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現住建造物等放火被告事件
事件番号平成30(わ)883
事件名現住建造物等放火被告事件
裁判年月日令和元年6月25日
法廷名札幌地方裁判所
裁判日:西暦2019-06-25
情報公開日2019-07-30 16:00:09
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令和元年6月25日宣告
平成30年(わ)第883号

現住建造物等放火被告事件
主文
被告人を懲役4年に処する
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aら3名が現に住居として使用し,かつ,Bら2名が現在する北海道苫小牧市所在の共同住宅(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,床面積合計170.1平方メートル)に放火しようと考え,平成30年4月17日午後11時28分頃,同建物2階奥の当時の被告人方において,その室内に灯油を散布した上,何らかの方法で火を放ち,床等に燃え移らせ,よって,同建物を焼損(焼損面積約66.952平方メートル)した。
(争点に対する判断)
第1
1
本件の概要及び争点
事案の概要

被告人は,かねてから,同居の母Aとの間のもめ事で当時の被告人方(以下,単に被告人方という。
)に警察官や消防が臨場する事態を度々引き起こしていた。
本件当日昼にももめ事が起き,Aは,臨場した警察官の説得を受けて外泊することとした。被告人は,Aが戻ってこないことに不安を募らせ,その後,110番通報や苫小牧警察署への電話を20回以上繰り返してAを被告人方に連れ戻すよう要求したが受け入れられないでいた。このような中,被告人方から公訴事実記載の火災(以下本件火災という。
)が発生し,これが被告人の放火によるものとして起
訴されたのが本件である。
2
争点

当事者間に,被告人の動作により本件火災が発生し,焼損結果が生じたことに争いはないが,①本件火災の原因が被告人の放火行為によるものか,②仮に被告人の放火行為によるものとして,被告人に完全責任能力があったかについて争いがある。第2

争点①(本件火災の原因が被告人の放火行為によるものか)について
1
本件火災発生時の被告人方の状況



関係各証拠によれば,本件火災当時,被告人方屋内にあった灯油は,玄関に
置かれたポリタンク及び居間に設置されたストーブ内のタンクの中だけであり,そのタンクへの給油は,普段Aが玄関で行っていたと認められる。他方で,本件火災翌日に行われた被告人方の実況見分の際,居間のうち焼損の激しい中央部分が出火部と特定され,居間入口から中央部分にかけた広い範囲で,水がはじかれている状況や水たまりに虹色の油分が浮遊している状態が見られ,室内には油臭が漂っていたことが認められる。加えて,被告人と苫小牧警察署で当直勤務をしていたC警察官との間の通話内容から本件当日午後11時28分頃(以下,時刻のみの記載は本件当日のものを指す。
)までは火災は生じていなかったと認められるが午後11時
30分56秒には近隣住民からの119番通報があったことからすると,本件火災の火の回りは早く,出火直後から相当な量の燃料が媒介して火勢を強めたものと認められる。


これらの事実によれば,本件火災発生前に,被告人方居間には広い範囲に相
当量の灯油が存在するという日常生活では生じ得ないような状況になっていたと認められる(なお,実況見分の際に採取された残焼物からは,居間の2か所のほか,4畳半間及び6畳間の二つの和室からも灯油が検出されている。しかし,その量は判明しておらず,消火活動等の別機会に付着した可能性も否定できないから,これら二部屋にも本件火災発生前から灯油が存在したとまでは認められない。。)
2
本件火災の際の被告人の警察への通話内容



Cは,本件当日の被告人との電話について次のとおり証言する。

すなわち,被告人は,Aを連れ戻すよう繰り返し電話をかけて要求してきたが,警察では被告人とAとを分離する措置を続ける方針であったため応じなかった。午後11時13分頃からの電話でも,このような押し問答が10分以上続いたが,午後11時28分頃,被告人が,

ママの服に灯油かけたぞ。床が灯油まみれだ。いいのか。「火をつけるぞ。「今,火つけたぞ。ああ燃えてるぞ。


」と発言した。そ
の数秒後にプシューという音が,更に数秒後にはピーピーピーという機械音が聞こえた。この間,落ち着いてくださいと繰り返し話し掛けていたが,被告人の応答がなかったため,上司に報告しようとやむなく電話を切った。
その証言は,相当具体的であり,かつ,迫真性を備えていることに加え,その内容も,これ以前のものを含む被告人との一連の通話内容からして不自然さはなく,Cが電話を切ってから約30分後に自ら作成し始めた報告書の内容とも異ならないこと,Cが聞いた機械音は被告人方に設置されていた火災警報器の警報音と整合することから,おおむね信用できる。弁護人は,種々の指摘をして信用性に乏しい旨主張するが,通話の録音がないからといって不自然とはいえず,その余の指摘も合理的な説明が可能であるから,上記の判断を左右しない。


C証言から認められる被告人の発言内容等からすれば,前記1のとおり本件
火災発生前に存在した被告人方居間の灯油は,その発言どおり,被告人自身が散布したものであり,その上で,自らの意思により何らかの方法で火をつけて放火したものと強く推認できる。
3
被告人の動機



前記のとおり,被告人は,本件当日,Aが戻ってこないことに不安を募らせ,
午後3時頃以降,警察に繰り返し電話をしてAを被告人方に連れ戻すよう要求したが受け入れられずにいた。そのような中,C証言によれば,被告人が,午後9時52分頃の電話において,要求に従わなければ被告人方に火をつける旨述べて一方的に電話を切ったため,警察官を派遣したが被告人方の火災は確認されなかったことがあったと認められる。その後,午後11時13分頃,前記2でみた本件火災の際の通話に至った。


このように,被告人は,放火すると脅してまでAを連れ戻すよう要求したものの,警察を従わせることができなかった。そのため,被告人の不安や怒り,興奮がエスカレートしていった結果,自ら言い出した以上後に引けず,脅しにとどまらないで衝動的に実際に火を放つ行為にまで及ぶことは十分に想定できるから,被告人には動機も認められる。あくまで脅しにすぎず放火するまでの動機はないとの弁護人の主張は採用できない。119番通報時の被告人の動揺も,思った以上の火災に発展したためとすれば十分理解でき,不自然さはない。
4
被告人の供述

他方,灯油をまいたことも火をつけるつもりもなかったとする被告人の供述は,前記1のとおりの被告人方の現場状況や火の回りの早さにそぐわないことに加え,脅しに信ぴょう性を持たせるべく音を聞かせようとライターに着火したが,予想外に大きな炎が上がり,慌てて布巾になすりつける形となり,布巾に火がつき,水をかけたが布巾が流されて床に落ち,再度水をかけたが火柱が上がったなどと,それ自体にわかに信じ難い不合理な内容が含まれるから,およそ信用できない。5
結論

以上によれば,被告人は,自らの意思に基づき,被告人方に灯油を散布し,火をつけて本件火災を発生させたものと疑いなく認められるから,放火の故意も認められ,現住建造物等放火罪が成立する。
第3
1
争点②(被告人に完全責任能力があったか)についてD証言

被告人の精神鑑定を行ったD医師は,被告人の精神障害及びこれが本件犯行に及ぼした影響について,次のとおり証言する。
すなわち,被告人の過去の知能機能検査結果や鑑定時の同検査における免責を意識した受検態度,被告人との受け答えやその生活歴等に照らすと,知的障害は認められるものの,その程度は軽度にとどまり,善悪を判断する能力や行動を制御する能力に大きな影響はない。次に,その病歴や鑑定入院中の症状から判断して,被告人は典型的な情緒不安定性人格障害に該当するが,この人格障害は,疾病というよりは性格の偏りが極端に現れたものといえ,善悪を判断する能力に影響を及ぼすものではない。また,
見捨てられ不安から相手を試すために衝動的行動をとりや
すい傾向にあり,自傷行為等の脅しを伴う要求をすることも多く,中には自殺を完遂してしまうケースもあるが,被告人は,相手によって態度を変え,要求が通らないと分かると行動を自重するなどしているから,同障害の行動を制御する能力への影響も大きなものではない。なお,被告人は別人格の存在を訴えているが,別人格を認識し,記憶を共有していると述べている点や別人格を利得のために利用する傾向がみられることから,解離性同一性障害(いわゆる多重人格)とは認められない。D医師は,その経歴や経験に照らして精神鑑定の鑑定人としての資質を十分に備えているものといえ,鑑定に際しても,鑑定入院中に行った被告人との面接や状況観察,Aからの聞取り調査などを踏まえた判断を行っており,その判断過程にも不合理な点は見受けられず,上記証言には高い信用性がある。
2
被告人の本件当時及びその前後の行動等

加えて,被告人は,要求に従わない警察官に対して脅しの程度を強めたり,本件火災発生後には隣室を訪れ避難するよう告げ,自ら119番通報をしたりするなど,周囲の状況を把握して合理的な行動をとっている。また,Aの不在が続く中,自らの要求を通すべく脅しをエスカレートさせ,不安がピークに達して脅しを現実化させる行為に至ったことは,前記の情緒不安定性人格障害の行動傾向の延長線上として理解可能な行動といえる。
3
結論

D証言を踏まえ,前記の被告人の行動等も総合して判断すると,被告人は,本件犯行当時,善悪を判断する能力や行動を制御する能力が著しく低下していたものではなかったと疑いなく認められ,心神耗弱の状態にあったとする弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法108条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で,被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件犯行は,高齢の住民2名が現在する木造2階建てアパートの自室に相当量の灯油をまいて火を放ったものであり,火の回りが早く,隣人は2階からの飛び降りを余儀なくされるほどであったし,窓から炎が噴き出す勢いも見られた。焼損の結果も,被告人方全体に加えて隣室にまで及んでおり大きいが,それも早期の消火活動によってその程度にとどめることができたとみるべきであって,住宅密集地でもあったことから更なる被害の危険性もあった。加えて,アパートは取壊しとなっており,財産的被害も大きい。
他方,情緒不安定性人格障害を有する被告人は,母親と長時間引き離されることで感情が著しく高ぶった末,後先考えずに犯行に及んだものであり,その結果は被告人が思いもよらないものであったと認められる。その障害の内容や程度に照らせば,大きく酌むべき事情とまではいえないが,犯行の衝動性を高める原因となったことから,被告人に対する非難を考える上で一定程度考慮に値する。これらの犯情を踏まえると,本件は,同種類似の事案に比して軽いものとはいえず,被告人に対しては,法定刑の下限である5年を下回ることがあるにせよ,一定の実刑をもって臨むべきである。
その上で一般情状をみると,被告人は,重大な結果を招いたことについては謝罪の言葉を述べているものの,本件犯行当時は別人格であったなどと不合理な弁解をして自らの犯行と真摯に向き合うことなく責任逃れをしており,反省とは捉えられない。また,今後,母親との関係改善に向けた環境も十分整備されていない。なお,火災保険による損害補填は被告人によるものでないことから,酌むべき事情とはいえない。
以上を総合して,被告人に対しては,酌量減軽の上,主文のとおりの刑の量定をした。
(求刑・懲役5年)
令和元年6月25日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

駒田秀和
裁判官

山下智史
裁判官

牧野一成
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