判例検索β > 平成30年(行ウ)第75号
保有個人情報不開示決定処分取消請求事件
事件番号平成30(行ウ)75
事件名保有個人情報不開示決定処分取消請求事件
裁判年月日令和元年6月5日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-06-05
情報公開日2019-07-10 14:00:09
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主1文
兵庫労働局長が平成30年3月26日付けで原告Aに対してした保有個人情報不開示決定を取り消す。

2
兵庫労働局長が平成30年4月5日付けで原告Bに対してした保有個人情報不開示決定を取り消す。

3
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文同旨

第2

事案の概要
原告らは,それぞれの父が石綿粉じんばく露作業により胸膜中皮腫を発症して死亡し,それぞれの母(各原告の各父の各妻)が当該各父の死亡に係る労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)に基づく遺族補償年金又は石綿による健康被害の救済に関する法律(以下石綿救済法という。)に基
づく特別遺族年金の支給を受けていたが,それぞれの母の死後,被告に対して当該各父の石綿による健康被害に係る国家賠償請求訴訟を提起し,和解により賠償金の支払を受けることを検討するために,兵庫労働局長に対して,当該各父の死亡に係るそれぞれの母の遺族給付等に関する各調査結果復命書等の情報(以下本件各情報という。)の開示請求をした。これに対して,兵庫労
働局長は,それぞれ開示請求人が開示請求権を有していない旨の理由により,本件各情報を開示しない旨の決定をした(以下本件各不開示決定と総称する。)。
本件は,原告らが,本件各情報は行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下法という。)12条1項所定の自己を本人とする保有個人情報に当たるから,本件各不開示決定はいずれも違法であると主張して,本件各不開示決定の取消しを求める事案である。
1
関係法令の定め等
(1)


法2条2項は,法において個人情報とは,生存する個人に関する情報
であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの等をいう旨規定する。
法2条5項は,法において保有個人情報とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した個人情報であって,当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして,当該行政機関が保有しているものであって,行政機関の保有する情報の公開に関する法律2条2項に規定する行政文書に記録され
ているものをいう旨規定する。
法12条1項は,
何人も,
法の定めるところにより,
行政機関の長に対し,
当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる旨規定する。
(2)

労災保険法
労災保険法12条の8第1項4号は,業務災害(労働者の業務上の負傷,
疾病,障害又は死亡。労災保険法7条1項1号)に関する保険給付として,遺族補償給付を規定し,労災保険法16条の2第1項は,遺族補償年金(遺族補償給付の一つ。労災保険法16条)を受けることができる遺族は,労働者の配偶者等であって,労働者の死亡の当時その収入によって生計を維持していたものとする旨規定する。
(3)

石綿救済法
石綿救済法59条1項及び2項は,厚生労働大臣は,死亡労働者等(労働
者災害補償保険に係る労働保険の保険関係が成立している事業に使用される労働者等であって,石綿にさらされる業務に従事することにより中皮腫,気管支又は肺の悪性新生物その他石綿を吸入することにより発生する疾病であって政令で定めるもの等にかかり,これにより石綿救済法の施行の日(平成18年3月27日)から10年を経過する日の前日までに死亡したもの。石綿救済法2条1項,2項)の遺族であって,労災保険法の規定による遺族補償給付を受ける権利が時効によって消滅したものに対し,
その請求に基づき,
特別遺族給付金(特別遺族年金又は特別遺族一時金)を支給する旨を規定する。

(4)

最高裁平成26年(受)第771号同年10月9日第一小法廷判決・民
集68巻8号799頁(以下平成26年最判という。)
平成26年最判は,石綿製品の製造等を行う工場又は作業場の労働者が石綿の粉じんにばく露したことにより石綿肺等の石綿関連疾患にり患した場合において,昭和33年当時,(1)石綿肺に関する医学的知見が確立し,国も石
綿の粉じんによる被害の深刻さを認識していたこと,
(2)上記の工場等におけ
る石綿の粉じん防止策として最も有効な局所排気装置の設置を義務付けるために必要な技術的知見が存在していたこと,
(3)従前からの行政指導によって
も局所排気装置の設置が進んでいなかったことなど判示の事情の下では,石綿に関する作業につき局所排気装置の設置の促進を指示する通達が発出され
た同年5月26日以降,労働大臣が労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使して罰則をもって上記の工場等に局所排気装置を設置することを義務付けなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法である旨判示した。
2
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

原告ら
原告A(以下原告Aという。)の父C(以下Cという。)は,
長期間にわたり,株式会社クボタの尼崎市所在の工場において石綿粉じん
ばく露作業に従事し,
平成16年5月18日,
胸膜中皮腫により死亡した。
Cの妻であり原告Aの母であるD(以下Dという。)は,平成16年9月17日,労災保険法に基づく遺族補償年金の支給決定を受けたが,平成27年11月29日に死亡し,遺族補償年金の支給は終了した。イ
原告B(以下原告Bという。)の父E(以下Eという。)は,
長期間にわたり,関西スレート株式会社の尼崎市所在の工場において石綿粉じんばく露作業に従事し,平成12年11月8日,胸膜中皮腫により死
亡した。
Eの妻であり原告Bの母であるF(以下Fという。)は,平成18年5月10日,石綿救済法に基づく特別遺族年金の支給決定を受けたが,平成28年9月28日に死亡し,特別遺族年金の支給は終了した。(2)

平成26年最判を受けた,石綿工場の元労働者等に対する救済の枠組み
等(甲9,45,弁論の全趣旨)

被告は,平成26年最判を受けて,石綿工場の元労働者やその遺族が被告に対して訴訟を提起し,一定の要件(①昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に,局所排気装置を設置すべき石綿工場内において,石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと,②その結果,石綿に
よる一定の健康被害を被ったこと,③提訴の時期が損害賠償請求権の範囲内であること)を満たすことが確認された場合には,訴訟上の和解に応じて損害賠償金を支払うこととした(以下本件救済枠組みという。)。イ
厚生労働省は,平成29年10月3日以降,過去に石綿関連疾患による労災保険法に基づく保険給付の支給決定を受けた者及びじん肺管理区分決
定を受けた者のうち,石綿による一定の健康被害を被った可能性があるもの(当該者が死亡していることが判明していた場合には,労働局において把握が可能であった当該者の家族等を含む。)に対し,国家賠償請求訴訟を提起すれば賠償金が支払われる可能性があることを通知するリーフレット(以下本件リーフレットという。)を個別に送付していた。


厚生労働省労働基準局総務課長,補償課長及び同局安全衛生部労働衛生課長は,平成30年4月4日付けで,アスベスト訴訟の和解手続に係る情報の提供についてと題する通達(同日基総発第1号,基補発第1号,基安労発第2号。以下平成30年通達という。)を発出した。平成30年通達においては,前記アの和解の手続のために,被告に対して損害賠償請求訴訟を提起している,石綿工場で石綿粉じんにばく露した元労働者
の遺族(原則として法定相続人とする。)及びその訴訟代理人に対して,和解の要件を満たすことを確認するために通常必要となる①じん肺管理区分決定通知書及び②労災保険給付支給決定通知書を行政サービスとして提供することとされている。平成30年通達においては,この情報提供について,
訴状の写し及び石綿工場の元労働者の遺族であることを示す書類
(戸

籍謄本等)の確認を行った上で対応することとされている。
(3)

C及びEの遺族に対する本件リーフレットの送付
厚生労働省は,平成30年2月28日付けで,Dに対し,本件リーフレットを送付した。その際に同封された,石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々へと題する書面には,平成26年最判を受けて,被告が,平成26年最判の原告であった元労働者等と同様の状況にあった石綿工場の元労働者についても,
訴訟上の和解の途を探ることとしており,
より広くこの手続を知らせるため,石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族に対して,賠償金お支払い手続きのお知らせ(本件リーフレ
ット)を送ることとしたこと,今回この書面を受け取った石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族は,和解の対象になる可能性があるので,本件リーフレットを一読されたいことなどが記載されている。
本件リーフレットには,見出しとして,石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々のうち一定の要件を満たす方に賠償金をお支払いしますと記載され,前記(2)アの要件についての説明等のほか,

石綿工場の元労働者ご本人が既に亡くなっている場合には,遺族(相続人)の方にお支払いします。

との記載がある。(甲1の1から3まで)

厚生労働省は,平成30年2月28日付けで,原告Bに対し,前記アと同じ書面及び本件リーフレットを送付した。厚生労働省は,原告Bが兵庫労働局にFの死亡届を提出していたことから,本件リーフレット等を原告
Bに送付したものである。(甲4の1・2,弁論の全趣旨)
(4)

本件各情報の開示請求
原告Aは,平成30年3月9日付けで,兵庫労働局長に対し,原告Aの父である被災者・C(昭和2年11月3日生)の死亡に係る,原告Aの母であるD(昭和9年6月20日生)の労災決定(遺族給付等)に関する尼
崎労働基準監督署保管に係る各調査結果復命書及びその添付書類,その他関係資料一切(以下本件D遺族給付等情報という。)の開示請求をした。その際,原告Aは,CとDの長男である旨の記載がある戸籍全部事項証明書の写しを提出した。また,この際,原告Aの代理人弁護士は,兵庫労働局に対し,Cについて平成26年最判の基準にのっとった損害賠償請
求権が発生しており,原告Aはこの損害賠償請求権の相続人である旨や,原告Aにおいて被告に対する損害賠償請求をするか否かを判断するために本件D遺族給付等情報の開示を請求する旨などを記載した書面を併せて送付した。(甲2の1・2・5)

原告Bは,平成30年3月15日付けで,兵庫労働局長に対し,原告Bの父である被災者・E(大正10年1月12日生)の死亡に係る,原告Bの母であるF(大正13年6月22日生)の労災決定(遺族給付等)に関する尼崎労働基準監督署保管に係る各調査結果復命書及びその添付書類,その他関係資料一切(以下本件F遺族給付等情報という。なお,本件
D遺族給付等情報と本件F遺族給付等情報とを併せたものが本件各情報である。)の開示請求をした。その際,原告Bは,EとFの長男である旨の記載がある戸籍全部事項証明書の写しを提出した。また,この際,原告Bの代理人弁護士は,兵庫労働局に対し,原告Aの代理人弁護士が送付した前記アの書面と同旨の記載のある書面を併せて送付した。(甲5の1・2・5)
(5)

本件各情報の内容(弁論の全趣旨)
兵庫労働局長は,本件D遺族給付等情報として,①DとCとの関係や生活状況に関する戸籍謄本等,②Cの株式会社クボタにおける就労状況に関する被保険者記録,職歴証明書,請求人や事業主,同僚からの聴取書等,③Cの病状に関する死亡診断書,
診療録,
じん肺管理区分の決定関係書類,
労災委員,じん肺審査医等の専門医の意見書等,④これらを取りまとめた
調査票,調査結果復命書を保有している。

兵庫労働局長は,本件F遺族給付等情報として,①FとEとの関係や生活状況に関する戸籍謄本等,②Eの関西スレート株式会社における就労状況に関する被保険者記録,職歴証明書,請求人や事業主,同僚からの聴取書等,③Cの病状に関する死亡診断書,診療録,じん肺管理区分の決定関
係書類,労災委員,じん肺審査医等の専門医の意見書等,④これらを取りまとめた調査票,調査結果復命書を保有している。
(6)

本件各不開示決定
兵庫労働局長は,平成30年3月26日付けで,原告Aに対し,原告Aは,被災者C及び遺族補償年金受給者Dに係る保有個人情報についての開
示請求権を有していないとして,本件D遺族給付等情報を開示しない旨の決定をした。(甲3)

兵庫労働局長は,
平成30年4月5日付けで,
原告Bに対し,
原告Bは,
被災者E及び遺族補償年金受給者Fに係る保有個人情報についての開示請
求権を有していないとして,本件F遺族給付等情報を開示しない旨の決定をした。(甲6)
(7)

本件訴訟の提起
原告らは,平成30年5月14日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
3
争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
本件の争点は,本件各情報が法12条1項所定の自己を本人とする保有個人情報に当たるか否かであり,この点に関する当事者の主張の要旨は,次のとおりである。
(原告らの主張の要旨)

本件各情報には,①被災者(各原告の父)と労災保険法所定の保険給付(石綿救済法所定の救済給付も同様である。以下同じ。)の受給者(各原
告の母)との関係や生活状況に関する戸籍謄本等が含まれる。これは,被災者の事業者に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権や,国に対する規制権限不行使を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求権についての相続に関する情報と重なる。
本件各情報には,②被災者の事業所における就労状況に関する職歴証明
書等が含まれる。
これには,
被災者の事業所における作業内容や就労状況,
被災者が石綿粉じんにばく露した実態に関する事実が記載されている。これらの事実は,被災者の相続人の事業者や国に対する損害賠償請求権の基礎(加害行為,安全配慮義務違反,規制権限不行使等に関する事実)となるものである。

本件各情報には,
③被災者の病状に関する診断書,
意見書等が含まれる。
これには,被災者が給付の対象となる疾病(本件でいえば,石綿関連疾患である胸膜中皮腫)にかかった事実及びこれにより死亡した事実が記載されている。これらの事実は,被災者の相続人の事業者や国に対する損害賠償請求権の基礎(因果関係,損害等)となるものである。

本件各情報には,④①から③までを取りまとめた調査票,調査結果復命書が含まれる。これは,①から③までと同様,被災者の相続人の事業者や国に対する損害賠償請求権の基礎となる情報である。

原告らは,いずれも被災者の子であり,各被災者の事業者に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権や国に対する規制権限不行使を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求権を相続した者であり,近親者固有の損害賠償請求権を有することもあり得る。

本件各情報は,前記アのとおり,被災者の相続人である原告らが事業者や国に対して損害賠償を請求するか否か(要件を満たすか否か,立証できるか否か)の検討にとって重要なものであり,原告らの事業者や国に対する損害賠償請求権の基礎となる情報,すなわち原告らの財産(債権)に関する情報である。

したがって,本件各情報は,原告らの自己を本人とする個人情報に該当する。
(被告の主張の要旨)

死者に関する情報は,そもそも法にいう個人情報に当たらない。また,法は,開示請求することができる個人情報を自己を本人とするものに限っており,他人に関する個人情報の開示を認めていない。死者が自己を本人とする保有個人情報の開示請求をすることはあり得ないにもかかわらず,死者に関する情報についてその遺族等が開示を求める事態を想定した規定は一切置かれていない。

そうすると,死者に関する情報は,原則として,法が定める保有個人情報開示請求の対象とならず,遺族は,死者の相続人であるからといって,当然には死者に関する情報の開示を受け得る立場にないことが明らかである。
死者に関する情報が遺族の個人情報ともなり,保有個人情報開示請求の
対象となり得る場合があるとされているが,次の理由により,このような例外が認められる場合は限定的なものと考えるべきである。すなわち,法14条2号は,自己を本人とする個人情報であっても開示請求者以外の個人に関する情報のうち個人を識別できるもの又は個人を識別できなくても当該個人の権利利益を害するおそれがあるものについては開示を認めていないところ,同号にいう個人に関する情報には死者に関する情報も含まれる。このように,法は,死者に関する情報であっても一定の
保護を与えているのであるが,死者に関する情報が遺族の個人情報となることを広く認め,本来は開示請求者以外の個人に関する情報であるはずの死者に関する情報について開示請求をすることができるとするのは,法が個人の権利利益を保護することを第一次的な目的とするところにそぐわない。


死者の財産を遺族が相続した場合,当該相続財産に関する情報は,相続人である遺族の個人情報といえるほか,子どもが事故で死亡し,近親者固有の慰謝料請求権が発生する場合には,当該事故に関する報告書は,当該近親者自身の個人情報でもあると解することができる。ただし,これらの
場合,当該財産や権利の存在や当該遺族への帰属が,登記記録,保険証書といった高度の信用性のある書面や確定判決によって明白なものとなっていなければならないと解すべきである。
前記のように解さずに,遺族において,死者に関する一定の財産又は権利を有している(可能性がある)と主張するだけで,当該財産又は権利に
つき死者に関する情報の開示を受けることができるとするのは,相続人であるというだけで遺族の死者に関する情報の開示請求権を認めるに等しい結果となりかねず,妥当でない。
また,確たる根拠がないにもかかわらず,死者に関する財産又は権利を主張する請求人に保有個人情報の開示請求を許すと,行政機関は,請求人
が相続したという財産又は権利が真に存在し,それが死者に帰属するものであるのか,請求人が取得したという死者の死亡に係る慰謝料請求権が発生しているのかなどといった,
他の利害関係人が存在し得る事柄について,
請求人の一方的な主張に基づいてこれを審査することを余儀なくされる。このような審査を,法19条の定める期間内に,行政機関において適切に行うことは極めて困難であり,行政の適正かつ円滑な運営が著しく阻害され,法が行政の適正かつ円滑な運営を図ることを第二次的な目的とすると
ころにもとることとなる。

CやEが平成26年最判で示された基準により損害賠償請求権又は和解金の支払を受けることができる権利を有することについては,確定判決や和解調書といった確たる証拠による証明は何らされていない。
したがって,本件各情報は,原告らの自己を本人とする個人情報に
当たらない。
第3

当裁判所の判断

1(1)

法は,
行政機関において個人情報の利用が拡大していることに鑑み,
行政

機関における個人情報の取扱いに関する基本的事項等を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図り,個人情報の有用性に配慮しつつ,個人の権利利益を保護することを目的とするものである。法が,保有個人情報の開示,訂正及び利用停止を行政機関の長に対して請求することができる旨を定めているのも,行政機関による個人情報の適正な取扱いを確保し,前記目的を達成しようとした趣旨と解される。このような法の趣旨目的に照らせば,
ある情報が特定の個人に関するものとして法12条1項にいう自己を本人とする保有個人情報に当たるか否かは,当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである(個人情報の保護に関する法律2条1項にいう個人に関する情報に係る最高裁平成29年(受)第1908号同31年3月18日第一小法廷判決・裁判所時報1720号86頁参
照)。
(2)

これを本件についてみると,平成26年最判(前記第2の1(4))及びこれを受けた石綿工場の元労働者等に対する本件救済枠組み(前記前提事実(2)ア)によれば,石綿工場の元労働者やその遺族が,被告に対して訴訟を提起し,一定の具体的で明確な要件(①昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に,局所排気装置を設置すべき石綿工場内において,石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと,②その結果,石綿による一定の健康被害を被ったこと,③提訴の時期が損害賠償請求権の範囲内であること)を満たすことが確認された場合には,訴訟上の和解に応じて損害賠償金を支払うこととされているものである。本件救済枠組みでは,石綿工場の元労働者のみならず,その遺族(原則として法定相続人)が当該元労働者の被
告に対する石綿による健康被害に係る損害賠償請求権の権利者となることが制度的に予定されている(平成26年最判がされた時点において,前記①の期間から43年ないし56年以上が経過しており,前記の要件を満たす石綿工場の元労働者の相当数が既に死亡しているものと考えられる。)。そうであるところ,(ア)前記前提事実(1)によれば,原告AはCの法定相続人,原
告BはEの法定相続人であり,(イ)同(5)によれば,本件各情報には,(a)C及びEの就労状況に関する情報,すなわち,前記①の期間内に,局所排気装置を設置すべき石綿工場内において,石綿粉じんにばく露する作業に従事したか否かを直接的に示す情報,
(b)C及びEの病状に関する情報,
すなわち,
前記②の要件を満たす健康被害を被ったか否かを直接的に示す情報が含ま
れている(前記(イ)は,厚生労働省が,平成29年10月3日以降,過去に石綿関連疾患による労災保険法に基づく保険給付の支給決定を受けた者及びじん肺管理区分決定を受けた者のうち,石綿による一定の健康被害を被った可能性があるもの(当該者が死亡していることが判明していた場合には,労働局において把握が可能であった当該者の家族等を含む。)に対し,国家
賠償請求訴訟を提起すれば賠償金が支払われる可能性があることを通知する本件リーフレットを個別に送付していたこと(前記前提事実(2)イ),すなわち,本件各情報と同様の情報に基づいて,本件救済枠組みによって損害賠償金が支払われる可能性がある者を特定していたことからも明らかである。)。
そうすると,本件各情報は,原告AがCから相続し,原告BがEから相続した,各原告の財産である,C及びEの被告に対する石綿による健康被害に
係る各損害賠償請求権の発生要件が充足されているか否かを直接的に示す個人情報という性質を有するものであるといえる。
したがって,本件各情報は原告らの自己を本人とする個人情報に当たるものというべきである。
2
被告の主張に対する判断
(1)

被告は,死者に関する情報は,原則として,法が定める保有個人情報開
示請求の対象とならないとした上で,例外として,死者に関する情報が遺族の個人情報ともなり,保有個人情報開示請求の対象となり得る場合があるとされているが,不開示情報について定める法14条2号にいう個人に関する情報には死者に関する情報も含まれることなどから,前記のような例外が認められる場合は限定的なものと考えるべきである旨主張するので,以下検討する。

死者に関する情報は,原則として,法が定める保有個人情報開示請求の対象とならないとの主張について

この点について,被告は,①死者に関する情報が法にいう個人情報に当たらないこと,②法が他人に関する個人情報の開示を認めていないこと,③死者に関する情報についてその遺族等が開示を求める事態を想定した規定が置かれていないことを,その主張の論拠として挙げる。
しかしながら,前記①の点は,死者が開示請求等の主体となることがで
きないためにそのように規定されたにすぎない。また,前記②の点は,前記1(2)で説示したとおり,当該情報が自己を本人とする個人情報に当たる場合,そもそも他人に関する個人情報にならないから,失当である。さらに,前記③の点は,当該情報が遺族等の自己を本人とする個人情報に当たる場合には,当該遺族等がその開示を請求することができ,これに当たらない場合には,
その開示を請求することができないと解されるから,
被告主張の規定を置く必要がないものと考えることができる。

したがって,被告の前記主張は採用することができない。

死者に関する情報が遺族の個人情報ともなり,保有個人情報開示請求の対象となり得る場合は限定的なものであるとの主張について
この点について,被告は,法14条2号にいう個人に関する情報に
は死者に関する情報も含まれており,法は,死者に関する情報であっても一定の保護を与えているのであるが,死者に関する情報が遺族の個人情報となることを広く認め,本来は開示請求者以外の個人に関する情報であるはずの死者に関する情報について開示請求をすることができるとするのは,法が個人の権利利益を保護することを第一次的な目的とするところ
にそぐわない旨主張する。
そこで,本件各情報について,被告主張の見地から,原告らの自己を本人とする個人情報に該当することの当否について検討すると,法14条2号にいう個人に関する情報に死者に関する情報が含まれるのは,死者の名誉又はプライバシーに関する我が国の国民感情等に配慮したもの
であると解されるが,死者の法的人格を認めて死者の名誉又はプライバシーをそれ自体独立した法的利益として認めたものであるとまでは解されない。そして,C及びEの子であり,その相続人としてその権利義務を包括的に承継した原告らとの関係において,本件各情報を自己を本人とする個人情報であると認めて開示することは,原告らの権利利益(法1条に
いう個人の権利利益には,人格権的利益と財産的利益の双方が含まれる。)の保護に資するものである一方,第三者の権利利益を侵害するとはいい難い。
したがって,被告の前記主張は採用することができない。
(2)

被告は,死者の財産を遺族が相続した場合,当該相続財産に関する情報
は,相続人である遺族の個人情報といえるほか,子どもが事故で死亡し,近親者固有の慰謝料請求権が発生する場合には,当該事故に関する報告書は,当該近親者自身の個人情報でもあると解することができるが,これらの場合,当該財産や権利の存在や当該遺族への帰属が,登記記録,保険証書といった高度の信用性のある書面や確定判決によって明白なものとなっていなければならないと解すべきである旨主張する。

しかしながら,法13条1項及び2項は,開示請求の手続として,開示請求をする者の氏名及び住所又は居所並びに開示請求に係る保有個人情報が記録されている行政文書の名称その他の開示請求に係る保有個人情報を特定するに足りる事項を記載した書面(開示請求書)の提出と,開示請求に係る保有個人情報の本人であること等を示す書類の提示又は提出を定めるのみで,
これらの点に関する厳密な立証を求める規定はない。
また,被告は,遺族において,死者に関する一定の財産又は権利を有している(可能性がある)と主張するだけで,当該財産又は権利につき死者に関する情報の開示を受けることができるとするのは,相続人であるというだけで遺族の死者に関する情報の開示請求権を認めるに等しい結果となりかねず,
妥当でないとか,確たる根拠がないにもかかわらず,死者に関する財産又は権利を主張する請求人に保有個人情報の開示請求を許すと,行政機関は,請求人が相続したという財産又は権利が真に存在し,それが死者に帰属するものであるのか,請求人が取得したという死者の死亡に係る慰謝料請求権が発生しているのかなどといった,他の利害関係人が存在し得る事柄について,
請求人の一方的な主張に基づいてこれを審査することを余儀なくされ,行政の適正かつ円滑な運営が阻害されるなどと主張する。
しかしながら,
前記1(2)で説示したところに照らして,原告らによる本件
各情報の開示請求に対してこれを開示することにより被告主張の弊害が生ずるものではないことは明らかである。被告の前記主張は採用することができない。
なお,前記前提事実(4)のとおり,原告らの各代理人弁護士は,本件各情報
の開示請求の際,兵庫労働局に対し,各原告の父について平成26年最判の基準にのっとった損害賠償請求権が発生しており,各原告はこの損害賠償請求権の相続人である旨や,各原告において被告に対する損害賠償請求をするか否かを判断するために本件各情報の開示を請求する旨などを記載した書面を併せて送付していたものであるから,兵庫労働局長は,本件各不開示決定
の際,本件各情報が原告らの自己を本人とする個人情報に該当することを基礎付ける事実を認識していたものであって,本件各情報を開示することにより行政の適正かつ円滑な運営が阻害される状況にはなかったものである。3
以上の次第であるから,本件各不開示決定は,いずれも違法であり,取消しを免れない。

第4

結論
よって,原告らの請求はいずれも理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官
三輪方大
裁判官
齋藤内藤毅
裁判官

陽子
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