判例検索β > 平成18年(わ)第1191号
危険運転致死傷(予備的訴因業務上過失致死)、道路交通法違反
事件番号平成18(わ)1191
事件名危険運転致死傷(予備的訴因業務上過失致死)、道路交通法違反
裁判年月日平成20年1月8日
法廷名福岡地方裁判所
裁判日:西暦2008-01-08
情報公開日2017-10-13 01:38:00
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危険運転致死傷(予備的訴因

業務上過失致死傷,道路交通法違反)
,道路交通法

違反被告事件
主文
被告人を懲役7年6月に処する
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1

被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,福岡市a区大字bc番地のd先のA橋上の道路をe方面からf方面へ向けて進行するに当たり,前方を注視して進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然と進行方向の右側を脇見しながら時速約100キロメートルで進行した過失により,折から,進路前方を走行中のB(当時33歳)運転の普通乗用自動車を間近に迫って初めて発見し,
急制動の措置を講じるとともにハンドルを右に急転把したが及ばず,同車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,B運転車両を左前方に逸走させてA橋から海中に転落,水没させ,よって,同月26日午前零時4分ころ,
同区gh丁目h番i号所在のC病院において,
同車同乗者D当時3歳)

を,同日午前零時33分ころ,同区jk丁目l番l号所在のE病院において,同車同乗者F(当時1歳)を,同日午前2時25分ころ,上記E病院において,同車同乗者G(当時4歳)をそれぞれ溺水により死亡させたほか,上記Bに加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害を,同車同乗者H(当時29歳)に加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせた。

第2

被告人は,酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成18年8月25日午後10時48分ころ,第1記載のA橋上の道路において,普通乗用自動車を運転した。
第3

被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,第1記載のA橋上の道路において,同記載のとおり,普通乗用自動車を運転中にDらを死傷させる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。
(証拠の標目)

省略

(判示第1及び第2に関する補足説明)
第1

争点
判示第1及び第2の主位的訴因(平成19年2月15日付け訴因変更許可決定後のもの)は,
被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,福岡市a区大字bc番地のd先のA橋上の道路において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通乗用自動車を時速約100キロメートルで走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,前方を走行中のB(当時33年)運転の普通乗用自動車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,上記B運転車両を左前方に逸走させて上記A橋から海中に転落・水没させ,よって,同月26日午前零時4分ころ,同区gh丁目h番i号C病院において,上記B運転車両同乗者D(当時3年)を,同日午前零時33分ころ,同区jk丁目l番l号E病院において,同車同乗者F(当時1年)を,同日午前2時25分ころ,上記E病院において,同車同乗者G(当時4年)をそれぞれ溺水により死亡させたほか,上記Bに加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害を,同車同乗者H(当時29年)に加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせたというものであり,検察官は,被告人には危険運転致死傷罪が成立すると主張する。これに対して,弁護人は,同罪の成立を争い,被告人には業務上過失致死傷罪が成立するに過ぎない旨主張している。
したがって,本件の争点は,危険運転致死傷罪の成否である。

第2

前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
1
被告人は,平成18年8月当時は,肩書住所地の自宅で両親と共に生活しながら,Iに勤務していた。被告人は,通勤に際しては,父親所有名義の普通乗用自動車トヨタクラウンマジェスタ(以下マジェスタという。を運転し,)
福岡市a区大字bc番地のd先のA橋上の道路を通ってIに通っていた。
2
被告人は,同月25日(以下,平成18年8月25日については日付けを記載しないこともある。
)は,午前7時ころに自宅を出て,マジェスタを運転し
てIに出勤し,午後5時ころに勤務を終えてから,マジェスタを運転して午後6時ころに帰宅した。そして,そのころから午後7時ころまでの間,父親と一緒にふぐ鍋を食べながら,350ミリリットルの缶ビール1本と焼酎をロックで3杯(焼酎の量は約180ミリリットル)飲んだ。

3
その後,被告人は,翌日が土曜日で仕事が休みであったことから,友人のJとKを誘って飲みに行くことにし,
自宅に来た2人と一緒にタクシーに乗って,
同区mk丁目n番o号所在の居酒屋Lに行き,午後7時45分ころから午後9時20分ころまで,焼酎をロックで五,六杯(焼酎の量は約300ないし360ミリリットル)飲んだ。

4
被告人,J及びKは,
Lを出た後,同区pq丁目k番r号所在のスナッ
クMに行くことにしたが,被告人は,
Mで飲んだ後,マジェスタを運
転して同市s区tにある公園に行き,若い女性に声を掛ける,いわゆるナンパをしようと思ったことから,J及びKと一緒にタクシーに乗り,マジェスタを駐車していた,被告人の自宅近くの駐車場に赴いた。そして,被告人は,J及びKを同乗させたマジェスタを運転してM前の駐車場まで行き,同所にマジェスタを駐車させてからMに入った。被告人は,午後9時35分ころから午後10時35分過ぎころまで,
Mでブランデーの薄い水割りを数
杯飲んだが,終電が終わると繁華街に女性がいなくなってしまいナンパができなくなると思って,
Mを出ることにした。そのころ,被告人は,Kと2人
でナンパに行くつもりだったので,Kにその旨の話をして了解を得た。5
被告人は,
Mを出ると,前の駐車場に停めていたマジェスタの運転席に
乗り込み,Jを助手席,Kを後部座席に乗せて午後10時40分ころマジェスタを発進させ,住宅街を走行してJの家の近くの道路でマジェスタを停め,Jを降ろした。その後,被告人は,Kをマジェスタの助手席に乗せて再びマジェスタを発進,走行させ,同市a区uh丁目v番k号先のN交差点(以下本件交差点という。)を左折し,上記A橋に向かった。

6
そして,被告人は,午後10時48分ころ,マジェスタを運転し,A橋上の道路をe方面からf方面へ向けて進行中,A橋のほぼ中央(A橋のe側の橋梁取付部から約392メートルの地点)付近において,折から,進路前方を走行中のB運転の普通乗用自動車トヨタランドクルーザープラド(以下ランドクルーザーという。)に追突する交通事故(以下本件事故という。
)を起
こし,その衝撃により,ランドクルーザーを左前方に逸走させてA橋から海中に転落,水没させ,その結果,ランドクルーザーに乗車していたB及びH夫妻の子であるG(当時4歳)
,D(当時3歳)及びF(当時1歳)の3名をいず
れも溺水により死亡させ,B(当時33歳)及びH(当時29歳)にそれぞれ加療約3週間を要する判示傷害を負わせた。

第3
1
危険運転致死傷罪の成否についての当裁判所の判断
総論
刑法208条の2第1項前段平成19年法律第54号による改正前のもの。(
以下,同じ。
)は,
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ,よって,人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し,人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処すると規定している。ところで,この危険運転致死傷罪は,その立法の経緯によれば,故意に危険な自動車の運転行為を行い,その結果人を死傷させた者を,その行為の実質的危険性に照らし,暴行により人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであって,過失により人を死傷させた場合よりも相当に重い法定刑が定められている。したがって,刑法208条の2第1項前段の危険運転致死傷罪が成立するためには,単にアルコール又は薬物を摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でないことはもちろん,ここで言う正常な運転が困難な状態とは,アルコール又は薬物を摂取しているために正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず,現実に,道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあることを必要とすると解すべきであって,検察官もこの解釈を前提にしていると理解される(論告19頁参照)。
そして,本件において,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態でマジェスタを運転,走行させたと認めることができるかどうかを判断するに当たっては,本件事故の態様,事故前の被告人の運転状況,被告人の飲酒量及び酩酊状況,事故直後の被告人の言動,飲酒検知時の被告人の言動並びに被告人の呼気及び血中アルコール濃度などを総合的に考慮する必要があると解される。以下,順次検討する。
2
本件事故の態様


被告人が本件事故直前に衝突回避措置を講じたことについて
マジェスタ及びランドクルーザーの各衝突痕跡及びその符合状況によれば,本件事故は,ランドクルーザーの右後部にマジェスタの左前部が潜り込む形で発生したことが明らかである。また,両車両の初期衝突部位の通常時における高低差を考えると,マジェスタが制動をかけて車両前部を沈ませるノーズダイブ現象を起こしていたことが認められる。さらに,本件事故現場にマジェスタのタイヤ痕が残されていたことをも併せ考えると,被告人が本件事故直前に急制動の措置を講じた事実を優に認めることができる。次に,路面に残されたマジェスタのタイヤ痕の状況に加えて,マジェスタの車内には,被告人及びKが衝突時にそれぞれ左前方に移動し着衣を擦過した痕跡があることや,衝突直後ABSソレノイドリレー回路が断線した0.2秒後に記録されたフリーズフレームデータによれば,この時点でマジェスタは,左方向に0.307Gの重力加速度がかかった状態,すなわち右旋回中であったと認められることからすると,被告人は,上記のとおり,急制動の措置を講じるとともに,ハンドルを右に急転把した事実を認めることができる。
もっとも,
マジェスタの右前輪のタイヤ痕と道路中央線との角度が2.
8度にすぎないことや,マジェスタの衝突痕跡に照らしてみると,マジェスタがほぼ正面の方向からランドクルーザーに衝突した可能性もないわけではないが,被告人がハンドルを右に急転把してから,実際にマジェスタが右方向に動くまでには時間差があることOの証人尋問調書311項,

312項)
からすると,その可能性は上記判断を左右する事情とは言えない。これらの事実に照らしてみると,被告人は,本件事故直前に前方を走行していたランドクルーザーに気付き,急制動の措置を講じるとともにハンドルを右に急転把するという衝突回避措置を講じたが及ばず,ランドクルーザーの右後部にマジェスタの左前部を衝突させたことが認められる。


マジェスタ及びランドクルーザーの速度について
工学博士であるOは,本件事故の態様,衝突形態並びにマジェスタ及びランドクルーザーの速度等について,検察官から鑑定の嘱託を受けて鑑定を実施しているところ,Oの鑑定書(甲84)及び公判供述(以下,合わせてO鑑定という。)によれば,スリップ痕印象前のマジェスタの走行速度v0
は時速約100.4キロメートル(約27.9m/s)であり,被告人が急制動の措置を講じた結果,衝突直前のマジェスタの速度v1は時速約97.6キロメートル(約27.1m/s)
,この時のランドクルーザーの速度v2は少
なくとも時速約35.1キロメートル(約9.7m/s)であるとされている。O鑑定が前提としているマジェスタのバリア換算速度有効衝突速度)e1(

=8.96m/s(約32.3km/h)という数値は,バリア換算表に基づいて算出されたものである上,弁護人の嘱託を受けて同様の鑑定を行ったP(技術士)及びQ(工学博士)が前提とする有効衝突速度の枠内にあることからすれば,合理性が認められる。また,O鑑定は,マジェスタのフリーズフレームデータに記録された速度Vから,ABSソレノイドリレー回路の断線時のマジェスタの速度VC0を逆算し,さらに,マジェスタがランドクルーザーと衝突後一体となって走行した時の速度VCを逆算し,マジェスタの衝突直前の速度v1=V

e1

+VCを求めた上で,スリップ痕印象前のマジェスタ

の走行速度v0を算出しているところ,その計算過程は,マジェスタのタイヤ痕に基づいて具体的に説明されている上,その中で用いられている摩擦係数等の数値にもそれなりの根拠が示されており,特に不合理な点はない。もっとも,Qは,O鑑定が用いた摩擦係数が間違いである旨指摘する(Qの証人尋問調書44項ないし49項)が,スリップ痕印象前のマジェスタの走行速度v0が時速約100.4キロメートルであるというO鑑定の結論は,Qのした鑑定の結論とも矛盾していないことに照らすと,Qの上記指摘はO鑑定の信用性を左右するものとは言えない。
以上によれば,本件事故直前のマジェスタの走行速度は時速約100キロメートルであったと認めるのが相当である。そうすると,時速80ないし90キロメートルで走行していた旨述べる被告人の公判供述をたやすく信用することはできない。
次に,O鑑定は,エネルギー保存則を適用して衝突直前のランドクルーザーの速度v2が少なくとも時速約35.1キロメートルであるとしているところ,その説明には合理性が認められる。もっとも,O鑑定は,衝突直前のランドクルーザーの速度を具体的に特定していないので,この点について更に検討すると,Pは,O鑑定の数値VC(=18.1m/s)及びv1(=27.1m/s)を前提に,運動量保存則を適用して衝突直前のランドクルーザーの速度v2は時速約38キロメートルであったと算定している(Pの証人尋問調書143項,意見書・弁99)
。また,Qは,同人の鑑定書(弁10
3)において,運動量保存則を適用した上で,エアバッグの展開速度が時速30キロメートル,マジェスタの制動開始直前速度が時速100キロメートル,同衝突速度が時速96キロメートル,ランドクルーザーの衝突速度が時速40キロメートル,衝突直後の両者の共通速度が時速66キロメートルであったという結果を示している。
他方,Bは,A橋のe側のたもとでランドクルーザーの速度が時速約50キロメートルであることを確認した旨供述している(Bの証人尋問調書37項,38項)ところ,同所から本件事故現場までは最大3パーセントの上り勾配が続いていることからすれば,その後,ランドクルーザーが自然に減速することも十分に考えられる。
これらの事情を総合すると,本件事故直前のランドクルーザーの走行速度は時速約40キロメートルであったと認めるのが相当である。


被告人がランドクルーザーに気付いた時期及び地点について
Oの公判供述によれば,マジェスタの制動がかかり始めてから衝突までに要する時間(t)は,v0-v1=μ(摩擦係数)×g(重力加速度)×t
(時間)の数式により算出可能であり,摩擦係数をμ=0.85とした場合,約0.096秒となる(Oの証人尋問調書43項ないし51項。なお,事故直前のマジェスタの走行速度を時速約100キロメートルとした場合,O鑑定と同じ結論にはならないが,本件事故当時のマジェスタ及びランドクルーザーの走行状態を厳密に確定することはできないので,以下,概括的なものとして検討する。。もっとも,本件事故現場はアスファルト舗装道路であ)
り,本件事故当時路面が乾燥していたことからすると,摩擦係数は0.7程度に下がる可能性があり,その場合には上記時間は約0.117秒とより長くなる。
また,O鑑定によれば,マジェスタの制動がかかり始めた地点からマジェスタとランドクルーザーとの衝突地点までの距離は約2.8メートルと認められる。
次に,被告人がランドクルーザーを発見してからマジェスタの制動がかかり始めるまでの時間いわゆる空走時間)

について,
一般的な数値である0.
75秒を採用した場合,空走距離は約20.9メートル(27.9m/s×0.75秒)となる。なお,被告人が当時飲酒した後であったことを考えると,空走時間が0.75秒よりも長くなることはあっても,それよりも短くなることはないと言える。
これらの事情に照らすと,被告人がランドクルーザーに気付いた時期は,遅くとも,衝突した時から約0.846(0.096+0.75)秒以上前であり,その地点は,少なくとも衝突地点から23.7(2.8+20.9)メートル以上手前であったと言える。
しかしながら,関係証拠に基づいて検討しても,被告人がランドクルーザーに気付いた時期及び地点をこれ以上特定することはできないから,結局,被告人は,進路前方を走行中のランドクルーザーを間近に迫って初めて発見したと認めるほかない。


脇見の有無について

ところで,検察官は,被告人が,見通しの良い直線道路で少なくとも約231メートル手前からランドクルーザーの後部を視認できたにもかかわらず,その約12メートル手前に至るまでその存在にすら気付かず,その原因について自ら説明することができないことからすれば,被告人において,何らかの原因により,本件事故直前までの自車の運行状況を具体的に認識し得るような心身の状態ではなかったと優に認められるから,この事実だけを見ても被告人が正常な運転が困難な状態にあったことに疑いの余地はないと主張する。
しかしながら,検察官が主張する約231メートルという距離は,衝突地点に仮想ランドクルーザーを停車させた上,被告人が乗った仮想マジェスタをe方面から衝突地点に向けて低速で進行させたところ,衝突地点の手前231.4メートルに至った地点において,被告人が前の方に後ろのランプが二つ見えると指示説明したという実況見分の結果(甲40)に基づくものであって,この結果をそのまま本件事故直前における被告人の視認可能距離とみることができないことは明らかである。また,検察官が主張する約12メートルという車間距離も,ランドクルーザーの速度を時速約50キロメートルとして計算している点でそのまま採用することができない。
そうだとしても,被告人の公判供述を含む関係証拠によれば,A橋上の道路は,e側の橋梁取付部から五,六十メートル続く緩やかな左カーブを過ぎてからは直線道路となっていて,最大3パーセントの上り勾配が続くものの,進路前方に対する見通しは良いことからすれば,被告人が普通に前を見て運転していれば,進路前方を走行していたランドクルーザーを間近に迫って初めて発見することはなかったと考えられる。

この点について,被告人は,公判において,A橋に入って五,六十メートルの緩やかな左カーブが終わって直線道路に入った辺りから,自然に右側の景色を眺める感じで脇見を始め,その後前を振り向くと突然目の前にランドクルーザーが現れた旨供述し(被告人供述調書212項ないし226項。以下被告人の脇見供述という。,ランドクルーザーを間近に)
迫るまで発見できなかった原因は,漫然と進行方向の右側を脇見しながら進行したことにあると説明している。
被告人の脇見供述は,これまで検討してきた本件事故の態様と整合しているというだけでなく,本件交差点からA橋に至るまでの道路状況,すなわち進行方向の右側は,当初,フェンスなどで視界を遮られて景色が見えないものの,A橋にさしかかる辺りから視界が開けて博多湾等の景色を見渡せるようになるという道路状況に照らしても,不自然でない上,逮捕当初から一貫したものとなっている。ウ
これに対して,検察官は,①被告人は,直近に至るまでランドクルーザーに気付かなかった原因について,平成18年9月8日の実況見分時には分からないなどと説明するだけで,脇見をしていたという具体的な説明はしなかった旨,②被告人は,捜査段階当初の自首調書(乙2)では,左方向にいる助手席のKと会話をしていたことが本件事故の原因であるなどと,被告人の脇見供述とは矛盾する供述をしており,不自然,不合理極まりない旨,③被告人の供述は捜査段階から著しく変遷している旨,④被告人の脇見供述は極めてあいまいであり,不自然かつ不合理である旨主張する。
しかしながら,まず,①の点について言えば,そもそも実況見分は取調べではない上,検察官指摘の実況見分は,被告人を立会人として仮想マジェスタの運転席から仮想ランドクルーザーの視認状況を見分するために実施されたものであって,立会人の供述は指示説明に必要な限度で行われることをも併せ考えると,この時被告人が脇見をしていたという具体的な説明をしなかったからといって,被告人の脇見供述の信用性が失われるとは言えない。次に,②の点について言えば,被告人の平成18年9月15日付け検察官調書(乙26)には,自首した時に警察官に説明した内容について,

たしかにKとの会話に気を取られて前を見ていなかったと刑事さんにお話ししました。しかし,私としては脇見をしていたことも最初から言っていたと思います

という記載があるのみならず,被告人の同月7日付け警察官調書(乙13)にも今回の事故の原因について,最初の取調べで脇見して前をよく見ていなかったと言っていましたという記載があることからすると,被告人の脇見供述は自首した時から一貫したものであったと認められる。また,③の点について言えば,検察官は,被告人の供述が変遷している根拠として,被告人が警察官に対して,
今回の事故原因について,はっきりした原因は分からないが,酒に酔っていたことが最大の原因であることは間違いないという供述をしていたこと(乙13)や,
最初は何かに脇見していたかもしれないが,一つの物を見続けて事故を起こした記憶はないので,酒の影響でぼんやりして,遠くの風景を意味もなく眺め,目を開けていても,漠然と目を開けているだけの状態だったと思うという供述をしていたこと(乙21)を指摘するが,飲酒の影響があったことと脇見をしたこととは必ずしも矛盾する事情ではない上,被告人自身も,公判において,本件事故はお酒を飲んでいたことも原因だと思いますと述べていること(被告人供述調書1075項)からすれば,被告人の供述に変遷があるとは言えない。さらに,④の点について言えば,検察官は,被告人が,脇見をしたことについて

特に理由はありません。癖かもしれません

などと供述し,脇見の態様についても分かりません(再現は)できないです」と供述していること,さらに,「ずうっと(右側を)見てたという認識も私にはありませんと供述している点を指摘するが,脇見をするのは注意力が散漫な状態になっていることにほかならないから,被告人が脇見した理由やその状況を具体的に説明できなかったとしても,そのことが不自然,不合理であるとまでは言えない。また,被告人は,脇見の態様については,検察官からの質問に対して,真横ではなく自然に見る感じで見ていたこと,前方が視界に入っていなかったことを被告人なりに説明していることからすれば,検察官の主張は失当であると言わざるを得ない。

以上によれば,被告人の脇見供述は基本的に信用性を認めることができるから,被告人がランドクルーザーを間近に迫るまで発見できなかった原因は,被告人が漫然と進行方向の右側を脇見したことにあったと認めるのが相当である。そうすると,被告人がランドクルーザーを間近に迫るまで気付かなかったことについて説明できないことを前提に,被告人が正常な運転が困難な状態であったとする検察官の主張は前提を誤ったものと言わざるを得ない。
3
本件事故前の被告人の運転状況


M前の駐車場から本件交差点に至るまでの運転状況について

被告人の供述を含む関係証拠によれば,被告人がM前の駐車場から本件交差点までマジェスタを運転した経路は,次のとおりである。すなわち,被告人は,M」前の駐車場を発進後,片側二車線の県道R線に出て,これを左折した後,福岡市a区pq丁目k番w号所在のS前の信号交差点を右折して中央線のない車道全幅員約7.3メートルの道路に入り,約100メートル先の同区px丁目y番z号所在のT先の三差路を左折して中央線のない車道全幅員約5.8メートルの道路を道なりに進行し,その後中央線のない車道全幅員約4.6メートルの右カーブを通り抜け,さらに住宅街の中の左カーブを通って同区pk丁目α番β号所在のU医院前のV交差点を直進して中央線のない車道全幅員約4.9メートルの道路を進行し,その後同区γl丁目δ番ε号所在のW方先交差点を直進して中央破線のある車道全幅員約7.5メートルの道路に入り,約600メートル先の同区bk丁目k番ζ号所在のX前の交差点を右折して車道幅員約3.3メートルの脇道に入り,次いで,約100メートル先の同区bk丁目k番η号所在のY方前の三差路を左折して車道幅員約4.4メートルの道路を進行し,さらに,約200メートル先の同区bk丁目θ番l号所在のZ方前の交差点を直進して車道幅員約2.7メートルの道路を進行し,約300メートル先の同区ul丁目α番o号所在の丙医院前の丁交差点の三差路を右折して,中央線のある車道全幅員約6.8メートルの主要地方道戊線を通って本件交差点に至った。その間の距離は約3.5キロメートルである。イこのように,被告人は,「M前の駐車場から本件交差点までマジェス
タを運転するに当たっては,左右に湾曲した道路を道なりに走行させ,その途中に点在している交差点を左折し,あるいは右折し,更には直進通過することを繰り返していたというだけでなく,住宅街の中にある車道幅員約2.7メートルの道路においても,車幅1.79メートルのマジェスタを運転,走行させている。
さらに,上記経路を昼と夜にそれぞれ自動車で走行し,その際,助手席からフロントガラス越しに進路前方を撮影したビデオテープの映像(弁31)を見ると,上記経路中,上記W方先交差点から主要地方道戊線に出るまでには,住宅街の中を通り抜ける区間があるところ,同区間では,道路が微妙に湾曲している上,道幅は狭く,しかも,左右に住宅が迫っているというだけでなく,道路脇には電柱が設置されている箇所もあり,特に,夜間は,街灯はあっても薄暗く,同区間を通行する自動車運転者は前照灯を頼りに進路前方を注意深く確認しながら進行する必要があると認められる。そして,被告人は,本件事故直前,このような状況にある同区間をマジェスタを運転して走行させたというだけでなく,その間,接触事故等を起こした形跡は一切存在しない。
これらの事情に照らしてみると,少なくともM前の駐車場から本件交差点に至るまでの間,被告人が,実際に,道路及び交通の状況等に応じて,
マジェスタの運転操作を行っていたことは明らかであるなお,

Kは,
M前の駐車場から本件交差点に至る経路について,一部被告人と異なる供述をしているが,上記W方先交差点からの経路については被告人と一致する供述をしているから,Kの供述が上記判断を左右するものでないことは明らかである。。このことは,被告人が本件事故当時にも正常な運)
転が困難な状態ではなかったことを強く推認させる有力な事実と言えるのであって,これを結果論にすぎないとする検察官の主張は説得力に乏しいと言わざるを得ない。


本件交差点における左折状況についてア

被告人及びKの各供述を含む関係証拠によれば,被告人は,マジェスタを運転して前記丁交差点の三差路を右折した後,最高速度が40キロメートル毎時と指定されていた主要地方道戊線に入り,時速五,六十キロメートルの速度でマジェスタを走行させ,その後減速して本件交差点を左折したことが認められる。


ところで,検察官は,証人己の公判供述に基づき,被告人は,本件交差点において,右折用車線に停車していた己運転の自動車に衝突しそうになるほど急接近した後に,右に大きく膨らみながら大回りして左折した旨主張する。
しかしながら,己の供述内容は,本件事故発生とほぼ同じ時間帯に,マジェスタとよく似た車両が本件交差点を左折した状況を目撃したというだけであって,同車両のナンバープレートを確認したわけではなく,目撃した車両が被告人運転のマジェスタであったと断定しているものでもない。そして,己が,目撃した車両の特徴として指摘している車両後部の熱線の状況や窓枠の状況等が他の車両と比べてどれほど特異なものなのか不明である上,仮に己が目撃した車両がマジェスタと同型車であったとしても,そのような車両が相当数存在する可能性も否定できない。さらに,己は,目撃時刻についてたぶん午後10時50分前後じゃなかったかと思いますと供述しているところ,本件事故の発生時刻は午後10時48分ころであること,本件事故を目撃した庚は,事故直後にe方面からf方面に向けて二,三台の車両が通過して行った旨供述していることに照らすと,被告人運転のマジェスタが本件交差点を左折した直後に,己が本件交差点で信号待ちのために停車し,その後己が目撃した車両が己の供述するような方法で本件交差点を左折して行った可能性も否定できない。なお,己は,目撃した翌日のテレビ報道でマジェスタを見たとき,第一印象で昨日の車だと思った旨供述しているが,
同型車が相当数存在する可能性がある以上,決定的とは言えない。そうすると,被告人運転のマジェスタが,本件交差点において,右折用車線に停車していた己運転の自動車に衝突しそうになるほど急接近した後に,右に大きく膨らみながら大回りして左折して行ったとの事実を認めることはできず,検察官の主張は採用できない。


本件交差点左折後の運転状況について

Kは,捜査段階で検察官に対して,被告人が本件交差点を左折後マジェスタの速度を時速80ないし100キロメートルに加速させたので,いつもこんなに飛ばすんですかと聞くと,被告人はいいや,飛ばさんと答えた旨,その後被告人との会話が途切れ,その10秒後に本件事故が発生した旨供述している(甲56)

これに対して,被告人は,公判において,Kと上記会話をしたことはない旨供述しているが,Kは,公判においても一貫して同様の供述をしており,この点に関するKの供述の信用性を疑う余地はない。また,被告人とKの会話が途切れたこと及び会話が途切れてから約10秒後に本件事故が発生したことについても,被告人は,公判において,これを否定する趣旨の供述をしているだけでなく,Kも,公判では,その後も会話が続いていたかもしれないとか,会話が途切れてから約7秒後に本件事故が発生したなどと供述を変遷させるに至っているが,Kは,被告人と親しい関係にあって,被告人の面前では被告人に不利な供述を避けようとする傾向が認められる上,
捜査段階での記憶の方が鮮明であることを自ら認めていること,
また,捜査段階では取調べに当たった検察官に時計で10秒計ってもらって確認した上で供述していることに照らすと,Kの捜査段階での供述こそが信用に値すると言うべきである。
これによれば,被告人は,本件交差点を左折した後マジェスタを時速80ないし100キロメートルに加速させ,Kがいつもこんなに飛ばすんですかと聞くと,いいや,飛ばさんと答えたこと,その後被告人と
Kの会話が途切れ,約10秒後に本件事故が発生したことを認めることができる。
そして,既に認定したように,本件事故直前のマジェスタの走行速度は時速約100キロメートル(27.8m/s)であるから,被告人とKの会話が途切れた約10秒間のマジェスタの速度は最高でも時速約100キロメートルであったと考えられる。したがって,被告人とKの会話が途切れた地点は,本件事故現場から約278メートル以内の地点であったと考えられる。

他方,被告人の脇見供述によれば,被告人は,e方面からA橋に入って五,六十メートルの緩やかな左カーブが終わって直線道路に入った辺りから,自然に右側の方の景色を眺める感じで脇見を始め,進路前方を走行中のランドクルーザーが間近に迫るまで脇見を続けていたというところ,本件事故現場は,A橋のe側の橋梁取付部から約392メートルの地点であるから,被告人が脇見を開始した地点は,本件事故現場から約332ないし342メートル手前の地点ということになる。ただ,被告人が脇見を開始した地点は,あくまでも被告人の公判供述によるものであって,関係証拠によっても正確な地点を認定することができないので,以下,その時間や距離はあくまでも概括的なものとして検討する。


以上によれば,被告人は,本件交差点を左折した後マジェスタの速度を時速80ないし100キロメートルに加速させ,本件事故現場から約332ないし342メートル手前の地点で脇見を開始し,その後,Kとの間でいつもこんなに飛ばすんですか
いいや,飛ばさんというやり取り
を最後に会話が途切れ,マジェスタの速度が時速約100キロメートルで走行中に,進路前方を走行中のランドクルーザーを間近に迫って初めて発見するまで脇見を継続し,会話が途切れてから約10秒後に本件事故を惹起したということになる。そして,既に検討したように,被告人がランドクルーザーに気付いた地点は少なくとも衝突地点から23.7メートル以上手前であったと言えることからすると,
被告人は,
最大で318.(3
3
42-23.7)メートル脇見を継続した可能性がある。そして,この間マジェスタが時速約100キロメートルで走行していたとすれば,被告人が脇見を継続した時間は最大で約11.4(318.3÷27.8)秒ということになり,他方,この間にマジェスタが,時速約80キロメートルから約100キロメートルに加速していたとすれば,その平均速度は時速約90キロメートルとなるから,被告人が脇見を継続した時間は最大で約12.7(318.3÷25.0)秒ということになる。そうすると,被告人は,最大で約12.7秒にわたって脇見運転を継続した可能性があることになるが,上記のとおり,この時間はあくまでも概括的なものである上,証拠に基づいて検討しても被告人が脇見運転を継続した時間の長さをこれ以上特定することはできないこと,ことに,自然な流れからすれば,被告人は,A橋のe側の橋梁取付部から五,六十メートルの緩やかな左カーブを終えて直線道路に入った後に右側に脇見したとしても,その後助手席のKと会話したときは,一旦視線を前に戻し,その後,再び右側に脇見したとみるのが合理的であることからすれば,結局,被告人は,相当時間にわたって脇見運転を継続したと認めるほかない。そして,被告人が本件事故直前に相当時間にわたって脇見運転を継続したという事実は,被告人が本件事故当時正常な運転が困難な状態にあったのではないかと疑わせる事情と言える。

なお,この点について,弁護人は,O鑑定に従って,マジェスタの速度を時速100.4キロメートル,ランドクルーザーの速度を時速35.1キロメートルと仮定した上で,衝突の7秒前にはマジェスタからランドクルーザーを視認できる可能性があること,他方,被告人は衝突の1.5秒ないし2秒前にランドクルーザーに気付いたと考えるのが自然であることから,被告人は長くとも5秒ないし5.5秒程度の時間脇見をしていたに過ぎないと考えられる旨主張するが,視認可能性の有無と脇見とは無関係である上,A橋のe側の橋梁取付部から五,六十メートルの緩やかな左カーブが終わって直線道路に入った辺りから脇見を開始したという被告人の脇見供述とも明らかに矛盾するので,
弁護人の主張は失当と言うほかない。

他方,検察官は,被告人が,先行するランドクルーザーの存在,すなわち自車の進路前方の状況も正確に認識できない状態で,時速約100キロメートルという,およそ道路の状況からは到底考えられないほどの猛スピードでマジェスタを運転していたことは明らかであり,被告人が衝突直前に極めて危険かつ異常な運転をしていた事実が認められ,この事実によれば被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことに疑いの余地はないと主張する。
しかしながら,検察官の主張は,被告人が脇見運転をしていたことを否定し,被告人が進路前方を見ていたとの事実を前提とするものである上,時速約100キロメートルという速度も,本件事故直前のマジェスタの走行速度として認められるにすぎないから,前提自体を誤っていると言わざるを得ない。


もっとも,被告人は,本件交差点を左折した後,最高速度が50キロメートル毎時と指定されている道路において,マジェスタの速度を時速80ないし100キロメートルに加速させた上,最終的には時速約100キロメートルの速度でマジェスタを走行させており,このような運転が事故を引き起こす危険性のある行為であったことは明らかである。
しかしながら,他方,関係証拠によれば,本件交差点から本件事故現場に至る道路は,緩やかなカーブはあるものの,ほぼ直線の交差点もない道路であり,さらに,本件事故現場から先もA橋のf側のたもとまでほぼ直線道路が続いていること,また,本件交差点からA橋に至る道路の左右に人家はなく,被告人の進行方向から見て道路左側には歩道が設置されているものの,歩道は植栽及び縁石で車道と分離されていること,これに対して道路右側はA橋まではフェンスが続き,その後A橋においては欄干になっていて,歩行者が通行することは予定されていないこと,さらに,マジェスタが走行していた片側一車線の車道幅員は約3.
2メートルと広い上,
タクシー運転手である辛も,
この道路でスピードを出して無理な追越しをしてくるバイクや車がいるのを知っており,特にこの頂上付近はそういった追越し車両が確認しにくいので,衝突の危険性が高いと思って,気を付けて走るようにしていましたと供述していることからすると,一般的に見ても,自動車運転者が本件交差点から本件事故現場に至る道路を最高速度50キロメートル毎時の規制を上回る高速度で進行することは十分に考えられる状況にあったと言える。しかも,被告人は,この道路を通勤経路として利用しており,通り慣れていたというだけでなく,本件事故を目撃した庚は,事故直前e方面からf方面に向けて走行してくる車両はしばらく途絶えていた旨供述している上,被告人も,本件交差点を左折してから進路前方を走行している車両は見えなかった旨供述していることをも併せ考えると,終電が終わる前に繁華街の公園に行ってナンパをしたいという気持ちを持っていた被告人が,午後10時48分ころという夜間に,しかも,交通も閑散な状況の下において,本件交差点を左折した後マジェスタの速度を時速80ないし100キロメートルに加速させたからといって,それが異常な運転であったとまでは言えない。
4
被告人の飲酒量及び酩酊状況


関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,午後6時ころから午後7時ころまでの間,自宅でビール350ミリリットル及び焼酎約180ミリリットルを飲み,その後,午後7時45分ころから午後9時20分ころまでの間,Lで焼酎約300ない
し360ミリリットルを飲み,さらに,午後9時35分ころから午後10時35分過ぎころまでの間,
Mで少量のブランデーを飲んだ。

被告人は,
Lを退店する際,腰掛けて靴を履いていたときにバラン

スを崩すように肩を揺らした。また,被告人は,その後話しかけてきた店員に対して酔うとりますと言った。

被告人は,
Mに入店して間もなく,従業員の女性に対して今日は酔っぱらっとるけんなどと言った。同女は,表情にしまりがなく,話し方もややろれつが回っていないような被告人の様子を見て,被告人は相当酔いが回っていると感じた。
被告人は,最初はブランデーの水割りを一気飲みしたが,2杯目以降は飲むペースが落ち,顔をしかめるようにしてきつそうに飲んだ。また,被告人は,トイレから戻って丸椅子に座ろうとした際,バランスを崩して後ろに倒れそうになったり,従業員の女性が飲んでいる水割りのグラスの底を持ち上げて無理に飲ませようとして水割りを同女のスカートにこぼしたりした。その後,被告人は,左肘を左太股の上に置いて前屈みの姿勢になったり,伸びをした後大きくため息をつく様子を見せたりした。これを見た従業員の女性は,被告人が疲れて眠いように感じた。


これらの事実に照らしてみると,被告人は,
Mを出てマジェスタの運

転を開始した時に,
酒に酔った状態にあったことは明らかである。
もっとも,
検察官は,上記認定事実のほかに,
Mの女性従業員が,被告人について
今考えてみると,店を出た後に車を運転すれば,途中で一瞬眠りに落ちてしまいそうな感じがありましたと供述していることなどから,本件事故直前における被告人の酔いの程度は極めて大きかったと主張するが,関係証拠によれば,被告人は,
Mにおいて,上記のような言動を示す一方で,職
場の先輩や同人から紹介された女性と携帯電話機を使ってメールのやり取りをしていた上,女性従業員の供述によれば,その際,特に被告人の手元があやうくてボタンがうまく押せなくなっているようなことはなかったというのであるから,検察官の主張はやや一面的な見方と言わざるを得ない。また,検察官は,被告人がL及びMで多量の飲酒をし相当酩酊し
た状態にあったことから,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことに疑いの余地はないと主張するが,具体的な運転操作やマジェスタの走行状況を離れて,運転開始前の酩酊状態から直ちに正常な運転が困難な状態であったという結論を導くことができないことは明らかであって,検察官の主張は失当である。
5
本件事故直後の被告人の言動


証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,本件事故直後,マジェスタが反対車線に進出していることに気付き,
慌ててハンドルを左に急転把してマジェスタを自車線に戻した後,アクセルを踏み込んで逃走しようとしたものの,エンジンルームが大破し左前輪がパンクするなどしていたために速度を上げられず,道路左側の縁石に左前輪のタイヤホイールを接触させ,本件事故現場から約300メートルf寄りの道路左側にマジェスタを停車させた。


マジェスタが停車した後,被告人は,Kからどげんなったんですかと聞かれた際,
俺にも分からんと答えるなどしてから,後続車に追突
されないようにハザードランプをつけてマジェスタから降車し,損傷状況を確認した。そして,マジェスタから煙が出ているのを認めたので,

煙が出よう。K出てこい


と言ってKをマジェスタから降車させるとともに,
自分1人がマジェスタに乗っていたことにしようと考え,Kに対してその場から逃げるように指示し,Kもこれに従って本件事故現場から徒歩で立ち去った。


また,被告人は,飲酒運転で事故を起こしたことを隠すために友達に身代わりになってもらおうと考え,携帯電話機を使って壬に電話をかけ,身代わりになってくれるよう頼んだが,断られたので,今度は,少しでも飲酒のことを隠そうと考えて,
水を持ってきてくれるように頼んだ。
そこで,
壬は,2リットルのペットボトル2本にそれぞれ水を一杯に入れて自動車に積み,本件事故現場に向かった。なお,壬は,被告人と通話している時に,自分の代わりに弟を身代わりとして連れて行くことを提案したが,被告人はこれを断った。

さらに,被告人は,同じく携帯電話機を使って癸にも電話をかけ,

事故を起こしたっちゃん。事故した相手がおらん

などと言い,癸から

意味が分からんけん,とりあえず行くけん。場所はどこ

と聞かれると,uの橋の少し下ったところと答えた。そこで,癸も自動車を運転して本件事故現場に向かった。

壬と癸は,渋滞していたA橋近くの道路で自動車を停め,歩いて本件事故現場に向かっている途中で合流し,マジェスタが停車していた場所近くの欄干に腰掛けている被告人の側に行った。
被告人は,
壬から大丈夫や」
と声をかけられると,座ったままで「おおと返事をしたが,この時の被告人の目は充血していた。壬は,被告人から水,持ってきてと頼まれたので,水を入れたペットボトルを取りに自動車のところに戻った。一方,被告人は,癸から警察の人がおるところまで行くぞと言われたので,
あぁ,分かったと返事して立ち上がり,癸に先導されながら
ゆっくりと少しふらつくような感じで歩いて本件事故現場に向かった。


ところで,検察官は,被告人がマジェスタを歩道の縁石に衝突させながら走行させ続け,Kからどげんなったんですかなどと尋ねられても,俺にも分からんなどと答えるだけであったこと,癸に対する電話でも

事故を起こしたっちゃん。事故した相手がおらん

などと言い,癸が被告人の言葉の意味が分からずに聞き返しても相手がおらんなどと答えるだけであったこと,その後,癸に先導されながらゆっくりと少しふらつくような感じで歩いて本件事故現場に向かったことを指摘して,本件事故直後においても被告人が運転開始前に飲んだ酒の影響により相当酩酊した状態にあり,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことに疑いの余地はないと主張する。
しかしながら,上記認定事実にあるとおり,被告人は,検察官が指摘する行動に出る一方で,マジェスタを道路左側に停車させた後,後続車に追突されないようにハザードランプをつけてマジェスタから降車したり,マジェスタの損傷状況を確認し,煙が出ているのを認めるとKに降車するように指示したり,携帯電話機を使って壬に電話をかけ,身代わりになってくれるように頼んだり,少しでも飲酒のことを隠そうと考えて水を持ってくるように頼んだものの,壬から弟を身代わりに連れて行こうかと提案された時はこれを断るなど,いまだ相応の判断能力は失っていなかったことをうかがわせる言動にも出ていたことが明らかであるから,検察官の主張は一面的な見方であると言うほかなく,賛同することができない。
6
飲酒検知時の被告人の言動並びに被告人の呼気及び血中アルコール濃度

証拠によれば,以下の事実が認められる。

子警察署(以下子署という。
)で当直勤務をしていた丑警察官は,

午後10時50分過ぎころ,
本件事故の110番通報があったことを聞き,
同僚の警察官と共にワンボックスタイプのパトカー(以下事故処理車という。
)を運転して午後11時20分ころ本件事故現場に到着した。
丑警察官は,本件事故現場付近の歩道上にいるとき,被告人から俺が運転手ですと声をかけられたが,このとき,被告人からはかなり強い酒の臭いがしており,被告人も飲酒運転ですと言っていた。丑警察官は,被告人に事故の態様を尋ねたりしたものの,被告人は,質問にすぐ答えないような口ぶりで,
分からんとか覚えとらんなどと返答していたが,マジェスタを運転していたこと,事故は追突だったことを話した。このとき,被告人は,多少足を広めにして下を向き加減で立っており,多少頭が揺らぐこともあった。
その後,丑警察官は,被告人を誘導しながら,事故処理車が停止している方向に約20メートル歩いて行ったが,このとき,被告人が千鳥足になって足がもつれたりすることはなかった。

丑警察官は,事故処理車に戻ると,後部座席で北川式飲酒検知器による飲酒検知の準備を始めた。一方,被告人は,事故処理車の横の歩道上に立っていたが,近くに来た壬から2リットルの水の入ったペットボトルを受け取り,一気に飲み始めた。これを見た丑警察官は,被告人に対して,水を飲むのを止めるように命じ,改めて飲酒検知用に準備していた真水を与えてうがいをさせた後,事故処理車の後部座席に座らせて飲酒検知の手続を始めた。


被告人は,午後11時36分ころ,飲酒検知用の風船に息を吹き込んで膨らませ,丑警察官に手渡したが,膨らみ方が十分でなかったことから更に息を吹き込むように指示され,再度風船を膨らませた。丑警察官が,その風船を呼気採取器につないで飲酒検知管SE型以下検知管」

という。)を用いて呼気アルコール濃度を測定したところ,0.25の目盛りと0.3の目盛りの中間付近のやや0.3寄りのところまで完全に青白く変色していたが,さらに0.35の目盛り付近までまだらに変色していた。その後,被告人は,丑警察官の指示に従い,検知管に貼る縦1ないし1.5センチメートル,横2ないし2.5センチメートルのシール(整理番号票)に署名し,丑警察官がそのシールを検知管に貼った。また,丑警察官は検知管や呼気採取器に異常がないか調べたが,特段異常は見つからなかった。エその後,丑警察官は酒酔い・酒気帯び鑑識カード記載の質問事項について質問を始めたところ,被告人は,すぐに答えを返さなかったり,横柄な言葉遣いをすることもあったが,質問事項には答えていた。その間,被告人は,完全に倒れ込むことはなかったが,肩や頭が左右に揺れたり,腰が徐々に前にずれてきて座っている姿勢が崩れることもあった。なお,このころまでに臨場していた子署の寅警察官が,事故処理車の近くで被告人の飲酒検知の様子を見ていた。オ質問が終わると,被告人は,丑警察官の許可を得て,事故処理車の陰で立ち小便をした後,近くにいた壬と一緒にランドクルーザーが転落した橋の壊れた欄干のところまで歩いて行って下の海をのぞき込み,レスキュー隊による救助の様子を見てから,事故処理車に戻ったが,この間,被告人が千鳥足になるとか,蛇行して歩くということはなかった。カ丑警察官は,上記一連の飲酒検知の手続を経てから,被告人をパトカーに乗せて子署に同行した後,同署において,酒酔い・酒気帯び鑑識カードの「測定濃度のよみ欄に0.25mg/lと記入し,また,言語・態度状況欄では大声くどい」しどろもどろ」悪口暴言」泣声」し「「「「ゃべれない暴れる」舌がもつれる」ではなく普通に,歩行能力」「「欄では「ふらつく
左右にゆれる
歩行不能ではなく正常に歩行したに,
直立能力欄ではふらついた
足を踏み出した
直立できないではなく直立できたに,酒臭」欄ではなしかすか」弱「「いではなく強いに,
顔色欄では普通
赤いではなく青いに,
目の状態欄では普通
涙目ではなく充血にそれぞ
れ○印を記入した上で,結論として,
外観による判定欄の

下記調査結果を総合して酒気帯びと認定した。

に○印を記入するなどして,酒酔い・酒気帯び鑑識カード(甲28)を作成した。なお,丑警察官は,被告人に対して歩行能力テストや直立能力テストを実施していなかったが,被告人の行動を見分した結果に基づいて酒酔い・酒気帯び鑑識カードの各欄を記入した。

ところで,弁護人は,被告人が飲酒検知前に飲んだ水の量について,壬の検察官調書(甲53)及び被告人の公判供述に基づいて約500ミリリットルであったと主張するが,
壬の供述ははっきりとは分からなかったものの,
私が見た限りでは,大体,500ccくらいだったと思いますという程度のあいまいなものであること,また,被告人は,捜査段階では一気に飲んだ量はペットボトルの半分位かそれより少し少ない程度だと思います1回で1リットル程度の水を飲んだのですなどと供述し(乙12),接見し
た弁護人に対しても飲んだ水の量が1リットル弱である旨述べていたこと(弁41)
,さらに,丑警察官も,被告人が水を飲んだ後,ペットボトルに
は約半分の水が残っていたと述べていること(丑警察官の証人尋問調書178項,179項)からすると,被告人が飲酒検知前に飲んだ水の量は約1リットルであったと認めるのが相当であって,弁護人の主張は採用できない。


他方,検察官は,被告人が,強い酒臭を発しながら,本件事故の状況について覚えとらんなどと繰り返したり,頭をフラフラと動かしたり,事故処理車のソファー上で座っていた間に複数回にわたり体勢を崩して座り直したり,質問をしても間を置いて回答したり,職業についての質問に対して節をつけて人を馬鹿にするような態度でサーラリーマンと答えたり,子署に同行するパトカーの中においても居眠りしかけていたなどと述べる丑警察官の公判供述や,飲酒検知の間,被告人が頭をフラフラとさせ,目もうつろな状態であるなど,高度に酩酊した状態で,本件事故の状況について質問しても

覚えとらん。ああ,分からん,知らん

などと繰り返すだけであったなどと述べる寅警察官の公判供述,さらに,被告人が酔いつぶれる手前のような状況であったなどと記載された壬の検察官調書を指摘して,飲酒検知時においても,被告人は,運転開始前に飲んだ酒の影響により高度に酩酊していた事実が認められ,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことに疑いの余地はないと主張する。しかしながら,他方,被告人は,上記認定事実のとおり,最初に丑警察官と歩道上で話をした時にマジェスタを運転して追突事故を起こしたことは話していたこと,丑警察官と共に事故処理車が停止している場所まで移動した時も,飲酒検知後事故処理車の陰で立ち小便をしてから橋の壊れた欄干まで歩いて行って下の海をのぞき込みその後事故処理車に戻った時も,千鳥足になったり足がもつれたりすることはなかったこと,また,丑警察官の指示に従って,検知管に貼る縦1ないし1.5センチメートル,横2ないし2.5センチメートルの小さいシールにも署名していたこと,
さらに,
丑警察官は,
飲酒検知の結果やその間の被告人の言動等を総合して,被告人は,酒酔いの状態ではなく,酒気帯びの状態であったと判断し,酒酔い・酒気帯び鑑識カードを作成していることが認められるのであって,
これらの事情に照らすと,
検察官の主張はやや一面的であって,到底賛同することができない。なお,検察官は,丑警察官においては被告人に対する飲酒検知が不十分であったために酒酔いの判断ができなかったなどと主張するが,そもそも,警察内部における酒酔い・酒気帯び鑑識カードの作成要領弁67)

によれば,
酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)の認定は,見分状況の言語態度状況
歩行能力及び直立能力の三要素がいずれも正常でない場合であることと定められていることからすれば,丑警察官は,
歩行能力及び直立能力についてはテストを
実施しなかったものの,
言語態度状況については実際に被告人の状況を
確認した上で普通と判断している以上,被告人を酒に酔った状態であったとは認めることができなかったと言わざるを得ない。


次に,卯大学大学院教授医師辰は,本件事故発生時の被告人の血中アルコール濃度及び飲水がアルコール検知に与える影響等について,子署長から依頼を受けて鑑定を実施しているところ,同人の鑑定書(甲31)及び公判供述(以下辰鑑定という。
)によれば,5人の被験者による飲酒再現実験の結果の平均値に基づき,検知管によって測定された呼気アルコール濃度は血中アルコール濃度の約3165分の1であり,また,水1リットルを飲んだ後ではその前と比べて検知管で測定した呼気アルコール濃度で約13.4パーセント,血中アルコール濃度で約3.6パーセント減少するとした上で,①被告人の呼気検査の結果(0.25mg/l)を血中アルコール濃度(0.79mg/ml)に換算し,更にWidmarkの計算方法を用いて本件事故時の血中アルコール濃度を血液1ミリリットルにつき0.91ミリグラムと算定し,②被告人の呼気検査の結果から飲水前の呼気アルコール濃度(0.28mg/l)を計算し,これを血中アルコール濃度(0.89mg/ml)に換算した上,Widmarkの計算方法を用いて本件事故時の血中アルコール濃度を血液1ミリリットルにつき1.00ミリグラムと算定し,③被告人の呼気検査の結果を血中アルコール濃度に換算した上で,飲水前の血中アルコール濃度(0.82mg/ml)を計算し,Widmarkの計算方法を用いて本件事故時の血中アルコール濃度を血液1ミリリットルにつき0.
93ミリグラムと算定し,
これら①ないし③の結果を総合的に考慮して,被告人は,本件事故当時,血液1ミリリットルにつき0.9ないし1.0ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態であったと推定している。
他方,巳の院長である午は,公判において,体重1キログラム当たり0.4グラムのアルコールを摂取したときの最高血中アルコール濃度が1ミリリットルにつき0.5ミリグラムであるという知見等に基づき,被告人が摂取したアルコール量から被告人の血中アルコール濃度を積算し,代謝による濃度の低下を考慮した上で,被告人は,本件事故当時,血液1ミリリットルにつきおおむね1.0ミリグラム程度のアルコールを身体に保有する状態であったと推定している午の証人尋問調書22項ないし67項。

以下午意見」
という。。午意見は,辰鑑定とは全く異なる手法を用いているにもかかわ)らず,本件事故当時の被告人の血中アルコール濃度について,辰鑑定の結果と整合する結論を出していることからすれば,辰鑑定及び午意見は相互に補強し,その信用性を高め合っていると言うことができる。また,午は,以前に午自身が行った実験結果等を踏まえると,辰鑑定のの結果についても妥当性を欠くものではないと明言している(午の証人尋問調書14項ないし18項)。しかしながら,他方で,辰鑑定における飲酒再現実験によれば,同じ食事をしながら同じ量のアルコールを摂取しても,必ずしも同じ血中アルコール濃度が得られるわけではなく,個体差が相当大きいことが認められる。また,この点について,午も,アルコールの吸収は,被験者の体重や体質のほか,胃の粘膜の状態やアルコールを飲むスピードなどによって,個体差が生じると説明していること(午の証人尋問調書181項ないし197項)からすれば,辰鑑定及び午意見に基づいて,本件事故当時の被告人の血中アルコール濃度が血液1ミリリットルにつき0.9ないし1.0ミリグラムであったと断定するにはいまだ合理的疑いが残ると言わざるを得ない。なお,検察官は,本件事故当時,被告人が血液1ミリリットルにつき0.9ないし1.0ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態にあったことを前提とした上で,血中アルコール濃度が0.9ないし1.0mg/ml程度になれば,個々人の体質等とは関係なく,前頭葉,頭頂葉及び高次機能等が抑制され,自制心の喪失,注意力の減退,知覚の鈍麻,運動失調,熟練性の喪失等の効果をもたらし,前方注視及び運転操作が極めて困難な状態になるという午意見に基づき,被告人が前方注視及び運転操作が極めて困難な状態にあったことは明らかであると主張する。しかしながら,検察官の主張する前提をそのまま採用することができないことは上述したとおりであるが,さらに,午は,血中アルコール濃度が同じであれば前頭葉等の機能の抑制に個人差はないとする一方で,その抑制によって発現する症状は,多弁として出る人とか,感情の失禁として出る人とか,個人によって様々であって,個体差がある旨説明していること(午の証人尋問調書178項,179項)にかんがみると,午意見は,あくまでも上記の血中アルコール濃度を身体に保有する状態では正常な運転ができない可能性があることを指摘したにとどまり,午意見から直ちに,本件事故当時,被告人が現実に前方注視及び運転操作が極めて困難な状態にあったとまでは認めることができないから,この点においても,検察官の主張は採用できない。7総合判断以上の検討結果によれば,被告人は,本件事故前に相当量の飲酒をした上でマジェスタを運転し,本件事故を惹起したものであって,本件事故当時,被告人が,酒に酔った状態にあったことは明らかである。しかしながら,他方,被告人は,「Mを出た後,前の駐車場に停車させていたマジェスタを運転して出発し,本件事故現場に至るまでマジェスタを走行させてきた間に,アルコールの影響によるとみることができる蛇行運転とか,居眠り運転等に及んだことはなく,しかも,その間衝突事故等も全く起こしていなかったことが明らかである。
そこで,さらに,被告人が,本件事故当時,
正常な運転が困難な状態す
なわち,現実に,道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあったかどうかについて見ると,被告人は,マジェスタを運転してM前の駐車場を出発後,本件事故現場から約300メートルf寄りの道路左側にマジェスタを停車させるまでの約8分間にわたってマジェスタを運転しているところ,
M前の駐車場から本件交差点までは,左右に湾曲した道
路を道なりに進行し,その途中に点在している交差点を左折し,あるいは右折し,更には直進通過することを繰り返していただけでなく,住宅街の中の車道幅員約2.
7メートルしかない道路においても,
接触事故等を起こすことなく,
車幅1.79メートルのマジェスタを運転,走行させていること,また,本件事故直前,ランドクルーザーを間近に迫って初めて発見するや,急制動の措置を講じるとともにハンドルを右に急転把するという衝突回避措置を講じていること,さらに,本件事故直後,マジェスタが反対車線に進出していることに気付くや,慌ててハンドルを左に急転把してマジェスタを自車線に戻していることが認められ,これらの事実はいずれも,被告人が現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行っていたことを示すものであって,本件事故当時も,被告人が正常な運転が困難な状態にはなかったことを強く推認させる事情と言える。
他方,被告人において正常な運転が困難な状態にあったのではないかと疑わせる事情としては,本件事故直前にマジェスタの速度を時速80ないし100キロメートルに加速させ,相当時間にわたって脇見運転を継続したことを指摘できるが,上述したとおり,そもそも,本件事故当時の具体的な道路及び交通の状況等にかんがみれば,時速80ないし100キロメートルという速度で走行することが必ずしも異常とは言えない。
また,被告人が本件事故直前に相当時間にわたって脇見運転を継続したという点については,次のような事情も指摘できる。
まず,
被告人が脇見運転を継続していた区間はほぼ完全な直線道路である上,片側一車線の車道幅員は約3.2メートルと広かったこと,しかも,被告人にとっては通勤経路であって通り慣れた道であったこと,本件交差点を左折してから進路前方を走行している車両は見えなかったことからすると,被告人は脇見をしやすい状況にあったと言える。また,被告人は,脇見運転の継続中も,蛇行等をした形跡はなく,マジェスタを走行車線から大きくはみ出させることなく運転していたと認められるから,漫然と進行方向の右側を脇見していたとはいえ,進路前方に対する注意を完全に欠いてしまっていたとまでは言い切れない。
そして,何より,上記のとおり,脇見運転の前後で被告人が現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行っていたことをも併せ考慮すると,結局,脇見運転の事実をもってしても,被告人が正常な運転が困難な状態にあったと認めるには足りないと言うべきである。
さらに,本件事故の前後における被告人の言動中には,検察官が指摘するように,被告人が酒に酔っていたことをうかがわせる事情が存在する一方で,被告人がいまだ相応の判断能力を失ってはいなかったことをうかがわせる事情も多数存在すること,しかも,本件事故の48分後に実施された被告人の呼気検査の結果において丑警察官は被告人が酒気帯びの状態にあったと判定していたことからすれば,被告人の酒酔いの程度が相当大きかったと認定することはできない。
以上を総合すれば,本件事故当時,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったと認めることはできないと言うべきである。第4

結論
以上のとおり,検察官の主張に照らして関係証拠を検討しても,主位的訴因である危険運転致死傷の事実を認めることはできず,被告人については,判示第1及び第2のとおり,予備的訴因である業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の事実を認めることができるにすぎない。
なお,弁護人は,本件事故当時,ランドクルーザーを運転していたBが居眠り運転をしていたことにより被害結果が拡大したと主張する。しかし,Bは,公判において,居眠り運転の事実を明確に否定するとともに,本件事故の衝撃で頭部を強打し脳しんとうを起こしたようになった旨供述しているところ,この事故後の供述内容は,ランドクルーザーの運転手が運転席窓の方に体をもたれるようにしてぐったりしていたという辛の目撃供述(甲42)と整合しているというだけでなく,本件事故後,Bが,ハンドル,ブレーキ操作を行うなどしてランドクルーザーが海中に転落するのを未然に避けられなかったことから考えても,極めて自然かつ合理的である。さらに,本件事故を目撃した庚は,本件事故直前に気付いたランドクルーザーの動きについて異常はなかった旨供述していること(甲41),また,本件事故当時ランドクルーザーの助手席に
乗車していたHの供述(甲26)によっても,Bが居眠り運転をしていたことをうかがわせる事情は全く見受けられないことに照らすと,居眠り運転の事実を否定するBの上記供述の信用性に疑問を差し挟む余地はない。
この点について,
弁護人は,
①ランドクルーザーが低速で走行していたこと,
②本件事故はマジェスタがランドクルーザーに潜り込む形の追突事故であり,衝撃は大きくなかったと考えられる上,実際にも助手席のHが衝突時に受けた衝撃は大きくなかったこと,③Bの供述には変遷や不合理な点があることなどを指摘するが,①の点について言えば,時速約40キロメートルという速度が居眠り運転を推測させる速度とは認められない上,そのほかに居眠り運転をうかがわせるようなランドクルーザーの動きは全く認められないこと,②の点について言えば,
弁護人が指摘する事情は,
Bが本件事故の衝撃で頭部を強打し,
脳しんとうを起こした可能性を何ら否定する事情ではないこと,③の点について言えば,本件事故の衝撃の大きさからBの記憶等に不完全な部分が生じたとしてもやむを得ないことからして,弁護人の主張は失当である。
(法令の適用)


第1

各被害者について,いずれも刑法211条1項前段

第2

平成19年法律第90号附則12条により同法による
改正前の道路交通法(以下改正前の道路交通法と
いう。117条の4第3号,道路交通法65条1項,

平成19年政令第266号附則3項により同政令によ
る改正前の道路交通法施行令44条の3

第3
救護義務違反の点

改正前の道路交通法117条,72条1項前段

報告義務違反の点

道路交通法119条1項10号,72条1項後段科刑上一罪の処理(観念的競合)第1

各業務上過失致死及び各業務上過失傷害は,1個の行
為が5個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条
1項前段,10条により,1罪として犯情の最も重い
業務上過失致死罪の刑で処断(なお,各業務上過失致
死の犯情が各業務上過失傷害のそれより重いことは明
らかであるが,各業務上過失致死は,いずれも犯情が
重く,その間に軽重の差はないから,刑法10条によ
って最も重いものを決することができない。よって,
これを特定することなく,1罪として犯情の最も重い
業務上過失致死罪の刑で処断するほかない。


第3

救護義務違反及び報告義務違反は,1個の行為が2個
の罪名に触れる場合であるから,
刑法54条1項前段,
10条により,1罪として重い救護義務違反の罪の刑
で処断

刑種の選択
第1ないし第3
併合罪の処理

いずれも懲役刑
刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の
最も重い第1の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
本件において,検察官は,被告人に危険運転致死傷罪が成立することを前提に懲役25年の求刑をしたが,当裁判所は,上記のとおり,同罪の成立を認めず,予備的訴因である業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の各事実(判示第1及び第2)を認定した。したがって,判示第3の道路交通法違反(救護義務違反及び報告義務違反。以下ひき逃げという。)の事実と併せて,認定した判
示事実に所定の法律を適用した結果,処断刑の範囲は7年6月以下の懲役となるので,以下,これを前提に量刑の理由を説明する。
まず,業務上過失致死傷の犯行(判示第1)についてみると,被告人は,制限速度を大幅に超過した時速80ないし100キロメートルという高速度で自動車を運転中,何ら必要がないにもかかわらず,相当時間にわたって漫然と脇見運転を継続した結果,先行するBら家族5人が乗車した被害車両を発見するのが遅れ,間近に迫って初めて発見して急ブレーキをかけるとともに右に急ハンドルを切るという衝突回避措置を講じたが及ばず,被害車両右後部に自車左前部を追突させ,その勢いで被害車両を左前方に逸走させてA橋の欄干を突き破って海中に転落,水没させるという本件事故を惹起したもので,被告人の過失の態様は,前方を注視し進路の安全を確認しながら進行するという自動車運転者が守るべき最も基本的かつ重要な業務上の注意義務を怠ったものであって,極めて危険かつ悪質と言うほかない。そして,本件事故の結果は,BH夫妻に傷害を負わせるとともに,BH夫妻の長男G,次男D及び長女Fをいずれも溺水により死亡させるという誠に深刻かつ悲惨なものである。死亡した3児は,両親に連れられて昆虫採集に出かけた帰途,被害車両内で眠りについていたところを被告人車両から追突された結果,乗っていた自動車ごと真っ暗闇の海中に放り込まれ,おそらくは何が起こったのかさえ分からないまま意識を失い,溺水の苦しみの中でその尊い生命を断たれたものである。3児は,いずれも両親から最大限の愛情を注がれ,宝物のように育てられて幸せで楽しい日々を送っていただけでなく,正にこれから夢や希望に満ちあふれた人生を迎えようとしていた矢先,生涯における多くの喜びや楽しみを存分に味わうこともできないまま,理不尽にもわずか4歳11か月,3歳3か月及び1歳3か月という短い一生を終えなければならなかったものであって,
誠に哀れと言うほかはない。
また,
生き残ったB及びH夫妻が本件事故によって味わった驚愕,恐怖,苦痛は計り知れず,本件事故直後に3児の命を救うべく海中で必死の救助活動に当たる中でBH夫妻が体験した不条理で残酷な極限的状況には想像を絶するものがある。その上,BH夫妻は,GやDが博多祇園山笠で台上がりをする姿や,Fがかわいく,きれいになって最高の花嫁姿を見せてくれることを夢見ていたのに,3人の子らを本件事故によって一度に失ったものであって,3児を愛し慈しんでいたBH夫妻の悲しみや喪失感は筆舌に尽くし難く,癒される日が来ることはないと言わざるを得ず,現在もBH夫妻が被告人に対して峻烈な処罰感情を抱いているのは当然である。次に,酒気帯び運転の犯行(判示第2)について見ると,被告人は,長時間にわたって飲酒し,
アルコールを身体に保有する状態であることを十分に認識しながら,繁華街の公園で女性をナンパしに行く目的から自動車の運転を開始し,酒気帯び運転に及んだものであって,その動機は,極めて自己中心的で,何ら酌量の余地はない。しかも,被告人は,酒気を帯びた状態であったにもかかわらず,時速約100キロメートルという高速度で自動車を運転しており,その犯行態様は危険極まりなく,悪質である。このような犯行態様に照らすと,被告人は,被害者らを死傷させた重大な本件事故を,起こすべくして起こしたと言うべきであって,酒気帯び運転の犯行についても厳しい非難を免れない。
さらに,ひき逃げの犯行(判示第3)について見ると,被告人は,酒気帯び運転の発覚を恐れて逃走を図ったもので,その動機は誠に身勝手かつ自己中心的であって,酌量の余地は微塵もない。しかも,被告人は,被告人車両が故障していたため,やむを得ず事故現場から約300メートル先の地点で自動車を停車させたものの,その後も救護義務や報告義務を尽くさなかったばかりか,友人に促されるまで事故現場に引き返そうともせず,その一方で,未の職員の身分を失いたくないなどという自己保身の気持ちから,友人に電話をかけて身代わりを頼み,浅はかにも水を飲めば飲酒検知の数値が少しでも低くなるのではないかと考えて,友人に水を持って来てもらうなどしている。このように,被告人は,自分が追突事故を起こしておきながら,被害者らのことなど全く考えることなく,自己保身に汲々としていたものであって,ひき逃げの犯情も誠に悪質である。加えて,被告人は,平成15年2月に自動車の普通免許を取得してから,本件事故を起こすまでの間に,自動車運転に関する交通違反歴4件を有し,その都度自らの運転態度について反省する機会があったにもかかわらず,本件犯行に至ったものである上,本件以前にも酒気帯び運転をしていたと述べており,被告人の交通規範意識は著しく鈍麻していたと言わざるを得ない。
そして,飲酒運転に起因する悲惨な交通事故が後を絶たないことは公知の事実であり,一般予防の見地からも,被告人に対しては厳しい態度で臨む必要がある。本件事故によって死亡したG,D及びFの生前の写真は,笑顔にあふれ,見る者すべてに幸せな家族の姿を感得させるに十分であって,このような家族の幸せを一瞬にして破壊し,葬り去った本件の如き交通事故が繰り返されることがないように願わずにはいられない。
これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任は誠に重大である。
他方,被告人は,本件事故後一旦はその場から逃走したもののその後友人に促されて自首していること,当裁判所が認定した各犯行については認めて争っていないだけでなく,BH夫妻に謝罪の手紙を出すととともに,亡くなった3人の子らの冥福を祈る生活を続けている上,公判廷において,今後も命のある限り償い続けていくことを誓うなど,被告人なりに真摯な反省の情を示していること,本件被害については,いずれ自動車保険による財産的損害の賠償が見込まれること,被告人の両親,兄及び姉らの家族並びに友人らが被告人を支えていること,被告人は,本件がマスコミで大きく報道され,未の職員としての地位も失うなど,一定の社会的制裁を受けていること,いまだ23歳と若年であり,これまで前科はないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。
しかしながら,これら被告人のために酌むべき事情を十分考慮に入れても,本件事故における被告人の過失の程度の大きさ,結果の重大性,酒気帯び運転及びひき逃げ事犯の悪質性等にかんがみると,本件が,弁護人の主張するような懲役刑に執行猶予を付すべき事案でないことはもちろん,被告人に対しては,処断刑の上限に当たる懲役7年6月の実刑をもって臨むのが相当であると判断した。(求刑

懲役25年)

平成20年1月8日
福岡地方裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

川口宰護
裁判官

柴田寿宏
裁判官




浩太郎
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