判例検索β > 平成29年(わ)第421号
虚偽診断書作成、同行使
事件番号平成29(わ)421
事件名虚偽診断書作成,同行使
裁判年月日平成31年3月22日
法廷名京都地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-22
情報公開日2019-04-26 16:00:25
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主文
被告人は無罪

第1


本件公訴事実及び争点
本件公訴事実は,被告人は,京都市a区b町c番地のd医療法人AB病院Cセンター所長を務める医師であり,指定暴力団D総長Eの診療を担当していたものであるが,Eの病状等に関するF高等検察庁検察官からの平成28年1月27日付け裁判執行関係事項照会書に対し,同月29日頃から同年2月5日までの間に,同病院において,真実はEがその当時に重篤な心室性不整脈であるなどの事実はなかったのに,『当院での現在の病状については,継続して起こる心室性の不整脈であり,その出現頻度は日によって異なるが概ね7,000回から10,000回は出現していると思われる。時間帯によって多く出現する時間帯が認められ,時には2連発までの出現が確認されている。』,『E氏の心室性不整脈は…かなり重篤な状況であるといえる。』,『特に最近については強い自覚症状を訴えて時間外に受診されることもあり』,『現在の症状から,今後,心室性不整脈が頻発し,症状が重篤化することが安易に予測できる。』などと虚偽の事実を記載して同年2月5日付け同検察官宛ての回答書を作成し,もって公務所に提出すべき診断書に虚偽の記載をした上,大阪市e区fg丁目h番i号F高等検察庁に郵送し,同月8日,同検察庁執行係職員に対し,同回答書を真正な内容のものであるように装い提出して行使したものである。というものである。本件では,被告人が作成・行使したこの回答書(以下本件回答書という。)の記載内容が虚偽であるかどうか,すなわち,被告人が,客観的真実に反する診断内容を,自己の認識又は判断に反して記載したかどうかが争われている。
第2

当裁判所の判断

1
本件回答書に記載された心臓突然死のリスク(危険性)の程度・意味内容について


検察官は,本件回答書の記載内容は,一般通常人が素直に読めばEを刑事施設に収容することにつき否定的判断を示したものであると読めるとして,被告人はそのような趣旨の判断をしたものと解するのに対し,弁護人は,そのような趣旨には解されない旨主張しており,そもそも被告人が本件回答書でどのような判断を示したのかについて争いがある。



本件回答書の病名欄に記載された重症心室性不整脈が,心臓突然死のリスク(危険性)のある心室性不整脈を指すことは当事者間に争いがなく,関係証拠からも認められるところ,本件回答書の記載内容を,検察官が主張する趣旨と解するかどうかは,本件回答書の記載内容が虚偽といえるかどうかの判断(以下虚偽性の判断ともいう。)にも関わるものである。また,診療過程で患者から聴取した自覚症状やそれまでの検査結果等を前提に病名を診断し,今後の治療予測等を立てたり,予後を予測したりするものと,それに加えて各種検査を行った上でその時点における確定的な診断をするものとでは,その診断根拠が異なるであろうから,被告人が本件回答書でどのような診断を求められていたかという点も,虚偽性の判断に関わることになる。そこで,本件回答書の記載内容について,虚偽性を判断すべき対象をどう考えるべきかについて検討する。



確かに,本件回答書には,2現在の病状3.加療・検査・診察経過及びその内容欄に,E

の心室性不整脈は…かなり重篤な状況である。

,5今後の加療予定・計画欄に,

現在の症状から,今後,心室性不整脈が頻発し,症状が重篤化することが安易に予測できる。

,6その他病状等について参考となる事項欄に,

実際に服役するとなった時には…心室性不整脈がさらに重症化することは明白である。

といった記載があり,これらの記載のみを見ると,検察官が主張するように,被告人は,Eの刑事施設への収容について否定的判断を示したものと解する余地は十分にある。しかし,他方で,同じく6その他病状等について参考となる事項欄
には,

発作時には早急に的確な医療が受けられる状態で療養されることが望ましいと考える。

もちろん有事には,AEDなどによる適切な応急処置と不整脈科専門医のいる医療機関への搬送が早急に行われないと生命予後も危ういことは明白である。(当院は受入可能である。)

との記載があることからすると,そもそもEが不整脈専門医のいない場所にいること,すなわち,刑事施設へ収容されたことを前提とした記載と読むこともできる内容にもなっているのである。
このように本件回答書の記載内容は,曖昧で,その趣旨が明確でない部分が多かったのであるから,その記載内容が虚偽であるとして刑事処罰を科することをも視野に入れるというのであるなら,その趣旨を明確にしないと,その虚偽性の判断対象もまた不明確なままになってしまう。そして,本件回答書は,F高等検察庁に提出されたものであり,同庁において,その趣旨を被告人に確認するなどして明確にすることが困難であった事情は見当たらないが,そのような照会・確認等がされた形跡はない。また,検察官の主張によると,被告人は本件回答書作成時点での確定的な診断を求められていたかのようにも見えるが,同庁検察官からの照会がそもそもそのようなものであったといえるのか疑わしい上,今後の加療予定等という仮定的な判断も求めている以上,予測的な判断とならざるを得ない面があるのは当然である。
そうすると,本件回答書の記載内容は,Eについて,検察官が主張するように,刑事施設に収容することができない程度に重症心室性不整脈による心臓突然死のリスクが高い(危険性の程度が大きい)ということを確定的に示したものとはいえず,心臓突然死のリスク(危険性),すなわち心臓突然死に至る可能性のある重症心室性不整脈があり,刑事施設に収容し,過度のストレスがかかった場合には,それが更に悪化する可能性があるという予測的判断を示したにとどまることを前提に,その虚偽性を判断するよりほかない。これを前提に検討・判断すると,本件回答書の記載内容が虚偽であることについて,検察官が合理的な疑いを超えた立証をしたということはできない。以下,詳述する。
2
Eの診療経過等について


前提としての医学的知見等
関係証拠(証人G〔以下G医師ということがある。〕,証人H,弁2から4まで,被告人の公判供述等)によると,以下の事実が認められる。ア
不整脈の意義及び種類
不整脈とは,心臓の調律(リズム)の異常による脈の乱れであり,心臓を収縮させる電気信号の生成・伝導に異常が生じる病態である。不整脈には,大きく分けると,脈が遅く打つ徐脈,脈が速く打つ頻脈,正常心拍の間に割って入る期外収縮という3種類がある。さらに,期外収縮は発生部位が心室か心房かによって心房性期外収縮と心室性期外収縮に分類される。
頻脈のうち,発生部位が心室のものに心室頻拍と心室細動があり,心拍数の違いにより区別される。また,期外収縮の連発が長くなると頻拍となる。


不整脈に関する検査方法
不整脈に関する検査方法として,心電図検査があり,不整脈出現の
有無やその発生部位,不整脈と関連する心疾患の有無(例えば,心筋梗塞があるか,心臓肥大があるかなど。)の判断資料となる。
心電図検査には,一般的に行われている短時間(10秒から20秒程度)の12誘導心電図検査のほかに,3分間又は1分間心電図検査,運動負荷心電図検査があり,長時間記録ができるものとしては,24時間連続で行うホルター心電図検査,更に長期間の記録が可能で,不整脈があった際に心電図が記録されるイベントレコーダー,自覚症状があった場合に患者自らが記録する携帯型心電計,皮下に埋め込み心電図をモニタリングする植込み型心電計がある。
心エコー(心臓超音波)検査では,心疾患の有無や心機能(心臓が血液を送り出す機能)の状態を診断することができ,心機能が正常かどうかを示す左室駆出率が判明する。正常な左室駆出率は概ね55%以上である。
その他の不整脈に関係する検査として,血液検査,胸部X線写真検査,カテーテルを用いた電気生理検査がある。

致死性の心室性不整脈の発生要因・機序等
致死性の心室性不整脈は,一般に,基質があるところに,環境因子(修飾因子)と引き金(トリガー)とが相まって発生するものである。
基質とは,心臓に不整脈が起こるような組織的な構造があるということであり,心疾患等があることを指す。
環境因子には,ストレス,透析による循環ボリュームの変動や電
解質異常等が挙げられる。
引き金(トリガー)には,心室期外収縮の発現やストレス等が
挙げられる。


心臓突然死のリスクのある心室性不整脈の診断方法等

心室頻拍,心室細動を伴う場合には,心臓突然死の危険性が高い心室性不整脈と認められる。
の場合に該当しなくとも,重症心疾患があり,心機能の低下(具体的には,左室駆出率が35%程度以下)を伴う場合には,生命予後を改善するために治療が必要な,心臓突然死の危険性のある心室性不整脈と認められる。


Eの主要な診療経過
関係証拠(甲15,18ないし20,甲65,被告人の公判供述等)によると,以下の事実が認められる。

腎臓移植手術(以下腎移植という。)前の診療経過等
Eは,前記医療法人AB病院(以下B病院という。)透析クリニ
ックにおいて,平成24年3月28日から,慢性腎臓病(腎不全)により,透析治療を受け始めた。
Eは,同年6月26日から同月27日にかけて,1回目のホルター心電図検査(24時間)を受け,その結果,1日当たり1万939回,2連発1回の心室期外収縮の出現が確認された。
当時,B病院の医師であった被告人は,同年10月10日,Eを初めて診察し,経過観察等のため,同日から同月23日までの間,Eを入院させた。
同入院期間中のEの心電図モニター上,1日1万回程度の心室期外収縮の出現が確認された。
Eは,同月31日から同年11月1日にかけて2回目のホルター心電図検査(24時間)を受け,その結果,1日当たり9222回,2連発2回の心室期外収縮の出現が認められた。
Eは,同年12月25日,12誘導心電図検査を受け,その結果,心室期外収縮が確認された。

Eは,翌日以降,平成26年6月19日までの間,合計18回の心電図検査(ただし長時間心電図検査ではないもの。)を受けたが,心電図上,心室期外収縮の出現は認められなかった。
Eの透析治療は,平成26年6月30日を最後に,行われていない。イ
腎移植
Eは,平成26年7月8日,I病院で腎移植を受け,その後は透析治療を受けることがなくなった。


腎移植後の診療経過等
被告人は,平成26年10月15日,Eを診察し,3分間心電図検査を行ったが,心電図上は,心室期外収縮の出現は認められなかった。同日のカルテには,Eが,免疫抑制剤を大量に服用している旨の記載がある。
被告人は,平成27年4月16日,Eを診察し,3分間心電図検査を行ったが,心電図上は,心室期外収縮の出現は認められなかった。被告人は,同年9月30日,通常の診療時間外にEを診察し,1分間心電図検査を行ったが,心電図上は,心室期外収縮の出現は認められなかった。
同日のカルテには,Eが

時々動悸がして気が遠くなることもある。

旨述べたことが記載されている。Eは,平成28年1月18日から5日間,I病院に検査入院し,クレアチニンの値の上昇が認められたが,最終的には,軽快したと
して退院した。
F高等検察庁検察官は,B病院に対し,同月27日付裁判執行関係事項照会書により,Eの病状等に関する照会を行い,被告人は,下記診察までの間に,同照会の存在を知った。
被告人は,同年2月3日,Eを診察し,12誘導心電図検査を行っ
たが,心電図上は,心室期外収縮の出現は認められなかった。
同日のカルテには,

重症不整脈の発作が出ている可能性がある。アミオダロンを開始する。腎臓との関係もあり少量から開始

との記載がある。
3
争点に対する判断


本件回答書作成の時点で,Eが,心臓突然死の危険性のある心室性不整脈であり,刑事施設に収容し,過度のストレスがかかった場合には,それが更に悪化する可能性があると判断する根拠があったかどうかについてア
検察官は,前記のとおり,平成24年12月25日の検査を最後に,Eの心電図検査上,心室期外収縮の出現が確認されていないことからすると,そもそも,本件回答書作成の時点で,Eに心室期外収縮の存在自体を認める医学的・客観的な根拠がなく,仮にこの点を措くとしても,Eには重症心疾患も心機能の低下もないのだから,Eの心室性不整脈が重篤と判断できる根拠もない旨主張する。
確かに,検察官が主張するとおり,本件回答書作成当時,Eに心室期外収縮が出現していたと断定するだけの客観的根拠は存在しなかった上,Eには重症心疾患も認められず,心機能も正常であったことが認められる。
しかしながら,過去の心電図検査の結果等から,本件回答書作成当時の心室期外収縮の出現を推察することがおよそ不合理とは認められず(G医師も,不整脈の出現を確認した3年前の心電図検査の結果から現在の出現頻度を推測するという発想自体を否定するものではない。),また,重症心疾患の存在及び心機能の低下は,生命予後改善のために治療が必要な心室期外収縮のうちのコアな部分を判断するための基準にすぎないと解される。そもそも,検察官が前提とするG医師が証言するのと同じ意味内容で被告人が本件回答書を作成したということが立証されていな
いのであり,G医師と見解を異にするからといって,虚偽であるといえるわけではない。

被告人は,要旨,Eの心電図検査上,左軸偏位が出現したり改善したりしながら,腎移植の頃には左軸偏位が確立したことから,末期腎不全を原因とした心筋の障害(心筋の繊維化,部分的細胞壊死等)がある程度起こっていると考えており,これが基質になると考えた。また,心室期外収縮については,心電図上は約3年前を最後に確認されていないが,必ずしもホルター心電図検査で心室期外収縮の発現が捉えられるわけではないし,前記基質が残存している以上,引き続き同程度の心室期外収縮が出現していると考えた。さらに,腎移植により人工透析が不要となったことから,透析ボリュームの変動等はなくなるが,平成28年1月にクレアチニンの上昇により短期入院していることから,移植腎が定着したとはいえず,依然として環境因子も存在していると考えた。と供述する。
確かに,被告人が診断根拠として供述する心筋の障害が存在しているかどうかは,心筋生検や特殊な心臓MRIで検査しないと確定することはできないし,本件回答書作成当時,心電図上は心室期外収縮は確認されていないわけであるから,被告人の診断は,根拠事実のレベルでも可能性の域を出ないことは否定できない。しかしながら,①左軸偏位が左心室に存在する病態の現れとして心電図上に出現したものであり,心筋の障害の存在を推察させるという医学的評価,②本件回答書作成の半月余り前に,Eが前記のようにクレアチニンの値の上昇により入院したことから移植腎が安定しているとはいえないという判断,③過去の心電図検査の結果やEの自覚症状等を総合し検討した結果,Eが,心臓突然死の危険性のある心室性不整脈であり,刑事施設に収容し,過度のストレスがかかった場合には,それが更に悪化する可能性があるという判断が,
医学的・客観的にみて真実に反することが明らかといえるほどに不合理なものと断ずるには合理的疑いが残る。
特に,被告人は,平成25年12月26日付けのEの弁護人に対する報告書で,目の前が一瞬暗くなり,意識が飛ぶような感じになるなどの訴えが繰り返されることは,

状態が悪化していると考えられる。

と記載したり,カルテに,

不整脈にはストレス,その他が一番影響している。

(平成25年6月4日等)などと記載したりしており,不整脈の発生要因として,ストレスといった環境因子や引き金を重視し,また,その診断根拠として,自覚症状を重視していたとみられることをも考えると,前記判断が不合理とはいい難い。

検察官は,被告人の診断根拠のうち,左軸偏位について,平成24年9月に軽度のものが1回確認されたが,その後散見されるようになったのは,平成25年6月以降であって,被告人がEの病名を重症心室性不整脈と変更した同年4月16日の時点では,前記のほかには一度も認められていないこと,左軸偏位があるだけでは心筋の障害の所見にはならず,心機能が正常である以上,心筋の障害を推測する根拠にはならない旨のG医師の証言と整合しないことから,左軸偏位は重症心室性不整脈の診断根拠足りえないと主張する。
しかしながら,虚偽性が争われているのは,平成28年2月頃に作成された本件回答書であるから,本件回答書が医学的・客観的に真実に反しているかについては,その時点までに存在する検査結果等を基に判断すればよいのであって,被告人が平成25年4月16日にカルテ上の診断名を変更した際の根拠としていないからといって,左軸偏位を重症心室性不整脈の根拠とすることが医学的・客観的に真実に反するという結論は直ちには導かれない。また,確かに被告人の供述は,G医師の証言とは合致しないが,被告人は,過去にJ大学において,人工透析を経て亡
くなった患者の心臓の顕微鏡標本を連続して研究したり,不整脈を訴える透析患者に致死性の不整脈が発生するかどうかについての誘発試験を行ったりした経験等を有しており,そこで得られた自らの専門的知見に基づき,Eの左軸偏位と重症心室性不整脈との関連性を判断しているのであって,G医師の証言と整合しないからといって,直ちに被告人の述べる根拠が医学的・客観的に真実に反することにならないことは明らかである。


被告人が採った診療経過について

検察官は,①Eの腎移植後本件回答書作成までの約1年6か月の間に,被告人がEを診察したのは4回にすぎない上,本件回答書作成直前の診察までは投薬を行わず,実施した心電図検査も,3分間から1分間,1分間から12誘導と簡略化していっていること等,被告人にはEに対する適切な治療の前提となる正確な病状把握を行う姿勢が見られないこと,②重症であると診断しながら抗不整脈薬の投薬を全く行っていなかったのに,本件回答書作成の直前になってアミオダロンの投与を開始しているように,診断と投薬とが整合していないこと,③カテーテルアブレーション等の適切な治療をしていないことといった被告人の診療行動は,重症心室性不整脈という診断内容と矛盾し,Eがそのような状態になかったと被告人自身が判断していたことを示すものである旨主張する。

確かに,検察官の指摘する事情は,あるべき医師の姿として望ましいということはでき,検察官が前提とする重症心室性不整脈を想定すると,被告人の行動は,その診断内容と矛盾すると評価する余地もある。
しかしながら,ここで言う重症の意味は,前記1の⑶で示したとおりのものであることも考えると,望ましい行動としてどの程度のものが要求されるかも異なってくるのであり,検察官が指摘する事情を考慮しても,以下のとおり,その判断が虚偽であったと推認できる力はそれほど強
いものとはいえない。
まず,①の心電図検査がより簡易なものになっていったことについてみると,そもそも,被告人は,Eを前記1の⑶の意味での重症心室性不整脈と診ていたにとどまるのであるから,その後も,自覚症状を見ながら診察し,更なる精密検査をするに至らなかったという検査経過に特段不合理というほどのものがあるとはいえない。また,③のカテーテルアブレーション等については,Eに提案したものの,拒否されたり,腎移植等の事情を考慮したというのであるから,この経過も説明ができないものではない(検察官は,カルテに記載がないことを指摘するが,そうであるならば,そのような提案等がなかったことについて,Eの証人尋問等により立証するのが筋であろう。)。さらに,②の投薬状況に注意していないということは,前記の意味での重症という診断であるとしても,その診断に疑問を抱かせる事情とはなり得るものの,被告人自らが処方した投薬を中止し,その後も投薬をしていなかったという事情があるわけではない上,アミオダロンの処方については,医師ごとにその判断が分かれ得るものとみることも十分に可能なものである。


被告人が,不整脈の出現頻度や受診の事実につき,腎移植前に重篤と診断した根拠に用いられた当時の検査結果等を記載したことについて

検察官は,被告人が,Eについて,過去に慢性腎臓病,維持透析に伴う心室性の不整脈と診断していることからすると,慢性腎臓病の存在が不整脈の根拠となっていることは明らかであるのに,腎移植によりこの根拠が消失したにもかかわらず,特段の理由もなく,腎移植前の心電図検査の結果等を,あたかも本件回答書作成当時の診断結果であるかのように記載しているのであるから,これは,本件回答書の記載内容が虚偽であることを示している旨主張する。


確かに,本件回答書は,F高等検察庁検事がその時点でEを刑事施設に
収容することが可能かどうかの判断材料とするためにした照会に対して作成されたものであり,このような経緯等にも鑑みると,被告人が,時期を明示することなく腎移植前の心電図検査の結果等を本件回答書に記載したことが不適切であることは否定できない。
しかしながら,前記⑴のとおり,被告人は,過去の心電図検査の結果等を参考に,Eには過去と同様に現在も心室期外収縮が起きていると考えたために本件回答書のような記載をしたと考える余地もあるから,この不適切な記載をもって,直ちに本件回答書の結論部分が医学的・客観的に真実に反するということにはならないし,この記載自体が医学的・客観的に真実に反する検査結果を記載したとまでも言えない。また,最近の自覚症状に関する記載についても,平成27年9月30日に,Eが自覚症状を訴えて時間外に被告人の診察を受けていることからすると,客観的真実に反する事実を記載したとまではいえない。そして,被告人は,慢性腎不全の末期状態として,血液中に停滞する高濃度の尿酸による心筋の障害が生じていると考え,これが左軸偏位という形で心電図上に現れるようになっており,この左軸偏位が腎移植後にも継続して出ていることから,腎移植前後を通じて重症心室性不整脈であると判断した旨の根拠を示しており,G医師がこれと異なった証言をしているからといって,これが虚偽であると断定できるものではない。
被告人に本件回答書に虚偽の記載をする動機があったかどうかについて検察官は,被告人が,実刑収容を免れたいというEの意図を理解し,実際にEから金品を受け取っていたという事実や,当時のB病院医事部長のKに捜査機関に対する反感等を述べていたこと等からすると,被告人にはEに肩入れしようという心情が働いていたと認められ,虚偽の回答をする動機があった旨主張する。
しかし,検察官の主張するような動機の存在があるとしても,虚偽の回答
をしたことを推認させる力は極めて弱いというほかないし,検察官も指摘するように,被告人は,Kに対して,

こんな悪い状態で入ったらかわいそうだ。

という趣旨のことも述べていたというのであり,これは,Eの重症心室性不整脈がなお回復していないと判断したことと整合的な発言内容といえる。
被告人の捜査段階での供述内容について
検察官は,被告人が捜査段階で,①本件回答書に記載した不整脈の出現頻度は,平成24年,平成25年当時のことであり,現在の病状として記載するのは正しくなく,実際の病状とは異なる内容を記載したとか(乙2から4まで),②症状が重篤化することが安易に予測できるなどと断定するような重篤な状況にはなかった(乙2,4)などと,本件回答書が虚偽であることを自認する供述をしている旨主張する。
しかし,①については,直近の客観的な検査結果はなかったという意味の供述とみることもできる上,被告人は,Eには動悸といった自覚症状もあり,以前の重症心室性不整脈が完治したとまではいえないので,病名をそのまま維持した旨供述している(乙4)ことも考えると,これらの供述内容は,後から振り返ったときに表現として問題があったと読むこともできるものでもある(乙3)。そもそも,これらの供述は,確定的な診断としてみたときのものなのか,予測的な診断としてみたときのものなのかについての峻別もされていないという問題がある上,この供述は,診断結果がなぜ正しくないのかといった具体的な内容が語られているわけではなく,結論を示しているに過ぎないことも考えると,前記第2の1⑶の意味での重症ということについて,虚偽であることを自認した供述と言うことはできないものである。そうすると,被告人の捜査段階での供述内容も,本件回答書が虚偽であることを示すものとしての証拠価値は大きいとはいえない。
小括

以上で検討してきたとおり,被告人の診療行動,投薬状況,本件回答書の記載内容,捜査段階での供述内容等には,被告人が自己の認識に反して本件回答書を記載したことを推認させる事情は複数認められるものの,それらを総合しても,本件回答書の記載内容が医学的・客観的に虚偽であると認定するにはなお疑いが残る。
第3

結論
以上によると,被告人が作成した本件回答書の記載内容が,医学的・客観的にみて真実に反するというには合理的な疑いが残り,本件回答書の記載内容が虚偽であると認めることはできない。
よって,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,その余の点について判断するまでもなく,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。

(求刑

禁錮1年6月)

平成31年3月22日
京都地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官

齋藤
裁判官

石井
裁判官

築山正人寛健一
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