判例検索β > 平成29年(わ)第189号
過失運転致死傷
事件番号平成29(わ)189
事件名過失運転致死傷
裁判年月日平成31年3月27日
法廷名福岡地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-27
情報公開日2019-06-26 16:00:48
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主文
被告人を禁錮5年6月に処する
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成28年12月3日午後5時頃,福岡市a区bc番先の道路(以下本件走行開始地点という。)において,普通乗用自動車を発進させて前方数メートルの位置の道路上に自車を停止させるに当たり,ブレーキを的確に操作して安全に停止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,ブレーキを的確に操作せず,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み,自車を前方に加速進行させ,狼狽のあまり,アクセルペダルをブレーキペダルと誤認していることに気付かず,更にアクセルペダルを踏み込み,自車を時速約86キロメートルまで加速させて同区de番f号のA病院(以下本件病院という。)東館付近道路まで進行させ,同館テラス付近において,自車をB(当時44歳),C(当時44歳)及びD(当時53歳)に衝突させ,更に自車を同館外壁に衝突させるなどしながら同館内ラウンジに突入させ,同ラウンジにおいて,自車をE(当時23歳)ほか6名に衝突させるなどし,よって,別紙1記載のとおり,Bほか2名をそれぞれ死亡させ,別紙2記載のとおり,Eほか6名にそれぞれ傷害を負わせた。(事実認定の補足説明)
1
争点
関係証拠によれば,被告人が乗車した普通乗用自動車(トヨタプリウス。以下本件車両という。
)が,本件走行開始地点から,南東から北西に走る道路を,
その突き当たりにある本件病院東館に向けて進行した上(同館外壁までの距離は約286.7メートル),同館手前の道路標識柱及び被害者3名に衝突し(以下第1の衝突という。),さらに,同館ラウンジの外壁ガラス窓付近への衝突(第2の衝突)を経て,同ラウンジ内にいた被害者7名に衝突した後,同ラウンジ奥の側壁に衝突して(第3の衝突)停止した事実が認められ,そのこと自体に争いはないところ,弁護人は,かかる本件車両の走行について,被告人に過失はないから,被告人は無罪である旨を主張する。
しかし,当裁判所は,関係証拠に照らし,判示事実を認定した。その理由を補足して説明する。
2
被告人の過失の内容等


関係証拠によれば,本件走行開始地点から本件病院東館までの間には,信号機による交通整理の行われていない交差点が2か所あるところ(以下,その一つ目の交差点を第1交差点,二つ目の交差点を第2交差点という。),本件車両は,第1交差点を一時停止することなく,時速約41キロメートルで通過し,その後,第1の衝突の約4秒前に時速約66キロメートル,約3秒前に時速約74キロメートル,約2秒前に時速約76キロメートル,約1秒前に時速約86キロメートルと加速して走行したこと,また,第1の衝突時並びにその4秒前,
2秒前及び1秒前の各時点においてアクセルペダルが押し込まれ,かつ,第1の衝突時並びにその4秒前,3秒前,2秒前及び1秒前の各時点で,ブレーキがオフの状態となっていたことが認められる。



これらの事実に照らせば,被告人は,アクセルペダルを踏み,本件車両を加速させて本件病院東館まで進行し,遅くとも第1の衝突の約4秒前以後は概ねアクセルペダルを踏み込み,ブレーキペダルを踏むことなく第1の衝突に至ったと判断するのが自然かつ合理的である。本件の証拠関係に照らすと,被告人が故意にアクセルペダルを踏み込んだとの疑いは存せず,そうすると,被告人は,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだことが強く推認される。



関係証拠によれば,被告人は,本件走行開始地点から本件車両を発進させる際,本件車両の運転席側のドアが開いた状態で,本件車両を発進させており,その後,本件車両を走行させながら,そのドアを閉めていること(甲43),被告人は,日ごろから,アクセルペダル及びブレーキペダルを踏む際,いずれも,右足で床面にかかとを接地させずに踏み込むこと(甲72)が認められるが,これらの事情によれば,被告人が,本件車両を発進させた当初,運転姿勢をしっかりととっておらず,ドアを閉めるなどの動作に注意を奪われ,ペダルの正しい操作に意識を向けることができず(被告人自身,踏み込んだペダルを目視で確認していないことを自認している。),誤ったペダルを踏み込んだものと考えられ,上記の事情は,前記推認に整合的な事情といえる。3
弁護人の主張について


これに対し,弁護人は,被告人が,本件走行開始地点で,一度アクセルペダルを軽く踏んだ後にブレーキペダルを踏もうとしたが,ブレーキペダルは全く踏み込めなかった。その状態でギアを動かしていたところ,本件車両が急加速した。アクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違えていない旨を供述していることを前提に,①前記2⑴の認定の証拠となる本件車両に搭載されたエアバッグコンピューターASSY(以下本件EDRという。)の記録に正確性は認められない。すなわち,仮に,被告人がブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んだのであれば,ブレーキが利かないと思い,直ちに全開までアクセルペダルを踏み込むはずであり,その場合,前記2⑴の各速度にとどまることは考え難い,②そもそも,本件車両は,その駆動系のコンピューターであるパワーマネージメントコントロールコンピューター(以下本件PMCという。
)が誤作動を起こし,加速の指示を出し続けたため,被告人がアクセルペダルを踏んでいないにもかかわらず急加速したものである,
③その状況の下,
被告人は,ブレーキを踏もうとしたが,本件車両のブレーキ部品の一部であるOリングの摩耗により,ブレーキ内部のピストンとマスターシリンダーの金属面が固着し,ピストンの摺動が妨げられ,ブレーキペダルを踏み込めなくなる現象(以下固着現象という。
)が生じたため,ブレーキを踏み込めなかった
ものであるなどとして,被告人にブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだ過失はない旨を主張する。
しかしながら,関係証拠に照らし,弁護人の主張はいずれも理由がない。具体的には,以下のとおりである。


①の点(本件EDRの記録の正確性)について

関係証拠によれば,本件EDRの記録情報については,科学警察研究所の交通科学部長であるFが読み出しを行い,その後,福岡県科学捜査研究所の職員であるGが解析を行ったことが認められるところ,実際の自動車を用いた衝突現象の解析の経験を組織的に有するFらの同読み出し及び分析の結果について,その信用性を阻害する事情を見出すことはできない。実際,関係証拠によれば,本件病院東館に設置された防犯カメラ映像に録画された本件車両の2地点間の距離及び移動の所要時間を基に速度を算出したところ,本件EDRに記録された速度と一致したことが認められ,このことは本件EDRの記録情報の正確性を裏付けている。


そして,そもそも,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んで加速したとしても,通常,公道上を走行する際,直前の飛び出しなど,急ブレーキをかける事態に直面しない限り,
ブレーキ操作は徐々に行うものであり,
被告人が本件車両を発進させた当初は,それほど速度が出ていなかったのであるから,必ずしも弁護人のいうように直ちに急ブレーキをかけようと全開までペダルを踏み込むとは限らない上,前記のとおり,被告人は,本件車両を発進させる際,運転席側のドアを開いた状態にしており,発進した後に,走行させながらそのドアを閉めていることに照らせば,被告人が,ドアを閉めるなどの動作に注意を奪われ,ペダルの操作に意識を向けることができなかったことも考えられる。これらを踏まえると,前記2⑴の各速度が不自然な値とはいえない。


以上のとおり,本件EDRの記録に正確性は認められないとの弁護人の主張は採用できない。



②の点(本件PMCの誤作動の可能性)について

関係証拠によれば,本件車両はハイブリッド車であり,アクセルペダルの踏み込みにより要求される駆動力を,ガソリンエンジンの駆動力に加えて,電気モーターの駆動力によっても充足する仕組みとなっていること,アクセルペダルの踏み込み量は,
同ペダルに装着されたアクセルセンサーが検知し,
本件PMCにその電気信号が送られ,さらに,本件PMCは,ガソリンエンジンの駆動力を制御するエンジンコントロールコンピューター(以下本件ECCという。)及び電気モーターの駆動力を制御するパワーコントロールユニット内のモーター制御コンピューターにその信号を発し,本件ECCが,スロットルモーターに信号を発してエンジンの出力の増減を,モーター制御コンピューターが,電気モーターの出力の増減をそれぞれ制御し,ひいては車両速度の増減を電子的に制御する仕組みとなっていること,アクセルセンサーに不具合が生じた場合,本件PMCが本件ECC及びモーター制御コンピューターに対し,スロットルモーター及び電気モーターへの通電を打ち切る信号を発するとともに,本件PMCは,アクセルセンサーから受信するアクセルの踏み込み量に関する情報と本件ECCから受信するガソリンエンジンの出力に関する情報を照合し,両者の情報に齟齬が生じた場合には,本件PMCが本件ECC及びモーター制御コンピューターに信号を発し,スロットルモーター及び電気モーターへの通電を打ち切る仕組みとなっていること,本件PMC,本件ECC及びモーター制御コンピューターの中にある複数のコンピューターが,
それぞれの内部で相互に監視していることに加え,
本件PMC,本件ECC及びモーター制御コンピューターの間でも,相互に監視しており,いずれかのコンピューターに不具合が生じた場合,他のコンピューターが異常を感知し,スロットルモーター及び電気モーターへの通電が打ち切られる仕組みとなっていること,スロットルモーター及び電気モーターへの通電が打ち切られると,本件車両は高速走行ができない状態となることが認められる(これらの事実は,証人Hの公判供述に沿った認定である。証人Hは,本件車両の製造会社の技術系の社員として長年勤務した経験やその中で得た専門的知識に基づいて,本件車両の構造等について詳細かつ具体的に供述しており,その内容に不自然な点もみられない。弁護人が種々主張する点を踏まえても,証人Hの上記公判供述は十分に信用できる。)。以上のとおり,本件車両の駆動系の構造上,その一部のコンピューター等に不具合が生じた場合には,本件車両は,高速走行ができない状態となり,減速する仕組みになっていることに照らすと,そもそも,本件PMCに異常が生じたことにより,本件車両が急加速したとは考え難い。しかも,関係証拠によれば,平成28年12月14日に行われた本件車両の検証の際,駆動系のコンピューターやセンサー類に何らの異常もなかったことが認められ,この点を踏まえると,弁護人のいう事態はなおさら想定し難いといえる。イ
弁護人は,①国土交通省自動車局審査・リコール課には,プリウスの不具合情報として,急加速ないし急発進した旨の事例が複数件挙げられていること,②本件車両の取扱説明書に車両が止まらなくなった場合の緊急停止の手順が記載されていることを指摘して,本件PMCの不具合によって本件車両が急加速した可能性がある旨を主張する。
しかしながら,①については,そもそも,同不具合情報については,ご利用にあたっての注意事項に記載があるように,車両の使用者が届け出た内容に基づいて記載されているものにすぎず,具体的な事実関係や原因については不明なものであるから,これをもって本件PMCの不具合により本件車両が急加速したとの具体的な疑いが生じるとはいえない。また,②については,確かに,同取扱説明書には,万が一,車両が止まらなくなった場合には,両足でブレーキペダルを踏み込むなどして可能な限り減速させる旨の説明がされているが,その趣旨は,あくまでブレーキペダルを踏んでも十分な制動力が得られない場合の対処法が記載されているものと解され,車両自体の不具合により,アクセルペダルを踏んでいないにもかかわらず急加速する事態を想定しての説明がされているものとは解し難い。
以上によれば,本件PMCに不具合が生じたことにより,本件車両が急加速したとの弁護人の主張は採用できない。


③の点(固着現象)について

まず,本件車両のブレーキの構造に関して,関係証拠によれば,本件車両に搭載されたブレーキ部品であるハイドロブースターのマスターシリンダー内には,3つのピストンがあること,ピストンは,ブレーキペダルと連結しており,ブレーキペダルの操作によって,マスターシリンダー内で車両の前後方向に摺動すること,各ピストンの摺動面には1か所ずつOリングが装着されており,Oリングは,ブレーキフルードがハイドロブースターの外に漏れないようにする役割と圧力を発生させる役割を担っていることが認められる。
そして,関係証拠によれば,平成28年12月14日に行われた本件車両の検証の際,ブレーキペダルに異常はなく,その踏み込みに連動して制動灯が点灯し,制動力の数値は道路運送車両法の保安基準に適合していたこと,本件車両のハイドロブースターの鑑定の結果,3つのピストンに摺動を妨げるような異常はなく,また,特に2つのピストンに装着されたOリングに,わずかな変形,摩耗は認められたものの,いずれのOリングにも,摺動を妨げるような異常はなく,さらに,マスターシリンダー内の摺動面にも,わずかな擦過痕跡は認められたものの,摺動を妨げるような異常はなかったことが認められる。


弁護人は,Oリングの前記変形,摩耗の存在を指摘し,これにより固着現象が生じたものであり,マスターシリンダー内の摺動面の前記擦過痕跡は固着現象の証左である旨を主張する。
しかしながら,そもそも,いったん生じた物理的な欠陥や損傷が自然に復旧することは考え難い。マスターシリンダー内の摺動面の擦過痕跡も,肉眼では気づかない程度のごく微細なものに過ぎない。そして,前記のとおり,Oリングは圧力を発生させるためにも必要であるところ,本件事故後の検証の結果,本件車両については道路運送車両法の保安基準に適合する制動力が確認されており,このことは,Oリングの摩耗がピストンの摺動を妨げるようなものでないことを裏付けている。

以上のとおり,上記認定事実に照らせば,本件事故当時,本件車両に固着現象が生じてブレーキペダルを踏み込めなくなる異常があったとの疑いは残らない。固着現象をいう弁護人の主張は採用できない。



そのほか,弁護人が種々主張するところを踏まえて検討しても,前記2の認定に揺らぐところはなく,被告人の供述中,同認定に矛盾する部分については信用することができない(なお,被告人は,本件車両が第2交差点を過ぎた頃,意識を喪失した旨を供述するので,付言すると,前記のとおり,第1の衝突地点において,本件車両のアクセルペダルが踏み込まれていた旨の記録情報が存することに照らせば,被告人がその時点でアクセルペダルを踏み込むなどの操作を行っていたことは明らかである上,被告人が,事故後間もなく,自ら本件車両から降り,事故状況等を説明していたことも併せて考えると,弁護人が種々指摘するところを踏まえて検討しても,被告人が走行中に意識を喪失したとは考え難い。)。

4
結論
以上の次第であるから,被告人に判示の過失が認められるものと判断した。
(量刑の理由)
本件の量刑に当たってまず重視すべき事情は,本件事故により3名の被害者の尊い生命が奪われ,また,7名もの被害者が重軽傷を負い,身体的,精神的な苦痛を被り,特に,うち1名は,後遺症が残る重篤な傷害を負ったという結果の重大性である。被害者らは,病院の屋外テラスや館内ラウンジで歓談中,本件事故に遭遇したものである。何ら落ち度がないにもかかわらず,突如,家族を残して命を落とすに至った3名の被害者の無念さは察するに余りある。両親を失う事故の状況を目の当たりにした小学生を始め,かけがえのない家族を失った遺族らの悲しみは深く,被告人に対する厳重な処罰を望むのも当然である。
被告人は,ブレーキを的確に操作して安全に停止するという自動車運転者としての基本的な注意義務に違反し,ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだ過失により,約280メートルもの相応の距離にわたって自車を加速走行させて本件事故を引き起こしたものである。それ自体の危険性の高さに加え,被告人がドアを開けたまま発進させるなどせず,また,ペダルを目視で確認することもできたなど,過失行為に至る経過や,結果を回避する可能性が十分存したことなどに照らしても,被告人の過失は重大というほかない。被告人が職業運転手であったことに照らしても,
慎重さに欠ける運転行為によって重大な結果を生じさせた被告人は,厳しい非難を免れないというべきである。
以上の犯情に照らせば,被告人の刑事責任は,過失運転致死傷の事案の中でも特に重いといえ,相当期間の禁錮刑を科すのが相当である。
他方で,被告人が加入する任意保険を介して被害者らに相応の賠償金の支払いがなされていること,
被告人に前科はないことなどの一般情状事実をも併せて考慮し,
被告人については,主文の刑に処するのが相当と判断した。
(求刑

禁錮7年)

平成31年3月27日
福岡地方裁判所第2刑事部

裁判長裁判官


裁判官

森塚浩司喜史
裁判官

平岩彩夏
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