信信号を

既存の海底局の仕様に応じて自動的に決まるものとしなければならない,との事実は,結局のところ,船上局の送信信号と受信信号との間に強い相関があることを示しているというべきであるから,原告の主張は失当といわざるを得ない。
(ウ)このほか原告は種々の主張をするが,
上記ウにおいて説示した阻害要
因を覆すに足りる事情があると認めることはできない。

小括
したがって,相違点1に係る本件発明1の構成は,甲2発明と甲3文献に記載された構成に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえないから,この点についての審決の判断に誤りがあるとはいえない。

(5)アそうすると,本件発明1は,甲2発明と甲3文献ないし甲6文献に記載された構成に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

なお,原告は,観測船が中間領域にいるときも2つの海底局から異なる測距信号を受信して測距可能であることが,本件発明1の効果であるとしても,当該効果は甲3文献に開示されているから,本件発明1の容易想到性を否定する要素とならないと主張する。
しかし,上記(3)において説示したとおり,当業者は,相違点1に係る本件発明1の構成そのものにつき,甲2発明と甲3文献に記載された構成に基づいて容易に想到することができたとはいえず,既にその点において進歩性を肯定し得るものであるから,この点についての原告の主張を採用することはできない。

(6)以上検討したところによれば,審決には,本件発明1と甲2発明との間に相違点4があると認定判断した点に誤りがあるものの,本件発明1は,甲2発明と甲3文献ないし甲6文献に記載された構成に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないとの結論に誤りはない。
そして,本件発明2は,本件発明1の構成を全て含むものであるから,本件発明2についても,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないとの審決の判断に誤りはない。
したがって,原告が主張する取消事由3は理由がない。
6
結論
以上によれば,原告が主張する取消事由2及び3はいずれも理由がないが,取消事由1は理由があるから,審決は取り消されるべきである。
よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官

鶴岡高橋間明稔彦
裁判官


裁判官

宏充
(別紙)
本件図面
【図1】

【図2】

【図3】

【図5】

【図6】

【図7】

(別紙)
甲2図面
図21

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