判例検索β > 平成28年(ワ)第2820号
損害賠償請求事件
事件番号平成28(ワ)2820
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成31年4月16日
法廷名福岡地方裁判所
結果その他
裁判日:西暦2019-04-16
情報公開日2019-05-08 18:00:13
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主1文
被告は,原告Aに対し,2109万2279円及びこれに対する平成26年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告は,原告Bに対し,2109万2279円及びこれに対する平成26年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

5
この判決は,第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。事
第1
1実及び理由
請求
主位的請求
被告は,原告Aに対し,2549万2279円及びこれに対する平成26年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
被告は,原告Bに対し,2549万2279円及びこれに対する平成26
年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
予備的請求
被告は,原告Aに対し,2549万2279円及びこれに対する平成28年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。被告は,原告Bに対し,2549万2279円及びこれに対する平成28
年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2
1
事案の概要
本件は,原告らが,被告に対し,被告の開設するC歯科医院(以下被告歯科医院という。)に勤務していた原告らの子であるDが,被告歯科医院にお
ける過重な労働等により,精神疾患にり患し自殺に至ったと主張して,主位的に不法行為に基づき,予備的に債務不履行に基づいて,原告らそれぞれにつ
き,2549万2279円の損害賠償及びこれに対する亡Dが死亡した日である平成26年4月8日(債務不履行に基づく損害賠償請求については,訴状送達日の翌日である平成28年9月16日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2
前提事実(争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠により認定した事実はその証拠を付記する。)
当事者

原告Aは,亡Dの父であり,原告Bは,亡Dの母である。


被告は,福岡県大牟田市a町において,被告歯科医院を開設している者である。


亡Dは,歯科技工士の資格を取得し,平成元年4月に被告歯科医院に就職し,歯科技工士として勤務していた。
亡Dの死亡
亡Dは,平成26年4月8日午前3時頃,熊本県荒尾市bにあるcの駐車
場に駐車した自動車内で練炭を燃やし,一酸化炭素中毒によって死亡した。
労働者災害補償給付の支給決定
原告らは,亡Dの死亡が業務上のものであるとして,大牟田労働基準監督署長に対し,遺族として労働者災害補償の給付を申請したところ,同署長は,亡Dの死亡が業務上の死亡であるとして,平成27年7月24日付けで,遺族補償年金,遺族特別支給金,遺族特別年金及び葬祭料の支給決定を
した。(甲4)
3
争点
亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係
安全配慮義務違反の有無

原告らに生じた損害
過失相殺

4
争点に関する当事者の主張
亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係)
(原告らの主張)
亡Dは,被告歯科医院に勤務している間,帰宅するのはほぼ毎日午後
11時を過ぎており,1か月に1日か2日ほど午後10時や午後10時半に帰宅できる程度であった。また,忙しい週には,午前2時や午前4時に帰宅することもあった。このように,亡Dは,夜遅くまで業務に従事し,最後に,被告歯科医院の警備を担当していた綜合警備保障株式会社(以下警備会社という。)の警備システムのスイッチを入れて,
被告歯科医院を施錠して帰宅することが続いていた。土曜日における被告歯科医院の診療時間は午後0時30分までであったが,亡Dは,その後も業務を続けて午後5時ないし午後7時頃に帰宅していた。日曜日は,原則として休日であったが,亡Dは,月に1日あるかないかの頻度で出勤していた。
警備会社の警備情報をもとに亡Dの勤務時間を試算し,うつ病発症前
の1か月当たりの平均時間外労働時間を求めると,次のとおりとなる。①

151時間41分



発症前3か月間の平均

150時間15分



発症前4か月間の平均

127時間28分



発症前5か月間の平均

139時間56分



発症前2か月間の平均

発症前6か月間の平均

145時間31分

これによると,亡Dの死亡前1か月間の時間外労働は145時間を超えており,死亡前2か月間ないし6か月間における1か月当たりの平均時間外労働時間も極めて長時間である。
労働基準監督署も,亡Dの長時間労働を認定しているが,その認定にも十分合理性がある。

被告歯科医院において,亡Dは,技工室における本来の技工の業務の他に,被告から研磨や義歯の修理を指示されたり器具の出し入れなどの手伝いを求められたりすることがあるため,診療時間中は技工に集中できない。また,被告歯科医院における技工業務についても,歯科技工の各工程の通常要する時間からすれば,亡Dの技術レベルでは長時間の時
間外労働をしなければ対応できないほどの過重な業務量であった。亡Dは,死亡する5,6年前からミスが多くなり,業務の処理速度も遅くなっていたため,被告から厳しく叱責されていた。また,亡Dは,死亡前日も,翌日までに仕上げることになっていた義歯に誤りがあり,叱責を受けて診療時間外に業務に従事していた。また,その1週間前に
も,被告から厳しい叱責を受けていた。
亡Dは,数年前から給与を引き下げられ,福岡県における賃金の最低基準以下の給与しか支払を受けていなかった上,被告の妻から要求されて300万円の借金をさせられていた。また,被告の妻から運転手のように扱われて勤務時間内においても,被告の妻の用事のために自動車の
運転をさせられていた。
このように,亡Dは,著しい長時間労働を中心とする過重な業務,劣悪な労働条件等のために,死亡した平成26年4月頃には,肉体的にも精神的にも疲労のピークを迎えていた。

本件に関し,労働基準監督署は,亡Dのうつ病発症の業務起因性について,日常的叱責等の上司とのトラブルに該当する出来事の前後において,時間外労働時間数が発症1か月前147時間49分,発症2か月前161時間34分,発症3か月前150時間57分といった恒常的な長時間労働(月100時間を超える時間外労働)となっていることか
ら,その心理的負荷が労災認定の基準における強であると判断し,さらに,発症直前の2か月間の1か月当たりの時間外労働時間数が月1
20時間を超える長時間労働になっていることから,1か月に80時間以上の時間外労働を行ったとの心理的負荷も強と認定し,業務起因性を認めている。かかる認定は妥当なものである。
亡Dは,前記アのとおり,被告からの日常的な叱責や長時間労働によってもたらされた強度の心理的負荷によって精神障害(うつ病)を発症
し,これによって正常の認識・行為選択能力が著しく阻害され,自死を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害された結果,自殺に追い込まれたものであり,亡Dの自殺に業務起因性があることは明らかである。亡Dについて,被告歯科医院における業務以外に,心理的な負荷になるような事情は認められない。


以上によれば,亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係は認められる。

(被告の主張)
被告歯科医院の警備を担当していた警備会社の警備情報による閉錠時刻は,被告歯科医院の錠を閉めた時刻に過ぎないから,その時刻まで亡Dが時間外労働に従事したことを直接示すものではない。
①残存する被告歯科医院の会計ノートの記録をもとにすれば,亡Dの時間外労働の頻度は,平均月2回程度にとどまっていること,②警備会社の従業員が,夜間に被告歯科医院に出動し,寝ていた亡Dを発見した
ことがあったこと,③平成26年当時,被告歯科医院の全体の仕事量は少なくなっていたため,亡Dが行うべき仕事量は少なくなっており,勤務時間中に診療の手伝いをさせられることもなかったから,技工に専念できていたこと,④亡Dが,原告らが主張するような過重な業務に従事していたとすれば,自殺する前に病死していたはずであることに照らせ
ば,亡Dは,被告歯科医院に残って,時に居眠りなどをしながら自由な時間を過ごしていたにすぎず,業務に従事していたわけではない。
被告の亡Dに対する指導は,雇用関係に基づく注意として,業務の遂行上許される範囲内のものである。
①亡Dが25年間も被告歯科医院に勤務してきたこと,②亡Dが,被告及びその妻に対し,被告歯科医院の居心地がいいと述べていたこと,③被告も,亡Dに対し,厳しく指導しても意味がないと考えていたこ
と,④労働基準監督署も,上司とのトラブルの強度は3段階の最下位であると評価していたこと,⑤亡Dが,勤務時間中に居眠りをすることが多くなっていたが,その原因は不明であり,被告による指導が原因であるとはいえないこと,⑥被告は,亡Dが死亡する1週間前に,亡Dに対し注意したが,このような注意をすることは初めてではなく,これ
まで被告が注意したことで亡Dが自殺を考えるようなこともなかったこと,⑦亡Dが死亡する前日に,亡Dに対し叱責したことはなかったことからすれば,被告が,亡Dに対し,厳しい叱責をしたと評価することはできない。

亡Dは,遺書や日記を残しておらず,受診していた内科医に対するうつ病を想起させる愁訴がなかった上,周囲の者も全く亡Dのうつ病の症状に気づいていなかった。そして,前記アのとおり,亡Dの業務の過重性が認められないのであるから,亡Dが自殺した理由は不明であるといわざるを得ない。


以上によれば,亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係はいずれも認められない。

(原告らの主張)
本件は,生命,健康という重大な法益が侵害された事案であり,さらに長時間労働の継続などによる過重労働が問題となっている事案であるから,自殺という結果や,精神障害(うつ病)といった特定の疾患の発
症を予見することは必要ではなく,被告において,亡Dが,その心身の健康を損なうおそれがあるような過重な業務に従事していることを認識し,あるいは認識可能な状態にあったのであれば予見可能性が認められる。
一般に,使用者において,その業務に従事する労働者が長時間労働の継続など,その心身の健康を害する原因となり得る過重な業務を行っている状況にあることを認識し,あるいはその認識可能性があるにもかかわらず,人的・物的諸条件を改善するなどにより長時間労働等の過重な業務を改善することを怠る場合には安全配慮義務違反が認められる。
本件においても,被告が,亡Dに対し,亡Dに担当させていた業務量や業務遂行状況を確認の上,業務が遅滞している場合には,亡Dの業務量を軽減したり,サポートをつけたりするなど,具体的な軽減措置を適時にとっていなかったのであれば,安全配慮義務違反が認められる。労働基準監督署による聴取結果や,被告が,午後9時過ぎに亡Dが被
告歯科医院に残っていることを確認したことがあったこと,警備会社が,亡Dが夜遅くまで残っていることを確認し,これを被告に報告していること,被告は,亡Dに,被告歯科医院の鍵を持たせて,被告歯科医院を施錠させ,警備会社の警備システムのスイッチを入れる作業を毎日させていた実態があったこと,被告の自宅は被告歯科医院から近い距離
にあり,被告が夜遅く帰る際に,亡Dが被告歯科医院に残っていることを容易に認識し得たことからすれば,被告は,亡Dが毎日遅くまで残業していることを認識していたといえる。
亡Dには,残業をしなければ処理できない業務量が与えられていたといえるから,仮に明示的な残業命令がなかったとしても,黙示の残業命
令により,被告の指揮監督下で,時間外労働に従事していたと評価すべきである。

被告は,日常的に,亡Dの労働時間を適正に管理せず,労働時間把握の措置及び労働時間に関する記録の保存も行っていなかった。また,被告は,亡Dに対し,過去に時間外労働に対する割増賃金を支払ったことがなく,明白な労働基準法違反行為を繰り返していた。
被告は,亡Dが仕事中に集中できず,居眠りが多かったので心療内科
の受診を勧めたというのであるから,亡Dが心療内科の受診が必要な程度に心身の異常を来すような症状を示していたことを認識していたといえる。それにもかかわらず,被告は,亡Dに対し,そのための休暇も与えず,何らの対策も講じなかった。
このように,亡Dは被告歯科医院における業務により心身に異常を来
していたのに,被告は,亡Dの仕事上の失敗等を叱責し,亡Dを精神的に追い詰めており,このことは被告自身も十分認識していた。

以上によれば,被告は,亡Dの長時間に及ぶ時間外労働の状況及び亡Dの業務が過重であることを十分に認識していたのに,具体的な人員配置の変更等の措置を講じることなく,亡Dの長時間に及ぶ過重労働を解消する
ことなく放置し,亡Dに対し日常的に叱責を加えて来たといえるから,被告には,安全配慮義務違反が認められるのみならず,故意の不法行為責任が認められるべきである。
(被告の主張)

亡Dは,一人では仕事の段取りができず,技工上のミスも多かったた
め,被告において,患者に迷惑をかけないよう亡Dの業務の進行状況を管理する必要があった。そのため,被告及びEが,亡Dの歯科技工物の製作状況をチェックしており,被告が命じた時以外は,亡Dが診療時間外に業務に従事する必要はなく,被告は,亡Dが診療時間外に業務に従事するはずがないと認識していた。


また,被告は,亡Dの自殺前,被告が委託した警備会社から,亡Dが連
日のように夜遅くまで被告歯科医院に残っているとの連絡を受けたことはなかった。

平成20年当時,被告も多忙であり,亡Dの残業時間を把握できていなかった。しかし,平成23年以降,患者数も減少し,被告にも余裕ができたため,被告が,亡Dの仕事の段取りをするようになった。また,被告
が,一度だけ,会議終了後の帰宅途中,被告歯科医院に灯りがついていたので,亡Dの携帯電話に連絡をして,亡Dが被告歯科医院に残っていることが分かったことがあったが,残っていた場所は,技工室ではなく3階のスタッフルームであり,翌日に,亡Dに対し被告歯科医院に残っていた理由を問い質しても答えてもらえなかったので,被告は,亡Dが3階のスタ
ッフルームで時間を潰していたのだろうと考えた。
これらのことからすれば,被告が,亡Dが被告歯科医院に残って時間外労働に従事していたことに気づくのは極めて困難であり,これを認識し得なかったといえる。

以上によれば,仮に,亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係が認められるとしても,被告に安全配慮義務違反は認められない。
(原告らの主張)

亡Dに生じた損害は以下のとおりである。
逸失利益

慰謝料

2505万0636円
2500万円

亡Dに生じた損害の合計

5005万0636円

原告らは,2分の1の相続分に応じて,それぞれ2502万5318円の損害賠償請求権を相続した。


原告らには,以下のとおり,固有の損害が発生した。
葬儀費用

33万0300円(原告らそれぞれにつき16万5150

円)
固有の慰謝料

各200万円

前記アないしウの損害の合計は以下のとおりである。
原告A

2502万5318円+16万5150円+200万円=2

719万0468円

原告B

2502万5318円+16万5150円+200万円=2

719万0468円

原告らは,遺族補償年金の給付を受けており,その受給開始である平成27年10月から平成30年12月までの受給額は合計803万0378円であり,原告らの受給額はそれぞれ401万5189円となる。これら
を損益相殺した後の原告らの損害額は以下のとおりである。
原告A

2719万0468円-401万5189円=2317万5

279円
原告B

2719万0468円-401万5189円=2317万5

279円


弁護士費用は,原告らそれぞれにつき,前記オの損害額の約1割である231万7000円が相当である。


原告らの請求額の総額は,以下のとおりである。
原告A

2317万5279円+231万7000円=2549万2

279円
原告B

2317万5279円+231万7000円=2549万2

279円
(被告の主張)
逸失利益の額,原告らが亡Dの財産を相続すること,各自の相続分が2分の1であることは認め,その余は否認又は争う。原告らが既に受領している遺族補償年金や,被告が原告らに交付した慰労金100万円は,損害から控
除されるべきである。

(被告の主張)
被告歯科医院における亡Dの作業は容易なものであり,労働密度が極めて薄く,強い心理的負荷を受けるものではなかったから,残業の寄与度が極め
て低いといえること,亡Dは被告から勧められたのに,心療内科を受診することなく放置していたこと,亡Dが原告Bから転職を勧められたのに,これに応じることなく,被告歯科医院における勤務を続けたことを考慮すれば,亡Dにも8割程度の過失が認められるべきである。
(原告らの主張)

争う。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に加えて,証拠(後掲のほか,甲38ないし40,乙6の1,
13,15,16,18ないし21。ただし各項の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
亡Dの経歴及び生活状況等

亡Dは,平成元年3月に歯科技工士の専門学校を卒業した後,同年4月1日,被告歯科医院に就職し,平成26年4月8日に死亡するまで,被告歯科医院において,歯科技工士として勤務していた。


亡Dは,平成26年4月8日に死亡するまで,実家である原告ら住所地で原告らと同居し,自動車で自宅から被告歯科医院に通勤していた。

亡Dには弟のFがいたが,Fは,原告らと別居して,自ら歯科技工所を開設し歯科技工士として勤務している。(証人F)


亡Dは,平成24年7月頃,健康診断で,糖尿病,高血圧,心臓肥大を指摘されて以降,休日に運動したり食生活を改善したりしていたが,平成
26年4月8日に死亡するまで,精神疾患を指摘されたことはなく,精神科を受診したこともなかった。(甲13[4枚目],14[5枚目],15[3枚目],甲24[2頁])

亡Dは大人しい性格であったこともあり,原告らが,亡Dが死亡するまでの間に,亡Dから悩み事等の相談を受けたことはなかった。また,F
も,歯科技工の方法や,被告歯科医院において歯科技工に集中できる時間が診療時間外しかないことなどについて相談を受けたことがあったものの,その他に亡Dから悩み事等の相談を受けたことはなかった。(証人F,原告B本人)
被告歯科医院における亡Dの勤務状況


被告歯科医院における歯科技工士の業務は,主として,被告の作成した指示書に従って,インレー,アンレー,ブリッジ,クラウン,テンポラリークラウン,コア(支台),総義歯,局部床義歯,バー,クラスプ,ステントなどの義歯や補綴物を製作,修理することである(インレ
ー及びアンレーは,臼歯部の齲蝕などで欠損した部分を修復するための詰め物であり,ブリッジは,抜けた歯の両側の歯を削り,その間を橋渡しして支える人工歯,クラウンは歯冠を覆う被せ物である。テンポラリークラウンは,最終的な歯冠補綴物が装着されるまでの間に一時的に装着する補綴物であり,クラスプ及びバーはいずれも義歯を固定する支台
装置である。)(乙9,被告本人)
これらを製作するには,概ね,以下の時間を要する(個人トレー及び咬合床の製作並びに重合・研磨は,義歯を製作する過程で必要となる作業の一つである。)。もっとも,同じ種類の製作物であっても内容によって製作時間に差があり,また,製作者の技量次第で,以下の時間より
も短時間で製作できる。


インレー

3時間30分




クラウン(CK)



支台作成



咬合床



クラスプ



個人トレー



テンポラリークラウン(1~3本)



重合・研磨


アンレー

3時間40分

バー

3時間40分

2時間30分
30分
4時間
30分
30分

2時間30分

4時間

(甲39,乙9,証人F,証人E,被告本人)

これらの製作の作業工程に含まれる模型作り,WAXup,
研磨,鋳造及び石こう流しといった工程は,他の作業と並
行して行うことができない。(証人F)
亡Dは,被告歯科医院において,

の義

歯や補綴物を製作したり修理したりする業務に従事していたところ,
時には,被告から指示を受けた翌日までに完成させるよう求められることがあった。(乙8の1,14,17,証人E)
平成26年1月から同年3月までの間に,亡Dが製作した義歯,補綴物の製作数は,別紙1のとおりである。(甲19[3枚目],34)亡Dは,義歯や補綴物を製作する速度が遅く,また,誤りが多かっ
たために製作をやり直すことも多かった。(証人E,被告本人)

被告歯科医院の診療時間は,平日は午前の診療が午前9時から午後0時30分まで,午後の診療が午後2時から午後7時までであり,土曜日は午前9時から午後0時30分まで,日曜日及び祝日は休診日である。(甲28,乙4)


亡Dは,診療時間中,技工室において,被告から指示された義歯や補綴
物の製作を行っており,その間,被告や歯科衛生士が経過を確認するために技工室に出入りしていた。また,亡Dは,診療時間中,事前に指示されていた義歯や補綴物の製作のほかに,診療中の患者について,追加で研磨や義歯の修理を指示されることがあった。これらの追加で指示される研磨や義歯の修理は,数分で終わるものもあれば,30分から1時間程度を要
するものもある。(甲20[2枚目],証人F,証人E)

亡Dは,被告歯科医院に勤務していた間,全ての診療日において,全従業員の中で最初に出勤し,最後に帰宅していたため,被告から被告歯科医院の鍵を預けられており,診療日においては,亡Dが,被告歯科医院の鍵を開けて,被告歯科医院が委託する警備会社の警備システムを解除し,診
療時間開始まで技工室の整理を行い,業務が終わって帰宅する際には,被告歯科医院を施錠し,警備会社の警備システムを作動させて帰宅していた。(甲10[9枚目],21,31,被告本人)

平成14年,平成15年頃,被告歯科医院に勤務する歯科技工士は3,4名,歯科助手や歯科衛生士は6,7名程度であったが,平成26年当
時,被告歯科医院に勤務する歯科技工士は亡Dのみであり,その他歯科助手が2名,事務員が1名であった。(甲5[35頁],被告本人)また,平成26年の被告歯科医院の患者数は,最も多かった時期と比較して,4割程度まで減少していた。(被告本人)

被告は,亡Dが被告歯科医院に勤務するようになる以前から,補綴物の製作の一部を,被告歯科医院に以前勤務していたEラボラトリーのEに委託しており,Eは,完成した補綴物を届けるなどのために,1日に2回程度,被告歯科医院を訪れていた。(甲18[1枚目])


被告の妻であるGは,従業員とのコミュニケーションを図るなどのために,毎日,被告歯科医院を訪れていた。亡Dは,Gに頼まれて,被告歯科医院の従業員が休憩時間中に食べるお菓子の買い出しなどのために,診療
時間中,自動車を運転してGとともに外出することがあった。(甲23,証人G)

亡Dは,平成16年頃から,勤務時間中に居眠りをするようになり,その後,平成21年頃から,集中力がないなど業務中の様子に異変があったため,被告は,亡Dに対し,心療内科を受診するように勧めたが,亡Dが
心療内科等を受診することはなかった。(甲15,22,24,被告本人)

Gは,診療時間終了後,亡Dが帰宅せずに被告歯科医院に残っていたのを見かけたため,早く帰宅するように促したが,亡Dが帰宅することなく,そのまま被告歯科医院に残っていたということがあった。(甲23,
証人G)

亡Dは,業務に関し,被告から,日常的に叱責されており,死亡する一週間前には,指示した業務を行っていなかったことについて,叱責されていた。亡Dは,死亡する前日,義歯の作成に誤りがあることを指摘され,
当該義歯を翌日までに仕上げる必要があったことから,診療時間外に,被告歯科医院に残って,義歯の製作を行っていた。
亡Dは,被告から叱責された際には,特に反論したりすることはなく,いつも黙っていた。
(甲5,9,15,20[3頁],証人E,被告本人)
被告における労働時間の管理等


被告は,従業員の始業時間・就業時間の記録を作成しておらず,従業員の労働時間について客観的資料に基づいて把握していなかった。また,被告は,以下のイを除くほか,従業員に対し,労働時間についてヒアリングを行うなど従業員の労働時間や労働状況を把握するような具体的な方策を
講じていなかった。また,被告歯科医院の就業規則には,時間外労働に関する定めはない。(甲28,被告本人)


被告は,平成25年頃,亡Dに対し,診療時間終了後に業務に従事した場合には,帰宅する際にGに連絡するよう指示していたところ,亡Dから,同年8月頃までには数回程度連絡があったが,同年9月以降,亡Dから連絡はなかった。(甲15[4枚目],証人G)
被告歯科医院における亡Dの労働時間


被告歯科医院における亡Dの労働時間は,別紙2のとおりであると認められる。なお,休憩時間は,いずれの日においても2時間であったものとする。


労働時間の認定に関する補足説明は以下のとおりである。
診療時間外の被告歯科医院における亡Dの労働時間に関し,
のとおり,被告は,従業員の労働時間をタイムレコーダー等の客観的資料に基づいて把握していなかった結果,診療時間外における亡Dの労働時間を,タイムレコーダー等に基づいて算出することはできない。もっとも,前記

のとおり,亡Dは,全従業員の中で最初に出勤し,最後

に帰宅していたため,被告から被告歯科医院の鍵を預けられ,診療日においては,亡Dが,被告歯科医院の鍵を開けて,警備システムを解除し,業務が終わって帰宅する際には,被告歯科医院を施錠し,警備システムを作動させて帰宅していた。したがって,被告歯科医院の警備会社の警備情報(甲30,31,乙1)による被告歯科医院の開錠及び施錠
の記録に基づいて,亡Dの労働時間を推認することができる。
次に,亡Dの業務を検討するに,前記

エによれば,亡Dは,診療日

においては,最初に出勤し,被告歯科医院の鍵を開けて,午前9時に被告歯科医院の診療が開始するまで机の整理等を行っており,義歯や補綴物を製作する準備を行っていたと認められるから,診療日においては,警備記録による被告歯科医院の開錠の時間から診療開始時刻までの間も,被告歯科医院の業務に従事していたといえる。そして,

びウで認定した亡Dの業務内容に照らすと,亡Dは,被告歯科医院の診療時間中は,義歯や補綴物の製作などの業務に従事しており,業務を怠っていたとは認められない。
また
によれば,亡Dが,平成26年1月から3月までの間

に製作した義歯や補綴物の数は別紙1のとおりであり,製作数が多いとはいえないが,義歯や補綴物の製作に要する時間は前記
時間数のとおりであり,作業の中には同時に並行してできないものも存在することからすれば,同じ種類の製作物であっても内容によって製作時間に差があり,製作者の技量によって製作時間に差が出ることを考慮
しても,これら義歯や歯科補綴物の製作には相当の時間を要したといえる。
さらに,亡Dは,診療時間中,事前に被告から指示されていた技工物の製作の他に,診療中の患者の義歯等について,追加で研磨や義歯の修理を指示されることもあり,これらの研磨や義歯の修理には,数分で終
わるものもあれば,30分から1時間程度を要するものもある。その他に,亡Dは,診療時間中,Gの指示により自動車で外出することもあったから,亡Dが,診療時間中,被告から事前に指示された義歯や歯科補綴物の製作のみに集中することができていたわけではない。加えて,亡Dは,被告から,補綴物等の製作を翌日までに製作するように指示され
ることもあった。
これらの被告歯科医院における業務内容に加えて,亡Dは,業務の処理速度が遅く,失敗も多かったというのであるから,やり直しなどにより,被告歯科医院における業務をこなすに当たって通常要すると考えられる時間よりも相当長い時間を要していたことが推認される。

以上によれば,平成26年当時,被告歯科医院の歯科技工士は亡Dのみであったことも併せ考慮すれば,亡Dは,被告から指示された業務を
仕上げるために相当長い時間を要していたということができ,亡Dは,診療時間終了後,帰宅するまでの時間においても基本的には業務を行っていたものと認めるのが相当である。
よって,亡Dの労働時間は,警備情報をもとに別紙2のとおりであると認められる。
これに対し,被告は,平成26年当時,被告歯科医院の患者数が少なくなっていたことや,難しい製作作業はEに外注していたことから,亡Dの業務量は少なく,診療時間外に業務に従事する必要はなかったとして,亡Dが,診療時間外に被告歯科医院に滞在していたのは,時に居眠
りなどをしながら自由な時間を過ごすためであり,業務に従事していたわけではない旨主張する。
確かに,証拠(乙2の1及び2)によれば,平成25年4月1日から平成26年4月7日までの間に3回,亡Dが,警備会社の従業員に,診療時間終了後の深夜,被告歯科医院の3階スタッフルームで照明を点灯
させたまま眠っているのを発見され,

仕事中です。

と返答したことがあったことが認められる。
しかし,前記

で認定した被告歯科医院における業務内容や亡D

の業務実態に照らせば,患者数が少なくなっていたことや,被告が,Eに難しい作業を外注していたことを考慮しても,亡Dは,診療時間外に労働に従事しなければ,被告から指示された義歯等の製作を完成させることができなかったといえる。
また,警備会社の従業員が被告歯科医院を訪問した際,亡Dが眠っていたことがあったとはいっても3回程度であり,その際にどの程度の時間眠っていたかも定かではなく,上記のとおり,亡Dは,診療時間外に
労働に従事しなければ,被告から指示された義歯等の製作を期限までに完成させることができなかったことに照らせば,このような事実をもっ
て,診療時間外にも基本的には業務を行っていたとの前記認定を覆すに足りない。
被告は,残存する被告歯科医院の会計ノートの記録をもとにすれば,亡Dの時間外労働の頻度は,平均月2回程度にとどまっていた,亡Dが,被告歯科医院において過重な業務に従事していたとすれば,自殺す
る前に病死していたはずであるなどと主張する。しかし,被告において亡Dに時間外労働を明示的に指示した場合に被告歯科医院が負担した食
で認定した亡Dの労働実態に照らせば,亡Dが,被告から指示された業務を指定された日までに仕上げるために,被告からの明示的な指示が
ない場合にも時間外労働に従事した可能性は高いのであって,会計ノートの記載に基づいて亡Dの時間外労働時間を認めるのは相当でない。また,亡Dが,被告歯科医院において過重な業務に従事していたとすれば,自殺する前に病死していたはずであるとの主張は,推測に過ぎない。

以上によれば,亡Dが診療時間外にも基本的には業務を行っていたとの認定を覆すに足りる事情はなく,被告の主張は採用できない。
被告歯科医院における亡Dの給与等

亡Dは,被告歯科医院に勤務した当初,基本給として14万円程度の支払を受け,その後に昇給して21万8000円の支払を受けていたところ,平成12年7月に,被告から,基本給を21万8000円から17万5000円に引き下げられ,平成23年1月には,勤務時間内に居眠りをしていることや,業務上の失敗が多いこと等を理由として,基本給を10万円まで引き下げられた。(甲5[33頁],15[2枚目,3枚目],
40,被告本人)

被告は,亡Dが時間外労働に従事していることを把握した日であって
も,亡Dに対し,時間外労働に対する割増賃金を支払ったことがなかった。(被告本人)

Gは,亡Dに依頼して,平成22年12月21日,亡Dに金融機関か
ら,亡D名義で300万円を年利7.5%にて借り入れさせた。(乙5,証人G)

亡Dの死亡

亡Dは,cの駐車場に停車した自動車内で練炭を燃やし,平成26年4月8日午前3時頃,一酸化炭素中毒により死亡した。(甲6)


被告は,平成26年4月8日,原告らから,亡Dが帰宅していないことを知らされて,Eにも連絡をし,原告ら及びEと共に,亡Dを探したとこ
ろ,前記アの場所において,死亡している亡Dを発見した。(甲20[2枚目,3枚目])
亡Dが死亡した後の対応等

被告は,平成26年7月頃,原告らに対し,166万円を,前記

ウの

借入金の返済に充てるために支払った他,平成26年頃,原告らに対し,
亡Dに対する慰労金として100万円を支払った。(乙5,証人G,原告B本人,被告本人)

原告らは,大牟田労働基準監督署に対し,遺族補償給付の請求書を申請し,平成27年7月24日,遺族補償年金,遺族特別支給金,遺族特別年金及び葬祭料の支給が決定された。

2
亡Dの業務の過重性及び業務と死亡との間の因果関係)について
によれば,亡Dの時間外労働時間は,①死亡の1か月前(平成26年3月9日から同年4月7日まで)が145時間47分,②2か月前(同年2月7日から同年3月8日まで)が157時間35分,③3か月前(同年
1月8日から同年2月6日まで)が147時間25分,④4か月前(平成25年12月9日から平成26年1月7日まで)が59時間6分,⑤5か月前
(平成25年11月9日から同年12月8日まで)が193時間47分,⑥6か月前(同年10月10日から同年11月8日まで)が173時間27分であり,死亡の4か月前(平成25年12月9日から平成26年1月7日まで)を除き,いずれも145時間を超えている。このような亡Dの労働時間や,前記1

で認定した亡Dの労働実態に照らすと,亡Dの業務は恒常的な

長時間労働であったといえる。
これに加えて,前記

によれば,亡Dは,業務に関し,被告から日常的

に叱責されており,死亡する1週間前にも,被告から指示された業務を行っていなかったことについて,叱責されていたことが認められ,死亡前日には,義歯の製作に誤りがあることを指摘され,翌日までに仕上げる必要があったことから,被告歯科医院に残って作業を行っていた。さらに,亡Dは,平成23年1月,被告から,基本給を10万円まで引き下げられていた上,時間外に業務に従事しても時間外労働に対する割増賃金は一切支払われず,被告の妻であるGに依頼されて,金融機関から300万円の借入れまでさせ
られていた。これらのことからすれば,亡Dには精神的に強い負荷がかかっていたことが推認され,これに反する事情も認められない。
また,本件全証拠を検討しても,亡Dに業務外の私生活等において身体的,精神的に強い負荷がかかるような事情があったことを認めることはできない。

以上によれば,亡Dは,被告歯科医院における歯科技工士として過重な労働に従事し,十分な睡眠時間や休日を取れなかったために,遅くとも平成26年4月8日にはうつ病を発症し,自殺するに至ったと認められる。よって,亡Dの業務とうつ病の発症,死亡との間には,相当因果関係が認められる。

これに対し,被告は,亡Dの業務の過重性が認められないことに加え,亡Dが,遺書や日記を残しておらず,うつ病を想起させる愁訴がなかったこと
や,周囲の者も亡Dのうつ病の症状に気づいていなかったことから,亡Dが自殺した理由は不明であるといわざるを得ず,因果関係が認められないと主張する。
しかし,亡Dの業務の過重性が認められることに加えて,亡Dが大人しい性格であったことから,うつ病の症状があったとしても,原告らや,その他
周囲の者に対し,明確にその症状等について相談しなかった可能性があることからすれば,亡Dが,遺書や日記を残しておらず,うつ病を想起させる愁訴がなかったことや,原告らも亡Dのうつ病の症状に気づいていなかったことは,前記結論を左右するものではない。
よって,被告の主張は採用できない。

3
安全配慮義務違反の有無)について
被告は,雇用契約に付随する義務として,使用者として労働者の生命,身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負い,その具体的内容として,労働時間を適切に管理し,労働時間,休憩時間,休日,
休憩場所等について適正な労働条件を確保し,労働者の年齢,健康状態等に応じて従事する業務時間及び作業内容の軽減等適切な措置を採るべき義務を負っている。そして,被告がこれに違反した場合には,安全配慮義務違反の債務不履行とともに不法行為を構成するというべきである。
のとおり,被告は,従業員の労働時間を客観的資料に基づいて把

握しておらず,労働時間に関する聞き取りなど,労働時間を把握するための措置も特段講じていなかったのであるから,被告による労働管理は不十分であるというほかない。
被告は,平成25年頃,亡Dに対し,残業をした場合には,帰宅する際にGに連絡するよう指示したものの,同年8月までの間に,亡Dから,Gに対
し連絡があったのは数回程度であり,同年9月以降,亡Dから連絡がなかったにもかかわらず,特段亡Dの労働時間を把握する措置を講じていなかった
のであるから,これをもって,被告が,労働時間を把握するための措置を講じていたとはいえない。
以上によれば,被告は,亡Dの労働時間を適正に管理する義務を怠っていたというべきである。
そして,長時間労働や過重な労働により,疲労やストレス等が過度に蓄積し,労働者が心身の健康を損ない,ときには自殺を招来する危険があることは,周知の事実である。
そうすると,被告は,亡Dの労働時間を適正に管理しない結果,同人が長時間労働に従事して死亡に至ることを予見することが可能であったというべ
きである。
これに対し,被告は,被告が亡Dにおいて被告歯科医院に残って業務に従事していたことを認識し得なかった事情の一つとして,被告及びEが,亡Dの製作する義歯や補綴物の進捗状況を確認していたため,亡Dが診療時間後に業務に従事していたとは考えられないことを主張する。

しかし,被告は,亡Dよりも先に帰宅しており,少なくとも亡Dの診療時間終了後における業務の進捗状況は確認できていないし,Eは,被告歯科医院に勤務していないのであるから,亡Dが診療時間内に業務を終了できたかどうかまでは確認できないのであって,被告やEにおいて,亡Dの製作する義歯や補綴物の進捗状況を確認していたことをもって,亡Dが診療時間後に
業務に従事していなかったとはいえないし,被告において,亡Dが,被告歯科医院に残って業務に従事していたことを認識し得ない事情になるともいえない。よって,被告の主張は採用できない。
また,被告は,被告歯科医院の警備会社から,亡Dが連日のように夜遅くまで被告歯科医院に残っているとの連絡を受けたことがなかったこと,被告
が,外出先から帰宅した際に被告歯科医院に亡Dが残っていることを発見したときには,翌日に亡Dに被告歯科医院に残っていた理由を問い質しても答
えてもらえなかったので,業務には従事していなかったと考えたことからすれば,被告が,亡Dが診療時間後も被告歯科医院に残って業務に従事していたことを認識し得なかったと主張する。
しかし,被告は,亡Dに被告歯科医院の鍵を預けており,診療日において,被告歯科医院から最後に帰宅するのは亡Dであることを認識していたこ
とに加えて,亡Dが,平成16年頃から,勤務時間中に居眠りをするようになり,平成21年頃から,集中力がないなど業務中の様子に異変があったため,亡Dに対し,心療内科を受診するように勧めていたことからすれば,亡Dが,診療時間終了後も被告歯科医院に残って業務に従事し,継続的に長時間労働していることや,これによって心身に異常を来している可能性がある
ことを認識し得たといえるから,被告の主張は採用できない。
以上によれば,被告は,亡Dの労働時間を適切に管理せず,長時間労働に従事させたものであるから,安全配慮義務違反が認められ,被告の安全配慮義務違反と亡Dの死亡との間には,因果関係が認められる。なお,原告は,被告の故意による不法行為が認められる旨主張するが,これを認めるに足り
る事情はなく,原告の主張は採用できない。
4
について
過失相殺について
被告は,被告歯科医院における亡Dの作業は容易なものであり,亡Dの労
働密度は極めて薄く,強い心理的負荷を受けるものではなかったから,残業の寄与度が極めて低いといえること,亡Dは被告から勧められたのに,心療内科を受診することなく放置していたこと,原告Bから転職を勧められたのに,これに応じることなく,被告歯科医院における勤務を続けたことを考慮すれば,過失相殺が認められるべきであると主張する。

しかし,亡Dの労働時間や労働実態等からすれば,亡Dが過重な労働に従事していたといえることは前記2のとおりであり,亡Dの自殺について,時
間外労働の寄与度が低いとはいえない。また,亡Dにおいて,業務を処理する速度が遅く,やり直しとなることが多かったことが,亡Dの長時間労働に影響した面があるとしても,亡Dは,別紙2の労働時間において,基本的には業務に従事していたのであるから,被告として,亡Dの労働時間を把握した上で,長時間労働となっている場合には,亡Dの能力や業務内容を考慮し,更なる負担軽減等の措置を考慮する必要があった。しかし,被告は,客観的資料に基づく労働時間の把握を何ら行っていなかったのであるから,この点を,亡Dの過失として考慮するのは相当ではない。
また,亡Dが,自身の心身の変調に気づいていなかった可能性もあり,被
告から心療内科への受診を勧められたにもかかわらず,受診しなかったことをもって,亡Dの過失とはいえない。そして,亡Dが大人しい性格であり,業務の処理速度が遅く,やり直しとなることが多かったことからすると,被告歯科医院とは異なる環境の職場に変わることに抵抗があった可能性もあり,またそのように感じてもやむを得ず,転職を勧められたのに,これに応
じなかったことをもって,亡Dの過失とはいえない。
よって,本件において,過失相殺を認めるべき事情はないから,被告の主張は採用できない。
原告らに生じた損害について

逸失利益

2505万0636円

逸失利益については,原告と被告との間には争いがないから,2505
万0636円を損害として認める。

慰謝料

2000万円

亡Dの死亡に至る経緯,死亡時の年齢,身上関係,被告歯科医院における勤務の状況,被告の安全配慮義務違反の程度等その他一切の事情を考慮し,亡Dの死亡慰謝料としては,2000万円が相当である。


以上によれば,亡Dに生じた損害の合計は,4505万0636円とな
る(2505万0636円+2000万円=4505万0636円)。エ
原告らは,2分の1の相続分に応じて,それぞれ2252万5318円の亡Dの被告に対する損害賠償請求権を相続した。


葬儀費用

33万0300円(原告らそれぞれにつき16万5150

円)

証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,亡Dの葬儀費用として90万6000円を支出し,一方,大牟田労働基準監督署長から葬祭料の支給決定がされて57万5700円の支給を受けたことが認められる。したがって,葬儀費用は,その差額である33万0300円(90万6000円-57万5700円)と認めるのが相当である(原
告らにそれぞれにつき16万5150円)。
固有の慰謝料

各100万円

原告らは,亡Dの両親であり,子である亡Dを失ったことによる精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,それぞれ100万円が相当である。


前記アないしオによれば,原告らの損害の合計は,それぞれ,2369万0468円(2252万5318円+16万5150円+100万円=2369万0468円)となる。


証拠(甲42ないし45)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,遺族補償年金の給付を受けており,その受給を開始した平成27年10月から平成30年12月までの受給額は合計803万0378円であると認められる。
によれば,原告らは,亡Dが死亡した後,被告から,慰労金
として100万円を受領しており,これは不法行為に基づく損害賠償請
求を填補する趣旨で支払われたものであると評価できるから,原告らの損害から差し引くのが相当である。

以上によれば,原告らの遺族補償年金の受給額をそれぞれ401万5189円とし,前記100万円については,原告らの損害のそれぞれにつき50万円ずつ填補されたとするのが相当であるので,これらを差し引いた後の原告らの損害額は,それぞれ,1917万5279円(2369万0468円-401万5189円-50万円=1917万527
9円)となる。

本件事案の内容,審理の経過,認容額に照らせば,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,原告らそれぞれにつき,前記キの1917万5279円の約1割である191万7000円と認めるのが相当である。

以上によれば,本件で認められる原告らの損害の総額は,原告らそれぞれにつき,2109万2279円(1917万5279円+191万7000円=2109万2279円)となる。

第4

結論
以上のとおりであるから,原告らの本件請求は,不法行為に基づく損害賠償
として,原告らそれぞれにつき,2109万2279円及びこれに対する不法行為の日(亡Dが死亡した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これらを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとし,被告の仮執行の免脱は相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。

福岡地方裁判所第3民事部

裁判長裁判官


裁判官

札多江真史本智広
裁判官石川千咲は,転勤のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官

波多江真史
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