判例検索β > 平成29年(う)第547号
殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件番号平成29(う)547
事件名殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判年月日令和元年7月16日
法廷名大阪高等裁判所
結果破棄自判
裁判日:西暦2019-07-16
情報公開日2019-08-01 14:00:11
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令和元年7月16日
平成29

547号

大阪高等裁判所第1刑事部判決
殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
主文
原判決を破棄する
被告人を懲役16年に処する
原審における未決勾留日数中500日をその刑に算入する。
押収してある鉈様の刃物1本を没収する。

第1


控訴の趣意等

検察官の控訴趣意及び当審における事実取調べの結果に基づく弁論の要旨は,検察官宮本健志作成の控訴趣意書及び同田中嘉寿子作成の弁論要旨に,弁護人の控訴趣意及び上記弁論の要旨は,主任弁護人水谷恭史及び弁護人我妻路人連名作成の控訴趣意書及び弁論要旨に,検察官の控訴趣意に対する答弁は,上記主任弁護人及び弁護人連名作成の答弁書に,弁護人の控訴趣意に対する答弁は,検察官田中嘉寿子作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。検察官の論旨は,
量刑不当の主張であり,
弁護人の論旨は,
訴訟手続の法令違反,
事実誤認及び量刑不当の主張である。
なお,本件においては,結審後の令和元年6月3日に,被告人から控訴取下書が提出されているが,当裁判所は,次のとおり,控訴取下げの効力は生じていないものと判断した。
本件は,検察官及び被告人双方からの控訴申立ての事案であるため,被告人による控訴の取下げは,訴訟手続の終了の効果をもたらすものではなく,被告人にとって全く利益のないものである。後述するA鑑定によれば,被告人は自閉スペクトラム症の障害のため,物事を客観的にみることができず,自分に都合よく解釈する特性のあることが認められる。本件控訴取下書が提出されたのは,被告人が不本意と受け取ってもおかしくない状況で本件が結審になって間もない時点のことで,その
頃から,被告人は弁護人や家族等との接触も一切拒否するようになっている。その時期や,弁護人への相談もなく行われたものであることからすると,被告人が上記障害のために,本件控訴取下書を提出することで,不本意な本件訴訟を終わらせられるものと勝手に解釈して行ったものである可能性が高い。そうすると,本件控訴の取下げは,自己の権利を守る能力が著しく制限された状態で行われた疑いが否定できず,これは無効と解される。
第2
1
本件公訴事実の要旨と原判決の概要
本件公訴事実の要旨は,

原判示の空き地において,当時11歳の被害者に対し,殺意をもって,持っていた鉈様の刃物で,その右前胸部,左腰背部等を突き刺し,その頭部を切り付けるなど
当な理由による場合でないのに,刃体の長さ約48.2センチメートルの前記鉈様の刃物を携帯した,というものである。
2
原審の審理経過
検察官は,原審第1回公判前整理手続期日に先立つ平成27年7月17日提
出の証明予定事実記載書において,上記公訴事実に沿った犯行状況等を主張するとともに,当時,被告人が心神耗弱状態であったことを主張していた。これに対し,原審弁護人は,平成28年4月25日に,被告人が公訴事実のとおりの犯行を行ったことと心神耗弱状態であったことは争わない旨の予定主張記載書面を提出し,原審第18回公判前整理手続期日において,罪体及び当時被告人が心神耗弱の状態にあったことは当事者間に争いがなく,争点は情状及び量刑であるとの争点整理の結果がまとめられた。
原審第1回公判期日(平成29年3月6日)
,被告人は,公訴事実についての
意見として,

違います。全部違います。

などと陳述したが,直後に原審弁護人の求めで一時休廷となり,
原審弁護人と打ち合わせを経ての再開後には(被告事件を)
認めます。」と陳述し,原審弁護人は,被告人と同様であるとしながら,心神耗弱状
態であったことを主張した。原審第3回公判期日(同月9日)での被告人質問において,原審弁護人から,被害者を殺したことは間違いないかと問われると,被告人は,

やってません。「この前ももっと罪重くなるよて言われたんで認めただけで

す。

若干,脅迫,怖かったから認めた。

」などと供述した。しかし,原審第4回公
判期日(同月13日)の被告人質問では,被害者を殺害したことを認め,被害者を捕まえ,持っていた刃物でその身体を刺して殺害したことなどを供述した。原審第5回公判期日(平成29年3月15日)には,起訴前に被告人の精神鑑定を行ったB医師の証人尋問が行われた。
同医師の原審証言(以下B鑑定という。
)の要旨は,以下のとおりである。
被告人は,中学2年生であったころから,関係妄想を特徴とする妄想や,当たり前のことを当たり前と受け止められない一種の思考障害などの精神障害が認められるようになり,これに伴って明るい人柄から内向的へと性格が変化し,社会から引きこもる傾向が生じている。被告人の症状からみると,統合失調症または妄想性障害と考えられるが,両者の鑑別を行うには今後の経過観察が必要になる。広汎性発達障害や知的障害は否定される。
被告人は,平成26年10月頃から近隣に住む被害者とその兄の言動に関心を持つようになり,平成27年1月頃には,両名が自転車に乗って棒を振り回しているのを認めて,自分への嫌がらせである旨の被害妄想を抱くに至り,被告人は,被害者兄弟から叩かれるなどするとの危険を感じて追いかけるなどの行動に出るようになった。被告人の被害妄想の対象は,被害者兄弟以外にも拡散していき,本件犯行の約5日前には,
被害者兄弟や近所の別の家族を名指しして,違反者と思われる人」として入国管理局に通報した。この通報からは,被告人の被害妄想が確信的であることや,それに対する対応策を考える自由はあるものの,その思考には一定のまとまりの悪さがあることがうかがえる。被告人は,初回の鑑定面接では本件犯行の動機に関して,「棒を振ってたから殺しただけあんなんに殴られたら嫌やなと(思った)「(被害者が)うっとうしかっ
た」などと述べたが,2回目以降の面接では犯行自体を否認したため,それ以上の説明は得られなかった。
状況からみると,犯行動機の中核には,被害者に対する被害妄想があると考えられるが,被害者らから殺されるかもしれないというような切迫した危機感の訴えはなく,何がしかの被告人自身の考えで被害者の殺害を決意したと考えられる。妄想を前提とすれば,犯行動機は心理学的に了解可能であり,その動機に照らして犯行時の行動は合目的的といえる。犯行直前,直後の行動は,普段と変わらず,社会生活を送る上での判断,認識は保たれていて,易怒的な点は見当たらない。犯行後に洗濯したり,刃物を洗ったりした点は,自己防衛的な行動と評価できる。事後に犯行を否認したことも,自己防衛目的と考えられ,解離性現象によるとは考えられない。被告人には犯行前から家族に対する暴力があったから,本件犯行についての平素の人格との異質性はそれほど大きいとはいえない。
被告人の被害妄想が犯行に及ぼした影響は無視できないものであるから,精神症状の本件犯行への影響の程度は著しかったといえるが,被害妄想の内容は切迫しておらず,意思決定の自由が保たれていて,易怒性などは出現しておらず,本人なりの意思決定に基づいて行動ができていたと評価できる。
原審第6回公判期日
(平成29年3月21日)
には,
論告・弁論が行われた。
論告において,検察官は,B医師の供述を前提に,被告人の責任能力に関し,妄想にすっかり支配された精神状態ではなく,目的に向けて合理的な判断をして行動する能力が十分に残されていたなどとして,心神耗弱状態を前提にしても厳しい刑事的非難を与えることは十分可能であると主張した。これに対し,原審弁護人は,B医師は,被告人の心理面やこれまでどのような精神状態で過ごしてきたかを軽視しているなどとその判断を批判した上で,
本件は,
被害妄想に基づく犯罪で,
劣等感,
心理面での脆弱性,思考障害が不安を増幅していたことなどからすると,被告人に責任を問えない部分があると主張した。
3
原判決の判断の要旨

原判決は,被告人が公訴事実のとおりの犯行に及んだことと,当時,統合失調症ないし妄想性障害による被害妄想の影響により心神耗弱の状態にあったことを認定し,被告人を懲役16年に処したのであるが,犯行に至る経緯として,要旨,以下のとおり摘示している。
被告人は,中学2年生の頃から,他人の言動など周囲で起こる出来事が被告人の家庭内での会話や言動と関連しているのではないか等という関係妄想を抱くようになり,家庭内の様子が他人から盗聴,盗撮されていると考えるようになった。被告人は,この頃から自宅に引きこもるようになり,高校を中退してからは,約半年間アルバイトをした以外は引きこもりの生活を送っていた。被告人は,平成26年夏頃に被害者及びその兄が近所に住むようになったことにより,その存在を強く意識するようになり,被害者兄弟からにらまれる,路上で奇声を上げられる等の嫌がらせを受けているように感じ,被害者が棒を持って遊んでいるところを見て,嫌がらせが一層悪化したと考え,いつか襲われるのではないかという被害妄想を抱くようになった。そして,被害者兄弟からの嫌がらせを止めるために,平成27年1月9日,被害者の兄を刃物を持って追いかけたり,同年2月1日,入国管理局に被害者兄弟の情報をメールで送信するなどしていた。
第3
1
弁護人の訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張について
控訴趣意の要旨

被告人の原審における犯人性自認供述や捜査段階の自白は,精神症状の影響により,判断能力及び自らの行動を制御する能力が著しく損なわれた状態でなされたもので,任意性もなければ,事実認定の基礎として用いるに足る信用性もないから,事実認定の基礎から排除されなければならない。しかるに,原判決は,被告人の原審公判供述を事実認定の基礎的事情として用い,不利な量刑事情としても援用したから,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反が認められる。また,
上記の被告人の供述を証拠から排除すると,
その余の証拠関係のみからは,
本件の公訴事実が合理的疑いを差し挟む余地のないほどに証明されているとはいえ
ないから,被告人は無罪であるのに,いずれも有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。
2
当裁判所の判断
上記第2,

でみたとおり,被告人が,原審第1回公判期日において,突然犯

行を否認し始めたため,原審弁護人らが休廷を求めて被告人を説得し,その結果,被告人は犯行を認めたものの,原審第3回公判期日で再び犯行を否認し,先の公判期日に犯行を認めたのは,原審弁護人から否認すれば罪が重くなる旨言われて怖かったからだと述べたことが認められる。このような経緯に照らすと,被告人にとって,原審弁護人の説得が不本意なものであり脅迫的なものと受け取ったことは否定できない。しかし,公判前整理手続の経過や本件の証拠関係からすれば,原審弁護人が上記のような説得をするのはやむを得ないところであって,これを不当とすることはできない。
しかも,
被告人は,
原審第4回公判期日では,
犯行の経緯や動機,
犯行状況等に関する,訴訟関係者からの質問に対し,被告人にとって答えやすい点は詳細に答える一方,答えにくい点は答えず,再度,原審弁護人に誘導されてしぶしぶ答えるなど,その意思に基づいて応答していたことが明らかである。その供述態度等には,後記A鑑定が指摘する,被告人の精神症状の特徴が表われているものの,それが判断能力等に及ぼす影響の程度は,後に検討するとおり,所論が前提とするほど大きなものではない。被告人が原審公判で述べた内容は,原審では任意性に争いがなかった被告人の検察官調書(原審乙2ないし5)を敷衍するもので,被告人特有の解釈等が含まれているため,その信用性等に慎重な配慮を要するとはいえても,任意性に疑いを生じさせるものではない。所論のうち,訴訟手続の法令違反の主張には理由がない。
そして,これらを除く他の証拠から,被告人が原判示の各事実の犯人であることは優に認めることができるため,原判決の犯人性にかかわる点に関して事実誤認があるとはいえない。すなわち,被害者が,原判示第1記載の空き地において,何者かによって刃物で身体を突き刺したり,切り付けたりされ,搬送先の病院において
死亡した事実は,
原審において取り調べられた捜査報告書
(原審甲1等)
によって,
優に認められる。被害に遭って倒れた被害者を発見したCは,原審に証人として出廷し,直前に被害者宅近くで刃物を携行してうろついていた男と会話したこと,その男が被害者の後ろをつけていったこと,被害者の叫び声を聞いた直後に男が立ち去るのを見たことなどを供述し,
その日に見た男は被告人であるとも述べる。
Cが,
現場で見かけた男を被告人であるとした根拠(以前にも見かけたことがあった,肌荒れなどの特徴が一致)は,合理的なもので,捜査時点から一貫していることもうかがえ,その信用性は極めて高い。そして,捜査報告書(原審甲20,21)等によれば,本件発生の翌日,犯人として浮上した被告人方を令状に基づいて捜索した結果,被告人の自室の衣装ケースから刃物3本が発見され,そのうちの1本である鉈様の刃物(通称コピスマチェット)に被害者のDNA型と一致する血液が付着していることが判明したこと,被害者の遺体の傷の状況は,上記鉈様の刃物が成傷器であると考えて矛盾のないものであったことも認められる。したがって,上記鉈様の刃物が被害者殺害に用いられた凶器であると推認され,被告人は,それを犯行の翌日時点において自室内に隠匿保管していたとみられる。これらの事情を総合すれば,被告人が,上記鉈様の刃物を用いて被害者を殺害した事実を認定することができる。
Cが当日に見かけた男の視認条件は良くなく,被告人
が犯人である旨の報道に接するなどして先入観を抱いて証言に臨んだことを考慮す
に被告人方に侵入し,被告人の自室に凶器を隠した可能性は否定できない,などと主張し,被告人の自白を除いた証拠関係のみをもってしては,被告人の犯人性を基礎づけることはできないと主張する。

とは考えられない。すなわち,原審に証人として出廷した被告人の両親の証言等によれば,本件当時,被告人は,両親と同居していて,いわゆるひきこもり状態で,
長時間自室を空けることがあまりなかったことが認められ,被告人以外の犯人が,被告人にもその両親にも気づかれることなく,被告人方に侵入し,被告人の自室の衣装ケースに刃物を隠匿することは,現実的には不可能であったと考えられる。また,犯行翌日に被告人方が強制捜査の対象とされたのは,その時点でCが目撃した男を被告人と同定したことによると考えられ,したがって,Cは,その当時から原審証言時まで一貫して見かけた男が被告人であることを供述しているとみるべきで,を考慮に入れてもなお,
その点の信用性が揺らぐとは考えられない。
所論は,いずれも採用できない。
上記のとおり,本件犯行の犯人が被告人であることは他の証拠からも明らかであるから,これと整合し,体験したことや考え等を被告人の視点から述べた原審公判供述及び検察官調書(原審乙2ないし5)の内容は,そのようなものとして信用できる。
以上のとおり,原判決が被告人の原審公判供述やその捜査段階の供述をもとに事実認定や量刑判断をしたことに特段の問題は認められないから,所論はいずれも理由がないというべきである。
第4
1
職権判断(事実誤認)
弁護人及び検察官の各控訴趣意には,原判決の責任能力の認定に関する主張は
ないものの,当裁判所は,この点について職権で調査を行い,そのために必要があると認めて当審において改めて被告人の責任能力の鑑定を行った。その結果,本件各犯行当時,被告人が統合失調症ないし妄想性障害による被害妄想の影響により心神耗弱の状態にあったとする原判決の責任能力の認定は,論理則,経験則に照らして不合理と認められるとの結論に達した。以下においては,その調査の経緯と判断の理由について述べる。
2
原判決は,心神耗弱と認定した理由について,格別の補足説明をしているわけ
ではないが,原審の審理経過や犯行に至る経緯の認定内容に照らせば,B鑑定に依拠したものと考えられる。

しかし,B鑑定では,善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力が障害されており,その程度は著しかったとの表現が用いられる一方で,被害者に対する被害妄想の内容は,被害者らから重大な危害を加えられるというような切迫したものではなく,社会生活を送る上での判断,認識は保たれており,本人なりの考えに基づいて殺害を決意し,その意思決定に基づいて行動することもできていたとされており,これらを字義どおりに解するなら,妄想から犯行動機が形成されたといえるものの,是非善悪に関する判断能力や意思に基づいて行動を制御する能力は大きく障害などされてはいなかったとみるのが正当と考えられる。B鑑定自体も,被害妄想が大きく影響したといえるための指標として,被害妄想の内容の切迫性と易怒性の二つを上げながら,本件では双方ともに認められないとしている。また,B医師は,精神障害が本件犯行に及ぼした影響は無視できない,という意味で,精神症状の本件犯行への影響の程度は著しかったと判断できる旨を述べるのであるが,これを文字どおりにとらえれば,無視できないというだけで直ちに著しい影響があるとしたものと解されるのであり,このような解釈は一般的なものとはいえない。
これらからすると,B鑑定の判断過程と結論の間には無視し難い不整合があり,独自の基準をもって精神症状の影響を著しいと評価したものである疑いがある。3
さらに,B鑑定については以下の問題点も指摘できる。
B鑑定は,動機の背景事情として被告人が被害者から嫌がらせを受けているとの
被害妄想を抱いており,棒で叩かれるなどの一定の危害を加えられるおそれを感じていたとするのであるが,そこから小学生児童にすぎない被害者への殺害の決意まではかなりの飛躍があるのに,その間の説明としてなにがしかの被告人の考えがあったと述べるだけで,動機形成過程について十分な心理学的解明がなされているとはいい難い。B医師は,被告人が鑑定面接で十分な説明をしなかったこともあって,犯行時の心境が解明できなかったことを率直に認めつつ,妄想を前提とすれば心理学的に動機は了解可能であるとも述べていて,解明できていない動機が了解
できるという判断は,やや拙速にすぎるように思われる。
被告人は,本件犯行に先立って被害者兄弟らを入国管理局に通報しており,B鑑定は,入国管理局に問題解決を委ねたことは適切さを欠くものであって,対応策を考える自由はあるものの,思考のまとまりの悪さがうかがえると判断しているのであるから,殺害の決意についても同様に思考の問題点が影響を及ぼした可能性を検討する必要があるのに,この点についての説明もない。
さらに,B医師は,被告人が犯行を否認するなどしている言動を自己防衛目的と説明するが,被告人は,原審公判においても否認と自白の態度をめまぐるしく変転させているのであって,知的障害が否定される被告人について,これを自己防衛のための打算とみるのは困難である。
以上からすると,被告人の精神障害の有無や程度,これが犯行の心理学的要素に与えた影響の有無や程度に関するB鑑定の説明内容は,鑑定の前提となる事実関係のうちの犯意自体の奇妙さや事後の認否の態度の不可解さなどについて十分に説明するものとはなっておらず,しかも,動機の解明に至っていないのに安直に了解可能としている疑いを否定できない。したがって,B鑑定が被告人の責任能力を判断するに当たって依拠し得るものといえるかについても,疑問の余地が残るものというべきである。
4
上述のとおり,B鑑定については,その内容に無視し難い不整合を指摘できる
ほか,幾つかの問題点があると思料されたため,当審において,新たにA医師を鑑定人として選任し,被告人の精神鑑定を実施した。同医師の鑑定書(当審職権2)及び当審証言を総合すると,その鑑定結果(以下A鑑定という。
)の要旨は,次
のとおりと認められる。
被告人の精神面を精神医学的な見地から考察すると,次のような特徴が認められる。
被告人には心の理論の障害に由来する特徴,つまり,ものごとを自分以外の者がその状況でどのように受け取るかを想像するのが不得手で,そのことが意思疎
通の困難さをもたらしている。また,外界の事象と距離を置くことが苦手で,身の回りの出来事を自分にとって特別な意味があると理解してしまい,それが思うようにならないことから,被害妄想のような考えを結実させやすい。本人なりのこだわりが強く,臨機応変な対応が困難で,一定の行動パターンに固執しやすい。痛み刺激に鈍感である反面,音刺激には過敏という特徴もみられる。被告人は,中学生の頃から,自宅内での自分と家族の会話を他人が被告人に聞こえるように再現して話すという体験を繰り返しており,これは一種の幻聴といえるが,その機序は,過去の音声記憶が想起されるときに現在の出来事として体験されること(タイムスリップ現象)によるものと考えられる。被告人の鑑定面接での犯行に関する説明は,当初は単純な否認であったが,やがて,多人数で被害者を殺害したとか,他人に命令されて被害者を殺害したというような荒唐無稽なストーリーに変化しており,その内容からは,被告人に未熟で幼稚な空想にふけりやすい傾向があることが見て取れる。その他にも,被告人には,認知,作業の能力に偏りや障害があることが示唆されるエピソードも散見される。
これらの特徴をDSM5の診断基準に照らすと,自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害の診断基準を満たしており,そのうちの知能・言語の障害を伴わないもので,重症度はレベル1(支援を要する)に該当する。
被告人は,かねて被害者兄弟が自転車やスケートボードに乗って会話するなどしているところに遭遇した折に,同人らが被告人の家族の会話を大きな声で再現していると認識していたが,これは,聴覚過敏やタイムスリップ現象の結果としての幻聴であったと考えられる。このような体験を重ねたことなどから,被告人は,被害者らがストーカー行為をしている悪人であるとの被害妄想を抱くに至っており,この妄想の形成には,聴覚過敏ゆえに被害者らの騒ぐ声がより気になりやすかったことが寄与している可能性も十分にある。その上で,被害者らは暴力団員,あるい
は不法入国者であるとも考えていたが,これは,悪いことをする人は暴力団員ないし不法入国の外国人である,という整理されやすい図式が被告人によくはまっ
たからと思われ,このように整理しやすい図式(パターン)を常に適用しやすいというのも自閉スペクトラム症の特徴である。
本件犯行は,基本的に被害者による発声や行動に対する憤懣から攻撃したものと考えられるが,その憤懣は,聴覚過敏ゆえに被害者兄弟の発声を不快に感じやすかったこととともに,上記のような幻聴も加わり,被害者兄弟が被告人へのストーカー行為をする不法入国者,あるいは暴力団員であって,そうした悪人が自分の周りに数多くいるという妄想によって修飾ないし増幅され,動機の形成につながったものである。
また,憤懣から犯行に移る過程には,殺害という行動がどのような結果を招き,社会的にどのように受け止められるかを推し量ることが正確にできていないという自閉スペクトラム症における想像力の障害が,行動選択面に影響を与えている。5
A医師は,これまで多数の重大事件で精神鑑定を手掛けてきた経験豊かな精神
科医で,その識見や能力の高さは当事者双方も争っておらず,A鑑定は,意思疎通面の問題,聴覚の過敏さ,幻聴の特殊性など被告人の精神活動の特徴について,多方面から焦点を当てて考察したもので,鑑定の前提となった資料の選択も適切である。A鑑定をB鑑定と比較すると,被告人には被害者兄弟への被害妄想があり,それが動機の形成につながったこと,本件犯行時に易怒性などは出現しておらず,本人なりの意思決定に基づいて行動していたことなどの点では共通するが,被告人の抱えていた精神障害の内容が異なるのに伴い,被害妄想などが出現した機序やその内容,性質についての考察に相違がある。A鑑定では,B鑑定では疑問に思われた本件の犯意自体の奇妙さや事後の認否の態度の不可解さについても,得心がいく説明がなされているから,その信用性はより高いとみるべきである。A鑑定と原審関係証拠からすると,被告人の精神障害は,自閉スペクトラム症と診断できるものであること,本件の犯行の動機の中核は,被害者兄弟の発声や行動に対する憤懣が基本となり,それが,被害者兄弟が自分の家族の会話を再現しているというような幻聴,被害者兄弟がストーカー行為をしている暴力団員,あるいは
不法入国者であるという妄想によって修飾ないし増幅されたと考えられること,このような憤懣を背景に,被告人は,遅くともCと会話した時点で,被害者の殺害を決意し,その意思に従って本件犯行に及んだこと,自閉スペクトラム症における想像力の障害が社会的に適切な行動選択を妨げ,被害者殺害という意思決定に影響していたものの,殺人が違法な行為であるとの認識自体は被告人にあったことなどを認めることができる。これらによれば,被告人には,被害者が悪人であるとの妄想があったとはいえ,その殺害が違法であることは理解できる程度の是非善悪の判断能力があり,自らの意思で行動を制御することにも支障はなかったから,犯行時には完全責任能力であったと解される。
6
他方,弁護人は,弁論において,A鑑定を前提としても,以下の事情からする
と,被告人の是非善悪の判断能力や行動の制御能力は,著しく障害されていたか,欠如していた疑いがある,と主張する。
被告人は,自閉スペクトラム症ないしこれから派生した二次障害に起因する聴覚過敏,度重なる幻聴,これらの不快な体験に関する欲求不満や憤懣から生じた被害妄想,
皮相的かつ訂正困難なパターン認識への囚われの影響によって,
被害者に対する敵意ないし害意を抱くにいたっており,幻聴及び妄想という精神機能の障害が動機を形成したといえる。
被告人は,自閉スペクトラム症に由来する心の理論の障害により,常識ないし道徳規範を共有し,内在化することが困難であるがゆえに,自分自身の行動を常識に即して合理的かつ規範的に選択し,
制御する能力を著しく欠いていた。
所論の指摘のうち,被告人には幻聴及び妄想と評価できる精神障害があり,これが動機の形成に寄与したことや,心の理論の障害により,自分の行動がどのような結果を招き,どのような評価を受けるかを常識に照らして判断する能力が劣っており,そのために合理的かつ規範的な行動選択に失敗して,被害者の殺害を決意したと考えられることは,A鑑定も示唆するところといえる。
もっとも,A鑑定によれば,被告人の妄想の中核は,被害者兄弟が嫌がらせをし
ているというもので,同人らが暴力団員ないし不法入国者であるとの妄想で増幅等されたとはいえ,生命,身体に対する切迫感や危機感が生じていたわけではなく,動機の根本は,憤懣といえる。そして,被告人は,障害により他者の視点を持つことが困難であるため,自分が殺人をした場合,捜査から犯行を隠し通すことはかなり難しく,犯行が発覚すれば,周囲から厳しく非難されて罰を受けるということが現実的なものとして想像できず,自分だけの未熟な視点でもって憤懣を被害者の殺害の決意に結びつけてしまったのであるが,殺人が犯罪で,許されない行為であること自体は知っており,それゆえに甚だ不十分ながらも犯行直後に刃物や衣服を洗うなどの罪証隠滅工作を施したり,問い詰められない限りは犯行を否認する供述をしたりしているものと考えられる。また,被告人は,本件の数日前には,インターネットにより入国管理局に被害者兄弟を通報していることからすると,それが非常識な手段であることを考慮に入れても,殺害以外に憤懣を解決する方策を全く思いつくことができない状況であったとは解されない。
以上からすると,被告人は,被害者兄弟への憤懣が根拠のないものであることが理解できず,殺人が被害者に与える苦痛や社会に与える影響についての理解や共感に基づいて自己の行動を規律するというような健全な違法性の意識がないため,容易に殺意を形成し,しかも,周囲から非難され,罰を受ける現実的なおそれが感じられなかったから,脆弱な反対動機しか形成できなかったと考えられ,それらが本件に大きく寄与したこと自体はそのとおりと考えられる。しかし,本件の直接の動機は,憤懣という了解可能なもので,被告人がともかくも殺人が処罰の対象となる犯罪であることは理解しており,適切さを度外視すれば他の行為を選ぶことも可能であったから,反対動機を形成して思い止まることがかなり困難であったとはいえず,是非善悪の判断能力が欠如していたとか,制限の程度が著しかったということはできない。そして,被告人が,被害者の殺害を決意した後,それを実現するために合理的な行動をとっていることは,関係証拠から十分に認めることができる。被害者を多数回突き刺したり,切り付けたりした場面では興奮状態になっていた可能
性があるとしても,それは殺人の事案で通常あり得る事態であるし,以後の行動に特段の異常性はうかがえないから,行動を制御する能力に不足があったとも認められない。
弁護人が,所論の中で指摘する妄想等の動機への影響や,常識や道徳規範の欠如が合理的な選択肢を狭めた可能性は,被告人の責任の程度を軽くする要素として量刑において十分に考慮すべき事情に当たるが,本件当時,被告人が心神喪失ないし心神耗弱状態にあったと認めるべき事情になるとはいえない。
7
以上によれば,原判決の責任能力についての認定は,公判前整理手続段階で当
事者双方が犯行時に被告人が心神耗弱であったと主張していたことに引きずられ,その前提となったB鑑定に,鑑定の前提となる事実関係について十分な考察を加えておらず,かつ,精神障害の犯行に対する影響の程度について一般的な基準によらずに判断している面があることを見落としたものというべきで,当審において採用したより信用性の高いA鑑定に照らしてみれば,それにより不合理な結論に至ったものといわざるを得ない。
8
本件においては,弁護人からの控訴趣意はもとより,検察官からの控訴趣意も
責任能力についての原判決の事実認定の誤認を主張しておらず,弁護人は,こうした場合に裁判所が職権判断で事実誤認を理由に原判決を破棄し,被告人に不利益となる自判をすることは,当事者主義の観点及び不利益変更禁止の趣旨から容認できないと主張する。
不利益変更禁止の趣旨をいう点は,本件のように検察官側からも控訴されている事案では,説得的なものではないが,控訴審においても当事者主義が基調とされることは確かであり,それゆえに,一審判決のうちの被告人に有利な判断が分割可能であって,その判断に検察官が控訴せず,あるいは,控訴趣意での主張がないと,控訴審裁判所は,その判断に対して職権調査を行うことができなくなる場合がある(攻防対象論)
。しかしながら,責任能力の認定の判断は,当該事件が控訴された以上,有罪・無罪のみならず,量刑を判断する上でも避けることはできない問題であ
るから,一審判決が心神耗弱を前提に有罪認定した判決に対し,当事者双方から責任能力の認定に対する主張がない場合であっても,責任能力の問題が攻防対象から外れることは考えられない。したがって,控訴審裁判所は,当事者の控訴趣意にかかわらず,一審判決の責任能力の認定に対して職権調査を及ぼし得ると解される。職権調査を行い得る以上,調査の結果,原判決のこの点の認定が不合理であるとの結論に至った場合,事実誤認を理由に原判決を破棄し得ることも当然であり,被告人に不利益な自判のみ禁じられるとする理由もない。
本件では,原審の公判前整理手続段階から被告人が心神耗弱であったことは争いがなかったとはいえ,論告・弁論での当事者の主張をみると,B鑑定の信用性や被告人に刑事責任を問いうる程度については相当の隔たりがあったことがうかがえるから,原審裁判所は,これらを争点として明示し,事実認定あるいは量刑の理由の中で明確に判断する契機を与えられており,そうすべきであったといえる。しかるに,原判決は,これらを実質的な争点と自覚することなく,B鑑定の妥当性について問題があることを見過ごし,責任能力の障害の程度が著しいとの記載に漫然と依拠して,被告人が犯行当時心神耗弱状態にあった旨を認定したものと考えられ,その結果,実態とは異なる責任能力判断に至ったと認められるから,破棄を免れない。
第5

破棄自判

よって,検察官及び弁護人からの各量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄する。その上で,原審で重要な量刑事情については立証が尽くされており,当審においてA鑑定が実施され,改めて被害者の実父の心情に関する意見陳述もなされ,量刑判断に必要な資料が出そろっていること,本件の発生から既に4年以上が経過していることなどを考慮し,同法400条ただし書により当裁判所において更に判決する。
(当審において新たに認定した罪となるべき事実)
被告人は,

1
自閉スペクトラム症の影響により,かねて自分に嫌がらせをしている悪人と考えていた被害者(当時11歳)への憤懣を晴らすため,平成27年2月5日午後4時14分頃,和歌山県紀の川市a番地b東側空き地において,被害者に対し,殺意をもって,持っていた鉈様の刃物(刃体の長さ約48.2センチメートル)で,その右前胸部,左腰背部等を突き刺し,その頭部を切り付けるなどし,よって,同日午後7時5分頃,D病院において,同人を心臓刺創による失血により死亡させて殺害した。

2
業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午後4時14分頃,前記空き地において,前記鉈様の刃物1本を携帯した。

(量刑の理由)
本件は,自閉スペクトラム症を有していた被告人が,その影響で近隣に住む小学生の男児がストーカー行為をしているなどの妄想を抱き,憤懣から,男児を刃物で突き刺すなどして殺害した事案である。被告人の憤懣は,妄想に彩られた独特のものであるが,怨恨に類するといえるから,本件は,怨恨を動機とする殺人の事案に属すると考えてよい。
何らの抵抗もしない被害者を大型の刃物で複数回にわたって突き刺し,あるいは切り付けていることからすると,態様は残忍で,強い殺意があったことに疑問の余地はない。また,事前に殺人を計画していたとまで認めるに足る証拠はなく,当日の近隣住民の発言に触発されて殺意を抱いた可能性があるものの,被告人は,以前にも被害者やその兄を追い回しており,当日も自宅から大型の刃物を持ち出して被害者を待ち受けていて,全くの偶発的事案ともいえない。本件の態様は,同種事案の中ではやや悪質といえる。
他方,
動機についてみると,
それ自体は短絡的で同情の余地のないものであるが,
その形成過程に被告人のために有利に考慮すべき事情が認められる。本件では被害者に落ち度は認められず,それなのに,被告人は,一方的に被害者が悪人と思い込んで殺害にまで及んでおり,この経緯は,被害者にとってあまりに理不尽というほ
かない。しかし,この動機は,生来の自閉スペクトラム症の影響を色濃く受けたもので,加えて,最終的に被告人が殺人という過激な手段を選んだことにも自閉スペクトラム症の影響がある。上述のとおり,本件当時,是非善悪を判断し,行動を制御する能力が著しく制約されていたとはいえないものの,全く健全であったともいえないのであって,これらの点は,犯情として十分に考慮せねばならない。以上からすると,本件は,態様面では悪質さがあるものの,動機面には軽重両様の側面があり,被告人のために酌むべき事情も一定程度はある以上,同種事案の中で重い部類ということは躊躇される。幼い被害者の理不尽で酷い死に直面し,遺族が強い処罰感情を抱くことは十分理解できるものであるし,近隣社会への影響も否定できないなどの事情もあるが,被告人に前科前歴がなく,家族による支援が見込めることなども認められ,一般情状が極めて悪いわけでもない。被告人が罪証隠滅工作をしたことや真摯な反省を示していないことは,生来の自閉スペクトラム症の影響を受けている側面が大と考えられるから,量刑を左右するものとして大きく考慮することは相当ではない。
怨恨を動機とする被害者1名の殺人1件を中心とする量刑傾向をみると,特殊な事案を除けば,概ね懲役13年から15年を中心に分布している。上述した本件の犯情,特に自閉スペクトラム症の影響の大きさや,一般情状の評価は,本件が中程度の事案で,この辺りの量刑を相当とすることを示唆している。
原判決は,被告人に対して懲役16年の量刑をしているところ,これは,上述した本件事案の評価に沿うものであるとともに,
心神耗弱を前提にした量刑としては,
かなり重いものと考えられる。すなわち,裁判員制度施行後の殺人1件に対して心神耗弱が認定された事案の量刑例をみると,事案の個別性が高いために一定の傾向を看取することは困難ではあるが,
懲役10年以下となっているものが比較的多い。
懲役16年を超える量刑例は1件のみである。原審検察官の論告でも,本件類似の殺人で心神耗弱状態にあった事案の量刑傾向は,懲役3年以下から懲役10年以下辺りに集中しているとされている。そうでありながら,原審検察官は,対象となる
事案の多くは本件とは前提や本質が異なるので,これを参考とすることなく量刑すべきことを求めており,他方,原審弁護人は,具体的な刑に言及することなく,被告人に責任を問えない部分が残ることを量刑において考慮するよう求めていた。原判決の量刑の理由の記載は,どのような思考過程を経て懲役16年という量刑を導いたかを明示するものではないが,犯情の評価としては,態様が執拗で残忍であること,
被告人が被害妄想の影響下にあり,
動機を形成する過程で影響があるものの,
態様は被告人の目的にかなったもので,その影響は限定されたものであることなどを説示している。こうした説示や原審検察官の論告の内容に照らすと,原審裁判体は,被告人が心神耗弱状態であったことを出発点として量刑傾向を探ったのではなく,むしろ,それにとらわれることなく,態様や動機などを実質的に考慮してあるべき量刑を考察し,その上で心神耗弱状態であったことを酌むべき事情の1つと考えて量刑したことがうかがえる。このような被告人の精神症状の位置づけは,当裁判所の量刑判断の枠組みにおけるのと同様であり,そして,そこで説示された態様や動機などの評価や,妄想の影響の評価については,当裁判所としても異論があるところではない。
なお,検察官は,殺人についての量刑傾向を探るに当たっては,被害者が親族であるか,それ以外であるかを分けて考えるべきであると主張するので,この点について付言する。この主張は,被告人が心神耗弱状態であったことを前提に,量刑傾向を探るための資料を限定しようとする意図からされたものと解される。しかし,上述したとおり,
当裁判所は,
本件について,
被告人に完全責任能力を認めた上で,
怨恨を動機とする殺人の事案として量刑傾向を探るのが相当と解しており,検察官とは異なる前提に立つ。そもそも,被害者が親族であろうとなかろうと,その命の重さに変わりがあるはずはなく,一般に親族が被害者となる殺人で軽い量刑がされる例が多いのは,親族間の殺人では,親族間の軋轢等が背景となり動機等に酌むべきものが多いためであると考えられる。
怨恨を動機とする殺人の量刑例においては,
逆恨みともいうべき事案では重く,恨みにもっともな理由がある場合には軽く量刑
される傾向がある一方,
被害者が親族か否かでは明確な量刑傾向の差は見られない。
被害者が親族以外である点を重視すべきであるとの検察官の主張は,本件の量刑に当たり,有意な視点を提供するものではない。
以上の検討結果から,当審と原審とで責任能力についての判断を異にするとはいえ,原判決の量刑の判断枠組みや量刑事情の評価は,当審において新たに量刑をする上で尊重できるものであり,原判決が裁判員を含んだ裁判体による判断であることも考慮し,改めて同じ量刑をすることが相当であると判断した。よって,主文のとおり判決する。
(原審における求刑・懲役25年,主文掲記の没収)
令和元年7月16日
大阪高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

和田真
裁判官

坪井祐子
裁判官

真鍋秀永
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