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事件番号平成30(わ)1002
裁判年月日令和元年9月2日
法廷名札幌地方裁判所
裁判日:西暦2019-09-02
情報公開日2019-09-27 10:00:07
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令和元年9月2日宣告
平成30年(わ)第1002号

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
主文
被告人を懲役9年及び罰金400万円に処する
未決勾留日数中160日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
札幌地方検察庁で保管中の覚せい剤10袋(同庁平成31年領第25号符号1-1,2-1,3-1,4-1,5-1,9-1,10-1,11-1,12-1,13-1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成30年12月9日(現地時間),カンボジア王国所在のa国際空港において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶粉末約3127.6グラム(札幌地方検察庁平成31年領第25号符号1-1,2-1,3-1,4-1,5-1,9-1,10-1,11-1,12-1,13-1はその鑑定残量)を隠し入れたリュックサック在中のボストンバッグ1個を機内預託手荷物として大韓民国所在のb国際空港行きの航空機に積み込ませて同航空機に搭乗し,同日(現地時間),同空港において,同ボストンバッグをc空港行きの航空機に積み替えさせて同航空機に搭乗し,同日,北海道d市所在の同空港において,同空港作業員に,同ボストンバッグを同航空機から機外に搬出させて日本国内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,同空港内のe税関d税関支署入国旅具検査場検査室において,前記覚せい剤を同ボストンバッグ内に隠し持ったまま,その事実を申告せずに同検査場を通過しようとし,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同支署税関職員に発見されたため,これを遂げることができなかった。
(証拠の標目)省略
(事実認定の補足説明)
1
本件の争点

本件の争点は,被告人が,日本に持ち込んだ判示ボストンバッグ(以下本件バッグという。)に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識していたか,である。
2
本件に至る経緯

被告人と関係者とのやり取りに関しては,電話や面会時の会話等客観的な裏付けがないものもある。しかし,メール等の資料や被告人の公判供述のうちこれに整合するものを含む関係証拠から,本件に至る経緯は,要旨,次のとおりと認められる。(1)カナダ在住の被告人は,ナイジェリア中央銀行総裁Aを名乗る者からのメールをきっかけに,平成26年7月から4年余りにわたり,同人のほか,ナイジェリア行政府上院所属のBや英国弁護士Cを名乗る者らとの間で,メール等のやり取りを重ねていた。Aらによれば,被告人には相続財産1000万米ドルを受け取る権利があるとのことであった。しかし,被告人は,度々手数料等を支払わされるばかりで全く金銭を受け取れなかった。そのため,遅くとも平成30年頃(以下の月日は,同年のそれを指す。
)には,Aらに対し,疑念を示したり,手数料支払を拒絶
したりするようになった。
(2)被告人は,10月30日,Aから,相続財産の4割を渡してくれれば被告人の経費負担は一切なくなる旨の提案を受け,これに応じた。その後,被告人は,日本の担当者Dを名乗る者ともやり取りを重ねた末,被告人自らがカンボジアに渡航して相続財産受取に必要とされる書類を受け取ってこれに署名をし,日本へ持っていくことになった。
(3)被告人は,12月1日(以下,現地時間)
,カナダから香港経由でカンボジ
アに渡航し,同月9日,カンボジアから大韓民国経由で来日した。この渡航に関し,被告人は,航空券や宿泊先を自ら手配することも費用を負担することも全くなく,Bらからの連絡を待ち,それに基づいて行動していた。
(4)被告人は,カンボジア滞在中の同月5日,Bから,メッセンジャーアプリWhatsAppで順次,①女性秘書が日本に運んでもらう書類と品物を被告人に届けに行く旨のメッセージ,②本件バッグと思われるものの画像データ,③運搬する書類について準備が完了し,これを日本の支払所まで運んでもらう予定である旨のメッセージを受信した。その後,被告人は,WhatsAppを通じて,Bらと日本で会えることを確認したり,税関への申告書に他人から預かった荷物はないと回答するよう指示を受けたりした。
(5)被告人は,同月8日午後9時30分頃,秘書のEを名乗る女性と直接会い,相続財産受取に必要とされる十数通の書類を本件バッグに入れた状態で受け取った。その際,被告人は,本件バッグの開口部から,相続財産受取とは関係がなく,自身にとっても不要なリュックサックや女性物の衣類が入っているのを見ていた。(6)被告人は,同月9日,カンボジアの空港に到着する前後,BやDから,WhatsAppを通じ,搭乗前に本件バッグを必ず預けるようにとの指示を受け,再び,申告書に他人から預かった荷物はないと回答するよう指示された。これに対し,被告人は,疑問を示したり趣旨を確認したりすることもなく,本件バッグは預けたので心配しなくてよい旨返答した。
3
争点に対する判断

(1)本件バッグの運搬委託について

本件覚せい剤は本件バッグ内のリュックサック2個の背あて内部に縫い込ん
で隠されていたと認められ,その量も多量であること,相当額の被告人の旅費等を被告人以外の者が負担したこと,複数人が被告人に対して行動指示をしていたことなどから,本件には密輸組織が関与していると認められる。この種事案においては,運搬したものを確実に回収するため,密輸組織は,特段の事情がない限り,運搬者に対して荷物の運搬や回収に関する必要な指示をするものと認められる。イ
そして,Bは,12月5日に送信したメッセージで,被告人に対して運搬対
象を説明している。しかし,その際に送信した画像は本件バッグと思われるもののほかは航空券等しかなく,相続財産受取に関係する書類はない。そうすると,Bらは,覚せい剤を隠した本件バッグ全体を運搬対象として説明し,委託する意図であったと理解される。被告人は,このようなメッセージを見た上で,同月8日,Eから,相続財産受取に必要な書類が入れられた状態で本件バッグを受け取った。被告人は,Eから本件バッグを受け取った時点で,その理由や具体的方法の説明を受けたかどうかはともかく,関係書類のみならず,本件バッグ全体を日本に運搬し,日本到着後にこれをBら関係者に引き渡す必要があり,そのことが日本を訪れる自らの役割に含まれると認識し,その委託を引き受けたと認められる。本件バッグを機内預託荷物として預けるよう指示する同月9日のBらのメッセージ及びこれに対する被告人の反応は,Bらと被告人の関心が本件バッグにあったことを示し,ひいては,被告人が本件バッグを運搬するよう委託されていたことを裏付けるものといえる。

この点について,被告人は,本件バッグ及び書類以外の在中品はEからプレ
ゼントとしてもらったものであると供述する。しかし,本件バッグ全体が運搬対象であることを前提とした12月5日及び同月9日のメッセージと整合しない上,本件バッグの在中品が被告人にとって不要なもので贈物としてふさわしくなく,不自然であることから,その供述は信用できない。
また,被告人は,12月5日のメッセージについて特段の注意を払わなかったから,本件バッグ全体が運搬対象との認識はなかった旨供述する。しかし,その時点ではともかく,本件バッグの受取状況に照らせば,被告人は,遅くとも本件バッグ受取時点で本件バッグ全体が運搬対象であると認識していたと容易に認められる。このほか,弁護人は,Bらとの間のメッセージの英語原文の解釈について様々な主張をしているが,本件バッグの運搬委託がなされたとの認定を妨げるものではない。
(2)本件バッグに覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないとの認識について

相続財産受取の話について度々疑念を抱いたことは,被告人自身公判廷で認
めている。10月30日のAからの提案はその疑念を払拭するようなものではなく,他に疑念を完全に晴らすような事情はなかったとも認められる。そして,被告人は,本件バッグの運搬を委託された際,本件バッグやその外見上分かる在中品は相続財産受取とは無関係であり,大した価値もないと理解したと認められる。また,被告人は,Bらから,税関申告書に預かり品はない旨虚偽の回答をするよう指示を受けていた。これらの事実を認識していた被告人は,本件バッグを受け取った時点で,その中にはBら関係者が日本に秘密裏に持ち込もうとしている物が隠されているかもしれないと認識していたと認められる。そして,被告人は,Bらが被告人の渡航の準備と相当額の費用の負担をしていたことを分かっていた。そうすると,被告人は,本件バッグ受取時点で,そのようにしてまで日本に持ち込もうとする物として,覚せい剤を含む違法薬物も想定していたと推認することができる。イ
この点について,被告人は,本件バッグには相続財産受取に必要な書類が入
っており,それ以外の在中品には特段の注意を払っていなかったから,違法薬物などが隠されている可能性は全く考えなかった旨供述する。しかし,被告人は,相続財産受取の話に関し,度々疑問を抱いていた。そうすると,被告人の思考力が著しく欠けていたとはいえない。被告人が相続財産受取の話をある程度信じていた,又は信じたいという気持ちを有していたとしても,その話とは無関係な本件バッグを疑わしい相手から渡された被告人としては,その中に,必要書類とは別に,違法な物が隠されている可能性に全く思い至らなかったとは考えられない。被告人の上記供述は信用できない。
4
結論

以上によれば,被告人が,遅くとも,本件バッグを受け取った時点で,本件バッグに覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識していたことは,疑いなく認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち,覚せい剤の営利目的輸入の点は刑法60条,覚せい剤取締法41条2項,1項に,輸入してはならない貨物の輸入の未遂の点は刑法60条,関税法109条3項,1項,69条の11第1項1号にそれぞれ該当するところ,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い覚せい剤取締法違反の罪の刑(ただし,罰金刑の多額は関税法違反の罪の刑のそれによる。
)で処断することとし,情状により所定刑中
有期懲役刑及び罰金刑を選択し,その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役9年及び罰金400万円に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中160日をその懲役刑に算入し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,札幌地方検察庁で保管中の覚せい剤(同庁平成31年領第25号符号1-1,2-1,3-1,4-1,5-1,9-1,10-1,11-1,12-1,13-1)は,いずれも判示の覚せい剤取締法違反の罪に係る覚せい剤で犯人の所持するものであり,かつ,判示の関税法違反の罪に係る貨物であるから,覚せい剤取締法41条の8第1項本文及び関税法118条1項本文によりこれらを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件で運び込まれた覚せい剤の量は約3.1キログラムと多量であり,その隠匿方法等も巧妙で,本件犯行は,我が国に覚せい剤の害悪を拡散する現実的危険性の高い行為であった。組織的密輸事案として悪質な犯行といえる。被告人についてみると,運搬役という必要不可欠な役割を担った。他方で,被告人は,密輸組織の関係者から,莫大な遺産を受領できるとの話に乗せられて海外に渡航した末,未必的な故意の下で本件に加担するに至っており,その経緯は,確たる密輸の意思を持った上での犯行ほど悪質とはいえない。しかし,結局は自らの意思で犯行に及び,これを拒むことに障害や困難はなかったというべきであるから,さほど有利に酌むことはできない。
これらの犯情を踏まえ,同種事案と比較の上,被告人が知情性を否認し,反省の態度が見られないこと等も踏まえて,主文のとおりの刑の量定をした。(求刑・懲役12年及び罰金500万円,覚せい剤10袋の没収)令和元年9月2日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

駒田秀和
裁判官

山下智史
裁判官

牧野一成
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