判例検索β > 平成30年(わ)第1364号
過失運転致死傷被告事件
事件番号平成30(わ)1364
事件名過失運転致死傷被告事件
裁判年月日令和元年7月2日
法廷名神戸地方裁判所
裁判日:西暦2019-07-02
情報公開日2019-07-17 14:00:11
戻る / PDF版
令和元年7月2日宣告
平成


過失運転致死傷被告事件
判決主文
被告人を禁錮2年に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成29年10月21日午後4時45分頃,普通貨物自動車を運転し,兵庫県川西市(住所省略)付近道路を南から北へ進行中,眠気を感じた上,かねてから睡眠不足だったのであるから運転中に仮睡状態や前方注視が困難な状態に陥ることがないよう,直ちに運転を中止して眠気を覚ます措置等をとるべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,直ちに運転を中止せず,眠気を覚ます措置等をとることなく運転を継続し,漫然時速約50ないし60キロメートルで進行した過失により,同日午後4時50分頃,同市(住所省略)付近道路を南東から北西へ進行中に仮睡状態に陥り,前記場所先道路から北西へ約153.3メートル進行した同市(住所省略)先道路において,自車を対向車線に進出させ,その頃,目を覚まして,折から対向進行してきたA(当時66歳)運転の普通貨物自動車を前方約25.5メートルの地点に認めて左転把するとともに急制動の措置を講じたが間に合わず,同車前部に自車右前部を衝突させ,その衝撃により自車を右回りに回転させて,さらに,A運転車両の後方から進行してきたB(当時28歳)運転の普通乗用自動車右前部に自車左前部を衝突させ,よって,Aに右下肢切断等の傷害を負わせ,同日午後6時5分頃,同県尼崎市(住所省略)Cにおいて,Aを同傷害に基づいて失血死させるとともに,A運転車両の同乗者D(当時59歳)に加療約3か月間を要する横行結腸損傷等の傷害を,Bに全治約2週間を要する外傷性頸部症候群等の傷害を,B運転車両の同乗者E(当時34歳)に加療約9日間を要する腰
部打撲の傷害を,B運転車両の同乗者F(当時62歳)に全治約2週間を要する両肩挫傷等の傷害をそれぞれ負わせた。
(事実認定の補足説明)
1
弁護人は,判示の犯罪事実中,被告人が仮睡状態に陥ったとの事実は認められない旨主張する。

2
そこで検討するに,関係各証拠によれば,
被告人は,兵庫県川西市選挙管理委員会事務局主幹の役職にあったところ,平成29年10月22日に実施される衆議院議員総選挙の準備のため,同年9月19日から同年10月20日までの間,休日を含めて連日出勤し,この間の残業時間は229時間を超え,総労働時間は407時間を超過していたこと,被告人が運転していた判示の普通貨物自動車(以下本件車両という)は,衝突の約1分20秒ほど前から,走行する第2車線の左又は右の両端まで近寄り,再び車線中央に戻るとの動きを4回繰り返した後,本件事故現場である緩やかな左カーブにおいて直進してセンターラインを超え,対向車線に進出したこと,
被告人は,衝突地点の約165.5メートル手前において意識を消失させたが,約153.3メートルほど進んだ地点で意識が回復するとハンドルを左に急転把したり,ブレーキを踏むなどの回避措置を講じ,事故に遭うと相手方のもとに向かったり職場に連絡するなどした上,本件事故現場に臨場した警察官に対し事故をした瞬間は覚えていないが,国道a号を北進していたところ,仕事の疲れからぼーっとして対向車線にはみ出てしまったようである旨述べたこと,
平成29年11月4日,被告人立会のもと,本件車両の走行経路を明らかにする実況見分が行われた際,被告人は,兵庫県川西市(住所省略)先道路で若干の眠気を感じた旨述べたこと,
以上の事実が認められる。

3
また,本件後に被告人を診察した2名の医師は,本件当時の被告人の状態に関し失神あるいは神経調節性失神にあった旨診断するが,両医師とも,被告人が本件事故の原因は居眠りではないと述べていることを踏まえ,居眠り運転の可能性を排除するならば,短時間意識を消失する病態として失神が考えられるとしたものであって,事故原因が居眠りであることを否定するものではなく,被告人には,失神を引き起こす要因となるような疾病ないし器質的な異常,失神直前の前駆症状といえるものは認められなかったなどと述べている。
4
以上の事実,すなわち,被告人が本件当時,連日,長時間の残業を余儀なくされる勤務状態にあったこと,本件車両の走行状況や事故直後の被告人の言動,捜査段階における被告人の供述状況は,いずれも過労状態にあった被告人が事故直前に仮睡状態に陥ったことと整合するものであること,本件後に行われた医師による診察では,被告人が失神によって意識を消失させたとの疑いを生じさせる具体的な所見が確認されなかったことからすると,本件事故は,被告人が本件車両を運転中に仮睡状態に陥ったために生じたものと推認できる。

5
被告人は,当公判廷において,本件車両を運転中,眠気の予兆を感じたことはなかったなどと供述する。しかしながら,一方で,被告人は,本件車両を運転した際に睡眠不足や疲労感を感じていたとも述べているから,被告人の公判供述は,本件当時,被告人が仮睡状態に陥ったことと矛盾するものではなく,前記推認に合理的な疑いを生じさせるものとはいえない。

6
以上の次第であって,証拠によれば,判示のとおり,被告人が本件車両を運転中に仮睡状態に陥った結果,事故が生じたことを認定することができる。弁護人の主張は採用できない。

(量刑の理由)
本件は,判示のとおりの過失運転致死傷の事案である。
被告人は,本件車両を運転中,仮睡状態に陥って同車を対向車線に進出させ,本件事故を引き起こしたものであって,このような運転は極めて危険なものである。
そして,本件事故により,落ち度のない5名の者が死傷するとの結果が生じている。亡くなった被害者は,自車を運転中,走行車線に突如進入してきた本件車両と衝突して生命を絶たれたものであって,その苦痛や無念の情は察するに余りがある。また,1名の負傷者は,内臓を損傷する重傷を負い,複数回にわたる手術を余儀なくされるなど,その生活に深刻な悪影響が生じている。その余の被害者に対するものも含め,本件が引き起こした結果は,取り返しがつかないものというほかない。ところで,被告人は,兵庫県川西市選挙管理委員会事務局主幹の役職にあったものであるところ,本件当時,同事務局では,短期間で衆議院議員総選挙の準備にあたる必要があったことに加え,小選挙区の区割りが変更されたことに伴い業務量が増大したこともあって,極めて繁忙な状況にあり,被告人も,既述のとおり,連日,長時間にわたる勤務を余儀なくされていたものと認められる。かかる選挙管理委員会における過酷な勤務状況が,本件において被告人が居眠り運転をした一要因となったことは容易に想像できるところである。その意味で,本件事故の責任を被告人個人にのみ帰することは酷というべきである。遺族や一部の被害者も,当時の被告人の過重な労働に対して何の対策も講じなかった使用者にこそ本件の責任がある旨の意見を述べている。
もっとも,自動車を運転する際には,過労に伴う事故を引き起こさないよう,十分に注意して運転することが求められていることは,道路交通法の規定(同法66条参照)に照らしても明らかである。被告人は,本件車両を運転していた際,眠気の予兆はなかったと述べる一方,長時間の残業が続いて,疲れているとの自覚があったなどとも述べているのであるから,運転途中に適宜休憩をとるなどして,本件のような居眠り運転を回避することは十分に可能であったというべきである。そうすると,当時の被告人の勤務実態は,被告人の過失責任を大幅に軽減させる理由にはならないとみるのが相当である。
他方,被告人は,本件事故後,遺族や被害者らに対して謝罪の手紙を送付し,あるいは直接謝罪に赴くなどの慰謝の措置を講じている。そして,被告人と死亡した
被害者の遺族及び負傷した3名の被害者との間では,示談が成立しているほか,被告人は,遺族及び示談未了の被害者に対し相当額の見舞金を渡している。本件事故後,被告人が誠実な対応を行ったこともあって,遺族及び被害者の処罰感情は相当程度宥和されており,現在,遺族及び3名の被害者からは,被告人に対する刑事処分を求めず,あるいは,寛大な処分を求めるとの意向が示されている。また,被告人は,事故直前の記憶がないと述べながらも,自らの責任を認め,真摯な反省の態度を示している。その他,被告人にみるべき前科前歴はなく,これまで,地方公務員として真面目に勤務してきたこと,高齢の父親が情状証人として出廷し,被告人の身を案じていること等,被告人には酌むべき事情が認められる。しかしながら,これらの諸事情を十分に考慮しても,本件における被告人の過失の大きさ,その過失によって何ら落ち度のない5名の者を死傷させたという結果の重大性に照らすと,被告人の刑事責任は軽いものとはいえず,本件によって禁錮以上の刑の言渡しを受けると地方公務員としての職を失う可能性があること(なお,川西市職員の分限に関する条例5条1項は,禁錮刑に処せられその刑の執行を猶予された者につき,他の法律に特別の定めがある場合を除くほか,その者の罪が過失によるものであり,かつ,特に情状を考慮する必要があると認めたときは,その職を失わないものとすることができる旨規定している)を考慮してもなお,罰金刑を選択することは相当ではない。
そこで,主文のとおりの禁錮刑を量定した上で,その刑の執行を猶予することとした。
(求刑・禁錮2年6月)
令和元年7月2日
神戸地方裁判所第2刑事部

裁判官安達拓
トップに戻る

saiban.in