判例検索β > 平成27年(ワ)第3844号
損害賠償請求事件
事件番号平成27(ワ)3844
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成31年4月19日
法廷名横浜地方裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-04-19
情報公開日2019-05-27 12:00:10
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平成31年4月19日判決言渡

同日原本領収

平成27年(ワ)第3844号
(口頭弁論終結日

裁判所書記官

損害賠償請求事件

平成30年11月30日)
判主決文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1

請実及び理由求
被告は,原告に対し,4億2299万9879円及びうち3億8203万9
762円に対する平成27年10月9日から支払済みまで,うち4096万0117円に対する平成29年6月9日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合による金員を支払え。
第2

事案の概要
本件事案の概要は次のとおりである。

1
横浜市中区,
南区及び磯子区にまたがって,
在日アメリカ合衆国軍
(以下
合衆国軍という。)の軍人の家族住宅,学校,図書館,郵便局等の公共施設の敷地として合衆国軍に提供されている広大な一団の土地(総面積42万9259.34㎡)があり,根岸住宅地区と呼ばれている(以下根岸住宅地区
という。)。同地区は,合衆国軍の海軍横須賀基地司令部が管理し,同基地憲兵隊司令部横浜支所等が置かれているが,基地機能は有しておらず,後記第3の7のとおり,将来的にわが国に返還されることが決まっている。根岸住宅地区のほぼ中心に位置する部分には,合衆国軍に提供されていない住宅10世帯分の地域があるが,原告はこの地域内におよそ3000㎡余りの
土地及び自宅を含む建物3棟を所有している(以下,根岸住宅地区のうち,合衆国軍に提供されている地域を合衆国軍住宅地域,提供されていない地域を非提供地域という。)。2
本件は,原告が被告に対し,第一に,根岸住宅地区外への出入口を閉鎖されるなどの合衆国軍の通行制限により多大な生活上の不便を強いられ,賃借人が退去するなど土地利用にも制限が課されていると主張して,これらの人格権及び財産権侵害を理由として,主位的に①日本国とアメリカ合衆国との間の相互
協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下民特法という。)1条,国家賠償法(以下国賠法という。)1条1項(公権力の行使),②民特法2条,国賠法2条1項(営造物の設置管理の瑕疵)に基づく損害賠償請求として,予備的に③憲法29条3項に基づく損失補償請求として,不動産の
利用価値喪失分,得べかりし賃料,慰謝料及び弁護士費用合計3億8203万9762円並びに遅延損害金の支払を,第二に,上記の通行制限に加え,合衆国軍が根岸住宅地区内の原告の自宅への通路に鉄パイプ製車止めを設置したことにより,原告の胆石発作の際に救急車の到着が遅れて生命の危機に瀕し,根岸住宅地区外の老人ホームへの入居を余儀なくされたと主張して,生命身体の
安全の侵害を理由として,①民特法1条,国賠法1条1項,②安全配慮義務違反に基づく損害賠償として,老人ホーム入居費用相当額4096万0117円及び遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
第3

前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠により容易に認定できる事実。証拠は特に断らない限り枝番を含む。以下同じ)

1
当事者等(甲1,5)
原告(大正4年2月5日生)は,非提供地域内に別紙物件目録記載1ないし14の土地(以下原告土地という。)並びに自宅建物(同記載15。以下原告宅ともいう。)及び賃貸用建物2棟(同記載16,17。以下,これらを合わせて原告土地建物という。)を所有する者である。

2
根岸住宅地区及び原告土地建物の現況(甲5・添付資料B4,甲6,7・撮影位置図1,甲22添付別紙写真3,乙6の1)現在の根岸住宅地区は南北に長いトの字型をしており,北側の頂点から分岐した2本の幹線道路が南に向かってほぼ並行に走り,所々ではしご段状に東西の幹線道路を繋ぐ道路が交差しており,合衆国軍人の家族住宅や学校,図書館,郵便局等の公共施設がある。非提供地域は東西の幹線道路に挟まれた根
岸住宅地区中央付近の小高い丘及びその周辺であり,原告土地建物は丘の上に位置し,丘に隣接して原告が国に売却した土地上に合衆国軍の鉄塔(マイクロウェーブタワー)が立ち,西側幹線道路から上記鉄塔及びその管理事務所並びに原告宅へ向かう道路(以下原告宅進入道路という。)がある。
根岸住宅地区は周囲を金網フェンス等で囲まれ,地区内外の出入りはゲート
を通過して行うが,原告宅のある非提供地域と合衆国軍住宅地域との間に通行を妨げるものはない。原告宅から根岸住宅地区外に出るときは,合衆国軍住宅地域内の道路を通り,出口でゲートを通過するが,その際に通行パスを提示する必要はない。他方,根岸住宅地区外から原告宅に向かうときは,上記のゲートで通行パスを提示する必要がある。現在のゲートは原告宅から約650m離
れた根岸住宅地区南側の1か所(ゲート3)であり,徒歩及び車両の通行が可能である。
3
根岸住宅地区の接収(甲2,5,12,乙7の2~4)
進駐軍は,ポツダム宣言受諾後の昭和22年10月16日,現在の根岸住宅
地区の大部分(横浜市中区寺久保,塚越,根岸旭台,南区山谷町,磯子区丸山町等)を接収し,神奈川県渉外事務局渉外課は,同年11月5日から7日にかけて,上記接収地の居住者等に対し同月10日までに移転することなどを求める公告をした。
当時,原告は,家族とともに養父の所有する原告宅に居住し,原告の養父は
賃貸用住宅5棟を賃貸していたが,
原告土地は接収地には含まれなかったので,
原告及びその家族は上記接収後も同所での居住と賃貸を続けた。4
合衆国軍への提供(乙3)
日本国政府は,アメリカ合衆国に対し,昭和27年7月26日,日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定2条により上記3の接収地をX住宅地区として合衆国軍に提供することを決定し,昭和36年4月19日,
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
(以

下日米安保条約という。)6条及び日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下日米地位協定という。)2条によりX住宅地区を
根岸住宅地区
と改称した上で合衆国軍に提供することを決定した。
日米地位協定では合衆国軍に提供する区域に関する事項は日米合同委員会(2

5条)において協定することとされ(2条),防衛省南関東防衛局が同協定に基づく根岸住宅地区に関する事務を所掌している(防衛省設置法4条19号,31条2項1号)。また合衆国軍の海軍横須賀基地司令部が根岸住宅地区を管理し,同基地憲兵隊司令部横浜支所等が置かれているが,基地機能は有していない。

5
車止めの設置(甲22,25,26,乙25)
合衆国軍は,平成12年頃,根岸住宅地区の西側幹線道路と原告宅進入道路との分岐点に,鉄パイプ製逆U字型の車止め2基(以下本件車止めという。)を設置し,その後これを撤去した。

6
原告の老人ホーム入所(甲5,20,21,証人A)
原告は,昭和22年の接収後,原告土地建物を養父から相続し,平成11年に妻Bが死亡した後はヘルパー等の援助を受けつつ原告宅で独居していたが,88歳となった平成15年春頃,横須賀市内の公共老人ホーム(老健施設)に入所し,平成16年1月9日,原告宅から徒歩15分の位置にある根岸住宅地区外の私立老人ホームに転所し,以後現在まで同所に居住している。
7
根岸住宅地区の返還合意(乙2)日米合同委員会は,平成16年10月18日,池子住宅地区及び海軍補助施設の横浜市域での住宅及びその支援施設の建設が完了した時点で根岸住宅地区をわが国に返還することを合意した。
8
本訴提起
原告は,平成27年9月29日,本訴を提起した。

第4

争点
以下,原告の主張に鑑み,第一にゲートの閉鎖等による財産権,人格権侵害について,第二に本件車止めによる生命身体の安全の侵害についてそれぞれ記載する。

1
ゲートの閉鎖等による財産権,人格権侵害について
ゲートの閉鎖等による財産権,
人格権侵害に係る争点は,
①通行制限の態様,
②民特法2条,国賠法2条1項に基づく損害賠償請求の可否,③民特法1条,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否,④損失補償請求の可否,⑤原告の損害,⑥消滅時効の成否である。



争点①(通行制限の態様)について

(原告の主張)

ゲートの閉鎖
根岸住宅地区には,進駐軍による接収後,車両通行可能なゲートが6か所,歩行者専用ゲートが13か所設置され,原告は,通勤通学やかかりつ
け医への通院等に際してこれらのゲートを通って根岸住宅地区外の公道を通り,市電の根岸橋停留所,増徳院バス停その他根岸住宅地区周辺の各所へ行くことができたが,合衆国軍は昭和40年代以降上記のゲートを順次閉鎖し,ついには通行可能なゲートは原告宅から約650m離れた1か所のみとなった。これらのゲート閉鎖により,原告及びその家族は目的地ま
で遠回りを余儀なくされ,従前通行していた公道を通行することができなくなるなど多大な不便を強いられ,貸家5戸の賃借人も日常生活の不便さから全て退去してしまい,原告は賃料収入を失った。イ
ゲートの通行制限
昭和22年10月から,原告等の居住者は,顔写真と指紋を採取され,1年ごとに更新することが必要な通行パスを提示しなければゲートを通行することができなくなり,湾岸戦争の際には,原告宅に戻ることもできな
かった。また,非居住者についても,石油や炭を商う出入り業者に対しては通行パスが与えられたが,それ以外の者は,その都度申請し,許可された場合にしか出入りすることができなかった。その後の制限の対象や態様の内容は,別表に記載のとおりであり,宅配便も業者によってはゲートの通過が許可されないため,原告が自らゲートまで出向いて荷物を受け取ら
なければならず,電気故障,雨漏り修理など生活上の故障が発生した時にも,原告がゲートまで出向き,原告宅まで修理工事業者に付き添うことが必要となった。また,タクシーも原告宅まで呼ぶことはできず,原告がゲートに出向く必要があった。

新規賃借人等の通行禁止
原告は,平成元年頃,原告土地上に自宅及び低層マンションの新築を検討したが,合衆国軍が基地防衛上の理由によりマンション賃借人らの通行を認めないことや6名以上の立入りを禁止しているため,建築業者等の原告土地への立入りが困難であるとして断念せざるを得ず,また,原告宅において,葬儀や祝儀を営むこともできない。


本件車止めの設置
合衆国軍は,
平成12年10月頃,
本件車止めを設置した。
同車止めは,
平成18年頃までには撤去されたが,その後もいつ再設置されるかわからない状態にある。

そして,平成15年,原告が急性胆石症の発作を起こして119番通報した際,本件車止めがあるために救急車は原告宅前まで立ち入ることができず,原告は,同人宅から本件車止めの前で停まっていた救急車までの約100mを担架で搬送され,その間,七転八倒の苦しみを味わうことになった。
そのため,原告は,再度の発作が生じたときにも同様の事態が生じることを危惧し,原告宅に住むことを断念して,救急搬送から約2か月後に横
須賀市内の老人ホームに入所せざるを得なかった。
(被告の主張)

原告の主張アのうち現在通行可能なゲートが1か所のみであることは認め,その余は知らない。
同イのうち,原告等の居住者は,通行パスを提示しなければゲートを通
行することができないこと,非居住者や宅配便は事前に申請をして許可を得ていない限り立ち入りができないことは認め,
その余の事実は否認する。
同ウのうち合衆国軍が基地防衛上の理由によりマンション賃借人らの通行を認めなかったとの点は否認し,その余は知らない。原告が合衆国軍に対しマンション建築等につき何らかの要望等をしたとの記録はない。
同エは合衆国軍において確たる記録がないため不知。ただし,時期は不明であるものの車止めを設けていた時期はあったようである。

当初設置されたゲートの数や種類,閉鎖の態様については記録が確認できないが,昭和28年以降は根岸住宅地区外の日本人の通行が認められ,通行パスも廃止され,平成10年8月頃までは,知らないうちに根岸住宅
地区内に立ち入ってしまうこともあるような開放された状態であった。原告は,高額な自動車保険に加入していなければ根岸住宅地区に入れなかった,居住者が同乗していないタクシーも同様に入れなかったなどと主張するが,かかる事実は認められない。また,非居住者について,その都度入構の許可が必要であったと主張するが,かかる事実も確認できない。

平成10年8月7日にケニアのナイロビとタンザニアのダルエスサラームのアメリカ合衆国大使館爆破事件等が発生したことなどを背景として,同月頃から再び通行パスの提示を要することとされたが,この制限は合衆国軍住宅地域に居住する合衆国軍の軍人家族らを含むゲートを通過する者全員に課されるもので,
原告のみが加重な負担を負うものではない。
また,
タクシー業者,宅配業者,ライフライン関係の業者については,非提供地
域の住民の便宜を考慮して通行パスを発行するなどし,また,消防や救急等の立ち入りが必要となった場合に備え,
事前に車両を登録するなどして,
通行パスの申請をすることなく,立ち入ることが可能となるように対応している。

原告は,本件車止めが設置されたため,救急車両が原告宅の前まで進入することができなかったと主張するところ,数年間,本件車止めが設置されていた事実はあったようであるが,この車止めは鍵などで固定されていたものではなく,抜き差しできるものであるし,その脇を車両が通行することも可能であり,現に原告からこの設置について苦情が申し立てられたような事実も確認できない。

本件車止めの設置により,原告の生活に特段の支障が生じていたとは認められない。

原告土地については,上記のような一定の制約がある一方で,その電気及び上水道については,根岸住宅地区内の合衆国軍の管理する電力線及び上水道管から分岐することが可能であり,また,下水道についても,合衆
国軍の下水管に接続することができる上,
使用料も徴収されていないなど,
原告に対して可能な限りの支援を行っている。


争点②(民特法2条,国賠法2条1項に基づく損害賠償請求の可否)について

(原告の主張)
原告土地は根岸住宅地区に取り囲まれ,外部との交通やライフラインの確保もままならない陸の孤島ともいうべき袋地状の土地であり,合衆国軍は根岸住宅地区を占有し,所有し,又は管理している。同軍担当者は,上記⑴アないしエのとおり通行制限を課し,戦後70年にわたって原告の人格権や財産権を侵害した。これは,根岸住宅地区が合衆国軍の軍人等の専用住宅施設として利用されることとの関連において,危険性のある営造物を使用及び利用に供し,その結果第三者である原告に社会生活上受忍すべき限度を超える被害を生ぜしめたものであるから,いわゆる供用関連瑕疵として,被告は,民特法2条,国賠法2条1項に基づく損害賠償義務を負う。
(被告の主張)

争う。根岸住宅地区は合衆国軍の軍人等の住宅等の施設のための区域であり,日米地位協定により提供され同軍によって使用されているところ,合衆国軍は,日本国の安全に寄与し,極東における国際平和及び安全の維持に寄与するため,日本国において施設及び区域の使用を許されているものであり(日米安保条約6条),高い公共性を有する。そして,外部者による襲撃・
テロ等の危険を考慮すると,合衆国軍関係施設の供用において,外部からの通行を制限して地区内に立ち入る者を把握・管理し,それに伴う通行制限等を行うことは,同地区の供用の本質的かつ不可欠な行為である。
また,原告に対する通行制限等は,合衆国軍の軍人を含む他の通行者と同様に通行パスの提示を求めるというもので,相当なものにとどまっている。
このことに加え,合衆国軍が,原告ら非提供地域の住民に対し,宅配業者やライフライン関係業者等の通行の便宜を図り,上下水道や電気の無償接続等の措置を講じていることをも踏まえると,原告が根岸住宅地区外の居住者と比して著しい不利益を被っているとはいえず,受忍限度の範囲内である。争点③(民特法1条,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否)につ
いて
(原告の主張)ア

合衆国軍者又は被告の担当者は,次のとおり,原告の公道通行の自由を妨げないように根岸住宅地区の運用をすべき義務を負っていたのにこれに違反して原告に損害を与えた。


合衆国軍担当者の職務上の法的義務違反
合衆国軍担当者は,上記⑴アのとおり,当初設置したゲートを自己の便
宜のために順次閉鎖し,これにより,原告をして,通勤通学等のために使用していた公道の通行を不能にさせた。これは,合衆国軍担当者が根岸住宅地区の管理等のために必要な範囲を逸脱して原告の生活活動や土地利用等を一方的かつ不必要に制限するものであり,日本国内への領域への,領域からの又は領域内の陸上交通を不必要に妨げるような方法によって
行われたものであるから,日米地位協定3条2項に違反する。
したがって,合衆国軍担当者は上記のゲート閉鎖により職務上の法的義務に違反して違法に原告に損害を加えたものであるから,被告は原告に対し,民特法1条,国賠法1条1項に基づき,後記⑸の損害を賠償する義務を負う。


被告の職務上の法的義務違反
根岸住宅地区内には,進駐軍による接収前に,被告が横浜市に無償で貸し付けたいわゆる認定道路が存在していたが,被告担当者は日米地位協定の実施に伴う国有財産の管理に関する法律5条,国有財産法24条の手続
を行うことなく合衆国軍に根岸住宅地区を提供し,同軍は同地区内を造成して上記認定道路をつぶし,新たに道路を築造した。
したがって,被告担当者は,上記各法条による手続を怠り,合衆国軍の上記アの違反行為及び上記造成行為を助長した点で職務上の法的義務に違反し,これにより違法に原告に損害を加えたものであるから,被告は原告
に対し,国賠法1条1項に基づき,後記⑸の損害を賠償する義務を負う。(被告の主張)ア

原告の主張ア,イは争う。


適用法条について
本件損害賠償請求が認められるかどうかは,民特法2条及び国賠法2条1項による設置管理の瑕疵の有無の解釈にかかわる問題であるから,本件については,端的に民特法2条または国賠法2条1項の規定に照らしてそ
の成否を検討すれば足りるのであって,それ以外に民特法1条又は国賠法1条1項を適用する余地はない。

権利侵害がないこと
合衆国軍は日米地位協定2条に基づき日本国から根岸住宅地区の提供を受けているのであり,

の(被告の主張)のとおり,原告が受けた制

約は受任限度の範囲内であって,原告の主張する公道通行の自由権に対する権利侵害は認められないから,原告の主張は理由がない。


争点④(損失補償請求の可否)について

(原告の主張)
上記

のとおり,原告は合衆国軍及び被告により公道通行の自由を侵害さ
れたものであるところ,これは根岸住宅地区の形態及び構造並びに供用に起因して原告が被った特別の損害に当たるから,憲法29条3項により損失補償の対象とされるべきである。
(被告の主張)
争う。原告の主張する権利侵害ないし損害は,受忍限度を超えるものでは
なく,特別の財産上の犠牲に該当するものとはいえない。


争点⑤(原告の損害)について

(原告の主張)
原告は,上記⑴の通行制限により,次のアないしエの合計3億8203万9762円の損害を被った。
よって,原告は被告に対し,3億8203万9762円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成27年10月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

不動産利用価値の喪失(現在の損害)

2億6487万8982円

被告の非提供地域にかかる地役権設定価格資料(甲4)によれば,非提供地域の土地評価額は1㎡当たり20万3000円であるから,原告土地
の現在の計算上の評価額は次のとおり6億6609万5780円である。20万3000円×(原告土地面積)3281.26㎡
=6億6609万5780円
ところで,根岸住宅地区の具体的な返還時期は決まっておらず,返還まであと10年は要すると考えられるから,原告は,少なくとも今後10年
間,原告土地を活用できないこととなる。10年後の原告土地の価額を割り引いて現在価値に引き直すと,次のとおり4億0121万6798円となる。
したがって,原告は,今後10年間土地を利用できないことによる損害として,6億6609万5780円から4億0121万6798円を控除
した2億6487万8982円を被ったものである。
(10年後の原告土地の割引現在価値の算定)
割引現在価値=評価額×割引原価率
割引原価率=1/(1+割引率)年数(割引率は横浜市内の住宅地の地価公示に用いられる投資利回りを基礎とする基本利率5.
2%とする。


6億6609万5780円×1/(1+0.052)10
=4億0121万6798円

有効利用制限による損害(過去の損害)

6742万9893円

根岸住宅地区の合衆国軍住宅地域に土地を所有する者は,これを被告に貸し付けて賃料収入を得ているのに対し,原告は通行制限により原告土地を第三者に賃貸するなどの有効利用ができない。したがって,原告土地につき,周辺地権者の被告に対する賃料額
(1㎡当たり年額1万3700円)
の少なくとも3年分相当の金額を損害として被ったものであり,その額は次のとおり6742万9893円を下らない。
賃料年額×利用制限率(高圧線下の宅地の減価率に準じて50%とする)×面積×3年間=1万3700円×0.5×3281.26㎡
×3=6742万9893円

精神的損害

1500万円

原告は,合衆国軍による通行制限やこれに伴う原告土地の利用制限により,生活権や人格権を著しく侵害されたものであり,これを慰謝するに足りる金額は1500万円を下らない。


弁護士費用

3473万0887円

上記アないしウ(合計3億4730万8875円)と相当因果関係のある弁護士費用は,その1割である3473万0887円である。
(被告の主張)
争う。



争点⑥(消滅時効の成否)について

(被告の主張)

原告の主張する通行制限は,結局のところ,原告土地の周囲の土地が根岸住宅地区として合衆国軍に提供されたことによって生じた財産的損失について損失補償を請求するものであり,遅くとも昭和27年7月26日の
合衆国軍への根岸住宅地区の提供から5年
(会計法30条)
又は10年
(民
法167条1項)
の経過により時効消滅した。
被告はこの時効を援用する。

原告の権利濫用の主張は争う。

(原告の主張)

消滅時効の成立は争う。


原告が主張する合衆国軍による各通行制限は,それぞれが別個独立して起こったものではなく,軍施設の警備の都合に合わせる形で,時間的にも空間的にも相互に有機的に関連し影響し合いながら日々原告に損害を及ぼしている。そして,本件車止めの設置についても,現時点では撤去されているものの,いつ再設置されるかもわからない状態にある。
これらの合衆国軍等による加害行為は,現時点においても継続している
のであり,損害賠償請求権についての消滅時効は完成していない。また,損失補償請求についても,通行制限がされることによる原告の損失は日々継続的に発生し続けているのであり,
消滅時効は完成していない。

消滅時効は,時の経過に伴って不法行為等の立証が困難になることや被害感情も静まるという考慮のもとにある制度であるが,本件における加害
者は合衆国軍あるいは日本国であり,時の経過とともに資料が散逸するようなことは考え難いし,現在に至るまで被害を受け続けている原告の被害感情が静まることもない。
被告は,国民である原告の権利を侵害しておきながら,その回復を図るどころか放置しているのであり,かかる被告が消滅時効を主張することは
権利の濫用であって許されない。
2
本件車止め設置にかかる生命身体の安全の侵害について
本件車止め設置にかかる生命身体の安全の侵害に係る争点は,
⑦民特法1条,
国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否,⑧安全配慮義務違反の有無,⑨
原告の損害,⑩消滅時効の成否の3点である。


争点⑦(民特法1条,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否)について
(原告の主張)
横浜防衛施設局長は,原告を含む非提供地域の住民が,救急搬送を妨げられることのないよう,日米合同委員会の日本国政府代表者に申し入れるべき職務上の法的義務があるのにこれを怠り,何らの措置を取らずに放置した結果,本件車止めの存在などにより,
原告を円滑に救急搬送することができず,
その生命身体の安全に危険を生ぜしめたものである。
(被告の主張)
争う。原告の主張する職務上の法的義務を根拠づける規定は存在しない。⑵

争点⑧(安全配慮義務違反の有無)について
(原告の主張)
被告及び横浜防衛施設局長は,被告が日米安保条約6条及び日米地位協定2条1項に基づき根岸住宅地区を合衆国軍に提供したこと並びに日米地位協定2条2項,4項(a),3条1項,2項,16項及び25条に基づき,原告と特別な社会的接触関係に入ったものとして,信義則上,原告の生命身体の
安全に配慮すべき義務を負うところ,被告又は横浜防衛施設局長はこれを怠り,何らの措置を執らずに放置した結果,原告の生命身体に危険を生ぜしめたものである。
(被告の主張)
争う。原告の主張する義務を根拠づける規定は存在しない。



争点⑨(原告の損害)について
(原告の主張)

原告は,本件車止め等により通行が制限された結果,自宅を出て老人ホームへの入居を余儀なくされたものであり,これに伴う費用は次のとおり4096万0117円である。

入居一時金

750万円

入居期間(平成18年3月~平成29年4月まで)の各月費用合計3346万0117円
合イ計
4096万0117円

よって,原告は,被告に対し,4096万0117円及びこれに対する平成29年6月6日付け訴えの変更申立書送達日の翌日である同月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
本件車止めの設置と老人ホーム入居費用との間に相当因果関係があることは否認し,その余は不知ないし争う。



争点⑩(消滅時効の成否)について

(被告の主張)

国賠法1条1項にかかる損害賠償請求権について,原告が老人ホームへ入居した平成15年3月から既に3年が経過しており,国賠法4条又は民法724条による消滅時効が成立する。また,安全配慮義務違反に係る損
害賠償請求権についても,平成15年3月から既に10年が経過しているから,民法167条1項による消滅時効が成立する。被告はこの消滅時効を援用する。

原告の権利濫用の主張は争う。

(原告の主張)


消滅時効の成立は争う。
なお,原告が老人ホームに入所したのは,平成16年1月9日である。

本件車止めは,現在は撤去されているものの,国際的な軍事的緊張の高まりによっては,いつ再設置されるかわからない状態にあり,そのため,原告は,入居する老人ホームから自宅に戻ることができない状態にある。
現時点においても,このような状態が継続している以上,原告の損害賠償請求権が消滅時効により消滅することはない。
第5
1
当裁判所の判断
判断の基礎となる事実
前記前提事実及び掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。⑴

居住に至る経緯(昭和2年頃~昭和18年)
原告の養祖父Cは,不動産業等で財を成した商人であったが,大正12年9月1日の関東大震災で横浜市内の自宅を焼失したことをきっかけに高台に移転することにし,昭和2年ないし3年頃,かねて農地として所有していた横浜市中区塚越94番の原告土地上に原告宅及び賃貸用建物5棟を建築し,
家族とともに同所に転居した。
Cは昭和17年7月13日に死亡し,子であるDが家督を相続した。原告は,翌年である昭和18年3月26日,Dの子であるBと婚姻するとともにD及びその妻Eと養子縁組をし,原告宅に居住するようになった。(甲1の1~1の17,5,12)

⑵根岸住宅地区の接収(昭和22年)
現在の根岸住宅地区は昭和22年10月16日に接収されたが,原告土地建物を含む非提供地域は接収を免れたため,原告と家族は引き続き原告土地建物に居住し,賃貸用建物の賃貸を続けた。


根岸住宅地区の提供(昭和27年)
日本国政府は,昭和27年7月26日,合衆国軍に対し,無期限使用を前提として根岸住宅地区を提供した(乙3の1)。



周辺住民の通行許可(昭和28年2月)
横浜市は,昭和28年1月31日及び同年2月4日,周辺住民の陳情を受
けて合衆国軍の横浜地区憲兵隊司令部に対し,根岸住宅地区の無期限提供により従前の村落や道路が分断され,周辺住民の通行が著しく不便となり,その状態が続くことが確実となったことから,周辺住民が根岸住宅地区を通行して同地区の反対側と往来できるようにしてほしいと申し入れた。同司令部は,昭和28年2月20日頃,保安上の必要があると認めた場合
には何らの予告なく交通を遮断することができるとの留保を付した上で,同地区内を日本人が通行することを許可した(乙9の1)。⑸
緊急車両,商用車両の通行許可(昭和31年頃)
昭和31年頃,横浜市の救急車両や消防車が根岸住宅地区に立ち入ることが認められた。また,非提供地域の住民の自家用車のほか,同地区に頻繁に出入りする商人の車やタクシーに限って通行パスが発行された
(乙9の2)




通行パスの廃止(昭和32年頃)
昭和32年頃,根岸住宅地区の通行につき,従前必要とされた通行パスが廃止された(乙7の5,9の2)。



周辺の通行状況及び非提供地域の状況(昭和44年頃)
昭和44年4月,根岸住宅地区にはゲートがなく,周囲を囲む金網もなかったため,合衆国軍の使用区域と気づかずに根岸住宅地区内に車を乗り入れ
て警備員に発見され,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法2条(施設又は区域を侵す罪)違反で始末書を取られる者が多数発生しているとの新聞報道がされた
(乙9の3)

当時,非提供地域には原告を含め10世帯40人が居住し,電気と水道を
根岸住宅地区から引いて使用しており,原告の週刊誌記者に対する説明によれば,
当時,
原告宅の水道や電気は根岸住宅地区から無償で提供されていた。
同年には非提供地域の住民のため,横浜市のごみ回収車やくみ取り車が同地区に入ることが認められた(乙9の2)。


下水道施設の提供,土地の順次返還等(昭和44年以降)
横浜市は,昭和53年5月12日,合衆国軍代表者との間で,非提供地域の住民のため,根岸住宅地区における軍施設のうち,汚水排水路延長,雨水排水路延長を含む32.52㎡の土地を共同使用する協定を締結した(乙5)。

日米合同委員会は,その後も根岸住宅地区につき,道路拡幅(354.16㎡)や子どもの遊び場(336.60㎡)等の目的で土地を順次返還し,昭和57年3月31日には旧根岸競馬場地区の一部(5万0342.06㎡)を返還したほか,周辺地区の下水道整備等のため根岸住宅地区内の道路の共同使用を合意するなどした(甲2)。


周辺の通行状況(平成8年頃)
平成8年頃には,根岸住宅地区を通行する際にはゲートの検問がなく,周
辺住民は犬の散歩のため同地区内に通っており,自動車で入るには手続が必要であるものの,タクシーに乗っていれば問題はないとされていた(乙7の5)。

警備体制の厳格化(平成10年8月)
合衆国軍は,平成10年,家族用住宅施設を含む全ての軍施設において1
00%のIDチェックを含む相応の警備体制を徹底するようにとの通達を発出した。これに伴い,同年8月頃から,根岸住宅地区でも,従前周辺住民が同地区内の2本の幹線道路を自由に通行することを認めていたのを改め,通行にはゲートでの通行パスの提示が必要とされた。また,同地区では従前から夏には同地区を解放し,周辺住民を招いて夏祭りをしていたが,これも延
期とされた。このような警備体制の厳格化については,アメリカ合衆国のスーダン並びにアフガニスタンへの一連の軍事行動に関連するものと説明されていた(乙1の2,9の4)。

ゲートの閉鎖(平成11年9月)
合衆国軍の海軍横須賀基地司令官は,平成11年9月,根岸住宅住民の皆様へと題する書面(甲5添付資料B4)により,同月13日から根岸住宅地区のゲートを調整し,当時使用していた7つのゲート(ゲート1,2,3,5,6,コミュニティーセンターの表門及び裏門)のうち4つ(ゲート2,5,6,コミュニティーセンターの裏門)を閉鎖し,1つ(ゲート1)
は通行時間を制限し,24時間通行可能なゲートは住宅地区への1つ(ゲート3)及びコミュニティーセンターの表門のみとなることを発表した。⑿
原告の胆石発作等(平成12年頃)
原告は平成11年の妻の死亡以降原告宅で独居していたが,平成12年頃から胆石症発作を起こすようになり,家政婦やヘルパーの援助を得て生活していた(甲21,証人A)。


本件車止めの設置(平成12年頃)
平成12年頃,合衆国軍は,本件車止めを設置した。同車止めは,車道上に4か所の穴を開け,そこに逆U字形の鉄パイプ2基を差し込む形状のものであるが,その後撤去された。
本件車止めが設置された車道と両側の歩道部分との間には大きな段差はなく,
歩道部分の横の芝生が植栽された部分も比較的広くなっている
(甲26)



原告が救急車を呼んだこと(平成15年初頭)
原告は,自らヘルパーや植木屋,塗装業者の通行申請書を作成するなどして独居を続けていたが,平成15年初め頃,急性胆石症の発作に襲われ,119番通報をした。救急車は,根岸住宅地区のゲートで憲兵隊に誰何されたが通行許可を受けて住宅地区内に入り,原告宅進入路の本件車止めの前で停
車し,救急隊員が同所から徒歩で100mほど離れた原告宅へ行き,担架に原告を乗せて救急車まで運び,病院に搬送した(甲5添付資料C2①~③,証人A)。

老人ホームへの入所(平成15年3月頃)
原告は,上記救急搬送の後である平成15年3月頃,横須賀市内の老人ホ
ームに入所し,平成16年1月9日,原告宅から徒歩15分程度離れた根岸住宅地区近隣の私立老人ホームに転所した(甲19~21,証人A)。⒃
根岸住宅地区の返還合意(平成16年10月)
日米合同委員会は,平成16年10月18日,池子住宅地区及び海軍補助
施設の横浜市域での住宅及びその支援施設の建設が完了した時点で根岸住宅地区をわが国に返還することを合意した。⒄

非提供地域のための通行制限の緩和等(平成17年8月頃)
合衆国軍担当者及び南関東防衛局担当者は,非提供地域の住民から通行制限緩和等についての要望が出されたことを踏まえ,平成17年8月頃,①宅配業者やタクシーについては業者の事前登録により根岸住宅地区外から非提供地域への通行を認めることとし,住民の要望のある業者に対しては被告か
ら登録を依頼すること,②救急車等の緊急車両(介護用車両を含む)については事前登録がなくとも緊急車両から合衆国軍への連絡により円滑に通行できるようにすること,③入門ゲートを警備する憲兵隊に対し,最善のサービスを提供するための教育を継続すること,④非提供地域の住民に対し,従前の免許保有家族数分及び1台分の自家用車に加え,さらに1台分多く駐車許
可証を発行すること,⑤宅配便の受け取りに際し,ゲートの近くで受け取った場合は通行パスの提示なしで地区内に戻れるようにすること,⑥通行パスを持っていない者の地区内への出入りにつき,従前は1人につき6人までエスコートが可能で,事前申請があれば何人でも通行が可能であったところ,これに加えてゲートで身分証明書を提示することにより一日パスの発行がで
きるようにすること,⑦非提供地域住民以外に発行していなかった通行パスをその親族にも発行し,親族以外でも頻繁に立ち入る者にも発行する方向で検討するほか,光ファイバーの導入を検討し,下水道に未接続の住民に対し接続を認め,樹木の伐採,伐採した倒木や落ち葉の処理並びに合衆国軍が原告宅進入路の整備を行う等の対応を決めた。

同年11月頃には,上記の決定に従い,宅配業者及びタクシー業者等への説明がされ,複数のタクシー業者が通行パスを申請し,憲兵隊への連絡のみで緊急車両のゲート通行が可能になり,樹木の伐採,伐採した倒木や落ち葉の処理並びに原告宅進入路の整備等がされた(乙1の2,11,13~15)⒅
合衆国軍軍人等の退去及びゲートの閉鎖(平成26年~平成28年)合衆国軍は,平成26年8月25日,根岸住宅地区につき当時通行可能であった4か所のゲートのうち2か所を閉鎖し,平成27年12月には同地区内の合衆国軍人やその家族等が全員退去し,平成28年7月には原告宅から650mほど離れた根岸住宅地区南側の1か所
(ゲート3。
自動車通行可能)
以外のゲートを全て閉鎖した(乙21)。

原告の現況
原告は,平成16年1月に現在の老人ホームに入所した後も,100歳となった平成27年頃まで,晴れた日はほぼ毎日上記老人ホームから自宅へ徒歩で通い,植木や草花の手入れをしていた(証人A)。


返還準備作業の開始
日米合同委員会は,根岸住宅地区の早期の引渡しに向けて原状回復作業を
速やかに実施するため,共同使用につき日米で協議を開始することを合意した。
2
争点①(通行制限の態様)について
前記1に認定した事実によれば,合衆国軍は,昭和27年に根岸住宅地区が
提供された直後は外部と地区内との出入りを厳しく制限していたことがうかがわれるところ,提供後間もなく陳情に応じて周辺住民が同地区内を通行することを認め,その後は原告を含む非提供地域住民のために緊急車両や商用車両の立入りを認め,昭和32年には通行パスを廃止するに至ったこと,昭和44年頃にはゲート自体がなく,気付かずに同地区に立ち入る車両が頻出するような
状態であり,原告を含む非提供地域住民のためにごみ回収車やくみ取り車が地区内に立ち入ることも認められたこと,このような状態はその後も続き,平成8年には周辺住民が犬の散歩のために同地区内を通行し,外部からタクシーで同地区内に入る際も手続は不要であったこと,
ところが,
平成10年8月以降,
合衆国軍の警備体制が厳格化し,地区内に立ち入る全員にゲートでの通行パス
提示が求められるようになり,平成11年9月には当時存在していた7か所のゲートのうち4か所が閉鎖され,1か所は時間制限が付され,24時間通行可能なゲートは2か所のみとなったこと,その後,非提供地域の住民の要望に応じて,宅配業者やタクシーの通行,緊急車両の通行等につき制限が緩和されたことが認められる。
なお,証人Aは,合衆国軍への提供当初,根岸住宅地区には19か所のゲートがあったが昭和40年代以降に順次閉鎖され,通行可能なゲートは5か所と
なった旨を述べるが(甲5,証人A),昭和44年にはゲートが存在しないとの報道もあること(前記⑺),平成11年9月には通行可能なゲートが7か所であったと(前記⑾)に照らすと上記の供述を直ちに採用することはできず,他にこの点を明らかにする証拠はないから,結局,前記1に認定した以外のゲート閉鎖の時期や態様は必ずしも明らかではないと言わざるを得ない。
3
争点②(民特法2条,国賠法2条1項に基づく損害賠償請求の可否)について


合衆国軍による根岸住宅地区の使用及び被告による供用が原告に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについては,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為のもつ公共性
ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮してこれらを総合的に考察し,上記侵害行為によって,原告に損害が生じていたとしても,それが社会生活上受忍すべき限度を超えるものと認められない場合には,原告は,被告に対
して損害賠償を求め得ないものと解される(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁,最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決・民集47巻2号643頁)。

これを本件についてみるに,原告は,昭和22年10月16日に根岸住宅地区が接収される以前から原告土地建物に居住し,その後相続によりその所有権を取得することとなったものであるが,昭和27年7月26日,根岸住宅地区が合衆国軍に提供された当初は,外部から同地区内に進入するに際しては,原告などの居住者のみならず,タクシー等の商用車を呼ぶ場合であっても,
ゲートで通行パスを提示することが求められるなどの制限が加えられ,その後,制限が緩和された時期があったものの,平成10年8月から原告が平成15年に老人ホームに入所するまでの間は,上記のゲート通行の際の通行パスの提示を求められたほか,複数のゲートが順次閉鎖され,平成28年には通行可能なゲートは原告宅から650mほど離れた1か所のみとなるなど,
日常生活上,
一定の制約を受けてきたことは否定できないところである。
他方,上記の通行制限は,原告や非提供地域の住民だけではなく根岸住宅
地区の合衆国軍住宅地域に居住する軍人等の家族にも同様に適用されているものである上,通行制限は,根岸住宅地区が合衆国軍に提供された昭和27年以降一貫して行われていたものではなく,合衆国軍は,根岸住宅地区が同軍に提供されてまもなく陳情を受けて周辺住民の通行を許可し,緊急車両や商用車の通行を認め,その後は通行パス自体を廃止し,時期によってはゲー
トもなくすなど,順次通行制限を緩和してきたものである。そして,平成10年8月にはアメリカ合衆国の軍事行動に伴い警備体制が厳格化され,再度ゲートでの通行パスの提示を求めるようになったが,その後には非提供地域の住民の要望を受けて,緊急車両や商用車につき事前連絡や登録により外部からの通行を認め,住民以外の者に対しても通行パスを発行するなど通行を
容易にするための措置を執ったことが認められるほか,合衆国軍は,上記の通行制限の緩和以外にも,原告や非提供地域の住民に対し,根岸住宅地区の電気や上水道を無償提供し,下水道の接続を認め,光ファイバーの導入を検討し,原告宅進入道路の整備等を行うなどし,それにより原告も一定の利益を享受してきたことが認められる。

さらに,日米安保条約6条は,日本国の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため,合衆国軍は,その陸軍,空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許されると定め,これを受けて,日米地位協定2条は,合衆国軍が日本国内の施設及び区域の使用を許されることを定めている。根岸住宅地区は,これらの規定に基づき合衆国軍に提供され,使用されている施設であり,高い公共性を有するものということができる。そして,同地区は合衆国軍の基地機能を有するもので
はないものの,その軍人及びその家族等が居住する場所であり,テロや襲撃等の危険を避けるため,同地区内に立ち入る者について身分や氏名等の情報を確認し,またその実を上げるために立入りの際に通過する場所を指定する必要があり,ゲートの設置や通行パスの提示等の通行制限はこれらの必要に基づき実施されているものと認められる。



上記のとおり,原告は,根岸住宅地区外への通行に当たり,一定の制約を受けてはいるものの,通行自体はできていたものであり(なお,原告は,湾岸戦争の際には原告宅に戻ることができなかったなどと主張するが,上記事実を認めるに足りる証拠はない。),通行制限の具体的内容は,外部から根
岸住宅地区内に入る際にゲートで通行パスの提示を求められることのほか,通行できるゲートが限られたり,従前通行できたゲートが閉鎖されることがあり,また,現在通行可能なゲートは1か所のみで,根岸住宅地区外から通行パスを持たない第三者を呼ぶときは通行パスを持つ者がゲートまで迎えに行く必要があるというものであるが,通行手段自体についての制限はなく,
同地区に居住する合衆国軍人等も同様の通行制限を課されている。そして,原告土地建物から上記のゲートまではおよそ650mあるものの,必ずしも遠距離であるとまではいえない。
以上に加え,根岸住宅地区はわが国とアメリカ合衆国の安全保障条約に基づき合衆国軍に提供された施設であって,その性格に照らし,テロや襲撃の
ために一定の通行制限をすることはやむを得ないものといえることなどを総合的に考察すると,原告の受けている通行制限は,社会生活上受忍限度を超えるとまではいえないものであり,合衆国軍及び被告による根岸住宅地区の使用及び提供が原告に対する関係で違法な権利侵害ないし法益侵害に当たるとは認められない。
原告は,原告土地が根岸住宅地区に取り囲まれた袋地状の土地であり陸の孤島であった旨を主張するが,原告土地建物に対する通行制限の態様は前記のとおりであり,仮に原告土地をいわゆる囲繞地と捉えたとしても,囲繞地所有者において周囲の土地に対する通行部分を任意に選択することが許されるものではないし,そもそも進駐軍によって根岸住宅地区が接収されるより以前の段階における原告土地の接道の状況も明らかではなく,また,原
告ないしその前主である亡Dが,進駐軍の接収ないし日本国政府による合衆国軍への同地区提供に際し,非提供地域から根岸住宅地区を通って外部に出るための何らかの通行権を設定されたなどの事実もうかがわれないことからすると,原告土地へ出入りすることが一定程度制約されていたとしても,そのことをもって,通行制限が違法であるとはいえない。

さらに,原告は,本件車止めが設置されたため,平成15年に急性胆石症の発作に襲われた際,
迅速な救急搬送を受けられなかったと主張するところ,
本件車止めは,その後撤去され,以降,再度設置されたような事情もなく,本件車止めの先(原告宅進入道路)には合衆国軍の鉄塔及びその管理事務所があり(前提事実2),合衆国軍の車両も同道路を通行する必要があること
に照らすと本件車止めが固定式であったとは認められない。そして,車止めが設置された車道と歩道との段差もさほどなく,歩道脇の芝生の植え込みも比較的広いことからすると,本件車止めの周囲から車両が進入することも可能であったとも考えられる。また,合衆国軍の管理する地域内であるため,運転手において車止めの周囲から車両を進入させることに心理的抵抗を感じ
た結果として,原告が急性胆石症を発症した際,救急車が原告宅の前まで乗り入れられず,原告が担架で運ばれたことがあったとしても,その距離は100m程度にとどまるのであり,そのことをもって,合衆国軍あるいは被告の措置に違法な点があったと認めることはできない。
なお,原告は,新規賃借人等の通行が許されないため自宅やマンションの建築を断念した旨を主張するが,原告がこれを合衆国軍ないし南関東防衛局に申請したこと及び合衆国軍ないし南関東防衛局がこれを拒否した事実を認
めるに足りる証拠はない。


以上によれば,原告の受けた通行制限が違法な権利侵害ないし法益侵害であるとはいえないから,民特法2条,国賠法2条1項についての原告の主張は理由がない。

4
争点③
(民特法1条,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否)
について
原告は,合衆国軍又は被告担当者が,原告の公道通行の自由を妨げないように根岸住宅地区の運用をすべき職務上の法的義務を負っていたのにこれを怠ったと主張するので検討する。
民特法1条,国賠法1条1項は,国の公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の損害賠償について定めるところ,原告の受けた通
行制限が違法な権利侵害ないし法益侵害であるとはいえないことは前記3のとおりであるから,その余について検討するまでもなく,民特法1条,国賠法1条1項にかかる原告の主張は理由がない。
5
争点④(損失補償請求の可否)について
原告は,原告に対する通行制限が根岸住宅地区の形態及び構造並びに供用に起因して原告が被った特別の損害に該当するから,憲法29条3項により損失補償の対象とされるべきであると主張するので検討する。
ある者が被った財産上の犠牲が,一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え,特別の犠牲を課したものである場合には,憲法29条3項を根
拠にしてその補償請求をする余地がないではない(最高裁平成22年2月23日第三小法廷判決・集民233号55頁)。しかし,本件における通行制限の態様は前記2のとおりであって,原告は原告土地建物の所有権を剥奪されたものではなく,根岸住宅地区が接収ないし提供されるより以前に原告土地に車両の通行を可能とする接道があったなどの事実は認められず,また,通行制限による不便のため原告が希望するような賃貸等の土地活用ができないとしても,接続通路が狭あいであるなど周囲の土地と
の位置関係のため所有地の活用が十分にできない例は根岸住宅地区外でも同様に存在するところである。
そして,
本件通行制限により原告が受けた不利益が,
その態様及び程度,必要性,継続状況,緩和措置の内容等に照らし,社会生活上受忍限度を超えるとまではいえないことは前記3のとおりである。これらの事情によれば,原告の主張する通行制限が,一般的に当然受忍すべきものとさ
れる制限の範囲を超え,特別の犠牲に当たるとまではいえないものである。以上によれば,原告の憲法29条3項に基づく損失補償請求も認めることはできない。
6
争点⑦(民特法1条,国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否)について原告は,横浜防衛施設局長は,原告を含む非提供地域の住民が救急搬送を妨げられることのないよう日米合同委員会の日本国政府代表者に申し入れるべき職務上の法的義務があるのにこれを怠った結果,原告の生命身体の安全に危険を生ぜしめた旨主張するので検討する。
本件車止めによる通行制限の態様は前記1⒀のとおりであり,前記3⑷のと
おり,本件車止めにより原告の救急搬送が不能となったものではなく,担架で搬送された距離は原告宅から本件車止めまでの約100mであったこと,本件車止めは平成12年頃に設置されたがその後撤去されており,以降再設置されたような事情は認められないこと,原告ないし他の非提供地域住民が,原告の救急搬送前に,合衆国軍ないし被告に対し,原告を含む非提供地域の住民が救
急搬送を妨げられることのないよう対応することを申し入れたような事情はうかがわれないことに加え,本件車止めは根岸住宅地区の合衆国軍住宅地域内の幹線道路と原告宅進入路との分岐点に設置されたもので,当該道路は合衆国軍が日本政府から提供を受けて自ら使用管理する土地であるところ,一般に,囲繞地の周囲の土地所有者において,当該囲繞地のために消防車や救急車等の緊急車両の通行が可能となるよう土地利用を配慮すべき法的な義務があるとまでは認められないことや,本件車止めは固定式ではなく,緊急の場合には取り外
せた可能性もあることなどをも踏まえると,横浜防衛施設局長が,原告を含む非提供地域の住民が救急搬送を妨げられることのないよう日米合同委員会の日本国政府代表者に申し入れるべき具体的な義務を負っていたと認めることは困難である。
以上によれば,横浜防衛施設局長につき原告の主張する職務上の法的義務違
反を認めることはできないから,その余について検討するまでもなく,この点についての原告の主張は理由がない。
7
争点⑧(安全配慮義務違反の有無)について
原告は,被告及び横浜防衛施設局長は,根岸住宅地区の合衆国軍への提供及び日米地位協定に基づき原告と特別な社会的接触関係に入ったものとして,信
義則上原告の生命身体の安全に配慮すべき義務を負うところ,これを怠った旨主張するが,横浜防衛施設局長が,原告を含む非提供地域の住民が救急搬送を妨げられることのないよう日米合同委員会の日本国政府代表者に申し入れるべき具体的な義務を負っていたと認めることが困難であることは前記6に説示したとおりであり,他に原告の主張する安全配慮義務を基礎づける事実は認めら
れない。したがって,その余について検討するまでもなく,この点についての原告の主張は理由がない。
8結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求には理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第2民事部裁判長裁判官

髙宮健森脇江谷矢二
裁判官

津子
裁判官

別紙


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