判例検索β > 平成18年(わ)第1364号
業務上過失致死傷
事件番号平成18(わ)1364
事件名業務上過失致死傷
裁判年月日平成19年1月16日
法廷名神戸地方裁判所
裁判日:西暦2007-01-16
情報公開日2017-10-13 01:39:05
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主文
被告人を禁錮2年に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は,平成17年3月15日午後10時35分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,兵庫県a市bc丁目d番e号先の信号機により交通整理の行われている交差点を青色信号に従って北方から西方に向かい右折進行するに当たり,対向直進してくるA(当時31歳)の運転する自動二輪車をあらかじめ認めていたのであるから,同車の動静を注視し,同車との距離及びその安全を確認しながら右折進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,同車の動静を十分注視せず,同車との距離及びその安全を十分確認しないまま,同車が交差点に到達する前に自車の右折が完了すると軽信し,漫然と時速約10キロメートルで右折進行した過失により,折から対向直進してきた前記自動二輪車の前部に自車の左側面部を衝突させて前記Aを前記自動二輪車もろとも転倒させ,よって,同人に喉頭損傷等の傷害を負わせ,同月16日午前零時13分ころ,大阪府f市gh丁目i番jのBにおいて,同人を前記傷害により死亡させるとともに,自車に同乗していたC(当時38歳)に頭蓋底骨折の傷害を負わせ,同日午前1時30分ころ,k市l区mn丁目o番p号のDにおいて,同人を前記傷害により死亡させたほか,同じく自車に同乗していたE(当時67歳)に加療約2か月間を要する骨盤骨折等の傷害を負わせた。
(補足説明)
1
弁護人は,対向車線を直進してきたAが運転する自動二輪車(以下本件二輪車という。)は,制限速度を大幅に超過した速度で走行していたものであり,いわゆる信頼の原則により,被告人は本件二輪車がそのような高速度で進行して
-1-

くることを予見する義務はないから,被告人には過失がなく,被告人は無罪である旨主張するので,被告人に判示の過失があると認定した理由について補足して説明する。
2
まず,本件事故当時の本件二輪車の速度(本件事故の直前に急制動をかけた時
点の速度をいう。以下同じ。)について,科学捜査研究所技術吏員F作成の鑑定書は時速およそ70から85キロメートル前後,G作成の解析書は時速80キロメートルから93キロメートル程度,H作成の鑑定書は時速69.8キロメートル程度としており,それぞれ鑑定結果が異なっている。
この点,F鑑定書には,①衝突後の本件二輪車と被告人運転車両の移動により消費された運動エネルギー量が考慮されていないこと,②本件自動車と被告人運転車両が直角の位置関係で衝突したことを前提に計算しており,衝突による両車両の変形に作用した被告人運転車両の運動エネルギー量が考慮されていない等の問題点があり,G解析書には,①F鑑定書についての②と同様の問題点があるほか,②衝突前の被告人運転車両の速度や,衝突後の被告人運転車両の移動によって消費された運動エネルギー量について十分な根拠がない等の問題点がある。また,H鑑定書は,G解析書を批判的に検討した鑑定書であって,G解析書の前提条件を一部取り入れているため,G解析書についての②と同様の問題点があり,作成者自身も,鑑定書の中で,衝突や衝突後の両車両の移動により消費された運動エネルギー量を正確に解析することはできないとしているのであるから,同鑑定書にもやはり問題点があるというべきである。
このように,前記の各鑑定結果にはいずれも問題点があるから,本件事故当時の本件二輪車の速度を直ちにいずれかの鑑定結果どおりと認めることはできない。しかし,①衝突後の両車両の移動距離は短いから,これを考慮しないとしても,本件事故当時の本件二輪車の速度が低く計算される程度は大きくないといえること,②衝突前の被告人運転車両の速度は,被告人の供述によれば時速約10キロメートル程度と高くない上(なお,G解析書やH鑑定書はこれより高い速度であ
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ったとしているが,その根拠は十分でないというべきである。),本件二輪車とは角度をもって衝突しているのであるから,これを考慮しないとしても,本件事故当時の本件二輪車の速度が高く計算される程度は大きくないといえること,しかもこの①②は本件二輪車の速度にとっては相互に打ち消し合う性質のものであることからすれば,本件事故当時の本件二輪車の速度は,F鑑定書の鑑定結果である時速70から85キロメートルに近接した速度であったとみて差し支えないというべきである。
なお,被告人は,被告人が本件二輪車を発見したときの同車両の位置について,その際の被告人運転車両の位置から約139.3メートル離れた位置であったと説明しているが,これは被告人の主観によるものである上,この両車両の位置を前提とすると,本件事故当時の本件二輪車の速度は時速約144キロメートルということになってしまい,それ自体明らかに過大である上,前記の各鑑定結果とも著しくかけ離れていることからすれば,前記の説明は被告人の誤解によるものであることが明らかであって,この説明は,本件事故当時の本件二輪車の速度についての前記認定を左右するものではない。
3
以上によれば,本件道路の制限速度は時速50キロメートルであるから,本件
事故当時の本件二輪車の速度は制限速度を時速20キロメートルから35キロメートル程度は超過していた可能性があることになるが,本件においては,直進車である本件二輪車が右折車である被告人運転車両に優先すること,当時は交通量が比較的閑散な夜間であったことなどからすれば,本件二輪車にこの程度の速度超過があったからといって,信頼の原則が適用され,被告人に本件二輪車がそのような速度で進行してくることを予見する義務がないということにはならないというべきであって,本件二輪車の速度超過は,同車の運転者の落ち度として考慮すべきものにとどまるというべきである。
4
したがって,弁護人の主張には理由がなく,被告人に判示の過失があったこと
は優に認められる。

-3-

(量刑の理由)
1
本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転して交差点で右折する際,対向車線
を直進してきた自動二輪車との安全確認を尽くさなかった過失により,その自動二輪車に自車を衝突させ,自動二輪車の運転者及び自車の同乗者の二名を死亡させ,もう一名の自車の同乗者に傷害を負わせたという業務上過失致死傷の事案である。
2
被告人は,右折の際の対向車線の安全確認という自動車運転者としての基本的
な注意義務を怠っている上,右折の方法も適切ではなかったことに照らすと,その過失は小さくなく,生じた結果も,二名の死亡と一名の負傷という取り返しのつかない重大なものである。死亡被害者のうち自動二輪車を運転していた当時31歳の青年は,多様な経験や資格取得を積み重ねながら技術者として働き,結婚も予定していた最中,突如としてその人生を絶たれることになったものであり,その無念はもちろんのこと,被害者の父母が公判廷において,あるいはその調書において,かけがえのない家族を失った癒えることのない悲しみ,苦しみ,喪失感,そして絶望感を切々と述べているように,両名や被害者の婚約者ら,遺族らの受けた精神的苦痛の大きさは言葉に尽くし難いものがある。しかし,いまだ被告人と遺族らとの間には示談が成立しておらず,その被害感情は厳しい。死亡被害者のうちのもう一人は当時38歳の被告人の娘であるが,楽しいはずの家族での外出中に被告人の不注意な運転により一瞬にしてその前途ある将来を絶たれたのであって,その無念は察するに余りあるし,傷害被害者は被告人の妻であるが,娘を失った上に自らも入院を含む加療約2か月間を要する重傷を負ったその心身の苦痛も見過ごすことができない。
これらのことからすれば,被告人の刑事責任は決して軽いものではない。3
しかし,他方,本件事故は,飲酒運転や暴走行為などの無謀運転によるもので
はない上,前記のとおり,本件事故の際,前記自動二輪車は,衝突の直前に急制
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動をかけた時点において制限速度を時速35キロメートル程度上回る速度で進行していた可能性があり,これを運転していた死亡被害者には少なからず落ち度があるというべきである。そして,被告人は,捜査段階から自己の運転に不注意な点があったことを一貫して認め,被害者らを死亡させたことについて深い反省と謝罪の態度を示し,今後も前記自動二輪車の運転者の遺族らの慰藉に努める旨述べている。前記のとおり,いまだ遺族らとの間に示談は成立していないが,被告人運転車両に付されていた対人賠償無制限の任意保険によって相当額の損害賠償がされることが見込まれる。また,被告人運転車両に同乗していた死亡被害者及び傷害被害者はいずれも被告人の家族であり,死亡被害者の遺族でもある傷害被害者は被告人の処罰を望んでおらず,被告人の今後の監督を誓約している。このほか,被告人には,今後二度と自動車を運転しない旨誓っていること,前科前歴がなく,これまでまじめに稼働して生活してきたこと,70歳と高齢であることなどの有利な事情も認められる。
4
そこで,本件は重大な結果を引き起こした事案ではあるものの,前記のような
被告人のために酌むべき事情を十分に考慮すれば,被告人に対しては,主文の刑を科した上で,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。(求刑―禁錮2年)
平成19年1月16日
神戸地方裁判所第2刑事部

裁判官岩
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崎邦生
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