判例検索β > 平成30年(ネ)第628号
損害賠償請求控訴事件
事件番号平成30(ネ)628
事件名損害賠償請求控訴事件
裁判年月日令和元年7月19日
法廷名大阪高等裁判所
原審裁判所名神戸地方裁判所
原審事件番号平成25(ワ)108
裁判日:西暦2019-07-19
情報公開日2019-08-30 18:00:16
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主文1
一審原告らの本件各控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
2
一審被告は,各一審原告に対し,別紙2請求・認容金額一覧表の各一審原告に対応する当審認容額欄記載の各金員並びにこれに対する一審原告F1,一審原告F2及び一審原告G以外の一審原告らについては平成25年3月7日から,一審原告F1,一審原告F2及び一審原告Gについては平成28年2月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3
一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4
一審被告の本件控訴をいずれも棄却する

5
訴訟費用は,第一,二審を通じてこれを4分し,その3を一審被告の,その余を一審原告らの各負担とする。

6
この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
一審原告ら
(1)

原判決を次のとおり変更する。

(2)

一審被告は,各一審原告に対し,別紙2請求・認容金額一覧表の各一
審原告に対応する請求額欄記載の各金員及びこれに対する原審甲事件欄の一審原告については平成25年3月7日から,原審乙事件欄の一審原告については平成28年2月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
一審被告
(1)
(2)

第2
1
原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
一審原告らの請求をいずれも棄却する。

事案の概要(略称は,特記しない限り,原判決の例による。

本件(原審甲事件及び乙事件)は,一審被告又は一審被告と合併したオーツ
タイヤ株式会社の従業員として一審被告の神戸工場又は泉大津工場においてタイヤ製造業務等に従事していた,一審原告G以外の一審原告らの被相続人ら及び一審原告G(本件被用者ら)が,作業工程から発生する石綿及び石綿を不純物として含有するタルクの粉じんに曝露し,これによって石綿関連疾患(悪性胸膜中皮腫,肺がん,石綿肺)に罹患し,一審原告G以外は死亡したと主張して,一審原告らが,一審被告に対し,債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為に基づき,本件被用者ら1人当たりの慰謝料を3000万円とし,特別補償金を控除するなどして(相続人については,それぞれの相続分に応じ),別
紙2請求・認容金額一覧表の各一審原告に対応する請求額欄記載の各金額の損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審においては,甲事件につきE1が,乙事件につきFがそれぞれ原告の1人として訴えを提起したが,いずれも原審口頭弁論終結までに死亡し,各相続人らが訴訟を承継した。
原判決は,一審原告らの請求のうち,被用者が亡A及び亡Dの相続人である一審原告らの請求を棄却し,その余の一審原告らの請求を別紙2請求・認容金額一覧表の上記各一審原告に対応する原審認容額欄記載の各金額及び遅延損害金の限度で認容し,その余の請求を棄却した。そのため,敗訴部分を不服とする一審原告ら及び一審被告がそれぞれ本件控訴を提起した。
原審口頭弁論終結後,
E1の訴訟承継人の1人であったE2が死亡したため,
その相続人であるE3及びE4が訴訟を承継した。
2
判断の前提となる事実,争点及び争点についての当事者の主張は,次の3及び4において当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決事実及び理由の第2の2から4までに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決13頁2行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
原審甲事件原告亡E1の訴訟承継人であった一審原告E2は,原審口頭弁論終結後である平成29年10月28日に死亡し,同人の子である一審原告E2承継人E3及び同E4が,それぞれ2分の1ずつの割合で,一審原告E2の本件訴訟における権利義務を相続した(弁論の全趣旨)。
3
当審における一審原告らの主張
(1)

各工場における石綿粉じん飛散状況及び本件被用者らの石綿曝露状況並
びに石綿曝露と本件被用者らの疾病との間の因果関係

神戸工場における石綿粉じん飛散状況
(ア)
a
タルクの使用状況
昭和24年5月に兵庫県労働基準局安全衛生課が作成した労働衛生実態調査報告『ゴム工業に発生する職業特に塵肺について』と題する報告書(甲A72,昭和24年調査報告書)は,神戸工場を調査した上で,
ゴム製品の製造工程は第一図に示すが如くであって,じん肺発生の原因は生ゴムに配合されている薬品顔料などの飛散,或はゴムの粘着を防止するために用いられるTalcum(俗にチョークと呼ばれている)及び白碧華(カタルポ)のSiO2を含む微細な粒子が(第一表参照)使用の場所で大気中へ多量に飛散されて漂っているためであることは,現場を見れば歴然とするところである。(表記ないし表現は一部現代語化している。以下同じ。
)としている(105頁)
。また,
Talcumについて小松タルク工業所精製と明記し,成分も表記している
(110頁)これによれば,

主たる成分はSiO2,
MgO,2O3+Al2O3
Fe
であり,分子式がC18H36O2のステアリン酸とは全く異なる。昭和24年調査報告書のTalcumが鉱物のタルクを指していることは明らかである。

b
東京大学公衆衛生学教室に所属し,昭和24年調査報告書の基となる調査に関与した石川知福らは,その調査結果を,日本衛生学雑誌5巻(1950-1951)3号にタルクによる塵肺についてと題
する論文で公表した
(甲A78。昭和26年石川論文
以下
という。。

同論文には,ほとんど全工程においてゴムの粘着を防ぐためにタルク

が使われ,また,工場は単一の建物に納まっており,各職場間にほとんど仕切りがないため,タルクを殊に多量に使う高度発じん箇所を中心として一様にタルクじんが飛散している。と記載され,

高度発じん
箇所として,薬品配合,ゴム練り,チューブ押出し,裁断,成形の工程が指摘されている(17頁)
。同論文の総括及び考案では,

ゴム工場における粉じんの調査を行い,その発散粉じんの大部分が20μ以下のタルクじんであることを認めた。

と記載している(20頁)。
c
昭和24年調査報告書は,
ゴム練における発じんは,薬品顔料の混合,混合された薬品顔料の生ゴム投入時に起きる。その他の職場における発じんはゴムの粘着防止のチョーク振り掛け,或いはそのチョークが飛散するために起きるのであって,激しいときにはあたかも高山で霧が流れているが如くじん埃の浮雲が□□れ,かつそれが沈降して床上にうず高く堆積しているのが見られる。夏季に窓を開けているときには,気流によって浮じんのみならず床上から吹き上げられたものまでが相当遠方まで運ばれて工場全体が真っ白になる。と,神戸工場
での粉じん飛散状況を描写し(106頁)ゴム工業においてタルク,及びカタルポを使用するためにじん肺が発生することを確かめた。おそらくこれがゴム工業にじん肺が発生したこと,かつタルクによってじん肺が発生したことの本邦における最初の報告であろう。と結論付けている(107頁)

神戸工場での粉じんとしては,亜鉛華,ステアリン酸,チョーク,カタルポ,炭酸カルシウムなどが列挙されているところ(109頁),
タルクは,良質なものは白色であり(甲A14の357頁)
,カタルポ
(カオリンクレー)
は淡色
(同355頁)亜鉛華は白色又は淡黄色

(同
228頁)
,ステアリン酸は白色(同232頁)
,炭酸カルシウム(石
灰石)は白色である(同352頁)
。昭和24年調査報告書の上記記載
(神戸工場は真っ白,じん肺の原因はタルク及びカタルポ)からすれば,神戸工場においてタルクが大量に飛散していたことは明らかである。
d
昭和45年7月11日付け神戸工場安全衛生課長作成のじん肺に関する報告と題する書面(乙A40。以下昭和45年一審被告報告書という。)にも,

当社では往時よりゴム工場の特性として,チョーク類を多量に使用し,粉じんの発生が多かった。と記載され,

粉じん作業(当社に該当する項目)として滑石又はクレーを原料又は材料として使用するものを製造し,又は加工する工程において粉状の滑石,クレー又はこれらを含む物を混入し,又は散布する場所における作業を挙げている。したがって,昭和45年一審被告報告書からも,神戸工場においてタルクが使用され,それが飛散していたことが裏付けられる。

e
昭和30年3月発行の労働科学季報
(第3巻第1-4号合併号)
所収製造加工業のじん肺について
(甲A97)では,

ゴム工業では,タルクが充填剤,打粉,離型剤として用いられ,ゴム練,タイヤ,チューブ製造工程ではこれらのタルクの飛散により局所的に高濃度の粉じん環境を形成する。

と記載されている(23頁以下)。
昭和48年発行のゴム工業便覧(新版)(甲A14)では,
ゴム工場における粉じんは,原料ゴムの混練作業時カーボンブラック及び配合薬品の飛散によるものが最も多い。このほか,粘着を防止するために使用するタルク類を取り扱う部門,仕上げ工程におけるパフ粉及びゴムを接着する金属材料などの研磨により発生する金属粉などである。と記載されている(1506頁)。
(イ)
a
混合工程(本館1階)におけるタルクの使用
昭和24年調査報告書は,タルクについてチョークと俗称されていることを注記しているほか,そのチョークを薬品配合の欄に挙げている。昭和24年調査報告書は,神戸工場においてタルクが配合剤として使用されていたことを示している。

b
(ア)eのとおり,
製造加工業のじん肺について
では,
ゴム工業でタ
ルクが充填剤として用いられると記載している。
昭和41年発行の日本ゴム協会誌
(第39巻10号)所収IIRの粘着性
(甲A82)では,タイヤのインナーチューブに用いられ
るIIR(ブチルゴム)には,タルクを充填剤として用いると耐薬品性,ガスの不透過性を増すと記載されている(855頁)

昭和48年発行のゴム工業便覧(新版)(甲A14)では,ゴム
用の無機充填剤の1つとして,タルクが挙げられている(357頁)。
昭和40年発行の化学便覧(応用編)(甲B19)では,ゴムの
うちSBR及びニトリルゴムの充填剤の1つとしてタルクが挙げられている(1143頁以下)
。SBRは,タイヤの用途に使用されるもの
である(甲B20)

昭和62年発行の日本医学放射線学会雑誌(第47巻11号)所収ゴム製造工場従業者におけるじん肺
(甲A83)には,
ゴム製造工場の製造過程には,生ゴムに加硫剤(硫黄),加硫促進剤(酸化マグネシウム),増量充填剤(タルク),着色剤などを混合する混練作業,また,ホース,ロール押出しの際の付着防止のために散布されるタルク,クレー,炭酸カルシウムなどの粉じん作業工程が含まれている。と記載されている(76頁)

横浜ゴム株式会社が取得した特許の内容を示す文書には,タルクを無機充填剤又は補強性充填剤として配合することができるとの記載(甲A94の1の5頁,甲A94の2の5頁,甲A94の3の6頁,甲A94の4の5頁)従来はインナーライナー用ゴム組成物に扁平タ,
ルクを配合したり可塑剤量を減らしたりすることにより耐空気透過性向上を図ってきたとの記載(甲A94の2の3頁)がある。
タルクは,
広く,
タイヤ製造において混合剤として利用されている。
(ウ)
a
成形工程(本館2階)におけるタルクの使用
(ア)aのとおり,昭和24年調査報告書がタルクについてチョークと俗称されていると注記していることは,神戸工場でチョークと呼ばれていたものが炭酸カルシウムではなくタルクであったことを示すものである。
チョークがステアリン酸又はステアリン酸亜鉛だけを指すとはい
えない。

b
1番ポケットの内側には,強度を増すためにインシュレーションが貼られており,インシュレーションは粘着力を有するので,1番ポケットをくし車にセットしたときにインシュレーション同士が粘着することがないように,1番ポケットの内側(インシュレーションの側)に打ち粉としてタルクを塗布する。しかし,2番ポケットの内側にはインシュレーションが貼られていないので,2番ポケットの内側にはタルクを塗布する必要はない。
成形済みの1番ポケットと2番ポケットは,1番ポケットをドラム(フォーマー)にセットし(外側にはめ込む)
,その後,2番ポケット
を1番ポケットの外側に押し込んでかぶせることにより,タイヤの原型が成形される。

c
その後,ポケット両端の表面にビードワイヤーをセットし,ポケットの両端を外側に折り返してポケットの表面同士をビードと圧着して一体化する。1番ポケット及び2番ポケットの両端を外側に折り返すので,2番ポケットの外側同士が圧着することとなり,1番ポケットの内側にタルクが塗布されていても圧着が阻害されることはない。d
ステアリン酸やステアリン酸亜鉛は,一般には加硫を促進する材料として使用されるものであり,打粉材として多量に使用することは避けるべきであるとされている(甲A14の228頁以下・393頁)。
ステアリン酸及びステアリン酸亜鉛は,皮膚や眼に対する刺激,呼吸器に対する刺激のおそれを有し,現在では,作業者は適切な保護具を着用し,粉じん等の吸入を避けるべきものとされている(甲A81の1・2)

このように危険なステアリン酸又はステアリン酸亜鉛が使用されるとは考えられず,神戸工場において,被用者がステアリン酸やステアリン酸亜鉛の使用のために皮膚や眼に対する刺激,呼吸器に対する刺激を受けたとか,それによる損傷があったとの報告はない。
ポケット貼り作業では,タルクが使用されていた。

(エ)
a
電動機による石綿粉じん
電動機のブレーキパッドに耐摩耗性があるからといって,摩耗によって生じた粉じんが少なかったとはいえない。
すなわち,電動機のブレーキパッドは摩擦により回転するブレーキドラムを制動するので,摩耗が避けられない。耐摩耗性があるからといって,摩耗しないというわけではない。

b
昭和51年4月に労働省労働局労働衛生課が発出した石綿粉じんによる健康障害予防対策の推進についてによれば,米国において,自動車のブレーキ及びクラッチ部品の整備業務に従事する者が石綿に曝露することにより健康障害を惹起するとしてその対策の必要性が警告されていること,労働省の実態調査でも,自動車のブレーキドラムの中の堆積物には,相当量の石綿が含有されていること及び関係労働者がこれら粉じんに曝露されていることが明らかとなったと記載されている(甲A88)

電動機内部にブレーキパッドが摩耗して石綿粉じんが堆積していた事実も重視すべきである。
(オ)
a
発じん状況について
労研式じん埃計は,被験空気吸入量50㏄中のじん埃数を測定し,単位容積空気中に浮遊するじん埃数を計算するものであり,石川知福らが昭和10年に考案し(甲A79,96)
,昭和31年時点では最も
普及していた方式である(甲A80)


b
昭和23年8月12日発出の労働基準法施行規則第18条,女子年少者労働基準規則第13条及び労働安全衛生規則第48条の衛生上有害な業務の取扱基準についてでは,土石獣毛などのじん埃又は粉末を著しく飛散する場所とは,植物性,動物性,鉱物性の粉じんを作業する場所の空気1㏄中に粒子数1000個以上又は1㎥中に15㎎以上を含む場所をいい,特に遊離珪酸50%以上を含むじん埃ではそれがそれぞれ700個と10㎎以上を含む場所をいうとされている(乙B8)


c
昭和24年調査報告書には,神戸工場について,労研式じん埃計によって測定した空気1㏄中のじん埃数が記録されている(甲A72,78)

その結果によれば,
当時の神戸工場では,薬品計量
(薬品投入中),
ロール(カーボンブラック),
サンドブラスト

マントル抜き

チューブ押出自転車チューブ押出ムシゴム加硫前のチョー,,クをふるう作業,
エプロン布裁断

糸ゴム裁断

糸ゴム成形(巻きとり)の職場又は作業において,
じん埃数は1㏄当たり1000個
を超えていた。これは,bに挙げた基準では,粉じんを著しく飛散する場所に当たる。
昭和24年調査報告書及び昭和26年石川論文を分析したNは,その意見書(甲A100)で,じん埃の大きさの分布から,タルク粉じんの質量濃度の推定値を算出した。その結果は,少ないところで1㎥当たり43.6㎎,多いところでは3029.4㎎であった。これによれば,すべての作業場で,bに挙げた基準値を大幅に超えていた。このように,
昭和24年2月時点の神戸工場は,
比較的じん埃の少なかった場合の調査時においてさえ,粉じんの個数濃度でも質量濃度でも当時の労働行政の基準値を超えていた。したがって,粉じん濃度は非常に高かったといえる。
なお,日本産業衛生協会が勧告する現在の粉じんの許容濃度は,総粉じんとして1㎥当たり2㎎である。神戸工場の総粉じんの質量濃度は,すべての作業場で,上記の許容濃度の20倍を超えている。
d
昭和24年調査報告書から10年経った昭和34年に,井田康一らは,神戸工場における追跡調査を行った。それによれば,じん肺の有所見率が10%から83.8%の高率に推移しており(甲B4の1037頁)粉じん職場としての改善が全くされていないことが裏付けら,
れる。


亡Aの石綿曝露状況
(ア)

亡Aは,神戸工場で成形工程のうちタイヤ成形作業に従事し,タイヤ
成形機のモーターのブレーキパッドに使用されていた石綿の粉じんに曝露されていた。
(イ)

亡Aは,これに加えて,タイヤ成形作業において,ポケットをドラム
にセットする際,1番ポケットの内側に塗布されていたタルクの粉じんに曝露した。また,ポケット成形作業場所からの,ホットナイフボックス及び消火用アスベストシートに使用されていた石綿の粉じん,ポケット内側に塗布されるタルクの粉じんにも曝露されていた。
(ウ)

さらに,亡Aは,作業場所が隣接していた加硫工程で用いられたイン
サイドペイントに使用されていたタルクの粉じん,加硫機の上蓋の保温材に使用されていた石綿の粉じんに曝露されていた。また,混合工程やチューブ工程において発生したタルク粉じん,石綿粉じんにも曝露されていた。

亡Dの石綿曝露状況
(ア)

亡Dは,神戸工場で電気設備保守業務に従事し,ブレーキライニング
方式が採用されているモーターのブレーキパッドに使用されていた石綿の粉じんに曝露されていた。
(イ)

亡Dは,神戸工場本館各階,加硫工場,コンプレッサー室の各種電動
機の保守点検業務自体
(掃除を含む。から飛散する粉じんに曝露された

ほか,
作業場所を移動する際に,
各作業場所の粉じんに曝露されていた。

亡A及び亡Dの疾病と石綿曝露との因果関係
(ア)

平成24年基準
平成24年2月に取りまとめられた石綿による疾病の認定基準に関する検討会報告書(平成24年報告書)の内容を踏まえ,石綿による疾
病の労災認定基準を改定した平成24年3月29日基発0329第2号通達(平成24年基準)は,肺がんに関して,肺がんの原因は石綿に限らず,石綿以外の原因による肺がんを医学的に区別することができないため,肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿曝露があった場合に当該肺がんが石綿に起因するものとみなすことが妥当であり,肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿曝露の基準として,ヘルシンキ国際専門家会議でまとめられた基準(ヘルシンキ基準)である25本/ml×年が妥当であるとした平成18年基準の考え方を受け継いでいる。平成24年基準がヘルシンキ基準に該当する場合として具体的に挙げているものには,じん肺法所定の第1型以上のエックス線写真像が認められる石綿肺の所見がみられること,胸部エックス線検査,胸部CT検査等により胸膜プラークが認められ,かつ,石綿曝露作業への従事期間が10年以上あることがある。
この点も,
平成18年基準と変わらない。
(イ)
a
亡Aの疾病と石綿曝露との因果関係
兵庫労働局地方労災医員は,亡Aにつき,平成13年11月1日の胸部エックス線検査で右下葉に腫瘤影を認め,左右下肺野外側部に1/1程度の不整影を認めている(甲C15)上,兵庫がんセンター医師は,CT検査上慢性の間質性変化と気腫化を認めるとの所見を示している(甲C10)

したがって,亡Aには,じん肺法所定の第1型以上と同様の肺線維化所見があり,平成24年基準における石綿肺の要件を満たす。

b
兵庫労働局地方労災医員は,亡Aにつき,平成14年5月29日の胸部CT検査で左右の胸膜にプラークの散在を認めており
(甲C15)

胸膜プラークの所見が存する。
これに加え,亡Aは,約26年に渡り,神戸工場で数々の石綿曝露作業に従事していた。
したがって,亡Aは,平成24年基準における,胸膜プラークが認められ,かつ,石綿曝露作業への従事期間が10年以上あるという要件も満たす。
亡Aの肺がんが,神戸工場における石綿曝露作業に起因するものであることは明らかである。

(ウ)
a
亡Dの疾病と石綿曝露との因果関係
兵庫労働局地方労災医員は,亡Dにつき,平成16年8月12日の胸部エックス線検査により両下肺野に線状網状影を認め,平成16年11月24日の胸部CT検査により右下葉に腫瘤影,右胸水貯留,両側下葉に線状網状影を認め,石綿肺の所見と考えられるとの意見を述べている(甲F13の10)

b
エックス線写真像において,両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が少数あり,かつ,大陰影がないと認められるものが,じん肺法所定の第1型に該当するから,亡Dの胸部エックス線検査により得られたエックス線写真像は第1型のじん肺に該当する。
したがって,亡Dは,平成24年基準の要件を満たしており,亡Dの肺がんが,神戸工場における石綿曝露作業に起因するものであることが明らかである。

(2)

損害額
本件被用者らが罹患した肺がん,石綿肺及び中皮腫は,いずれも進行性の疾患で,予後が不良である。肺がん及び中皮腫は死に直結する重篤な疾患である。これらの疾患に罹患した本件被用者らは,死亡した者はもちろんのこと,存命中の者も,甚大で筆舌に尽くし難いほどの肉体的,精神的苦痛を被った。
そのような精神的苦痛を慰謝するに必要な金員は,本件被用者1人当たり3000万円を下らない。


本件被用者らは,石綿曝露作業に従事することにより肺がんに罹患したのであり,そのことは喫煙歴の有無とは無関係である。仮にその点を措くとしても,喫煙が肺がん発症にどの程度寄与したのか確定できない限り,減額をする具体的な根拠に欠ける。
そもそも,
喫煙自体は嗜好として社会的に容認されているのであるから,
過失相殺にも素因減額にもなじまない。

(3)

消滅時効の起算点
安全配慮義務違反による損害賠償請求権は,その損害が発生したときに成立し,同時にその権利を行使することが法律上可能になるというべきである。
しかし,石綿粉じんに曝露し,石綿関連疾病に罹患した事実は,その旨の行政上の決定がなければ通常認め難い。石綿粉じん曝露を原因とする死亡について,労災認定が死亡後にされたような場合,労災認定を受けるまでは,石綿関連疾病を原因とする死亡による損害賠償請求権を行使することは期待できないというべきであるから,労災認定のときから消滅時効が進行すると解するのが相当である。
亡Cの死亡原因である肺がんについて労災認定を受けたのは平成22年2月9日,亡Eの死亡原因である中皮腫について労災認定を受けたのは平成18年6月23日である。したがって,各時点から提訴までに10年を経過していない。

亡Cについては,不法行為の損害及び加害者を知った時から3年という時効期間も経過していない。

4
当審における一審被告の主張
(1)

各工場における石綿粉じん飛散状況及び本件被用者らの石綿曝露状況並
びに石綿曝露と本件被用者らの疾病との間の因果関係

神戸工場における石綿粉じん飛散状況
(ア)
a
混合工程
タルク水溶液の作製
(a)

タルク粉末を水溶液容器に投入するときにタルク粉じんが飛散

することがあったとしても,その量は極めて僅かであった。
(b)

原審証人Hは,タルク粉末を水溶液容器に投入するときに,タル

ク粉じんが飛散したと供述するが,飛散した粉じんの量について具体的な供述をしていない。そもそも,原審証人Hは,タルク水溶液の作製作業に関与しておらず,供述も一貫していないので,供述の信用性は低い。
他方,原審証人Iは,タイヤ製造全般を経験し,十分な知識を有
しているほか,一審被告に不利になり得ることも供述し,記憶にないことは記憶にないと供述しているなど,誠実な供述態度を示している。原審証人Iは,タルク粉末を水溶液容器に投入する際にタルク粉じんが多少は飛散しても,その量は多くないと供述した。その供述の信用性は高く,タルク粉じんが飛散していたとしても少量であった。
(c)

一審被告は,平成30年6月11日,泉大津工場で,水と界面活

性剤とが混ぜられた溶液にタルク粉末を投入し,粉じんの発生状況について,
労働安全衛生法65条に基づく作業環境測定を実施した。
その結果,A測定(作業場の気中有害物質濃度の空間的及び時間的な変動の平均的な状態を把握するための測定)B測定

(発生源の近
くで作業が行われる場合,A測定を補完するために,作業者の曝露が最大と考えられる場所における濃度測定)のいずれについても,粉じん濃度は管理濃度である0.49㎎/㎥を下回っており,管理区分は第1(適切)と認められた(乙A56)

b
ゴムシートの冷却,乾燥
(a)

タルク水溶液が付着したゴムシートをフェスツーンバーに掛け

て冷却・乾燥させる工程において,タルク粉じんは発生しない。泉大津工場では,現在でも,ゴムシートにタルク水溶液を付着させてフェスツーンバーに掛けて乾燥させているところ,粉じんは飛散していない(乙A57)

原審証人Iが供述するとおり,タルク水溶液を作製する際,ダマ
が生ずることを避けるため,界面活性剤(商品名・マーポール)を投入していた。原審証人I及び同Hが供述するとおり,界面活性剤を混ぜることにより,タルク水溶液は乾燥しても皮膜状に固まり,粉じんが飛散することはない。
原審証人Iが供述するとおり,フェスツーンバー付近には集じん
機はなく,換気扇又は扇風機が設置されていただけである。
(b)

一審被告は,平成30年6月11日,泉大津工場にて,①ゴムシ
ートをタルク水溶液に浸す工程及び②フェスツーンバーに掛けて乾燥させる工程につき,粉じんの発生状況について,労働安全衛生法65条に基づく作業環境測定を実施した。その結果,①につきA測定(B測定は実施しなかった。なお,同工程は水蒸気の発生があるため,
ろ紙による重量法を用いた測定が行われた。で粉じん濃度は

管理濃度である3.0㎎/㎥を下回っており,②につきA測定(B測定は実施しなかった。で粉じん濃度は管理濃度である0.

8㎎/
㎥を下回っていた。いずれも管理区分は第1(適切)と認められた(乙A59,60)

c
(イ)
a
混合工程におけるタルク粉じんの飛散はほとんどなかった。
成形工程
ホットナイフボックス
断熱材はケースに覆われており,ここから自然劣化した微量の
石綿が外部に飛散することは考えられない。
原審証人Jは,昭和40年代又はそれ以前のホットナイフボックスの形状について具体的な形状を供述しておらず,ましてや石綿が外部に露出していたとも供述しなかった。むしろ,石綿が鉄製の板に囲まれていたことを認めている。ホットナイフボックスの石綿が,昭和40年代又はそれ以前であっても外部に露出していたことを裏付ける証拠はない。

b
アスベストシート
ポケット貼り作業において,フライ同士を接着しやすくするためにナフサを使用することがあり,ナフサが発火したときの消火用にアスベストシートが備え付けられていた。
しかし,ナフサを使用すること自体少なく,それが発火することはごく稀なことであった。仮にアスベストシートが使用されても,石綿はコーティングされていたため,石綿粉じんが飛散することはない。c
(ウ)
a
成形工程において,石綿粉じんは飛散していなかった。
加硫工程
インサイドペイント
(a)

旧型の加硫機であるマックニール・プレスでは,加硫時にローカ

バーの内部でエアバッグが膨張し,インサイドペイントが塗布されたローカバーの内側を外に向けて圧迫する。加硫後は,エアバッグはタイヤ(ローカバー)に密着したまま外に取り出されるから,加硫機の金型にインサイドペイントが残存する余地はない。
新型の加硫機であるバゴマ・プレスでは,加硫時に,内部でブラ
ダーと呼ばれるゴム袋が膨張し,
これが金型内部に押し付けられる。
ブラダーは,加硫後,タイヤが金型から外に取り出されても,金型内部に残る。もっとも,原審証人Kが供述するとおり,ローカバーに塗布されたインサイドペイントには界面活性剤が混ぜ込まれているから,界面活性剤の作用で粉状にならず,タイヤ内部に皮膜状に貼り付き,粉じんが飛散することはない。原審証人Lも同様の供述をしている。
金型内にインサイドペイントが残ることはほとんどなく,ごく稀
に残ることがあっても,自動のエアブローで除去されていた。仮に手動でエアブローをすることがあったとしても,その頻度は高くはなく,また,インサイドペイントが粉末として飛散することはあり得ない。
(b)

一審被告は,平成30年6月11日,泉大津工場で,ローカバー

に塗布するインサイドペイントの量を通常の2倍にして加硫工程の様子を撮影してみた。金型にインサイドペイントは全く残存しておらず,エアブローをしても,全く粉じんは飛散していない(乙A61,62)

(c)

一審被告は,平成30年6月11日,泉大津工場で,加硫終了後

にエアブローをした場合の粉じんの飛散状況について,労働安全衛生法65条に基づく作業環境測定を実施した。その結果,A測定,B測定ともに粉じん濃度は管理濃度である3.0㎎/㎥を下回っており,管理区分は第1(適切)と認められた(乙A63)

b
保温材
加硫機の金型周囲の断熱材は,これに何らかの摩擦が加わる構造となっていない以上,これが劣化して石綿粉じんが発生することは考え難い。仮に石綿粉じんが発生したとしても,断熱材はカバーに覆われているため,飛散することはない。
加硫機の配管の断熱材も,これに何らかの摩擦が加わる構造となっていない以上,
これが劣化して石綿粉じんが発生することは考え難い。
原審証人Jは,配管に断熱材として巻かれていた石綿テープが劣化して垂れ下がってきたときに引きちぎったと供述する。しかし,石綿テープが劣化して垂れ下がることも,これを引きちぎることも稀なことであり,仮に引きちぎったからといって石綿粉じんが多量に飛散するわけでもない。

c
加硫工程において,石綿粉じんが飛散した可能性がゼロではないにしても,相当量の石綿粉じんが飛散していた事実を裏付ける証拠は何ら存しない。


本件被用者らの疾病と従事作業との間の因果関係
(ア)

亡A

a
亡Aが従事していた成形工程ではタルク又は石綿粉じんは発生し

ていない。他の工程でもタルク又は石綿粉じんは発生しておらず,各階で発生した粉じんが他の階に流入するということもない。
亡Aはタルク又は石綿粉じんに曝露していない。
b
亡Aには石綿肺の所見があるとはいえず,平成24年基準における石綿肺の指標を充たしていない。
兵庫労働局地方労災医員は,平成13年11月1日の胸部エックス線画像について,石綿肺も疑われると指摘するにとどまる。兵庫労働局地方労災医員の意見は,亡Aが従事したタイヤ成形作業にタルクを使用していたとの誤った情報により歪められた可能性が否定できない。兵庫県立がんセンターの医師は,石綿肺と断定していない。

c
胸膜プラークと曝露期間10年の指標に照らしても,25繊維年の累積曝露量は認められない。
10年以上の曝露期間があっても,作業内容によっては,相対リスク2倍の累積曝露量に達するとは限らない。

d
亡Aには,喫煙という有力な他原因も存する。
亡Aの肺がんが石綿に起因することについて高度の蓋然性を認め
ることはできず,神戸工場における作業と亡Aの肺がん発症との間に法的因果関係は認められない。

(イ)
a
亡C
亡Cは,混合工程に従事していたが,ア(ア)のとおり,混合工程におけるタルク粉じんの発生・飛散は,機会・量とも限定的であった。しかも,タルク粉じんに含まれる石綿はごく僅かである。タルク原石は,産地によっては石綿を含まないものもあり,石綿(クリソタイル)を含む場合でも,0.25%から2.6%までにとどまる(甲B21)昭和50年に労働安全衛生法が改正されて,

石綿をその重量の
5%を超えて含有する製品を譲渡,提供する場合のラベル表示義務が課された後も,神戸工場に納入されるタルクには同法上の警告表示はされていなかった。
したがって,
神戸工場で使用していたタルクには,
石綿が含まれていたとしても,その含有量が5%を超えることがなかったと推認できる。
したがって,亡Cが相当量の石綿に曝露したとの事実はない。
b
亡Cの胸膜プラークは肉眼でしか確認できない。
兵庫労働局地方労災医員は,亡Cにつき,画像が破棄され診療録のみ残存しているところ,診療録によれば,平成12年1月18日の開胸手術記録中に,臓側,壁側胸膜に白色陶磁器様の扁平な結節多数との記載があり,胸膜プラークのことと思われるとの意見を述べた(甲E12)

仮に画像上も胸膜プラークが確認できたのであれば,診療録にその旨の記載がされるはずであり,診療録にその旨の記載があれば,兵庫労働局地方労災医員もそれを指摘するはずである。兵庫労働局地方労災医員が手術時の確認結果しか記載していないのは,診療録にそれしか記載がなかったからであり,画像上の所見は認められなかった可能性が高い。
一方,平成24年報告書では,胸部CT検査において胸膜プラークが確認できた症例と,肉眼でのみ胸膜プラークが確認できた症例とでは,肺に含まれる石綿小体の量に格段の差異(中央値で9.19倍)があることが確認されている。肉眼でしか確認できない胸膜プラークは,肺がん発症リスクを2倍とする石綿曝露量の推認力が弱いというべきである。

c
以上の点に亡Cの喫煙歴,年齢を考慮すると,亡Cが肺がん発症リスクが2倍となる量の石綿に曝露したとの事実が証明されているとはいえない。
(ウ)
a
亡D
亡Dの就業場所の中心は変電所である。仮に神戸工場の本館に来ることがあっても,タイヤ製造の各工程でタルク又は石綿粉じんは発生していないから,亡Dが石綿に曝露したとはいえない。

b
亡Dに石綿肺の所見は認められない。
画像からは,石綿肺だけに特有の所見はなく,兵庫労働局地方労災医員の意見は石綿曝露の前提事実について誤認し歪められた可能性が否定できない。神戸市立中央市民病院の医師は,じん肺の所見を否定している。
亡Dには,低濃度曝露でも生じ得る胸膜プラークの所見すら存在しない。

c
亡Dには喫煙歴がある。
亡Dの肺がんが石綿に起因することについて高度の蓋然性を認めることはできず,神戸工場における作業と亡Dの肺がん発症との間に法的因果関係は認められない。

(エ)
a
一審原告G
一審原告Gは,
成形工程及び加硫工程に従事していたが,
ア(イ)のと
おり,成形工程で石綿粉じんが飛散することはなく,ア(ウ)のとおり,加硫工程でタルク粉じんが多量に飛散することもない。
したがって,一審原告Gが石綿そのもの又はタルクに不純物として含まれる石綿に曝露する機会は極めて限定的であった。

b
一審原告Gに明らかな胸膜プラークの所見はない。
兵庫労働局地方労災医員の意見(甲111)によれば,一審原告Gの胸膜プラークの所見は,平成24年基準にいう,胸部エックス線写真又は胸部CT画像による明らかな胸膜プラークには該当しない。c
平成24年基準は,胸部エックス線写真又は胸部CT画像により明らかなものとはいえない胸膜プラークの所見であっても,石綿曝露作業への従事期間が10年以上である場合には,肺がんは石綿曝露作業によって生じたものと認めるという基準を立てている。しかし,平成24年報告書では,時代によって石綿濃度が低下していることから,10年以上の従事期間の要件に常に妥当性が認められるわけではないことが示唆されている。
平成24年報告書の発想に基づけば,明らかに低濃度曝露しかあり得ない作業については,実質的には石綿曝露作業への従事期間が相当短期間であると評価することに合理性がある。
一審原告Gは,石綿に曝露されていたとしても僅かであったから,約12年の従事期間は実質的には相当短期間と評価するのが相当である。したがって,一審原告Gの従事した作業と疾病との因果関係が立証されているとはいえない。

(オ)
a
亡F
亡Fは,神戸工場で電気,動力関係の業務に従事していたが,石綿に曝露した機会及び曝露量は極めて限定的である。
電動機のブレーキパッドは高い耐摩耗性を有しているので,摩耗により多量の石綿粉じんが発生することはない。神戸工場ではタルク又は石綿粉じんが多量に発生することはなかったから,電動機に各工程で発生したタルク又は石綿粉じんが入り込むこともない。保温材の点検やフェスツーンバーの掃除等でタルク又は石綿粉じんに曝露することもない。

b
中央環境審議会石綿健康被害判定小委員会が平成26年4月24日付で改訂した医学的判定に係る資料に関する留意事項(乙C25)では,
石綿肺に特徴的な放射線画像所見は報告されているものの,
通常,
石綿以外の原因によるびまん性間質性肺炎・肺線維症の可能性がないと診断できる特異的な所見はないとされており,臨床像や放射線画像所見から石綿肺を疑う場合であっても,石綿以外の原因による又は原因不明のびまん性間質性肺炎・肺線維症等との鑑別に十分留意する必要があり,また,大量の石綿への曝露歴があることを確認することが極めて重要であるとされている。
亡Fの胸部CT検査によれば,平成20年及び平成21年には右上肺部に辺縁不整の大陰影が側壁,背側に認められるが,両側中下肺野には線維化所見が見られない。平成26年の胸部CT検査では,右上肺野の陰影は大きくなっているが,下肺野優位の線状影,網状影という石綿肺の特徴的所見には当てはまらない。
同年の胸部CT検査では,
右下肺野の背側に不整形陰影が出現しているが,平成20年及び平成21年の胸部CT検査ではこの所見は見られない。
平成21年まで現れていなかった不整形陰影が,石綿曝露作業に従事しなくなっているにもかかわらず,5年後の平成26年に下肺野に現れたのは,石綿肺の進行としては不自然であり,突発性肺線維症等が強く疑われる。
M医師の平成31年1月11日付け意見書(乙H1)も,亡Fの画像所見は,全体的に右肺優位の症状であること,下肺野優位の胸膜直下優位の網状影が見られないこと,
経気道性の分布が見られないこと,
比較的中枢側の病変が強く現れていることが認められるから,石綿肺よりも非特異性間質性肺炎,線維化を伴う慢性過敏性肺炎,サルコイドーシスなど多疾患が考えられるとしている。
非特異性間質性肺炎,線維化を伴う慢性過敏性肺炎,サルコイドーシスは,いずれも呼吸器内科における臨床現場ではよく遭遇する疾患であり,非特異性間質性肺炎及びサルコイドーシスは原因不明の疾患であるから,
亡Fがこれらの疾患を発症していた可能性は十分にある。
c
亡Fには石綿の大量曝露の事実はなく,画像所見上は他疾患の可能性が十分ある以上,亡Fの疾患は石綿肺とは認められず,神戸工場における作業との因果関係も認められない。

(2)

安全配慮義務違反の有無
安全配慮義務の前提となる予見可能性の内容は,抽象的な危惧感では足りず,被害法益が生命や健康にかかわる重大なものであるとしても,具体的客観的に予見可能であることが必要である。
イのとおり,昭和35年当時,粉じんとしてのタルクによるじん肺(タルク肺)発症の可能性については認識されていたとしても,タルク肺によって重篤な肺機能障害に至る可能性は低いと考えられていた。重大な肺機能障害を発症させるとしても,それは高濃度又は大量にタルクに曝露した場合のことであり,少量曝露の場合にじん肺を発症し,重篤な肺機能障害を発症させるという知見は,昭和35年はおろか,平成20年時点でもなかった。タルクによる発がん性についての知見も確立していない。ウのとおり,タルクに対する法規制は昭和35年のじん肺法に始まるが,粉じんとしてのタルクに大量に曝露されることによりじん肺を発症することを防止するためのものであり,タルクという物質そのものに対する規制ではなかった。昭和46年から物質の特性に応じた規制が行われるようになったが,物質としての危険性に関する医学的知見がなかったため,タルクは対象とはならなかった。その後,タルクに不純物として石綿が含有されている可能性が認識されるに至り,平成18年になって,物質としてのタルクが初めて明確に規制された。


タルクの知見
(ア)

昭和34年当時,
日本の職業病
(乙B2)には,

滑石には少量の遊離珪酸の混入も考えられるが,工業用の滑石粉吸入によってけい肺類似症状を起こすとすれば実際上重要であるが,わが国では未だ重症例を確認していない。,

石川は昭和24年ゴム工場を調査し,従業員70名中28名(40%)に所見を認めたが,重症者は見られなかった。動物実験の結果からみると,リンパ腺における変化は貧弱で,肺胞内に変化を起こすほど大量の吸入がなければ害性は弱いであろうという印象を受ける。と記載されていた。(イ)

昭和35年当時,
Bゴム工場に於ける滑石肺に関する研究
(甲B4)

には,

有所見者のすべてがP1程度にとどまり,明確な所見に乏しく,検出率も諸家の報告の如く高率ではなかった。,

滑石粉は単なる異物刺激を起こすに過ぎないと主張するもの,線維性結節を形成すると警告したもの,或いは線維化の有無,程度は使用滑石粉の種類によって異なるとするもの等区々であって,滑石粉の線維増殖能の有無と程度を未だ明確に検証できる段階には至っていない。,同一滑石粉を用いて約1年間ラットに対する吸入実験を行い,その組織変化を追究したが,細胞内肉芽腫の緩慢なる基質化を主とする変化であって,線維化の傾向は極めて弱く,エックス線による検診で有所見者が比較的少ないことに符合した。,Bゴム工場においては,職場の環境を1㏄中約400個くらいまでに限定し,現在使用中の滑石を継続使用することを前提とすれば,じん肺発生に関しては,勤続年数約5年くらいまでを一応の安全圏と推定することができるように思われる。と記載されていた。(ウ)

昭和48年当時,
新しい毒性学
(乙B1)には,

タルクがじん肺症の原因となることは比較的稀である。,

現在までのところ,タルクについては発がん性はないとされている。

と記載されていた。(エ)

昭和53年当時,
タルク肺26症例の臨床的考察
(日胸37巻11

号。乙B5)には,過去25年間に国療近畿中央病院に入通院したタルク肺患者26例の臨床的分析をし,
タルク肺については,Thorel(1896年)が最初に記述してから,欧米においては報告が多いが,我が国における報告例は少ない

予後については,進行が徐々のため比較的,良好である。タルク肺自身による生命の短縮は稀にしか起こらない。,

タルク肺の発症には病因論的にこれまで述べてきた外因のほかに,個体の感受性(主として免疫学的)が重要な因子と考えられる。これらの問題についての研究報告はほとんどなく,発がんの問題とともに,今後の検討課題となるであろう。と記載されていた。(オ)

ベビーパウダーや化粧品の原料として使用されていたタルクに不純
物として石綿が混入していた製品があることが指摘された後の昭和62年当時,
石綿・ゼオライトの全て
(甲B21)には,

従来,タルク自身はタルク肺の原因となる繊維化能も低く,比較的安全性の高い鉱物粉末と考えられていたが,ここで繊維状タルクの危険性については少し注目しなければならないように思われる。,

いずれにしても,繊維状タルクの人体影響に関する実験研究の成果が待たれるところである。と記載

されていた。
(カ)

平成20年当時も,
呼吸器症候群(第2版)Ⅰその他の呼吸器疾患を含めて
(乙B6)には,

高濃度のタルク曝露は重篤な肺機能障害を起こしうるが,発がん性は明らかではないと考えられている。と記載さ

れている。

タルクについての法規制
(ア)

昭和30年7月27日制定のけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法においても,
タルクについて何らの規定もされなかったが,
昭和35年3月31日制定のじん肺法2条3項及び同法施行規則別表第1第14号において,滑石又はクレーを原料又は材料として使用する物を製造し,又は加工する工程において,粉状の滑石,クレー等又はこれらを含む物を混入し,又は散布する場所における作業が粉じん作業であると定義づけられた。
粉じん作業は,当該作業に従事する労働者がじん肺にかかるおそ
れがあると認められる作業(同法2条1項2号)であり,じん肺法6条が常時粉じん作業に従事する労働者に対しと規定していたとおり,じん肺法が適用されるためには,
タルクの吹付作業など,
粉状の滑石を散布する場所における作業を常態として行っている必要があった。(イ)

昭和46年4月28日に特定化学物質等障害予防規則(昭和46年労
働省令第11号。以下旧特化則という。
)が制定された。石綿に関す
る規定は設けられたものの
(同規則2条2号及び別表第2)タルクにつ

いては何らの規定も設けられなかった。
これが廃止されて昭和47年9月30日に特定化学物質等障害予防規則(昭和47年労働省令第39号。以下特化則という。
)が制定され
た。石綿に関する規定は設けられたものの(同規則2条4号及び労働安全衛生法施行令別表第3号)タルクについては何らの規定も設けられな,
かった。昭和50年10月1日に特化則が改正され,事業者の義務が強化された後も,石綿に関する規定は設けられたものの(改正後の同規則2条2号及び労働安全衛生法施行令別表第3第2号4)タルクについて,
は何らの規定も設けられなかった。
(ウ)

昭和61年頃,ベビーパウダーや化粧品の原料として使用されていた
タルクに不純物として石綿が混入していたことが判明したため,食品,添加物等の規格基準の一部を改正する件(昭和61年11月20日付厚生省告示207号)により,採掘したままのタルクは石綿,ヒ素,重金属などを含んでいるものがあることを理由として,原鉱をよく選別した後,精製したものを使用する旨の改正がされた。
(エ)

平成18年9月1日より,労働安全衛生法施行令及び石綿障害予防規則の改正により,石綿をその重量の0.1%を超えて含有する製材その他の物の製造,輸入,譲渡及び使用が禁止され,これに伴って,厚生労働省労働基準局監督課長安全衛生部化学物質対策課長から石綿を含有する粉状のタルクの製造,輸入,譲渡,提供又は使用の禁止の徹底について(基監発第1016001号,基安化発第101601号)が各都道府県労働局長に充てて発出された。

粉じん濃度の規制
(ア)

石川知福は,昭和13年,作業者個人の健康被害を防止するための曝
露限界値の指標として恕限度を提唱し,一般の発じん性作業場では,恕限度を空気中の濃度で400個/㎤とするのが相当であるとした(甲B7)

(イ)

昭和23年8月12日付基発第1178号労働基準法施行規則第18条,女子年少者労働基準規則第13条及び労働安全衛生規則第48条の衛生上有害な業務の取扱い基準について(乙B8)では,旧労働基準
法施行規則等で規制対象とされた有害な職場の1つとして,
植物性,動物性,鉱物性の粉じんを,作業する場所の空気1㎥中に15㎎以上を含む場所であり,特に,遊離珪酸50%以上を含有する粉じんについては,その作業する場所の空気1㎤中に粒子数700個又は1㎥中に10㎎以上を含む場所が挙げられている。(ウ)

労働省労働基準局長の都道府県労働基準局長宛て昭和33年5月2
6日付基発第338号職業病予防のための労働環境の改善等の促進について(乙B9)では,その別紙労働環境における職業病予防に関する技術指針において,個々の有害物の発生源ごとに抑制目標限度が定められた。石綿粉じん作業については1㎤当たり1000個又は1㎥当たり20㎎とされた。
(エ)

日本産業衛生協会は,タルクや石綿を含む第1種粉じんについて,昭和40年に2㎎/㎥
(33本/㎤)との許容濃度を勧告する旨を公表
した
(乙B4)石綿障害予防規則が平成17年7月1日に施行された後,。
建設業労働災害防止協会の定めた作業レベルの区分において,レベル1(発じん性が著しく高い)の区分②(15本超~150本以下/㎤)に該当する高濃度であり,現在もこの許容濃度が維持されている。
(オ)

労働環境技術基準委員会は,昭和46年1月21日,有害物質による
障害を防止するためには,作業環境内の有害物等の発散を抑制することが重要で,そのためには,作業環境内に有害物等が発散することを防止するための施設の整備を進めるべきであり,それに関連する抑制の濃度が必要になるとして,抑制の濃度は,当面,日本産業衛生協会が勧告する許容濃度とするのが適当であるとした(乙B10)

(カ)

旧特化則は,使用者に局所排気装置の設置を義務付け,その性能要件
として,フードの外側における粉じんの濃度が物質の種類に応じて労働大臣が定める値(抑制濃度)を超えないものとする能力を有するものでなければならないと定めた。労働大臣は,石綿についての抑制濃度を1㎥当たり2㎎(1㎤当たり33繊維(本)
)を超えないものと定めた(昭
和46年4月28日付労働省告示第27号。乙B11)

抑制濃度の数値は,昭和48年及び昭和50年には5㎛以上の石綿繊維で1㎤当たり5本(1㎥当たり約0.3㎎)と,昭和51年には5㎛以上の石綿繊維で1㎤当たり2本,クロシドライト(青石綿)で1㎤当たり0.2本と規制が強化された。
(キ)

労働省は,昭和59年2月13日付基発第69号において,「作業環
境の評価に基づく作業環境管理要領」を示し,
この中で,
石綿の管理濃度
を5㎛以上の石綿繊維で1㎤当たり2本と定めた
(乙B15)昭和63

年には,労働省告示79号作業環境評価基準で,石綿の管理濃度を上記と同様(クロシドライトは1㎤当たり0.2本)に定めた(乙B16)

平成16年10月1日付厚生労働省告示369号は,石綿の管理濃度を1㎤当たり0.15本に改めた(乙B17)


亡Cに対する安全配慮義務違反
当時の医学的知見及び法的規制の内容からすれば,一審被告が,亡Cが神戸工場における作業で肺がんを発症し,死亡することを具体的客観的に予見することはできなかった。
仮に抽象的な危惧感で足りるとしても,亡Cが従事していたゴム練ロール作業及びタルク水溶液作製作業は,許容濃度を超えるタルク粉じんに曝露されるようなものではなかった(甲A35,乙A40)
。したがって,一
審被告が,亡Cが従事していた作業が,亡Cの生命・健康に重大な障害を与える危険性があるものとは認識できず,また,認識すべきであったともいえない。


亡Eに対する安全配慮義務違反
亡Eが従事していたタイヤ成型作業及びポケット貼り作業は,粉じん濃度の規制を超える石綿粉じんに曝露されるようなものではなかった。したがって,一審被告は,亡Eが従事していた作業によって亡Eが中皮腫を発症し,死亡するとは具体的客観的に予見することはできず,上記作業が亡Eの生命・健康に重大な障害を与える危険性があるものであるとも認識できず,認識すべきであったともいえない。


亡Fに対する安全配慮義務違反
亡Fが従事していた技術員及び電気又は動力関係の作業は,粉じん濃度の規制を超える石綿粉じんに曝露されるようなものではなかった。したがって,一審被告は,亡Fが従事していた作業によって亡Fが石綿肺を発症し,死亡するとは具体的客観的に予見することはできず,上記作業が亡Fの生命・健康に重大な障害を与える危険性があるものであるとも認識できず,認識すべきであったともいえない。

一審原告Gに対する安全配慮義務違反
一審原告Gが従事していた材料班及び加硫工程の作業は,粉じん濃度の規制を超えるタルク粉じん又は石綿粉じんに曝露されるようなものではなかった。
したがって,一審被告は,一審原告Gが従事していた作業によって一審原告Gが肺がんを発症するとは具体的客観的に予見することはできず,上記作業が一審原告Gの生命・健康に重大な障害を与える危険性があるものであるとも認識できず,認識すべきであったともいえない。


亡Bに対する安全配慮義務違反
亡Bが従事していた泉大津工場におけるタイヤ成型工程及び管理職としての作業は,粉じん濃度の規制を超えるタルク粉じん又は石綿粉じんに曝露されるようなものではなかった。
したがって,一審被告は,亡Bが従事していた作業によって亡Bが中皮腫を発症し,死亡するとは具体的客観的に予見することはできず,上記作業が亡Bの生命・健康に重大な障害を与える危険性があるものであるとも認識できず,認識すべきであったともいえない。

(3)

損害額
慰謝料額
近時の石綿関連疾患に係る裁判例に照らしても,2500万円の慰謝料額が低すぎることはない。
生存している一審原告Gの慰謝料額が死亡者の慰謝料額と同額であることは誤りであり,一審原告Gの慰謝料額は高すぎる。


喫煙歴
損害の公平な分担の見地から,肺がんに罹患し喫煙歴を有する者の慰謝料額の算定にあたり,喫煙歴は斟酌すべきである。
ブリンクマン指数からすれば,
亡Cについては3割は減額すべきであり,
一審原告Gについては5割は減額すべきである。
(4)

亡C及び亡Eに係る損害賠償請求権の時効消滅
亡Cの相続人に対する消滅時効の援用
(ア)

亡Cは平成12年4月25日に死亡したから,同日には安全配慮義務
違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間が起算される。
(イ)

不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は,被害者が,加害
者及び損害を知った時から進行する。一審原告C1は,平成21年9月15日,亡Cに係る労災認定の申請をしているのであるから,遅くともその時点において損害賠償請求をすることができる程度には加害者及び損害を知ったといえる。したがって,同日から消滅時効期間が起算される。
(ウ)

一審原告C1は,一審被告に対して亡Cの被災に関して原因を明らか
にするよう求めたことはなく,その旨の団体交渉を申し入れたこともない。また,一審原告C1が,一審被告に対して亡Cの被災に関して損害賠償請求権を行使するための準備を行っていたことを裏付ける証拠はない。
(エ)

一審原告C1が消滅時効期間内に権利行使をしなかったことについ
て,一審被告には責めに帰すべき事情はないから,一審被告が消滅時効を援用することが権利濫用となることはない。

亡Eの相続人に対する消滅時効の援用
(ア)

亡Eは平成12年1月26日に死亡したから,ア(ア)同様、同日には安
全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間が起算される。(イ)

原審甲事件原告亡E1は,平成18年3月20日,亡Eに係る労災認
定の申請をしている。
労災申請の時点と本件訴訟提起の時点で原審甲事件原告亡E1が有していた情報に変わりはないから,原審甲事件原告亡原告E1は,その時点では,
損害賠償請求権を行使することが容易でなかったとはいえない。
また,
原審甲事件原告亡E1は,
弁護士である代理人を選任した上で,
一審被告に対し,平成19年7月2日付けの内容証明郵便(乙G1)を送付し,損害賠償請求権を行使した。期間内に裁判上の請求等を行っていないのは,権利の上に眠っている者といえる。
(ウ)

一審被告が,ひょうごユニオン(本件組合)の住友ゴム分会(分会)
による団体交渉の申入れを拒絶したのは,損害賠償請求権の行使のために協力することが団体交渉の本来の目的ではなく,かつ,原審甲事件原告亡E1に対しては団体交渉応諾義務を負っていなかったからであって,不当ではない。
一審被告は,平成17年7月25日以降,原審甲事件原告亡E1に対し,所要の調査を行った上で可能な限りの回答をした。
(エ)

原審甲事件原告亡E1が消滅時効期間内に権利行使をしなかったこ
とについて,一審被告には責めに帰すべき事情はない。一審被告が消滅時効を援用することが権利濫用となることはない。
第3
1
当裁判所の判断
争点(1)
(各工場における石綿粉じん飛散状況及び本件被用者らの石綿曝露状況並びに石綿曝露と本件被用者らの疾病との間の因果関係)について(1)

各工場における石綿粉じん飛散状況に関する認定事実は,原判決事実及び理由の第3の1(1)に記載のとおりであるから,
これを引用する。
ただし,
原判決を次のとおり訂正する。

99頁15行目の
75,の次に
78から105まで,,同行目の
21,の次に34,35,,16行目の「H4,
」の次に7,8,をそ
れぞれ加え,18行目の55,を69,B7から17まで,に改め,同行目の10,の次にF4,5,G1から6まで,H1,を加える。イ
100頁9行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
c昭和24年調査報告書(a)兵庫県労働基準局安全衛生課は,昭和24年2月,東京大学公衆衛生学教室教授石川知福らの協力を得て,一審被告の神戸工場を調査し,その結果を,同年5月,「労働衛生実態調査報告『ゴム工業に発生する職業特にじん肺について』(甲A72,昭和24年調査報告書)として発表した。
(b)

昭和24年調査報告書は,じん肺発生の原因は,生ゴムに配合さ

れる薬品顔料などの飛散,ゴムの粘着を防止するために用いられるTalcum(俗にチョークと呼ばれている)及び白碧華(カタルポ)のSiO2を含む微細な粒子が大気中に多量に飛散されていることにあることが明らかであるとしている。また,発じんは,薬品顔料を生ゴムに投入し,ゴムの粘着防止のためにチョークを振り掛けるなどのときに生じ,激しいときあたかも高山で霧が流れているが如くであると述べている。
昭和24年調査報告書は,
Talcum
(俗にチョークと呼ばれている)
の成分組成として,Si02約57%,Fe2O3+Al203約15%,Mg0約27%などと記載するところ,
これは,
一般的なタルクの組成
(Si02
は58~62%,
MgOは28~31%,203は0.
Al
5~2%,2O3
Fe
は0.3~5%,甲A14)とほぼ一致する。
昭和24年調査報告書は,
考察及び結論において,
当該報告書が,
ゴム工業においてタルクによりじん肺が発生したことを示す本邦初の報告であり,
じん肺の発生を防止するためには,
作業方法の改善,
従業員の教育等を是非とも行うべきであるとしている。
(c)

石川知福らは,昭和26年,昭和24年調査報告書の基となった

調査を踏まえ,日本衛生学雑誌(5巻3号17頁)に,
タルクによるじん肺
(昭和26年石川論文)を掲載した。
昭和26年石川論文では,ゴム工場における粉じんの調査を行っ
た結果,粉じんの大部分が20μ以下のタルクじんであることを認めた,市販のタルクを使用する各種産業においては,この調査に見られたような所見が今後も発見されることが予想され,タルク使用に関する何らかの対策を講ずる必要性を示唆していると総括して
いる。
d
昭和24年調査報告書における粉じんの測定結果
昭和24年調査報告書では,神戸工場において,その当時最も普及した方式である労研式じん埃計によって測定した空気1㏄中のじん埃数について,以下のとおり記録されている。
(a)

ゴム練
配合場(薬品計量)

630(薬品投入前)
,1200(薬
品投入中)

配合場(薬品配給)

200,300

配合場(篩作業)

400,590

ロール

320,
420,
420,
410(箱
の薬をロールに投入中)

ロール
(カーボンブラック)960,970,1020,110
0,1630(同上)
カレンダー
(b)

300,600

自動車タイヤ
サンドブラスト

550,1200,1840,1950,27
10,5430,6720(蓋を開ける)

掃除中
(c)

400,580,960

自転車タイヤ
マントル抜き

1560

マントル差し

150,150,150,155,430,4
30

チューブ押出し

140,330,970,1060

自転車チューブ260,320,330,350,380,4
押出し

30,460,490,870,1270

自動車チューブ380(前)
,550(台を動かす)
,300(チ
押出し
(d)

ョークをふりかける)680

(チョークを払う)

工業用品
ムシゴム加硫前のチョ990,1100,1250,1500
ークをふるう作業
24尺プレス
ベルト加硫

110,230

エプロン布裁断

240,370,580,1040

ゴム布めくり

590,830

ゴム管成型

260,720

フットボール接合

700

フットボール裁断

480,640,650,800

糸ゴム裁断

800,1910,920(終了時)

糸ゴム成型(巻とり)
e
140,690

1010,1910

昭和24年調査報告書におけるじん肺発生数
昭和24年調査報告書では,神戸工場において,じん肺の発生した者(国際会議診断法による)は,以下のとおりと記録されている。合計では,検査をした85名中32名にじん肺が発生していた。
また,じん肺発生者の勤続年数も調査しているが,ゴム練りで第1
期のじん肺の発生した者(男子)のうち最短勤続年数は3年5月,同じく第2期のじん肺では12年であった。
性別

人数

1期

2期

ゴム練


35

95
ゴム練

女320
自動車タイヤ

男210
自動車タイヤ

女200
自転車タイヤ

男932
自転車タイヤ

女210
工業製品


11

40
工業製品

女601
その他


15

31
作業


1期2期は,昭和26年石川論文では軽度著明


と表されている。

f
昭和24年調査報告書には,じん埃の大きさも調査されていた。
産業医科大学の元教授であるNが,じん埃数とじん埃の大きさの測定結果から算出した粉じん濃度は,じん埃数を測定した作業場所及び作業ごとに,43.6~3029.4㎎/㎥となった(甲A10
0)

この数値は,当時の通達(昭和23年8月12日付基発第1178号,乙B8)により規制対象とされていた有害な職場の1つである植物性,動物性,鉱物性の粉じんを,作業する場所の空気1㎥中に15㎎以上を含む場所を大きく上回っている。」


102頁23行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
一審被告は,当審においても,タルク水溶液を作製する際,ダマが生ずることを避けるため,界面活性剤(商品名・マーポール)を投入していたと主張し,原審証人Iもこれに沿う供述をする。また,乙A68,69には,タルク水溶液の作製の手順として,マーポールを投入する旨の記載もある。しかし,乙A68は昭和51年,乙A69は昭和57年の作業標準であり,それ以後はともかく,それより前にタルク水溶液に界面活性剤を投入していたことまで推認するものではない。原審証人Iも,昭和50年に神戸工場の生産技術課に異動した後に自己が体験した事実を供述しているのであって,それ以前にいつから界面活性剤を投入していたかは知らない旨を供述している。したがって,同証人の供述をもって,昭和50年より前にもタルク水溶液に界面活性剤を投入していたとは認めるに至らない。そのほか,昭和50年より前の界面活性剤の投入を認めるに足りる証拠はない。なお,原審証人Hも,界面活性剤を使用した場合にはタルク水溶液が乾燥してもタルク粉じんが飛散しにくいとも供述するが,同証人も,昭和50年より前にタルク水溶液に界面活性剤を投入していたと供述するものではない。むしろ,前記のとおり,昭和24年調査報告書は,発じんは,薬品顔料を生ゴムに投入し,ゴムの粘着防止のためにチョークを振り掛けるなどのときに生じ,激しいときはあたかも高山で霧が流れているが如くであると述べていること,その粉じん濃度は当時の規制対象とする基準を大きく上回ると算定されることからすれば,当時は,現在よりも格段にタルク粉じんが発生していたと推認するほかない。そうすると,当時の作業工程は現在と異なっていたと推認することが合理的である。一審被告は,これだけのタルク粉じん飛散量に差異が生ずることについて合理的な説明をしない。界面活性剤を使用していればタルク水溶液が乾燥してもタルク粉じんが発生しなかったはずであるというのであれば(乙A56から60まで参照)逆に,,高山の霧に例えられるほどタルク粉じんが発生していた原因の1つとして,タルク水溶液を作製するときに界面活性剤を使用していなかったと推認することが合理的である。上記のとおり,現在フェスツーンバーに掛けたゴムシートから粉じんが飛散しないとしても,それが昭和35年当時から昭和50年頃にどうであったかは即断できず,フェスツーンバー付近に置かれていたのが集じん機か換気扇かは,粉じんの発生の推認に影響しない。エ
104頁9行目末尾に次のとおり加える。
一審原告らは,当審において,ゴム工業においてタルクを充填剤に使用すると記載した文献等を挙げる。しかし,これらは一般論を述べる文献にすぎず,乙A12に添付された当時の配合指令書の内容を覆すには足りない。また,昭和24年調査報告書にいう薬品配合がゴムの材料を指すものかは,記載からは不明である。したがって,当審における一審原告らの主張を踏まえても,上記認定を覆すには至らない。

105頁26行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
一審被告は,原審証人Jはホットナイフボックスの形状を具体的に供述していないとか,ホットナイフボックスの石綿が外部に露出していたことを裏付ける証拠はないと主張する。しかし,原審証人Jは,四角い鉄の箱の中に,石膏ボード状に固められたアスベストボードが四角い形で内部を囲っていたと供述している。確かに,同証人の供述によれば,石綿は鉄の箱に囲まれていることになるが,それでも,ポケットを差し込む面については,外部に露出していることは十分に考えられる。また,断熱材として石膏ボード状の石綿が使用されれば相応に劣化するのは経験則上明らかである。したがって,一審被告の主張は採用することができず,上記認定は左右されない。

106頁16行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
一審被告は,消火用アスベストシートが使用されることは稀で,かつ,石綿はコーティングされていたため石綿粉じんが飛散することはないと主張する。しかし,使用頻度のみならず,アスベストシートが据え置かれていたこと自体が石綿粉じんの発生につながるのであり,消火用アスベストシートが劣化したとしても石綿粉じんを飛散させないほどにコーティングされていたと認めるに足りる証拠はない。キ
106頁25行目のステアリン酸から108頁1行目末尾までを次のとおり改める。
タルクと考えられ,そのためタルク粉じんが多量に飛散する状況にあった。この点につき一審被告は,1番ポケットの内側に塗布していたのはタルクではなくステアリン酸又はステアリン酸亜鉛であると主張する。しかし,ステアリン酸やステアリン酸亜鉛は,一般には加硫を促進する材料として使用されるものであり,打粉材として多量に使用することは避けるべきであるとされていること(甲A14の228頁以下・393頁)に鑑みると,これらを,ポケットの内側同士が密着することを防ぐために粘着防止剤として使用することは不合理である。一審被告は,タルクの融点が900℃から1000℃と高く,加硫工程における約180℃までの加熱では,タルクは溶解しないが,ステアリン酸亜鉛は約140℃,ステアリン酸は約70℃で溶解するため,貼り合わせたゴムとゴムの間に残留することがなく,ゴム製品同士の接着を阻害することがないと主張する。しかし,ステアリン酸及びステアリン酸亜鉛は,皮膚や眼に対する刺激,呼吸器に対する刺激のおそれを有し,現在の薬品の安全性情報等では,粉じん等の吸入を避けるべきであって,作業者は適切な保護具を着用し,吸入した場合には空気の新鮮な場所に移し,呼吸しやすい姿勢で休憩させること,眼に入った場合は水で数分間注意深く洗うことが求められている(甲A81の1・2,乙A65の2・3)。時期を異にするとはいえ,一審被告が,ステアリン酸又はステアリン酸亜鉛を使用する際に,特に注意を与えていたとか,本件被用者らを含む従業員に必要な保護具を用いるよう指導をしていたと認めるに足りる証拠は全くない。タルクとステアリン酸又はステアリン酸亜鉛の融点は異なるものの,その差異によってタイヤの性能が顕著に変わり得ることを認めるに足りる証拠はない。これらの点を考慮すると,1番ポケットの内側に塗布していたのがステアリン酸又はステアリン酸亜鉛であったと認めることはできないというべきである。他方,昭和24年調査報告書は,前記のとおり,神戸工場においてチョーク粉末が多量に飛散していると報告しているが,じん埃数及びじん埃の大きさは測定しているものの,粉じんの成分について分析した結果は掲載されていない。これは,昭和26年石川論文においても同様である。しかし,昭和24年調査報告書は,チョークと呼ばれているものとしてタルクを挙げ,かつ,そのタルクの原産地,精製先,成分組成を明示している。緒言において,無害と信じられていたタルクがじん肺の原因となる懸念が生じたので,調査を開始したとし,考察において,じん肺発生の因子はタルク及びカタルポであると示している。昭和26年石川論文がタルクによるじん肺について論述するものであったことをも踏まえると,昭和24年調査報告書が神戸工場にてチョークと言及しているものの全部又は相当部分はタルクであったと推認される。なお,原審証人J及び原審一審原告G本人の,タルクは1番ポケットの裏側にしか塗布しないとの供述は,実際に作業を行っていた者の供述として具体的で合理性を有するものということができる。ク
109頁17行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
一審被告は,インサイドペイントは界面活性剤の作用で乾いても粉状にならず,タイヤ内部に皮膜状に貼り付くから,粉じんが飛散することはないと主張し,その旨の実験結果及び測定結果を提出する(乙A61から63まで参照)。しかし,インサイドペイントに関しても,昭和50年より前には,いつから界面活性剤が使用されていたかを確定するに足りる証拠はない。したがって,上記主張は,少なくともその限度では,採用することができない。

109頁22行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
一審被告は,加硫機の金型周囲の保温材の石綿が劣化して粉じんが発生することはないと主張する。しかし,石綿が時間の経過とともに劣化して粉じんとなり得ること,カバーに覆われていても隙間が生ずることは避け難いことを考慮すると,石綿粉じんの発生がないという根拠に欠ける。また,加硫機の配管の石綿テープが劣化して垂れ下がることや,これを引きちぎることが稀であるとも主張するが,その具体的な裏付けはない。いずれにせよ,石綿粉じんの飛散を否定することはできない。

(2)

110頁4行目から同頁18行目までを削る。
判断の前提となる事実及び(1)の認定事実に基づき,
本件被用者らの石綿曝

露状況を検討した結果は,原判決事実及び理由の第3の1(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。ア
111頁13行目末尾に次のとおり加える。
また,亡Aが従事していたタイヤ成形作業においては,ポケット貼り作業で,1番ポケットの内側にタルク粉末を塗布していたから,亡Aは,これらタルク粉じんを吸入し,タルクに不純物として含まれる石綿に曝露したと認められる。

112頁25行目の作業においては,の次に1番ポケットの内側にタルク粉末を塗布することでタルク粉じんを吸入したほか,を加え,11
3頁3行目の可能性があるをと認められるに改める。

113頁4行目から13行目までを削る。


115頁11行目の認められるを認められ,1番ポケットの内側にタルク粉末を塗布する作業にも従事したため,その際,タルク粉じんに曝露したに改める。

116頁12行目の可能性があるをと認められるに改め,13
行目から18行目までを削る。

(3)

本件被用者らの疾病と石綿曝露との間の因果関係
肺がん及び石綿肺に関する医学的知見,訴訟上の因果関係に必要とされる立証の程度,肺がんと石綿曝露との間の因果関係の判断基準は,原判決事実及び理由
の第3の1(3)ア,
イ及びウ(ア)に記載のとおりであるから,
これを引用する。


亡Aの疾病との間の因果関係
(ア)

判断の前提となる事実及び証拠(甲C6,10)によれば,亡Aは,
平成14年1月30日に肺がん(扁平上皮がん)と診断され,平成15年3月31日,肺がんによって死亡したものと認められるから,肺がんと石綿曝露との間の因果関係を検討する。
(イ)

亡Aの石綿曝露状況
(引用した原判決
事実及び理由
第3の1(2)ア,

ただし,訂正後のもの)によれば,亡Aは,神戸工場の成形工程で,約26年間,タイヤ成形作業に従事してきたもので,ブレーキパッドに使用されていた石綿が摩耗し,粉じんとなって飛散しており,これを上記期間中に吸入した可能性は否定できない。また,亡Aが従事していたタイヤ成形作業においては,ポケット貼り作業で,1番ポケットの内側にタルク粉末を塗布していたから,
亡Aは,
これらタルク粉じんを吸入し,
タルクに不純物として含まれる石綿に曝露したと認められる。
(ウ)

兵庫労働局地方労災医員は,
被災者は,昭和25年7月より昭和54年までタイヤ成形作業にてアスベスト含有のタルクを使用し,石綿曝露を受けたが,平成13年11月1日の胸部エックス線では,右下葉に腫瘤影を認めるが,左右下肺野外側部に1/1程度の不整影を認め,石綿肺も疑われる。平成14年5月29日の胸部CTでは,左右の胸膜にプラークの散在を認めると共に,左右肺野に軽度の蜂巣形成を認める。右下葉には腫瘤影が認められる。兵庫県立がんセンターの医師意見書によると,肺がんの診断は,平成14年1月25日の細胞診及び組織診により,原発性扁平上皮がんと確診され,また,CT上慢性の間質性変化と気腫化を認めることが記されている。以上より,本例は,石綿肺及び胸膜プラークを有する被災者に発生した原発性肺がんであり,労災認定基準を満足するものと思料する。旨の意見を述べる(甲C15)。
ただ,亡Aを診断した兵庫県立がんセンターの医師が,胸部エックス線検査,胸部CT検査では明らかな胸膜プラークを認めない,明らかにじん肺の所見があるとはいえないがあえて区分すれば第1型であるとの意見を述べていること(甲C10)を踏まえれば,亡Aについて,それ自体で高濃度曝露の指標となり得る胸膜プラーク(平成24年報告書の胸膜プラークの指標
)は認められない。
確かに,
兵庫労働局地方労災医員は,
石綿肺の所見については
疑い
との意見を述べているにすぎず,根拠として挙げられる症状も,石綿肺に特有の症状ではなく,上記兵庫県立がんセンターの医師も明らかにじん肺の所見があるとの意見を述べているわけではない。しかし,上記兵庫県立がんセンターの医師は,
あえて区分すれば第1型である
との所
見を示しているから,やや逡巡しながらも,最終的には第1型のじん肺の所見がある旨を述べたものというべきである。
石綿肺を疑うびまん性間質性肺炎・肺線維症の所見がある場合に,これが石綿曝露によるものか否かを鑑別するに当たっては,大量の石綿曝露の確認をすることが重要であるとされている。
上記のとおり,
亡Aは,
約26年間に渡り,タイヤ成形作業に従事し,ブレーキパッドに使用されていた石綿が摩耗して飛散した石綿粉じんに曝露されたほか,ポケット貼り作業において1番ポケットの内側にタルク粉末を塗布していたから,タルクに含まれる石綿の粉じんに曝露されたと認められる。ポケット貼り作業は,タルクを1番ポケットの内側に塗布し,ポケットをポケット成形機から取り出し,これをドラムにセットするというもので,頭をポケット内部に入れるなど体全体で作業を行うことが必要となるものである。したがって,粉じんに曝露される程度は相当に強度なものといわざるを得ない。
(エ)

そうすると,亡Aに関しては,第1型のじん肺の所見があり,また,
それ自体で高濃度曝露の指標となり得る胸膜プラークとまではいえないが胸膜プラークがあり,かつ,10年以上にわたり石綿曝露作業に従事し,多量の石綿に曝露されていたのであるから,肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿曝露があった場合に肺がん発症を石綿に起因するものとみなし,石綿繊維25本/ml×年を発症リスクが2倍になる累積曝露量とみなす平成24年基準を満たしているものというべきである。なお,一審被告は,タルク粉じんに含まれる石綿はごく僅かであるとも主張するところ,(1)で認定したとおり(当審で加えたア(ア)cからfまで)昭和24年当時の神戸工場のタルク粉じんの濃度は相当に濃いもの,
と認められ,これが速やかに改まったと認めるに足りる証拠もないのであるから,亡Aが曝露されたタルク粉じん及び石綿粉じんの量は,他の石綿作業に勝るとも劣らないものであったと推認するのが相当である。したがって,一審被告は,10年以上の曝露期間があっても作業内容によっては相対リスク2倍の累積曝露量に達するとは限らないとも主張するが,この主張も採用することはできない。
(オ)

証拠(甲C11)によれば,亡Aは,53年間にわたって,1日15
本から20本の煙草を吸っていたと認められる。そうすると,そのブリンクマン指数は,1日の喫煙本数を15本として算出しても795となり,肺がんの発生危険度が確実に上昇するブリンクマン指数400を優に超えている。このことからすると,肺がんの発症に喫煙が相当程度寄与しているとの疑いも拭えない。
しかし,上記のとおり,亡Aは平成24年基準を優に満たしていることを考慮すると,亡Aの肺がんが石綿を含有したタルク及び石綿粉じんの曝露によることを否定するまでには至らない。
(カ)

以上によれば,亡Aの肺がん発症が神戸工場での勤務に起因すること
が高度の蓋然性をもって証明されたというべきである。

亡Cの疾病との間の因果関係
亡Cの疾病との間の因果関係については,原判決事実及び理由の第3の1(3)ウ(ウ)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決129頁15行目末尾に一審被告は,亡Cが多量のタルク粉じんに曝露されておらず,相当量の石綿に曝露したとの事実はない旨主張するが,引用した原判決の認定「事実及び理由(
第3の1(2)イ)
に照らし採用する
ことができない。
」を,130頁24行目末尾に行を改め,
一審被告は,当審においても,診療録に胸膜プラークについて手術時の確認結果しか記載がないことは,画像上の所見は認められなかった可能性が高い旨主張するが,単なる可能性をいうものにすぎず,一審被告の主張は採用することができない。をそれぞれ加える。

亡Dの疾病との間の因果関係
(ア)

判断の前提となる事実及び証拠(甲F13)によれば,亡Dは,平成
17年4月12日に右肺扁平上皮がんと診断され,同年7月3日,上記疾病により死亡したことが認められるから,石綿曝露との間の因果関係を検討する。
(イ)

亡Dの石綿曝露状況
(引用した原判決
事実及び理由
第3の1(2)ウ)

によれば,亡Dは,神戸工場において,約39年間,電気設備保守業務に従事してきたものであり,電動機のエアブローの際に,ブレーキパッドに使用されていた石綿が摩耗したことによって生じた石綿粉じんや電動機内に堆積したタルク又は石綿粉じんが飛散し,これを上記期間中に吸入した可能性は否定できない。
しかし,石綿曝露作業従事期間は10年間を超える長期間ではあるものの,粉じんがたまっている場合に実施されるエアブローの頻度はそう多くはないとみられること,作業から直接曝露する可能性のあるタルク又は粉じんの量がそう多くはないと推認できることに照らすと,電気設備保守業務により亡Dが曝露したと考えられる石綿の量が格段に多量であるとまでは推認し難い。
(ウ)

兵庫労働局地方労災医員は,
被災者は昭和20年11月より昭和59年10月までの39年間,神戸工場において,石綿やタルクの使用されている職場で,電気設備の作業に従事し石綿に曝露している。平成15年8月21日より非ホジキン性悪性リンパ腫と診断され治療を受けていたが,平成17年4月12日右肺扁平上皮がんと診断され,同年7月3日死亡された。カルテコピー,医師意見書,胸部レントゲン写真,胸部CT写真より検討した。肺がんと診断されるまでの経過は,平成15年8月21日から非ホジキン性悪性リンパ腫と診断され治療を受けていた。治療により,悪性リンパ腫によるリンパ節腫大は縮小し治療効果を認めていたが,右下葉の腫瘤影は増大を認めるため肺がんが疑われ,4月13日生検が行われ,扁平上皮がんと診断されている。その後腫瘤影の増大,腹膜播種を認め7月3日死亡された。平成16年8月12日の胸部レントゲン写真では,両下肺野に線状網状影を認め,石綿肺の所見と考えられる。胸膜プラークは認められない。平成16年11月24日の胸部CT写真では,右下葉の腫瘤影,右胸水貯留を認める。両側下葉に線状,網状影を認め,石綿肺の所見と考えられる。肺がんに関しては,検査で他に原発と考えられる所見を認めず,原発性肺がんと診断して妥当と考えられる。また,死亡原因もホジキン病は治療によりコントロールされている状態であり,肺がんの急速な進行による死亡と考えられる。したがって,本件は,10年以上の石綿曝露歴を認め,石綿肺所見が確認されるので,原発性肺がんの発症及び肺がんによる死亡と業務との間に相当因果関係が存在すると判断される。旨の意見を述べている(甲F
13の10)

確かに,兵庫労働局地方労災医員が,石綿肺の所見の根拠として挙げる症状は,石綿肺に特有の症状ではなく,亡Dには胸膜プラークや石綿小体・石綿繊維の所見もない(甲F12)
。亡Dが電気設備保守業務によ
り曝露したと考えられる石綿の量は格段に多量とは推認できない。亡Dの診断をした神戸市立中央市民病院の医師はじん肺の所見を否定している(甲F13の9)

しかし,兵庫労働局地方労災医員は,上記神戸市立中央市民病院の医師の所見も踏まえて診療録等を精査し,その結果,胸部エックス線写真において両下肺野に線状網状影,すなわち不整形陰影を認めたのであるから,亡Dには第1型の石綿肺の所見が見られたというべきである。この判断を医学的な見地から覆すに足りる証拠はない。
(エ)

そうすると,亡Dに関しては,平成24年基準に定められる累積曝露
量の指標を満たしているというべきである。
(オ)

証拠(甲F13の11)及び弁論の全趣旨によれば,亡Dは,75歳
の時点で,
1日20本程度の煙草を吸っていたことが認められるものの,
喫煙年数が判然としない。したがって,亡Dの肺がん発症が石綿粉じんへの曝露ではなく喫煙に起因するものであると推認することはできない。(カ)

以上によれば,亡Dの肺がん発症が神戸工場での勤務に起因すること
が高度の蓋然性をもって証明されたといえる。

一審原告Gの疾病との間の因果関係
一審原告Gの疾病との間の因果関係については,
原判決
事実及び理由
第3の1(3)ウ(オ)に記載のとおりであるから,これを引用する。一審被告は,当審においても,成形工程及び加硫工程で石綿粉じんやタルク粉じんが飛散することはないことを前提に,明らかな胸膜プラークの所見がない一審原告Gは,僅かな石綿曝露しかないから,因果関係が立証されているとはいえない旨主張する。
しかし,成形工程及び加硫工程における作業でかなりの量の石綿粉じん又はタルク粉じんが飛散していたことは,既に度々述べたとおりである。したがって,一審原告Gの石綿曝露作業への従事期間を相当短期間ということはできない。一審被告の上記主張は失当というほかない。


亡Fの疾病(石綿肺)との間の因果関係
亡Fの疾病(石綿肺)との間の因果関係については,原判決事実及び理由第3の1(3)エに記載のとおりであるから,これを引用する。一審被告は,当審において,M医師の平成31年1月11日付け意見書(乙H1)を提出し,亡Fの画像所見は,全体的に右肺優位の症状であること,下肺野優位の胸膜直下優位の網状影が見られないこと,経気道性の分布が見られないこと,比較的中枢側の病変が強く現れていることから,石綿肺よりも非特異性間質性肺炎,線維化を伴う慢性過敏性肺炎,サルコイドーシスなど他疾患が考えられると主張する。そして,上記の他疾患はいずれも呼吸器内科における臨床現場ではよく遭遇する疾患で,原因不明の疾患もあるから,亡Fがこれらの疾患を発症していた可能性は十分にあるとも主張する。
確かに,石綿肺には石綿以外の原因によるびまん性間質性肺炎・肺線維症の可能性がないと診断できる特異的な所見はないとされており(乙C25)画像から石綿肺か否かを鑑別することは容易ではなく,

これを他に可
能性が否定できない疾患から区別することには慎重でなければならないというべきである。しかし,兵庫労働局地方労災医員は,これらの医学的知見,とりわけ石綿肺を他の疾患と見誤ることがないように鑑別しなければならないことは十分に留意しているはずである。とりわけ,一審被告が主張するように非特異性間質性肺炎,線維化を伴う慢性過敏性肺炎,サルコイドーシスが呼吸器内科における臨床現場ではよく遭遇する疾患であるのであれば,当然に,これらを念頭に置いて意見書を作成しているものと推認される。
M医師の上記意見書も,あくまで,亡Fの画像所見からは非特異性間質性肺炎,線維化を伴う慢性過敏性肺炎,サルコイドーシスなど他疾患も考えられると指摘しているのみで,亡Fの画像所見から石綿肺と鑑別することができないとまで述べているものではない。すなわち,M医師の意見書は,兵庫労働局地方労災医員による意見と矛盾し,これを弾劾するものではないというべきである。
したがって,M医師の意見書をもって,亡Fが石綿肺であったことを争う旨の一審被告の主張は採用することができない。

亡B及び亡Eの疾病(中皮腫)との間の因果関係
原判決
事実及び理由
の第3の1(2)キのとおり,
亡Bは泉大津工場で,
同(2)エのとおり,
亡Eは神戸工場でいずれも石綿に曝露したと認められる。
両名は,中皮腫を発症し,これが原因でいずれも死亡した(甲G13,61,D9,19)

中皮腫は,石綿曝露を原因とする特異的疾患で,日本では他の原因が極めて稀である。
したがって,両名の疾病と石綿曝露との間には因果関係が認められる。2
争点(2)(安全配慮義務違反の有無)について
(1)

石綿の医学的知見等,
タルクの医学的知見等及び法規制の経過に関する認

定事実は,
原判決
事実及び理由
の第3の2(1)に記載のとおりであるから,
これを引用する。ただし,原判決142頁13行目末尾に行を改め,次のとおり加える。
ウタルクと石綿(ア)昭和35年3月号の久留米医学会雑誌に掲載されたブリヂストンタイヤ久留米病院の酒井恭次の「Bゴム工場に於ける滑石肺に関する研究(甲B4)には,
市販滑石は決して単一のものではないのであって,真の意味でのタルクであるところのSteatiteのほかに,Serpentine,Tremolite,Pyrophyllite,Anthopyllite,Dolomite等が単一で,或いは数種種々の割合で混合している。更に原鉱石の鉱床いかんによっては,1%~5%位までの遊離珪酸を含んでいるのが常であり,との記載がある。(イ)

神山宣彦は,環境庁大気規制課が昭和50年に出した昭和50年度
環境保全研究成果集に環境中の繊維状鉱物に関する研究を掲載し
た。タルク原石と市販されているベビーパウダーをX線回析法と電子顕微鏡によって分析して共存鉱物とクリソタイルの含有率を調べたところ,17のタルクの試料のうち,クリソタイルを含むものが9種類(0.1%以下のものから2.6%)
,角閃石を含むものが4種類と報
告されている。
(ウ)

(甲B21の34・35・45頁)

昭和53年11月号の日胸との雑誌に掲載された国立療養所近

畿中央病院内科の小西池穣一らのタルク肺26症例の臨床的考察
(乙B5)にも,

タルク粉じんによって起こるpneumoconiosisは純粋なタルク末のみでなく,これに関した鉱物末によっても惹起される。粉じんの組成は地質的環境と鉱物の純粋度によって異なっている。と

の記載がある。
(エ)

昭和62年2月発行の環境庁大気保全局企画課監修石綿・ゼオライトのすべて(甲B21)には,タルクと石綿の項に,
タルク中にはしばしば石綿が含まれていることがあり,(33頁)「タルクは鉱,
物学的には層状珪酸塩鉱物の一つに分類される単一の鉱物をさすが,工業的にタルクという名で利用されているものの中には,純粋な
タルクの場合はむしろ稀で多種多様な鉱物が含まれていることが多い。(34頁)と記載され,タルクにごく普通に伴って産出する鉱物」
として,
角閃石のトレモライト,
アクチノライト,
アンソフィライト,
蛇紋石のクリソタイル,アンチゴライト,リザルライト等が挙げられている。前4者は石綿であると注記されている。
(オ)

平成3年5月23日付けの本件被用者ら以外の者に関する労働審

査会の裁決書(甲D28)では,
石綿含有のタルクについてはIARCのモノグラフ(1987)においてグループ1(明らかな発がん物質)と分類されていると認定されている。なお,当該裁決では,泉大津工場で約24年間タイヤ製造工程の押出業務,加硫業務,仕上げ業務に従事し,肺がんに罹患し死亡した者について,被災者の従事した業務,被災者の剖検肺組織からアモサイト,クロシドライト,アクチノライト等の石綿が検出されたことなどから,被災者は石綿含有のタルクを大量に吸引していることにより石綿の曝露を受けていたとして,肺がんの業務起因性を認めた。

(2)

予見可能性の有無
予見可能性の有無については,原判決事実及び理由の第3の2(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決144頁4行目の粉じんがタルクないし石綿であるか否かは措いてもを粉じんの多くがタルクでありに改める。イ
一審被告は,
当審においても,
安全配慮義務の前提となる予見可能性は,
具体的客観的に予見可能であることが必要であると主張する。
しかし,安全配慮義務は,雇用者と被用者との雇用契約から生ずる雇用者の義務であることを踏まえると,被用者の作業の内容に応じ広範なものとなることは必然である。一審被告が具体的な疾病の名称,発症の機序やその予後までが具体的に予見可能でなければならないことを主張するとすれば,そのような主張は採用することができない。


一審被告は,昭和35年当時,粉じんとしてのタルクによるじん肺発症の可能性について認識されていたとしても,タルク肺によって重篤な肺機能障害に至る可能性は低いと考えられていた,重大な肺機能障害を発症させるとしてもそれは高濃度又は大量にタルクに曝露した場合である,法規制もそれに即しているなどと主張し,タルクの知見に関する複数の文献を挙げる。
(ア)

一審被告は,昭和34年の日本の職業病
(乙B2)に,

工業用の滑石粉吸入によってけい肺類似症例を起こすとすれば実際上重要であるが,わが国では未だ重症例を確認していない。,

石川は昭和24年ゴム工場を調査し,従業員70名中28名(40%)に所見を認めたが,重症者は見られなかった。動物実験の結果からみると,…肺胞内に変化を起こすほど大量の吸入がなければ害性は弱いであろうという印象を受ける。と,昭和35年のBゴム工場に於ける滑石肺に関する研究(甲
B4)に,

有所見者のすべてがP1程度にとどまり,明確な所見に乏しく,検出率も諸家の報告の如く高率ではなかった。,

Bゴム工場においては,職場の環境を1㏄中約400個くらいまでに限定し,現在使用中の滑石を継続使用することを前提とすれば,勤続年数約5年くらいまでを一応の安全圏と推定することができるように思われる。と記載されていたことを指摘する。
しかし,乙B2の文献が述べるのは印象であるにすぎない。
Bゴム工場に於ける滑石肺に関する研究には,一審被告引用に係る部分に加え,10年前の有所見率38%に比較して,

10年後のそれが,83.8%に増加していることから,同一作業を続けると,約10年位で有所見率が倍増することもあることを示しているようである。,

将来吸じん期間が長期にわたった者の中から,X線上S4の所見を呈するものが起こり得る可能性についても警告しておく必要があるようである。など

と記載されているから,かえって,曝露期間が長期間になった場合の有所見率の高騰の可能性を警告するものであったというべきである。(イ)

一審被告は,昭和48年の新しい毒性学
(乙B1)に,

タルクがじん肺症の原因となることは比較的稀である。,

現在までのところ,タルクについては発がん性はないとされている。と記載されていたことを

指摘する。
しかし,同文献では,上記結論の根拠を明示しておらず,この結論が一定以上の信用性,通用性を有するものであったと認めるに十分とはいえない。
(ウ)

一審被告は,昭和53年のタルク肺26症例の臨床的考察
(乙B

5)に,過去25年間に国立療養所近畿中央病院に入通院したタルク肺患者26例の臨床的分析をし,
タルク肺については,Thorel(1896年)が最初に記述してから,欧米においては報告が多いが,我が国における報告例は少ない

予後については,進行が徐々のため比較的良好,である。タルク肺自身による生命の短縮は稀にしか起こらない。などと,

昭和62年の石綿・ゼオライトのすべて
(甲B21)に,
従来,タルク自身はタルク肺の原因となる繊維化能も低く,比較的安全性の高い鉱物粉末と考えられていたなどと,平成20年の呼吸器症候群(乙
B6)に,

高濃度のタルク曝露は重篤な肺機能障害を起こしうるが,発がん性は明らかではないと考えている。と記載されていたことも指摘す

る。
しかし,タルク肺を発症して入通院すること自体を重篤な健康被害ではないということはできない。
これらの文献をみても,タルク粉じんへの曝露が健康被害をもたらす危険なものであるということについての予見可能性が減殺されるものではない。

しかも,本件で重要なことは,タルクについては,産出時に不純物として遊離珪酸や石綿を含むことが多く,とりわけ,石綿を含んだタルクは石綿によって重篤な肺機能障害を起こすということである。(1)で原判決を訂正したとおり,昭和62年のIARCのモノグラフでは,石綿含有のタルクは明らかな発がん物質と位置付けられている。
タルクが石綿を含むことが多いということが,いつごろからの知見かを具体的に裏付ける証拠はないが,これも,(1)で原判決を訂正したとおり,昭和35年3月頃公表されているBゴム工場に於ける滑石肺に関する研究では,タルクが石綿を含むことがあることが記載されている。この執筆者がブリヂストンタイヤ久留米病院の医師であることからすれば,ブリヂストンタイヤの製造会社は,当然,上記の知見を有していたと認められる。同じくタイヤ製造会社であった一審被告が上記の知見を有していなかったとはおよそ考えられない。
昭和35年には,石綿が生命・健康に対して危険性を有するものであるとの抽象的な危惧を抱かせるに足りる知見が集積していたことは,原判決が述べるとおりである(
事実及び理由第3の2(2)イ)



先に挙げたとおり,一審被告は,少なくとも昭和35年当時,高濃度又は大量にタルクが飛散している場合にのみ,その曝露によって重大な肺機能障害に至ることが予見できるかのように主張する。
しかし,
昭和24年調査報告書は,
一審被告の神戸工場を調査した上で,
タルク粉じんが高山で霧が流れているが如く激しく飛散していると報告しており,じん埃数とじん埃の大きさから粉じん濃度を試算してみると,昭和24年当時の通達上の基準を大きく上回っていたと認められる。一審被告の神戸工場の調査である以上,一審被告は,その調査結果を当然知っていたものと認められる。一審被告の神戸工場のタルク飛散の状況からも,一審被告は重大な肺機能障害を予見することができたというべきである。さらに,このようにみてくると,昭和35年の時点で,一審被告は,高濃度のタルク粉じんの飛散,タルクへの石綿の混在,石綿の生命・健康への危険性の全てを知悉していたともいい得る。
そうであれば,
一審被告は,
具体的に生命・健康への危険性を予見していたとも認められることになる。予見可能性を否定する一審被告の主張は採用することができない。(3)

安全配慮義務違反
安全配慮義務違反の有無については,原判決事実及び理由の第3の2
(3)に記載のとおりであるから,これを引用する。
一審被告は,粉じん濃度の規制を指摘した上で,本件被用者らが従事していた作業は粉じん濃度の規制を超える石綿粉じん又はタルク粉じんに曝露されるようなものではなかったから,当該作業が本件被用者らの生命・健康に重大な障害を与える危険性があると認識できず,認識すべきであったともいえないと主張する(亡A及び亡Dについては具体的な主張はないが,同趣旨と解される。。

しかし,本件被用者らの作業が石綿又はタルク粉じんに曝露するものであったこと,昭和24年当時の粉じん濃度が高濃度と認められることは繰り返し述べたとおりである。
乙A40(昭和45年一審被告報告書)には,安全衛生課で各粉じん職場の粉じん測定を実施しているが,昭和42年以降で恕限量を超えた測定値は1回のみである旨の記載がある。確かに,昭和40年代ともなれば,昭和20年代とは工場内の環境が改良された可能性はうかがわれるが,上記の5頁程度の報告書だけでは,改良の程度は不明といわざるを得ない。
乙A38の1から37までによれば,昭和51年4月から昭和62年10月までの泉大津工場における粉じん測定では,粉じん濃度の規制を超える濃度は測定されていないことが認められる。これは,あくまで,昭和51年以降の泉大津工場における測定であって,昭和50年以前の状態や神戸工場の状態を推認させるものではない。
また,石綿粉じん又はタルク粉じんに曝露されることにより健康障害が生じないように安全を配慮する義務は,粉じん発生の防止等にとどまらず,呼吸用保護具の使用,粉じん濃度の測定及びこれを踏まえた改善措置の施行,安全教育及び安全指導を行うことにも及ぶ。一審被告がこれらの措置を取ったとの具体的主張はない。一審被告の主張は安全配慮義務の一側面にしか目を向けないものである。
したがって,一審被告が本件被用者らの生命・健康への危険性を認識できず,認識すべきであったといえないとの主張は採用することができない。3
争点(3)(損害額)について
(1)

各人に共通する事項
慰謝料額
本件被用者らは,一審被告に勤務して石綿粉じんに曝露し,そのことを原因とする肺がん,石綿肺又は中皮腫に罹患したこと,一審原告G以外は死に至ったこと,一審被告の安全配慮義務違反の内容等本件に現れた一切の事情を考慮すると,本件被用者らのうち一審原告G以外の者に対する慰謝料額は,それぞれ2700万円とするのが相当である。また,一審原告Gに対する慰謝料額は,2500万円とするのが相当である。死亡は,生命を失うという究極の被害であるから,一審原告Gとそれ以外の者とで額を異にすることもいたしかたない。
一審原告らは,本件被用者らが罹患した肺がん,石綿肺及び中皮腫は,いずれも進行性の疾患で予後が不良であるから,本件被用者らが被った精神的苦痛を慰謝するに必要な金員は3000万円を下らないと主張する。一方,一審被告は,近時の裁判例に照らせば,死亡者の慰謝料が2500万円というのは低すぎることはないと主張する。
本件被用者らが被った精神的苦痛が大きいものであったとしても,慰謝料の金額は上記をもって相当というべきであり,一方,これが高すぎることもない。

損害額の減額
喫煙歴も石綿曝露歴もない人の肺がん発症リスクを1とすると,喫煙歴があり石綿曝露歴がない人では10.85倍,喫煙歴がなく石綿曝露歴がある人では5.17倍,喫煙歴も石綿曝露歴もある人では53.24倍になると報告されていることを踏まえると
(引用した原判決
事実及び理由
の第3の1(3)ア(ア)c)
,喫煙は,石綿による肺がんの発症リスクを相乗的
に高め,
肺がん発症に影響を与えていることは明らかである。
したがって,
損害の公平な分担の見地から,肺がんを発症した本件被用者らのうち喫煙歴がある者の慰謝料額を定めるに当たっては,喫煙歴の影響を考慮すべきである。
もっとも,個々の喫煙歴や喫煙期間により喫煙がどの程度肺がん発症に影響を与えるかについては具体的には明らかではないから,肺がんを発症した本件被用者らの喫煙歴による慰謝料の減額については一律に行うのが相当であり,民法722条2項の類推適用により,慰謝料額の1割を減額するのが相当である。
一審原告らは,本件被用者らは石綿曝露作業に従事することにより肺がんに罹患したのであって,そのことは喫煙歴とは無関係であり,喫煙が肺がん発症にどの程度寄与したのか確定できずに減額をする根拠に欠けると主張する。
しかし,石綿粉じんへの曝露が肺がん発症の原因となること,喫煙も肺がん発症の因子となることは,医学的に明らかである。したがって,損害の公平な分担を考慮すれば,1割の減額は相当である。
なお,一審被告は,亡Cにつき3割,一審原告Gについて5割の減額を主張するが,喫煙歴の肺がん発症への寄与を石綿粉じんへの曝露と比較してそこまでみるべき根拠はない。
一審原告ら及び一審被告の上記主張はいずれも採用することができない。ウ
損益相殺及び弁護士費用
損益相殺及び弁護士費用は,原判決事実及び理由の第3の3(1)ウ及びエに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決150頁9行目から10行目にかけて,12行目から13行目にかけての亡C及び原告Gをいずれも被用者に改める。
(2)

各人の損害額
亡A関係
(ア)

上記(1)アのとおり,亡Aの慰謝料額は2700万円であるところ,喫
煙歴が認められる(弁論の全趣旨)ため,その損害額を1割減額すべきであるから,減額後の残額は2430万円となる。甲A25及び弁論の全趣旨によれば,石綿被害に係る特別補償規程(本件特別補償規程)に基づき,亡Aに係る特別補償金として1000万円が支払われたことが認められるから,これを上記2430万円から差し引くと1430万円となる。これに弁護士費用143万円を加えると,亡Aの損害額は1573万円となる。
(イ)

一審原告A1(子)及び一審原告A2(子)は,法定相続分(各2分
の1)に従い,亡Aを相続しているから,各786万5000円の損害賠償請求権が認められる。
(ウ)

よって,一審原告A1及び一審原告A2は,一審被告に対し,債務不
履行に基づき,各786万5000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年3月7日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

亡B関係
亡Bの損害額については,原判決事実及び理由の第3の3(2)アに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。
(ア)

150頁17行目,
20行目から21行目にかけての
2500万円

を2700万円に改める。
(イ)

150頁21行目の1500万円を1700万円に,同行目

の150万円を170万円に,22行目の1650万円を
1870万円にそれぞれ改める。
(ウ)

150頁25行目,
151頁3行目の
825万円935万円

に,150頁26行目,151頁6行目の412万5000円を467万5000円にそれぞれ改める。(エ)

151頁5行目から6行目にかけてのないし不法行為を削る。

亡C関係
亡Cの損害額については,原判決事実及び理由第3の3(2)イに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。
(ア)

151頁9行目の2500万円を2700万円に,11行目

の2250万円を2430万円に,13行目の1125万円
を1215万円に,16行目の625万円を715万円に,
17行目の62万5000円を71万5000円にそれぞれ改
める。
(イ)

151頁18行目,
20行目の
687万5000円
をいずれも
786万5000円に改める。
(ウ)

151頁19行目のないし不法行為を削る。

亡D
(ア)

上記(1)アのとおり,亡Dの慰謝料額は2700万円であるところ,喫
煙歴が認められる(弁論の全趣旨)ため,その損害額を1割減額すべきであるから,減額後の残額は2430万円となる。甲A25及び弁論の全趣旨によれば,本件特別補償規程に基づき,亡Dに係る特別補償金として1000万円が支払われたことが認められるから,これを上記2430万円から差し引くと1430万円となる。これに弁護士費用143万円を加えると,亡Dの損害額は1573万円となる。
(イ)

一審原告D1(妻,法定相続分2分の1)
,一審原告D2(子,同4分

の1)及び一審原告D3(子,同4分の1)は,法定相続分に従い,亡Dを相続しているから,一審原告D1は786万5000円,一審原告D2及び一審原告D3は各393万2500円の損害賠償請求権が認められる。
(ウ)

よって,一審原告D1,一審原告D2及び一審原告D3は,一審被告
に対し,
債務不履行に基づき,
一審原告D1につき786万5000円,
一審原告D2及び一審原告D3につき各393万2500円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成25年3月7日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

亡E関係
亡Eの損害額については,原判決事実及び理由の第3の3(2)ウに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。
(ア)

151頁24行目の2500万円を2700万円に改める。

(イ)

同頁26行目の1875万円を2025万円に,152頁3

行目の750万円を900万円に,4行目の75万円を90万円に,5行目の825万円を990万円にそれぞれ改める。
(ウ)

同頁7行目及び同頁15行目の原告E2をいずれも原審甲事件原告亡E1承継人亡E2と改める。(エ)

同頁16行目及び21行目の
137万5000円165万円

に,17行目及び25行目の45万8334円並びに18行目及び153頁2行目の45万8333円を55万円に,152頁1
9行目及び153頁4行目の68万7500円を82万5000円にそれぞれ改める。(オ)

152頁19行目末尾に次のとおり加える。

一審原告E2承継人E3及び同E4は,原審甲事件原告亡E1承継人亡E2(平成29年10月28日死亡)の子であり,法定相続分2分の1の割合により同人を相続し,各82万5000円の損害賠償請求権を取得した。(カ)

同頁20行目の原告E2,を削る。

(キ)

153頁3行目のでき,の次に一審原告E2承継人E3,同E4,を加える。(ク)

152頁21行目,
24行目から25行目にかけて,
153頁1行目,

3行目から4行目にかけてのないし不法行為をいずれも削る。

亡F関係
亡Fの損害額については,原判決事実及び理由の第3の3(2)エに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。
(ア)

153頁7行目及び10行目の2500万円を2700万円

に,同行目から11行目にかけての1500万円を1700万円に,同行目の「150万円を170万円に,12行目の1650万円を1870万円にそれぞれ改める。(イ)

同頁14行目及び17行目の825万円を935万円にそれ

ぞれ改める。
(ウ)

同頁同行目のないし不法行為を削る。

一審原告G関係
一審原告Gの損害額については,原判決事実及び理由の第3の3(2)オに記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決を次のとおり訂正する。
(ア)

153頁22行目の上記から相当量のを甲I12により

に,23行目の2割を1割にそれぞれ改める。
(イ)

同頁24行目の2000万円を2250万円に,154頁1

行目の1000万円を1250万円に,同行目の100万円
を125万円に,2行目及び4行目の1100万円を1375万円にそれぞれ改める。(ウ)
4
154頁3行目のないし不法行為を削る。

争点(4)(亡C及び亡Eに係る損害賠償請求権についての消滅時効の成否)(1)

消滅時効の完成
亡C及び亡Eの死亡並びに行政上の決定に関する認定事実は,
原判決
事実及び理由の第3の4(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。

債務不履行に基づく損害賠償請求権
雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は10年であり
(民法167条1項)この10年の

時効期間は損害賠償請求権を行使できるときから進行する。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は,原則として,その損害が発生した時に成立し,同時に,その権利を行使することが法律上可能になるというべきであって,権利を行使し得ることを権利者が知らなかった等の障害は,時効の進行を妨げることにはならないというべきである。そうすると,亡C及び亡Eの債務不履行に基づく損害賠償請求権は,亡C及び亡Eにそれぞれ客観的な損害が発生した時から進行し,遅くとも,各人が死亡した日から消滅時効期間が進行しているというべきである。上記起算点は,亡Cにつき平成12年4月25日,亡Eにつき同年1月26日である。
したがって,原審甲事件が提起された時点でいずれも10年が経過しているから,消滅時効が完成しているというべきである。
一審原告らは,消滅時効の起算点につき,石綿粉じんに曝露し,石綿関連疾病に罹患した事実はその旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから,労災認定が死亡後にされた場合,労災認定がされたときから消滅時効が進行すると解するのが相当であると主張する。
しかし,それでは,債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とを混同したことになる。
最高裁平成6年2月22日判決(民集48巻2号441頁)は,被災者が生存中に行政上の決定を受けた場合であるから,本件に適切ではない。ウ
不法行為に基づく損害賠償請求権
本件において,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求のほかに,不法行為に基づく損害賠償請求権が成立するかについては,不法行為の内容,予見可能性について,さらに検討する必要がある。
しかし,仮に不法行為に基づく損害賠償請求権が成立するとしても,亡C及び亡Eに関してはそれも時効消滅していると解すべきである。その理由は,
原判決
事実及び理由
の第3の4(1)ウに記載のとおりであるから,
これを引用する。
(2)

債務の承認の有無
債務の承認の有無については,原判決事実及び理由の第3の4(2)に記
載のとおりであるから,これを引用する。
(3)

消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否か
消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否かについては,原判決事実及び理由の第3の4(3)に記載のとおりであるから,これを引用する。一審被告は,原審甲事件原告亡E1は,労災認定の申請をした時点,内容証明郵便(乙G1)を送付した時点では訴訟により損害賠償請求権を行使することも容易であった旨主張する。
しかし,原審の訴訟経過から明らかなとおり,一定の証拠を揃えて訴訟上損害賠償請求権を行使することは容易ではない。まして,上記で引用した経過のとおり,平成19年以降,不当労働行為救済命令取消請求事件を提起,追行せざるを得なかったことからすれば,訴訟による損害賠償請求権の行使は困難であったというほかない。
また,一審被告は,本件組合の分会による団体交渉の申入れを拒絶したのは,
損害賠償請求権の行使のために協力することが団体交渉の目的ではなく,かつ,原審甲事件原告亡E1に対しては団体交渉応諾義務を負っていなかったからであって,不当ではないとも主張する。
しかし,神戸地方裁判所,大阪高等裁判所及び最高裁判所において,本件組合の分会は,一審被告の元従業員であるJ及び一審原告Gを構成員に含むものであり,一審被告の元従業員に対する安全配慮義務について団体交渉を求めたものであって,一審被告は応諾義務を負うものと判断された(甲A60から62まで)一審被告の対応は不適切であったというほかなく,。
それに
より本件被用者らに係る石綿粉じん又はタルク粉じんへの曝露の実態の解明が遅れ,それに伴って本件被用者らが早期に適切な救済を受けることを困難ならしめたことは明らかである。
一審被告の主張はいずれも採用することができない。
第4

結論
以上によれば,一審原告らの請求は,別紙2請求・認容金額一覧表の当審認容額欄記載の限度で理由があるから,これと異なる原判決を変更し,一審被告の控訴はいずれも理由がないから,これをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第3民事部

裁判長裁判官

江口と
裁判官

大藪和
裁判官

森鍵し子男一
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