判例検索β > 平成30年(わ)第971号
現住建造物等放火被告事件
事件番号平成30(わ)971
事件名現住建造物等放火被告事件
裁判年月日令和元年7月12日
法廷名札幌地方裁判所
裁判日:西暦2019-07-12
情報公開日2019-08-05 14:00:11
戻る / PDF版
令和元年7月12日宣告
平成30年(わ)第971号

現住建造物等放火被告事件
判決主文
被告人を懲役6年に処する
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aほか7名が現に住居として使用し,かつ,Bほか4名が現在する北海道a市b町c丁目d番地e所在の共同住宅甲(木造亜鉛メッキ鋼板葺3階建,床面積合計約417.15平方メートル)に放火しようと考え,平成30年9月20日午後6時30分頃,同共同住宅f号室前記A方居室内において,不詳の方法により火をつけ,その火を同人方和室壁面及び天井等へと燃え移らせ,よって,同共同住宅の一部である前記A方の天井等を焼損(焼損面積合計約15.04平方メートル)した。
(証拠の標目)

(事実認定の補足説明)
1
本件の概要及び争点
本件において,何者かが,平成30年9月20日(以下本件当日という。)午後6時30分頃,上記の共同住宅(以下本件建物という。)のf号室(以下本件居室という。)において火を放ったことは証拠上明らかである。
そして,被告人と犯人とが同一であるか否かについて争われている。
2
本件居室への侵入の形態
本件居室の住人であるAは,火災発生当時外出していたところであるから,本件犯行は,何者かがAの不在中に本件居室に侵入して及んだものであると認められる。
そこで,この侵入の形態から検討する。
本件居室は,共同住宅である本件建物の3階部分(1階部分は駐車場)の一室であり,外部から出入りすることができるのは,玄関ドアのほか,東側窓及び西側窓のみである。そして,Aが外出前に玄関ドアの鍵を閉めたと述べていること,放火に気付いて玄関ドアを開けようとしたCがその際鍵が閉まっていたと述べていることからすれば,本件犯行の前後には玄関ドアの鍵は閉まっていたと認められる。また,窓については,Aは,外出の際,東側窓の鍵は閉めていたことに間違いないが,西側窓は閉めていたものの鍵についてはかけ忘れていた可能性がある旨述べており,本件犯行当時,西側窓は鍵が開いていた可能性があると認められる。
そうすると,犯人は,玄関ドアを解錠して玄関から侵入したか,又は西側窓から侵入したかのいずれかであると考えられる(なお,東側窓については,Aの供述に疑問がないことに加え,侵入するには壁を伝うほかなく,およそ侵入経路として考えられない。)。
そこで,まず,犯人が玄関ドアから本件居室に侵入したと仮定した場合,それが可能な者について検討する。

被告人のほかに本件居室の鍵を所持していた者として,A,Aの三女であるD及び本件建物の大家(以下大家という。)がいるところ,A及びDは,火災発生当時に本件居室の周辺にはいなかったことから,犯行の可能性はなく,大家についても,自らの所有する建物を焼損させる理由はうかがわれず,あえて本件居室に火を放つことは考え難い。


また,上記アで挙げたA,D又は大家の所持する鍵を第三者が複製するなどして使用することで玄関ドアから侵入することについても検討しておく。上記3名は,いずれも,所持していた本件居室の鍵の管理状況を供述しており,これらの供述の信用性に疑問はない。したがって,これらの持ち主以外の者が,持ち主に気付かれずに鍵を複製し,玄関ドアから侵入する可能性は完全に否定できるものではないが,証拠上そのような者の存在をうかがわせるものはなく,また,一般常識に照らしても,その可能性は著しく低いといえる。

そうすると,被告人以外に本件居室の鍵を所持していた者が本件犯行を行った可能性は著しく低いといえる。
次に,西側窓からの出入りについて検討する。
検察官は,西側窓からの出入りについて,それが困難であって,合理的な
行動でもない上,このような出入りをすれば当然窓付近に払拭痕がつくはずであるのに,現場にはそのような払拭痕がなかったことをも根拠として,西側窓からの出入りは考えにくいと主張する。
まず,西側窓から本件居室に出入りするには,本件建物の外階段の手すり,本件居室の階下の部屋の窓枠,本件建物の壁の段差,西側窓の防護柵等に手足をかけて登り降りする方法による必要があると考えられる。この点,検察官は,これらに払拭痕,足跡痕等が残っていない旨指摘する。しかしながら,検証を担当した警察官の供述(検証の際に撮影した写真について,証拠として認定の用に供することに問題があるものの,念のためこの写真を含めて検討する。)を踏まえても,これらの痕跡の有無は明確ではない。また,このような出入りの際にこれらの痕跡が必ず生じるものであるといえるか否かについて,捜査において実験を行った警察官の供述(前同様,その際に撮影した写真を含めて検討する。)を踏まえても,なお判然とせず,的確な立証がされているとはいえない。
もっとも,西側窓から出入りするのは上記のような方法による必要があり,それ自体が必ずしも容易なものとまではいえない。また,火災発生当時の本件建物の居住者の在室状況,周囲の状況等によると,西側窓から出入りしようとすれば,居住者,通行人等に気付かれるおそれが容易に考え得るところである。犯人が本件居室に限らず留守宅を狙っており,たまたま窓の鍵がかけられていない部屋に侵入しようとしていた者であると仮定すれば,この者が,必ずしも容易ではなく,このようなおそれが考え得る西側窓から本件居室に出入りしたということになり,このようなことは現実的には想定し難い。他方,容易性や気付かれるおそれを度外視してあえて本件居室に出入りする者がいた可能性は完全に否定されるものではないが,このように本件居室に出入りしようとする者が存在することをうかがわせる事情も見当たらず,一般常識に照らしても,その可能性は著しく低いといえる。
よって,犯人が西側窓から出入りした可能性は著しく低く,犯人は,本件居室の玄関ドアを解錠して玄関ドアから出入りした可能性が非常に高いといえる。
ところで,被告人は,本件当日,自動車を運転し,午後6時19分頃に本件建物付近に到着してその東側に駐車し,午後6時30分頃に本件建物付近を出発していた。また,被告人は,本件の4日前である平成30年9月16日に本件居室の合い鍵を作製しており,本件建物付近にいた際,本件居室の玄関ドアから出入りすることがごく容易であったと認められる。

合い鍵を使用して本件居室に侵入した上で本件犯行に及んだ可能性が非常に高いところ,被告人は,その時間帯に本件建物付近に所在しており,かつ,その際合い鍵を所持していたのであるから,被告人こそが本件犯行に及んだものであることが強く推認される。
3
被告人の本件建物付近に至るまでの行動
被告人は,本件当日,当時の妻のE(Aの長女でもある。)と行動をほぼ共にしていたものの,午後5時59分頃,Eが温泉施設で入浴することを契機に,Eには本件居室に赴く旨一切告げず,他の用事がある旨告げてEと別れ,その後,特に立ち寄る先もないまま,前記のとおり,本件建物の前まで自動車を運転し,午後6時19分頃から午後6時30分頃までの約11分間,自動車を停車させていたところである。被告人が本件居室に行く理由は見当たらないところである上,Eに積極的に虚偽の事実を述べて本件建物の前まで行っていることからすれば,被告人が本件建物に行ったのは,Eには知られたくない理由によるものであると推認できる。
一方,被告人は,同月16日,Eが一時的に保管していた本件居室の合い鍵をもとに,A,E及びその親族に一切秘して本件居室の合い鍵を作製していた。このような合い鍵の作製は,本件居室に入る以外の目的が考えられず,この時点で,これらの者に無断で本件居室に侵入することを企図していたことも推認できるところである。この点,被告人は,合い鍵を作製した理由について,Eとの離婚に備えてのものであった旨供述するが,被告人が準備をする筋合いのものでは全くなく,また,当時,Eとの間で離婚や別居に向けた具体的な動きが一切なかった状況にあったのであるから,このような被告人の供述は,一般常識に照らして不合理であって信用することができない。そして,被告人は,この合い鍵を持参して,前記のとおり本件建物の前まで行ったと認められるところである。この点,被告人は,合い鍵を所持していた事実を認識していなかった旨供述する。しかしながら,Eに秘して合い鍵を作製してからさほど日が経過しておらず,そのような状況で作成した合い鍵の所在は意識していたはずであるから,これを失念すること自体考えられない上,被告人が本件の後もこの合い鍵を財布に保管していたことからすれば,被告人は,本件建物の前まで行った当時,この合い鍵を所持していたことを十分認識していたと認められる。
そうすると,このような被告人の行動からすれば,単に上記のとおり被告人には本件居室に侵入することが可能であったというにとどまらず,被告人が本件建物の前まで行ったのは,この合い鍵を使用して本件居室に侵入しようとする意思があったからであると考える以外に,その理由が見当たらない。これに対して,被告人は,本件建物の前まで行ったのは,Eには知られずにAに対してEとの離婚について相談しようと思ったからである旨供述する。しかしながら,被告人は,本件当日,Eと北海道g市において共同で生活を開始するため,種々の所要の手続や準備を行っていたところである。しかも,Aは夜間も仕事に出ていることがあり得る状況であったのに,被告人が,Aが在宅しているか否かすらも全く確かめることなく,連絡もせずにAに相談しようと本件居室に向かうのは,一般常識に照らしても不自然である。加えて,被告人と義母に当たるAとの従前の関係を見ても,被告人がAに離婚の相談をするような状況にあったともうかがわれない。被告人の供述は,内容自体説明がつかないものである。
よって,被告人は,本件居室に侵入するため,本件建物の前まで行ったものと認められる。
また,被告人は,本件当日の午後2時49分頃,着火材及びライターを購入していたのであるから,これらを自動車に積載して本件建物の前まで行ったとも認められる。これらの事実のみから本件放火がこれらの着火材及びライターを使用して行われたとまで断定することはできず,また,これらの事実から,被告人の購入目的が放火のためであると直接推認されるものではない。しかしながら,これらの持参の事実は,少なくとも,被告人が放火に及ぶ手段を有しており,本件居室への侵入が放火を目的としたものであるとして,被告人が放火を行ったこととよく整合するものという意味で,被告人と犯人との結び付きを示すものであるということはできる。
4
総合評価
上記の事実を総合すれば,被告人は犯行がごく容易であったといえる一方,被告人以外の第三者が本件放火を行う可能性は現実的には想定し難いか,可能性が否定できないとしても著しく低いといえる。このこと自体,被告人が犯人である可能性が非常に高いことを示すものといえる。加えて,被告人の行動からすると,被告人は,本件居室に侵入する意図で本件建物の前まで行ったと認められ(しかも,放火に及ぶ意図であった可能性とよく整合する事実もある。),このことも被告人が本件放火の犯人であることを補強するものといえる。
以上を踏まえ,これらの間接事実相互の関係について更に検討する。仮に被告人がこのような意図で本件建物の前まで行き,被告人が供述するように自動車内にとどまっていたのみであるとするならば,まさにその時に,第三者が偶然に本件放火に及んだということになる。しかしながら,そのような状況は単に偶然の重なり合いと考えても可能性は極めて低い。加えて,本件においては,それにとどまらず,このような第三者が犯行に及んでいたとするならば,周囲に気付かれないように犯行に及ぶものであると考えられるところ,本件放火が行われた時間帯には,10分間以上にわたり,本件建物の横に被告人の自動車が駐車されていた事実は動かし難く,しかも被告人の供述によれば被告人がその車内にいたというのであるから,このような第三者があえてそのようなタイミングで犯行に及ぶとはなお一層考え難いといえる。すなわち,以上の間接事実を総合して考察すると,第三者が犯人である可能性を合理的に説明することはほぼ不可能であり,被告人が犯人であると認めることができる。
なお,被告人が本件犯行に及んだとしても,その動機については,なお理解し難い点が残る。この点,検察官は,被告人が,Eとの間のいさかいを契機に,Eの家族や実家に対する強い敵意を抱くようになり,ひいては本件犯行に至った旨主張する。確かに,このような動機に基づくとすると,被告人が本件犯行に及んだと認定することと整合的ではあるものの,夫婦間のいさかいから,妻の実家である本件居室への放火に直ちにつながると見るには疑問がなくはない。もっとも,被告人の上記の合い鍵の作製及び本件当日の行動等の客観的事実は動かし難く,被告人の供述を考慮しても,その理由として合理的なものが見当たらず,被告人が本件犯行に及んでいないとすると上記の客観的事実は極めて不可解なものとなる。したがって,本件について,被告人が本件犯行に及んだと認定するに当たり,その動機が明確でないからといって,その認定に合理的疑いを生じさせることにはならない。5
結論
以上の検討によれば,被告人が本件犯行に及んだと疑いなく認定することができる。

(法令の適用)
罰条
刑法108条


有期懲役刑

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑訴法181条1項ただし書

刑種の選
(量刑の理由)
被告人は,当時8名が居住し,現に5名が在室していた木造3階建共同住宅において放火している。被告人が和室の押入れ内と居間のソファ上の2か所で火を放っており,少なくとも後者においては着火材を用いたと認められることからすれば,一定程度確実に着火させる方法が用いられているといえる。また,実際に屋根裏まで火が回るような火勢が生じたことも考えると,他の居室に燃え広がるなどして多くの者に危険を生じさせるおそれが高く,本件は危険な犯行であって,被告人もこのことを認識・予測し得たといえる。幸いにして発見,消火が早く,生命,身体に具体的な被害が迫った者まではいなかったが,居住者に与えた恐怖感は大きかった上,共同住宅の所有者や居住者に大きな財産的被害を生じさせている。
そうすると,本件は,単独犯による現住建造物等放火1件という同種事案の中で,中程度よりやや重い部類に位置付けられる。その上で,被告人が不合理な弁解に終始し,反省が見られないことをも考慮し,主文の懲役刑を定めた。(検察官

志村康之,横田英剛,国選弁護人

髙橋健太(主任),野田晃弘

出席)
(求刑

懲役7年)

令和元年7月19日
札幌地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

島戸
裁判官

平手
裁判官

大木純健太郎峻各
トップに戻る

saiban.in