判例検索β > 平成30年(う)第128号
殺人、強盗殺人未遂被告事件
事件番号平成30(う)128
事件名殺人,強盗殺人未遂被告事件
裁判年月日令和元年5月24日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-05-24
情報公開日2019-06-25 03:32:20
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令和元年5月24日宣告大阪高等裁判所第4刑事部判決
殺人,強盗殺人未遂被告事件
主文
本件控訴を棄却する
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人堀和幸,弁護人山口智,同辻󠄀孝司,同正木幸博及び同岸上英二連名作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官大口康郎作成の答弁書及び同海津祐司作成の答弁書2に各記載のとおりであるから,これらを引用する。以下,本件各控訴趣意に鑑み,控訴趣意書の所論の順に従い,検討する。第1控訴趣意中,事実誤認の主張について
1論旨は,原判示第1,第2及び第4の各被害者の死因や第3の被害者の異変の原因が,被告人が各被害者にシアン化合物を服用させたことによるとは認めることはできず,また,原判示第3の事実については,被告人において被害者に対する債務の返済を免れる目的があったと認めることはできないから,被告人に強盗殺人未遂罪は成立せず,さらに,原判示第1,第2及び第4の各犯行の当時,被告人は心神喪失あるいは心神耗弱の状態にあったのに,原判示第1ないし第4の各事実を認定し,また,原判示第1,第2及び第4についていずれも被告人に完全責任能力を肯定して有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決には,所論が主張するいずれの点についても事実誤認はないというべきである。以下,所論に鑑み,順次各主張につき説明する。
2原判示第1の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成25年12月28日午後9時53分に,被告人の夫であったAが同人方2階8畳洋間で心肺停止の状態で発見され,同日午後10時52分に死亡が確認された件について,①Aの心臓血及び大腿血からは致死量を超えるシアン化物イオンが検出され,胃内容物からもシアン化物イオンが検出された上,⒝当時のAの生活状況からして同人が入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺したり,これを誤飲したりするとは考えられないなどとして,同人が死亡したのは,同日の概ね午後6時ころから午後9時53分までの間に,何者かが,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をAに服用させたためであるとし,さらに,②平成26年8月に被告人が便利屋に廃棄を依頼したA方のプランターの土の中から,シアン化物イオンを含んだ茶色の粘液様の物質入りチャック式ビニール袋が発見されたことや,被告人が原審公判廷で,平成18年より前の印刷工場を経営していた際に毒を入手したと一貫して供述していること等から,被告人が遅くとも平成18年ころ以降,シアン化合物を所持していたと認められるとし,また,⒝平成25年11月にAと結婚して同年12月中旬には同人と同居していた被告人は,妻として疑いを持たれることなくカプセル等をAに飲ませることが可能であったと認められることなどから,被告人は本件犯行を行うことが可能であった上,③犯行時間帯に被告人がA方にいたと認められる一方,第三者が被告人に気付かれることなくA方にいた可能性は相当に低いなどとして,上記①の犯行に及んだのは被告人であると認定した。このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Aの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒死であると原判決が認定した点に関して,学術文献(原審第2回公判調書中の証人Bの尋問調書の添付資料2)に記されているPFB誘導体を用いて検査した場合のシアン化物イオンの保持時間(RetentionTime,RT)が6.8から6.9分程度であるのに対し,Aの心臓血を検査した結果シアン化物イオンとされたものの保持時間は4.065分とかなり異なっているし,検出に用いられた検査の過程も検査者によってまちまちであって検査手法が確立されているとはいえないから,Aの遺体からシアン化物イオンが検出された旨の証明があるとはいえない,と主張する。しかし,所論がその存在を指摘するところの,Aの心臓血鑑定時に保持時間4.065分のものをシアン化物イオンと判定したことを示す資料は,原審で証拠として取り調べられておらず,したがって,文献にみられる保持時間との食い違いを指摘する点は原審記録に基づかない所論といわざるを得ないが,この点を措いても,原審で京都府警察本部科学捜査研究所に勤務するB証人が,機械の設定を同一にして同じ条件で検査を行えばシアン化物イオンが同じ保持時間の場所に出てくるが,違う条件で行えば違う時間の場所に出てくる旨を説明しているのであって(同証人の尋問調書14丁),そうすると,Aの心臓血検査の結果,シアン化物イオンと判定されたものの保持時間が,文献にみられる保持時間と異なっているからといって,上記判定が誤りであるということにはならない。検査者間で検査手法に差異がみられる旨の指摘についても,確かに,例えばBは誘導体化ガスクロマトグラフィー検査を行ったのに対し,Aの大腿静脈血を鑑定した京都府警察本部科学捜査研究所のCは同検査を行わず,本試験としてはピリジン・ピラゾロン法による検査だけを行った等の違いがみられるものの,それは,いずれも十分科学的であるといえる複数の検査手法の中でどれを行うかの違いにすぎないといえるのであって,個々の検査者がそれぞれ到達した結論の妥当性に疑問を抱かせる事柄ではない。
また,所論は,ピリジン・ピラゾロン法は定量試験であるとともに定性試験でもある旨の京都府警察本部科学捜査研究所職員Dの原審公判証言について疑問を呈し,ピリジン・ピラゾロン法を用いた検査によりシアン化合物が検出されたとするD,B及びCによる各検査結果の信用性を争う旨の主張もしているが,Dは,ピリジン・ピラゾロン法を定量試験とした文献が存在することを念頭に置いた上で,ほとんどの定量試験は定性試験も兼ねている,ピリジン・ピラゾロン法は日本工業規格JISで定性定量法に公定法として採用されている,と明確に供述しているし(原審第2回公判期日の同証人の尋問調書33丁),ピリジン・ピラゾロン法が定性試験となり得ないことを示す資料も見当たらないことに照らせば,本試験にピリジン・ピラゾロン法を用いて検査した結果(なお,Bは誘導体化ガスクロマトグラフィーも併用),Aの遺体の胃の内容物や血液中からシアン化物イオンが検出された旨の,D,B及びCの各検査結果の信用性は揺るがないというべきである。他にも所論は,Aの遺体の胃底部(胃の上部)に限局的にみられたびらんは,胃潰瘍の可能性もあるのであって,びらんの存在はシアン化合物服用の根拠にならない,とも主張するが,原判決は,Aの胃にびらんがみられるからAはシアン化合物を服用した,と認定しているのではなく,胃の内容物や血液の鑑定結果から死因をシアン化合物による中毒であるとした上で,胃に個体のシアン化合物が接触したと考えて矛盾しないびらんが生じており,また,経口摂取した場合に生じるはずのびらんが食道等に生じていないことから,シアン化合物がAの体内に摂取されたのは,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したためであると認定しているのであって,所論は原判決への批判として当を得ない。その余の所論を踏まえて検討しても,Aの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒であったとすることに疑問を抱かせる事情があるとはいえない。
Aの死因についての原判決の認定を争う所論は採用できない。
⑶次に,所論は,Aにカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用させたのが被告人であると原判決が認定した点について,被告人がシアン化合物を入手するのは困難であるのに対し,Aはシアン化合物を取り扱う職場にかつて勤務しており,A方のプランターの土の中からシアン化物イオンを含んだ茶色の粘液様の物質入りチャック式ビニール袋が発見されたのはAが埋めていた可能性等も十分にあるから,本件では,Aが元勤務先でシアン化合物を入手しており,これを他の薬物を摂取する際に誤飲した可能性や,自殺を図って敢えて服用した可能性が否定できない,と主張する。しかし,原判決も指摘するように,Aはかつての勤務先会社でシアン化合物を取り扱う部署に配属されたことはなかった上,同社におけるシアン化合物の厳重な保管状況等に照らすと,Aがかつての勤務先会社でシアン化合物を入手した可能性は考え難いし,仮にAが何からの理由でシアン化合物を入手し保管していたとしても,それが非常に危険な物であることは承知していたと考えられるから,Aがこれを誤飲するというような事態は一層考え難い。また,Aの本件当時における生活状況等に照らすと,自殺を図ったと推測させる事情は一切見当たらないばかりか,同人の遺体の胃の内容物の状態からして同人は食後約1時間以内にシアン化合物を服用して死亡したと考えられるところ(原審における証人Eの供述参照),自宅で食事を終えてから1時間以内に自殺行動に出るというのも考えにくいところであって,結局,Aがシアン化合物を誤飲したり自殺目的で服用したりした可能性をいう所論は,具体的根拠に基づかない憶測にすぎないというべきであるから,採用できない。また,所論が,第三者がAにシアン化合物を服用させた可能性をいう点についても,原判決が説示するとおり,当時のAの生活状況等からみて想定し難いのであって,結局のところ,本件では,被告人が,食事を終えたAに,シアン化合物を入れたカプセル等を服用させたものと認定することができる。この点,所論は,被告人がシアン化合物を入手することは困難であると主張しているところ,なるほどシアン化合物はその法規制状況等に照らすと一般的には入手が必ずしも容易なものではないが,かつては青色染料で使われるなどしていたし,メッキ材料商から個人販売されていた可能性もあるから,入手が決して不可能なものとはいえないし(Fの原審公判供述),客観的な裏付け証拠があるわけではないにしろ,被告人は原審公判で毒物の入手状況について供述しており,また,上記のとおりAが自分でシアン化合物を服用したとか,第三者がAに服用させたといった可能性は考え難いのであるから,犯行の機会が十分にあった被告人が,シアン化合物を入手し保有していたものと見ざるを得ない。また,所論は,犯行前後の被告人の行動は被告人の犯人性を推認させるものではないと主張して,原判決を批判しているが,原判決が,被告人の上記行動状況を,被告人がAにシアン化合物を服用させて殺害を図る動機の存在を窺わせるものとみたことが,不合理であるとはいえない。
被告人がAにカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用させて同人を殺害した犯人であるとの原判決の認定を争う所論も採用することができない。
⑷他にも所論は,Aにカプセルに入れた毒物を飲ませたことなどを認めた被告人の供述について,任意性,信用性が欠ける旨主張するが,まず,捜査段階における被告人供述については,これを原判決が原判示第1の事実の認定に用いていないことは判文上明らかであって,失当であるし,また,原審公判廷における供述について,任意性に欠けるとの主張は,公判供述については任意性を確保するための情況的保障があることに照らして採用し難く,その供述に,入手した毒が粉末であったか液体であったか等の点で変遷がみられるとしても,原判決が指摘しているように,毒入りのカプセルをAに飲ませたという核心部分の供述自体は一貫していること等に照らせば,原判決が,被告人の上記公判供述に任意性,信用性を認め,この点をも踏まえて,被告人が平成18年ころまでに入手し保管していたシアン化合物をカプセルに入れてAに飲ませたと認定したのは正当である。
その余の所論を含めて検討しても,被告人が原判示第1の行為に及んだとする原判決の認定が誤りであるとうかがわせる事情は見当たらない。原判示第1事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由がない。
3原判示第2の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成24年3月9日午後5時ころ,Gがバイクを運転して走行中に意識を失って転倒し,同日午後6時21分に死亡が確認された件について,①Gの遺体の心臓血からは致死量を超えるシアン化物が検出され,胃内容物からもシアン化物が検出されたこと等から,Gは同日の午後4時30分ころから午後5時ころまでの間に,カプセル又はオブラート等に入ったシアン化合物を服用したと認められること,⒝Gがシアン化合物を誤飲するなどの事故の可能性は考えられず,Gの当時の生活状況や,Gがシアン化合物服用後にバイクを運転していることも併せ考えると,Gがシアン化合物を服用することによって自殺を図ったとも考えられないことから,何者かが,上記の時間帯に,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をGに服用させ,その結果Gはシアン中毒に陥り死亡したと認められるとし,その上で,②原判示第1に関して認定したとおり,被告人は本件当時シアン化合物を所持していたのであるし,Gの内妻でもあったから,被告人は上記①の犯行が可能であったといえること,⒝被告人は,Gの死亡以前から,Gの遺産を取得するための行動をし,Gの死亡後もこれに向けた行動をしていたと認められること,⒞Gがバイクで転倒する前に,被告人がH店でGと一緒にいて犯行の機会があったと認められること等から,被告人がカプセルに入れたシアン化合物をGに飲ませた事実が認められる,とした。
このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Gの死因として求心性心肥大による致死性不整脈の可能性が否定できないとか,Gの遺体の司法解剖後に保管されていた同人の心臓血等からシアン化物が検出された旨の,大阪府警察本部科学捜査研究所職員Iの検査結果について,その検査方法が京都府警察本部科学捜査研究所のそれと異なっているから,その正確性に疑問があり,また,その検査の結果得られたデータが証拠として提出されていない以上,Iが検査結果として供述した内容が正しいとの立証がされたともいえない,と主張する。しかし,まずについては,Iが,京都府警察本部科学捜査研究所職員が行ったのとは異なる検査方法を用いたからといって,Iの用いた検査方法が科学的に不相当なものであるとはいえず,その正確性に疑いを容れるものとはいえないし,検査の結果得られた具体的な数値等のデータまでは証拠上明らかにされていないからといって,鑑定の手法や結果等について具体的に述べつつ,検査の結果シアン化物イオンが検出されたこと及びその検出経過を明らかにしているIの証言の信用性を疑問視すべきことにはならない。また,については,平成24年3月10日(G死亡の翌日)に司法解剖を行ったJ医師が,Gの遺体を解剖した時点では,睡眠薬や覚せい剤等の検査は行ったものの,シアン化合物のような毒物の検査までは行っておらず,シアン化合物による中毒の可能性は想定していなかった,解剖しても死亡の原因となるような明確な損傷や疾病は見当たらなかったが,運転中の死亡であったので保険の関係等から何らかの死因を示す必要があると考え,心肥大ではあったので,消去法的に,死因は求心性心肥大による致死性不整脈であると鑑定書に記載したにすぎない,Gの体内からシアン化物イオンが検出されたことを知った現時点では,青酸中毒死であると考えている,と明確に原審で供述しているのであって,この供述や,Gの死因はシアン化合物による中毒であるとのK医師の原審供述を前提とした場合,Gの死因はシアン化合物の服用による中毒死であると原判決が認定したことに誤りはないというべきである。所論は,さしたる根拠も示さないまま,科学捜査研究所職員や医師らの供述の信用性をことさらに論難するものであり,採用できない。⑶次に,所論は,Gが自殺をした可能性が全くないことが立証されたとはいえないとして,原判決を批判するが,原判決が認定する本件当時の生活状況に加え,Gが,バイクの運転中に突然転倒した機会に,シアン化合物中毒により死亡したことも踏まえると,状況的にみて,それが自殺であったとは到底考えられない。したがって,Gの自殺の可能性を否定し,その死亡がカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用させられたことによる他殺である旨を認定した原判決に誤りはない。
⑷さらに所論は,Gがバイクで転倒する前に被告人がH店でGと一緒にいたとの証明があるとはいえない等と主張して,被告人がGを殺害したとする原判決の認定を争う。
しかし,原判決も指摘するように,被告人は捜査段階で,本件犯行を否認していた時点から一貫して,Gがバイクで転倒する前にGと一緒にH店にいた旨を供述していたのであって,その内容に沿う情況事実も原判決が指摘するとおり認められることなどからすれば,原判決の認定に誤りはないというべきである。この点,所論は,被告人の捜査段階での前記供述には信用性がない旨の主張をするが,具体的根拠に基づかない主張であり,Gと一緒にH店にいた旨の捜査段階での被告人供述が虚偽を述べたものと疑うべき事情は全く見当たらないのであって,採用できない。また,所論は,J医師の供述によればGは食事をしてからさほど時間が経っていない間に死亡したとみられるのに,本件当日の午後4時48分に代金を精算した2名の客のレシートには食事の記載がなく,このレシートの記載とJ医師の説明とは矛盾するとして,このレシート記載の2名がGと被告人であったとしても矛盾はないとした原判決の判断を批判するが,J医師は,Gの遺体の胃内容物の状態は食後すぐではないが,具体的経過時間まではいうことができない旨の供述をしているのであり,GにおいてH店に来る直前に食事をしていた等の可能性も十分考えられることからすれば,被告人がGと一緒に本件当日の午後4時48分ころまでH店にいた事実と上記レシートの内容とが整合しないとは必ずしも評価できず,原判決の上記判断が誤っているとはいえない。
他にも所論は,被告人がシアン化合物を所持していたとはいえないとか,被告人がそれをGに服用させることができたとはいえないなどと主張して,原判決の前記認定を争っているが,既に述べたように,被告人は遅くとも平成18年ころまでにはシアン化合物を入手して,それを保管していたとの原判決の認定に誤りはないし,Gの内妻である被告人はGに疑いを持たれることなくシアン化合物を服用させることができたといえるから,他の具体的根拠が示されていないとの所論の批判を踏まえても,被告人がGを殺害したとの原判決の認定は動かない。さらに,所論は,原判決が,犯行前後の被告人の行動について,特異であるとか,Gの遺産を取得することを前提とした行動であるとしたのは不当であるともいうが,本件当日の深夜に被告人がG方の金庫の解錠を業者に依頼した等の各事実が特異である等とした原判決の評価が不当であるとまではいえないし,そもそも,それらの事実を抜きにしても,Gがバイクを運転していて転倒した時点からさほど遡らない時間帯に,シアン化合物が入ったカプセル等をGに疑われることなく服用させることができた人物が被告人以外には考え難い以上,被告人が当該犯行に及んだと原判決が認定したことの正当性は揺るがない。
⑸以上のほか,所論は,Gを殺害した事実を認める内容の被告人の原審公判供述の任意性や信用性についてもこれらが欠ける旨主張するが,原判示第2の事実は,そのような原審公判供述がなくとも十分に認定可能であり,実際,原判決も,【事実認定の補足説明】の項では被告人の原審公判供述には全く言及していないのであって,上記所論は原判決の認定に対する批判として適切ではない。その余の所論を踏まえて検討しても,被告人が原判示第2の行為に及んだとの認定が誤りであると窺わせる事情は見当たらない。原判示第2事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由がない。
4原判示第3の事実の事件性,犯人性について
⑴原判決は,平成19年12月18日午後2時13分ころ,神戸市L区のM駅付近路上において,Nが意識を失って病院に救急搬送され,一命を取り留めたものの,全治不能の高次機能障害,視力障害の傷害を負った件(なお,Nは,その約2年後に,悪性リンパ腫により死亡した。)について,①救急搬送時にみられたNの内窒息状態の症状等からして,Nが意識障害に陥った原因がシアン中毒以外である可能性は極めて低いといえることなどから,同人は,当日の概ね午後2時ころ,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したものと認められること,⒝Nがシアン化合物を誤飲するなどした可能性は考えられないし,同人がわざわざシアン化合物を入手して自殺を図るとも考えられないことから,何者かが,平成19年12月18日の概ね午後2時ころ,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用させたと認められるとし,その上で,②合物を所持していたこと,被告人がNと一緒に食事をする関係にあったこと等から,被告人はNに疑いを持たれることなくシアン化合物を服用させることが可能であったといえることや,⒝Nがシアン化合物を服用した前後の時間帯に被告人はNと一緒にいたと認められること,他方で,そのとき第三者も一緒にいたとの供述を被告人が一切していないこと等から,Nにシアン化合物を服用させたのは被告人であると認定し,また,③Nが本件の前日や当日に知人に対して話していた内容や,平成20年2月に被告人がNの子らに宛てた手紙に記した内容,さらに被告人が平成20年6月にNの子に約4800万円を実際に支払っていることなどからして,被告人はNに対して本件当日までに少なくとも約4000万円を返済しなければならない債務を負っていたと認められること等から,被告人はNに対する債務の返済を免れる目的で犯行に及んだと認定した。
このような原判決の説示,認定は正当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Nに関してはシアンが検出されていないところ,原判決がその可能性を否定した他の薬物以外にも,シアン化合物中毒の場合と類似する中毒症状を引き起こす薬物が存在する可能性は否定されていない,原判決が可能性を検討した薬物についても,硫化水素等の気体であって風向きの関係等でN以外の人物には影響を及ぼさなかった可能性や,農薬によって中毒症状が引き起こされた可能性がある,さらに,Nの異変はイソニアジド中毒によって引き起こされた可能性や,肝不全,心筋梗塞,心室細動その他の病気によって生じた可能性もある,そして,Nが倒れてから病院に搬送されるまでの間,シアン中毒に特徴的な症状がなかったし,シアン中毒を前提とした治療行為がなされなかったにもかかわらず,Nは回復したのであるから,Nの異変の原因がシアン中毒であったことを否定する事情があるといえるなどとして,Nが他者によってシアン化合物を服用させられたと認定するのは疑問である旨を主張する。
しかし,原判決は,Nに外傷がなく,血液検査や画像検査等からして生死に直結するような病気も認められなかった事実,本件当時Nが急に意識を失った事実,救急隊員において異臭を感じていなかった事実,Nには人通りの多い路上で意識を失うという異変が生じたのに,その付近で他に意識を失って救急搬送された者がいなかった事実や,救急搬送当日に採血されたNの血中からイソニアジドが検出されなかった事実等を指摘して,上記所論とほぼ同様の原審弁護人の主張をいずれも排斥しているところ,この原判決の説示,判断は正当である。この点,所論に鑑みて付言すると,所論は,ピラニカなる農薬は中毒患者から異臭を感じないもので,しかも簡単に購入できる物であるから,Nがこれを入手していたとしても不思議はない,との主張をしているが,神戸市内の,日中で人通りが多い場所において,Nに意識障害が生じていることなどに照らせば,同人が敢えてその前に自ら意図して農薬を服用したとはにわかに考えられない。また,一般論としては,原判決が検討した薬物以外の薬物の可能性がおよそあり得ないとまで科学的に断定できるわけではないにしても,原判決が,他の多くの可能性を慎重に検討した上で,根拠を示しつつそれらを排斥し,さらに,後述するように任意性や信用性が肯定できる被告人の捜査段階での供述内容等をも勘案して,Nの異変の原因はシアン化合物による中毒であると認定したことが,不当であるとみることはできない。⑶次に,所論は,Nに異変が生じて被告人が119番通報をした平成19年12月18日午後2時13分の時点で,被告人がNと一緒にいたことは事実であるにしても,被告人が同時刻以前もNと一緒にいたことを示す客観的な証拠はなく,その可能性はむしろ低い,と主張する。しかし,救急搬送されるNに付き添って病院に行った被告人は,O医師に対して,同日午後零時30分ころ以降にNと一緒に食事をしたと述べたというのである(原審第20回公判調書中の証人Oの尋問調書19丁。なお,O医師は,病院に一緒に来た女性がそのように述べていたと供述する一方で,その女性がどのような女性であったかは尋問時点では既に記憶していないとして,それが被告人であるとまでは供述していないが,O医師がいう女性が被告人であることは証拠上容易に認められる。)。そうすると,Nの食事内容等についての客観的裏付けがないなどという所論を踏まえても,Nに異変が生じる前に被告人がNと一緒に食事をしていたと原判決が認定したことになんら不当な点はないというべきである。
他にも所論は,被告人がシアン化合物を所持していたとはいえない,被告人が救急隊員等に対して偽名を名乗ったからといって,本件の犯人性を推認することはできない,シアン化合物入りのカプセルを健康食品と装って駅近くの飲食店でNに飲ませた旨の,捜査段階での被告人の供述には,任意性や信用性が認められない,と主張する。しかし,については,既に述べたとおり,被告人は平成18年ころの時点で既にシアン化合物を入手していたと認められるから,採用できない。については,被告人が偽名を名乗ったことが犯人性を強く推認させるわけではないにしても,原判決が,ほかの情況事実に加え,この点も考慮に入れて犯人性を肯定したことが不当であるとはいえない。この点,所論は,被告人が自らの犯行を隠蔽しようとするのであれば,偽名を名乗るよりも現場から逃走するはずである,とも主張しているが,人通りの多い街中における他の通行人の目を気にして,意識を失い倒れた同行者をその場に一人だけ残して立ち去ることを避けようとした可能性,あるいは,自分が毒物を飲ませたことは容易には発覚しないと考えていた可能性,Nの生死を含めたその後の成行きを確認する必要から病院まで付き添った可能性などが考えられるところであって,所論主張の点が被告人の犯人性認定の妨げになるとはいえない。については,被告人は原審公判廷で,様々な点について記憶がないとか覚えていないなどと供述する一方で,原審弁護人の同様の主張を排斥する理由として原判決が指摘しているように,Nにシアン化合物を服用させたかどうかという点に関しては,毒を飲ませたというのは何回も取調べで正直に話した,と明確に供述している(原審第24回公判調書中の被告人供述調書29丁,30丁)。さらに付言すると,被告人は,捜査段階で強引な誘導等を受けた旨の供述をしているわけではないし,Nを殺めたとの供述は,原審弁護人や原審裁判長からの公判中の各質問に対する応答の中にもみられるところである(同供述調書14丁ないし16丁)。そうすると,原判決が,Nにシアン化合物入りのカプセルを健康食品と装って服用させた旨の被告人の捜査段階での供述の任意性や信用性を肯定したのは正当というべきである。
⑷さらに,所論は,Nが知人に対して,女性から約4000万円を返してもらう予定であると話していたからといって,それはNの考えにすぎないし,被告人が後にNの子らに対して約4800万円を支払う意思を表した上で実際に支払ったのは,Nから投資の預り金として受け取っていたため,投資という性格上本来は被告人に返済する義務はなかったものの,被告人が好意として支払ったものであるとして,被告人は本件当時Nに債務を負ってはおらず,債務の返済を免れるために犯行に及んだと原判決が認定したのは誤りである,と主張する。
しかし,原判決が指摘する本件直前ころのNの知人に対する言動や書類作成状況にみられるN自身の受け止め方に加え,被告人が,被告人の名前が記された金銭貸借終了書等をNの子らにおいて発見した旨を知るや,Nの子らから求められてもいないのに,本件から3か月後の平成20年2月18日に,Nから借用した4800万円を平成20年5月31日に返済する旨を記した借用証と題する書面と,Nに対し支払義務が生じた経緯等を説明する手紙をわざわざ作成して,N及びその子らに宛てて送付するなどして返済の意思がある旨を伝えた事実(原審甲第301号証,証人Pの原審供述)をも踏まえれば,Nから被告人に交付されていた金銭に関しては,本件当時被告人がNに返済すべきものという共通認識が形成されていたことは優に認定することができ,被告人自身も約4000万円をNに返済しなければならない立場にあると本件当時から認識しつつ行動していたことは明らかである。この点に関する原判決の認定に誤りはない。所論は,投資を念頭に置く金銭授受であったことのみをことさらに強調し,上記借用証等の存在とこれらが作成された経緯などを不当に軽視するものであって,採用することができない。
⑸他にも所論は,被告人は原審公判廷で,当初は,Nに毒を飲ませて殺したことを認めるような供述をしていたのに,後には犯行を否認する供述に変化したと指摘するなどして,被告人の原審公判供述の信用性等を争っているが,被告人の供述が変化したとはいっても,Nに毒を飲ませたことを明確に否定する供述に転じたわけではないから,Nにシアン化合物を服用させた旨の捜査段階の供述が正直に述べたものであるなどという被告人の原審公判供述の信用性までをも否定すべきことにはならない。その余の所論を踏まえて検討しても,被告人が原判示第3の行為に及んだとの原判決の認定が誤りであるとみるべき事情は見当たらない。
原判示第3事実について,事件性,被告人の犯人性及び債務免脱目的の存在を争う論旨は理由がない。5原判示第4の事実の事件性,犯人性について⑴

原判決は,平成25年9月20日午後7時7分ころ,ファミリーレストランの駐車場に駐めた自動車内で,Qが意識を失い,病院に救急搬送され
隊の到着時以降,Qは,苦しそうな,あえぐような呼吸をしていたのに,Qの血中には十分な酸素濃度が保たれていたこと等から,Qは内窒息の状態にあったと認められる一方で,Qに外傷はなく,肺がんの治療状況,病院到着までの血圧や脈拍の状況,意識障害に陥ってから死亡までが短時間であるのに救急搬送中には瞳孔散大がみられなかったこと等から,死因が肺がん,心臓疾患,脳疾患であるとも考えられず,Qは薬毒物中毒に陥ったと考えられる,とした上で,⒝救急隊の到着時にQの身体や衣服等に異臭がなかったことや,意識不明になってから死亡するまでの時間,体温,血圧,脈拍,血中酸素濃度,死斑の状況等に照らした場合,Qの死因を矛盾なく説明できる薬毒物中毒はシアン中毒以外には見当たらない等として,Qはシアン中毒により死亡したと認められるとし,また,⒞Qの健康状態,経済状態や,死亡当日には内妻である被告人と一緒に外出していたこと等からして,Qが入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺をしたとは考えられないとして,何者かが平成25年9月20日の午後7時ころに,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をQに服用させたことにより,同人はシアン中毒に陥り,死亡したものと認定し,さらに,Qの内妻で,シアン化合物を所持していた上,被告人
は,以前からQにカプセル入り健康食品を送っていたのであって,健康食品を装ってQに疑いを持たれることなくカプセルを服用させることができたといえること,⒝Qがシアン化合物を服用し意識を失う時間帯に,被告人がQと一緒にファミリーレストランで食事をしていたこと,⒞被告人が,Qの肺がんの治療経過が良好であることや,Qに子供がいることを知っていながら,救急隊員や搬送先病院の医師に対して,Qが末期の肺がんであるとか,子供も親族もいないと事実に反することを述べた上で,Qの蘇生処置や病理解剖を断っていること等の,事件前後の被告人の行動状況から,Qにシアン化合物を飲ませたのは被告人であると認定した。
このような原判決の説示,認定は相当なものというべきである。
⑵これに対し,所論は,Qの血中酸素濃度が高かったのは酸素マスクが当てられ酸素を吸入していたためと考えられるのであり,それ以前の血中酸素濃度が不明である以上,Qが内窒息の状態にあったとは必ずしもいえないと主張し,また,肺がん,心疾患,脳疾患やアジ化ナトリウム中毒の可能性を否定する旨の証言を原審で行った各医師の供述の信用性に疑問があるとする。
このうちについては,確かに,救急搬送中のQは酸素マスクを当てられて一定量の酸素を投与されていたのであるが,血中酸素濃度は高い数値を示していたというのに,呼吸状態は改善せず(原審甲第501号証,原審第27回公判調書中の証人Rの尋問調書8丁),病院に到着した直後の時点で呼吸は下顎呼吸の状態にあり(原審における証人Sの供述),救急車から初療室に搬入されてきたときからQの呼吸の形は不規則で,シーソー様の苦しそうな呼吸をしていたというのであって(原審における証人Tの供述),このように血中酸素濃度が高いにもかかわらず呼吸状態が悪かったといえる以上,Qが内窒息の状態にあったとした原判決の認定は正当というべきである。なお,所論は,原審甲第501号証によると救急隊による搬送時のQの呼吸は1分間に12回とされているので,正常範囲内であり,自発呼吸もしており,呼吸状態が悪かったとはいえない,とも主張しているところ,原審におけるU医師の証言によれば,12回というのは正常範囲の最下限付近でかなり少ないといえる上,病院到着時には下顎呼吸の状態で,シーソー様の苦しそうな呼吸状態でもあったというのであるから,その呼吸状態が悪かったとみるべきことに変わりはない。また,については,所論がU医師,K医師,V医師及びW医師らの各供述の信用性を疑問視すべき理由として挙げる内容は,経験則上にわかに想定し難いわずかな可能性をことさらに強調するものであったり,合理的な根拠や経験的な知見によって説明されているにもかかわらず,判断の具体的根拠が十分に示されていないとする独自の理解によるものであったり,致死量についての細かい数値を記憶していないことを不当に強調するもの等であって,そのような所論によっても,シアン中毒以外に想定される各死因の可能性につき否定的見解を示す各医師の供述内容の信用性は揺るがず,それらに依拠してQの死因を特定した原判決の認定は正当というべきである。更に所論は,Qにはシアン中毒に特徴的な死斑,瞳孔散大,異臭,嘔吐等の症状がみられないとも主張しているが,瞳孔散大がシアン中毒死の場合に特徴的にみられることを示す証拠は原審記録上見当たらないだけでなく,Qに瞳孔散大がみられなかった点は,原判決が説示するように,むしろ脳疾患による死亡の可能性を否定する事情とみるべきであるし,また,K医師の供述によれば,所論が特徴的として挙げる死斑や異臭等の症状の点については,それらが真実シアン中毒に特徴的なものといえるのかには疑問があるというのであって,原判決が,各医師の供述に依るなどして,Qのシアン中毒の可能性を肯定する一方で,他の可能性を排斥したことに,不当な点はないというべきである。Qの死因がシアン化合物を服用したことによる中毒であるとの原判決の認定を争う所論は採用できない。
⑶次に,所論は,被告人がQにシアン化合物を服用させたと認定した事情として原判決が挙げる内容は,被告人が犯人であると考えても矛盾しないといえる程度のものであって,被告人の犯人性が積極的に肯定できるわけではない,と主張する。
しかし,原判決も指摘しているように,関係証拠上,被告人は,Qが意識を失って倒れた際に,119番通報をしただけでなく,救急隊員や搬送先病院の医師に対して,自分は直前までQと一緒に食事をしていた旨を述べていた事実が優に認められるのであり,そうである以上,所論が批判するQと本件当日一緒にいたことを認める原審乙第58号証の被告人供述の信用性等を仔細に検討するまでもなく,被告人が直前までQと共に食事をしていたと認定したことは正当というべきである。原判決が挙げている間接証拠によってそのような認定をすることは許されないとする所論は,独自の見解であって,採用できない。そして,Qに異変が生じる直前の時点でQと一緒にいたのが被告人であり,しかも,それ以外に事件に関わる第三者がその場にいたことをうかがわせる事情が一切見当たらない以上,Qにシアン化合物を服薬させたのが被告人であると強く推認できるというべきである(なお,Qが自殺した可能性が想定し難いことは,原判決説示のとおりである。)。すなわち,原判決は,被告人がシアン化合物を所持していたこと等から犯行が可能であったことを前提に(所論はこの点も争っているが,被告人がシアン化合物を所持していたと認めるのが正当であることは既に述べたとおりである。),シアン中毒によってQに異変が生じる直前に同人と一緒にいたのが被告人である事実に着目した上で,その前後の被告人の行動状況や考え得る犯行動機をも検討して,被告人が犯行を行ったと認定することに合理的な疑いを容れる余地がないものと判断して,被告人がカプセルに入れたシアン化合物をQに飲ませたと認定したものといえ,このような原判決の認定,判断はなんら不当なものではないのであり,これを争う所論を採用することはできない。⑷その他,被告人の供述調書類の任意性,信用性等,所論が様々に主張する内容を踏まえて検討しても,被告人が原判示第4の行為に及んだとの認定が誤りであるとうかがわせる事情は見当たらない。
原判示第4事実について,事件性及び被告人の犯人性を争う論旨は理由がない。6責任能力について
⑴原判決は,被告人の精神鑑定を行ったX医師が,被告人は平成27年ころからアルツハイマー型認知症を発症しているものの,平成28年9月の鑑定時には,認知症と判断するか迷うくらいの軽症であり,平成25年12月当時は認知症その他の精神疾患にり患していなかった,などと供述していることや,平成25年12月ころのAとのメールのやりとりや男性との交際に関わる被告人の言動,計画的で一貫した犯行状況や犯行後の種々の場面における行動状況等を挙げて,原判示第1の犯行当時,被告人に認知症による精神の障害はなく,認知症が進行性の病気であることから,それ以前の原判示第2及び第4の各犯行当時も同様であったとして,いずれの犯行の際も被告人は完全責任能力を有していたものと認定した。
このような原判決の説示,認定は正当というべきである。
⑵この点,所論は,X医師は,認知症の専門医ではない,検査結果と判断過程を具体的に明らかにしていない,反対尋問でもこれらの点について鑑定内容を明らかにできていない,捜査記録に表れた事実を真実としてしまっている,被告人の認知症の症状,程度などが被告人の判断能力,行動制禦能力にどのような影響を及ぼしているかを何ら検討していない,などとして,同医師の供述の信用性を争い,また,原判示第1,第2及び第4の各事件当時の被告人は既に認知症を発症していたと認めるべきである,と主張して,これらの事件当時の被告人につき完全責任能力を肯定した原判決を批判する。
しかし,これまで説示したように,上記各犯行はいずれも,被告人が固体のシアン化合物をカプセルに入れるなどした上で,これを,食事の際などに各被害者に疑われないように服用させたというものである。したがって,相当程度の計画性の存在が認められることはもとより,自分の目的を達成するために必要な継続的行動やその結果等に関する十分な状況認識,状況判断等がなくしては容易に実行できない性質の犯行といえる。そうすると,このような計画性や各犯行態様等からして,いずれの犯行時点においても被告人が完全責任能力の状態にあったことを相当程度推認することができるというべきである。
なお,所論に鑑み,X医師の原審供述の信用性につき付加説明すると,については,X医師が鑑定人として認知症を含む被告人の責任能力の有無,程度等を判断するための経験や能力を有する人物であることは,原判決が適切に説示するとおりであって,同医師が認知症に特化した専門医とまでいうことができないことが同医師の鑑定人としての資質や能力等を左右するような事情とみることはできない。及びについては,X医師は,被告人に対して実施した各種検査結果やその評価について,説明用に使用されたスライドを含めて合理的な説明をしていることは明らかで,所論が指摘するいくつかの点に明確に答えていないことなどが,その鑑定結果を含めた全体的供述の信用性を左右するようなものとはいえない。については,X医師は捜査記録も鑑定資料として用いているが,無批判にこれを真実とみなして鑑定結果を導いているわけではなく,被告人からの面接聴取結果をはじめとする他の多くの資料の検討結果も踏まえて鑑定をしていることは,その供述内容から明らかであるから,所論指摘の点が同医師の鑑定結果を誤らせたとはいえない。については,X医師は,捜査段階及び原審証言時に被告人が軽症のアルツハイマー型認知症であったが,その発症時期が平成27年頃と判断したことについて,各種検査結果やこれまで蓄積されてきた医学的知見等を踏まえて丁寧に説明している上,同医師は本件各犯行時には被告人は認知症ではなかったという前提に立って証言しているのであるから,認知症が各犯行時における被告人の判断能力や行動制禦能力に及ぼした影響について特段の言及をしていないのは当然といえる。所論はいずれも採用できない。原判示第1,第2及び第4の当時の被告人の責任能力を争う論旨は理由がない。7事実誤認の論旨についての結論
以上のとおり,所論はいずれも採用できず,原判決が,原判示第1から第4の各事実を認定し,同第1,第2及び第4について,被告人に完全責任能力を肯定したことにいずれも事実誤認はないというべきである。
事実誤認の論旨は理由がない。
第2控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
1論旨は,①原審は,被告人が訴訟能力を欠いた状態にあったにも拘わらず,公判手続を停止せず,上記状態が続いているのに被告人に有罪の判決を言い渡した点,②原審における証人U及び証人Kの各供述は,いずれも証拠能力がないのに,原判決が,U証言を原判示第4事実の事実認定に用い,K証言を原判示全事実の事実認定に用いた点,③原審が審理手続等,様々な面で憲法31条や34条の要求を満たさないまま被告人に対し死刑判決を言い渡した点において,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
2①の訴訟能力の点に関する主張について
⑴所論は,原審において被告人は認知症により訴訟能力を欠いた状態にあったのであるから,原審は公判手続を停止すべきであったのに,これをしないまま有罪判決を言い渡した原判決は刑訴法314条に違反している,と主張する。
そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決は,上述のX医師の供述に基づき,同医師が鑑定をした時点で被告人の認知機能低下の程度は軽症で,理解力や状況判断能力等も認められるとした上,被告人の認知機能低下の進行は緩徐であること等からすれば,上記鑑定から約1年後の原判決宣告時点でも被告人の前記症状は大きく変化していないと認められるとし,さらに,被告人の原審公判における黙秘権行使や,供述する内容の選択状況等も考慮して,被告人は訴訟能力を有するものと認定して,有罪の判決を言い渡したものである。このような原判決の判断は正当であり,その理由として説示する内容も相当なものということができる。
⑵これに対し,所論は,X医師は認知症の専門医ではなく,原審弁護人からの反対尋問において,検査結果内容や判断過程を具体的に明らかにするよう求められてもこれを拒んで明らかにしなかったことからして,鑑定時点で被告人の認知症の症状は軽症であったなどとする同医師の証言の信用性は低い,X医師による鑑定は平成28年5月から同年9月にかけて行われたところ,平成29年6月から同年10月にかけての原審の審理における被告人の供述内容が不合理で,矛盾や変遷をしており,不可解であることが明らかであるのに,これらを踏まえての再度の精神鑑定を行わず,X医師に公判を傍聴させた上で証言をさせたわけでもない原判決は,公判審理時点での被告人の訴訟能力について医学的観点からの検討をしたとはいえない,原審で被告人は,質問に対して供述を拒むなどしたこともあった一方で,誰が被害者とされる事件の審理をしているかがわかっていなかったり,どこに座っている人物が裁判官及び裁判員であるかわかっていなかったり,黙秘する旨を述べた直後に供述を始めたりするなどしていたのであって,このような相矛盾する被告人の応訴態度について専門家による分析を経なかった原判決の観察と検討は表面的である,被告人が認知症であることは間違いなく,被告人には短期記憶障害がみられるのに,それが訴訟能力に及ぼす影響について鑑定を実施せず,原判決はこの点を具体的に検討していない,と主張する。⑶しかし,まず上記

についてみると,確かに原審公判で被告人は,前回

公判期日の自身の供述にとどまらず,休廷前の自身の供述についても,覚えていないと述べる場面がみられたことからして,被告人には一定程度の短期記憶障害が生じていたと推測されるところであり,このことを前提とすると,被告人が,自身で,訴訟の進行に応じ,自己の利益にとって最善な防御活動をその都度的確に判断していくことは困難とみるべき場面もあったと考えられる。
しかしながら,被告人が,その期日に審理されているのが各公訴事実のうちのどの事件であるかや,昨日の期日には誰を被害者とする事件について審理していたかを正しく答えることができていた場面も少なからずあったこと(被告人は,公判の初期のころだけでなく,多数回の公判期日を重ねた後であっても,そのような正しい返答を何度かしている。例えば,原審第24回公判調書中の被告人質問調書1丁,5丁,同第32回公判調書中の被告人質問調書1丁等参照。)などからすれば,被告人が,直近の記憶を悉く保持できないような状態にはなかったことは明らかである。また,被告人は,原判示第1から第3の各事実については,原審公判で,大まかにではあっても,自身が行った犯行である旨を供述し,しかも,行った理由ないし動機についてまで繰り返し供述するなどしている一方で,原判示第4の事実についてはこれを否認する旨を述べているし,Qが生前作成した公正証書遺言に基づいてQの死後にその遺産を全部取得したところ,Qの子らからの要求があったため,弁護士に相談したことがあった,といった事情などについては具体的に供述することもできていた(原審第32回公判調書中の被告人質問調書42丁)。そうすると,被告人の場合,少なくとも各事件前後の自身の言動等については比較的良く記憶を保持していたものと考えられ,被告人は,その記憶を踏まえて,質問者に誘導等されることなく,自分の判断で,各事件についての認否を明らかにし,その状況の概略について説明することができていたものと認められる。確かに,被告人が各犯行の理由として述べる内容は,他の関係証拠に照らして不合理あるいは不可解ともいい得る部分が少なくないが,被告人は原審において,概ね,質問された内容を理解した上,これに対応する供述をすることができていたといえるのであり(被告人が,質問された事項以外の内容を自ら進んで述べた場面も少なからずみられるものの,そのような場合であっても被告人は,問われた事項以外に主張ないし供述したいことがあって,敢えて質問された事項以外の内容を供述したものと解される。),不合理あるいは不可解と思われる供述の多くについても,記憶の混同や希薄化のため,あるいは真実の動機,経緯について供述を避けたいがためになされた,と理解することも可能であって,これらがもっぱら認知症に影響されてなされた供述であるとみることは困難である。
また,原審における被告人質問の開始段階での供述内容をみると,被告人は,原審弁護人の質問に対してどうするかを問われた際には

先生から質問されたら答えます。

と答えていたのに,検察官,裁判官,裁判員からの質問の場合はどうするかを問われると,黙秘する,と答えていることから,黙秘権について理解した上で,弁護人が,検察官はもちろん裁判所とも異なる立場に立ち,自分の利益のために活動する専門家であることを理解することができていたと認められる(このことは,被告人が上記供述をした直後,検察官の質問に対し,弁護人が上記立場にある人であることを自認する供述をしていることからも明らかである。)。この点につき所論は,原審弁護人と被告人との事前の打ち合わせでは,原審弁護人からの質問も含めて全ての質問に黙秘する方針が何度も確認されていたのに,実際に被告人質問が始まると,被告人の供述状況は上記方針とは異なっていた,として,被告人は黙秘権について理解できていなかった,と主張しているが,原審では被告人の黙秘権行使について訴訟関係者から慎重な配慮がされつつ審理がされていたことは,記録から十分窺うことができる上,原判決も指摘するように,実際に被告人が明確に回答を拒否する場面もあったのであるから(原審第9回公判調書中の被告人質問調書11丁),被告人は,黙秘権があることを知りつつ,事前に原審弁護人との間で確認したという方針に従うことは止めて,公判で供述するか否かやその応答内容を自身の判断で状況に応じて選択していたものというべきである(なお,被告人は,原審弁護人との間で黙秘の方針を確認した,とは説明せず,原審弁護人から黙秘しなさいと言われた,と供述している。同被告人質問調書6丁)。もとより,被告人が,自分が刑事訴追された被告人として裁判を受けている身であること自体を理解できていなかった様子は認められない。
以上に加えて,後述するように信用性が認められるX医師の供述内容も踏まえれば,認知症が被告人の訴訟能力に影響を与えていたにしてもその影響の程度はかなり限定的であったとみられるのであって,少なくとも被告人は,原審弁護人からの適切な援助を受けるなどしていたことにより(所論が主張するところの黙秘の方針に被告人が自らの判断で従わなかったにしても,原審弁護人は,公判前整理手続の段階や公判段階で,被告人の利益の観点から,検察官請求証拠に対する意見を述べ,検察官請求証人に対する反対尋問を行ったのみならず,被告人質問の際に応答した被告人に不当な不利益が生じないように再質問をするなどもしていたのであって,被告人が弁護人という法律専門家による適切な援助を受けていたといえることに疑問の余地はない。),自己の権利を防御するための訴訟能力をなお保持していたことは明らかというべきである(最高裁第一小法廷平成10年3月12日判決最高裁判所刑事判例集52巻2号17頁参照)。このことは,被告人が審理中に突然立ち上がったとか,判断者である裁判員に対して怒りをぶつける発言をした等の,所論が指摘する諸事情を踏まえて検討しても,変わらない。⑷この点,所論は,健忘には前向性健忘と逆行性健忘があるところ,捜査段階や公判段階での訴訟能力の関係では,主に,短期の記憶障害である前向性健忘が問題となり,被告人が,原審弁護人から受けた助言の内容を覚えられず,打ち合わせた内容を記憶できず,自身が選択した決定・判断,陳述した内容などを忘却してしまう以上,被告人は原審弁護人から有効な援助を受けることができなかった,として,原審が訴訟手続の停止を行わなかったことを批判する。しかし,上述のように,被告人は黙秘の方針に関して原審弁護人から事前に言われていた内容を原審で具体的に供述することができており,原審弁護人からの助言の内容を全く覚えられないような状況にあったとみることはできない。
また,原審の訴訟手続の過程に照らして原審弁護人が被告人のために有効な援助をすることが現実にできなかったのか否かを検討してみても,まず,公判前整理手続の経過と結果をみれば,公判前整理手続の段階で,原審弁護人が被告人に有効な援助をすることができずに被告人に不利な形の争点整理や証拠整理がなされるに至ったとは考えられない。次に公判段階についてみても,なるほど被告人は,原判示の事実ごとに行われた各被告人質問の場面で,原審検察官等からの質問に対してほぼ例外なく応答をしており,黙秘権を行使したといえる場面はほぼ皆無であったといってよいが,そのような経過等のために,検察官請求証人の供述調書が一転して採用されるなどして証人尋問が取り消された等の事態に至ったわけではなかったのであり,原審弁護人は,被告人の応訴態度が当初の弁護方針と一致しなかったことによって,被告人の利益ための弁護活動方針を再検討しつつ継続していくにつき大きな困難が生じたとはにわかに考え難い。また,被告人質問における被告人の供述態度は原審弁護人にとっては予想外であったと推察されるが,原判決は,被告人質問で述べられた不利益供述のうちの一部を有罪認定に用いたものの,被告人の不利益供述を有罪認定の中心に据えたわけではなく,あくまで,原審弁護人による反対尋問を経た各証人尋問の結果等を中心に有罪認定を行っている。そうすると,現実に,各犯罪事実の認定の局面で,原審弁護人は被告人に対して有効な弁護活動による支援を行うことができていたものと評価できる。
以上からすれば,前向性健忘が訴訟能力の有無に大きな影響を及ぼす旨の所論の指摘を踏まえて検討しても,本件の場合,被告人の訴訟能力が欠如していたとみるべきことにはならない。⑸また,所論は,死刑が問題となっている本件においては,死刑求刑相当事案における公判廷での理解力,公判廷での手続への主体的参加を可能とする記憶力,理解や記憶に基づいた弁護人とのコミュニケーション能力が重要であり,これらの点につき十分な判断指針ないし規範を確立して,死刑求刑事案という特殊性を踏まえて,より慎重に訴訟能力を判断しなければならず,その能力についても,より高い能力を要求すべきであるとして,最高裁判所平成7年6月28日判決を引用し,原判決はそのような規範等の確立も慎重な判断も欠いている,と批判するが,死刑が求刑されるような事案であるからといって,被告人の訴訟能力を肯定するに際し所論が求めるような規範等を裁判所が明示しなければならないとはいえないし,死刑求刑相当事案とそうでない事案とで,訴訟能力として求められる内容,程度に特段の差異があると考えることも相当とはいえない。所論引用の最高裁判決は,死刑判決の衝撃等による精神的苦痛によって精神障害が生じた者による上訴取下げに関する事案であって,本件とは事案や状況を異にしており,本件に適切なものではない。
⑹ところで,所論は上記のとおり,X医師の証言の信用性を争うが,これまで説示したとおり,同医師が前提とした事実やその判断過程等に問題があるとは認められず,同医師の証言はその信用性を肯定すべきものである。所論は,X医師が認知症の専門家ではないと指摘するが,精神医学者としての十分な知識,経験を有すると認められる同医師の供述につき,同医師が精神医学の中でも認知症を専門としているわけではないこと自体で,その信用性を否定することはできない。また,所論は,上記のとおり,原審審理段階での被告人の精神状態について再鑑定等がなされておらず,医学的な検討がなされていないとして原判決を批判するが,X証言によれば被告人の認知症の進行具合は緩徐と認められるのであるから,原審が,審理時点での被告人の精神状態について再度の鑑定等を行うなどしなかったことに不当とすべき点はないし,被告人の訴訟能力を肯定した判断が正当であることは上述したとおりである。
⑺以上のとおり,被告人の訴訟能力についての所論は結局採用することはできず,原裁判所が,公判手続の停止をすることなく被告人に有罪の判決をした点に,訴訟手続的な違法があるということはできない。
また,所論に鑑み,当審段階での被告人の訴訟能力についても,念のため付言しておくと,原審審理時点における被告人の供述状況等からして,原審段階での被告人には訴訟能力があったと認められる上,X医師による平成28年の精神鑑定時に,被告人に認知症が認められたがその程度は軽度で,その進行の度合いは緩徐であるとされていること等に照らせば,原判決宣告から約1年半を経過した現時点においても,特段の事情がない限り,被告人に訴訟能力があるとみるべきところである。そして当審弁護人からは,被告人の現時点における訴訟能力について再鑑定を求める申立てがされ,これに伴い,被告人の最近の状況として,弁護人作成の報告書2通が追加提出されたが,これらの申立内容や疎明状況を踏まえても,原判決後の被告人の精神状態に大きな変化があったと窺わせるような状況は特に見出すことができない。そうである以上,当審段階においても,被告人が訴訟能力を欠く状態にあると認めることはできない。
3②のU証人及びK証人の各供述の証拠能力の点について所論は,U証人が,自身が原審証人として供述を求められる点と同じ点について述べている他の証人らの捜査段階での供述調書を読むなどした上で,公判廷で供述した旨を認めていることを指摘し,また,K証人も,自身が原審証人として供述を求められる諸点と同じ点について述べている他の証人の供述調書を読んだ上で公判廷で供述したものと考えられる,とした上で,刑事訴訟規則123条の趣旨に照らせば,そのようなU証人やK証人の各供述の証拠能力を否定すべきであるのに,原判決はこれらを不当に事実認定に用いている,と主張する。
しかし,U証人及びK証人がいずれも原審で供述を求められたものは,同人らが歴史的事実関係を直接知覚,認識したことに基づく体験的事実ではなく,被害者らの診療録等の関連資料を閲読検討したことを前提にして同人らの死因等を医療分野の専門家としての識見に照らしてどのように考えるかという意見が中心である。そうである以上,両証人が,他の医師等関係者の供述のみならずその見解をも踏まえて死因等について検討して証言することは,刑事訴訟規則123条の趣旨になんら反するものではない。所論は採用できない。したがって,原判決が,U証人及びK証人の各供述を事実認定に用いた点に,違法とみるべき点はない。
4③の憲法31条違反,34条違反の主張について所論は,憲法31条,34条に照らせば,死刑を科するような事件においては,通常とは異なった特別な手続が保障される必要があり,具体的には,罪責認定手続と量刑手続とを明確に区別して審理を行った上で,死刑判決については被告人の意思や弁護人の意思に関わりなく自動的に上訴がなされる制度や,合議体の全員一致を要求する制度の存在を前提に,法定された明確な基準に従い,死刑が選択されなければならず,また,死刑の選択が可能な事件については十分な弁護活動が行われるよう特別の人的物的保障がなければならないのに,そのいずれをも欠いたまま被告人に死刑を言い渡した原判決は,憲法31条,34条に違反している,と主張する。
しかし,所論が挙げる上記

の各制度については,憲法がこれらの制度ま

でをも要求しているとは解し難く,これら制度を設けるかどうかは専ら立法政策の問題というべきである。上記についても,被疑者や被告人が,弁護人を依頼する権利を超えて,死刑の選択が法律上可能な事件の場合であれば特別の弁護活動を受けられる制度を設けるかどうかは,やはり立法政策の問題といえる。また,上記については,裁判所の審理方法選択に関する合理的な裁量に委ねられた問題あるいは立法政策の問題といえるし,上記については,憲法が,罪刑を法定することを超えて,さらに,死刑を選択するための基準の法定までも要求しているとみることはできない。
結局,原判決に,所論が指摘するような憲法31条,34条に違反する点があるとみることはできないし,さらに念のため付言すると,被告人の弁護人選任権について規定した憲法37条に違反する点があるともいえないというべきである。
5以上のとおり,所論はいずれも採用することができない。また,原審記録を検討しても,原判決の訴訟手続に,所論が主張するものの他に,判決に影響を及ぼすことが明らかな何らかの法令違反があるとみることはできない。訴訟手続の法令違反の論旨は理由がない。
第3控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
論旨は,死刑や,死刑の執行方法とされている絞首刑は,憲法36条,98条2項に違反しているから,原判示第1,第2及び第4の各事実について刑法199条が定める法定刑の中からいずれも死刑を選択した原判決は,法令適用を誤っている,というのである(なお,所論は,刑法240条後段の強盗殺人罪についても,その法定刑のうち死刑を規定した部分が憲法違反である旨の主張をしているが,原判決は,強盗殺人未遂罪にあたる原判示第3事実については,未遂減軽に依ることなく当初から無期懲役を選択しており,死刑を選択していない。)。
しかし,死刑制度が,その執行方法を含め,憲法36条に違反するものでないことは,原判決が指摘するように,最高裁判所の判例とするところであるし,所論が死刑をめぐる近時の状況として主張する内容を踏まえても,これが憲法36条に違反しているということはできない。また,所論は,国連機関等の動向を指摘して,死刑廃止は確立された国際法規であるとして,刑法199条の死刑を規定した部分が憲法98条2項に違反しているというのであるが,死刑の廃止や絞首刑の廃止が確立した国際法規に当たるとはいえない。法令適用の誤りの論旨は理由がない。
第4結論
以上のとおり,論旨はいずれも理由がないので,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
令和元年5月31日
大阪高等裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

樋󠄀

口裕晃
裁判官

佐藤洋幸
裁判官

柴田厚

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