判例検索β > 平成29年(行コ)第315号
事件番号平成29(行コ)315
裁判年月日平成31年2月28日
法廷名東京高等裁判所
裁判日:西暦2019-02-28
情報公開日2019-05-16 10:00:44
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主文
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2上記部分につき,被控訴人の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要等
1
本件は,処分行政庁が,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法
律(以下団体規制法という。)5条4項及び5項に基づき,麻原彰晃こと松本智津夫(以下松本という。)を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体(以下本団体という。)に対してした原判決別紙2決定目録記載の公安調査庁長官の観察に付する処分の期間更新等に係
る決定(以下本件更新決定という。)について,被控訴人が,控訴人に対し,主位的に,本件更新決定が被控訴人に対しては存在しないことの確認を,予備的に,本件更新決定のうち被控訴人を対象とした部分の取消しを求めた事案である。
原審は,被控訴人の主位的請求を棄却し,予備的請求を認容し,控訴人が控
訴した。したがって,当審における審理の対象は,上記予備的請求の当否である。
2
団体規制法の定め,前提事実並びに争点及びこれに関する当事者の主張は,
次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由第1章の第2及び第3並びに第2章に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決3頁25行目の被請求団体の次に

(ただし,主たる事務所の所在地を群馬県藤岡市a字bc番地,代表者を松本とし,主幹者の表示のないもの。)

を加える。同4頁13行目のおいては,の次に被請求団体の主たる事務所の所在地は東京都世田谷区de丁目f番g号「h1階,代表者は松本,主幹者はAとされ,」を加える。
同4頁16行目末尾の次に

ここにいう主幹者とは,団体の代表者には当たらないが,代表者のある場合にはこれを補佐し,代表者のいない場合にはこれに代わる者として,事実上,団体の事務を主宰する者を指す(乙E1,弁論の全趣旨)。

を加える。同4頁20行目のおいては,の次に被請求団体の主たる事務所の所在地は東京都世田谷区de丁目f番g号「h1階,代表者は松本,主幹者はAとされ,」を加える。
同5頁15行目のなお,から同頁18行目の15までを乙A15と改める。同6頁6行目の別紙2から同頁7行目の「という。」までを本件更新決定と改める。同6頁18行目冒頭から同頁19行目末尾までを以下のとおり改める。

1被控訴人は本件更新決定の対象団体に含まれるか,また,被控訴人とAlephが1つの団体であるか(争点1)。

同7頁7行目の原告とAlephの関係等を

被控訴人は本件更新決定の対象団体に含まれるか,また,被控訴人とAlephが1つの団体であるか。

と改める。同9頁4行目の安全を安全の確保と改める。
同11頁2行目の行われるの次に危険性があるを加える。
同11頁9行目末尾の次に改行の上,以下を加える。

また,同法4条2項の「団体概念は,無差別大量殺人行為を行った団体の活動状況を明らかにし又は当該行為の再発を防止するという同法の目的を実現するために,規制対象を的確に画する機能を有するものであるところ,同法の規制対象となる無差別大量殺人行為といったテロを敢行する集団には,そもそも組織実態や指揮系統等が判然としないものや,名称,組織構成等の変更及び離合集散をするものがあり,長期間にわたる観察処分下において,様々な変化が生じることが当然に想定される。そこで,同法は,上記のような特徴を有する集団を的確に規制するため,特定の共同目的を中核的概念として構成し,特定の共同目的を達成するための継続的結合体,すなわち多数人の組織体であって,その構成単位たる個人を離れて,結合体としての独自の意思を決定し得るものという要件のみを求める独自の団体概念を採用しており,独自の意思決定が現実に行われていることをその要件と解する理由はない。このような理解は,物的設備の対象である主たる事務所も判然とせず,代表者等の氏名や住所も不明である集団についても団体として規制対象とすることを予定していると解される団体規制法
の各規定(同法15条1項,16条,17条,24条3項,25条2号)とも整合的である。したがって,当該集団又は各集団が1つの継続的結合体に該当するか否を判断するに当たっては,各集団の主観的な意図はもとより,組織体として独自の意思を決定し得る仕組みが存在し相応に機能することなどという必ずしも判然としない組織形態・指揮連絡系統等の内部的事情を考
慮すべきではなく,当該各集団が,いずれも同一の特定の共同目的を有することに加え,上記各集団における構成員の人的属性,首謀者の影響,綱領,活動状況等の客観的な事情を総合的に考慮し,上記各集団が,特定の共同目的を共有しつつ,共通した活動を行っていると認められる場合には,客観的にみて,1つの結合体として意思決定をすることに支障は存在しない
といえるから,1つの継続的結合体であり,1つの団体であると判断すべきである。」
同13頁12行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
そして,被控訴人とAlephの分裂時に,AとAlephの集団指導体制を構成する者らが互いに協力関係を求める発言をしていたことや,Alephと被控訴人の財政,施設の分離も平穏に実行されたこと,Alephにおいては,被控訴人の活動に理解を示す中間派に属する構成員らも少なくなく,各構成員らの交流も容認されていたこと,近年においても,被控訴人とAlephとの間には,構成員の移動や交流も認められることなどに照らしてみても,被控訴人とAlephの分裂という事態は,双方に通ずる共通の宗教的土壌を失わせたものとはいえず,依然として親和性を保っている。
同14頁8行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
ウ以上の事情によれば,被控訴人は,Alephと1つの継続的結合体である団体として,本件観察処分を受けた団体との同一性を有し,本件更新決定の対象団体である本団体に該当する。3仮に被控訴人がAlephと別個の継続的結合体であるとしても,被控訴人は本件観察処分を受けた団体との同一性を有することについて団体規制法5条4項は,当初定めた観察期間が経過しても,観察処分の対象となった団体が,引き続き,その属性として無差別大量殺人行為に及び得る危険な要素を保持し,かつ,上記団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる場合があることに鑑み,当初の観察処分の期間の更新を認めたものであり,その趣旨や同法が期間更新の回数に制限を設けていないことに照らせば,同法は,観察処分に係る期間更新決定が観察処分から相当期間が経過した後に行われることも,当然に予定しているものと解される。そして,観察処分から相当期間が経過すれば,観察処分を受けた団体の構成員の入れ替わりや内部の意見対立によって上記団体の名称や組織構成等の変更,離合集散等が生じることは容易に想定され,規制を潜脱する目的で,頻繁に分派,独立,新団体の設立等を行うことも想像に難くないが,観察処分を受けた団体が分裂して,各団体が別個の団体と評価せざるを得ない状態となったとしても,それら各団体が,人的属性や活動実態等に照らし,観察処分を受けた団体と基本的性質を異にするに至ったと認められる特段の事情がない限り,上記各団体を引き続き観察処分の対象としなければ,団体規制法の目的を達成することができないことは明らかである。したがって,観察処分を受けた団体が,分派・分裂し,複数の団体であると評価せざるを得なくなったとしても,上記特段の事情がない限り,かかる事態は同法が予定する範囲内での事後的な在り方の変化にすぎず,当初の観察処分の効力は,上記各団体のいずれにも及び,観察処分の期間の更新の際には,上記各団体について,同法5条4項の要件の充足性が判断されることになると解すべきである。団体規制法5条4項の文理との関係でも,観察処分を受けた団体が,その後,分裂して複数の団体になった場合であっても,それらが各々,同処分を受けた団体とその基本的性質を異にするに至っていないのであれば,それらの複数の各団体は,社会通念上,「第一項の処分を受けた団体というべきであり,そのような各団体が同条1項各号に掲げる事項のいずれかに該当し,引き続きその活動状況を継続して明らかにする必要があると認められるときは,観察期間を更新することができると解するのが整合的である。
そして,観察処分を受けた団体が分裂し,複数の団体が形成された場
合には,観察処分を受けた団体と基本的性質を異にするに至っていない限り,各団体のいずれにも観察処分の効力が及ぶものとし,必要な規制措置が講じられることを担保した上で,観察処分の効力が及ぶ範囲に変化が生じる余地を認めたときは,公安審査委員会(以下公安審という。)による職権取消し(団体規制法6条)や,期間更新(同法5条4項)において,観察処分の効力の存続ないし更新の可否を判断するものとしていると解するのが,同法の各規定の趣旨に整合し,同法の目的にも適う。
以上を踏まえて,被控訴人の実態についてみると,以下のとおりであり,被控訴人の構成員の人的属性や活動実態は,その設立以降,本件更新処分時までの間,特段の変化はなく,被控訴人においては,表面上の
脱麻原とは裏腹に,オウム真理教との共通性・類似性が顕著に認められ,このことは,被控訴人において,特定の共同目的が失われたとみることと相反する事実であり,かえって特定の共同目的が存続していることを強く推認させる。このように,被控訴人においては,なお松本に対する個人崇拝を浸透させる活動を維持するとともに,オウム真理教の
修行体系における最も基礎的ないし本質的部分を堅持してこれを広める活動をしており,これらの事情は,外形的には,従来のオウム真理教の教義を採用していないが,Aや幹部構成員が説くように,教団が社会に受け入れられ,維持・存続していくためには,外形的に松本の影響力を排した別個の団体を設立して松本の教えを実質的に広めていくというい
わゆる麻原隠し(以下麻原隠しという。)を目的とした被控訴
人の設立の経緯や,被控訴人の構成員の多くが,オウム真理教の教義を深く受容した両サリン事件当時からの構成員であることと相まって,被控訴人において,麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することという特定の共同目的
を保有し続けていることを強く推認させるものというべきである。ア
オウム真理教は,Alephの発足後は,Alephとして活動していたところ,Aは,Aleph内の賛同者と共に,Alephを脱会し,平成19年5月,被控訴人を設立した旨発表したが,ひかりの輪の名称それ自体が,オウム真理教の教義の核心と結び付いたもので,オウム真理教の教義を暗示するものである。

被控訴人においては,Alephの代表者であったAが代表に就任
し,同月6日の時点で被控訴人の活動に参加しているとした専従会員57名,非専従会員106名のうち非専従会員の1名を除いた105名の全てがかつてAlephにおいて活動していた者であった(乙E65)。その後も,本件観察処分は,平成24年1月の第4回更新決定により,被控訴人及びAlephを主要な構成要素とする本団体に対して,適法に効力を及ぼしており,Aは,上記決定において,本団体の主幹者とされ,被控訴人の構成員の8割以上がAleph当時からの構成員のままであった。

被控訴人の組織形態は,発足当初から一貫してオウム真理教の組織
形態の特徴である位階制度に基づく指導体制を維持している。

被控訴人は,現在に至るまで,大黒天や三仏等の神仏に松本を投影
し,これらを構成員らに示すことで,松本に対する個人崇拝を浸透させながら,松本が確立したオウム真理教の修行体系等の本質的部分を継承した活動を通じてその教義を広めており,被控訴人の構成員らの言動からも,依然として松本への帰依心を看取することができる。取り分け,被控訴人において,麻原隠しではなく,真に脱麻原を遂げたのであれば,松本の化身などと位置付けられていた神仏は,真っ先に自己の施設内から排除し,崇拝の対象から除外するはずである。また,被控訴人において,オウム真理教の教義を真に棄教し
たのであれば,少なくともその教義や修行体系等の本質的部分において,類似ないし共通するものは継承していないはずである。
しかし,被控訴人においては,かねて松本ないしシヴァ神と同一視された大黒天や三仏について,様々な解釈を加えながら,崇拝の対象とし続け,今日においても,シヴァ神ないし大黒天と関係があるミシャグチ神を崇拝の対象とし,松本に対する個人崇拝を構成員らに浸透させる活動を継続している。
加えて,オウム真理教は,教学,功徳,行法・瞑想修行,イニシエーションを修行の四つの柱とし,オウム真理教の最も基礎的ないし本質的部分であって特徴的なものであると位置付けていたところ,被控訴人は,これを堅持し,教学,功徳(出家制度,各種ワーク,
布施),行法,聖地(イニシエーション)を修行における四つの柱と位置付けている。オウム真理教と被控訴人の双方の四つの柱を
構成する個別の要素について共通性が認められるのはもちろんのこと,これらの要素を四つの柱として組み合わせ修行体系を構築してい
ることは,オウム真理教と被控訴人とに共通する極めて特徴的な点で
ある。
そして,このことについては,専門家からも,被控訴人がオウム真理教から脱却できていない旨指摘されているところである(乙G69の1及び2(B・日本ヨーガ療法学会理事長(以下B理事長とい
う。)の意見書),乙G69の3(C・国立民族学博物館名誉教授
(以下C名誉教授という。)の意見書))。

なお,本件更新決定後の松本の死亡という事情は,本件更新決定時
に,被控訴人が団体規制法4条2項の団体に該当するものであっ
たか否かとは全く無関係である。また,同項の特定の共同目的は,その種類を問わないと解されており,政治上の主義が含まれることを要しない。
以上によれば,被控訴人は,本件更新決定時においても,麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを特定の共同目的とする多数人の継続的結合体であって,本件観察処分を受けた団体とその目的を共通にしており,かつ,その活動状況においても共通性が認められる。
したがって,本件観察処分の対象とされた団体は,その後,平成15
年1月,平成18年1月,平成21年1月及び平成24年1月に,順次,本件観察処分に係る第1回ないし第4回の期間更新決定を受け,平成27年1月,本件更新決定を受けたところ,本件更新決定時において,仮に被控訴人がAlephとは別個の継続的結合体である団体であるとしても,被控訴人は,本件観察処分の対象とされた団体との同一性を有し,
その一部である。」
同15頁10行目及び同頁11行目のアレフをいずれもAlephと改める。
同16頁18行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
また,団体規制法4条2項の「特定の共同目的については,同法の立
法趣旨は当該団体が将来再び政治上の主義を伴う無差別大量殺人を行うことの再発防止にあること,同目的を達成するために必要最小限度で運用がされるべき同法において処分対象を確定する必要があり,政治上の主義は同目的に当然に含まれるべきであること,オウム真理教の教義上,麻原を王とする真理の国の実現という政治上の主義がなければ,無差別大量殺人を行う必要など全くなかったこと,以上の理由から,政治上の主義を含むものでなければならない。オウム真理教の教義を広め,これを実現することでは定義として曖昧である上,従来の定義の恣意的な撤回・変更は許されない。」

同17頁3行目の破っているを破っており,⑥被控訴人は,その発足当初からオウム真理教のような「麻原が独裁者として統治する専制国家体制の樹立という政治上の主義を含む特定の共同目的を有していない」と改める。
同17頁7行目冒頭から同頁8行目の「」までを次のとおり改める。2被控訴人はAlephと一体の団体ではなく,本件観察処分を受けた団体との同一性を有しないことについて控訴人は,団体規制法4条2項の「団体について,結合体としての独自の意思を決定し得るものという定義を否定しないとした上で,客観的に独自の意思決定の可能性が認められるものと解すべきであり,同一の「特定の共同目的を共有しているがゆえに醸成される共
通の危険性を構成する結合関係にある集団又は各集団」であるとし,組織体としての独自の意思を決定し得る仕組みが存在し相応に機能することを前提とするものでない旨主張する。しかし,集団の意思決定の仕組みの解明は困難ではないこと,極めて類似した法規である組織犯罪防止法における結合体の定義は,あらかじめ意思決定の仕組みが存在することを求めていること,控訴人の主張する団体の定義は,極めて曖昧で規制当局の主観が入り込む要素が強く,団体規制法が厳に戒める甚だしい人権侵害を招く危険性があること,結合体の要件を組織体として独自の意思を決定し得る仕組みが存在し相応に機能することとした上で,両者の人的側面から見て両者
が独立した関係にあれば,飽くまで別個の団体として扱い,仮に両者が共同目的を有している場合であっても,1つの観察処分の中に含めるのではなく,別個の観察処分下に置くことが人権侵害の抑止を強く要請する団体規制法の趣旨に適うこと,以上の事情によれば,控訴人の上記主張には理由がなく,同項の団体といえるためには,組織体として独自の意思を決定し得る仕組みが存在し相応に機能することを要すると解すべきである。
そこで,以下においては,同項の団体の意義についての上記解釈
を踏まえ,被控訴人はAlephと一体の団体ではなく,本件観察処分を受けた団体との同一性を有しないことについて述べる。

同17頁

19行目のアーレフを

Alephとそれぞれ改める。
同18頁1行目のをと改め,同頁10行目のこれに対し,

の次に前記1のとおり,を加え,同頁14行目のをと改め

る。
同18頁14行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
3被控訴人が本件観察処分を受けた団体との同一性を有するとの控訴人の主張について1つの観察処分又は更新決定の中に複数の団体が包含されることとなると,自団体に責任がない他団体の意思決定に基づく行為が原因となって,自団体をも対象となる観察処分が継続することになって理不尽な不利益を招くおそれがあり,このような運用は,基本的人権の侵害を厳に戒める団体規制法の趣旨に反する。意思決定を共有し得ない別々の団体は,必要があれば,その都度,個別に丁寧に別個の観察処分等を付するための手続を行うことが同法の趣旨に沿う。控訴人は,規制の範囲を確定し直すことに時間や労力が必要となる旨主張するが,立証の難易により団体の同一性の基準が左右されるべきものではないし,その判断は,既に観察処分を受けている団体について問題となるものであり,公安調査庁長官は,観察処分により当該団体の意思決定過程をうかがわせる資料を入手することが可能であるから,時間や労力を必要とすることは理由とならない。被控訴人は,松本の意思を受けて設立されたのではないことはもちろん,前記1のとおり,平成19年の発足当初から,松本への絶対的帰依を否定し,オウム・松本の過ちを反省・総括するとともに,松本の死刑を前提して同人からの脱却を行い,松本信仰への反対を行ってきたのであって,それゆえにAlephと激しく対立してきた。被控訴人は,本件観察処分を受けた団体とは基本的性質を異にし,同団体との同一性を有しない。被控訴人設立までのA等の言動についての控訴人の主張は,Aが,弟子が実践できることとして,平成17年6月22日付けの投稿においては,グルの多くの説法からその時々に応じた法則を選択するということであり,同月24日の投稿については,グルの多様な教えの中から適切な教えを選択するということを主張するものにすぎない。被控訴人の発足は,その発足の時点で当てはめることができる松本の言葉の中から選択されたものではなく,松本の別個の団体設立の指示・教えと完全に矛盾する部分が多数存在し,今現在に至るまでの被控訴人の「反松本・脱松本の様々な活動は,どのような状況を想定した場合の松本の言葉の中にも出てこないものが多数存在し,松本に対する絶対的帰依に反するばかりか,全く逆行している。したがって,AがAlephに戻ってAlephを設立してから平成18年頃までの期間の同人(M派)の言動は,自分たちの望む活動,すなわち自分たちの意思の実現のために松本
の言葉を利用したものであり,松本の指示は,Aらの帰依の対象ではなく,参考のための比較対象として挙げられたにすぎない。
控訴人は,Aの松本への帰依心を示す発言が真意からのものではないなどとの被控訴人の主張は不合理であって,被控訴人は麻原隠しをしていると主張するが,誤った認識を前提としている。被控訴人が当初
掲示していた大黒天や三仏については,松本やシヴァ神と同一視していたことはなく,反対に,それらの誤りを反省・克服する対象として位置付けていた。被控訴人は,そもそも発足当初から大黒天を含めた特定の神仏を崇拝対象としていないし,平成26年には,哲学教室に改編し,大黒天や三仏の崇拝はおろか祭壇まで廃止して,いかなるものも崇拝の対象としない思想を固めており,被控訴人においてミシャグチ神を松本と同視し,その構成員がそのような認識を受容した事実はない。また,被控訴人はオウム真理教の本質的修行を承継していない。
ミシャグチ神の写真が修法室に掲示されていたとの主張については,被控訴人は,平成26年9月から,哲学教室への改革に伴い,修法室を廃止し,法具室と呼称し,雑多に物が置かれるなどしており,聖地巡礼
においても,ミシャグチ神を松本と見立てた崇拝等は全く行っていないし,戸隠訪問等について,松本への絶対的帰依に反し,A派から見れば外道の実践である。平成17年以前のAの発言は,平成18年から平成19年にAらに生じた大きな精神的変化,麻原信仰からの脱却以前のものであって,被控訴人の麻原脱却を否定するものではない。

被控訴人設立前のAの発言等を裏付けるとされる証拠も,公安調査官が匿名の供述者の発言をまとめたので,供述者自身の署名もない,伝聞証拠であるなど,その内容に信用性はなく,松本の刑死を前提とした話をAがしていることとなっている点などについては,控訴人の主張する政治上の主義の否定・破棄を意味するものであり,被控訴人の主張を裏
付けるものともなっている。
被控訴人設立以降の活動実態に係る控訴人の主張は,被控訴人が執拗な松本批判を行い,松本に対する否定的な感情を抱くことをしていることを認めるものであり,松本への個人崇拝を構成員に浸透させる行為と完全に矛盾し,松本との逆縁形成による修行の成就であるとする根拠も
なく,被控訴人に特定の共同目的が存在しないことを裏付けるものである。
被控訴人の教義や活動に部分的にオウム真理教との類似点があるとしても,控訴人の主張するオウム真理教の教義の中核は松本への絶対的な帰依であるから,教義・活動形態は松本の指示したものと完全に同一である必要があるところ,被控訴人の教義・活動形態は松本の指示・教義と様々な点で食い違うばかりか,反松本・反Alephの活動を行うので,多くの点で完全に逆行しているものである。Aがオウム真理教由来のものであることを自認している根拠として控訴人が提出する同人の説法(乙G112)においても,オウム真理教がインドからヨーガ行法を輸入しているとされており,オウム真理教に由来することにはならない。
日本脱カルト協会のD理事(以下D理事という。)作成の意見書
(乙G111)は,被控訴人の教義の調査が不十分である上,C名誉教授(乙B3の176,G69の3,G70の28)及び高野山大学のE名誉教授(以下E名誉教授という。)(乙B6の80)各作成の意見書も,同様に客観的な宗教に関する意見書の要件を満たしていないな
ど,信用性が低い。これに対し,京都大学のF名誉教授(以下F名誉教授という。)(甲33・資料3)及び埼玉大学のG講師(以下G講師という。)(甲33・資料5)各作成の意見書等は信用性を有し,他の多くの専門家も,被控訴人とオウム真理教・Alephとの違いを認めている。

控訴人は,被控訴人が近時に札幌に新施設を開設したことについて,それが松本の説いた日本シャンバラ化計画に沿うものであると主張するが,構成員や参加者が集まるのに便利な大都市を選んだことにより,自然と重なってしまったからといって,同計画と関係があるとの控訴人の主張は失当である。」

同19頁3行目の名文を明文と,同頁18行目の有している
を有していたとそれぞれ改める。
同20頁16行目の松本の脳波が注入されるとする器具をオウム真理教の修行用の器具であり,松本の脳波データを発生させるとする基盤部分と頭部に装着する電極付きのヘッドギア部分で構成される。これを装着すると松本の脳波が注入されて松本と同じ瞑想状態に至るとされている。以下同じ。と改める。
第3当裁判所の判断
1
当裁判所は,本件更新決定のうち被控訴人を対象とした部分の取消しを求め
る被控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,次項以下のとおりである。
2
認定事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由第3章
の第1に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決30頁13行目のE1を乙E1と改める。
同32頁13行目の「」を以下のとおり改める。
オウム真理教の修行体系等(乙B3の1,B3の156)

オウム真理教の修行体系は,松本への絶対的な帰依を徹底し,松本の
説く教義を実践するために,松本が確立したものであり,教学,功徳,瞑想及びイニシエーションを4本の柱とする。これについて,オウム真理教発行の新会員ガイドブックには,

【教学】教学は,信を深め心の安定を培うために非常に大切です。

【功徳】功徳とは喜びのエネルギーのことで,布施・奉仕によって蓄えることができます。

【行法・瞑想修行】オウム真理教は,瞑想の基本であるアーサナ(調気体操),ブラーナーヤーマ(呼吸法)から,最高の瞑想法である無上ヨーガまで,完璧な瞑想体系を持っています。

,【イニシエーション】イニシエーションとは秘儀の伝授のことで,グルからその修行を行う“許可”を得たという意味合いを持っています。本来,イニシエーションは,少数の高弟にのみ伝授されるもので,最奥儀に当たるものですから,その効果は絶大で,数生数十生かかる修行を一気に進める働きがあります。などと記載されている(乙G73)。松本は,上記修行体系の特徴について,その著書において,わたしの修行法は一言でいえば,「仙道,仏教,ヨーガ等の密儀(奥儀,秘伝)の集大成である。それは,わたしが体験的に作り上げた独自のものなので,この世でこれを実践しているのはわたしとわたしの弟子たちだけということになる。」と記載し(乙G70の1,G71),説法において,オウムと他の宗教の違い,これはいったい何だというとね,まず,きちんとした教義があるということ。(中略)そして,瞑想技術があるということ。この瞑想技術とは何かというと,インドの仏教やヨーガでいわれている,チャリヤ・ヨーガ,クリヤ・ヨーガ,ヨーガ・タントラ,アヌッタラ・ヨーガ・タントラという四つの瞑想技術だよね。これを日本の言葉でいうならば,所作ヨーガ,行ヨーガ,そしてヨーガ・タントラ,無上ヨーガ・タントラといわれているものなんだけども,この四つの瞑想技術を持っているのは,日本ではオウム以外あり得ない。そしてだよ,その四つの瞑想技術に至るための,例えばアーサナ,あるいはプラーナーヤーマ,ムドラーね,こういう技術を,インドから,あるいはハタ・ヨーガによって,あるいはラージャ・ヨーガによって,あるいはクンダリニー・ヨーガの修行形態から素晴らしいものを抜粋して,オウムは体系だって持っている。これは三番目の柱だ。(中略)カルマを浄化するための各種のイニシエーション,ね-大乗の仏陀に至るためには千生,二千生,三千生かかるといわれている-数千年かかるといわれている,その大乗仏陀への道をだよ,(中略)その期間を短縮するのがイニシエーションだね,シャクティーパットを含めた。などと述べていた(乙B3の1,B3の156)。

松本は,前記アの瞑想技術について,説法において,所作,行,ヨーガ,そしてアヌッタラ・ヨーガタントラという四つのプロセスの中身は何かというと,まず儀式的なもの,祈りによって神々への近づきを行なうと。そして次の段階で,形ある神々との合一を果たすために,例えば「チャクラサンヴァラのヨーガとか,(中略)あるいはヤマーンタカのヨーガとかいった形ある瞑想へと移行する。(中略)つまり

すべての現象は実体がない。すべての現象は,原因・条件・結果の三つに依って成立するんだ

ということを認識するためのアヌッタラ・ヨーガ・タントラへと移行するのである。」と説いていた(乙G70の
1)。

オウム真理教においては,前記アの功徳を目的とした出家制度

(集団居住体制)が採用されており,出家信者は,極限の布施等と称して,土地建物等の不動産,現金,預貯金を始めとしてテレホンカードに至るまで自己所有の財産の全てを布施することが求められるなどし,自己の一般社会における経済的基盤の全てを喪失させられた上で出家をし,日々与えられていたワークと称する無償活動に従事しつつ修行をし,業財と称する毎月8000円の生活費が支給されていた(乙G3,4,88)。稼いだ金を基本的に全てお布施として寄付をする出家制度(集団居住体制)は,Alephにおいても採用されている(乙
G89,90)。

松本は,前記アのとおり,オウム真理教の修行体系の最大の特徴の1
つとしてイニシエーションの存在を挙げ,それには音のイニシエーション(松本のマントラ(真言すなわち詞章)を18個のスピーカーから流して被伝授者に聞かせるというもの),シャクティーパット
(松本が被伝授者の眉間に直接親指を当てるなど,解脱者が被伝授者の体に直接触れ,高次元のエネルギーを移入するというもの)等があり,その著書において,

イニシエーションとは,一言で言えば秘伝の伝授だ。グルが弟子に教え,霊的なエネルギー,経験を授ける儀式なんだよ。(中略)大変重要な儀式だと言えるね。

などと記載していた(乙B3の1,B3の190)。

オウム真理教においては,松本が,神々の秘密の言葉等と位置づ

けるマントラと称する様々な言葉を構成員に伝授し,それらを繰り返し唱えさせる修行をしていた(乙B3の1)。
また,オウム真理教では,ブリージングと称される特殊な呼吸法により信者らを過呼吸状態に陥らせて神秘体験をさせる行法が実践されていた(乙G95)。

オウム真理教においては,これらのほかにも,修行体系として,4つ
の真理の流れに入る段階(四預流支)があり,1番目は三宝に対する帰依,2番目は記憶修習(しゅじゅう),3番目は記憶修習したものを元に自分自身の身の行い,口の行い,心の働きについて分析する,4番目は思索したものを実践するとされ,実践には八正道(出家修行における聖なる8段階の道)があるとし,六波羅蜜(在家修行における6つの極限),四念処(4つの記憶復習の現象化),四無量心(真理の実践者がしなければならないとされる4つの偉大な心であり,愛,哀れみ,賞賛,無頓着)などの考え方を指導していた(乙B3の186,G81,8
2)。


同38頁4行目のしっかりとをしっかりと改める。
同39頁15行目の本団体の次にであるオウム真理教を加える。
同41頁15行目の(パーフェクトから同頁19行目の

以下同じ。)

までを削り,同頁22行目の務めるを努めると改める。同42頁26行目の皆さんとを本質的には,自分のなすこと,救済活動自体がグルの救済活動のお手伝いなんだと。私はグルのしもべとして,グルの救済活動のお手伝いをしているんだという形で,常に自分の上を立てて奉仕をするという修行で,これが最高だと。(中略)そういうふうによって,グルの救済活動の中に組み込まれて,そのマンダラの一部として,その中心に向かって奉仕するんだと。それが自分の全てであるというヨーガというのは,(中略)崇高なものじゃないかな。(中略)皆さんとと改める。同43頁2行目の47の次に,G105を加え,同頁17行目の
「」を以下のとおり改める。

Aは,平成14年11月頃のビデオでの説法において,「麻原彰晃という言葉の意味は,麻原というのは阿修羅を表して彰晃というのは釈迦を表す。(中略)シヴァ大神の化身はマハーカーラ(注:大黒天)であり,グルを表す。そのためにマハーカーラの化身であるとともに大黒柱である正大師に帰依しなさい。などと述べた(乙B3の1,B3の117)。
Alephの機関誌である進化27号(平成14年12月発行)には,Aによるとされる記事が掲載され,諏訪の信仰は三層構造になっていて,その一つ目がミシャグチ(ミシャグジ)神である。(中略)諏訪の御柱の伝統は,世界に広がる聖なる柱の伝説・儀式と共通性があるということであるが,(中略)シヴァ神のお膝元である,ヒンドゥー・密教信仰の盛んなネパールやインドにも,非常に似た柱の祭りがあることが紹介されていたのだ。(中略)それだけではない。四つの柱は四大菩薩を表わし,その中央の空間が大日如来=ヴァイローチャナを表わす胎蔵界マンダラとする解釈もあるそうだ。四大菩薩であるから,当然,弥勒菩薩や観音菩薩(シヴァ大神の化身)を含むことになる。(中略)こうして,ここ諏訪大社は,シヴァ大神の系統のサインに満ちていた。(中略)日本人なら誰でも耳にする日本の中心的な神社に,シヴァ大神の系統が存在している可能性が高い。(中略)すなわち,日本とは,「シヴァ大神信仰が隠されている国ではないかということだ。よく考えると,日本ではお地蔵様より人気のある福徳の神の大黒天も,その意味合いが本場インドとだいぶ違うものになっているとしても,ともかく,マハーカーラ・シヴァ大神の化身であることは間違いない。(中略)こうしてみると,日本の諏訪地方のミシャグチ信仰は,インド・ヒンドゥーのシヴァリンガ・シヴァ大神信仰と見事に一致していることがわかるだろう。(中略)この地,諏訪の縄文時代には,十和田の縄文時代と同様に,シヴァ大神,クンダリニー・ヨーガの信仰が存在していたのだ。」などの記載がされた(乙G51)。

同45頁12行目の23日,の次にAlephに対し,を加える。同45頁18行目の変更したの次にことを公表したを加える。
同48頁16行目の2月の次に20日,「熱い心を取り戻せとの
題名で,

ヴァジラヤーナについての尊師の警告が現実になるだろう。私は,次のような警告を受けたことがあるのである。それは,「ヴァジラヤーナは失敗すると真理が根絶やしになる

という警告であった。(中略)社会が批判するのは,繰り返してはならないのは,武力闘争という形に過ぎない。(中略)ヴァジラヤーナを含めた真理の法則について,その間違ったイメージではなく,自己を犠牲にして他を救うという,聖なる意味を,次世代に伝
えなければならない。それは,言葉だけでなく,自己犠牲を伴う具体的な行為において示されなければならない。それが,尊師が私たちに伝授した,大乗仏陀イニシエーションであり,大乗の逆の道の説法の意味なのではないか,と思うのである。」という記事を掲載し(乙G78の1,G78の2),また,同ブログにおいて,同月」を加える。

同48頁23行目の95年にを尊師は,私との個人的な会話の中で,観音菩薩(アヴァロキテクシュヴァラ)をシヴァ大身の化身として特別視していたこと,尊師ご自身がダイライラマ5世(ダライラマは観音菩薩の化身とされる)の過去世を持つことをおっしゃっていました。また,江戸時代の家光の墓のある日光も観音菩薩をまつっています。上記のような認識に基づいて,現場では,グルとシヴァ大神を思念しながら礼拝していました。(中略)95年にと改める。同49頁13行目の「された。」の次に(中略)尊師は,観想は帰依の始まりに過ぎず,グルの意思を実際に実践することが帰依であるとおっしゃった。根本的な真理の法則である,四預流支では,帰依・記憶修習・思索・実践である。よって,今の状況に合わせて,グルの意思について考え(思索),実践することがなければ,本当の帰依ではないし,結果は出ない。(中略)今のグルの意思として,教団が取るべき方針について考えなければならない。(中略)グルの多くの説法は,その時々に応じた対機説法であって,その時々に応じた法則を選択することは択法覚支の実践をすることである。を,同行目の7の次に,G99をそれぞれ加える。
同49頁14行目のエを以下のとおり改める。
エAは,ブログ「真実を見るに投稿した平成17年6月24日付け記事
に,尊師の指示,説法は,対機的なものであることを示すように,時々によって,よく変わり,多様であった。(中略)よって,グルへの帰依とは,グルの心である四無量心を一番大切なものとし,例えば,社会への対応の仕方などの具体的な部分については,その時々の現実に応じて何が四無量心の実践になるかという視点から,グルの多様な教えの中から,適切な教えを選択して,実践することである,と私は考えている。それがグルだと思うし,グルの教えだと思う。などと掲載した(乙G100)。オ」

同51頁5行目冒頭にaを加え,同頁12行目の要するにを削り,同頁19行目の

考え方です。

の次に以下を加える。(中略)その時に同じ教団組織の中で,二つのグループがあっても,二つのグループが一斉に共倒れにされてしまう。(中略)死刑執行になって,何か大きなことが起こってから二つに分けて,こっちを認めて下さいとやっても到底間に合いませんから。十分前に分けて,そして,二つの別のものが存在する形にしないと,それは全滅の可能性があるだろうなと。同51頁21行目末尾の次に改行の上,以下を加え,同頁22行目冒頭にdを加える。
bAは,平成18年8月12日から開催された夏季集中セミナーにおいて,「マハーカーラのマントラ及びマハーカーラの瞑想と題する教本等をA派の構成員に配布した上,同日の説法において,このマハーカーラのマントラは一部の成就者によって95年以降,一度伝授されたいきさつがありますが,それを除いては,日本で伝授するのは初めてだということになります。(中略)皆さんの内側の魔,これを払うために,このマントラを唱える。マハーカーラ,これに帰依をしながら,このマントラを唱えるように,ということをするようにして下さい。などと述べた(乙B3の1,B3の118,F4)。
c
Aは,平成19年1月21日の説法において,釈迦,弥勒,観音の三尊を重視するという形に代表派の流れとしてはなっているというふうに考えていただければ結構です。(中略)麻原彰晃という名前自体が阿修羅・釈迦という意味なのですね。ですから,これからの教団は阿修羅・釈迦の中の釈迦の部分は引き継ぎながら,阿修羅の部分は脱却していく必要があるんじゃないか。(中略)これは元代表の阿修羅のカルマと私は言っているのではなくて,元代表に投影された自分たちの阿修羅のカルマを脱却して,自分たちを純粋に釈迦に,そして釈迦の現在世と未来世の投影である観音と弥勒に帰依していくということをお話ししているわけです。などと述べた(乙F10)。」
同51頁22・23行目の正大師のを観音菩薩というのはね,非常に尊師イコールって言うか。(中略)尊師が,すごい観音様を大切にされていたんです。それともう一つ深遠なのはね,逮捕直前に,サマナ全員に観音様のマントラを伝授されたんです。(中略)弥勒菩薩とかいう仏像とかは,観音菩薩も非常に似ていて同一性を帯びているとも言われていて,観音様はシヴァ大神の化身とも言われているんですね。この教団にとっても非常に尊師が大切にされていた菩薩様なんですよ。イコール尊師であったりする。その種子を植え付けたいと言ってます。マイトレーヤ正大師は,グルに導く到達真智運命魂なんですよ。(中略)そして尊師との縁,菩薩との縁を未来際に渡って付くようにしてあげようって考えていらっしゃるんです。(中略)今年1年で,もうとにかく5月,6月にマイトレーヤ正大師はマスコミに打って出る計画なんですよ。そして,そん時にバーンと変わってないといけない。(中略)正大師のと,同頁25行目のだからそのを元々尊師は(中略)とそれぞれ改める。
同52頁11行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
eAは,平成18年5月14日の説法において,「観音菩薩って衆生を全て救済するために千の手段を持っているんです。うん,だから,麻原尊師の手段もあるし,他の手段もある。33の化身を持っていると思います。麻原尊師の姿もあるし,他の姿もある。私はそれが観音菩薩の慈悲の化身の特徴だと思いますし,あの,ダライラマ法王も観音菩薩って言うんですよね。(中略)尊師と巡り会って尊師の弟子であった20年間は捨てられません。それは過去の歴史として捨てられない。(中略)私はマイトレーヤ正大師と呼ばれて,尊師はマイトレーヤの化身となっています。マイトレーヤは,本当にこの教団の二つの側面を表しています。ある意味じゃ,一つ目は古い,それは要するにマイトレーヤ,次期如来としてほとんど神に近い。そして,尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで,キリスト教でいえばキリスト。仏教でいえば,仏教におけるキリスト,絶対の救世主っていうのはマイトレーヤですから。(中略)旧教団と新教団の二つ。両方ともマイトレーヤかもしれない。(中略)ホーリーネームは捨てても,ホーリーネームの精神は引き継ぎます。それは,過去は捨てられないですから。などと述べた(乙B3の1,B3の133)。この点に関し,Alephの元出家信徒は,平成18年9月,公安調査官に対し,2002年ころ,すでにグル外しを考えていたAさんは,側近サマナに対して「(中略)教団からグルを外し,教団が社会から受け入れられなければならない。教団が社会に認められたころにまたグルを前面に押し出していけば良いじゃないか。私はそう考えていると熱心に語っていました。」と述べた(乙E48)。
また,Alephの構成員は,平成18年10月,公安調査官に対し,Aについて,マイトレーヤ正大師はマスコミには尊師と縁を切る,尊師を捨てると言っています。しかし,尊師と正大師は91カルパ前からの師弟関係です。そんな関係ですので,今,正大師が尊師を捨てると言ってもそれは救済を進めるための方便で,(中略)なぜならそれは尊師が正大師に「マイトレーヤというホーリーネームをつけたことを考えればよくわかります。(中略)そもそもマイトレーヤというのは,弥勒菩薩という意味ですが,それは表の意味であって,実は尊師が56億7千万年後に
真理勝者として降誕した時に自分につけるべきホーリーネームなのです。そのホーリーネームを今生,Aさんにつけたのです。つまりマイトレーヤという名前には,尊師と同じになれという期待が隠されているのです。(中略)そのことがわかれば現在の分裂状態なんてどうということはなく,全ては尊師が与えたマハームドラーであることがわかります。こうするこ
とでお互いが切磋琢磨し,教団が発展していくのです。正大師が尊師を捨てるという方便を使い,より多くの人を真理の道に入れること,そうしていけばいずれは教団は一つになっていくのです。」と述べた(乙G48)。」
同52頁18行目末尾の次に以下を加える。

他方,Aは,平成18年4月,d施設における正悟師及び出家した構成員を集めた会合において,中間派正悟師らに対し,「代表派の理念を理解の上,協力関係を進めてほしい。

などと述べて協力を求め,反A派のHに対しても,

A派の皆さんはA派の理念を貫くなりして自らの道を歩んでほしい。

と述べた(乙G52)。」
同52頁19行目冒頭から同頁21行目末尾までを次のとおり改める。
その後,Alephから,A派が分裂し,A派がAlephとなることとなり,会計及び施設の分離について,両者の間で,平成18年3月に会計の分離に関する協議が開始され,A派が同年4月にAlephを脱会して別教団である被控訴人を設立することを表明した後も,中間派を含めた協議が重ねられ,同年6月には,東京都世田谷区d所在の複数の施設の住み分け,会計の分離に伴う関連グループの分割等に関する協議が成立し,同年7月には,それぞれが上記施設について別の建物を管理使用するようになり,いわゆる経済分離が平穏に行われた。そして,その後も,A派(被控訴人)及びA派(Aleph)に中間派を含めた三派の会合が多数回にわたり行われた上,上記の経済分離が行われてから少なくとも平成23年3月まで間,上記施設をAleph及び被控訴人の双方が利用し,それぞれの構成員が特段の紛争やトラブルもなく隣接して居住し,活動を行っていた(乙G53ないし57)。同53頁4行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
Alephの構成員には,平成20年11月の時点においても,Aleph及び被控訴人の双方の構成員として報告されている者が合計15名おり,双方の施設に出入りしたり,勉強会に参加している者も複数いた(乙G58)。同54頁17行目の乙の次にB2の1,を加え,同55頁7行目
の14年を12年と改め,同57頁5行目の16の次に,E33を加える。同58頁16行目の(中略)を,それしか方法がない場合,他を殺しても大きな罪にならないという考え方と改める。同58頁22行目の「なる。」の次に(中略)必要悪の殺生を肯定して,必要悪ではないものと区別するという実践,これをヴァジラヤーナという教えの枠組みで,常に皆さんもう既にやっているし,やらなければ仏教とならないわけですね。(中略)非常に重大な殺生なのか,必要悪の殺生なのかは,自分と他人において,どのぐらい自分の方を優位にしている,エゴな,エゴというか,わがままというか,その度合いが強いか。自己愛着の強さによって,その殺生が場合によっては許されたり,殺生が大きいものになったり,軽いものになったりするということです。ですから,その無明,自他の区別・差別っていうものが最終的な問題で,これをなくしてしまえれば,あと,全てが解消されるという考えが仏教だと。(中略)特に,密教の金剛薩埵を中心とした罪障の浄化力は非常に強力で,どんな悪業も最終的には浄化し尽くすというふうに信じられている。を加える。同59頁6行目の「やるわけ。」の次に(中略)どんな悪いことをする人の中にも,その人なりの善というか,その人なりの真実というか,そういったものがある。そういった見方は非常に重要なんじゃないかと思います。(中略)彼が幸福になるには,又は彼と彼の周りの人が幸福になるわけで,上で,この彼の行為は絶対的な悪ではないんじゃないか,この後に善につながっていく側面があるんじゃないかというような見方というのは,すごく重要ですね。を加える。同59頁10行目末尾の次に以下を加える。
なお,その理由において,被請求団体の現況として,平成19年3月8日,Aを中心とする一部の構成員がAlephから脱退した旨を表明し,同年5月7日,「ひかりの輪の名称を用いる集団の設立を表明したこと,ひかりの輪については,Aを始めとした被請求団体の構成員を中心に組織され,その幹部は主に被請求団体において上位の位階を有する者によって構成されていること,Aleph及びひかりの輪の双方の活動に参加する構成員が認められること,ひかりの輪で中心的に活動する者については,その設立目的等について,観察処分を免れて,松本の意思を実現するためである旨を繰り返し述べてきたことなどを指摘した上,ひかりの輪は松本に対
して帰依し,松本の説くオウム真理教の教義に従う者によって,観察処分を免れ,松本の意思を実現することを目的として設立されたものであり,被請求団体の重要な一部を構成していると認められるとした。」
同59頁25行目末尾の次に以下を加える。
なお,その理由において,被請求団体の現況として,「ひかりの輪は,第
3回更新決定後も,引き続き,オウム真理教において認められた修行体系や構想とほぼ同様の修行体系や構想を維持していると認められるなどとして,第3回更新決定時と基本的性質に変化はなく,被請求団体の重要な一部を構成していると認められるとした。」
同60頁2行目末尾の次に以下を加える。

なお,その理由において,被請求団体の現況として,「ひかりの輪は,第3回及び第4回更新決定の各時点においても,松本及び同人の説くオウム真理教の教義を共通の基盤としつつ,被請求団体の重要な一部を構成していたこと,その後も,観察処分の更新を回避することに殊更腐心する意図もうかがわれ,ひかりの輪が講じている種々の施策は,過去の過ちに対する真
摯な反省に基づき,被請求団体の在り方自体を変化させていくものとして実施されたものであるとの評価には至らず,依然として,被請求団体の重要な一部を構成していると認められるとした。」
同60頁9行目のほぼ全員をうち205名(96.2%)と改め,同頁12行目の,13名が原告を削り,同61頁4行目の最後に,の次に親族とのを加える。
同62頁12行目の乙の次にB2の31,を,同頁13行目の

Alephは,の次に平成17年2月頃からをそれぞれ加える。
同63頁7行目の各施設をを各施設に接続したと,同頁13行目
の本件更新決定の際のを第4回更新決定から本件更新決定までのと,同頁26行目の八潮施設を八潮大瀬施設とそれぞれ改める。
同65頁9行目のIのをIによると改める。

同68頁5・6行目のシヴァ神をシヴァ大神と,同69頁13行
目のなりせんしをなりませんしとそれぞれ改める。
同71頁20行目の「です。」の次に

ですから,殺人を犯した人は,悪人に良い転生をさせたことになりますから,その殺人は結果として良いことなのだと思います。

を加える。同73頁25行目の養うを養うためのと改める。
同74頁6行目の代表を代表役員と改め,同頁13行目末尾の次
に改行の上,以下を加える。
被控訴人においては,その設立直前である平成19年3月,ウェブサイト上において,Alephでの位階制度を廃止して役職員制度に移行し,役職をもって組織内の指揮命令関係を位置付け,宗教上・修行上の位階については,Alephにおける位階は踏襲しない旨を対外的に公表し,同年5月の設立に際し,構成員を指導・管理する役職として「代表役員,副代表役員及び役員を新たに設けた。しかし,同役職については,松本によっ
て尊師に次ぐ位階である正大師の位階に認定されたAが代表役員
に就任し,副代表役員及び役員に就任した12名のうち9名が松本によって師以上の位階に認定された者によって占められ,Alephにおいて師以上の位階にあった者は,当時に病気療養中であった1名を除いて,全員が役員に就任した。そして,上記12名のうち師以上の位階にはなかった出家した構成員3名についても,AlephにおいてAが創設した聖準師ないし師補の位階にあった者であった。(乙B3の1,B3の213)
また,本件更新決定時の被控訴人の役員6名の構成は,正大師であるAが代表役員であり,そのほかの5名の出家した構成員のうち,松本により師以上の位階に認定された者が3名で,そのほかの2名がAlephに
おいて師補の位階にあった者であり,いずれも両サリン事件当時からオウム真理教に,その後Alephに所属していた者である(乙B3の1,F32)。
Aは,被控訴人の構成員宛ての平成24年8月23日付けメールにおいて,

現在の大阪道場の部屋割りは,本部合宿の時にも話したが,修正して下さい。Jさんが奥の部屋を使い,Kさん・Lさんが事務所を使うのが,団体の位階からしても,教化活動の視点からも(中略)筋だと思います。

と記載した(乙B3の1,B3の216)。
被控訴人の構成員は,公安調査官による調査に対し,A代表の霊格は,オウム真理教の教組であった麻原彰晃に出会い,麻原の指導を受けて(中略)鍛えられ,発揮できるようになったことは間違いありません。(中略)その高い霊格で相手の環境や考えを見通すことができるので,私は,A代表の言辞や行動に従うことが当たり前になっています。,“ひかりの輪”の出家信徒の中には,指導員と称する者がいますが,(中略)指導員たちは,“A代表は特別な存在だ。霊的エネルギーが違いすぎる。エンパワーメントの類ができるのは,A代表だけだ”と考えています。これは,A代表の霊的ステージは,麻原氏が認定した正大師であるということが,“ひかりの輪”の出家信徒の中に染み付いているからです。と述べた(乙B3の1,B3の200,B3の218)。」
同75頁24行目の過ちの次にのを加える。
同76頁15行目末尾に改行の上,以下を加える。
オ被控訴人の名称について,被控訴人が平成26年12月に発行した「哲学・科学・宗教21世紀の日本の道と題する年末年始セミナー特別教
本には,聖書に関して言えば,終末思想を説くヨハネの黙示録もあるが,旧約聖書においては,ノアの洪水で一度滅んだ人類に対して,神は,人をすべて滅ぼすことは二度としないと誓ってもいる(その際の神の約束の証が,虹であるが,「ひかりの輪の団体名は,太陽の周りの虹の光の輪に由来する)。」「ひかりの輪という団体名は,団体の聖地巡りでよく現れた,太陽の周りの虹の光の輪に由来している。それが,私の重要な気づきの前後に現れたり,形状が仏教の仏陀や仏陀の教えの象徴である法輪とも似ていたりすることから,印象深いものとなった。」などと記載され
ている(乙G34)。そして,進化26号(平成14年11月発行)に掲載された天の証,ここに極まる!神話の世界が現出-シヴァ大神象徴の「虹の柱と赤い山」と題する記事には,

霊感を受けて富士に行かれたマイトレーヤ正大師は,ここでも神話の世界に遭遇することとなる。それはまさにシヴァ大神の“証”とも言える「虹の柱

と赤い山
だった。」との記載があった(乙G39・添付資料4枚目)が,被控訴人のホームページには,被控訴人が行っている聖地巡礼修行(聖地巡り)における虹体験に関する写真が平成14年以降のAの虹体験に関する写真とともに繰り返し掲載され(乙G42,43),平成29年11月のd施設における立入検査の際にも,同施設内に虹の写真が飾られており,同施設内
のパソコンには2008年以降の虹写真と題するフォルダが保存されていた(乙G44)。」
同76頁18行目の専従会員を専従会員と呼称される出家した構成員と,同頁19行目の同居する非専従会員を同居する非専従会員と呼称される在家の構成員と,同行目の非専従会員91名を非専従会員と呼称される在家の構成員91名と,同頁21行目の同意した者を同意した在家の構成員とそれぞれ改める。
同76頁23・24行目のあったの次に

。また,地下鉄サリン事件以降に検挙され,その後,刑務所で服役したり,釈放されたりした者のうち,平成26年7月31日の時点で,13名が被控訴人の構成員として報告されている

を,同行目の6,の次にB7の31,をそれぞれ加える。同79頁8行目の指示したを指示したが,上記「カーラチャクラ・タントラの真言と題する教本は,マハーカーラのマントラと全く同じマントラが記載されており,その内容に変更がなかった」と改め,同行目の21,の次にBを加える。
同79頁18行目のF6の次に,G70の6を加え,同頁19行
目の「」を以下のとおり改める。
Aは,前記の説法において,「シヴァ神の信仰をオウムがやっていて,「ひかりの輪はそのオウムを超えるという視点なのに,シヴァ神という信仰の中心は全く同じであるという考え方であるとしたらそれはおかしいなと疑問があって,でも一方では,その大黒柱とか大黒天というのがヴィジョンにはあって,それから展開してきている聖地巡礼とかがあって,例えば,その大黒柱のヴィジョンを見たあとに,神柱というものに関心を持って,そして,皆さんが行かれた諏訪の御柱とかに行ったり,それから,ストーンサークルに行ったりして,それは,7年後の今も回向柱の善光寺に巡礼したり,御柱の諏訪に巡礼したり,そこでミシャグチ神を見たりして,
ずっと続いているわけですね。しかし,その源にあった大黒柱のヴィジョンが,大黒柱は大黒天,それがイコールシヴァだと,要するにオウムと同じ信仰対象でちっとも本質は変わっていないじゃないかという,そういった論理的な疑問の狭間で,それはもちろん社会的な問題もありますけど。(中略)そういった批判も当然くるし,自分の中にも疑問がある。だから,そこのところは,要するに強調せずに諏訪とか,そういったミシャグチとかいうことだけを言っているのです。でも諏訪とかミシャグチは,私の歴史の中では,その源に大黒柱のヴィジョンがあるということだけは絶対消せないことですね。そして,更にいえば,大黒柱のヴィジョンを見た私は,その昔を辿るとオウム真理教のシヴァの信仰に源を持っていることは間違いないわけですね。(中略)そこで,出てきたのが,要するに大黒天とい
うのはシヴァが元々の由来なのだけど,それが変わったものが大黒天だというか,観音菩薩というのはシヴァが改心した大自在天と同じなんだという考え方,教えというか,法則が最近見つかって,ようやく何というのかな,体験の流れとしてはこういうふうに来ている。」

要するにシヴァが破壊神ではなくて,平和の神になったという考え方を表しています。


どと述べた(乙F6,G70の6)。
Aは,平成18年8月,聖地巡礼-悟りの旅2006年8月と題

する資料中の聖地巡礼ツアーの目的との項目において,聖地巡り
の目的について,

シヴァ大神や真理勝者(如来)方の有する,大いなる慈悲の心に近づく意味もある,と私は思います。

と記載していた(乙G70の9)が,Aらが立ち上げたブログの記事や平成21年5月の説法等において,ミシャグチ神を祭る場所として,諏訪大社,御頭御社宮司総社(おんとうみしゃぐじそうじゃ)及び鎮大神社を挙げ(乙G70の1,G70の10ないし12),被控訴人においては,平成19年9月から平成29年6月までの間に,聖地巡りとして,諏訪大社に14回,御頭御
社宮司総社に計12回,鎮大神社に計4回といずれも他の訪問先よりも多く訪問し,平成26年に大黒天像等を廃棄した後も,聖地巡りとしてミシャグチ神を祭る場所を繰り返し訪問している(乙G70の13)。また,被控訴人の施設においては,上記御頭御社宮司総社の額入り写真を複数の施設内に掲示していた(乙G70の1)。平成21年12月10日、平成22年6月11日,同年11月1日,平成23年8月1日,平成24年11月1日及び平成25年6月18日に実施されたd施設に対する立入調査では,修法室と呼称されていた部屋(平成26年9月からは法具室と呼称が変更された。)に,ミシャグチ神の額入り写真が掲示されている状況が確認された。Aは,この場所について,平成22年4月の説法において,この第二道場,神殿のちょうど上が私の部屋で,同じく皆さんにお渡ししている法具の修法をする修法室もあります。ここが日光や諏訪の,団体が縁のある聖地との最も縁の深い聖地ラインの上,そこを通っていまして,ここに最も重要な施設を集中して,第一,第二道場を連結させるということが,その聖地のエネルギーを最大限に活用するものだというふうに考えています。と説いていた。そして,平成26年3月5日
に実施されたd施設に対する立入検査では,施設内に掲示されていた大黒天の額入り写真等と併せて上記ミシャグチ神の額入り写真も撤去されたことが確認されたが,ミシャグチ神の額入り写真については,本件更新決定後である平成27年2月5日,同年11月5日、平成28年2月10日,平成29年2月8日及び同年7月11日に実施された同施設に対する立入
検査において,Aの居室に設置された厨子の中に保管されていることが確認された。ミシャグチ神の写真が上記厨子に保管されていた事実について,E名誉教授作成の意見書には,

厨子というのは,本来,仏像を収めるための仏具の一種であって,(中略)厨子に収められた仏像は,当然,拝む対象,信仰の対象ということになる。

との記載がある(乙G70の1,
G70の14,15,G98,101,102)。
さらに,本件更新決定後も,Aがミシャグチ神を祀る社と位置付けた御頭御社宮司総社の額入り写真については,被控訴人の仙台施設,鎌ケ谷施設,小諸施設,福岡福津施設等の複数の拠点施設に掲示されており,小諸施設においては,ミシャグチ神に見立てた象徴物である土器人形をミシャグチ人形土鈴,品名:大黒天などと記載した箱に保管し

ていた(乙G70の1及び16)。


同80頁6行目の「」を以下のとおり改める。
Aは,前記のとおり,大黒天に関する新たな解釈が見つかったと発表したのを契機とし,平成21年8月の説法において,「ミシャグチ神というのは,実は,マハーカーラと結びつくということが分かりました。正確にいうと,ミシャグチ神と摩多羅神というのが一体で,その摩多羅神がマハーカーラと一体。(中略)そうすると上高地の時にもお話しした大黒柱の大黒天にまつわる啓示的ヴィジョンと,それは2002年ですから7年前なのですが,そのミシャグチ神による守護というのは,1つの系統の神様の啓示と守護だということが分かってくるわけです。などと述べた。そして,それ以降,被控訴人においては,大黒天と同様に,ミシャグチ神の額入り写真を施設内に掲示し,また,Aが平成22年11月の説法において私もその精霊って見たことがあって,(中略)光がパーッと下から上がってきて小人のような神様,これが現れたんですね。その地方で有名なミシャグチという神様と非常に姿形が似ているというか,縄文土器のそれと似ていまして,こういった小人の神様がいるんだなという体験,これを初めてしました。などと述べたことから,ミシャグチ神を模した土器人形や土鈴を祭壇に祭るなどして崇拝の対象としていた。(乙G70の1,4,5,7及び8)

公安調査庁長官は,平成23年11月28日,被請求団体にはAlephの名称を用いて活動する内部組織と,ひかりの輪の名称を用いて活動する内部組織があり,被請求団体全体として,松本の意思に従い,松本の説く協議を広め,これを実現するために活動しているとして,第4回更新決定を請求し,被控訴人が,大黒天を崇拝対象としていないとしていたにもかかわらず,前記

のとおり大黒天に関する新たな解釈を展開し,

大黒天(マハーカーラ)を崇拝対象に戻したのは,対外的に大黒天(マハ
ーカーラ)が,松本隠しの象徴,麻原の意思の実践にほかならならず,大黒天(マハーカーラ)を通じて,麻原隠しを更に推進させたにすぎない旨を主張した(乙A17,F8)。
これに対し,被控訴人は,公安審に対し,シヴァ神が反省・改心した姿が大黒天(マハーカーラ)であるとの大乗仏教の伝統教義を新たに学習し
たことから,大黒天(マハーカーラ)を各道場の祭壇に掲げているのは,松本及びオウム真理教の過ちを克服し,これらを超越したことの象徴として大黒天を位置付け,更に強化する意味である旨を記載した意見書を提出し,大黒天(マハーカーラ)についての解釈を再度変更した(乙F9)。」

同80頁7行目の1日,の次に平成27年2月5日,平成28年6月7日,平成29年4月28日等にを加え,同頁8・9行目の書籍等を尊師ファイナルスピーチⅠないしⅣ,ヴァジラヤーナコース教学システム教本,改訂版特別教学システム教本等の書籍,CD類等と改め,同頁9行目の161の次に,G70の17を加える。
同80頁9行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
被控訴人は,平成24年4月から平成26年8月までの間に合計11冊,同年12月から平成29年8月までの間に合計9冊の教本を発行して構成員に配布したところ,これらの教本の内容と麻原の説法の内容を比較すると,次の点で類似している(乙B3の1及び164ないし176,G70の18ないし28)。a平成24年4月に発行された「三仏心経の集中修行読経瞑想の詳説
と題する教本には,

悟りを得る一つの方法は,悟りに至る教えに基づいて深く考え,その結果として,煩悩・思考を止滅した状態に至ることです。

(41頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅡに収録されている平成元年11月7日の説法において,思索を中心として,煩悩の止滅を図る,これが悟りである(473頁)と述べていた。
b
平成24年8月に発行された三仏心経の教えと現代の諸問題と題

する教本には,苦しみの経験から,苦しみをもたらす悪行に対する反省が生じて,悪行を減らして善行を増大させることで,苦しみが減り,楽が増大する場合がある。(中略)楽を経験しているうちに,自分に対する慢心が生じて,そのために,苦しみをもたらす悪行が増え,喜びをもたらす善行が減るという場合がある。(16頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅡに収録されている平成4年6
月2日の説法において,わたしたちが喜びを経験するとき,善業は減少し,わたしたちが苦しみを経験するとき,わたしたちの中に存在するカルマの悪業は減少します。つまりわたしたちが喜びを増大させればさせるほど,そして苦しみを忌み嫌えば嫌うほど,わたしたちの内側に存在するカルマは善業が減少し悪業が増大するのです。(1029頁)
と述べていた。
c
平成24年12月に発行された法則の体得・思索の修行三仏の法則の思索と瞑想と題する教本には,完全な苦しみの滅尽は,すべての人の苦しみを取り除く手伝いをすることによって得られる。この社会で誰かが不幸であれば,この社会に同じように住む我々も,同じ不幸に出会う可能性が残る。すべての他人の苦しみを取り除こうとする大きな愛をもってこそ,自分も本当に,苦しみから解放されるのである。(15頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅡに収録されている平成元年2月26日の説法において,苦しみの中に没入することによって,他の苦しみを取り除き,それを自分の苦しみと同じように見つめ,そして苦しみの総量を減らしていき,最終的にはすべての魂を絶対的な自由・幸福・歓喜の世界へ導くと。これが大乗仏陀の意味合いだね。(310頁)と述べていた。d
平成25年4月に発行された現世幸福と悟りの法悟り集中修行

と題する教本には,

自と他の区別とは,厳密には錯覚であって,実際には自と他を含む宇宙の万物は一体であるという真理を示している。

(10頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅠに収録されているインド・アメリカレポート2と題する説法において,

本当は自と他の区別など無意味であるのに,不明瞭性が錯覚を起こさせているわけです。

(949頁)と述べていた。e
平成25年5月に発行されたヨーガ・気功教本と題する教本には,
「クンダリニーとは,ヨーガの説く,人の中に眠る霊的エネルギーのことで,ヨーガの修行によって,そのエネルギーを覚醒させ,心の統御(解脱)のために生かすのが,クンダリニー・ヨーガです。」(4頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅠに収録されている生死を超えるとの題名の説法において,クンダリニーについて説明しよう。それは,霊的なエネルギーで,人間の精神を高い次元へと押し上げる働きを持っている。すべての人が,このエネルギーを持っているのだが,眠った状態だ。解脱を目指すのだったら,まずそれを目覚めさせなければならない。(43頁)と述べていた。f
平成25年12月に発行された輪の法則と目覚めの教え仏母の瞑想・二極の調和と題する教本には,

仏教では,(中略)人が死んだ後も,そのカルマによって,来世が決まり,生前に善いことをした善いカルマによって幸福になり,悪いカルマによって不幸になると説く。

(19頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅠに収録されている生死を超えると題する説法において,

生きている間に作ったカルマは,来世を決定してしまう。

(898頁)と述べていた。

g
平成26年5月に発行された幸福のための仏陀の智恵真に平等な社会の可能性と題する教本には,

他の苦しみを自分の苦しみのように悲しみ,その苦しみを取り除く手伝いをすることである。

(20頁)との記載があるところ,松本は,尊師ファイナルスピーチⅣに収録されている昭和63年4月20日の説法において,

大乗というのはもともと自己の苦しみだけではなくて他の苦しみ,他の完全なる苦悩というものを取り除く,それが役割である。

(22頁)と述べていた。」同81頁2行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
しかし,平成26年2月3日,公安調査官が大阪府東大阪市i町所在の東大阪施設に対する立入検査を実施した際には,同施設内の祭壇上部壁面には,釈迦牟尼の仏画のみが掲示されていたが,同立入検査の前後である同年1月31日及び同年2月8日には,上記壁面には,弥勒菩薩,釈迦牟尼及び観音菩薩の三仏全ての仏画が掲示されていた(乙B3の136ないし138,G70の1)。
同81頁6・7行目の正面の壁は釈迦のみとするを

代表や指導員が講話・講義を行う際に背景となる壁(正面の壁)の装飾については,釈迦牟尼の仏画を配置するにとどめる。その他には仏画を配置せず,宗教色を抑制する。

と改める。同81頁9行目のなおから同頁11行目末尾までを削り,同頁17行
目の121を120と改め,同行目末尾の次に改行の上,以下を加える。
しかし,同年5月31日から同年6月1日に行われた「上信越の高原と戸隠・善光寺の聖地巡りと題する聖地巡り(Aが聖地と定めた寺社等を訪問する行事)の際のAの宿泊部屋には,観音菩薩,釈迦牟尼及び弥勒菩薩の三仏の仏画が掲げられていた(乙B3の140)。」
同81頁24行目末尾の次に改行の上,以下を加え,同頁25行目のエ
をオと改める。
しかし,本件更新決定後である平成27年2月5日,同年11月5日,平成28年12月16日及び平成29年6月9日,公安調査官が愛知県豊明市j町所在の豊明施設に対する立入検査を実施した際,いずれも同施設内の道場の東側廊下壁面には,弥勒菩薩,釈迦牟尼及び観音菩薩の三仏の仏画が並べて掲示されていた(乙G49,50)。エ修行体系等修行体系被控訴人が,平成19年7月に修行用の教本として配布した「基本修行教本と題する教本には,7.修行体系の修行実践を,修行,「ひかりの輪では,そ
原始仏教・上座部仏教的な修行,

大乗仏教・密教の

ヨーガ系統の修行の三つに分けて,とらえています。(中略)

の大乗仏教・密教の修行は,チベット密教で行われている六波羅蜜を基本として,クリヤ・チャリヤ・ヨーガ・無上ヨーガタントラといった密教的な修行です。(中略)新団体では,比喩的にですが,この三つの修行を釈迦,観音,弥勒の修行としています。」などと記載されており,その記載内容は,被控訴人のウェブサイト上に,少なくとも平成26年8月頃まで掲載され,本件更新決定後も,平成29年7月11日の公安調査庁による立入調査において,横浜市k区l町所在の横浜西施設に,
基本修行教本と題する教本が複数保管されていた(乙B3の1,164,177,178,G70の31)。
また,被控訴人が,平成29年5月3日発行した修行用の特別教本には,

悟りに近づく修行をまとめるならば,以下の四つに分類することができると思う。これをひかりの輪では,修行の四つの柱と呼んでいる。

とした上で,1.教学,2.功徳,3.行法,4.聖地(聖なる環境)などと記載されている(乙G75)。行法に含まれるとされる瞑想技術について,Aは,平成18年1月の説法において,この儀式というものは,クリヤ・タントラ,チャリヤ・タントラ,ヨーガ・タントラ,アヌッタラ・ヨーガ・タントラという修行体系の一部に組み込まれた重要な行為であるということを御存じだと思います。それは,まず,行為を定め,清め,そして,儀式を行い,清め,そして,イメージによって神聖なものを観想し,そして,最後にイメージを超えた無色の瞑想に入っていくという修行体系です。などと説いた(乙G70の1及び29)。

功徳は,被控訴人において,四つの柱の一つとされており,
d施設や鎌ケ谷施設等において,出家制度(集団居住体制)を維持し,各施設に居住する出家した構成員から収入を布施として徴収し,同構成員には毎月現金8000円を支給するとともに,同構成員らに,施設の維持管理や各種セミナーの運営事務等を無償で行わせるというシステムを維持している(乙G89ないし93)。

その他に,被控訴人においては,修行体系について,四預流支(帰依,教学,思索,実践),八正道(釈迦牟尼が最初の説法のおいて説いたとされる,悟り・涅槃に至る修行の基本),六波羅蜜(6つの修行の完成),四念処(悟りに至るための最も重要な観想法)という考え方を2016年(注:平成28年)~17年(注:平成29年)年末年始セミナー特別教本総合解説四無量心と六つの完成と題する教本に
記載するなどして指導していた(乙G84,85)。
行法
例えば,被控訴人における行法としてエンライトメント・ヨーガ
と称する修行が実施されていたところ,これにはオウム真理教における行法と同一の作法が少なからず含まれている(乙B3の1,B3の182)。
Aは,出家した構成員に対し,平成28年11月,オウム真理教,そして,今も,Alephはどうか分かりませんけど,ブリージング,これをやらして,前生体験とか,至高体験とか,それから,何というか,体外離脱体験とかさせて,「真理を体験しましたねということで導いていくというかマインドコントロールしていくというか,そういうプロセスで使われるんですよね。(中略)これは,てきめん,体験しちゃうんですよね,体外離脱体験とか前生体験とか。」などと述べていたところ(乙G95),同年8月,被控訴人のホームページの記事に,今回新たに「スピリチュアル・アウェイクニング・ヨーガというものを取り入れますが,ヨーガ修行がもたらす霊的体験を最も早く得る特別なヨーガ行法です。霊的体験は,体が静止するほど起こりやすく,深い瞑想状態(サマディ)では,呼吸がほぼ停止するとも言われていますが,この特別な行法は少ない呼吸でも問題がないよう,体内の酸素を最大化し
ます。」などと記載した(乙G97)。
被控訴人の在家の構成員は,平成25年6月,公安調査官に対し,エンライトメント・ヨーガに含まれている「クンダリニー・ヨーガとヴィパッサナー瞑想は,昔のオウム・アーレフ時代から行われてきた修行法です。」などと述べた(乙B3の1,183及び185)。
また,別の被控訴人の在家の構成員は,同年8月,公安調査官に対し,エンライトメント・ヨーガの呼吸法について,非常に苦痛を伴う,オウム真理教時代を思い出させるような修行です。オウム真理教時代は,脳に酸素を行き渡らせないようにする修行が多く,その直後に横になることで,幽体離脱や神秘体験をさせることが行われていました。エンライトメント・ヨーガを行うことで,過呼吸から脳への酸素不足を誘発させようとすることは,オウム真理教と同じ手法で神秘体験を狙うものであり,「ひかりの輪がオウム真理教と同じことをしているように感じます。」などと述べた(乙B3の1及び184)。
聖地(聖なる場所)・聖地巡礼(聖地巡り)等
a
被控訴人の設立前であるが,Alephの部内向けインターネット
掲示板に投稿されたAないしAleph正大師秘書室作成の平成17年5月30日付けのファイル名.戸隠神社の件.追記,慈愛の有志の方への追加回答予定原稿と題する文書には,将来において,尊師に帰依できず,尊師のイニシエーションが得られない人達について,尊師が95年に指示されていたように,直接尊師ではない崇拝対象を設けて,救済するという考えがあることを述べましたが,その際も,その人達の瞑想修行の場所としての聖地を用意することは重要だと思います。と記載され,また,【年表】との書き出しで始まる文書には,同月上旬,サマナと対談したAの発言として,

イニシエーションを受けるには二つの方法がある。一つはグルから,一つは聖地から。

と記載されている(乙G76,77,103)。b
Aは,同人らが立ち上げた教団内の問題についてと題するブロ

グに掲載した平成17年6月9日付けの戸隠の件と題する記事に
おいて,

私たちが,戸隠の現場でなした実践は,グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方を思念しながらの礼拝であり,神社への礼拝でも,神道への信仰でもありません。これは明言致します。

と,同日付けの戸隠の件の追加回答書と題する記事において,そこで思い出すのが,95年に,尊師が私に指示した,オウム真理教以外の宗教組織を立ち上げることでした。その中では,シヴァ大神を大黒天にするなどした宗教組織の案や,その他の案が提示されていました。その時は,オウムの道場活動は行き詰まることは必死の中で,別の宗教的,ないし,精神世界の分野の事業によって,経済を支え,救済を勧めようというものだ,と解釈しています。私は,尊師から,このプロジェクトを任されて,尊師が逮捕された後も,弁護士を通して連絡を取りながら,人事等を検討しましたが,自分の逮捕によって,実現しないままになりました。(中略)戸隠等の山間の修行場,聖地と言われるところを訪問する目的は,色々ありましたが,その一つは,この精神世界の分野の事業の将来を考えてのことでした。(中略)現在の道場活動だけでは収益を維持することは難しく,(注:聖地での瞑想セミナーなどの)精神世界・宗教分野の事業を開発する必要があることは,上記の通り,グルの意思に加えて,多くの成就者が理解するところではないかと思います。とそれぞれ記載した(乙G103)。c
Aは,平成18年5月の説法において,今まで教団には音のイニシエーションというのがあったわけですが,それを更にパワーアップした形での聖音のイニシエーションというものが今後,可能になると思いますなどと述べ,平成19年5月の集中セミナーから聖音波動エンパワーメント(被伝授者の周囲に密教法具を配置し,その音を被伝授者に聞かせるというもの)及び聖音法輪エンパワーメント(被伝授者の周囲に複数のスピーカーを円状に配置し,それらから密教法具の音を被伝授者に流し聞かせるというもの)と称するイニシエーションを導入し,その後,平成25年4月には聖音波動法輪ヒーリングに名称変更するなどした(乙B3の1,B3の191,B3の193)。
聖音波動法輪ヒーリングを受けた被控訴人の在家の構成員は,
平成26年2月,公安調査官に対し,オウム真理教には「音のイニシエーションがありましたが,それはひかりの輪の聖音ヒーリングと称する宗教儀式と酷似しています。(中略)名称は異なっても,手法や効果はオウム真理教と似ているといわれても仕方ないと思います。」と述べた(乙B3の197)。
d
Aは,平成19年12月下旬の集中セミナーから,クンダリニーの
覚醒から心の深化までに関係する霊的エネルギーの移入を目的・効果として弥勒金剛法具エンパワーメント(金剛杵(ヴァジラ)と称
される密教法具を被伝授者の頭頂部に当て,被伝授者にエネルギーを送り込むというもの)というイニシエーションを導入し,その後,平成26年5月に特別瞑想指導(Aと被伝授者が向かい合って座り,円状に囲んで置かれた数珠を持ちながら共に瞑想することで霊的エネルギーを被伝授者に伝達するというもの)と称するイニシエーション
を導入するなどした。オウム真理教において行われていたシャクティーパットが,正悟師以上の位階で,松本からその権限を与えられ
た者にしかできないとされていたところ,上記弥勒金剛法具エンパワーメント等も,松本から正大師の認定を受け,シャクティーパットの権限を与えられたAのみが行っている。(乙B3の1,B3
の191,B3の198)
神柱法輪の瞑想エンパワーメントを平成24年8月に受けた在
家の構成員は,同月,公安調査官に対し,A代表は,直接的に身体に触れることなくエンパワーメントを行っているのは事実ですが,しかしながら,エンパワーメントの目的は,心身の浄化や悪業の清算といったエネルギーを注入することに変わりはなく,その注入ができるのは,ひかりの輪では,A代表しかいません。と(乙B3の199),神柱法輪の瞑想エンパワーメントを受けた別の被控訴人の
出家した構成員は,同年10月,私に言わせれば,シャクティーパットも金剛法輪エンパワーメントも神柱法輪の瞑想エンパワーメントも同じです。(中略)神柱法輪の瞑想エンパワーメントは,(中略)A代表からのエネルギー,波動が,被伝授者に注がれているということです。(中略)また,一番重要なことは,神柱法輪の瞑想エンパワーメントを行えるのは,過去に麻原氏からシャクティーパットなどのエネルギーを注入する類のイニシエーションを行うことを許されたA代表だけであるということです。(中略)“ひかりの輪”においてA代表だけがエンパワーメントの伝授を行っているという事実は,“ひかりの輪”の中にオウム真理教時代の考え方が根強く残っており,麻原の教えを厳格に守っているからです。(中略)指導員たちは,”A代表は特別な存在だ。霊的エネルギーが違いすぎる。エンパワーメントの類ができるのは,A代表だけだ”と考えています。これは,A代表の霊的ステージは,麻原氏が認定した正大師であるということが,”ひかりの輪”の出家信徒の中に染み付いているからです。と(乙B3の200),それぞれ述べた。
その他の儀式等
被控訴人においては,三仏心経の読経が修行法として導入されて

いるが,Aは,平成23年11月の説法において,

般若心経というのは,般若経の中心の教えと見て般若心経と言います。で,三仏心経というのは,それに倣って名付けたもので,「ひかりの輪

の説いている三つの仏様,三仏の教えの中心の経典という意味で三仏心経と,そういうふうに呼んでいます。(中略)これは,これを繰り返し唱えることによ
って,徐々に徐々に悟りの境地に近づけるというふうに私が考えているものです。」などと述べ,三仏の教えを表しているとする上,その内容は,例えば,万物恩恵については,今まで多くの人に恩恵を受け,自分自身がここに存在しているんだと考え(尊師ファイナルスピーチⅢ・655頁),

わたしたちはこの地球に大きな,そして多くの恩恵を受けています。

(尊師ファイナルスピーチⅢ・815頁),万物感謝については,今まであなた方に,いろいろなしてきた周りの人の悪業に対して,(中略)感謝の心を持って(尊師ファイナルスピーチⅡ・754頁)というように,全て尊師ファイナルスピーチ等に掲載されている松本の説法の内容を短い言葉で表現したものである(乙B2の1,乙B3の208ないし210)。
この点について,被控訴人の構成員は,平成24年3月,公安調査官
に対し,「ひかりの輪は,三仏心経を10万回唱えることを目標にするなど熱心に取り組んでいます(中略)これは,オウム真理教時代に行っていたマントラを30万回唱えるなどの修行と,潜在意識に根付かせるという意味では,全く同じだと感じています。」と(乙B3の211),別の被控訴人の構成員は,平成25年1月,「三仏心経の読
経を,車の移動中にまで要求するのはオウム真理教の修行そのものであり,この10万回という法則を根付かせる基準も,オウム真理教と同じ発想だと思います。」などと述べた(乙B3の212)。」
同83頁7行目のオをカと改め,同頁21行目末尾の次に改行の
上,以下を加える。
公安調査庁長官に対するAleph及び被控訴人の報告や公安調査庁の調査によれば,Alephの構成員で,平成28年2月以降,被控訴人に入会していないが被控訴人の活動に参加することがある者が1名,被控訴人の活動に参加することがあったが,その後,Alephに入会した者,Alephの会員ないしその行事に参加した者であるが被控訴人の説法会に参加している者2名などが存在する(乙G62)。同83頁22行目のAをAらと改め,同頁23行目冒頭にア

を加え,同84頁10・11行目のはいってを入ってと改める。
同85頁5行目の「います。」の次に

(中略)そういったようなことは実体験をもって教えられればいいかなと思っています。

を加え,同頁12行目の神仏がを

我々が毎日,日々経験する,そういった様々な苦しみですね。それを全て,要するに,神仏が

と改める。同85頁16・17行目の

してはなりません。

の次に(中略)皆さんの人生の中で,誰だ彼だと,誰かをグルにしなくても,その人生,また,この世界,これに遍満する神仏というものから,皆さんが自我執着を弱める試練の時というのは,必ず与えられるのだと思うんです。その時にふだんの修行,これを発揮してですね,それを乗り越えていくっていうのでマハームドラーの修行と考えたらば良いのではないかなと,まあ,そういうふうに思います。を加える。同86頁14行目末尾の次に改行の上,以下を加える。

Aは,平成27年7月の説法において,「苦の詞章の教えについて,苦しみを喜びにするというのは,それは,苦楽表裏の教えと結びつきますよね。苦と楽が表裏であるという伝統仏教の教え,これありますよね。(中略)楽の裏に苦があるということは,今度は,苦の裏にも楽があるだろうという考え方になって,その苦しみ,これを喜びに変える,自己の苦しみを喜びとするという考え方がある。(中略)そして,他の苦しみを自分の苦しみと考えるというのは,利他の実践の考え方ですね。(中略)結局は,自分が本当に苦しみの裏に喜びがあるかどうかって考えるかどうかだと思います。と説き,同年10月,平成28年5月,同年10月の各説法においても同様の内容を説いた(乙G78号の1及
び4ないし7)。
Aは,平成28年2月の説法において,他人を大切にするための手段としての場合は,その嘘というのも方便として認められるのではないか。そういった意味だと思いますが,方便という考え方,手段という考え方が仏教の非常に重要なキーワードです。これを簡単に言うとですね,何かが絶対悪だとか絶対善ではなくて,いかなる物も使いようだ,使い方なのだ。だから,そういったものを手段と見て,使う側が視野を持って対応しなければいけないということになります。と説いた(乙G78の1及び9)。
Aは,同年8月の説法において,殺生というのも不要な殺生はしてはいけないというふうに解釈が少し変わってくるわけですね。だから何が悪い,何が悪くないというのは結構難しくて,(中略)「そうか,殺生というのは必要だという理由がつけばいくらやってもいいんだと。嘘というのは自分の利益を増大させるんじゃなかったらいくらついてもいいんだってなっちゃうとちょっとあれなんだけど,とにかくあまり頑なに,これしちゃいけないというのを考えて,その目的に逆に反す
るような感じで,その戒律を守るというのもまた必要ないんですね。」と説いた(乙G78の8)。

被控訴人の出家した構成員は,平成25年6月,公安調査官に対し,私でさえ,いまだに麻原氏を偉大な人物だと思うことがあるのですから,私より位階が高く麻原氏の側にいたA代表や指導員たちは,私以上に麻原氏の偉大さを感じていると思います。(中略)私は,オウム真理教に入信してから約20年間,毎日繰り返し教学や修行をしていたので,麻原氏の説いた教義や修行の記憶がなくなることはありません。と述べた(乙B3の147)。被控訴人の出家した構成員は,平成26年6月,公安調査官がした
会話の録音において,松本に逆らえるかとの質問に対し,

逆らえないよりは,私はされたらされるままだわね。力が全然ないんだから。(中略)話にならないよ。日本の中の,ものすごい聖者がいても,それはできないよね。麻原さんの方が上だと思うから。

と述べた(乙B3の149)。
平成26年1月のAによる講話会に参加した被控訴人の在家の構成員は,同月,公安調査官に対し,

A代表は,今回の講話の中で,「(中略)オウム真理教も社会を変えようとしたが,急激に行おうとしたため失敗した。社会改革を行うときは,今の結果を受け入れ,時を待つことが大切である

などと述べました。私はひかりの輪について,仮にアレフが信者数の減少から解散した際に,信者の受け皿
となることで,麻原彰晃の教えを存続させるための団体であると認識しています。今回,A代表が時を待つことが大切であると述べた
のは,現在は会員数が少なくとも,麻原信仰を前面に押し出しているアレフとの違いを強調して,社会に対して「ひかりの輪は麻原信
仰から脱却した」とアピールし続けることで,世間がオウム真理教の
ことを一切忘れるまで団体を存続させ,再び昔のような活発な活動を再開することを指しているのだと感じました。」と述べた(乙B3の116)。
Alephから被控訴人に移った構成員は,同年7月,公安調査官に対し,

私は,A代表から「私は,尊師の意思として,尊師の名前を出さない団体を作ってもよいと言われた唯一の男性の一番弟子です。私は,尊師から「グルを否定してでも真理を残すように

と言われました」などという発言を直接聞き,安心した記憶があります。このことは,グルが唯一許したA代表が,グル否定を行うのであれば,グルへの裏切りにはならないんだと思いました。(中略)このA代表の発
言は,アレフとの分裂が決定的となり,ひかりの輪側のメンバーをこれ以上増やせるかどうかという最終段階の時期であったと思います。」と述べた(乙B3の115)。
被控訴人の出家した構成員は,平成29年10月26日,公安調査官に対し,現在,ひかりの輪では,「悟りの瞑想ヨーガ講座や
一元の法則などの修行・教学を通じて,解脱・悟りの境地へ至り,衆生を救済することを目指しています。ひかりの輪は,修行形態や表現方法を変えることで,この衆生救済というオウム真理教時代の目的を維持し,その目的を実現するための教義を未来に残していくために設立された団体であり,これまで,A代表がひかりの輪設立時に示した衆生救済に導いていくための教義の根幹部分を残し,麻原色を隠すことで,観察処分を外すという方針に従って活動してきました。(中略)組織的にAさんの方針を徹底した結果,勝訴判決を勝ち取ることができたのです。」と述べた(乙G67)。
被控訴人の出家した構成員は,平成25年11月,公安調査官がした会話の録音において,麻原氏に殺されたということはさ。普通ね,地獄とか行かないと思うんですよ。(中略)殺されたっていうことはね,麻原氏と縁ができちゃったわけですよ。殺されたという縁が。だから,そしたらね,全くそういうね,真理の実践者と,私は思っているんですけどね,と縁がなくて,殺,死んじゃうよりは,よっぽどね,良いんじゃないかと。と述べた(乙B3の148,B6の75)。
被控訴人の在家の構成員は,平成26年,警察官の取調べに対し,麻原尊師,つまりグルが指示したことを実行することによって,解脱に近づけるのです。一連の事件については,よくヴァジラヤーナを実行したとされ,ポアイコール殺人であり,意味のない無差別殺人事件扱いされますが,そんな短絡的すぎる理由ではないし,世の中でいう頭の良い人たちが多くいたオウム真理教が,意味のないことなどするわけがないのです。(中略)ポアの結果,現時点まで第三次世界大戦は起きていない,若しくは遅れているという事実を捉えるならば,一連の事件については正しかった,成功だったと言えるのではないかと思います。などと供述した(乙B6の77)。被控訴人の出家した構成員は,平成27年8月,あの,教学(注:「ヴァジラヤーナコース教学システム教本)でね,こんなのがあるんですよ。船に乗っていたら,一人の人がいて,その人は,今は何も,普通に平和に船に乗っている客なんだけど,その船で,何日か後にはね,あの人は,こういうふうにして,大勢の人を殺しちゃって,その財産を全部,自分で独り占めにして,この船を乗っ取るって
いうのがね,分かる人がいたとすれば,その分かる人はね,その一人の人をね,殺しちゃっても罪にならないっていう,そういう教えなんですよ。(中略)要するに殺しちゃって,高い世界に上げちゃうことによって,その後に殺される九十人の人はね,助かるわけじゃないですか。(中略)分かる人は,それをやってもね,罪にならないんです
って。それは,そういう考えは,分からないでもないですよね。」と述べた(乙G78の10)。
被控訴人の在家の構成員は,平成28年7月,タントラ・ヴァジラヤーナの教えというのも,物の例えで,字句通りに取ったから,そういう殺人をやらかしたというふうになっているんですけど,お釈迦様が実際に物の例えとして言ったのは,あれは,この人を放っておくと,船に強盗がいて,この人を放っておくと,何十人も殺して金品を奪うから,それだったらこの人を殺してしまおうと。大勢を助けることになるからと。まあ,今の法律でいう緊急避難。それから,ゴムボートにあまり乗ってきたら,全員死ぬので,定員以上に乗ろうとする人がいたら殺して,叩き殺してもいいと。それも緊急,それから正当防衛というものもありますよね。だから,その考えを出るものじゃないんですけど,オウムはけしからんので,タントラ・ヴァジラヤーナ,という危ないことをやっていると。と述べた(乙G78の11)。被控訴人の在家の構成員は,平成29年3月,(注:両サリン事件が起こる)前からでも,「逆縁でも良いから作れという話は。縁をね,まず縁を作れと。良い方でも悪い方でも。(中略)逆縁で
も,なにやってんだって感じで,この人たち一体どういう人たちなんだっていうふうに見てしまって,そっから反対に入ってしまうというパターンもなきにしもあらずという考え方だけどね,逆縁なんて。(中略)罪を償うために一緒になるという,過去のね。(中略)本当
にあったら,それはそれで素晴らしいことだと思うんだけど。それはしょうがないことかなと思うんだけど,そういうあれがあって,償わないといけないんだったらね,過去の悪業を。そんなこと言ったら遺族の人,怒るだろうけどね,絶対。」と述べた(乙G78の12)。被控訴人の他の出家した構成員は,平成29年8月,公安調査官に
対し,世の中には,災難に遭う人と遭わない人が存在します。両者の違いは何なのかは,カルマの法則から説明できます。例えば,地下鉄サリン事件や,東日本大震災などで被害を受けるのは,全て被害者の持つカルマが原因で,自己責任です。(中略)神が,人の性格や行いなどを見極め,いつ,どこで,誰に,どのような形でカルマ返りを行うかを決定しており,地下鉄サリン事件で亡くなった被害者についても,同様のことが言えます。(中略)殺すという行為も,殺されるという行為も,カルマ返りの現象として起こっているに過ぎず,殺す側及び殺される側の両方のカルマに原因があると考えます。そして,殺すという行為が,結果として相手の悪業を落とすということになれば,必ずしも悪いカルマを積むことにはならず,法則としては肯定されるものとなります。と述べた(乙G78の13)。」3事実認定の補足説明
被控訴人は,被控訴人設立前のAの発言等を裏付けるとされる証拠は,公安調査官が匿名の供述者の発言をまとめたので,供述者自身の署名もない伝聞証拠であるなど,その内容に信用性はないと主張する。
しかし,公安調査官作成に係る報告書において発言者の氏名が秘匿されてい
る点については,協力者の生命・身体・財産等に危害が加えられることを防止するためのものであり,本件証拠中の調査書を見ても,部分的に個人を識別し得る情報に限って事後的にマスキングが施されたものと認められ,その体裁からは虚偽の内容が記載されたものであることはうかがわれない。そして,上記報告書中の被控訴人の構成員等の供述に係る記載を見ても,Aらの説法会における発言,ブログの記載等の客観的な資料と整合性を有する部分が多く含まれている上,その内容や具体性に関する程度等は一様であるとはいえず,また,本件とは関連性が乏しいといえる説法会の様子等に関する具体的な記載なども含まれていることを考慮すれば,公安調査官が一定の方針に従って意図的に一
定の供述を引き出すなどして,虚偽の内容が記載されたものとは認め難く,伝聞証拠であるからといって,証拠価値が低いとはいえないというべきである。被控訴人の主張は採用することができない。
4
争点1(被控訴人は本件更新決定の対象団体に含まれるか,また,被控訴人
とAlephが1つの団体であるか。)について
本件更新決定の対象団体等について

前提事実及び認定事実によれば,本件観察処分においては,被請求団体
は麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体であり,その主たる事務所の所在地は群馬県藤岡市a字bc番地,代表者は松本とされ,主幹者の表示はなく,宗教法人オウム真理教として設立され,その後解散命令を受けたオウム真理教を対象としていた(以下,本件観察処分の対象である団体を本件観察処分対象団体という。)と認められるところ,第1回及び第2回更新決定においては,主たる事務所の所在地は東京都世田谷区de丁目f番g号h(以下hという。)1階,主幹者はAとされ,Alephをその対象とし,第3回更新決定以降は,被請求団体の一部の構成員が被控訴人を設立したとして,被請求団体の主たる事務所の所在地及び主幹者の表示が,Alephと被控訴人のそれぞれについてされるようになり(被控訴人の主たる事務所の所在地は,h1階ないし201号室),本件更新決定においても,Alephのほか,被控訴人も被請求団体の重要な一部を構成す
るものとして,観察処分の期間更新が決定された。

上記アのとおり,第3回更新決定以降,被請求団体にはAlephと被
控訴人の両集団が含まれるものとして更新決定がされているところ,両集団を併せて,団体規制法4条2項にいう団体すなわち特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体に当たるとして,1つの団体と認めることができる場合はもとより,両集団の現状からは直ちに両集団を併せて1つの団体と認めることはできない場合であっても,各集団について,特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体であって本件観察処分対象団体と同一性がある団体であると認められるときは,各集団に対して本件観察処分の期間を更新
する決定は,各集団について団体規制法所定の同期間の更新の要件を充たすものである限り,各集団に対してその効力が及ぶものと解するのが相当である。そのように解しても,観察処分を受けた団体に対する観察期間の更新の制度を定める団体規制法の文言に反するものでも,同法の拡張解釈となるものでもなく,観察処分の期間の更新に当たっては,各集団からの
意見聴取の手続を行うことが可能であり,現に第3回更新決定に係る手続以降,各集団から意見聴取がされている(乙A5,15,17)のであり,他方で,観察処分を受けた団体が2つの集団に分派ないし分裂したために,各集団については団体規制法所定の更新の要件を充たすにもかかわらず,両集団の現状から両集団を併せて一つの団体と認めることができない場合に,そのことをもって,各集団に本件観察処分の期間更新決定の効力を及ぼすことができないと解することは合理的ではないと考えられるからである。

上記判断に関し,被控訴人は,1つの観察処分又は更新決定の中に複数
の団体が包含されることになると,自団体に責任のない他団体の意思決定に基づく行為が原因となって,自団体にも対象となる観察処分が継続することになって理不尽な不利益を招くおそれがあり,このような運用は,基本的人権の侵害を厳に戒める団体規制法の趣旨に反し,また,必要があれば,別個の観察処分等に付するための手続を行うことが同法の趣旨に沿うと主張する。
しかし,上記イのように解する場合でも,上記イにおいて説示したとお
り,各集団についてそれぞれ観察処分の期間更新の要件を充たすことが必要であると解されるから,他団体の意思決定に基づく行為が原因となって,自団体が対象となる観察処分が継続するという事態は考え難いのであり,また,前示のとおり,上記イのように解しても,団体規制法の文言に反するとは解されず,各集団について手続的な保障もされているとみることが
できる。被控訴人の主張は採用することができない。
本件観察処分対象団体について

本件観察処分対象団体は,当初,オウム真理教であったことは前示のと
おりであるところ,その教義は,衆生救済を最終目的としそれを最速で達成するためには,たとえ自己は悪業を積むことになっても他者に対して善業となるならば,それを最高の実践課題として実践する点に特色があるタントラ・ヴァジラヤーナ(具体的規範として,悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとか,結果のためには手段を選ばないとする五仏の法則がある。)を最上位の教えとして位置付け,その実践として,苦しみの限界に自己を置き,そこにおいて一切乱れない心を形成する修行であるマハームドラーの修行を行い,シヴァ神の化身である松本に対する絶対的帰依を培い,松本と心を合一させることにあるといえ
また,オウム真理教の教義は,両サリン事件の犯行動機が本件政治上の主義を実現することにあると認められ(認定事実1

),両サリン事件に

関与した者の多くがマハームドラーの修行の一環としてこれらの犯行を実
的である衆生救済の実現のため,日本・世界をオウム真理教のシャンバラ(理想郷)とする必要があり,そのための具体的かつ世俗的側面を有する手段として,松本を王ないし独裁者とする祭政一致の専制国家体制を構築するという本件政治上の主義と密接不可分に結び付いていたと認められる。そして,本件政治上の主義を実現するためという両サリン事件の犯行動
機やその犯行態様,これらの犯行に至る過程の中で,オウム真理教が拠点拡大や構成員の獲得を進め,武装化を推進し,国家行政組織を模倣した省庁制度の導入や憲法草案等の立案作業等をしていったこと等(認定事実1イ,ウ)の事実によれば,オウム真理教は,本件政治上の主義とも密接不可分なオウム真理教の教義を広め,これを実現することを共同の目的と
していたということができ,その構成員も,この共同の目的を達成するために,オウム真理教という組織体としての独自の意思決定に従う構成員として,互いに結合していたということができる。

そうすると,団体規制法4条1項の無差別大量殺人行為に該当する
両サリン事件は,オウム真理教の役職員又は構成員がオウム真理教の活動として実行したものであり,オウム真理教は,団体規制法5条1項所定のその団体の役職員又は構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体に該当し,かつ,同項の定める要件を充たしていたと認められる。

Alephが正式に発足された旨公表されたのは,本件観察処分がされ
た直後である平成
本件観察

処分対象団体の少なくとも一部であったと認めるのが相当である。本件更新決定時のAlephについて
次に,本件更新決定時におけるAlephと本件観察処分対象団体との同一性についてみると,Alephは,外形上は,①松本については,現実の教団運営を統括する教祖・代表者ではなく,純粋に霊的な意味での瞑想修行等における観想の対象ないし霊的存在と位置付け,②両サリン事件等との関係が指摘されている五仏の法則については,削除して廃棄し,誤解を招く用語等については事件や犯罪の肯定に結び付けられる余地のないように公式解釈書を作成・配布し,事件と無関係な教義・修行法を採用すること
等を方針として発表している(認定事実2ア)。
しかし,本件更新決定時においても,Alephでは,松本の説法を収録
頃と変わらない修行や儀式が行われ,一般の構成員もこれを実践している
の経過やその名称変更を経ても,オウム真理教の教義を広め,これを実現することを目的とし,松本及びオウム真理教の教義に従う者によって構成される団体であると認めるのが相当である。
したがって,Alephは,本件更新決定時においても,本件観察処分対象団体と同一性を有するものと認められる。
本件更新決定時の被控訴人とAlephとの関係について

次に,本件更新決定時において,Alephと被控訴人とが1つの団体
であると認められるかという点についてみるに,団体規制法4条2項にいう団体の要件である多数人の継続的結合体とは,2人以上の特定
人からなり,その構成単位たる個人を離れて,結合体としての独自の意思を決定し得る組織体であって,社会的に相当の期間にわたって存続するものを指すものと解される。

被控訴人の設立経緯においては,認定事実のとおり,Aは,平成17年
頃には,その説法等において,Alephとは別個の松本を全面に出さない団体を設立する考えを表明し,松本の発言を引用するなどして,それが松本の意思に沿うように説明し(認定事実2
立に先立つ平成18年4月以降には,確実に観察処分等を免れるためにファウンデーション理論に基づいてAlephと役割分担をする別個の団体Aが

主宰して主にAlephの構成員によって被控訴人が設立されたのであるが,控訴人の設立が表明された平成19年5月から本件更新決定時までに7年以上経過している。その間に,
とおり,松本の説法を収録した教材を使用するなどし,オウム真理教の頃と変わらない修行や儀式を行っているのに対し,被控訴人においては,認
定事実5のとおり,Alephとは異なる活動をし,独自の組織による運営を行ってきているのであり,被控訴人とAlephとの間で,幹部構成員の人事交流,同一の事業遂行や行事の共同開催等があったということや,被控訴人の幹部構成員とAlephの幹部構成員の間で,相互に組織の運営に関する連絡を取ったり,指示をし合うなど,共同の意思の実現という
見地から役割を分担し合っているといえる事情をうかがわせる事実を認めるに足りる証拠もない。
そうすると,本件更新決定当時の状況において,被控訴人とAlephとの間に,その構成単位たる個人を離れて,結合体としての独自の意思を決定し得る組織体としての関係があると認めることはできず,両者が団体規制法4条2項にいう団体として1つのものであるとは認められないというべきである。

上記判断に関し,控訴人は,団体規制法4条2項の団体の要件は,
特定の共同目的との関連において把握されるべきであり,その結び付きの強さの程度としては,各構成員が特定の共同目的を達成するためにこれに沿った行動をとり得る相互関係にあることが認められれば足り,各集団の主観的な意図はもとより,組織体として独自の意思を決定し得る仕組みが存在し相応に機能することなどという必ずしも判然としない組織形態・指揮連絡系統等の内部的事情を考慮すべきではないと主張する。しかし,多数人の継続的結合体について,その構成単位たる個人を離れて,結合体としての独自の意思を決定し得る組織体であることが必要と解
され,被控訴人とAlephとの間にそのような意味での組織体としての関係が認められないことは,前示のとおりである。控訴人の主張は採用することができない。
被控訴人と本件観察処分対象団体との同一性について
イにおいて説示したところに従い,被控訴人が本件観察処分

対象団体と同一性がある団体であるか否かについて検討する。

被控訴人の設立に至る経緯は,認定事実2

のとおりであり,被控訴人

の設立を主宰したAは,平成14,15年頃には,Alephの主幹者として活動し,外形上,松本の影響力を払拭したかのように装いつつ,その説法等において,松本及びオウム真理教の教義に対する絶対的な帰依を要求する指導を行っていたが

,同年6月頃からAlep

hの運営には実質的に関与しなくなり,その後,平成16年11月頃から再びその運営に関与するようになった。その後,Aleph内にM派とA派が存在するようになり,平成17年5月頃には,Alephとは別個の,松本を前面に出さないが,大黒天・マハーカーラ,観音菩薩等を崇拝対象とする団体を設立する考えを表明し,そのことはAがそれを行うことは松本の意思にも沿うものである

平成18年

4月以降には,確実に観察処分等を免れるためにファウンデーション理論に基づいてAlephと役割分担をする別個の団体の設立が必要であることを説き,後に被控訴人の役員に就任するMもAの考えは松本の教えの実践であると説明し

というのであり,被控訴人が

が役員となって設立されたという経緯も踏まえれば,被控訴人の設立は,複数の団体を組織して,それらの間で役割分担しながら組織活動を続けていくとの意図の下で,かつ,そのことが松本の意思に沿うものとしてされたものと認められる。

被控訴人については,上記の経緯により主にAlephの構成員がAl
ephを脱退して設立されたものであるが,平成26年10月末時点で,国内構成員は143名,うち,出家した構成員は17名,同居する在家の構成員は6名,それ以外の在家の構成員は91名,入会していないがその活動に参加することがあり,公安調査庁への任意報告に同意した構成員29名であり,このうち,出家した構成員の全員,他の会員の6割以上が両サリン事件前からのオウム真理教の構成員であり,構成員の8割以上が以前Alephにおいて活動していた者であった(認定事実5

)。そして,

出家した構成員は,全国7か所の被控訴人管理下の施設に居住している。したがって,被控訴人の構成員については,出家した構成員と在家の構成員とからなり,その大部分はオウム真理教の構成員であったのであり,人的な面での本件観察処分対象団体との同一性は強いものと認められる。ウ
被控訴人の組織形態は,被控訴人が,平成19年3月,位階制度を廃止
したことを対外的に表明していたものの,本件更新決定時においても,被控訴人の役員6名の構成は,正大師であるAが代表役員であり,そのほかの5名の出家した構成員のうち,松本により師以上の位階に認定された者が3名で,そのほかの2名がAlephにおいて師補の位階にあった者であり,Aの平成24年8月23日付けメールの内容も位階制度を前提としている(認定事実5

ア)。そして,被控訴人においてエン

パワーメントを行うことができるのは,正悟師以上の位階で,松本からシャクティーパットの権限を与えられたAのみである(認定事実5

d)。以上の事情によれば,被控訴人においては,実質的にオウム真理教における位階制度を基礎とした体制を維持していると認められる。エ
被控訴人の活動についてみると,被控訴人は,松本及びシヴァ神を崇拝
対象とせず,その象徴物を廃止したことを表明したものの,その設立後も,解釈の変更を繰り返して行うなどしながら,松本ないしシヴァ神と同一視される大黒天等を崇拝対象とし,これらの象徴物,仏画,写真等を施設内に掲示するなどし(認定事実5




ないし

),三仏について,被

控訴人は,哲学教室への改編を標榜し,平成26年3月,三仏を廃止し,大黒天像も事実上廃止することなどを内容とする規定等を定めたが,同年5月31日及び6月1日に行われた聖地巡りの際のAの部屋には,三仏の仏画が掲げられていたほか,本件更新決定後も,廊下壁面に三仏の仏画が掲示されていた施設があった(認定事実5


)。さらに,ミシャグチ

神について,Aは,大黒天と同一視すると位置付け,施設内に象徴物や写真を掲示ないし保管し,聖地巡りにおいてミシャグチ神を祀る場所であるとされた場所を多数回訪問して崇拝の対象としていたところ,被控訴人は,平成26年3月に,上記規定等を定めた後も,上記象徴物や写真が施設内に掲示されており,ミシャグチ神を祀る場所であるとされた場所を繰り返し訪問していたほか,上記象徴物や写真が大黒天像とともに施設から撤去されたと表明された後も,本件更新決定の前後を通じ,d施設のAの厨子の中にミシャグチ神の写真が保管され,Aが「ミシャグチ神を祀る社」と位置付けた御頭御社宮司総社の額入り写真が複数の施設に掲示ないし保管されるなどしており(認定事実5


),これらの事情によ

れば,被控訴人においては,松本がオウム真理教の主神と位置付けていたシヴァ神信仰を維持し,松本ないしシヴァ神と同一視される大黒天等の崇拝を継続しているものと認められる。

さらに,修行について,オウム真理教は,教学,功徳,行法・瞑想技術
及びイニシエーションを修行の4つの柱とし(認定事実1

ア),オウム

真理教の最も基礎的ないし本質的部分であって,他の宗教にはない特徴的なものであると位置付けていたところ,被控訴人は,教学,功徳,行法及び聖地(聖なる環境)の4つを柱としている(認定事実5


)。これ

を個別にみると,以下のとおりである。
教学について,被控訴人は,オウム真理教の教学の中核的な教義

であるタントラ・ヴァジラヤーナ,マハームドラー等の教義(認定事実1
)についても,これらを肯定的に捉え,Aが構成員らに説法するな
どしている。すなわち,オウム真理教において,松本は,オウム真理教の教義の中でも,衆生救済への最速の道であるとされるタントラ・ヴァジラヤーナを最も重視し,これに関する具体的指針として,説法の中で,アクショーブヤの法則(悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとするもの)や,アモーガシッディの法則(真理の実践を行う者にとっては結果が第一であり,結果のためには手段を選ばないとするもの)など,五仏の法則の重要性を強調し,タントラ・ヴァジラヤーナを実践すれば必ず最終解脱できる旨を説き,タントラ・ヴァジラヤーナに関する修行方法として,松本が弟子の一人一人の煩悩の特質を見抜いて特別な課題・試練を与え,それを弟子に取り組ませることによって,自己の意思を捨てさせ,松本と全く同じものの考え方や見方をさせるマハームドラーの修行が重要であることを強調していた(認定事実1
)。そして,このようなオウム真理教の教義は

本件政治上の主義と密接不可分に結び付いていたと認められることは,
この点については,Aは,前示のとおり,従前,松本に対する絶対的な帰依を求め,衆生救済の重要性を説いていたところ,平成21年8月13日,同年10月23日,平成25年3月,同年4月,平成26年6月の説法ないし講話において,タントラ・ヴァジラヤーナやその修行方法としてのマハームドラーの修行についての肯定的な発言を含むオウム真理教の教義に対する肯定的な発言をし,本件更新決定後も,平成27年6月,同年7月,平成28年2月,同年8月の説法等において,松本によってタントラ・ヴァジラヤーナの根本とされている

苦の詞章(自己の苦しみを喜びとし,他の苦しみを自己の苦しみとすること)の重要性を繰り返し説くほか,被控訴人の構成員に対し,必要な殺生があるとの考え方や,アモーガシッディの法則に通じる指導を行うなど,五仏の法則の考え方に通じる発言を繰り返している(認定事実2ウ,5ア)。

そして,被控訴人の構成員の中にも,平成26年に,

ポアの結果,現時点まで第三次世界大戦は起きていない,若しくは遅れているという事実を捉えるならば,一連の事件については正しかった,成功だったと言えるのではないかと思います。

と述べるなど,タントラ・ヴァジラヤーナの考え方に理解を示す発言をしたり,両サリン事件を正当化
する考え方に理解を示す者がいたところ,本件更新決定後の平成27年8月,平成28年7月,平成29年3月,同年8月にも,被控訴人の構成員が,ヴァジラヤーナコース教学システム教本に収載されている松本の説法の事例を引き合いに出し,これに理解を示す発言をするなどして,タントラ・ヴァジラヤーナの考え方に理解を示し,両サリン事件等の一連の事件を正当化する発言をしていた(認定事実5

)。

また,被控訴人が平成24年4月から平成29年8月までに発行・配布した合計20冊の教本の内容と,松本の説法の内容を比較すると,全ての教本において,松本の説法等と類似の内容が含まれている(認定事実5イ)。
さらに,平成23年9月から平成29年4月までの間に被控訴人の鎌
ケ谷施設に対する立入検査が複数回行われた際に,同施設敷地内の車庫内に,松本への絶対的帰依を求める危険な教義が記載された尊師ファイナルスピーチやヴァジラヤーナコース教学システム等の教材多数が,なお保管されていることが確認された(認定事実5イ)。
これらのほか,オウム真理教においては,八正道,四念処,四預流支,
六波羅蜜などという考え方が重視されていたところ(認定事実1

カ),

被控訴人においても,平成29年1月8日付けで発行された特別教本(乙G84)において,

八正道は,釈迦牟尼が最初の説法において説いたとされる,悟り・涅槃に至る修行の基本である。

,「四念処の瞑想がある。これは,釈迦牟尼の時代から,悟りに至るための最も重要な観想法であった。」,

六波羅蜜の解説を行う。

と記載するなどし(認定事実5


),オウム真理教の教義において重視されていた

八正道,四預流支,四念処,六波羅蜜等の考え方を承継して指導している。
功徳について,オウム真理教においては,功徳を目的とした
出家制度(集団居住体制)が採用されていたところ(認定事実1

ウ),

被控訴人においても,d施設や鎌ケ谷施設において,出家制度(集団居住体制)を維持し,出家した構成員から収入を布施として徴収し,出家した構成員には毎月現金8000円のみを支給するとともに,各施設に居住する出家した構成員らに,施設の維持管理や各種セミナーの運営事務等を無償で行わせるというシステムを維持している(認定事実5エ)。
行法・瞑想修行について,松本は,チャリヤ・ヨーガ,クリヤ・ヨーガ,ヨーガ・タントラ,アヌッタラ・ヨーガ・タントラ(無上ヨーガタントラ)の瞑想技術を持っているのは,日本ではオウム真理教以外にはないなどと説明していたところ,被控訴人は,平
成19年7月付けで発行された基本修行教本に,上記瞑想技術を被控訴人の修行体系に含まれるものとして記載し,その記載内容は,被控訴人のウェブサイト上に,平成26年8月頃まで掲載されていた。また,Aは,上記瞑想技術について,上記松本の説明と同様の説明を行っており,本件更新決定後においても,一部の拠点施設では依然として基本修行教本が保管されている(以上,認定事実1
イ,5


)。そ

して,オウム真理教においては,松本が神々の秘密の言葉などと位置付けたマントラなる言葉を繰り返し唱えさせていたところ,被控訴人においても,平成23年11月からは,読経瞑想と称し,三仏心経という松本の説法内容の要約を,平成26年9月からは,これを三悟心経と名称変更したものを,構成員に繰り返し唱えさせている(認定事実1
オ,5


)ほか,オウム真理教では,ブリージングと称される

特殊な呼吸法により信者らを過呼吸状態に陥らせて神秘体験をさせる行法が実践されていたところ,Aは,平成29年8月,スピリチュアル・アウェイクニング・ヨーガと称してオウム真理教の呼吸法と類似する呼吸法を採用している(認定事実1オ,5

)。

松本は,オウム真理教の修行体系の最大の特徴として音のイニシエーション,シャクティーパット等のイニシエーションの存在を挙げ,霊的なエネルギー,経験を授ける儀式と位置付けていたところ,被控訴人においては,松本から正大師の認定を受け,シャクティーパットの権限を付与されたAのみが,弥勒金剛法輪エンパワーメント等のイニシエーションを行っており,本件更新決定後も,聖音ヒーリングなどと称する儀式を行っている(認定事実1エ,5エ)。また,オウム真理教におけるイニシエーションと被控訴人におけ
る聖地(聖なる場所)は,同じものとはいえないが,Aが被控訴人設立前の平成17年5月30日付けのインターネット掲示板に投稿した戸隠神社の件追記との記事や,【年表】との書き出しで始まる

文書では,聖地とは,松本による霊的なエネルギー,経験を授ける儀式であるイニシエーションに代わるものとして位置付けられていた(認定事実5エa)。
以上の事情によれば,被控訴人は,他の一般的な宗教団体やヨーガ団体等には見られないオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的
部分であり,かつ,特有の出家制度を始めとするオウム真理教に特徴的な教義や行法等を組み合わせて体系化した四つの柱を承継・維持し,これらを修行の中心に位置づけて活動を行っていると認められ,被控訴人が,その修行の体系の面でも,オウム真理教と共通するものを有しているものと認められる


以上によれば,被控訴人は,Alephの主幹者として活動していたA
が主宰し,複数の団体を組織して,それらの間で役割分担しながら活動していくとの意図の下で,かつ,そのことが松本に意思に沿うものとして,Alephの構成員の一部が構成員となり,Alephの幹部であったが役員となって設立されたこと,平成26年10月末の時点でも,被控訴人の出家した構成員の全員,他の会員の6割以上が松本サリン事件・地下鉄サリン事件当時からの構成員であり,出家した構成員は被控訴人管理下の施設に居住していること,組織形態についても実質的にはオウム真理教における位階制度を基礎とした体制を維持していること,その活動についてみても,その設立から本件更新決定時まで,松本を象徴するシヴァ神を表す大黒天等への帰依を維持し,松本が説いた衆生救済を目的とするタントラ・ヴァジラヤーナやその修行方法としてのマハームドラーの修行の教義を含むオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的部分である四つの柱を継承・維持していることが認められ,その活動におけるオウム真理教の棄教及び哲学教室への改編の表明の事実をもって,真
にオウム真理教の教義を廃止し,大黒天等への帰依を教義としなくなったことを裏付けるものとは認められないのであり,これらの事情を総合考慮すれば,本件更新決定時において,被控訴人は,本件観察処分対象団体と同じく,麻原彰晃こと松本智津夫を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め,これを実現するとの特定の共同目的を有し,松本が主宰し,
同人及び同教義に従う者によって構成される団体であり,本件観察処分対象団体との同一性を有するものと認められる。

上記カの判断に関し,被控訴人は,団体規制法4条2項の特定の共同目的には,政治上の主義が当然に含まれるべきであると主張する。団体規制法4条1項所定の無差別大量殺人行為は,破壊活動防止

法4条1項2号ヘに掲げる暴力主義的破壊活動として定義されていることから,政治上の主義若しくは施策を推進し,支持し,又はこれに反対する目的をもって行われることが要件となるが,団体規制法4条2項にいう特定の共同目的について,文理上,これに政治的な目的が含まれていなければならないことは要件とされていないし,タントラ・ヴァジラヤーナ等のオウム真理教の教義は本件政治上の主義と密接不可分に結び付いていたと認められ,被控訴人においても,そのような教義を承継・維持しているものと認められることは前示のとおりであるから,被控訴人が本件更新決定時において本件政治上の主義を直接にその目的としていることが認められないとしても,被控訴人が本件観察処分対象団体と同じ特定の共同目的を有するものとの上記カの判断を左右するものではない。また,団体規制法の目的及び趣旨を考慮すれば,その団体に係る特定の共同目的に政治的な目的が含まれていない場合には団体規制法が適用される団体には該当しないと解することが合理的ともいえない。被控訴人の主張は採用することができない。
また,被控訴人は,①徹底したオウム時代の反省・総括の取り組みが
され,②オウム型の出家制度は廃止され,③N教授の指導を受けて組織的に内観を実践し,オウム時代の反省・総括を一層深め,④外部監査委員会を設置し,外識者の監査や指導を受け,⑤様々な機会に一般人や社会との交流が図られており,平成25年には,自らを哲学教室と規定して基本理念を改正して脱麻原の諸改革を実行し,また,反麻原,反オウム,反Alephの諸活動を行うなどしていることによれば,松本の意思を実現することを目的として組織されたものではなく,現在も,松本個人や同人の教義に絶対的に帰依することを説いていることなどもなく,松本やオウム真理教の修行体系と同様の体系を維持していることもないし,そもそも哲学教室であって教団ではなく,
被控訴人は発足当初から大黒天を含めて特定の神仏を崇拝対象としていないし,ミシャグチ神の写真を修法室に掲示していたことをもって,これを松本と同視しているなどとはいえないと主張する。
しかし,被控訴人において,表面上はオウム真理教やAlephの教義の廃棄及び哲学教室への改編等を表明しているものの,Aが松本の意
思に沿うものとして被控訴人を設立した経緯,被控訴人が,設立から本件更新決定時まで,松本を象徴するシヴァ神を表す大黒天等への帰依を維持していたこと,被控訴人が,松本が説いた衆生救済を目的とするタントラ・ヴァジラヤーナやその修行方法としてのマハームドラーの修行の教義,功徳としての出家制度(集団居住体制)等を含むオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的部分である四つの柱を継承・維持していることなどの事情によれば,オウム真理教の棄教及び哲学教室への改編の表明の事実をもって,真にオウム真理教の教義を廃止し,大黒天等への帰依を教義としなくなったことを裏付けるものとは認められないことは,前示のとおりである。そして,上記の被控訴人の設立に至る経緯,目的や,被控訴人の構成員,教義の内容や,
仏画の取扱い等の事情に照らせば,被控訴人が反麻原,反オウム,反Alephを標榜する諸活動を行い,内観を実施してオウム時代の反省・総括を深め,外部監査委員会委員会を設置しているとしても,上記カの判断を左右するとはいえない。被控訴人が,哲学教室であって宗教団体ではないと主張する点についても,上記各事情に加え,
被控訴人が第4回更新決定の請求後に発行した全ての教本の内容に松本の説法等と同様の内容が多分に含まれていること(認定事実5


),

C名誉教授作成の意見書(乙G70の28)中に

どの教材も内容を見れば宗教にほかならず,少なくとも,特定の崇拝対象を持たないから宗教にあたらずという理屈は通らない。

との記載があることなどの事情に照らせば,被控訴人が哲学教室を標榜しているからといって,被控訴人は宗教団体ではないものと認めることもできない。被控訴人の主張は採用することができない。
さらに,被控訴人は,その設立までのAらの言動が,弟子として松本の言葉どおりの実践というオウム真理教の原則に反するものであり,そ
の設立等のために松本の言葉を利用したにすぎず,これを帰依の対象にしているのではない旨の主張をする。
しかし,Aは,同人らが立ち上げたブログ真実を見るに,松本に
よるAlephと別個の団体を設立して存続させることが,松本の意思に沿い,松本への帰依ないし教えに沿うものである旨,松本の過去の言動に縛られて行動することは,盲信であって真の帰依ではない旨を記載していること(認定事実2

ウ,エ)が認められるのであり,上記Aら

の言動が松本に対する帰依を示すものでないとはいえない。被控訴人の主張は採用することができない。
被控訴人は,控訴人が認めるように,執拗な松本批判を行い,松本に対する否定的な感情を抱いているところ,このことは,松本への個人崇拝を構成員に浸透させる行為と完全に矛盾しており,被控訴人に特定の共同目的が存在しないことを裏付けていると主張する。しかし,Aの発言や被控訴人の活動をもって,被控訴人が真にオウム真理教の教義を廃止したとは認められない上,被控訴人において,結果のためには手段を選ばないとするタントラ・ヴァジラヤーナやマハーム
ドラーの教義等が承継されていると認められることは,前記説示のとおりであり,被控訴人の主張する事情があるからといって,被控訴人の特定の共同目的に関する上記の判断を左右するものとはいえない。被控訴人の主張は採用することができない。
被控訴人は,被控訴人の教義や活動に部分的にオウム真理教との類似
点があるとしても,被控訴人の教義・活動形態は松本の指示・教義と様々な点で食い違うほか,反松本・反Alephの活動を行っているので,多くの点で完全に逆行し,松本への絶対的な帰依を示すものではなく,被控訴人のヨーガ行法が,オウム真理教に由来するとはいえず,類似点があるだけでオウム真理教と同じであるというのであれば,全ての
ヨーガ・仏教が禁止され,思想・信教の自由が侵害されると主張する。しかし,被控訴人が,その設立時から本件更新決定時まで,松本を象徴するシヴァ神を表す大黒天等への帰依を維持していたこと,被控訴人が,松本が説いた衆生救済を目的とするタントラ・ヴァジラヤーナやその修行方法としてのマハームドラーの修行の教義等を含むオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的部分である四つの柱を継承・維持していることなどから,被控訴人は,本件更新決定時にお
いて,本件観察処分対象団体と同じ特定の共同目的を有すると認められることは,前記説示のとおりであって,被控訴人の教義・活動形態にオウム真理教と異なる部分が少なくないことや,被控訴人のヨーガ行法にインド由来のものなどが含まれていることをもって,上記判断が左右されるものではない。被控訴人の主張は採用することができない。
5争点2(団体規制法5条1項1号該当性)について
団体規制法5条1項1号の無差別大量殺人行為の首謀者及び影響力の意義について

団体規制法5条1項は,過去にその団体の役職員又は構成員が当該団体
の活動として無差別大量殺人行為を行い,観察処分時において団体の属性として無差別大量殺人の実行に関連性を有する危険性を有する団体について,その活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる場合には,観察処分に付すこととし,その危険性を示す事情として,同項各号の事由を列挙したものであり,同項1号の事由についても,同号にいう当該
無差別大量殺人行為の首謀者とは,当該無差別大量殺人行為の計画遂行に関して主導的役割を担った者を指し,首謀者が当該団体の活動に影響力を有しているとは,観察処分時又は期間更新の決定時において,首謀者の言動が,当該団体の活動の基本的方向性を左右する力を有することを指すものと解される。


上記の点に関し,被控訴人は,当該団体が再び無差別大量殺人行為の準
備行為を開始するという一般的,抽象的危険性があるというだけでは足りず,その具体的な危険があることが必要であり,同項各号の要件を満たすためには,当該団体に再び無差別大量殺人行為の準備行為を開始するとの点についての具体的危険性が必要であると主張する。
しかし,観察処分に付し,又はその期間を更新することができる場合について,団体規制法5条1項の文理上,当該団体が再び無差別大量殺人行為の準備行為を開始するという具体的危険性が存することが必要であるとは解されないし,上記の影響力の程度について,無差別大量殺人行為の準備開始をするとの点についての具体的危険性を有する場合に限られるとするのでは,過去に団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体
について,無差別大量殺人の実行に関連性を有する危険性を有するにもかかわらず,観察処分に付することができないこととなり,団体規制法の目的を達成することが困難となる。したがって,同号の要件に関し,無差別大量殺人行為の準備行為についての具体的な危険性が必要であると解することはできない。被控訴人の主張は採用することができない。

松本の首謀者該当性について
認定事実1

及び

のとおり,オウム真理教ないし本件観察処分対象団体

の教義は,最終目的である衆生救済の実現のため,松本を王ないし独裁者とする祭政一致の専制国家体制を構築するという本件政治上の主義と密接不可分に結び付いており,両サリン事件は,本件政治上の主義を推進する上での障害を除去すること等を目的とし,両サリン事件に関与した構成員の多くがマハームドラーの修行の一貫としてこれらの犯行を実行したと認められることから,松本は,無差別大量殺人行為である両サリン事件の計画遂行に関して主導的役割を担った者として,その首謀者に該当すると認められる。松本の被控訴人の活動に対する影響力の有無について

オウム真理教は,松本を教祖・創始者として活動を開始した宗教団体であるところ,その教義は,衆生救済を最終的な目的とし,その実現のためには,たとえ悪業を積むことになっても他に対して善業となるならば,それを最高の実践課題とし,松本への絶対的な帰依を必要とするタントラ・ヴァジラヤーナの教えの実践が必要であり,そのためには,苦しみの限界に自己を置き,そこにおいて一切乱れない心を形成する修行であるマハームドラーの修行を行って,心をグルである松本と一致させることが重要であるとし,松本は,衆生救済を実現するために日本シャンバラ化計画を進め,そのためには松本を王ないし独裁者とする祭政一致の専制国家体制を構築するという本件政治上の主義を推進する際の障害を除去することなどを目的として,両サリン事件を計画し,これを多数の構成員らが実行し,構成員らが松本の教えの実践
であると認識していたのであるから,松本は本件観察処分対象団体の構成員に対して絶対的な影響力を有していたといえる。そして,松本が両サリン事件等により逮捕された後も,本件観察処分対象団体は,松本の指示に従い,アレフと改称し,Aが主幹者となり,その後もアーレフ,Alephと順次改称し,また,Aは,複数の団体を組織して,それらの間で役割分担しなが
ら活動を続けていくとの意図の下で,かつ,そのことが松本の意思に沿うものであるとして,被控訴人を設立するなどしたことは,前示のとおりである。このような事情に加え,被控訴人においては,その設立から本件更新決定時まで,松本を象徴するシヴァ神を表す大黒天等への帰依を維持し,松本が説いた衆生救済を目的とするタントラ・ヴァジラヤーナやマハームドラーの修行の教義を含むオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的部分を実質的に継承・維持していること,オウム真理教の棄教及び哲学教室への改編の事実をもって,真にオウム真理教の教義を廃止したことを裏付けるものとは認められないこと,被控訴人の構成員の多くが,オウム真理教の教義を受容した両サリン事件当時からの構成員であり,平成26年7月3
1日の時点で,地下鉄サリン事件以降に検挙され,その後,刑務所で服役したり,釈放されたりした者である13名が被控訴人の構成員として報告されていたこと,被控訴人の構成員の中には,本件更新決定の前後を通じ,タントラ・ヴァジラヤーナの考え方に理解を示す者や,両サリン事件を正当化する考え方に理解を示す者が少なからず存在したことなどの事情を考慮すれば,本件更新決定時においても,松本は,被控訴人の活動に影響力を有していたと認められる。
そうすると,本件更新決定時において,被控訴人について団体規制法5条1項1号の事由が存在していたと認められる。
被控訴人の主張について
上記判断に関し,被控訴人は,脱麻原の諸改革を実行し,反麻原,
反オウム,反Alephの諸活動を行うなどしており,松本の意思を実現することを目的として組織されたものではなく,現在も松本の教義に絶対的に帰依することを説いているなどということもなく,松本やオウム真理教の修行体系と同様の体系を維持していることもないから,松本が被控訴人の活動に対する影響を及ぼすことはないと主張する。

しかし,被控訴人については,認定事実4

アのとおり,Aは,松本の意

思に沿うものとして被控訴人を設立したこと,被控訴人は,その設立から本件更新決定時まで,松本を象徴するシヴァ神を表す大黒天等への帰依を維持していたと認められること,被控訴人は松本が説いたタントラ・ヴァジラヤーナやマハームドラーの教義等を含むオウム真理教の修行体系の最も基礎的ないし本質的部分を継承・維持していることなどの事情に照らせば,被控訴人が被控訴人の主張するような活動を行っているとしても,上記

判断を

左右するものとはいえない。被控訴人の主張は採用することができない。6争点3(団体規制法5条1項3号該当性)について
認定事実によれば,地下鉄サリン事件当時,Aは,オウム真理教において松本に次ぐ地位である正大師の地位にあり,正大師はAを含め4名しかいなかったことが認められるから,Aは,オウム真理教による無差別大量殺人行為が行われた時に,オウム真理教の意思決定に関与し得る者であって,その事務に従事するものに当たると認められる。そして,Aは,被控訴人の主幹者と認められるのであるから,被控訴人については,団体規制法5条1項3号の要件を充たすものと認められる。
上記判断に関し,被控訴人は,両サリン事件当時,オウム真理教においては,松本が単独で団体の意思決定をしており,実質的に役員は松本のみであったのであり,Aは,モスクワに赴任しており,物理的にも両サリン事件に係る意思決定に関与し得る立場になかったのであり,また,Aは,団体の改革を牽引し,被控訴人を安全な団体として形作り,個人崇拝の過ちを説いて
きたのであり,現時点において,Aは,松本の指示を受けて,又は,その指示とは無関係に,無差別大量殺人行為に着手し得る権限や影響力を有していないと主張する。
しかし,地下鉄サリン事件当時,Aが,オウム真理教において松本に次ぐ地位である正大師の地位にあり,正大師はAを含め4名しかいなかったとい
う事実によれば,Aは団体の意思決定に関与し得る者と認められるのであり,Aが,両サリン事件当時,日本にいなかったとしても,この判断は左
るものとはいえない。
被控訴人の主張は採用することができない。
7争点6(団体規制法5条4項所定の必要性の有無)について
被控訴人は,前記4説示のとおり,本件観察処分対象団体と同じ特定の共同目的を持つものと認められるところ,認定事実によれば,被控訴人は,d施設や鎌ケ谷施設において,オウム真理教と同様の出家制度(集団居住体制)を維持し,出家した構成員から収入を布施として徴収するなどというシステム
を維持しており,被控訴人の構成員と一般社会との間に隔絶性や閉鎖性があると認められる。さらに,第4回更新決定から本件更新決定までの間に,平成25年4月23日に大阪施設に対して実施された公安調査庁による調査において,同施設のパーソナルコンピュータに保存されていた同年1月1日から平成26年4月23日までの会計帳簿データに具体的な費目,金額,個人名等が記載されていたのに,被控訴人から任意提出された帳簿データには,これらの記載がなく,Aが,各施設の帳簿データは東京本部に送信し,各施設では元データや帳票類を保管しないように指示をしていたこと(乙B8の29ないし31,F22),被控訴人が,東大阪施設の賃貸借契約の締結について,その団体がした当該団体の活動に関する意思決定の内容として報告義務があるにもかかわらず(団体規制法5条3項5号,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関す
る法律施行令3条1号),これを報告していなかったこと(乙B8の52)という報告義務違反があったという事情が認められる。
以上の事情によれば,本件更新決定時において,被控訴人について,引き続きその活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる。8本件更新決定の適法性について

以上によれば,本件更新決定の被控訴人に対する部分のうち本件観察処分の期間を更新する部分については,団体規制法5条4項の要件を充たす適法なものと認められる。
本件更新決定の被控訴人に対する部分のうち,団体規制法5条5項において準用する同条3項6号に規定する事項として,原判決別紙2決定目録記載
アないしウの事項を公安調査庁長官に報告しなければならないとする部分について,上記2ないし7において説示したところに照らせば,上記事項は,無差別大量殺人行為に及ぶ危険な要素の存否・程度の把握のために報告を求める必要のあるものと認められるから,団体規制法の要件を充たす適法なものと認められる。

したがって,本件更新決定のうち被控訴人に対する部分は,適法なものと認められる。
9結論
よって,本件更新決定のうち被控訴人を対象とした部分の取消しを求める被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ,これを認容した原判決は失当であって,本件控訴は理由があるから,原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,同部分につき被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。東京高等裁判所第14民事部

裁判長裁判官

後藤
裁判官

湯川博浩昭
裁判官中山直子は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官

後藤博
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