判例検索β > 平成30年(う)第561号
住居侵入、殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件番号平成30(う)561
事件名住居侵入,殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判年月日令和元年5月20日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-05-20
情報公開日2019-06-25 03:32:38
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令和元年5月20日宣告

大阪高等裁判所第6刑事部判決
住居侵入,殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違

反被告事件
主文
本件各控訴をいずれも棄却する
理由
検察官の控訴の趣意は,検察官海津祐司提出(検察官畝本毅作成名義)の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,主任弁護人髙山巌及び弁護人久保田共偉連名作成の答弁書並びに被告人作成の答弁書及び答弁書2と題する書面に各記載のとおりである。
被告人の控訴の趣意は,主任弁護人髙山巌作成の控訴趣意書及び被告人作成の控訴趣意書に各記載のとおりである。
検察官の論旨は,事実誤認であり,被告人の論旨は,事実誤認及び量刑不当である(なお,被告人は,被告人作成の控訴趣意書において,訴訟手続の法令違反,すなわち,原審において,公判前整理手続が適正に行われておらず,被告人の意思に反した手続進行がされた旨主張するが,それ以上に具体的な主張はなく,記録を調査しても,原審の訴訟手続に法令違反は認められないから,これ以上検討しない。)。
そこで,記録を調査して検討する。
第1
1
本件事案及び原判決の概要並びに本件各控訴の趣意について
本件は,被告人が,家人が寝静まっている未明の時間帯に,被告人とは全く
無関係と思われる民家に侵入し,準備した短刀で次々と家人を突き刺すなどして,家人1名を殺害したが,3名に対しては傷害を負わせたにとどまったという,住居侵入,殺人,殺人未遂等の事案である。
原審においては,被告人は,殺人の犯人性や殺人未遂の殺意について否認したが,中心的な争点は,被告人の責任能力の有無であった。

原判決は,本件は全て被告人による犯行であり,被害者全員に対する殺意も認められると認定し,これを前提に,本件各犯行当時,被告人は妄想型統合失調症のため心神耗弱の状態にあったと認定し,検察官が死刑を求刑したのに対し,被告人を懲役30年に処した。
2
原判決に対し,被告人及び検察官が共に控訴したが,その控訴の趣意を整理
すると,以下のとおりとなる。
検察官の控訴の趣意は事実誤認であり,具体的には,原判決が,被告人の本件各犯行当時の責任能力を心神耗弱と認定したことに対し,原審で取り調べられた関係各証拠を適切に評価し,総合的に判断すれば,被告人が完全責任能力であったことが優に認められるとし,そして,被告人の完全責任能力を前提にすれば,被告人に対しては死刑を選択すべきであることは明らかであるから,原判決には,判決に影響を及ぼす事実誤認があると主張する。
これに対し,弁護人の控訴の趣意も事実誤認であり,具体的には,被告人が犯人であり,殺意があったと認定した原判決には事実誤認があり,また,被告人の本件各犯行当時の責任能力は心神喪失の状態にあったと考えられるのに,心神耗弱と認定した原判決には事実誤認があると主張する。さらに,被告人は,被告人を懲役30年に処した原判決の量刑は重過ぎで,また,算入されている未決勾留日数が240日というのは少な過ぎで,原判決の量刑は不当であると主張する。以下においては,分かり易さを考慮に入れ,弁護人の,被告人の犯人性等についての論旨から検討し,次に本件の中心的争点である,被告人の責任能力についての検察官及び弁護人双方の各論旨について検討し,その後に被告人の量刑不当の論旨について検討する。
第2
1
事実誤認の論旨について
原判決の認定した事実

原判決が認定した犯罪事実の要旨は,次のとおりである。
すなわち,被告人は,⑴

大阪府門真市内のAら家族の住む一戸建ての民家(以

下本件家屋という。)に侵入し,本件家屋の住人を殺害しようと考え,平成28年10月19日午前3時30分頃から同日午前4時10分頃までの間に,本件家屋1階南側腰高窓の施錠を外すなどして本件家屋内に侵入し,同日午前4時10分頃までの間に,いずれも殺意をもって,①当時A及びその長男Bの寝室となっていた本件家屋2階東側洋室(以下東側洋室という。)において,A(当時43歳)に対し,その胸部,背部等を持っていた短刀(刃渡り約30.7㎝。以下本件短刀という。)で約30回にわたって突き刺すなどし,よって,同日午前4時20分前後頃,その場において,Aを上記各部位等の刺創・刺切創に基づく失血により死亡させて殺害した(原判示第1の1),②前記の犯行に引き続き,異変に気付いて本件家屋2階の別の部屋から2階廊下に出て来たAの長女C(当時19歳)に対し,その頭部,顔面付近に向けて本件短刀を1回振り下ろしたが,Cが両腕を顔面の前に上げて防御して抵抗するなどしたため,Cの左前腕部を切り付けて通院加療14日間の左前腕部切創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった(原判示第1の2⑴),③前記の犯行に引き続き,同じく異変に気付いて本件家屋2階の別の部屋から2階廊下に出て来たものの,近付いて来る被告人を見て恐怖の余りその場にしゃがみ込んだAの二女D(当時17歳)に対し,その頭部,後頸部等を本件短刀で十数回にわたって突き刺すなどしたが,Dが両手で頭部を守ったり足で被告人の足を蹴ったりして抵抗し,隙をついて東側洋室に逃げ込んだため,Dに全治約6か月間の後頭部切創,前頭部刺創・切創,後頸部刺創,左前腕切創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった(原判示第1の2⑵),④前記の犯行に引き続き,東側洋室でAの隣で就寝していたところにCやDの助けを求める声で異変に気付き,仰向けの状態から起き上がろうとしたB(当時15歳)に対し,その胸部付近に向けて本件短刀を1回振り下ろしたが,Bが自分の右側に左肩をひねって防御した上で,右手で本件短刀の刃をつかんで抵抗するなどしたため,Bの左上腕部を突き刺して貫通させるなどして入通院加療約4か月の左上腕刺創,左上腕深動脈損傷,左橈側皮静脈損傷,右母指切創・屈筋腱断裂等の傷害を負
わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった(原判示第1の2⑶),⑵
同日午

前3時30分頃から同日午前4時10分頃までの間,本件家屋において,正当な理由なく,①和歌山県教育委員会の登録を受けた刀剣類である本件短刀1振を携帯した(原判示第2の1),②柳刃包丁1本(刃体の長さ約22.1㎝。以下本件柳刃包丁という。)及びなた1本(刃体の長さ約18.7㎝。以下本件なたという。)を携帯した(原判示第2の2),なお,被告人は,前記の各犯行当時,妄想型統合失調症のため,心神耗弱の状態にあった,というものである。2
弁護人の被告人の犯人性等についての事実誤認の論旨について
被告人の犯人性について

原判決は,前提事実として,本件犯行状況を認定する中で,①Cら3名に対し,攻撃を加えた犯人が被告人であることは,Cらの原審公判供述から自ずと明らかである,②その直前にAに対して攻撃が加えた犯人が被告人であることも,Cが最初に被告人を見た時の被告人とAとの位置関係や被告人の動作,さらには被告人がCらに対する攻撃に用いた本件短刀にAの血液が付着していたことやCらが被告人以外の人物を見ていないことなどから明らかである,③住居侵入に関しても,窓ガラスを焼き破る方法をウェブサイトで閲覧していた被告人が焼き破りに用いることのできるガスバーナーや瞬間冷却剤を持って本件家屋に行き,本件家屋内で現行犯逮捕された際に,1階南側腰高窓の破断面と一致するガラス片をズボンのポケット内に持っていたことなどから,被告人が腰高窓の窓ガラスを焼き破る方法により本件家屋内に侵入したことは明らかであるとして,犯人は被告人であると認定した旨説明している。
この認定は,前記の説示するところを含めて正当であり,何ら誤りはない。被告人は,原審において,本件犯行は,当時現場にいた3人の男によるものであると供述し,これに沿って,弁護人の所論も,犯行当時,被告人とは別の者が現場にいた可能性を排斥できず,被告人以外の姿を見ていないという供述を重視してAを殺害した犯人が被告人であるというのは論理則,経験則に反するなどと主張
するが,記録を精査しても,被告人以外の第三者が本件犯行を実行した,あるいは実行に関与した形跡は全くうかがわれず,採用できない。
殺意について
また,原判決は,同じく,本件犯行状況の認定の中で,Aら4名に対する殺意を認定している。すなわち,Aの司法解剖を担当するなどした甲医師やCら3名の原審公判供述をはじめとする関係証拠に照らすと,犯人が使用した凶器が殺傷能力の非常に高い本件短刀であって,Aに対しては,本件短刀で,胸部等の身体の枢要部4か所に対し,肺を貫通させたり肺内に達したりするほどの強い力で突き刺すなどしたのをはじめ,多数回にわたって突き刺すなどした上に,その後のCら3名に対する攻撃もそのようなAに対する攻撃に続く一連のものであって,いずれも,本件短刀で,身体の枢要部を狙って攻撃を加え,とりわけ,D及びBに対しては一歩間違えば死亡していたほどの重篤な傷害を負わせていることなどからすると,犯人がAら4名に対し,強固な殺意をもって攻撃を加えたことは明らかであるとして,殺意を認定した旨説明している。
この認定も,説示するところを含めて正当であって誤りはなく,当裁判所においても是認できる。
所論は,①犯人がどのような体勢でAに刺突を繰り返したのかは不明であり,犯人がAのどこをどのように刺突しているのかをどの程度認識していたのかも不明である,また,枢要部を意識して狙っていたかどうかも不明であり,多数回の刺突があることは,やみくもに本件短刀(弁護人の控訴趣意書に包丁とあるのは誤記と認める。)を突き出していた可能性があるから,Aの創傷のみから,殺意を推察することはできない,②その後のCら3名に対する行為については,家の中で遭遇したことで,とっさに攻撃したものであり,CとBのけがは腕に対するものにとどまっていることからすると,最初の攻撃に殺意が認められることを根拠にして,全ての攻撃について一律に殺意を認定することには合理的な疑いが残ると主張する。Aの殺害現場となった東側洋室は,犯行当時,照明が点けられておらず,相当,
暗かったと認められるところ,創傷の部位や刺突方向,刺突傷の深さ等に照らし,被告人は,Aの体にまたがるなどして,その上半身から下半身まで,所構わず,布団の上からも,殺傷能力の高い本件短刀で力任せに複数回突き刺していると認められる。暗い中,被告人が,身体の枢要部に対する刺突を意図的に避けて攻撃したことをうかがわせる事情なども全く見当たらないから,Aに対する殺意があったことは明らかである。次に,Cらに対する行為については,異変に気付いたCが階段の電気を点けた状態で,廊下にいるC,Dの順に近付き,両腕を上げて頭部を防御するC,Dの頭部付近を目掛けて本件短刀を振り下ろすなどして切り付け,さらに,東側洋室で寝ていたBに近付き,起き上がろうとするBの胸部付近を目掛けて本件短刀を突き出すなどしたことが認められるから,Cらに対する殺意があったことも明らかである。このような犯行態様等に照らし,原判決が,犯人である被告人にAら4名に対する強固な殺意があったと認定したことに誤りはない。被告人の犯人性や殺意に関する弁護人の事実誤認の論旨は,理由がない。3
被告人の責任能力についての事実誤認の論旨について



原判決の概要


本件各犯行当時及びその前後の被告人の状況

本件各犯行当時及びその前後の被告人の状況は,原判決が前提事実として認定したとおりであり,その要点は,次のようなものである。
平成26年12月27日,被告人の母親(以下,単に母親という。)が被告人を精神科病院に連れて行ったところ,被告人は,病名を統合失調症,病状を幻覚妄想状態と診断されて即日医療保護入院となった。その後,薬物療法によって幻覚妄想状態が軽減し,約3か月後の平成27年3月27日頃に退院した。被告人は,退院後も服薬を続け,2週間ごとに通院するなどして,しばらくは症状が落ち着いていたものの,平成28年(以下,平成28年の出来事については,年の記載を省略することがある。)2月29日頃から警戒心・猜疑心が強くなるなど病状悪化の兆候がみられ,3月28日を最後に通院しなくなった。

被告人は,3月18日,ホームセンターにおいて,本件なたを購入した。4月から定時制高校に入学し,6月には派遣のアルバイトをするなど,社会に適応した行動をとるようになった時期もあったものの,アルバイトは数日間で辞め,定時制高校にも7月14日を最後に通学しなくなった。8月7日には,一人でいる自分の部屋で,おいこら,お前なんやねんという叫び声を上げるなど,病状が本格的に悪化していき,その後も時折自室で独り言を言うようになった。8月から,ナイフや日本刀等を用いた殺害方法に関するウェブサイト等を閲覧し始め,8月5日には美術刀剣販売店に赴いて本件短刀を購入し,さらに,8月8日頃には音の出ない窓ガラスの割り方に関するウェブサイトや窓ガラスを焼き破る実験動画等を閲覧するなどした。9月末には,平成26年12月の入院前に繰り返したことと同様に,洗面所を水浸しにした上,10月の連休頃になると,自室でお前,誰やねん殺すぞなどと叫ぶ頻度が,ほぼ毎日のようになるなど,病状が非常に悪化した状態になっていた。
10月2日には,刃物による成人男性の致命傷箇所と題するウェブサイト等を閲覧し,本件犯行前日の10月18日には,本件家屋から少し離れた歩道上に自転車を止め,そのまま降車することなく,本件家屋が見える位置で約1時間9分にわたってとどまり続ける一方で,その間,スマートフォンを用いて間断なく雑多な内容のウェブサイトを閲覧していた。
被告人は,本件犯行当日の10月19日午前2時47分頃から午前3時7分頃まで雑多な内容のウェブサイトを閲覧するなどした上,それまでに用意しておいた,本件短刀,本件柳刃包丁,本件なた,窓ガラスの焼き破りに用いるガスバーナーや瞬間冷却剤,マイナスドライバー,小さなライト,ビニール手袋等をリュックサックに入れ,これらを持って本件家屋に徒歩で向かい,午前3時30分頃から午前4時10分頃までの間に,本件家屋1階南側腰高窓を焼き破ってその施錠を外して侵入した上,本件短刀を用いて,A,C,D及びBの順に,次々と攻撃を加え,Aを殺害し,Cら3名に重傷等を負わせる本件犯行に及んだ。

被告人は,Bに対する犯行に及んだ後,Bから四つん這󠄀いのようにされて制圧されると抵抗しなくなって,痛いと泣いているような声を出し,Cは,午前4時11分に110番通報した。午前4時16分頃,Bは,被告人が所持していた本件短刀を取り上げたものの,そのまま気を失い,本件短刀を手放して本件家屋2階廊下で倒れた。その後も,被告人は,しゃがみ込んだままじっとして,本件短刀を拾うことも動き出すこともなく,臨場した警察官からおまえがやったんやななどと尋ねられると,だまされた旨を述べ,午前4時20分,殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された。被告人は,午前4時50分頃からの警察官の弁解録取に対し,状況からして私が刺したことに間違いないと思います,ただ,はっきりと覚えていません,今は動揺しています,私はだまされ,弄ばれていたのですという趣旨のことを述べるなどした。逮捕から18日後の11月6日の警察官の取調べに対し,犯行現場近くで,面識のない少なくとも3名の人物と接触し,そのうちの1名に持って来たかばんを渡し,話をしながら移動していると,かばんを渡した男が本件家屋の玄関を開けていたので,深く考えずに中に入ったなどと述べ,この日以降,ほぼ同趣旨の供述をしている。

精神医学の専門家の意見
原審鑑定人乙医師の原審公判供述(以下乙鑑定という。)の要旨

乙鑑定は,本件犯行当時,被告人が妄想型統合失調症に罹患しており,その病状が平成28年夏から本格的に悪化し,10月の第2週の連休付近から非常に悪化した状態にあった点に着目した上で,逮捕直後の被告人の言動につき,結果の重大性から自分がしたこととは認められない気持ちになっていたと思われる一方で,被告人が自らの置かれている状況を理解していない様子であり,だまされた弄ばれたなどという発言は元からある迫害妄想に基づくものであって,何者かに影響されて行動していたと体験していた(あるいは仕向けられたと感じていた)可能性があるとした。その上で,本件犯行直前及び直後の状況を分析し,犯行動機については,無差別殺人が目的であった可能性を肯定も否定もするだけの根拠がなく,結
局,犯行動機は不明であるものの,本件犯行までに病状が非常に悪化し,本件犯行直後には現実を取り戻しつつも病気の影響を受けた言動もあることを踏まえると,その間に行われた本件犯行(道具を事前に準備して激しい攻撃行動)に駆り立てたものが何かということを説明するには,本件犯行前の2週間程度ほとんど誰とも接触しない中で,インターネット上の危険であったり反社会的であったりする知識等にかなりの影響を受け,病状の非常な悪化により攻撃性が著しく高まっていって本件犯行に及んだのではないかと説明せざるを得ず,その場合には,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響は大きかったと考えられる,というものである。起訴前鑑定を行った丙医師の原審公判供述(以下丙鑑定という。)の要旨
丙鑑定は,被告人の病状悪化の時期や程度については乙鑑定と同じ見解であるとする一方,逮捕直後の被告人の言動に着目し,犯行当時から意識が清明であり記憶も保たれているにもかかわらず,逮捕直後から犯行状況について黙秘して責任回避のために供述を避けるなど,利害の区別をつけた上で供述しているから,その少し前に行われた本件各犯行当時だけ妄想型統合失調症の影響により判断能力が著しく障害されていたとは考えられない,というものである。ただし,原審公判供述の最終場面においては,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響について,犯行動機が不明であるから分からないとした上で,今回の被害者が通常の心理であれば攻撃対象とならないとすると可能性は2つであって,病気の強い影響で被害者を排除しなければ自分が助かる道はないと思い込んで本件犯行に及んだか,無差別殺人であったのかのいずれかであって,どちらの可能性が高いともいえないとしている。ウ
原判決の判断
本件犯行直前の病状悪化と本件犯行直後の被告人の言動が示す本件各犯行当
時の精神状態について
a
被告人は,平成28年8月から妄想型統合失調症の症状が本格的に悪化し,
10月の連休頃から非常に悪化していき,毎日のように叫んでいたお前誰やねん
殺すぞなどといった言葉からは,病状の悪化とともに妄想上の第三者の存在に苦しめられ,攻撃性を増大させていた様子が認められる。
b
本件犯行直後の警察官からの問い掛けにだまされた旨を述べ,逮捕直後
にもだまされた弄ばれたなどと述べていることからも,妄想上の第三者の存在を前提としたものと考えることができ,なおかつその第三者からの指示があったことを前提としたものとも考えることが可能である。逮捕後の取調べにおいても脳波の送信ディープラーニング(記録上,ディープランニングと表記されている部分もあり,原判決もこれに従っているが,被告人の意図するところは,被告人が原審公判で供述しているように(原審第4回被告人供述調書20頁(218丁)等),ディープラーニングだと思われる。)といった理解できない言葉のほか,何者かの指示があったことを前提とする供述をしていることも併せ考えれば,被告人が妄想型統合失調症の非常な悪化により妄想上の第三者の指示に影響されて行動していた可能性があるなどとする乙鑑定は,病状の非常な悪化に伴い攻撃性を増大させていった本件犯行直前の被告人の精神状態や,本件犯行直後や逮捕直後の被告人の言動の両面から整合する合理的なものであって,犯行動機が分からない中での説明として十分成り立ち得るものである。
可能性として想定される犯行動機と妄想型統合失調症が本件犯行に与えた具体的な影響について
a
犯行動機について立証がされていない上に,被告人が被害者一家と何ら接点
がないことを踏まえると,両鑑定が指摘するとおり,想定される動機としては,殺人そのものが目的である無差別殺人か,妄想型統合失調症による妄想の影響によるものかのいずれかの可能性がある。
b
無差別殺人については,本件犯行直後以降のだまされたなどとの言動を
十分に説明できず,それを肯定できるだけの証拠もない。これに対し,妄想型統合失調症による妄想の影響により動機が形成されたと考えれば,乙鑑定が考察するとおり,全く無関係の被害者一家に対して本件犯行に及んだことのほか,本件犯行直前の病状の非常な悪化,さらには本件犯行直後以降の言動も含めて,整合的に説明することが可能である。
c
被告人がどのような妄想を体験していたかは,被告人が語っていないことか
ら具体的には明らかにすることはできないが,両鑑定の指摘を踏まえれば,本件家屋内の住人を妄想上の迫害者として排除しなければ自分は助かる道はないと思い込んだ可能性,あるいは妄想上の迫害者に本件犯行を指示された可能性等が考えられるが,いずれにしても病状の非常な悪化に伴う妄想の影響がなければ,面識のない被害者一家に対する本件犯行に及ばなかったといえ,乙鑑定が指摘するとおり,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響は大きいものであった可能性は否定できない。
計画性について
a
被告人は,本件犯行前日には,どの程度入念なものであったかはさておき,
本件家屋付近で下見とも考えられる行動をとっているほか,本件犯行当日には凶器となった本件短刀をはじめとする複数の凶器や侵入用具等の道具を持参して本件家屋に向かい,これらの道具を使って本件犯行に及ぶなどしていることから,遅くとも,本件犯行当日に近接する日までには,被告人が本件犯行を具体的に計画し,その計画に従って準備した上で実行したことは明らかである。
b
本件短刀の購入については,被告人は平成26年12月に入院する以前にも
自室に凶器を集めており,病状の悪化と凶器所持に関連性が認められるところ,本件短刀が殺傷能力の高いものであって,本件短刀購入の前後には日本刀等を用いた殺害方法に関するウェブサイトを閲覧していることからすると,病状が悪化してきたことで攻撃性も高まり,被告人が人を殺すことへの関心を高めていたとはいえる。しかし,他方で,妄想上の迫害者に対する防衛手段として購入したことも否定できないのであって,いずれにしても平成28年8月の段階で本件のような犯行を計画していたとまで断定できるだけの証拠はない。
c
焼き破りについては,本件短刀の購入と併せて考えると,家屋内に侵入して他者へ攻撃を加えることを想定していたのではないかとも考えられるが,焼き破りに必要な道具をいつ準備したのか証拠上分からないので,平成28年8月の段階で本件犯行のような犯行の準備として,そうしたウェブサイトを閲覧していたとまで断定することもできない。
d
平成28年8月の段階で,被告人が本件のような犯行を具体的に計画,準備
していたと認めるに足りる証拠がない以上,被告人が本件短刀を購入したり焼き破りに関するウェブサイトを閲覧したりしてから本件犯行までには約2か月の期間があり,その間,被告人の病状が悪化の一途をたどっていることを併せて考慮すれば,平成28年8月には,人を殺害することへの関心などから本件短刀を購入したりウェブサイトを閲覧したりしていたものが,本件犯行直前には,病状の非常な悪化に伴い,妄想の影響を受けて本件犯行に至る動機が形成され,その動機に沿って具体的な計画や準備をするに至った疑いを排斥することはできない。
e
本件犯行やその計画,準備が妄想の影響下で行われた可能性が否定できない
としても,両鑑定の指摘を踏まえると,持参する凶器の数や種類といった具体的な選択や焼き破る際の手順や動作等といった事細かなところについてまで,全て妄想による具体的な指示があったとは考えられないことからすると,どこまでが妄想の影響で,どこまでが被告人の自発的意思によるものであるかの区別は難しいものの,本件犯行の準備やその遂行過程には,被告人の自発的意思に基づくものもある程度含まれていたと認められ,本件犯行が妄想に直接支配されるまでに至っていたとは認められない。
結論
以上の検討結果を踏まえると,被告人は,妄想型統合失調症の非常な悪化に伴う妄想の影響を大きく受け,自己の行動をコントロールする力を著しく欠いた状態で本件犯行に及んだのではないかとの合理的な疑いが残る。他方で,本件犯行の準備やその遂行過程では自発的意思に基づくものもある程度含まれ,行動をコントロールする力がなお残されていたと認められるから,本件各犯行当時,被告人は心神耗弱の状態にあった。
当裁判所の判断
原判決の認定及び判断は,その説示するところを含め,正当であり,是認することができる。本件各犯行当時,被告人が心神耗弱の状態にあったと認定した原判決に事実誤認は認められないが,以下,検察官及び弁護人のそれぞれの所論に鑑み,順次,検討する。

被告人の行動制御能力が著しく低下していたとする原判決の判断は不合理で
ある(完全責任能力が認められるべきである。)という検察官の所論について精神鑑定の信用性について
a
原判決は,前記のとおり,乙鑑定及び丙鑑定,とりわけ乙鑑定に依拠して,
被告人の責任能力を判断している。検察官は,両鑑定の前提条件に問題があるなど,鑑定意見を採用しない合理的な事情が認められる場合に当たるとして,信用できる部分を除いてはその意見に拘束されることなく,証拠上認められる諸事情を考慮して,責任能力を判断する必要があるとする。その理由として,両鑑定は,実際の妄想内容や本件犯行動機は不明であり,また,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響の有無・程度については,専門家として確定的な意見を述べるのは困難だとしている点を指摘している。特に乙鑑定については,抽象的な可能性の1つとして,妄想が犯行に影響を及ぼした可能性があることを指摘するにすぎず,精神医学的に十分な合理性を有するものではないと主張する。
しかし,両鑑定人は,いずれも,その経歴や経験等に照らし,本件時の被告人の精神状態について専門的知見を述べる証人として十分な資質を備えており,その鑑定内容に明らかに不合理な点はないというべきである。確かに,本件では被告人が犯行動機について述べておらず,原判決のいう犯行直後の断片的な被告人の供述以外に,犯行動機と結び付く事情(例えば,被告人と被害者家族との間に何らかの接触があった,といったもの)も見当たらないから,結局のところ,本件犯行動機は不明であるというほかない。両鑑定人は,そのように犯行動機が不明であることを前提としつつも,専門的知見を駆使して,犯行動機として考えられるものを推論し,被告人の本件各犯行当時の精神状態に言及しているのであるから,前提条件に問題があるなどとはいえず,両鑑定人の意見を尊重すべきは当然である。特に両鑑定人の見解が一致する,被告人が妄想性統合失調症に罹患しており,本件各犯行当時,その病状が悪化していたとの点は,その信用性が高いというべきである。b
その上で,原判決は,本件家屋内の住人を妄想上の迫害者として排除しなけ
れば自分が助かる道はないと思い込んだ可能性,あるいは妄想上の迫害者に本件犯行を指示された可能性等を指摘し,いずれにしても病状の非常な悪化に伴う妄想の影響がなければ面識のない被害者一家に対する本件犯行に及ばなかったといえ,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響は大きいものであった可能性は否定できないとの乙鑑定を採用し,乙鑑定に依拠して責任能力判断を行った。乙医師の見解は,接点のうかがわれない被害者家族に対する犯行であるという本件の特徴をより整合的に説明できるものであって,信用に足るものである。
反面,原判決は,被告人が犯行直後から責任回避の姿勢を示していること等から,本件各犯行当時だけ妄想型統合失調症の影響により判断能力が著しく障害されていたとは考えられないとする丙医師の見解については,採用していない。同医師によれば,精神医学分野における経験則上,妄想の影響で犯行に及んだ者は,自己の行為を正当化するために,逮捕直後から動機を形成した妄想の内容を訴えることが多いとされ,所論は,この点を捉えて,動機を供述していない被告人の妄想は,他者を殺害するまでに発展していたとは認められないと主張する。確かに,被告人が動機を明確にしていないから,所論の指摘するような可能性が全くないとはいえない。しかし,原判決も指摘するとおり,逮捕直後の被告人の言動を子細にみると,被告人の責任回避的な言動もみられるものの,現場に臨場した警察官に対し,だまされたなどと言い,逮捕直後にも留保付きながら自らの犯行であると認めた上で,だまされた弄ばれたなどと,妄想の影響とみられる供述をもしているから,やはり,乙鑑定の方が合理的であり,丙医師の前記見解をそのまま採用することはできない。なお,だまされた等の発言につき,検察官は,被告人が,インターネット検索によって子細に調べた知識と実際の結果の乖離など,実際の殺害が想像していたものと違って,すぐに家人に気付かれ想定どおりに実行できなかったという,事前の計画と現実との乖離から発した言葉と考えるのが自然であるなどと主張するが,言葉の意味として,そのような理解は不自然であることは明らかであり,また,そのような意味内容と理解できるような事情もないから,採用できない。),原判決が,これと同趣旨の指摘をした上,乙医師の見解を丙医師のそれよりも信用性が高いと判断したことに誤りはない。
c
検察官は,乙鑑定が,犯行前後に認められる被告人の健常性を根拠付ける言
動(本件が3人の男の犯行であるなどと弁解する点等をいうものと思われる。)を不当に軽視している,などとも主張する。しかし,乙医師も,被告人の上記弁解をある程度詳細に検討した上で,被告人がその弁解の非合理性を意に介さないようにみえることから,自分が犯人であることを認められず,逮捕後の妄想の発展によって病的な否認の世界に逃避していると解釈できるなどと,十分に合理的と認められる説明をしているから,検察官の指摘は失当である。
d
その他,検察官は,被告人の妄想が重度ではなく,本件各犯行に大きな影響
を与えていないとして,種々主張する。
これらの事項は,もとより,精神障害の有無,程度,それが本件犯行に与えた影響といった,精神医学の専門家の意見を尊重すべき事項であり,しかも,乙鑑定の内容が,専門家の判断として尊重に値するのは前述のとおりであるから,検察官のこの観点からの主張は,基本的に採用できない。
念のため,所論の幾つかについて検討しておく。
被告人の妄想内容について,所論は,被告人が精神科病院に入通院していた平成26年12月27日から平成28年3月28日までの妄想内容が,被告人の身体に危害を加えられるようなものとは無関係のものが主であることを前提に,一般的に,治療中の統合失調症患者が治療を中断した場合,病状が悪化して従前の症状が再燃することがあっても,必ずしも,それ以上に妄想が発展するものではないなどと主張する。しかし,被告人の最後の通院日である平成28年3月28日以降,母親の供述によると,被告人は,事件直前の10月の第2週目頃,お前,なんやねんと1日に1回くらい叫ぶようになり,被告人の自室からは,ドン,ドンと壁や床を殴るような音も聞こえるようになった,精神科病院に入院する前は怒鳴ったりすることはなく,病状が異なっていたというのであるから,事件直前頃の被告人の言動が,精神科病院に入院して治療を開始する直前の平成26年12月頃の被告人の言動とは異質であることがうかがわれ,犯行直前頃の被告人の妄想が,治療前のそれが再燃しただけにはとどまらず,内容的に異なるものへと変化していた可能性は否定できない。乙医師(丙医師もこの点は同旨)は,そのような変化があることを前提に各見解を述べているのであるから,本件各犯行当時の被告人の抱いていた妄想が,せいぜい被告人が周囲から嫌がらせを受けている程度のものであったなどと断定できるものではない(なお,検察官は,原判決が,10月の連休頃から殺すぞという被告人の発言から攻撃性が増大したと判断したことに対し,母親は,被告人が殺すぞと叫んでいたとは供述しておらず,証拠に基づかない認定であると主張するが,両鑑定が一致してそのような前提に立つ以上,母親は,両鑑定人との面接時にその旨を話したと考えられるのであるから,所論の批判は当たらない。)。
その他,被告人の平成28年8月以降のインターネットの検索状況がそれ以前と変化していないことを根拠に,被告人に思考障害や認知機能障害などの症状はなく,被告人が他者の殺害を企図させるほどにまでに妄想を発展させていたとはいえないとか,被告人の本件犯行前の凶器等の購入や検索内容といったインターネットの利用状況から,本件犯行は以前から準備されたもので,被告人が相当冷静な判断能力を保持していたとか,被告人の妄想が殺人を企図させるほどであれば,反撃や予防のために凶器を即座に使えるよう準備しておくことが自然であると考えられるのに,被告人の自室から発見された手斧やナイフなどの凶器として準備されたと解される物品は,直ちに取り出せない場所にあったり,刃にカバーが付けられたままであったり,無造作に床に放置された状態であるなど,即座に使用することを前提として準備された状況にはないなどとも主張する。しかし,いずれの主張も,本件各犯行直前頃に,被告人の病状が悪化して,妄想がそれ以前のものから異質な,影響の大きなものへ変化している可能性を考慮していないもので,主張に係る事実から,本件各犯行当時の被告人の妄想の有無やその程度を推認することは困難であって,主張自体に意味があるとは思われない。
また,所論が,脳波の送信やディープラーニングという被告人の供述は,罪責を免れるための方策であると主張する点は,責任回避的な言動とみる余地はあるが,乙鑑定の指摘するとおり,犯行後の被告人の後付けの弁解が妄想の影響により発展した可能性を否定できないから,これを,被告人が罪責を免れるための方便であると決め付けることはできない。
原判決の評価について
所論は,原審の精神鑑定,特に乙鑑定に依拠して責任能力を判断した原判決自体の判断についても,種々論難しているが,いずれも,採用できないものである。念のため,主張自体にある程度意味があると認められるものについて,検討結果を簡潔に示すこととする。
a
所論は,被告人が,Bに取り押さえられた時に痛いと言いながら泣いて
いたことや,その場にしゃがんでとどまり続けたのは,犯行の継続や逃走はできないものと諦めたと考える方が自然かつ合理的であり,被告人は,自らの置かれていた状況を理解していたと考えられると主張する。しかし,被告人は,Bから抵抗を受け,体をタンスにぶつけ,自らの手を負傷し,制圧されたことを契機に,妄想の支配が弱まり,現実の状況を受け止めることができるようになったという理解も可能であり,犯行直後の被告人の言動のみから,直ちに犯行時に妄想に支配されていた程度を推し量ることはできないというべきである。
b
所論は,被告人は,被害者方に侵入し,Aを殺害後,C及びDが異変に気付いて廊下に出て来ると,直ちに二人を次々と襲い,逃げるDを追い掛けて部屋に入り,Bの存在に気付くや今度はBを襲ったもので,被告人が,あらかじめ,犯行中のこのような事態を想定していたことが十分にうかがわれ,一家全員の殺害に向けて合目的的に一貫した行動をとっていることが認められると主張する。しかし,犯行状況からみると,被告人は,C,D,Bの存在に気付く度に場当たり的に標的を切り替え,目に入った者から手当たり次第に攻撃対象としたと考えることも十分可能であるし,そもそも本件犯行がAら一家全員の殺害を目的としていたかどうかも不明であるから,犯行が合目的的になされたといった判断はできないというべきである。
c
所論は,被告人の犯行直後の覚えていないという供述を虚偽であるとし
て,被告人が逮捕直後から自らの置かれている状況を明確に認識した上で自己の利益を図り,合理的に行動していたと主張する。しかし,原判決が指摘するとおり,逮捕直後の被告人の言動をみると,確かに被告人は責任回避的な言動にも出ているものの,本件犯行直後の状況からみてみると,臨場した警察官に対し,だまされたなどと言い,逮捕直後には留保付きながら自らの犯行であると認めた上で,だまされた弄ばれたなどと述べたり,質問とかみ合わない支離滅裂な説明をするなどしており,こうした言動からは被告人が自らの置かれている状況を完全に理解していたとまでは断定できない。また,所論は,被告人が平成28年11月6日になって,現場から逃走した3人の男が真犯人であるかのような弁解を始めたことを,被告人が高い判断能力を有している証拠であると主張する。しかし,既に述べたとおり,乙医師は,これは病的な心理,病的な否認というメカニズムで説明できるとしており,これ自体が被告人の精神障害の影響によるものである可能性も否定できず,所論のいうように,上記弁解をもって被告人が刑事責任を免れるための計算ずくのものと断定することはできない。
d
所論は,妄想による指示が,本件のように順を追った詳細で計画的,合目的
的なものであることはあり得ず,被告人の一連の合目的的で一貫した行動が,自らの意思で犯行を計画し,自らの意思で計画に沿い,その時々の状況に合わせて行ったものであるとする丙医師の見解を採用すべきであるとか,23万円もする本件短刀を購入したのは,隠匿して持ち運べる便利さや殺傷能力の高さなどの諸要素を考慮して殺傷行為を実行するために最も適した凶器として購入したというべきであるなどと主張する。確かに,原判決も指摘するとおり,どこまでが妄想の影響でどこまでが被告人の自発的意思によるものであるのかの区別は困難であるものの,本件犯行の準備やその遂行過程は,専ら妄想に支配されてのものとはいえず,被告人の自発的意思がある程度含まれていたとみるべきではある。しかし,これをもって,被告人の一連の行動が,完全に自らの意思で犯行を計画し,本件の2か月も前から周到に準備行為をしていたなどと断定できるようなものではない。前述したように,本件各犯行直前に,被告人の病状が非常に悪化したことに伴い,妄想の影響を受けて本件犯行に至る動機が形成されたという可能性がある以上,所論のようにみることはできない。
e
所論は,本件各犯行当時の被告人の精神状態が本来の人格傾向によるものか,
これとは異質なものであるかは重要な検討要素とされるべきであり,本件犯行に被告人の本来の人格傾向が色濃く影響していると認められるのに,原判決が,この点を考慮していないのは不当であると主張する。しかし,丙医師は,過去に同じような事件を繰り返し起こしているわけではない本件被告人の場合,被告人の人格と犯行の親和性の有無を検討することに大きな意味はないとの供述をしており(丙医師の原審証人尋問調書48,49頁),乙医師が,被告人の本来の人格傾向,あるいは,その人格との異質性について言及しなかったのも,丙医師と同様,本件での責任能力判断に当たっては,本来の人格との異質性を検討することに有意性はないとの考えに基づくものと考えられる。
更に所論は,本件犯行は被告人の本来の人格傾向の発露であると主張し,その論拠として,被告人が残虐的嗜好を有していること,治療の中断により本来の人格傾向が顕在化したこと,妄想とは関係のない動機(母親との関係悪化により鬱憤を募らせ,自暴自棄の余り他者の殺害を企図した)があることを挙げる。しかし,所論が残虐的嗜好などと指摘しているのは,被告人の実弟への暴力,飼い猫への虐待行為,人を殺傷する内容のゲームに興じていたこと及びモデルガンを収集していたことなどであるが,これらが残虐的嗜好と指摘できるのかにも疑問があるし,ましてや,本件のような重大事件が,その発露であるなどと断定することなど到底できない。丙医師も指摘するように,被告人は過去に同じような事件を繰り返し起こしているわけではないから,そのような事情は個別にみても,あるいは全てを総合しても,残虐的嗜好の根拠として薄弱であり,治療の中断により本来の人格傾向が顕在化したとみることも困難である。また,本件犯行前に母親との関係が極端に悪化したような事情はうかがわれないし,仮に,母親との間で何らかの葛藤やトラブルがあったとしても,そのことによって自暴自棄となり,本件のような凶悪な犯行に及んだと推測するには論理の飛躍があり,到底そのように考えることはできない。f
なお,原判決が,黙秘権のある被告人が犯行動機を語らないことを不利益に
扱うことは許されないと説示したのに対し,所論は,鑑定人が被告人の黙秘を詐病と判断する根拠の1つとすることは何ら問題ないはずであり,原判決は事実認定の問題と法律判断の問題を混同していると主張する。しかし,これは,原判決を正解しない主張である。原判決は,被告人の黙秘の態度をもって詐病の根拠とすることが黙秘権の侵害であると説示するものでは全くなく,被告人が動機について語らないため,犯行動機が認定できないことを被告人に不利に考慮することは黙秘権の侵害に当たるとするもので,その文面からみてその文意は明瞭といえるもので,所論は,原判決を曲解した疑いさえある。もとより,所論は失当である。結論
その他,所論を踏まえて検討しても,本件犯行当時,被告人が心神耗弱の状態にあったと認定した原判決の判断に誤りはなく,所論はいずれも採用できない。イ
弁護人の心神喪失の所論について

弁護人の所論は,原判決が,本件犯行の準備やその遂行過程には,被告人の自発的意思に基づくものもある程度含まれていたと認められ,本件犯行が妄想に直接支配されるまでには至っていたとは認められないとして,被告人が心神耗弱の状態にあったと認定したのに対し,被告人の本件犯行は専ら妄想に支配されての犯行である可能性が否定できず,原判決が被告人の心神喪失を認定しなかったのは誤りであると主張する。その理由として,①自発的な行動が含まれていたからといって,妄想からの直接支配がないことを意味するわけではなく,妄想の影響を直接受けた可能性を否定できるものではない,②本件犯行に至るまでに被告人がとった行動は,妄想に基づいたとしか評価できない出来事を契機として行われている,③面識のない他人の家に入り込んでその住人を殺害するという行動は,被告人の罹患している妄想型統合失調症の悪化による妄想に基づく行動であることは否定できない,④当時の被告人の病状等に鑑みると,確定できない何らかの犯行動機の形成に妄想が与えた影響の程度は間接的なものにとどまらず,直接的なものであった可能性は排斥できない,⑤犯行の準備行為は自発的意思と評価することはできず,準備行為及び犯行遂行過程は妄想の直接の影響下に行われたと考えるのが合理的であることなどを指摘している。
しかし,乙医師は,凶器の準備であるとか,インターネットで焼き破りの検索をしたり,ガスバーナーを準備したりというのは,全てがさせられ体験で説明するには無理がある,また,本件前日の下見とみられる行動や検索のように,自発的,計画的にみえる行動までもさせられ体験と考えられるかは疑問であり,全てが妄想であると説明するのは,やはり無理がある,妄想に対して,全面的に従うわけではなく,被告人なりに何らかのリアクションを示していたと考えられる旨供述し(乙医師の原審証人尋問調書10,24,30,39頁等),丙医師も,自発的,計画的にみえる行動が妄想に基づいていることは医学的に通常あり得ない,インターネット閲覧や準備は,目的に沿った整合性のある行動で,何か目的があって,そのような準備をしたと考えられる,病気の影響だけで短期間にそういう指示がくる,あるいは教唆がくるというのは通常考えにくい,そのような具体的な,目的に沿った,手順を追った,整合性のある指令が病気の命令幻聴でくることは,臨床の中で経験したことがないので,それはあり得ない旨供述している(丙医師の前記尋問調書19,45頁等)。このような両医師の見解に照らすと,犯行当時の被告人の行動には自発的意思に基づくものも含まれていたと考えられる。また,乙鑑定によれば,被告人には事件の自覚があり,これを現実として受け入れ難いという心理が働き,3人の男という妄想として発展していったと考えられる,被告人の中には,病的な部分と正常心理が残っている部分とが混在していると思われるというのであるから(乙医師の前記尋問調書28,61頁等),本件各犯行当時,被告人が妄想に完全に支配された状態にあったとは認め難い。さらに,乙医師は,脳波の指令で寝る前に,翌日午前2時30分に起きるように指示され,スマートフォンで目覚ましを設定したとか,自分の部屋だけでなく,2階の台所や洗面所からも脳波で指示されたものを準備してリュックサックに詰めたという被告人供述について,そこまで具体的な行動の細部を指示されるというのは,臨床場面では珍しく,疑問を持っている旨供述し(乙医師の前記尋問調書46頁),丙医師も,がんじがらめに病的体験で,AIから命令が飛んできて,そのとおりにしなければならない,一言一句,命令されたとおりに動かなければならないと本人が思い込んで犯行に及んだとすれば,かなり重篤で,動作自体,行動自体が非常にぎこちなく,不自然なものになるが,被告人には,そのような徴候は見られない旨供述しており(丙医師の前記尋問調書21頁),犯行準備行為には被告人の自発的意思もある程度含まれていたと考えられる。このような精神医学の専門家に見解を踏まえ,原判決が,持参する凶器の数や種類といった具体的な選択や焼き破る際の手順や動作等といった事細かなところについてまで,全て妄想による具体的な指示があったとは考えられないとして,本件犯行の準備やその遂行過程には,被告人の自発的意思に基づくものもある程度含まれており,本件犯行が妄想に直接支配されるまでに至っていたとは認められないと判断したことに誤りはない。本件各犯行当時,被告人が心神喪失ではなく,心神耗弱の状態にあったと認定した原判決に誤りはなく,所論はいずれも採用できない。ウ
なお,検察官は,原判決が死刑を選択しなかったのは不合理であると主張す
るが,これは被告人の完全責任能力が認められることを前提とする主張であり(刑法39条2項,68条参照),量刑不当の論旨を独立して主張しているとみられない本件では,既に検討の必要はなくなっている。しかし,心神耗弱による刑の必要的減軽をする前の刑種の選択の際に,死刑を選択すべきであるとの主張もあり得るから,この点も検討しておく。
所論は,以下の3点を挙げて,原判決が死刑を選択しなかったのは不合理であると主張する。すなわち,①被告人が本来有する残虐的嗜好から,被害者一家殺害を目的としたものであることを認定しなかった原判決の判断が不合理である,②他者を殺害するために,周到に計画を練っていたことを認定しなかった原判決の判断が不合理である,③妄想型統合失調症が本件犯行に及ぼした影響は限定的であり,死刑を回避する理由にはならないと主張する。
しかし,所論はいずれも採用できない。原判決が説示するとおり,被告人が被害者一家の正確な人数まで把握していたと認めるに足りる証拠はなく,犯行動機が立証されていないこともあって,最初の犠牲者殺害の後,立ち去ることなく,別の部屋に次々に入って行ってそこにいる住人全てを殺害することまで目論んでいたと認めるに足りる証拠はないから,被害者一家皆殺しを目的としていたとの所論は採用できない。また,前述したとおり,被告人が2か月前から時間をかけ,周到に計画を練っていたことを認めるに足りる証拠はなく,妄想型統合失調症が本件犯行に与えた影響は大きいものであったという可能性は否定できない。したがって,所論が,具体的な事実として主張する点は,いずれも,根拠を欠くものとして採用できない。そして,原判決は,本件が殺害された被害者1名の殺人の事案の中でも非常に重い部類に属するとしつつ,公平の観点に留意しながら,死刑の選択が真にやむを得ないかという観点から,死刑の選択について検討を加えている。その中でも,裁判員裁判制度施行後の死刑が選択された事案や,無期懲役刑が選択された事案の中でも重い部類に属する事案を中心に多くの事例を参考にしながら,公平性の観点も踏まえて,検察官の論告を検討し,その結果,死刑の選択が真にやむを得ないとするだけの具体的,説得的根拠が示されていないと判断して,死刑を選択しなかったのであり,このような原判決の量刑判断にも誤りはない。

結論

以上によれば,検察官及び弁護人の責任能力に関する事実誤認の各論旨は,いずれも理由がない。
第3

被告人の量刑不当の論旨について

論旨は,要するに,被告人を懲役30年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑に算入されている未決勾留日数が240日というのは少な過ぎて不当である,というのである。
1
本件は,前記のとおり,被告人が,⑴

Aを殺害し(原判示第1の1),C,

D及びBを殺害しようとしたが,未遂に終わり(原判示第1の2⑴ないし⑶),⑵正当な理由なく,登録を受けた本件短刀を携帯し(原判示第2の1),本件柳刃包丁及び本件なたを携帯した(原判示第2の2)という事案であり,被告人は,各犯行当時,妄想型統合失調症のため,心神耗弱の状態にあったものである。2
量刑評価の中心となる殺人,殺人未遂の犯行についてみる。その犯行態様は,
冷酷かつ残忍なものであって,生命軽視の度合いが甚だしく,とりわけ死亡した被害者に対しては,執ようさや残虐さが際立っている。被害者は4名と多く,うち1名は生命を絶たれ,うち2名も一歩間違えば死んでいたかもしれないほどの重篤な傷害を負わされているのであるから,結果は誠に重大である。安全であるべき自宅で就寝中に,突然,見知らぬ者に襲われ,このような残虐な行為を受けて絶命した被害者の無念さは察するに余りある。幸い死亡するに至らなかった被害者らも,同様に,突然の惨劇に遭い,惨殺された父親を目の当たりにしたばかりか,それぞれ危うく殺害されようかという極めて危険な目に遭っており,心身ともに受けた傷は深い。このような形で夫を失った妻や,我が子を失った母親,強い絆で結ばれていたきょうだいらの悲しみや憤りも計り知れず,死亡した被害者の妻や子供ら,きょうだいらがそろって,被告人の極刑を強く求めるのも当然である。このような点を指摘し,本件の犯情は誠に重大であって,殺害された被害者が1名の事案の中でも非常に重い部類に位置付けられると原判決が評価したことに誤りはない。3
次に,原判決が,公平性の観点に留意しながら,死刑の選択が真にやむを得
ないかという観点から,裁判員裁判制度施行後の死刑が選択された事案や,無期懲役刑が選択された事案の中でも重い部類に属する事案を中心に多くの事例を参考にしながら,原審における論告を検討し,論告では,公平性の観点も踏まえても,死刑の選択が真にやむを得ないとするだけの具体的,説得的な根拠は示されておらず,心神耗弱を考慮しない場合でも,死刑ではなく,無期懲役刑を選択すべき事案であると判断したことにも誤りはない。その上で,原判決は,被告人が若年であり前科がないことなどの一般情状を考慮しても,無期懲役刑に処すべき事案の中でも最も重い部類に属すると評価し,本件犯行当時,被告人が心神耗弱の状態のあった合理的疑いが残り,そのため,被告人に対する責任非難の度合いが相当減少するため,法律上必要とされる減軽をし,同種事案の量刑傾向(心神耗弱者による凶器を用いた殺人や殺人未遂)をも参考にして,被告人を有期懲役刑の上限である懲役30年に処した。このような原判決の量刑判断に誤りはなく,これが重過ぎて不当であるとはいえない。
また,本件事案の性質,内容,原審の審理経過からみて,原審における未決勾留日数中240日を刑に算入した原判決に裁量の逸脱はなく,その点でも,量刑不当とはいえない。
したがって,被告人の量刑不当の論旨も理由がない。
第4

結論

以上により,検察官及び被告人の各控訴は,いずれも理由がないから,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとし,本件は,被告人が控訴した後,検察官も控訴した事件であり,検察官が控訴を申し立てた以後の未決勾留日数は,刑訴法495条2項1号により法律上当然に本刑に算入されることになることに鑑み,それ以上に刑法21条による当審における未決勾留日数の算入はしないこととし,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
令和元年5月20日
大阪高等裁判所第6刑事部

裁判長裁判官

村山浩昭
裁判官

畑口泰成
裁判官田中健司は,転補のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官

村山浩昭
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