判例検索β > 平成30年(う)第2200号
殺人
事件番号平成30(う)2200
事件名殺人
裁判年月日平成31年4月25日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成29合(わ)143
裁判日:西暦2019-04-25
情報公開日2019-06-25 03:32:58
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平成31年4月25日宣告

東京高等裁判所第4刑事部判決

平成30年(う)第2200号

殺人被告事件

主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中120日を原判決の刑に算入する。
理由
第1本件事案の概要及び本件控訴の趣意
1本件は,被告人が,平成28年12月29日,自宅で,同年10月24日生まれの長女(以下被害児という。
)に対し,殺意をもって,劇薬指
定されたアムロジピン及びメトホルミンの成分を含有する薬剤(以下,併せて本件薬剤という。
)を投与し,同日,薬物中毒により死亡させたと
して,殺人罪に問われた事案である。
2本件控訴の趣意は,理由不備,理由齟齬,事実誤認及び量刑不当の主張である。
第2理由不備及び理由齟齬の主張について
論旨は,要するに,原判決には,アムロジピン等が具体的にどのように作用して被害児を死亡させたのかを明らかにしていないなどの点で,理由不備の違法があり,また,被害児の死亡推定時刻についての認定と本件当日の被告人及び家族の行動についての認定が齟齬しているなどの点で,
理由齟齬の
違法がある,という。
しかし,刑訴法378条4号にいう理由不備とは,同法44条1項,335条1項によって要求される判決の理由の全部又は重要な部分を欠く場合をいい,理由齟齬とは,判決の主文と理由との間又は理由相互の間に食い違いがあり,
その食い違いが理由不備と同程度に重大である場合をいうと解す
べきところ,原判決に,このような理由不備及び理由齟齬がないことは明らかである。

理由不備及び理由齟齬の論旨は,いずれも理由がない。
第3事実誤認の主張について
1論旨は,要するに,原判決は,被告人が殺意をもって被害児に本件薬剤を投与し,その薬物中毒により死亡させたとして,被告人に殺人罪の成立を認めたが,被害児の死因は本件薬剤による薬物中毒ではなく,被告人は故意に本件薬剤を被害児に投与していないので,被告人は無罪であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,という。2原判決の判断の要旨
原判決は,要旨,以下のとおり各争点に沿って説示し,被告人に殺人罪の成立を認めた。
死因は本件薬剤による薬物中毒か

解剖の結果,被害児の血液と胃内容には,メトホルミンとアムロジピンがそれぞれ含まれていたことが判明した。


A証人は,被害児の死因は,本件薬剤による薬物中毒であり,具体的には,アムロジピンが中心的で直接的な死因であり,メトホルミンは,アムロジピンの作用と助長し合って乳酸アシドーシスを起こした可能性がある,と供述する。
同証人は,新生児医療を専門とする経験豊富な小児科医であり,新生児の特性を考慮した上で,専門的知見に基づく合理的で説得力ある内容を供述している。その供述は,薬物の作用に関しては毒物学の専門家であるB証人の供述と,死因に関しては法医学者であるC証人の供述と,それぞれ整合していて信用性が高い。


原審弁護人は,薬物博士であるD証人の供述等に基づき,死因が本件薬剤による薬物中毒であるとの立証は不十分であり,死因は不明で,乳幼児突然死症候群等の疑いがあると主張するが,弁護人の主張を検討しても,A証人の供述の信用性に疑問は生じない。


結局,被害児の死因が本件薬剤による薬物中毒であることは,A証人の供述等により十分立証されていると認められる。
被告人が本件薬剤を故意に被害児に投与したか


本件薬剤は故意に被害児に投与されたと認められるか
本件当時,糖尿病及び高血圧症を患う被告人の母親のためにアム
ロジピン錠剤(以下アムロジピン錠という。
)及びメトホルミン
錠剤(以下メトホルミン錠という。
)が処方され,これらは被告
人及び被害児が同居する自宅に保管されていた。被害児に投与された本件薬剤の量について,B証人は,アムロジピン錠2錠程度及びメトホルミン錠1錠程度に相当するとし,D証人は,アムロジピン錠は1錠程度に相当するという。そうすると,被害児に対し,少なくともアムロジピン錠及びメトホルミン錠1錠ずつ程度が投与さ
れたと認められる。
被害児の胃内容からも本件薬剤が検出されていることなどに照
らすと,本件薬剤は経口投与されたものと認められる。
被害児に投与された本件薬剤は,母親に処方されたアムロジピン
錠及びメトホルミン錠であると考えるのが自然であり,被害児が,自分で本件薬剤を誤飲するとは考えられないから,被害児以外の者の行為により摂取したと認められる。
そして,被害児に錠剤を飲み込ませるのは困難であるから,本件
薬剤を摂取させた者は,アムロジピン錠及びメトホルミン錠の少なくとも1錠ずつを,砕いて粉末状にして白湯等に溶かすか,錠剤のまま熱湯等に投入し激しく攪拌してから,被害児に飲ませるなどしたものと考えられるから,故意に投与したものと推認できる。
原審弁護人は,母親に処方された本件薬剤の錠剤が,自宅の台所
にあった電気ポットに誤って混入し,その湯から調乳したミルクを
授乳したことで,誤って被害児に投与された可能性があると主張する。しかし,本件薬剤が誤って電気ポットに混入した可能性はないといえる。

本件薬剤を投与する機会があったのは被告人だけであったか
被害児の死亡推定時刻について,
C証人は,
被害児の直腸温から,
本件当日午後0時50分から午後2時20分(±2.8時間)であるとし,また,E証人は,直腸温と類似事例も参考にして,本件当日午前9時頃から午後2時頃であるとする。また,両証人は,本件当日午後7時20分時点の直腸温が平熱から7度近く低下してい
ることから,死体を冷やすなどの特殊な条件がない限り,実際の死亡時刻が午後4時ないし午後4時20分以後であることは考え難
いと供述する。両証人は,それぞれの専門的知見に基づき鑑定を行っており,
相互に矛盾はなく,
いずれの供述も信用性を肯定できる。
そして,A証人によると,乳児の胃内容物が空になるために要す
る時間は通常3時間であるところ,被害児の胃に本件薬剤を含む乳白色の液体が3mℓ残っていたことからすると,被害児に本件薬剤が投与された時刻は,被害児が死亡した時刻から3時間以内程度の時間遡った時点と考えられる。
以上によれば,被害児に本件薬剤が投与された時刻は,本件当日
の朝方から昼頃までであると推認できる。
原審弁護人は,C証人やE証人の鑑定は被害児の死斑や死後硬直
を考慮していないなどの問題があり信用できず,これらを考慮すれば死亡推定時刻は本件当日午後6時頃から午後7時頃である旨主
張するが,C証人は,考慮しなかった理由を述べており,弁護人の主張は採用できない。
また,被告人の父親は,本件当日午後5時半頃,被害児が動いて

いるのを見た旨供述し,被告人の妹は,本件当日午後5時過ぎ頃,被害児が泣くのを見た旨供述するが,これらの供述は曖昧であり,C証人らの供述にも反していて,信用できない。
本件当日の被告人や家族の行動について,被告人,父親,母親及
び妹の供述によると,本件薬剤が投与されたと考えられる時間帯及び被害児の死亡が発覚するまでの間,被告人には,被害児に本件薬剤を投与する機会があったと認められる一方,父親,母親及び妹には,被告人に気付かれずにこれを実行する機会があったとは考え難い。また,家族以外の者が自宅に入ってきたとは認められない。
以上によれば,被害児に本件薬剤が投与されたと考えられる時間
帯頃に,実行する機会があったのは被告人だけであったと認められ,被告人が,被害児に本件薬剤を投与したことを推認できる。

被告人が本件薬剤を故意に投与したことに整合する事情があるか
被害児の出産は,被告人にとって,元々は望んでいなかった妊娠
であったと考えられ,被害児に十分な愛着を形成していなかったことをうかがわせる事情がある。
被告人は,本件当日頃も,ホストクラブに遊びに行きたい気持ち
を持ち続けていたが,実際には,遊びに行くことができない状況にあったと推認され,これらによれば,被告人が,ホストクラブ等に遊びに行くことを望み,その制約となっている被害児にいなくなってほしいという気持ちを抱いても,おかしくないと考えられる。
被告人は,
本件当日午後4時55分,
友人に対し,
ってか今日葬式で初回行けねぇとのメッセージをラインで送信している。被害児は遅くとも本件当日午後4時頃までには死亡していたところ,被害児死亡後に,葬式という言葉を使って送信したメッセージが,被害児の死亡を認識せずにしたものとは考えられず,ホストクラブに
行くのを断る単なる口実であったとの被告人供述は,その送信時期等に照らしても信用できない。
これらの事情は,被告人が,本件薬剤を故意に被害児に投与した
と考えることに,整合する。

以上によれば,被告人が本件薬剤を故意に被害児に投与したことは,十分立証されていると認められる。
被告人に殺意が認められるか


被告人は,母親に代わって本件薬剤の錠剤を含む薬を薬局で受け取り,その小分けを手伝っていたので,本件薬剤の危険性について,薬局で相応の説明を受けたはずであるし,説明書等からも認識できたはずである。そもそも,大人に処方された糖尿病や高血圧症の薬を生後2か月の被害児に投与することで,その生命に危険を及ぼすことは容易に認識できたはずであって,被告人もこれを認識していたと認められる。


被告人は,遊びに行くことの制約となっている被害児にいなくなってほしいという気持ちを抱いても,
おかしくない。
しかも,
被害児は,
遅くとも本件当日午後4時頃以前に,被告人が本件薬剤を故意に投与したことによって死亡しており,被告人は,前記ラインのメッセージを送信した午後4時55分頃には,被害児の死亡を認識していたのに,その後,家族に知らせたり救急搬送を求めるなどの行動をとることなく,長時間放置し,午後6時49分頃に119番通報するに至っている。このような行為は,被告人が,被害児を確実に死亡させようとしたものと考えられ,被害児の死を意図していたことを推認させる。

以上によれば,被告人は,被害児を死亡させることを意図し,本件薬剤を投与することが被害児の生命に危険を及ぼすことを認識した上で,本件薬剤を被害児に投与したものと認められるから,殺意があ
ったことは,十分立証されている。
結論
以上の検討から,被告人には殺人罪が成立する。
3当裁判所の判断
以上の原判決の判断は,おおむね相当であり,当裁判所としても是認できる。以下,所論に鑑み,補足して説明する。
被害児の死因について

所論は,動物を使った毒性試験は,ヒトに投与する薬品の毒性評価のためのものであり,その結果は当然ヒトに適用されるべきであるのに,ラットを使った毒性試験の結果を,薬の開発過程における動物実験であるという理由だけで,被害児の死因の考察から排除した原判決は,誤っている,と主張する。すなわち,弁護人は,アムロジピンについて,ラットを使った反復投与毒性試験(原審弁26)における最大投与量(30㎎/㎏/日)と最大無影響量(無毒性量,2㎎/㎏/日)を前提に,①最大投与量を3か月間投与してもラットの死亡例は認められなかったところ,これを被害児の体重(3.26㎏)で換算すると97.8㎎になり,その約100分の5にすぎない5㎎を1回摂取しただけで,被害児が死亡したというのは経験則に反する認定である,②臨床試験でのヒト初回投与量の目安とされる最大無影響量を,被害児の体重で換算すると6.52㎎となるところ,これに満たない5㎎を1回摂取しただけで死に至ることがないことは明らかである,などと主張する。
しかし,B証人は,毒性試験の最大無影響量の値を直接ヒトに当てはめるのは相当ではなく,通常は,それよりも大幅に低い投与量がヒトへの安全な投与量になる旨供述する(尋問調書(その1)24頁~25頁)
。また,A証人も,動物を使った毒性試験は,あくまで,ヒト

に投与する臨床試験の前に薬剤の安全性についておおよその目安を得るために行うもので,実際にヒトに投与したときにどのくらいの量で中毒になるかなどは,やはりヒトで見てみなければわからないので,実際の症例を集めたクリティカルケアの数値の方が,より精緻で信頼できる旨供述する
(尋問調書
(その1)
7頁~9頁,
30頁~31頁)

両証人の供述は,専門的知見に基づいた合理的なもので,相互に符合しており,その信用性に疑問を生じさせるところはない。所論は,実験対象がラットかヒトかの差を捨象し,さらには,被害児は,生後約2か月であるが,妊娠39週4日に該当する乳児で,A証人も供述するように,その身体機能には様々な特性があるのに,これをも捨象している点で,不合理というほかない。
以上によると,ラットを使った毒性試験における最大投与量や最大無影響量の数値を,そのまま被害児に適用することはできず,これと同旨の判断をした原判決に誤りはない。

所論は,原判決は,アムロジピンの心筋の収縮抑制作用を被害児の死因の要素として挙げているが,アムロジピンには心抑制作用がほとんどないか,ないことが明らかになっているから,原判決はアムロジピンの薬理作用の評価を誤っている,と主張する。
しかし,B証人は,アムロジピンは平滑筋のカルシウムチャネルに特異的に作用するが,中毒例では,この選択性が失われて非特異的な作用が出てくることが分かっている旨供述し(尋問調書(その2)4頁~5頁)A証人も,

治療域であれば心筋の抑制作用は少ないと思う
が,中毒域に入れば心筋の抑制作用は起きる,心機能が不十分な乳児に関しては,その選択性はより早く崩れて心筋の抑制作用が臨床症状として早く出る旨供述している
(尋問調書
(その1)
24頁~25頁)

両証人の供述は,専門的知見に基づいたものである上,内容も合理的
で,相互に符合しており,十分信用できる。
所論が根拠とするアムロジピンのインタビューフォーム(原審弁26)の記載内容やD証人の供述は,中毒域のことを前提としたものではなく,B証人及びA証人の上記供述の信用性を揺るがすものではない。
以上によれば,アムロジピンの薬理作用に関する原判決の評価に誤りはない。

所論は,原判決は,被害児のアムロジピンの血中濃度(0.070㎍/mℓ)は,成人の中毒域(0.088㎍/mℓ)にかなり近く,この程度の血中濃度での死亡例もあるとのA供述を是認しているが,そのような死亡例を示す証拠はなく,原判決は客観的な事実を正しく評価していない,と主張する。
そこで検討すると,A証人が紹介した事例は,①アムロジピンの過剰摂取による最初の血圧低下は治療により切り抜けたが,その後,その合併症で死亡したというものと,
②血中濃度が0.
101㎍/mℓで,
中毒症状が出て治療を受けたが死亡したもので,約10.5時間後には,0.185㎍/mℓという測定値が検出されていたというものであり,それぞれ,A証人の尋問中でその旨が説明されている。そうすると,このA証人の説明が付加された内容の死亡例と位置付けることは,特段不合理とはいえない。
もっとも,A証人は,多くの根拠を示して被害児の死因を判断しており,被害児と同程度の血中濃度で死亡した例があるという点を除いて検討しても,その判断内容は,B証人及びC証人の供述とも整合しているから,被害児の死因が本件薬剤による薬物中毒であるとのA証人の供述の信用性は揺らがない。


所論は,A証人もB証人も,被害児の死因が本件薬剤による薬物中
毒であると結論付けているわけではなく,その可能性があると指摘しているにすぎないことに留意すべきである,と主張する。
しかし,A証人は,様々な検討過程を説明した上で,被害児の死因は本件薬剤による薬物中毒であると判断している旨供述しているから(尋問調書(その1)18頁)
,所論は前提を誤っている。また,B
証人は,被害児の死因は本件薬剤による薬物中毒である可能性があると供述するにとどまるが,その趣旨は,死因の判別は血中濃度以外の要素も総合考慮して判断すべきであるところ,自分は,血中濃度から死因を推定する専門家として供述しているので,死因について断言できないというものであるから(尋問調書(その2)14頁)
,B証人が
可能性があると供述するにとどまっているからといって,A証人の上記判断の信用性に疑問が生じるものではない。

その他所論が種々主張するところを検討しても,A証人の供述を正解しない主張や,原判決が適切に検討済みの主張等であって,いずれも採用できない。
所論を踏まえて検討しても,被害児の死因が本件薬剤による薬物中毒であるとの原判決の認定に,誤りはない。
本件薬剤が故意に被害児に投与されたかについて


所論は,本件薬剤が故意に投与されたというのであれば,母親に処方されていた5種類の薬剤の中から,なぜ毒性の弱いメトホルミンを含む本件薬剤が選ばれたのか,説明がつかない,などと主張する。しかし,乳児に対して,身体に異変を生じさせるべく,成人に処方された薬剤を投与しようとする者が,5種類の薬剤の毒性等についての専門的知識を持たない場合には,本件薬剤を選んだとしても不自然とはいえない。したがって,5種類の薬剤がある中で本件薬剤が使用されたという事実は,本件薬剤が故意に投与されたという認定を左右
するものではない。

所論は,原判決が,アムロジピン錠及びメトホルミン錠の少なくとも1錠ずつを,砕いて粉末状にして白湯等に溶かしたり,錠剤のまま熱湯等に投入し激しく攪拌して形状を崩したりして,被害児に飲ませたものと考えられるとしている点について,投与者においてメトホルミンが水にもお湯にも容易に溶けないことをあらかじめ知っていたことを前提として成り立つ推論であるが,専門家でない限りそのようなことは知りようがないから,原判決の上記認定は前提を欠いている,と主張する。
しかし,被害児に錠剤を与えようとした場合,そのままでは困難であることは明らかであるから,錠剤を砕くなどして白湯等に溶かすとか,熱湯等に入れて激しく混ぜるなどすれば溶かしやすいということは,専門的知識を有しない者でも容易に考え付くことである。したがって,原判決が,少なくとも本件薬剤1錠ずつを,砕いて粉末状にして白湯等に溶かしたり,錠剤のまま熱湯等に投入し激しく攪拌して形状を崩したりして,被害児に飲ませたものと考えられると認定したことに,所論が主張するような不合理さはない。


所論は,母親がごみ袋に捨てていた本件薬剤の錠剤が電気ポットに混入し,沸騰する電気ポットのお湯で溶解したと考えるのが自然であるから,本件薬剤が電気ポットに誤混入した可能性はないとした原判決の判断は誤っている,と主張する。すなわち,母親に処方されていた5種類の薬剤の中から本件薬剤である2種類が選ばれた理由は説明できないのに対し,偶然,混入したとみれば,自然で経験則にも合致すると指摘する。
しかし,5種類の薬剤の中から本件薬剤が使用されたとしても不自然ではないことなどは,既に検討したとおりである上,本件当日,電
気ポットの水を入れ替えたという父親も,その際,台所でごみの整理をしていたという母親も,本件薬剤の錠剤が電気ポットに混入したことを具体的にうかがわせる事実を何ら供述していない。さらに,容量が約3ℓの電気ポットから70mℓの湯を注ぎ,その中に少なくとも本件薬剤の錠剤各1錠分の成分が混入するためには,電気ポットには多量の本件薬剤の錠剤が混入する必要があるのであって,意図せずにそのようなことが起こり,誰にも気付かれないということはあり得ない,との原判決の指摘は,合理的で首肯できる。
以上によれば,本件薬剤の錠剤が電気ポットに誤混入した可能性はないとした原判決の判断に,誤りはない。

その他所論が種々主張するところを検討しても,いずれも,原判決の認定に疑問を生じさせるものではなく,採用できない。
所論を踏まえて検討しても,本件薬剤が故意に被害児に投与されたとの原判決の認定に誤りはない。
被告人の犯人性について


被害児の死亡推定時刻について
所論は,被害児の死亡推定時刻に関するC証人及びE証人の供述
について,①C証人による推定は,F博士が開発したHenssge法変法に用いられる体重の補正因子を,何の脈絡もなく,ヘンスギのノモグラム法における体重の補正因子として用いている
点で誤っている,②C証人は,本件当日午後7時20分の直腸温が平熱から7度近く低下しているため,死体を冷やすなど特殊な条件がない限り,実際の死亡時刻が午後4時20分以後であるとは考え難いと供述するが,体重5㎏以下の子供の場合,2時間で直腸温が7度低下することは十分にあり得る(C証人の尋問調書(その1)添付の別紙8)③E証人は,

被害児との体重の違い等を考慮しない

まま,類似事例の女児の1時間当たりの直腸温の低下温度を推定の根拠としているが,このように考えることについて合理的な説明をしていない,と指摘し,被害児の死亡推定時刻に関するC証人及びE証人の供述は信用できない,と主張する。
しかし,①については,C証人は,乳幼児の場合は,衣服を掛けた場合の保温効果が大きいため,体重別の補正因子について最大値を使用した方がより良い推定が得られるとされていることから,ヘンスギのノモグラム法を用いるに当たり体重別の補正因子につい
て最大値を使用したというのであって,この考え方が不合理であるとはいえない(なお,E証人も,C証人の採用した手法に問題はなく,その解釈内容等も比較的適切と考える旨述べている(尋問調書2頁))
。。
②については,弁護人が根拠とする直腸温低下の一覧表(C証人の尋問調書(その1)添付の別紙8)は,遺体を裸で置いた場合を想定した数値であるから,これをそのまま被害児に当てはめるのは相当ではない。また,C証人だけではなく,E証人も,特殊な条件がない限り,被害児の実際の死亡時刻が午後4時以後であるということは考えにくいと供述しており
(尋問調書25頁)この点は二人

の専門家の共通した意見となっているのであって,信用性の高い意見というべきである。
③については,確かに,類似事例と被害児との間には体重等に違いがあるので,推定の精度に留意する必要はあるが,E証人は,本件と類似した事例として,
生後3か月未満,死亡が冬期,救急搬送後と検視時の2回直腸温を測定,病院到着前に既に死亡という条件で事例を絞り込んだというのであるから,そのような類似事例を用いて推定するというのも,一つの推定方法として不合理とはいえ
ない。
所論は,被害児の死亡推定時刻について,①被害児の胃に本件薬剤が含まれた乳白色泥状液が約3mℓ残っていたことからすると,被害児は,本件薬剤が混入したミルクを飲んだ約3時間後に死亡したと認められるところ,父親及び被告人の供述によれば,本件当日午後3時過ぎ頃に被害児が力強く泣き,被告人がミルクを作ったというのであるから,被害児の死亡推定時刻は,最後にミルクを飲んだ午後3時過ぎ頃から約3時間経過した,午後6時過ぎ頃と認められることと,②本件翌日に行われた検視の際の死斑及び死後硬直の状態からの推定を根拠に,被害児の死亡推定時刻は本件当日午後6時頃から午後7時頃までであると主張する。また,③原判決は,①の事実を無視し,本件当日午後5時頃の被害児の動きや泣き声に関する父親及び妹の供述のみ取り上げ,これらは曖昧であると切り捨てて,誤った死亡推定時刻を認定した,などとも論難する。
そこで検討すると,①について,所論は,被告人が本件当日午後3時過ぎ頃に被害児にミルクを飲ませたことを前提として死亡時
刻を推定しているが,父親の供述によっても,父親は実際に被告人が同時刻頃に被害児にミルクを飲ませた場面を見たわけではなく,被告人が同時刻頃にミルクを飲ませたという事実の裏付けとなる
証拠は,被告人供述しかないのであるから,同事実を前提とすることはできない。なお,所論は,原判決も,本件当日午後3時に授乳したことを認定していると主張するが,原判決は,本件当日の行動に関する被告人及び家族の供述内容として,午後3時に授乳した旨を説示しているにすぎないのであって,その供述どおりの事実の全てを認定しているわけではない。所論は前提を欠いていて,採用できない。

②については,そもそも所論が根拠とする文献(原審弁40)を見ても,死後経過時間についてかなり幅のある記載となっている上,乳児であるという特殊性に鑑みると,死斑や死後硬直から一定の精度で死亡推定時刻を算出することは困難と思われ,専門家であるC証人やE証人も同旨の供述をしている。したがって,原審弁護人の同旨の主張を採用しなかった原判決の判断に,誤りはない。
③については,原判決が指摘するとおり,本件当日午後5時過ぎ頃,被害児を見て,その泣き声を聞いたという妹の供述や,本件当日午後5時半過ぎ頃,被害児が手や腕を動かしているのを被告人と一緒に見たという父親の供述は,死体を冷やすなどの特殊な条件がない限り,被害児の死亡時刻が午後4時ないし午後4時20分以後であることは考え難いという,信用性の高いC証人及びE証人の供述に反している。したがって,妹及び父親の上記各供述は信用できないとした原判決の判断が不合理であるとはいえない。もっとも,妹の,アルバイトに出かける前に見たとの供述は,その時刻について曖昧であるが,父親及び妹の各供述内容は,翌日の旅行の準備をした後に見に行ったなど,その経緯につきそれなりに具体的に述べており,曖昧であるとして一律に排斥するには躊躇を覚える。そこで,後記被害児の死亡推定時刻が影響を与える問題点(後記オ及びついては,念のため,被害児の死亡時刻が本件当日午後
5時半頃以降であった場合についても,検討しておくこととする。イ
本件当日の被告人や家族の行動について
所論は,原判決が,本件当日の行動に関する被告人,父親,母親及び妹の供述によると,被害児に本件薬剤が投与されたと考えられる時間帯や,その後の被害児の死亡が発覚するまでのより広い時間帯も含めて検討しても,被告人には,被害児に本件薬剤を投与する機会があ
ったと認められる一方,父親,母親及び妹には,被告人に気付かれずにこれを実行する機会があったとは考え難いとしている点について,被告人以外の者が電気ポットに本件薬剤を入れることは可能であったから,被告人だけに投与の機会があったとする原判決の認定は誤っている,と主張する。
しかし,容量が3ℓの電気ポットから注いだ湯で70mℓのミルクを作り,その中に,本件薬剤の錠剤各1錠分以上の濃度が含まれるためには,ポットに2種類の多量の錠剤を投入して溶かすことが必要であることになる。このようなことを,同居の家族に気付かれずに行うことは困難と思われるから,被告人以外の者が電気ポットに本件薬剤を入れた可能性があるとの所論は,採用できない。
本件当日の行動に関する被告人,父親,母親及び妹の供述を踏まえると,父親,母親及び妹において,被告人に気付かれずに被害児に本件薬剤を投与することは,困難であったと考えられる。

被害児に対する愛着形成について
所論は,原判決が,被告人は被害児に十分な愛着を形成していなかったことがうかがわれるとしている点について,被告人は,妊娠に気付いた時点で逡巡することなく出産を決意し,被告人が先に退院した後も,被害児が入院中はほぼ毎日病院に通い,被害児が退院後は毎日授乳と沐浴を実施し,本件前日には予防接種と健康診断に連れていくなどしているから,愛着形成に疑問を抱かせるような事情は全く認められない,と主張する。
しかし,被害児の入院時の診療録(原審弁33)を見ると,愛着形成が十分できていないことを心配する医療関係者の評価が繰り返し記載されている。
また,
母親は,
妹に対し,
平成28年11月10日,
姉ちゃんは,あまり赤ん坊に対して愛情がないのかね,そんな気がする,自分んから病院に行きたがらないが?などとラインでメッセージを送っており
(原審甲69)家族の目から見ても,被告人に母親

としての愛情が十分にあるのか疑問に感じるところがあったと推認される。
また,被告人は,被害児が死亡した日の翌々日である平成28年12月31日に,友人に対し,
また今度初回行こう(絵文字)とライ
ンでメッセージを送っているが
(原審甲69)我が子を突如失い悲嘆

に暮れている母親の行動とは思えないものというべきである。
以上によれば,被告人はほぼ毎日被害児に面会に行き,被害児の退院日の記録には,愛着形成は良好であるなどと記載され,退院後は,母親のサポートを受けつつ,授乳し,被害児を予防接種に連れていくなど被告人なりに育児に取り組んでいたことがうかがわれるとしても,被害児に十分な愛着を形成していなかったことがうかがわれるという原判決の評価が,不合理であるとはいえない。

動機について
所論は,原判決が,母親の体調不良のため育児の支援を得られなかったことから,ホストクラブ等に遊びに行くことの制約となっている被害児にいなくなってほしいという気持ちを抱いたとしてもおかしくないとしている点について,被告人は,被害児を出産後,警察に身柄拘束されるまで,一度もホストクラブに遊びに行っていないし,母親から育児の支援を継続して受けることができる状況にあったのであるから,原判決の上記認定は誤っている,と主張する。
そこで検討すると,原判決は,被告人のラインのメッセージやツイッターの投稿内容から,被告人は,本件当日頃も,ホストクラブに遊びに行きたい気持ちを持ち続けていたと認定しているところ,この認定に不合理なところはない。しかし,被害児の死亡後,被告人がホス
トクラブに遊びに行ったことを示す証拠はないことなどからすると,ホストクラブに遊びに行けないことを主な理由として,被告人が被害児にいなくなってほしいと考えたとまで認定することはできないというべきである。
もっとも,母親らからある程度の支援を受けられる環境にあったとはいえ,被害児の育児のために被告人の生活が大きく制約されるようになっており,加えて,被告人が被害児に十分な愛着を形成していなかったとうかがわれることも併せ考慮すると,被告人が自分の生活を制約する被害児の存在を疎ましく思ったとしても,おかしくない状況にあったと認められる。

ラインのメッセージについて
所論は,原判決が,本件当日午後4時55分に被告人が友人に対して送信したってか今日葬式で初回行けねぇというラインのメッセ
ージに関し,被告人は被害児の死亡を認識して同メッセージを送信したものと推認できるとしている点について,①原判決の認定によると,被害児を殺害してまでホストクラブに遊びに行きたいと考えていた被告人が,被害児を殺害して,その葬式を理由にホストクラブ行きを断るという著しく矛盾した行動をとったことになってしまう,②原判決は,誤った死亡推定時刻を前提にしている,などと指摘し,同メッセージは,被告人が供述するとおり,友人とホストクラブに行くという約束を断るための口実であったと理解すべきである,と主張する。しかし,①については,原判決は,本件当日にホストクラブに行くために被告人が被害児を殺害したとまで認定しているわけではないから,所論は前提を誤っている。
また,②については,被害児の死亡推定時刻に関する原判決の認定に基本的に誤りがないことは,
前記アで述べたとおりである。
そして,

被害児が客観的に死亡した後,わざわざ葬式という言葉を使って送信したメッセージが,被害児の死亡を認識せずにしたものとは考えられないとの原判決の判断にも,経験則等に照らして不合理なところはない。
なお,念のため,被害児の死亡時刻が本件当日午後5時半頃以降であった場合についても検討しておくと,この場合,被告人による前記メッセージの送信時(午後4時55分)には被害児は生存していたということになる。しかし,被害児の死亡を発見したと家族に申告する少し前に,葬式という言葉を使って送信したメッセージが,被害児の死亡と無関係であるというのは,偶然に過ぎるし,ミルクの消化の程度から推定される本件薬剤投与から死亡までの経過時間や,突発的犯行とはいえない本件態様等に照らせば,前記送信時には,既に本件薬剤は投与されていたか,投与が予定されていた頃と推認されるのであるから,上記の場合であっても,このメッセージは,死亡につながる身体の異変が被害児に生じることを念頭に置いたメッセージであった可能性が高いというべきである。

総合
以上の検討を要するに,関係証拠によれば,①本件当日の行動に関する被告人及びその家族の供述によると,被告人には,被害児に本件薬剤を投与する機会があったと認められる一方,父親,母親及び妹において,被告人に気付かれずに被害児に本件薬剤を投与することは,困難であったと考えられること
(前記イ)②被告人は被害児に十分な

愛着を形成していなかったとうかがわれること
(前記ウ)③被告人が

自分の生活を制約する被害児の存在を疎ましく思ったとしても,おかしくない状況にあったこと
(前記エ)④被告人が本件当日午後4時5

5分に送信したってか今日葬式で初回行けねぇというメッセージ

は,被害児の死亡を認識せずにしたものとは考えられないこと(少なくとも,死亡につながる身体の異変が被害児に生じることを念頭に置いたメッセージであった可能性が高いこと)
(前記オ)
が認められる。
これらに加えて,被告人の原審公判供述のうち,本件当日の,被害児の異変発覚を家族に告げ,119番通報しようとした午後6時48分より前の時間帯についての被告人の行動状況に関する部分は,特に供述内容が曖昧,不自然であり,ラインのメッセージのやり取り等も合理的に説明できておらず,その信用性は低いことも考え合わせると,本件薬剤を故意に被害児に投与したのは被告人であったと認められ,これと同旨の原判決の認定に誤りはない。
殺意の有無について

所論は,原判決は,本件薬剤の危険性について,被告人は薬局で相応の説明を受けたはずであるし,説明書等からも認識できたはずであると認定しているが,証拠に基づかない憶測である,と主張する。そこで検討すると,確かに,所論指摘の原判決の認定は,憶測の域を出ないものというべきであって,この原判決の認定は不相当である。もっとも,原判決が摘示するその他の事実から被告人の殺意は十分認められるから,この誤りは結論を左右するものではない。


所論は,原判決は,大人に処方された糖尿病や高血圧症の薬を生後2か月の被害児に投与することで,その生命に危険を及ぼすことは容易に認識できたはずであると認定しているが,一般人が備える常識的な認識とはいえず,論理の飛躍がある,と主張する。
しかし,未熟児で生まれ,退院してわずか1週間の被害児であることを認識している被告人にとって,このような乳児に対して,薬剤を投与すれば,影響を大きく受け,生命に危険を及ぼすおそれがあることは常識に照らして十分に認識し得るとみるのが合理的であり,所論
指摘の原判決の認定に,経験則違反等があるとはいえない。

所論は,原判決が,被告人は,遅くともラインのメッセージを送信した午後4時55分頃には被害児の死亡を認識していたのに,その後,家族に知らせたり救急搬送を求めるなどの被害児の死を回避する行動をとることなく,長時間放置し,午後6時49分頃に119番通報するに至っており,このような行為は,被告人が被害児を確実に死亡させようとしたものと考えられ,本件薬剤を被害児に投与した当初から被害児の死を意図していたことを推認させるとした点について,前提となる死亡推定時刻が誤っているので,殺意を認める根拠にはなり得ない,などと主張する。
しかし,被害児の死亡推定時刻に関する原判決の認定に基本的に誤りがないことは,前記のとおりであるから,この点についての原判決の判断に,経験則違反等は認められない。
なお,念のため,被害児が本件当日午後5時半頃以降に死亡した場合についても検討しておくと,この場合,被告人は,既に被害児に本件薬剤を投与した後か,投与を予定している頃に,同メッセージを送信したことになるが,同メッセージには葬式という言葉が用いられており,死亡につながる身体の異変が被害児に生じることを念頭に置いたものと考えられるのであって,被告人は,被害児死亡前から,その死亡を予期していたことになるから,上記の場合も,本件薬剤を被害児に投与した当初から被害児の死を意図していたと推認できることになる。


所論は,原判決が,被害児死亡後の被告人の行動に関し,被害児の殺害を隠ぺいするために演じたとしても不自然ではないとしている点について,そうであれば,本件犯行は用意周到な計画的犯行ということになるが,それでは,被告人が本件犯行をほのめかすってか今日葬式で初回行けねぇというメッセージを友人に送ったり,家族全員がいる本件当日に犯行に及んだりしたことが説明できない,などと主張する。
しかし,被告人が,後に友人に対するメッセージまで精査されて問題になると思わずに,不用意に上記メッセージを送信したとしても不自然とまではいえない。また,犯行日の点についても,本件薬剤を投与するためには,大掛かりな作業が必要となるわけではないから,家族全員が自宅にいた日に犯行に及んだとしても不自然ではない。

その他所論が種々主張するところを検討しても,独自の前提に基づいた主張等であって,いずれも採用できない。
所論を踏まえて検討しても,被告人に殺意を認めた原判決の認定に誤りはない。
小括
以上の次第で,所論を踏まえて検討しても,被告人について殺人罪の
成立を認めた原判決の判断に誤りはない。
事実誤認の論旨は理由がない。
第4量刑不当の主張について
1論旨は,要するに,仮に被告人が本件薬剤を被害児に投与したということを前提としても,被告人を懲役8年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,被告人に対しては,その刑の執行を猶予すべきである,というのである。そこで検討する。
2原判決の判断の要旨
原判決は,量刑の理由について,要旨,以下のとおり説示した。
被告人が望まずに妊娠して,シングルマザーになったという事情があるものの,母親を中心とする同居の家族から,育児の面でも,金銭的にも援助を受けられる恵まれた環境にあり,育児ノイローゼといった事情
もなかったから,自由に遊びに行きたいという動機は身勝手であって,経緯,動機に酌量の余地はない。また,被告人は,被害児を死亡させることを意図し,
本件薬剤を被害児に投与しており,
その後の行動からも,
被害児を確実に死亡させようという強い殺意が認められる。被告人が,判断力が未熟であり,少年時のいじめの影響等から適切な人間関係を十分形成できなかったこと等を考慮しても,強い非難は免れない。
したがって,本件は,酌量すべき事情がある他の嬰児殺事案と比較して,はるかに悪質な事案であり,嬰児を殺害した事案全体の中では最も重い部類に属するというべきである。
その上で,犯行後の行動や,原審公判での供述等に照らし,被告人に被害児を悼む気持ちや反省の情はうかがえないこと,他方で,被告人に前科前歴がないこと,若年で,社会復帰後の更生が期待できること,母親の体調が悪いことなどの情状も考慮して,刑を量定した。
3当裁判所の判断
これに対して,所論は,被告人に殺意を認めることはできず,傷害致死罪が成立するにとどまるし,犯行の動機も,自分の忙しさと大変さを家族に知ってもらいたいという気持ちから,被害児に多少の体調の変化を生じさせることで家族の気を引こうとした,といった程度にとどまり,殺害に向けた強い動機があったとはいえないから,原判決は誤った事実を前提に量定しており,嬰児を殺害した事案全体の中で最も重い部類に属するという評価も誤っている,と主張する。
しかし,殺意を認めた原判決に事実の誤認がないことは,既に検討したとおりであるから,所論のうち,傷害致死罪にとどまるとの点は前提を欠いている。また,原判決は,殺意の程度について,死亡推定時刻との関係で,長時間被害児を放置していたことなどから,強い殺意を認めているが,死亡推定時刻についての原判決の認定に誤りがないことは前
記のとおりであり,殺意の程度に関する原判決の認定にも経験則違反等はない。なお,仮に死亡時刻が午後5時半頃以降であったとしても,前記のとおり,被告人は,死亡につながる身体の異変が被害児に生じることを念頭に置いたラインのメッセージを送っており,被害児死亡前から,その死亡を予期していたといえるから,殺意の程度に関する原判示に大きな誤りはない。
犯行の動機については,前記のとおり,ホストクラブに遊びに行けないことを主な理由として,被害児にいなくなってほしいと考えたとまで認定することはできないから,動機について自由に遊びに行くことの制約を強調した原判決の説示は,
やや不適切というべきである。
もっとも,
被告人が犯行を否認しているため動機の詳細は明らかではないが,前記で検討したように,少なくとも,自分の生活を制約する被害児の存在を疎ましく思って犯行に及んだことは認められるから,このような動機が身勝手であることに変わりはなく,動機に酌量の余地はないとした原判決の評価に,誤りはない。
所論は,原判決が,犯人性の認定では,本件の数日前から母親の体調不良のため育児の支援を受けられなかったなどと認定しながら,量刑の理由中では,同居の家族から援助を受けられる恵まれた環境にあったと認定するのは矛盾している,などと主張する。
しかし,本件当日頃は母親の体調不良のため育児の支援を十分には受けられなかったものの,基本的な生活状況は,母親を中心に同居の家族から,育児の支援を受けられる環境にあったのであるから,原判決の認定が矛盾しているとか,誤っているなどとはいえない。
その他所論が主張するところを検討しても,嬰児を殺害した事案全体の中で最も重い部類に属するとした原判決の評価が不合理とはいえず,被告人を懲役8年に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって,
重過ぎて不当であるとはいえない。
量刑不当の論旨は理由がない。
第5よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中120日を原判決の刑に算入することとし,主文のとおり判決する。
平成31年4月26日
東京高等裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

後藤
眞理子

裁判官

福島直之
裁判官金子大作は転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

後藤
眞理子

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