判例検索β > 平成31年(う)第239号
殺人被告事件
事件番号平成31(う)239
事件名殺人被告事件
裁判年月日令和元年9月11日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
裁判日:西暦2019-09-11
情報公開日2019-10-02 10:00:07
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令和元年9月11日宣告

大阪高等裁判所第4刑事部

平成31年(う)第239号

殺人被告事件

主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中160日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人巽昌章作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官田中宏明作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。弁護人の論旨は,事実誤認,法令適用の誤り及び量刑不当である。
第1

事実誤認及び法令の解釈適用の誤りをいう控訴趣意について
論旨は,被告人は,殺人の未必の故意を有しないのに,これを認めた原
判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり,その誤認により,
刑法199条の解釈適用を誤ったものである,
というのである。
そこで,原審記録を調査して検討する(なお,略称は,原判決のそれによる。)。
1
原判決は,被告人車両及び目撃者の運転車両各搭載のドライブレコーダーの映像,その解析や実況見分調書等より作成された各捜査報告書,その他関係証拠から,犯行に至る経緯として,被告人は,被害車両が被告人車両の前方に進入したことに腹を立て,片側3車線になったときの第1車線において,被告人車両前方にいた被害車両に対してハイビーム照射(2度目)を行い,クラクションを鳴らしたところ,被害車両は,急加速して被告人車両から離れ,車線変更して第3車線を走行するようになったが,被告人も被告人車両を加速させて被害車両を追跡し,第3車線に入って被害車両の後ろにつけてからは,速度を上げて,先行する被害車両との車間距離を詰めていったことを認めた上で,その車間距離が約10メートルとなった地点で被告人はブレーキを掛けたが,弱いブレーキであったため,被告人車両の速度が落ちず,被告人車両前部を被害車両後部に衝突させ,その結果,被害者が死亡したとの本件犯行の客観的事実を認定し,これを前提事実として,被告人は被害車両が被告人車両と衝突してもかまわないという気持ちからあえて衝突させたとの主観的な事実を認定し,その衝突によって路上に転倒するなどして被害者が死亡する危険が高かったことから,衝突させた行為は客観的には殺人の実行行為足りうるもので,被告人には,その認識認容があるとして,被告人に殺人の未必の故意があると認定したものである。この原判決の判断に,論理則,経験則等に照らして不合理な点はなく,原判決に事実誤認はない。
以下,所論に鑑み,補足して説明する。
2
被告人が被害車両を追跡したとの事実認定について
被告人車両のドライブレコーダーの映像等及びその分析に係る証拠等に照らせば,被害車両が急加速して離れていった際に,怒りからその車間距離を詰めるべく追跡したとした原判決の認定に誤りはない。
所論は,被告人はハイビームの照射とクラクションを鳴らして気が済み,怒りは収まっていたので,被告人は被害車両を追跡するつもりはなかったというが,被告人は,そもそも原審公判では,自分の存在を気づかせるためにハイビーム等をしたと説明しているだけで,そのようなことは述べていない。原判決は,原審公判における被告人の説明に対し,自分の存在を気付かせるためであれば,パッシングやクラクションを1回鳴らせば足りるのに,ハイビームの照射を続け,立て続けに何度もクラクションを鳴らしているのであって,その内容と執拗さからして,怒りによる威嚇のための行為であると認定しているが,この判断は事実の流れによく沿っており正当である。すると,被害者から危険な運転をされたということで被告人に生じた被害者に対する怒りが,ハイビーム照射やクラクション吹鳴といった行動で表明されただけのことであるから,そのような行動が取られたからといって,当然に,その怒りが発散され,収まるといった結果に至るとはいい難い。ましてや,クラクションを何度も鳴らされるなどされたことから後方車両の運転者が怒っていることを理解したはずの被害者が,謝罪の態度や特段の合図を示すといったこともなく,そのまま被害車両を急加速させて被告人車両から遠ざかり,逃げていくような状況となったのであるから,被告人にとっては,なおさら怒りが増して,被害者車両を追跡したくなるような状況になったとはいえても,衝突までのいずれかの時点で,気が済んで,怒りが収まったことを窺わせるような事情があったとは認められない。原判決が,被告人が怒りによって被害車両を追跡したとした認定に誤りはない。
所論は,バイクは小回りがきくので,並走する四輪車の間を縫うように走ることで追いつけないと考えられる状況にあったので,被告人は追跡を考えなかったというが,この点についても,被告人は,原審公判において,そのようなことは述べていない。被害車両は,第1車線を真っ直ぐに走行していったものであり,その後の車線変更した動きや,周囲の交通状況からしても(原審甲34号証),他の自動車が邪魔になって,その追跡が不可能な状況にあったとはいえず,到底追いつけないとか,すぐに見失ってしまうと考えてそのような行動を断念するような状況にはなかったことからすると,被告人が所論のように考えて行動していたとは認められない。所論は,被害車両が急加速して離れていったので,被告人はその行方を見失っていたから,
これを追跡するつもりはなかったというが,
原判決が,
被告人車両のドライブレコーダーが記録していた被害車両の走行状況などの映像を踏まえて,被害車両が被告人の視界から消えたとは考えられず,被告人がその行方を見失っていたともいえないとした判断に誤りはない。所論は,ドライブレコーダーの画像と被告人の認識とは違うのであり,また,原判決は自動車の運転に対する心理学的考察に欠け,不合理な判断をしていると批判するが,原判決は,被告人の目の位置とドライブレコーダーのカメラの位置の違いを意識して,運転者の視点を想定してその視認可能性を検討していることが明らかであるし,被告人車両のドライブレコーダーには,被害車両のテールランプやウィンカーが他の車両のものと十分識別できる状況が記録されていること,画面の動きからして,被告人車両の走行も,被害車両を見失って,それと無関係に走行しているような様子はなく,被害車両の動きに追従するかのようにして,すぐに車線変更して第3車線に入り,前方にいる被害車両をよく認識できるに至った状況が記録されていることからすると,その運転者であった被告人もこのような映像とほぼ同様に見えていたと判断したことには合理性が認められること,一般人が有する経験則から考えても,自動車専用道路を比較的高速で運転していた被告人は,特段の事情がない限り前方を注視しているはずであるから,その中には先行していた被害車両の動静も当然にその視野の中に含まれていたといえるし,比較的高速で走行中に車線変更をしているのであるから,他の車の走行にも然るべき注意を払っていたとみることができることや,運転者が安全運転上必要な相応の注意を払い,状況判断をしていることは理解した上で,運転者(被告人)の心理状態を考慮して判断しているとみられるのであって,その判断内容においても,被告人の心理を無視したために不合理な判断に陥った点は見当たらない。かえって,第3車線に入る際に,自車の前後を走行することとなる,第3車線を走行する車両の状況をしっかり把握せずに(先行する被害車両に気づかずに)車線変更したという話の方が,運転者の常識からみても相当に不自然といえるものである。所論の批判は当を得たものとはいえない。
所論は,被告人車両が第3車線において加速したのは,前記車間距離を意図的に詰めていったわけではなく,自車の挙動を整えるために加速したのであり,被害車両の追跡のためではないという。なるほど,車線変更後にその前後の車の走行状況に合わせて安定した走行を図るために加速または減速して速度を調整しながら進行することはあり得るところであるが,本件で,被告人車両は第3車線にかなりの高速度で入っており,その段階で被害車両との間隔は約45メートルしかなかったことからすると,加速して調整するというのもかえって危険とみられるし,当該道路の最高速度制限が60キロメートル毎時であり,被告人車両が第3車線に入った直後に時速94ないし101キロメートルの速度を出していたとすると,後続車が迫ってくることも考えにくい状況にあることから,逆に減速しつつ速度調整する方が自然といえるから,所論の指摘する加速理由は考え難い。所論はいずれも採用できない。
3
被告人車両をあえて被害車両に衝突させたとした事実認定について原判決は,被告人が,被害者に対する怒りから被害車両を追跡し,被害車両が走行していた第3車線に車線変更した後,約45メートル先に被害車両が走行していることを認識しながら,被告人車両を加速させて,時速約103ないし110キロメートルで,約5秒間走行させ,被害車両との車間距離が約10メートルの地点で弱いブレーキを掛けた,そして被告人車両が時速約96ないし97キロメートルの速度のときに被告人車両と被害車両が衝突した,被告人は,被害車両を追跡し始めて,被告人車両と被害車両が衝突し,衝突後停車するまでの間,終始無言であったが,その停車した頃に,軽い口調で,

はい,終わり。

と言ったという事実を認定した上で,被告人は,高速度で被害車両を追跡し,被害車両と被告人車両の車間距離が詰まっていき,衝突の危険性が高まっているのを認識しながら,それが約10メートルという至近距離までブレーキを踏もうとはしなかったこと,しかも,被害車両は時速約83ないし85キロメートルであったから,時速80キロメートル程度に速度を落とせば衝突を避けることができたのに,
被告人は約1.4秒間で時速が約12キロメートル減速する
程度の弱いブレーキを掛けただけで,衝突を避けることが可能な速度まで落とさなかったこと,車間距離を詰めながら,その際には,既にしていたような威嚇的な行動に出ていないことから,その意図は単なる威嚇目的ではなかった行動と推認できること,前記発言内容と口調から,衝突が被告人の想定内の出来事であったと推認されるとして,これらの一連の被告人の言動からみて,被害車両と衝突することについて認識認容があったとしたが,このような原判決の判断に不合理なところはない。
所論は,被告人が衝突前に減速したのは,被害車両との衝突を避けるためであり,それが不十分であったのは,被告人に被害車両が前方を走っているとの認識がなく,その発見の遅れによる,とっさの判断の際のミスによるものであること,また,被告人が急ブレーキは危険と考えていたことや急ブレーキを避ける習慣があったことによるものであるから,弱いブレーキしか掛けなかったことをもって,衝突についての認容があったとはいえないという。
しかし,前述のとおり,本件は被告人が被害車両を正に追跡している最中の衝突事故であり,第3車線を先行する被害車両にすぐに気付かず,被害車両自体の発見の遅れのミスがあったからという主張ないし弁解は,そもそもその前提を欠き,失当である。なお,所論は,被害車両自体の発見が遅れたことによって,とっさの判断をすべき状況下で生じた判断ミスによる過失を主張するようであるが,被告人車両のドライブレコーダーの記録からは,発見が遅れ,被害車両に衝突しそうになってあわてているといった被告人の様子や行動はみられない。その音声記録には被告人が発した言葉はなく,被害車両に衝突しそうになったときの,焦り,驚愕,不安といった心情等は伝わってこないし,適切かどうかは別にして,衝突を避けようとしてあわてて急ハンドルを切ったといった形跡もみられない。したがって,原判決が,被告人が被害車両に気付くのが遅れるなどしたためとっさの判断をしなければならない状況に陥っていたと認定しなかった点にも誤りはない。
加えて,本件では,急ブレーキを掛けるまでの必要があったわけではなく,被告人車両を被害車両の速度を若干下回る程度に減速しさえすれば十分に衝突が避けられたとみられるのに,原判決は,衝突が避けられる程度の速度まで落とすためブレーキペダルを十分に踏み込まなかった点の不自然さから,被告人には衝突を避けようとする気持ちが見られないと判断したのであって,その判断に不合理な点はない。
所論は,原審記録にある実験においては,時速100キロメートルを超える車両が時速80キロメートル程度まで減速させるという実験がなされていないから,どのように制動したときに衝突が避けられたかについての証拠がないのに,原判決が,車間距離約10メートルの時点でより強くブレーキを掛けることが非常に容易であったとしたのは誤りであるというが,原判決は,原審におけるA証言の内容や,また,事件衝突直前には現に弱いブレーキで約1.4秒に約12キロメートル減速していたことも踏まえ,自動車運転に関する一般人の経験則から判断して,本件で追突を避けようとするなら,
それなりの力でブレーキペダルを踏み込めば足りるし,
普通ならばそうするはずであるという経験則に即した判断を下すことができたとみられるから,改めて,そのような追加実験の必要を認めなかったと解され,そのような判断が不合理であるとはいえない。その他,被告人の飲酒や疲労をいうが,証拠上,その影響があったとは認められない。所論は,

はい,終わり。

の意味について,被告人が原審公判で述べたとおり,被告人が衝突事故を起こしたことに落胆して,もう仕事ができなくなるという意味で発言したのであって,衝突の認識認容を推認させるものではないというが,この発言は,それまでに大きな衝突事故を挟みながら終始無言で,
驚きや狼狽を示すような言動を一切していなかったのに,
衝突後被告人車両を停車させるころという時点になってから初めて発せられたものであって,その文言内容と口調やそれまでの被告人の行動状況に照らすと,被告人が被害者の運転方法等に怒りを覚え,怒りにかられて被害車両を追跡し,最終的には怒りを発散させる手段として被害車両に自車を衝突させる行為に及び,被害者を被害車両もろとも転倒させるという事故(本件では結局は被害者の死亡ということ)に至ったことから,被害車両側に向けていた自身の一連の行動がその段階で終わったことなどを自らに語りかけたと解釈できることからすると,原判決が,被害車両との衝突は,被告人の想定内の出来事であったことを推認させる言葉であると解釈し,被害車両に衝突することの認識認容の根拠としたことに誤りはない。所論はいずれも採用できない。
4
殺人の故意の推認を妨げる事情に関する主張ついて
所論は,被害者を殺害するような動機はないとか,被告人が衝突直前にブレーキを踏んで減速し衝突を避けようとしているのは事実であるのに,この点に関する原判決の説示は意味不明であるというほか,被告人がすぐに事故現場に戻って救命措置をとろうとしたなどの点を挙げて,原判決は故意の推認を妨げる反対事実を過小評価しているというが,原判決は,意欲的ないし積極的な殺意を認定したものではなく,被害者に対する怒りから被告人車両を被害車両に接近させた際,
これに衝突するかもしれないが,
衝突して被害者が死んでもかまわないという殺人の認識認容があったことを認定したに止まるものであるから,動機に関する所論の批判は当を得ない。また,被告人に瞬間的にこのような気持ちが生じたことと,所論指摘の衝突直前の減速や事後措置の各事実があることとは,必ずしも矛盾するわけではないことからすると,所論の指摘する各点によっても原判決の前記認定に合理的な疑いを来たさないとした原判決の判断に誤りはない。所論は採用できない。
5
その他弁護人が縷々述べるところを子細に検討しても,被告人に殺人の認識認容があるとした原判決の認定に,論理則,経験則等違反は見当たらず,事実誤認をいう論旨は理由がない。

6
したがって,
その事実誤認を前提とした法令適用の誤りも認められない。
法令適用の誤りをいう論旨も理由がない。

第2

量刑不当をいう控訴趣意について
論旨は,要するに,被告人を懲役16年に処した原判決の量刑は重すぎ
て不当である,というのである。
そこで,原審記録及び当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
本件は,被告人が,その運転車両で二輪の被害車両を追跡し,第3車線において,加速しつつ,先行する被害車両との間の車間距離を詰めていったところ,そのまま衝突すれば被害者が死ぬかもしれないと思いながらあえて被告人車両を被害車両に衝突させ,被害車両もろとも被害者を転倒させて同人をガードロープ支柱等に激突させて,同人に頭蓋骨,顔面骨粉砕骨折等の傷害を負わせ,これによる多発性脳挫傷一部脳欠損により同人を死亡させた,殺人の事案である。
原判決は,被告人の犯行は,客観的にみて,被害者を死亡させる確実性の高い危険な犯行であり,人の命を軽んじる度合の大きな犯行であるが,他方,被告人の殺意は瞬間的なもので,かつ強固なものではなく,殺意としては弱いとする一方で,怒りに任せて,被害車両を追跡し,後ろから一方的に自車を衝突させて,被害者を殺害しており,被害者に何らの落ち度はなく,被告人の動機に酌むべき点はなく,被告人に対しては厳しい非難が妥当するとした上で,
一時的な怒りの感情に基づいている点についても,
特に同情すべき部類には属さないとした上で,けんかを原因とする殺人事例との比較を踏まえて,些細なことから一人勝手に怒りを増幅させた点と被害者に落ち度はない点からより重い刑罰がふさわしいとし,その他の調整要素について,被告人には前科はないことなどから,再犯の不安があるとはいえないが,自らの犯行に向き合おうとしておらず,罪を償う姿勢は認められないし,遺族が自賠責保険金の支払を受ける可能性はあるが,この点は刑を軽くする事情としてほとんど考慮することができないとした上で,前記の量刑をした。原判決の説示する量刑事情とその評価は概ね正当であり量刑不当を導くものは認められない。
所論は,本件は,被害者1名で,未必の故意による,計画性や事前準備等のない事案であるのにこれらの点を十分に考慮していない旨をいうが,原判決も本件の犯情として当然にこれらの点を前提として判断しているものである。とりわけ未必の故意については,被告人の殺意は弱いものであると適切に判断している上,刑事責任の大枠を決める際に説示した事案の比較や評価においても,これらの事情を不当に軽視しているようなところは見当たらない。原判決にその考慮が足りないとはいえない。
所論は,二度の割込み等を伴う被害者の運転方法は,被告人が危険を感じてもおかしくないものであったにもかかわらず,原判決が,被害者の運転について,特に危険であったとまではいえないとし,被害者に落ち度がないとしたのは,その量刑事情の認定を誤り,均衡を失した評価を導くもので不当であるという。そこで,被告人車両のドライブレコーダーの映像を基に検討すると,被害車両が,当初片側2車線であった道路の第1車線を走行中,前車をその左から追い抜いていったとき,第2車線にいた被告人車両も同じく第1車線に車線変更しようとして,その前車を追い越してその前に入ってこようとしたため,被告人車両との衝突等を避けようとして,加速して,第1車線に入ってきた被告人車両の前に出たところ,その先にいた車両との車間距離の関係で被害者がブレーキを踏まざるを得なかったという状況が窺えるのであり,被告人が前記のような車線変更をしたことも前記のような被害車両の動きをもたらす原因となったとみられることや,第1車線側の車線が増えて片側3車線に道幅が広がったとき,先に被告人が第1車線に車線変更したが,第2車線にいた被害車両とそれに先行する自動車との車間距離が詰まってきていたため,被害車両は第1車線に車線変更したが,たまたま,被告人車両の前に再び入ることになっただけのことであり,被害車両の動きは道路状況に応じて必要な措置をとっただけのことであって,被害者に落ち度はないとした原判決の認定に誤りはない。そして,これを前提とすると,被害者がそのような走行をした理由は被告人においても容易に理解できる状況にあったにもかかわらず,それを被告人車両の運行を妨げる意図があり,被告人に対し危険な運転をしていると思っていたということになるから,些細なことから被告人が一人勝手に怒りを増幅させたとした原判決の量刑事情の認定にも何ら誤りはない。
所論は,保険等による賠償について,客観的な損害填補であるから,被告人に有利な事情となるはずなのに,本件では,自賠責保険金が支払われる可能性があることは刑を軽くする事情としてほとんど考慮しないとしたのは,偏った判断であるという。確かに,一般的には,被害弁償などによって被害が回復されたという客観的な事実があった場合には,被告人の誠意等の表れという評価と相俟って,量刑上被告人に有利に働く事情にはなろうが,財産犯の場合とは異なり,殺人といった生命,身体の安全が保護法益とされる犯罪においては,被害弁償によって失われた法益が元通りになるわけではなく(そもそも被害回復自体を観念することが難しい面がある。),被害弁償等がなされた点は,もっぱら刑事政策(特別予防も含めて)的な観点から考慮され,それが被告人本人によるか,これと同視できるような場合には,被告人の量刑に際し有利に斟酌されることが多い。加えて,本件のような加入が義務付けられている自賠責保険の被害者側請求による支払の場合にあっては,被告人自身の行為によってなされたものと同視できるものとはいえないため,これに,その量刑を特に減ずべき積極的な理由を見出すことには困難を伴うことが多い。原判決が説示するところはこのような観点に沿うもので,これが必ずしも不合理であるとはいえない。
その他弁護人が量刑不当として述べるところの事情を検討しても,原判決の量刑を左右するような事情は見出すことはできない。
所論はいずれも採用できない。
原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえず,原判決後,被害者遺族が自賠責保険金3000万円を受領したなど,当審における事実取調べの結果認められる事情を考慮しても,
原判決の量刑を改める必要は認めない。
論旨は理由がない。
第3

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を各適用して,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第4刑事部
裁判長裁判官

樋󠄀

口裕晃
裁判官

森岡孝介
裁判官

加藤陽
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