判例検索β > 平成29年(わ)第478号
事件番号平成29(わ)478
裁判年月日平成31年3月14日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-14
情報公開日2019-05-09 12:00:18
戻る / PDF版
主文
被告人を無期懲役に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
大阪地方検察庁で保管中の承諾書1通(平成29年領第1943号符号1)及びクレジット売上票2通(平成29年領第2336号符号2及び同符号16)の各偽造部分を没収する。
理由
【罪となるべき事実】
第1(平成29年3月24日起訴)
被告人は,以前まで同居生活をしていた女性がいる中華人民共和国(以下中国という。)に渡航してその女性と生活したいと思い,被告人に日本での在留資格がなかったことから,他人名義のパスポートの発給を受けるために同級生であったA(当時29歳)を殺害して身分証を奪い,金品も奪おうと考え,平成26年3月22日午前8時50分頃から同日午前10時31分頃までの間に,大阪
市a区bc丁目d番eのA方において,同人に対し,殺意をもって,その胸部,腹部等をペティナイフで多数回突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を多発刺創に基づく出血性ショックにより殺害した上,別表記載のとおり,同人所有又は管理の現金約6000円及びクレジットカード2枚ほか12点(時価合計約8万2400円相当)を奪った。

第2(平成29年2月15日起訴)
被告人は,不正に入手したB株式会社発行のA名義のクレジットカードを使用して,ペットホテルの預託サービスを受けようと考え,平成26年4月29日午前10時20分過ぎ頃,東京都大田区fg丁目h番i号jCにおいて,同店従業員らに提出する目的で,承諾書(ご利用規約)のご署名欄にAと記入して,
A名義の承諾書1通(大阪地方検察庁平成29年領第1943号符号1)を偽造した上,同日午前10時28分頃,同所において,前記Aになりすまし,同店従業員Dに対して,前記承諾書を提出し,飼い犬2匹の預託契約を申し込むとともに,被告人が前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているかのように装って,料金の支払名目で前記クレジットカードを提示し,前記Dに,被告人が前記A本人であり,前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているものと誤信させ,よって,同日から同年5月3日までの間,前記飼い犬2匹に係る同店の預託サービスの提供を受け(料金3万9960円),もって人を欺いて財産上不法の利益を得た。
第3(平成29年3月21日起訴)
被告人は,不正に入手したE発行のA名義のクレジットカードを使用して,ホ
テルの宿泊サービスを受けようと考え,平成26年4月30日午後3時1分頃,東京都大田区kl丁目m番n号所在のホテルFにおいて,同ホテル従業員Gに対して,大人2名の宿泊を申し込むとともに,被告人が前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているかのように装って,料金の支払名目で前記クレジットカードを提示した上,前記Aになりすまして,前記Gから署名を求められた
クレジット売上票を同人に提出する目的で,そのご署名欄にAと記入して,A名義のクレジット売上票1通(大阪地方検察庁平成29年領第2336号符号2)を偽造した上,その頃,同所において,前記クレジット売上票を提出し,前記Gに,被告人が前記A本人であり,前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているものと誤信させ,よって,同日から同年5月3日までの間,大人2名
に係る宿泊サービスの提供を受け(料金2万700円),もって人を欺いて財産上不法の利益を得た。
第4(平成29年3月21日起訴)
被告人は,不正に入手したB株式会社発行のA名義のクレジットカードを使用して,衣料品等をだまし取ろうと考え,平成26年5月2日午後2時26分頃,
東京都新宿区op丁目q番r号sHにおいて,同店従業員Iに対して,衣料品等の購入を申し込むとともに,被告人が前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているかのように装って,料金の支払名目で前記クレジットカードを提示した上,前記Aになりすまして,前記Iから署名を求められたクレジット売上票を同人に提出する目的で,そのご署名欄にAと記入して,A名義のクレジット売上票1通(大阪地方検察庁平成29年領第2336号符号16)を偽造した上,前記クレジット売上票を提出し,前記Iに,被告人が前記A本人であり,前記クレジットカードの正当な使用権限を有しているものと誤信させ,よって,その頃,同所において,前記Iからスカート等10点(税込販売価格合計6万136円)の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。
【証拠の標目】

(省略)
【争点に対する判断】
第1
1
事案の概要及び争点
本件は,被告人が,平成26年3月に,身分証や金品を奪う目的で小中学校の同級生であるAを殺害して,源泉徴収票やクレジットカード等を奪った強盗殺人の事案と,被告人が,その後,A名義のクレジットカードを使って3件の
詐欺などを行った事案である。
2
弁護人は,各公訴事実は争わないとした上で,被告人の責任能力を争っている(詳しくは後記)。被告人も各公訴事実を争わない旨の弁護人の意見に同調して公判審理が始められたが,被告人は被告人質問において,犯行の記憶がな
い旨述べ,自らの犯行ではないと思うという趣旨の供述も行った(なお,公判前整理手続の結果として公判期日で報告されたが,公判前の証拠の整理や争点の整理の結果,被告人に犯行の記憶がほとんどないことを前提に,各公訴事実に争いがないことが確認されている。)。
被告人の精神状態に関しては,各事件が起訴された後の,平成30年2月以
降,被告人の精神鑑定が行われており,鑑定人のJ医師(以下鑑定人という。)は,被告人が本件当時解離性同一性障害の精神障害を有していたとの見解を述べている。
3
各犯行は,平成26年3月から5月に行われているところ,被告人は,各犯行後の平成26年5月に,A名義のパスポートを使って中国に渡航した。その後,被告人は,平成26年7月4日に在上海日本領事館に出頭し,中国で身柄を拘束されていたが,平成29年1月25日,日本に引き渡されて有印私文書
偽造,同行使,詐欺の事実で逮捕され,その後,強盗殺人事件に関する取調べも受けた。
4
検察官は,平成29年3月19日以降に作成された被告人の供述調書に強盗殺人の犯行の経緯や犯行状況が記載されており,これらの調書の内容は信用でき,犯行の経緯等を考察すると,各犯行当時の被告人の責任能力は,著しく低
下してはおらず,完全責任能力であったと主張する。
弁護人は,平成29年3月19日以降に作成された被告人の供述調書の信用性を争った上で,被告人は,犯行当時,解離性同一性障害の影響で,別人格に主に支配されて行動しており,行動を制御する能力が著しく欠けていた心神耗弱の疑いがあると主張する。

第2

被告人の強盗殺人事件に関する供述調書の信用性

1
被告人の供述経過,供述内容について
関係証拠によれば以下の事実が認められる。


被告人は,平成29年1月25日に有印私文書偽造,同行使,詐欺の事実で逮捕された後,身柄を拘束されて取調べを受け,同年3月3日には,強盗
殺人の事実で逮捕された。


被告人は,警察官や検察官の取調べを受けるうちに,Aの殺害を認めるようになったが,その段階では,殺害の目的については具体的な話をしなかった。被告人は,その後,A名義のパスポートを手に入れるためにAを殺害し
たと認めるようになったが,殺害時の気持ちなどについては詳しい話をせず,また,犯行前にAにパスポートの偽造のことを相談したなどと述べていた。⑶

平成29年3月19日以降に作成された被告人の供述調書には,①他の人に成り代わりたい,中国に行きたい,という気持ちがあったこと,②Aが一人暮らしでパスポートを持っていないことに目をつけ,Aの身分証や金品を奪う目的でAの殺害を考えたこと,③凶器のペティナイフを購入してAの家に行き,殺害することを考えていたが,殺害する決心がつかず,実行できず
にいたこと,④Aから帰宅を促され,先延ばしできないと考え,Aが動かなくなるまで何度も刺して殺害し,その後,現場の血を拭いたりしたこと,などの犯行の動機や経緯,犯行後の行動が記載されており,⑤それまで,Aにパスポートの偽造のことを相談したと述べていたが,これは悪く思われないためのうそで,本当は相談していなかったことも記載されている。
2
調書の信用性に関する検察官や弁護人の主張
検察官は,これらの供述調書は信用でき,その時点で,被告人には犯行時の記憶もあった旨主張している。
弁護人は,被告人が,平成29年2月23日にAの殺害を認め始めた際に,殺害時の状況をはっきり覚えていない旨の自供書を作成したことや,同年2月
26日から3月10日にかけて,弁護人に対して,Aを刺した時の気持ちを覚えていないと述べていたことなどを挙げて,同年3月19日以降に作成された被告人の供述調書の信用性を争っている。
3
被告人の犯行であることについて
被告人が,公判期日において,犯行を否定する趣旨の供述をしたこともあったため,被告人の供述調書の信用性判断の前に,被告人の犯行かどうかを検討しておく。
関係証拠によれば,Aが自室で殺害されたことは明らかであるところ,Aが交際相手に送信したメッセージの内容等からは,当時は東京に住んでいた被告
人が,Aが殺害される直前にAと会っていたことが認められる。また,被告人が凶器のペティナイフを購入したことや,Aの遺体が被告人の自宅まで運搬されたこと,Aのクレジットカードなどを被告人が取得したことも認められる。これらによれば,強盗殺人事件が被告人の犯行であることは明らかである(その後の各有印私文書偽造,同行使,詐欺事件も,Aになりすました人物の犯行であり,関係証拠によれば,被告人の犯行であることは明らかである。)。4
平成29年3月19日以降に作成された被告人の供述調書の信用性について⑴

捜査段階での供述の経過やその当時の心境について,被告人は公判廷で説明をしていないが,被告人が当時作成したノート(被疑者ノートなど)には,①弁護人から黙秘の指示を受けたが正直に話したくて悩んでいることが記載され,②殺害の自供を始めた頃の平成29年2月23日の記載として,全てを言ってしまった,とあり,③Aにパスポートの偽造を相談していないと供
述するようになった頃の記載として,相談していなかったのに相談したと言ったのは悪く思われたくなかったから,とあるが,不当な供述調書が作成されたという記載は見られない。


これらのノートは,取調べ状況について,弁護人と被告人が情報交換するためのものであり,そのようなノートに,取調べの際の心情などが記載され
ており,その内容は供述調書から認められる供述経過とも整合しているから,これらのノートの記載内容は信用できるといえる。


これらのノートの記載や,被告人の供述経過からは,被告人が,逮捕当初から正直に話したいという気持ちを持ちながらも,弁護人の助言や,悪く思
われたくない気持ちなどもあって,供述することを悩み,黙秘をした時期や詳しく話さない時期があったが,隠すことが難しい事実などを徐々に認め,平成29年3月19日以降に,殺害の経緯や当時の心情についてかなり詳しい供述をするに至ったものと認められる。強盗殺人や犯行の計画性に関わる不利益な事情を具体的に認めるに至っていることや,内容としてもおかしな
点はないことなどによれば,同日以降の供述調書の内容は信用でき,被告人にそれに対応する記憶があったと認められる。


なお,被告人が殺害の経緯を具体的に述べたのは犯行から3年近く経過した後であるし,その時点で遺体は発見されており,多数回刺したことを前提に取調べが行われているため,被告人に殺害行為に関する詳しい記憶があったかについては検討を要する。
被告人は,Aが動かなくなるまで胸や腹を何度も刺した旨を心情を交えな
がら述べているが,背中の傷についてはよく覚えていない旨を述べている。被告人に胸や腹への攻撃についても記憶がない場合に,この部分だけ詳しく話し,他の部分について記憶がない旨述べるとは考え難く,捜査段階において被告人にAを何度も刺した記憶があったといえることも明らかといえる。第3

被告人の責任能力について

1
精神鑑定の内容について
平成30年2月から被告人の精神鑑定が行われており,鑑定人は,被告人の精神障害や,精神障害の犯行への影響の有無,程度について,以下のとおり供述している。



犯行に関する被告人の説明は,K(平成26年3月頃まで被告人と同居していた女性)が中国に帰ってから大胆で冷酷な自分がメインで考えているようだ,強盗殺人事件については1回刺している別の私を上から見ていることだけを覚えている,刺していたのは冷静で冷たい自分であり,それを見ていた弱い自分は止めることもできなかったなどというものである。



そのような説明や被告人の生活歴などによれば,被告人は,本件犯行以前から,人格の交代,健忘,離人感などを体験させる解離性同一性障害の精神障害を有していた。
解離性同一性障害の患者について,最も長い期間身体を支配している人格状態を主人格といい,それ以外の人格を別人格または副人格という。主人格
と別人格は患者の意思とは関係なく交代する。通常の解離性同一性障害は,主人格は別人格の経験を認識せず,そのため記憶も共有しないが,主人格と別人格が完全には解離しない解離性同一性障害の症状もある。


被告人については,おとなしい自分が主人格であり,大胆で冷酷な自分が別人格であったと考えられる。被告人については,Kが中国に行った頃から,主として別人格が行動を支配していたと考えられるが,被告人は,平成29年3月の取調べの頃まで,犯行の記憶などの主として別人格に行動
を支配された時期の記憶を共有しており,犯行に関する健忘がないことから,犯行時に,主人格と別人格は完全には解離していなかったと考えられる。当時,被告人の主人格は別人格をコントロールすることができておらず,犯行に精神障害の影響はあったといえる。別人格が主として行動を支配している当時の精神状態において,被告人は,目的に従って合理的に行動してお
り,状況を正しく認識し,行動のコントロールができていたといえる。⑷

鑑定人の鑑定意見については,前提事実に関する問題が指摘されてはいるが,専門的知見に関する問題は指摘されていない。

2
当時の被告人の行動について
被告人の捜査段階の供述調書などの関係証拠によれば,強盗殺人の犯行は,
以下のような経緯で実行されたものと認められる(なお,被告人は公判廷において,犯行の記憶がないなどと述べており,被告人の公判供述による検討はできない。)。


被告人は,Kのいる中国に行きたいと考えていたが,日本での在留資格がない状態になっていたことから,他人名義のパスポートを取得して中国に行
くため,一人暮らしでパスポートも取得していなかったAを殺害して,Aに成り代わって,パスポートを取得することを考えた。


被告人は,事前にAの予定を確認し,パスポートを取得しているかどうかを確認しようとした上で,東京から大阪に出向き,凶器を準備した上で,平成26年3月21日の夜にAに会い,Aの部屋に入った。



被告人は,Aを殺害しようと考えながらAと話をしていたが,なかなか殺害を実行する決心がつかず,翌22日朝にAから帰宅を促されたところで,先延ばしはできないと考えて,Aが動かなくなるまでAを何度も刺して殺害した。


被告人は,Aを殺害した後,友人と会う約束をキャンセルし,ホテルに戻ってチェックアウトをした上で現場に戻り,Aの源泉徴収票やクレジットカ
ードなどを奪い,Aの遺体を梱包し,現場の血をふき取るなどした後,運送会社を使って被告人方に搬送した。
3
強盗殺人事件当時の責任能力についての検討


このような被告人の行動から被告人の当時の精神状態を検討してみる。被告人には,強盗殺人の犯行当時,A名義のパスポートを取得し,Aになりす
ますという目的があり,Aを殺害し源泉徴収票等を奪う行為は,目的に沿った行動であり,その後も状況に合わせて犯行の発覚を防ぐための行動を続けている。当時の被告人は目的達成のための合理的な行動ができていたといえるし,自らの行為の善悪の判断をした上で行動をしていたことも明らかといえる。



なお,被告人がAを多数回刺したことが異常な行動である旨の主張があるが,被告人にとっては,Aがその場で確実に死亡することが必要であったのであるから,Aが動かなくなるまで刺そうとしたことが異常とはいえないし,Aが受けた傷には浅い傷も多く,特に異常な行動といえるほどの意図的な残虐性は認められない。



鑑定人も,精神科医の立場から,被告人の捜査段階の供述を前提に,記憶の共有があることから,人格が完全には解離していないとした上で,当時の被告人の精神状態は,合目的的な行動ができ,行動のコントロールができる状態であったなどと述べており,この点の見解は採用できる。



これらによれば,強盗殺人事件当時,被告人の善悪の判断能力や行動の制御能力が著しく低下していなかったことは明らかといえる。


なお,鑑定人は,被告人が,自分が1回刺しているのを上から見ていた記憶しかない,弱い自分が止められなかったなどと説明していることを踏まえて,当時の被告人は主人格からのコントロールができていなかった旨考察している。
被告人の捜査段階の供述などによれば,被告人はAから帰宅を促されて殺
害を決断してAを何度も刺し,そのことについての記憶が3年近く失われていなかったと認められるのであり,1回刺した記憶しかないと言いながら,弱い自分が止められなかったとする鑑定の頃の被告人の説明は,捜査段階の供述と同じ記憶に基づくものとは考えにくい。弱い自分が止められなかったという説明を前提に,主人格からのコントロールができていなかったとする
鑑定人の考察の部分は,その前提事実に問題があるとも考えられる。しかし,鑑定人のこの部分の考察は,主人格からのコントロールについて述べるものであって,主人格と別人格が完全には解離していなかったという当時の被告人の精神状態による行動のコントロールについての考察とは違った事柄についての考察である。鑑定人の見解は,主人格からのコントロール
ができていなかったと述べる一方で,当時の精神状態は行動のコントロールができる状態であった旨述べているから,主人格からのコントロールに関して述べた鑑定人の見解は,善悪の判断能力や行動の制御能力が著しく低下していなかったという認定には影響しない。
4
責任能力に関する弁護人の主張について


弁護人は,当時,別人格が主として行動を支配しており,主人格からのコントロールができなかった旨の鑑定人の見解を踏まえて,被告人の主人格は,主として別人格が支配していた行動をコントロールできず,行動制御能力が著しく欠けていた疑いがあると主張している。



この点に関する鑑定人の見解は,被告人の主人格が善良であることや被告人の別人格が悪いことを行うことを制御できないということを前提にしている。しかし,被告人が他人に成り代わりたいという発想自体を長期間持っていたことや被告人の前科状況からは,被告人の主人格が善良でないか,主人格と別人格が混在した状態が非常に長い期間続いていたことになりかねない。また,鑑定人は被告人が弟に枕を押し付けたこと,Kを殴ったこと,Kに包丁を向けたことなどの逸脱行動を別人格の行動としているが,これらが,行
動の制御に問題があることを示す出来事といえるかについて疑問があるし,被告人に記憶があった以上,完全に解離はしていないことになるが,過去の逸脱行動についても主人格と別人格がどのように影響しあっているのかが分かるほどの情報はない。
これらによれば,鑑定人の見解を踏まえても,被告人の主人格や別人格の
特性を確定すること自体が困難といえ,各犯行当時の被告人の人格の解離状態を考察するという方法で責任能力を検討することも困難といえる。しかし,疑問のある状況を,被告人に不利に考慮することはできず,主人格からのコントロールができなかった旨の精神医学的見解は排斥できない。


しかし,鑑定人がこのように述べる主人格は,当時の精神状態とは明らかに異なる意味のものである。責任能力は,犯行時の被告人の精神状態について,善悪の判断能力や行動制御能力を問題とするもので,その当時の精神状態に行動制御能力があると認められる以上,その状態を主人格というものがさらに制御できるかという点を問題にする必要はないというべきである。鑑定人の見解を前提にすると,被告人は比較的長い期間別人格が主として行
動を支配していたということになるが,既に検討したとおり,当時の被告人は,別人格が主となった状態であっても,主人格との記憶を共有し,状況を理解し,行動の制御ができていたのであるから,実質的に考えても,そのような状態で犯行を行ったことについては,そのような状況下で犯行の決断をした被告人の責任といえる。



これらによれば,主人格からのコントロールができなかったことなどを指摘して責任能力を争う弁護人の主張は採用できない。
5
結論
以上によれば,強盗殺人の犯行当時,被告人には完全責任能力があったといえる。
各有印私文書偽造,同行使,詐欺の犯行に関する責任能力も争われているが,
これらの犯行は被告人が利得目的で行った犯行で,他人になりすますなどの合理的な行動もできており,これについての記憶もあり,鑑定人の見解を踏まえても,強盗殺人の行為時の精神状態と違いがあったとは認められないから,これらの各犯行についても完全責任能力が認められる。
【法令の適用】
[罰

条]

判示第1の行為

刑法240条後段

判示第2及び第3の行為のうち
各有印私文書偽造の点
各偽造有印私文書行使の点

いずれも刑法161条1項,159条1項

詐欺の点

いずれも刑法159条1項

いずれも刑法246条2項

判示第4の行為のうち
有印私文書偽造の点
偽造有印私文書行使の点
刑法159条1項
刑法161条1項,159条1項

詐欺の点

刑法246条1項

[科刑上一罪の処理]
判示第2ないし第4について

いずれも刑法54条1項後段,10条(有印私
文書偽造とその行使と詐欺の間には順次手段結
果の関係があるので,1罪として最も重い詐欺

の罪の刑で処断。ただし,短期は偽造有印私文
書行使罪の刑のそれによる。)
[刑

種の選
択]

判示第1の罪について

無期懲役刑を選択

[併合罪の処理]

刑法45条前段,46条2項本文

[未決勾留日数の算入]

刑法21条

[没

収]

刑法19条1項1号,2項本文(承諾書1通
(平成29年領第1943号符号1)の偽造部
分は判示第2の,クレジット売上票1通(平成
29年領第2336号符号2)の偽造部分は判
示第3の,クレジット売上票1通(同符号16)
の偽造部分は判示第4の,各偽造有印私文書行

使の犯罪行為を組成したもので,いずれも何人
の所有をも許さない。)
[訴訟費用の不負担]

刑訴法181条1項ただし書

【量刑の理由】
1
量刑上の考察の中心となる強盗殺人事件は,被害者名義のパスポートを取得することを最終的な目的とし,被害者を殺害するための凶器を用意するなど,それなりの準備をした上で行われた計画的犯行である。被害者を多数回突き刺して殺害しており,犯行の目的からも殺害意思が強かった事案であるが,被害者に苦痛を与えること自体を目的とするなどの意図的な残虐性は認められない。
2
この事件の背景には,被告人が当時在留資格を有していない状況で,他人に相談もできないと考えていたことがあるが,人を殺害して成り代わるという考えは被害者に重大な結果が生じることを顧みない身勝手な考えであり,在留資格の問題は,このような重大な手段を選択したことに関する非難を軽くする事情とはいえない。被告人は,パスポートの不正取得の方法を調査するのではなく,正当な
解決方法を調査すべきであったともいえる。
また,責任能力に関するこれまでの判断や,被告人が,被害者を殺害して成り代わる気持ちを持ち続け,準備をした上で強盗殺人を行っていることなどによれば,解離性同一性障害の問題も大きく考慮することはできない。
3
被害者は,准看護師として勤務し,将来の希望を持って日々を暮らしていたところ,昔の同級生に親切にしたために突然襲われ,多数回刺されて命を奪われている。生じた結果は重大で,被害者遺族は,被告人を極刑にすることを望んでお
り,処罰感情は極めて厳しいものがある。これらの処罰感情は,落ち度のない被害者が身勝手な理由で強盗殺人の被害に遭った結果であり,その心情は理解できる。
4
また,被告人は強盗殺人の犯行後に,有印私文書偽造,同行使,詐欺事件の犯行を3件行っており,自己の利益のための犯行を続けている点も軽視はできな
い。
5
被告人は捜査段階では最終的に自白しており,その当時は事件の重大性を理解し,反省の気持ちがあったと認められる。しかし,最終的な自白までの供述経過からは深い反省があったとまでは評価できない。被告人は公判期日において記憶がないと供述するなどし,反省の言葉を聞くこともできなかったが,この点は,
被告人の現在の精神状態の問題である疑いがあるから,被告人に不利に考慮することはしない(なお,現在の精神状態は,当時の精神状態の参考にはならない。)。
これまで検討した事情のほかにも,弁護人は家族の存在など被告人のために考慮すべき事情を主張するが,量刑上大きく考慮すべき事情は見当たらない。
6
これらによれば,被告人の責任は誠に重大であって,過去の強盗殺人の事例も参考に,行為の計画性,被害の重大性,残虐性の程度などを検討し,有期懲役刑とするために酌量減軽することを相当とするような事情は見当たらない本件については,被告人には,無期懲役刑を科すのが相当と判断した。

(求刑

無期懲役,主文同旨の没収)

平成31年3月26日
大阪地方裁判所第13刑事部

裁判長裁判官

上岡哲生
裁判官

長橋政司
裁判官

佐藤
(別表省略)


トップに戻る

saiban.in