判例検索β > 平成12年(わ)第1223号
傷害致死(予備的訴因 業務上過失致死)、道路交通法違反被告
事件番号平成12(わ)1223
事件名傷害致死(予備的訴因 業務上過失致死),道路交通法違反被告
裁判年月日平成14年6月3日
法廷名福岡地方裁判所  小倉支部
裁判日:西暦2002-06-03
情報公開日2017-10-13 01:47:09
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平成14年6月3日宣告
平成12年(わ)第1223号,平成14年(わ)第170号
傷害致死(予備的訴因 業務上過失致死),道路交通法違反被告事件 判 決
主 文
被告人を懲役2年6月に処する
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由
(犯罪事実)
被告人は,
第1 平成11年11月14日午前1時30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,北九州市a区bc丁目d番e号付近道路をx方面からy方面に向かい,先行するA(当時19歳)運転の自動二輪車の後方を時速約80キロメートルで進行するに当たり,同車との車間距離を適切に保持し,同車との安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,同所から同市同区fg丁目h番i号付近に至るまでの道路において,同車との車間距離を適切に保持することなく,同車後部に自車前部を約2.5メートルの至近距離にまで数回接近させた過失により,そのころ,同所において,同人をして,車両進入禁止規制がなされた左方道路に時速約63.5キロメートルで逃避することを余儀なくさせた上,同道路入口付近から約13.5メートル先に駐車中の普通貨物自動車に前記自動二輪車もろとも衝突させ,同人にびまん性脳損傷,急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同日午後零時58分ころ,同市b区jk丁目l番m号B病院において,同人をびまん性脳損傷,急性硬膜下血腫により死亡させ,
第2 上記日時場所において,普通乗用自動車を運転中,上記Aに上記の傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護するなど必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(証拠) 省略
(主位的訴因を認定しなかった理由)
本件の主位的訴因の要旨は,被告人は,平成11年11月14日午前1時30分ころ,北九州市a区bc丁目d番e号付近道路をx方面からy方面に向かい自動二輪車を運転して走行中のA(当時19歳)に対し,その後方から普通乗用自動車を運転して時速約80キロメートルで約350メートルにわたって追跡するとともに,繰り返し自車前部を上記自動二輪車後部に至近距離まで接近させる暴行を加え,よって,そのころ,同市同区fg丁目h番i号付近道路において,同人をして,車両進入禁止規制がなされた左方道路に時速約63.5キロメートルで逃避することを余儀なくさせた上,同道路入口付近から約13.5メートル先に駐車中の普通貨物自動車に上記自動二輪車もろとも衝突させて同人にびまん性脳損傷,急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同日午後零時58分ころ,同市b区jk丁目l番m号B病院において,同人をびまん性脳損傷,急性硬膜下血腫により死亡させたものである。というのである。そうして,関係証拠によると,前記のとおり,被告人が普通乗用自動車を運転してA(以下被害者という。)運転の自動二輪車を追跡したこと,それにより,被害者が前記左方道路に進入した上,駐車中の普通貨物自動車に自動二輪車もろとも衝突し,前記傷害により死亡したことは明らかであり,被告人も認めるところである。
しかし,本件において被告人運転車両は,被害者や被害者運転車両に接触しておらず,被告人も,被害者に暴行を加えたり傷害を負わせたりする意思はなかった旨供述するので,この点について判断する。
1 関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告人は,日ごろから自己所有の普通乗用自動車(トヨタレクサス,左ハンドル,白色,エアロパーツ付き)や父親の所有する普通乗用自動車(トヨタレクサス,左ハンドル,パールツートーン色,車両重量約1700キログラム,フロントガラス以外の窓に黒色フィルムを張ったもの。以下本件車両という。)を運転して使用していたが,平成11年11月13日夜ころ,上記被告人所有車両が改装中であったため,本件車両を運転して,当時
の交際相手C及び友人Dを乗せて居酒屋に行き,同所で飲食した後,北九州市a区fg丁目u番v号所在のボーリング場Eに赴いた。
(2) 被告人は,同月14日午前1時過ぎころ,上記D及びCをそれぞれの自宅に送るため,上記Eを出て上記場所所在のF駐車場に止めていた本件車両運転席に乗車し,Cはその助手席に,Dは後部座席左側に乗車した。 被告人は,本件車両を運転し,上記駐車場から国道200号線に進出し,同所からx方面へ約72メートル離れた同市同区bc丁目d番z号所在のG付近交差点で,赤色信号に従い停車した。
被告人が青色信号に従い発進した直後,進路前方左側にある同市同区bc丁目d番w号所在のHから,被害者の運転する自動二輪車カワサキゼファー(車両重量約200キログラム,ナンバープレートを取り外したもの。以下被害車両という。)が進出し,本件車両の前方約15メートルを左から右に横切り,反対車線をx方面からy方面に向かい走行し始めた。 このとき被告人は,被害車両がエンジンを空ぶかしして自分を挑発したと感じ,上記H付近道路(以下追跡開始地点という。)で本件車両を右側に転回させて反対車線に入り,その前後,被害者に危害を加えることを意味する内容の独り言をつぶやいて,被害車両の追跡を開始した。
被害者は,被告人及びDの顔見知りで,上記運転の際ヘルメットを着用していなかったが,被告人及びDは,いずれもこのとき被害車両の運転者が被害者であるとは気が付かなかった。
なお,被害者は,上記運転当時,自動二輪車の免許を取得しておらず,被害車両は,知人から又借りしていたものであった。
(3) 道路状況等
追跡開始地点から後記本件事故現場付近までの国道200号線は,最高速度が50キロメートル毎時に制限され,片側1車線の平坦なアスファルト道路で,y方面に向かって左側車線の幅員約3.9メートル(路肩を含む)の道路であり,その間に右又は左に曲がる緩やかなカーブが3か所あり,信号機が1台設置されている。本件事故当日雨は降っていない。追跡開始地点には夜間営業の商業施設があり,街灯も設置されているが,本件事故現場付近道路には,x方面に約21メートル,y方面に約52メートル離れた場所にそれぞれ街灯が1基づつある以外ほとんど照明がなかった。
(4) 被告人は,上記追跡開始後,本件車両の速度を上げて被害車両との距離を縮め,追跡開始地点からy方面へ約160メートル付近で車間距離約17メートルにまで追いついた。
このころ被害者は後ろを振り返り急加速したが,本件車両も時速約80キロメートルまで速度を上げて車間距離を縮めた。
被告人は,被害車両との車間距離が縮まると,運転席の背もたれから背中を浮かし,やや前屈みの姿勢になって運転に集中し,追跡開始地点からy方面へ約400メートル付近で両車の車間距離は約2.5メートルまで縮まり,本件車両が減速することにより約10メートルほど離れ,再び時速約80キロメートル程度に加速することにより約2.5メートルに縮まることを2,3回繰り返した。
この時の被告人の運転の態度等にアルコールによる影響は格別見られなかった。
(5) 本件事故
被害者は,本件車両から逃れるため,追跡開始地点からy方面へ約600メートルほど進行した同市同区fg丁目h番i号I付近の,国道200号線沿いから左斜め前方へ分岐した,幅員約5.5メートル(両脇の路肩を含む),1車線交互通行の車両進入禁止規制がなされたアスファルト道路に,時速約63.5キロメートルで進入し,後方を振り返った直後,同道路への分岐点付近から約13.5メートル先の,同道路のほぼ左端に駐車中の普通貨物自動車(車両重量約1480キログラム,車幅約169センチメートル)の右前部に被害車両もろとも衝突した(以下本件事故といい,同分岐点から衝突地点までを本件事故現場という。)。
2 傷害致死罪の成否について
上記事実を前提に,本件における傷害致死罪の成否を判断するに,同罪にいう暴行とは,人の身体に対する不法な有形力の行使をいうところ,人の身体に接触しない場合でも,その有形力の行使が暴行に該当することがあり,自動車
を走行させることによる暴行も成立すると解される。しかし,自動車の運転は,それ自体常に重大な事故を生ずる可能性を内包する行為である一方,社会の多くの場面で日常生活上不可欠なものであって,交通事故を発生させるおそれのある危険な運転行為は,通常,それ自体道路交通法により,それによって死傷の結果が発生した場合には業務上過失致死傷罪(刑法211条),危険運転致死傷罪(同法208条の2,本件後の平成13年法律第138号により新設)等によって律することが予定されているものであるから,単に危険な運転行為であるからといって直ちに暴行に該当すると解するのは相当でない。前記自動車運転に関する諸事情を考慮しつつ,前記暴行の意義に従い解釈すると,自動車を走行させることが暴行に該当するというためには,当該自動車を直接相手方の身体又はその乗車車両に接触させるか,接触させた場合と同程度に相手方の身体に対する具体的危険を発生させたことを要すると解すべきである。本件のような追跡行為の事案においては,必ずしも双方の車体の直接的接触を要しないものの,追跡の態様,道路状況,走行距離,車間距離,速度等に照らし,相手方車両をして反対車線に進出するなど危険な回避行為をしなければ接触が避けられない状況に追い込む行為であると客観的に認められる場合には,相手方に対し傷害の具体的危険を生じさせたものとして,暴行に該当すると解すべきである。
この点,本件において,追跡開始地点から本件事故現場付近までの国道200号線は,信号機が1か所設置されているものの,片側1車線であって交互通行や車線変更は行われておらず,道幅も狭いとはいえないこと,特に急なカーブもないこと,犯行当時は深夜で比較的交通量が少なく,雨も降っていなかったことに照らし,比較的運転の容易な道路状況であったと認められる。また,追跡行為の態様は,普通乗用自動車で自動二輪車を追跡するというものではあるが,専ら後方から車間距離を狭めたにとどまり,幅寄せ等それ自体で車両の安定性を著しく損なう態様のものではなかったこと,追跡開始地点から本件事故現場付近までの走行距離は約560メートルないし600メートルと長距離とはいえないこと,最接近時の車間距離は約2.5メートルとかなり接近したものであるが,追跡中この距離にまで接近したのはごく短時間にとどまること,時速80キロメートルという速度は,制限速度50キロメートル毎時をかなり上まわり通常より危険性も高まっているとはいえるが,その速度自体からその場所において著しい危険が生じていたとは考えられず,追跡中常にこの速度が維持されていたわけではないこと,上記道路状況や追跡状況のもとで,被害者が追跡を避けるため高速度のまま脇道に入り,しかも後方を振り返り,たまたま駐車していた車両に衝突するという事態は,被告人にとって予想外のものであり,一般的にも,被害者が後方を振り返り,駐車車両に衝突するという点は,容易に予測しえないことなどの事情に基づき総合的に判断すると,被告人の運転行為は,被害車両をして反対車線に出るなど危険な回避行為をしなければ接触が避けられない状況に追い込むまでには至っておらず,本件車両を被害車両に接触させた場合と同程度に被害者の身体に対する具体的危険を発生させるものであったとまでは認めることができない。
なお,被告人が,被害者を畏怖させるなどのいやがらせ目的で追跡行為をしたとしても,畏怖させる行為(脅迫)と暴行とを同視することはできない。また,被告人の所為が,本件後の平成13年法律第138号により新設された刑法208条の2第2項前段に該当しうるとしても,同条項をその施行前の本件に適用できないのはもちろん,同条項に規定する運転方法が全て暴行に該当するものではなく,上記各事情に照らし,被告人の運転行為をもって傷害致死罪にいう暴行に該当すると解することはできない。
3 なお,暴行を伴わない無形的方法による傷害罪(その結果的加重犯としての傷害致死罪)が成立するためには,故意の内容として具体的な傷害結果発生の認識,認容を必要とすると解すべきである。この点,被告人は,追跡を開始する際,こかしちゃる,殺しちゃる,又はくらわしちゃるといった
被害者に危害を加える内容の独り言をつぶやいたことが認められるものの,このような言葉は往々にして憤激の感情表現として発せられるもので,かかる発言から直ちに被告人が被害者に危害を加え,あるいは殺害するなどの意思を有していたと推認することはできず,本件全証拠によっても,被告人が,未必的にせよ,被害者を路上の障害物に衝突させるなどして傷害を負わせる結果を認識認容していたと認めることはできないから,本件において無形的方法による
傷害罪(その結果的加重犯としての傷害致死罪)も考えられない。4 以上により,主位的訴因である傷害致死罪の成立は認めなかった次第である。
(法令の適用)
罰条
第1の行為 平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段
第2の行為
救護義務違反の点 平成13年法律第51号による改正前の道路交通法117条,72条1項前段
報告義務違反の点 平成13年法律第51号による改正前の道路交通法119条1項10号,72条1項後段
科刑上一罪 刑法54条1項前段,10条(第2の罪について重い救護義務違反の罪の刑で処断)
刑種の選択 各罪についてそれぞれ懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条,47条本文,10条(重い第1の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転中,自動二輪車を運転していた被害者を自車で追跡し,その際被害者運転車両に自車前部を至近距離にまで接近させた過失により,同人を脇道に逃避することを余儀なくさせ,駐車中の普通貨物自動車に衝突させて死亡せしめ(第1),これにより被害者に傷害を負わせる交通事故を起こしたにもかかわらず,救護等の措置や警察官への報告を怠って逃走した(第2)という,業務上過失致死及び道路交通法違反の事案である。 第1の犯行について,被告人は,被害者が空ぶかしをしたと考え腹を立てるなどし,被害者にいやがらせをするとともに被害車両を停止させて運転者が誰か確かめようとして追跡行為に及んだものであるが,制限速度を時速約30キロメートル上回る高速度で被害者を追跡し,車間距離を約2.5メートルという至近にまで接近させるという危険な運転をしたものであって,その過失は重大である。同犯行の結果,被害者はびまん性脳損傷,急性硬膜下血腫等の傷害を負い,約半日後に死亡するに至ったもので,この間,被害者の肉体的苦痛が激しかったことはもとより,突然の事故により十代にして人生を終わらされた無念さは察するに余りあり,結果は特に重大である。さらに第2の犯行について,被告人は,本件事故を認識し,同乗者らから再三事故現場に戻り救護の措置をとるよう忠告されたにもかかわらず,犯行の発覚により刑事処罰や行政処分を受けることを免れる目的でその場を逃走し,同乗者らに犯行の口止めまでしており,自己中心的考えに基づく悪質な犯行である。これらの事情に鑑みれば,遺族の処罰感情が極めて厳しいのは無理からぬところである。被告人は,平成9年7月,筑豊狩りと称して筑豊ナンバーの車両運転者を集団で暴行して傷害を負わせた事案により,懲役2年,4年間執行猶予の判決を受け,執行猶予期間内であったのに,自戒しないで,本件に及び,本件犯行以前に速度超過など罰金前科2件を含む多数の交通違反歴を有していることから,規範意識に乏しく,交通法規遵守の精神も著しく欠如しているといえる。しかも被告人は,本件犯行後も短期間に3回の速度違反等を犯しており,本件犯行の重大性を真摯に受け止めているとは言い難い。 以上によれば,被告人の罪責は重いというべきである。
他方,被害者にも,無免許で自動二輪車を運転し,ヘルメットも装着していなかった点に落ち度があること,被告人及びその両親と被害者の両親との間で,被告人が被害者の両親らに対し金5250万円の損害賠償金を分割して支払い,被告人の両親が合計2704万円の限度でその支払債務を連帯保証することなどを内容とする刑事上の和解が成立していること,被告人の母親が被告人の更生に協力する旨約束していること,被告人は本件犯行について反省の意思を表していることなど,被告人に有利な情状もあるが,これらを十分斟酌しても,本件について刑の執行を猶予するのは相当でなく,主文の量刑が相当であると判断した。(求刑 懲役7年)
平成14年6月3日
福岡地方裁判所小倉支部第2刑事部

裁判長裁判官 大 泉 一 夫
裁判官 川 野 雅 樹
裁判官 坂 本 好 司


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