判例検索β > 平成30年(う)第464号
過失運転致死傷被告事件
事件番号平成30(う)464
事件名過失運転致死傷被告事件
裁判年月日平成30年10月4日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
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平成30年10月4日宣告
平成30年

第464号
判決
上記の者に対する過失運転致死傷被告事件について,平成30年3月19日大津地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官内田武志出席の上審理し,次のとおり判決する。主文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中130日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人渡辺顗修作成の控訴趣意書及び「上申書
弁護

人作成の控訴趣意書の訂正その他」と題する書面第1に記載のとおりであるから,これらを引用するが,論旨は,刑訴法378条3号違反,理由不備(同条4号違反),訴訟手続の法令違反,事実誤認,量刑不当の各主張である。
そこで,記録を調査して検討する。
第1

原審の審理及び原判決の概要

原審において,被告人及び弁護人は,起訴状記載の公訴事実(以下「本件公訴事実」という。)はそのとおり間違いない旨陳述し,弁護人は,検察官が請求した被告人の自白調書を含む書証全部の取調べに同意し,原裁判所はこれを取り調べた。被告人は,原審の被告人質問でも,本件事故の原因につき,捜査段階における自白とおおむね同旨の供述をした。
原判決は,関係証拠に基づいて,要旨,次のとおり犯罪事実を認定し,被告人を禁錮2年8月の実刑に処した。
(原判決が認定した犯罪事実の要旨)
被告人は,平成29年11月21日午前10時55分頃,大型貨物自動車
を運転し,名神高速道路下り線416.8キロポスト付近の第1車両通行帯を北方から南方に向かい進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,左手に持ったスマートフォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるなどして前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま漫然と時速約80キロメートルで進行した過失により,折から渋滞のため減速進行中ないし停止中のA運転の普通乗用自動車を前方約2.6メートルの地点に初めて発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,同車に自車を追突させ,A運転車両を前方に押し出し,同車をその前方で減速進行中の準中型貨物自動車に,同車をその前方で減速進行中のB運転の普通貨物自動車に,同車をその前方に停止中のC運転の普通乗用自動車に順次追突させた上,B運転車両を道路左側のガードレールに,前記準中型貨物自動車をC運転車両にそれぞれ更に衝突させ,よって,Aに頭蓋内損傷の傷害を負わせ,その頃,同所において,前記傷害によりAを死亡させたほか,B,C及びその各同乗者らの計4名にそれぞれ加療約10日間ないし約2週間の傷害を負わせた。
なお,原判示の【犯罪事実】は,本件公訴事実中,「携帯電話の操作等に気を取られ,前方左右を注視せず」とある部分を,前記のとおり,「左手に持ったスマートフォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるなどして前方左右を注視せず」と変えたほかは,本件公訴事実のとおりである。
第2

刑訴法378条3号違反及び理由不備をいう論旨について

論旨は,本件公訴事実に記載された訴因のうち「携帯電話の操作等に気を取られ,前方左右を注視せず」とある部分に,検察官が冒頭陳述で補足した内容を併せると,検察官が実質上の訴因とした事故直前の被告人の過失は,スマートフォンの画面をちらちら見ながら入力操作をすることにより,前
方不注視になりがちな状態(「スマホ画面ちらちら見」)と,
スマートフォンを,体をしゃがめて(屈めて)拾い上げようとしたこと(「体しゃがめ・落下物拾い上げ」)の2段階構造になっており,このうち,本件事故の直接かつ直近の過失は,「体しゃがめ・落下物拾い上げ」であるのに,原判決は,犯罪事実として,上記㋐の「スマホ画面ちらちら見」しか認定しておらず,上記㋑の「体しゃがめ・落下物拾い上げ」の有無について審判をせず,実質上の訴因とされた直接かつ直近の過失とは異なる過失だけを認定したものであるから,原判決には,刑訴法378条3号違反の違法がある,また,検察官が主張する過失のうち,上記㋐の「スマホ画面ちらちら見」だけで本件態様の事故に当然につながるのか不明確であるのに,原判決は,過失ないし事故原因としてこの点だけしか認定していないから,理由不備の違法(同条4号)がある,というものと解される。
しかしながら,本件公訴事実における被告人の過失の態様は,検察官の冒頭陳述その他の主張を併せて検討しても,前方左右を注視し,進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま進行したという前方注視義務違反(前方不注視)をいうものであり,検察官が主張する前方不注視の原因は,あくまで,被告人が「携帯電話(スマートフォン)の操作等に気を取られ」たことであって,被告人が携帯電話を取り落としてこれを拾おうとしたという事実は,被告人がスマートフォンの画面を見たり,その入力操作を行ったりしたことと同じく,「携帯電話の操作等」の具体的な態様の一つをいうものにすぎないというべきである。原判決は,本件公訴事実における審判の対象である,被告人の前方注視義務違反(前方不注視)の過失による本件事故の発生とこれによる被害者らの死傷の事実について審判をしたものであるから,そもそも刑訴法378条3号に違反するものでないことは明らかである。また,原判決の理由には刑訴法44条1項,335条1項により要求される判決理由に欠け
るところもなく,理由不備の違法がないことも明らかである。
なお付言すると,所論は,前記㋐の「スマホ画面ちらちら見」の段階では,進路前方の道路状況が一定程度被告人の視界に入っており,前方に対する注意が全く欠落していたわけではないのに対し,前記㋑の「体しゃがめ・落下物拾い上げ」では,進路前方の道路状況が被告人の視界から全く消えたのであるから,両者は必然的に一体的で不可分というわけではない,前者の状態が続いたのであれば,被告人はA運転車両にもう少し早く気付くことができたはずであって,被告人がA運転車両を視界から見失った直接の原因は,前記㋑の「体しゃがめ・落下物拾い上げ」であるなどと主張する。しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,最初の衝突地点の約228メートル手前でスマートフォンを操作し始めた後,A運転車両を初めて発見するまでの間(原審乙6の5頁,同乙7の1頁,同乙11の3頁,同乙17の2頁。なお,原審公判における被告人の供述もこれと積極的に矛盾するものではない。),約10秒間にわたり,前を見てさえいれば容易に気付くことができたはずの渋滞車列に全く気付かなかったものであって,この間,進路前方の注視を著しく欠いていたものと認められる。そうすると,被告人がスマートフォンを左手に保持しその画面を見ながら入力操作をするなどしていた間と,スマートフォンを取り落とした後,A運転車両を発見するまでの間とで,前方不注視の程度に見るべき差異があったとはいえないし,A運転車両との距離が約2.6メートルに迫るまで,進路前方の渋滞車列の存在に気付かなかった主たる原因が,スマートフォンを取り落として拾おうとしたことにあったとも認められない。そもそも,被告人がスマートフォンを取り落としたこと自体,運転をしながら左手でスマートフォンを操作していたことに起因することが明らかであり,被告人が前方不注視に陥った原因は,結局のところ,被告人が,機器本体を左手に保持しその画面を見ながら入力操作等をしなければならないような態様でスマートフォンを使用しつつ運転していたことに尽きる
というべきである。
以上のとおり,被告人がスマートフォンを取り落とした前後で被告人の過失の態様を分けて考えるべき理由はなく,本件事故の直接の(又は主な)原因が,スマートフォンの画面を見ながら入力操作をするなどしていた間の前方不注視ではなく,その後,これを落として拾おうとした際の前方不注視であるなどとする所論の主張は認められないし,検察官が原審で本件公訴事実についてそのような主張をしたものとも解されない。なお,原判決は,【犯罪事実】の項において,前方不注視の原因につき,「左手に持ったスマートフォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるなどして前方左右を注視せず」と認定しているところ,【量刑の理由】の項に説示する内容も併せると,上記にいう「など」は,被告人がスマートフォンを床上に落としてこれを拾おうとしたことを含む趣旨と解される。所論は採用できず,刑訴法378条3号違反及び理由不備をいう論旨は,いずれも理由がない。
第3

自白の補強証拠に関する訴訟手続の法令違反(刑訴法319条2項違
反)又は理由不備をいう論旨について
論旨は,原判示の犯罪事実のうち,被告人の過失に関する部分については,被告人の自白が唯一の証拠であって,本件事故当時に被告人がスマートフォンを所持していたことや,被告人がその画面に脇見をするなどしていたことなどについて,その裏付けとなる補強証拠はなく,したがって,原審で取り調べられた証拠によって原判示の被告人の過失を認定することはできないのに,被告人の自白のみに基づいてこれを認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反(刑訴法319条2項違反)がある,仮に記録中に補強証拠が存在するとしても,原判決は,どの証拠のどの部分が補強証拠に当たるかを明示しなければならないのにこれをせず,証拠を概括的に列挙しているにすぎないから,理由不備の違法がある,というの
である。
しかしながら,補強証拠は,必ずしも,自白にかかる犯罪組成事実の全部にわたってこれを裏付けるものである必要はなく,自白にかかる事実の真実性を保障しうるものであれば足りるところ(最高裁判所第2小法廷昭和23年10月30日判決・刑集2巻11号1427頁等参照),本件において,時速約80キロメートルで進行中,最初の衝突地点の約228メートル手前の地点からスマートフォンのアプリケーションソフトを使って到着時刻を調べるなどしていたため,前方約2.6メートルの地点にA運転車両を発見した時点まで,同車を含む渋滞車列の存在に全く気付かず,A運転車両を発見した直後に急制動の措置を講じたものの,制動が効き始める前にA運転車両に衝突したとする被告人の供述は,原判決が【証拠】の項に掲げる証拠のうち,被告人の供述以外の証拠によって認められる客観的な事実関係,すなわち,本件事故現場の見通しや渋滞の状況,被告人運転車両がA運転車両に衝突した後の同車を含む関係車両の動き,関係車両の損壊状況等に整合している。過失の態様(前方不注視に陥った原因を含む。)に関する被告人の自白は,これらの客観的事実によりその信用性が保障されているといえ,補強証拠としては,原判決の【証拠】の項に記載されている範囲内の証拠で十分である。所論は,最高裁判所第1小法廷昭和42年12月21日判決・刑集21巻10号1476頁,大阪高等裁判所平成2年10月24日判決・高刑集43巻3号180頁を引用して,本件においては,スマートフォンの存在等の裏付けとなる客観的な証拠が必要である旨主張するが,上記の各判決はいずれも事案を異にし,本件に引用するのは適切ではない。なお,被告人が本件事故当日に使用していたスマートフォンが発見されていないのは,被告人がこれを被告人運転車両の運転席付近の床上に落とした状態のまま車外に脱出した後,その座席付近がA運転車両からの延焼により激しく焼損したことによるものであり,被告人の供述のうち,本件当日スマートフォンを所持し
ており,本件事故の発生直前にこれを使用していたとする部分の信用性に疑いを抱かせるような事情は何ら存しない。また,どの証拠のどの部分が補強証拠に当たるかといった事項を,判決書において明示しなければならないとする法律上の根拠はない。
したがって,自白の補強証拠に関する訴訟手続の法令違反(刑訴法319条2項違反)又は理由不備をいう論旨は,いずれも理由がない。
第4

事実誤認の論旨について

論旨は,被告人の記憶では,被告人は,最初の衝突地点の手前228メートル辺りで急に眠気に襲われて一瞬意識が途絶え,ふと気付いたときにはA運転車両が前方約2.6メートルの地点に迫っており,急制動をかけたが間に合わず衝突したものであって,本件事故の原因は,居眠り運転であるから,これと異なり,被告人が左手に持ったスマートフォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるなどしたことによる前方注視義務違反が原因であると認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
しかしながら,論旨は,刑訴法382条所定の事実の援用を欠いているから,不適法な主張というべきである。
この論旨に関し,弁護人は,平成30年6月29日付け事実の取調べ請求書において,被告人が捜査段階や原審公判で前記の居眠り運転であったとする主張・供述をせず,スマートフォンへの脇見等が事故原因である旨供述していた理由について,被告人は,当初,事故の原因について思い当たることがなかったが,警察の取調べでスマートフォンが原因かと思い,その旨を口にした,その後,居眠りが原因と確信したが,疲労が原因となると会社などに迷惑になるし,取調べも進んでおり,スマホ「ながら運転」よりも居眠り運転による事故の方が重く処罰されると思い,居眠りが原因だとは言い出せなかった,などと主張し,事故原因に関する新主張の証拠として,被告人が
原判決後に作成した陳述書(当審弁8ないし同20)等の事実取調べを請求した。しかしながら,弁護人の前記主張を前提としても,被告人は,当初は,事故の原因について思い当たることがなかったというのであるから,当初から,少なくとも,A運転車両との衝突地点の200メートル余り手前を走行していた時点から,前方約2.6メートルの地点にいるA運転車両を発見する時点までの間の自身の運転状況が分からないという自覚があったにもかかわらず,これを正直に述べず,その後,事故の原因について確信するに至ったのに,それまでにしていた事故の原因に関する別の供述を維持した方が会社や被告人自身にとって有利であるとの判断の下,あえて従前の供述を訂正しなかったというにすぎないことになる。このような事情は,もとより刑訴法382条の2第1項所定のやむを得ない事由には当たらず,控訴趣意書にこれを援用することはできない。
また,原審で取調べ済みの関係証拠によって認められる本件事故の態様や,事故直後の被告人の言動等に鑑みれば,真実,最初の衝突地点の手前約228メートル付近から同衝突地点に至るまでの間に,被告人がスマートフォンを使用していた事実はなく,本件事故の原因が居眠り運転であったのであれば,被告人において当初からそのことが分からなかったはずはなく,被告人が認識しているという本件事故原因についての当審における新主張や,捜査段階及び原審公判でこれと異なる主張・供述をしていた理由に関する前記主張は,その内容自体が,他の関係証拠に照らし,極めて不自然かつ不合理であるといわざるを得ない。前記の新主張の内容を踏まえ,改めて記録を精査しても,スマートフォンでアプリケーションソフトを使っていて本件事故を起こしたとする被告人の捜査段階の供述及び原審公判供述に合理的な疑いを容れる余地はなく,職権により新証拠を取り調べる必要があるとも認められない。
事実誤認の論旨は理由がない。

第5

量刑に関する訴訟手続の法令違反及び量刑不当の論旨について

1
原判示の量刑理由及びこれに対する当裁判所の判断

原判決は,【量刑の理由】の項において,要旨,次のとおり説示する。⑴

被告人は,高速道路上において大型貨物自動車を運転していたの

であるから,脇見をすることのないようにして,特に前方を注視して慎重に進行すべきであったにもかかわらず,左手に持ったスマートフォンを起動し,画面をタッチしてたち上げたドライブ計画用アプリ(アプリケーション)に出発地を入力する操作等を行った上,同スマートフォンを床上に落としてこれを拾おうとするなどして,約10秒間も前方の注視を怠り,本件事故を引き起こした。時速約80キロメートルという被告人運転車両の速度,スマートフォンの小さい画面に意識を集中しており,前方注視がほぼ完全に疎かになっている態様や前方不注視時間の長さ,進路の見通しが良かったにもかかわらず,被告人が実際にA運転車両の約2.6メートル手前という差し迫った時点に至るまで渋滞に気付かなかったことに照らすと,本件前方注視義務違反は,自動車運転者としての基本的な注意義務に違反したことはいうに及ばず,被告人が通常の過失態様を逸脱する運転をしたと評価すべきであって,犯行態様の危険性は著しく高い。他方,各被害者には何ら落ち度がない。以上の点は,被告人の刑の重さを検討するに当たって最も重要視すべき犯情事実である。


進路前方に渋滞があることを事前に確定的に認識していたことや,
前記アプリ操作の理由が,荷受先へのおおよその到着時刻の検索であって走行中にこれを行う緊急の必要性もなかったことから,いわゆるスマホ「ながら運転」という,本件実行行為に直結する行為を選択した被告人の意思決定に対する非難の程度も相当に高いというべきである。


一般的に見て,スマホ「ながら運転」は,過失運転致死傷の各類

型中において,スマートフォンの小さい画面における手指による比較的細密
な動作に意識を集中する必要があり(車載のカーナビゲーションや,旧来の携帯電話機のボタン操作と異なり,手探りや指の触感で操作目的を達成することが難しく,画面の視認が不可欠となる特徴があり,意識を相当程度集中する必要がある。),自動車運転者としての通常の過失態様を逸脱する危険な態様であるといえる。その上で,本件犯行態様に即応して具体的に検討すると,前方に渋滞が発生していることを電光掲示板で認識していた点,高速道路上を時速約80キロメートルで走行中,前方注視を約10秒間,200メートル以上もの距離にわたりほぼ完全に怠っている点などに照らして,前記スマホ「ながら運転」の社会的類型の中でも量刑がやや重い部類に属すると考えられる。


以上の点(前記⑴ないし⑶に要約した点のほか,生じた結果の重
大性等も含む。)からすると,本件において,被告人に対してその刑の執行を猶予する余地はなく,科す禁錮刑も相当長期間とすることが相当である。⑸

検察官の禁錮2年の求刑は,前記のとおりのスマホ「ながら運転」
という社会的類型の一般的危険性や,その類型中での本件犯行自体の危険性を過小評価し,このような類型が一定数出現する以前の従来の過失運転致死傷の量刑傾向を前提とし,これに捉われたものと評価でき,軽過ぎる。スマホ「ながら運転」が比較的新しい過失運転致死傷の社会的類型の1つであることに鑑み,スマホ「ながら運転」又はこれに類する過失運転致死傷ないしこれを含む罪に係る平成27年以降の公刊物登載裁判例につき,事案ごとの特徴や各判決が重視した量刑事情を整理して慎重に検討した上で,そのように判断した。
以上の原審の量刑判断の手法に取り立てて違法,不当な点はなく,原判決が認定,説示した量刑事情及びその評価はいずれも相当であって,その量定した禁錮刑の刑期が,原判示の犯情評価や同種事案の量刑傾向に照らし重過ぎて不当であるとも認められない。

2
量刑に関する訴訟手続の法令違反をいう論旨について

以上に対し,論旨は,まず,原判決がいうように,裁判例の中から積み上げられた「社会的類型」なるものによって法定刑から具体的事例に沿った宣告刑が決められるというのであれば,当該の量刑傾向ないし量刑分布は,重要な情状事実であるというべきであるから,これを裏付ける証拠を公判廷に顕出し,当事者も理解可能な状態とすることが求められる,また,裁判官が,検察官の論告を聞き,自己が信じる「社会的類型」との違和感を感じ,あるいは求刑が軽過ぎると判断したのであれば,釈明権を行使して,検察官にも求刑の根拠となる裁判例等を摘示させ,これに対しても被告人側に反論,反証の機会を与えるべきである,ところが,原審は,このような手続を欠いたため,原審弁護人は,原審が判決段階で持ち出した範囲不明の一群の裁判例に基づく量刑がなされることは全く予想していなかったものであり,独自に調査した裁判例を資料として検察官の求刑を超える量刑をした原審には,訴訟手続の法令違反(憲法31条違反,刑訴法317条違反,審理不尽)の違法があると主張する。
しかしながら,証拠により認められる犯情事実を評価し,その評価に従って刑種を選択し,あるいは数量化を行って刑を量定するに当たって,公平・公正の見地から,他の同種同類の事案の裁判例との均衡を考慮する必要があることはいうまでもないところ,この検討は,必ずしも特定の裁判例や資料に基づいてなされるのではない。裁判官は,自らの職責として,必要に応じ公刊物に表れた裁判例を調査し,あるいは,自らが過去に担当した事件その他職務上知り得た裁判例等から得た専門的知見を用いて上記作業を行うのであり,その判断の基礎となる裁判例等の資料ないしこれらによって導き出される量刑傾向や量刑分布は,証明の対象となる事実ではないし,公判廷での顕出を要するものでもない。また,弁護人としても,裁判例を調査するなどして同種事案の量刑傾向を把握した上で弁論をするのは当然の職責であって,
必要と考えれば,弁論において具体的な裁判例を指摘するなどし,自己が考える量刑傾向に言及しておくこともできるのである。この点を本件について実質的にみても,検察官が,論告において,本件の量刑上取り分け重要視すべき事情として,大型車両を高速度で運転中に携帯電話(スマートフォン)の操作を始め,その後10秒間も前方注視を怠っていたという被告人の行為が,危険極まりなく,過失が重大である点を主張していることは明らかであるといえ(論告要旨第2の2ないし4),原審弁護人としても,本件がこのような特徴を有する事案であり,したがって,原審裁判所が,量刑判断に当たり,このような点で類似性がある裁判例との均衡を考慮するであろうことを認識ないし想定することができなかったなどとは到底考えられない。そして,求刑は,科刑についての検察官の意見にすぎず,もとより裁判所の量刑の上限を画するものではないし,その当否は,基本的に判決で示すべきものであり,裁判所が求刑を軽過ぎると考え,これより重い量刑をする場合に,判決に先立って,被告人側の手続保障のために検察官に求刑の根拠を釈明させるなどの特段の手続を採る必要は何ら存しない。
量刑に関する訴訟手続の法令違反をいう論旨は理由がない。
3
量刑不当の論旨について

論旨は,被告人を禁錮2年8月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であると主張し,その理由として,次のとおり主張する。すなわち,①本件事故の原因は,居眠り運転であるのに,原判決は,事実誤認の論旨として主張したとおり,量刑判断の前提事実を誤認している。②そうでないとしても,本件は,被告人が,運転中に手にしていた物を落としたため,これを拾おうとする姿勢をとった結果,前方不注視となった類型の事案であり,スマートフォンの扱いの特殊性など関係がないのに,原判決は,スマートフォンを現に操作していることによって前方不注視となり事故を起こしたという,全く筋違いの類型の事件との比較を行って被告人を重く処罰している。③当
審弁護人において原判決がいう「スマホ『ながら運転』」に該当すると思われる裁判例を調査したところによれば,スマートフォンの利用,脇見といっても多様な形態があり,生じた結果との関係などを踏まえても,原審裁判官が発見できたような「スマホ『ながら運転』」という社会的類型が存在し,一定の量刑相場ないし量刑分布が読み取れるというわけではない。④検察官は,本件特有の過失態様を十分考慮した上で禁錮2年という求刑をしたのであるから,これを上限とするのが妥当である。以上のとおり主張する。しかしながら,所論①,②が採用できないことは,それぞれ前記第4,第2で説示したとおりであり,本件は,まさに,自動車運転中にスマートフォンでアプリケーションソフトを使用するという行為が内包する危険性が,事故の惹起に直結した事案であるといえる。
所論③については,原判決がいうスマホ「ながら運転」を社会的類型と呼ぶかどうかはともかく,運転中にスマートフォンの画面に表示された画像を注視するという行為は,これ自体や,これにより道路における交通の危険を生じさせるという行為が法律で特に刑罰をもって規制されていること(道路交通法71条5号の5,119条1項9号の3,120条1項11号)からも明らかなように,類型的に,高度の前方不注視を招来する危険性が高く,事故に直結し易い行為であるといえる。しかも,このような行為に伴う前方不注視は,単に注意散漫等が招いた事態というにとどまらず,運転者が自らの意思で積極的に選択した行為が招いた事態といえ,この意思決定に対する非難の程度も相当に高い。以上の点から,スマホ「ながら運転」により被害者を死傷させたという事案は,過失運転致死傷罪の中でも,類型的に犯情が悪い部類であるといえる。したがって,原判決が,本件の犯情のうち,画面の閲覧等を伴う形態でのスマートフォンの使用が,前方不注視の原因になっているという点を特に重要視し,この点で類似性を有する事案の裁判例を検討し,これとの均衡を考慮して本件の刑を量定するという手法を採ったこと
が,不合理であるとはいえないし,原判決が,上記の検討,考慮を行った結果,その説示する理由により,本件は,このような特徴を有する事案の中で量刑がやや重い部類に属するとした点も,何ら不合理な判断とはいえない。所論④については,検察官の求刑は,裁判所の量刑判断を拘束するものではなく,もとより,単に求刑を超えているというだけで,量刑が重過ぎるといえるものではない。そして,原判決は,前記1⑴ないし⑶のとおり,相応の理由を示した上で,同⑸において,検察官の求刑は,本件の犯情及び他の同種類型の事案の量刑傾向に照らして軽過ぎると指摘し,被告人を禁錮2年8月に処しているところ,その判断が妥当であることは,弁護人が控訴趣意書において引用する,過失の態様が前方不注視で,その原因にスマートフォン(携帯電話)でのアプリケーションソフトの使用が関係している過失運転致死傷若しくはこれを含む事案又は過失運転致死の事案についての複数の裁判例と比較検討しても明らかである。
なお,弁護人は,被告人の現在の反省状況などの原判決後の情状に関する事項を立証趣旨として,被告人質問及び弁護人作成の調査報告書(当審弁21,同22)の取調べを求めた。しかしながら,原判決は,被告人が原審段階で公訴事実を認めて反省の態度を示していたことなどの有利な一般情状を既に相応に斟酌している上,当審においては,被告人は,過失の態様に関する従前の供述を翻し,この点に関する原判決の事実認定を争うに至っているところ,その新主張が採用できないことは前述のとおりであることにも照らせば,弁護人が新証拠により立証しようとする原判決後の情状が,原判決の量刑判断をいささかも左右するとは考えられない。よって,当裁判所は,原判決後の情状に関する事実取調べも行わなかったものである。
所論はいずれも採用できず,量刑不当の論旨も理由がない。
第6

結論

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審におけ
る未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(大阪高等裁判所第5刑事部
之,裁判官

裁判長裁判官

福島恵子)

西田眞基,裁判官

五十嵐常

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