判例検索β > 平成29年(ワ)第724号
損害賠償請求事件
事件番号平成29(ワ)724
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成30年10月26日
法廷名大阪地方裁判所
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主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求

被告は,原告に対し,5210万8735円及びこれに対する平成7年7月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要
本件は,原告が,平成7年に原告の自宅で発生した火災(以下「本件火災」とい
う。)により原告の子が焼死した事故に関し,本件火災の原因は,被告が設計・製造し,販売した軽乗用自動車が通常備えるべき安全性を備えておらず,
同車から漏出したガソリ
ンに原告宅の風呂釜の種火が引火したものである旨主張して,
被告に対し,
不法行為に基
づく損害賠償として,
原告が相続した子の損害
(逸失利益及び死亡慰謝料の各2分の1に
相当する3237万1578円),原告固有の損害(慰謝料1500万円)及び弁護士費用の合計5210万8735円並びにこれらに対する平成7年7月22日(不法行為日)
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2
前提となる事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがないか,弁論
の全趣旨により容易に認定できる。)
当事者等

原告は,A(平成7年7月22日当時,11歳。以下「本件被害者」と
いう。)の母である。
本件被害者は,平成7年7月22日に死亡した。同人の死亡時の法定相続人は,原告と本件被害者の父であった(甲1)。

被告は,自動車,船舶,航空機その他輸送用機械器具の製造,販売及び
修理等を目的とする株式会社である。
本件火災の発生と当時の状況

原告は,大阪市内の木造瓦葺き2階建家屋(以下「本件建物」という。)
において,原告の子である本件被害者及びその弟とともに,内縁の夫であったBと同居していた(甲3,36)。

平成7年7月22日午後4時50分頃,本件建物において火災(本件火
災)が発生し,同建物の1階西側にある浴室で入浴中であった本件被害者が同所で焼死した(甲3,36)。

本件建物の浴室の南側は壁を隔ててコンクリート敷の土間となってお
り,本件建物の玄関に至る手前に位置する土間部分はガレージ(以下「本件ガレージ」という。)として利用されていたところ,本件火災当時,同ガレージには,被告の委託先が製造した別紙軽自動車目録(省略)記載のα・ストリート(以下「本件車両」
という。が後部を本件ガレージ奥に向けて駐車されていた

(甲3,
36)

原告を被疑者及び被告人等とする刑事事件の経過(甲3,36)

原告は,平成7年9月10日,Bと共謀の上,本件建物に放火して本件
被害者を殺害したとの現住建造物等放火及び殺人の被疑事実で逮捕された。その後,
原告は,同月30日,Bとともに,現住建造物等放火,殺人の被疑事実で起訴され,同年10月13日,Bとともに,詐欺未遂の被疑事実で追起訴された(以下,これらの起訴に係る刑事事件を「本件刑事事件」という。)。

本件刑事事件の第1審裁判所は,平成11年5月18日,原告及びBに
よる,現住建造物等放火,殺人及び詐欺未遂の各犯罪事実を認定し,原告に対し,無期懲役の判決を言い渡した。原告は,同判決に対し控訴したが,平成16年11月2日に控訴棄却の判決が言い渡され,平成18年12月11日には上告が,同月22日には異議の申立てが棄却されたことから,1審裁判所の上記判決第
(以下
「本
件有罪判決」という。)が確定した(以下,本項の刑事訴訟手続を「本件確定審」という。)。

Bについても,
本件刑事事件の第1審裁判所は,
平成11年3月30日,
原告と同様の犯罪事実を認定した上,無期懲役の判決を言い渡した。Bは,同判決に対し,控訴,上告及び判決訂正の申立てをしたが,いずれも棄却され,上記判決が確定した。

Bは平成21年7月7日に,原告は同年8月7日に,いずれも再審の請
求をし,両請求は併合審理されて,平成24年3月7日,原告及びBの両名について再審開始の決定(以下「本件開始決定」という。)がされた。同決定は,検察官による即時抗告が棄却され,平成27年10月30日に確定した。オ
本件開始決定に基づき,
平成28年5月2日,
再審の公判手続が行われ,

同年8月10日,原告に対する無罪判決が言い渡され,検察官が控訴権を放棄したことにより,同判決は即日確定した。
原告は,平成29年1月30日,本件訴訟を提起した。
3
争点及び争点に関する当事者の主張
本件火災の発生原因(争点1)
(原告の主張)

本件火災は,本件ガレージに駐車されていた本件車両の燃料タンク及び
同タンク内のガソリンにエンジン等からの熱が加えられ,燃料タンク内の圧力が上昇するという主要因に補助的な要因が加わり,同車両の給油口から液体ガソリンが少量ずつ漏出し,漏出したガソリンが本件ガレージ床面に拡大し,それにより発生したガソリン蒸気に本件ガレージの北西側に設置されていた風呂釜のガスバーナーの種火が引火して発生したものである。

本件車両の同種車両には,①軽自動車のコンパクトな車体で車内空間を
拡げるとともに重心を低くして走行安定性を高めるため,床を低くする設計が採られており,狭いシャーシ(車台)床下に多くの部品が配置されて,これらにより生じる高温の空気等により燃料タンクに熱が加わりやすい,②燃料タンク本体と給油口の距離が短く,少ない圧力で給油口までガソリンが押し上げられる,③ツーウェイバルブの抵抗が大きく,キャニスターの容量が不足しているなどエバポレーション機能(蒸気圧・空気圧を逃がして滅圧する機能)が不十分である,④ガソリン液面が給油口部分とタンク内部で分離している(連通管状態)ため,燃料タンク本体側で表面圧力が高まると給油口側のガソリンが押し上げられる等,燃料タンク内の液体ガソリンが給油口まで押し上げられ,給油キャップを経て外部に出ることを可能とする等の構造的要因があった。加えて,本件火災当時,本件車両には,⑤給油時の規定容量を超えて給油がされていた,⑥燃料タンクの給油口の方向,すなわち車両前部が下がるように傾斜して駐車されていた,⑦給油から間もない,揮発しやすい物質を含む冷温のガソリンが燃料タンクにあった,⑧給油キャップが確実に閉められていない,あるいは異物の付着や経年劣化により給油キャップの開弁圧が設計上の最大値より低下していた可能性があった,とのガソリン漏出を招く使用上の要因があった。
上記各要因に照らし,本件車両からのガソリンの漏出による自然発火の蓋然性が認められるのに対し,失火,放火その他の火災の原因は認められない。また,本件火災の後に本件車両の給油口から下の塗装が焼損せずに残っていたこと,初期消火に当たった近隣住民の目撃した本件火災の燃え方等は,上記で主張する出火原因に合致するものである上,本件車両の同種車両であるα・トラックにおいて,少なくとも4例のガソリン漏出事故が生じている。これらによれば,上記アのとおり,本件火災は,本件車両から漏出したガソリンが原因となったものである。(被告の主張)
本件車両には,本件火災の原因となり得るようなガソリンが漏出しやすいとの構造的要因はない。
なお,本件車両がルートバンタイプ(定員4名)の車両であるのに対し,原告の主張する「同種車両」は,トラックタイプ(荷台付き。定員2名)であり,給油口,給油キャップ及び燃料タンク等の形状や,給油口から燃料タンク本体までの距離等の構造が異なる。原告主張のガソリン漏出事例は,いずれも本件車両と給油キャップや燃料タンク等の構造が異なるトラックタイプのものである。
本件車両に関する被告の安全性確保義務違反等の有無(争点2)
(原告の主張)

設計・製造段階における義務違反
(ア)自動車の設計・製造に携わる製造業者等は,自動車の製造にあたり,
契約関係にない運転者その他の第三者との関係においても,当該自動車に自動車としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負うところ,ガソリンは揮発性,引火性が極めて高い物質であるから,自動車を製造する者は,ガソリンが車外に漏出しないよう対策を構築すべき安全性確保義務がある。本件車両には,上記(1)(原告の主張)で主張したとおりの構造的要因がある上,上昇した燃料タンクの内圧を低下させる機構が不十分であること,及び給油キャップのシール性の低下を防ぐような措置がとられていないことから,被告には,本件車両を設計・製造するにあたって上記義務の違反があったというべきであり,これにより本件車両は,自動車として通常備えるべき安全性を備えていなかった。(イ)なお,本件火災の発生時点において,本件車両に欠陥があることが立証されれば,被告が本件車両を設計,製造し,流通に置くに際して,安全性確保義務違反の過失があったと推認されるべきであり,本件車両に欠陥が存在したことについては,本件車両が通常の使用方法により使用されていたにもかかわらず,液体ガソリンが漏出した事実を立証すれば足りるというべきである。
本件車両は,平成5年2月に初年度登録され,平成7年2月に車検を受けたものであり,本件火災直前の運行状況は通常使用の範囲内である。また,本件車両に液面が給油口の近くに達するまで給油が行われること,給油口の閉栓時にキャップが最後まで回し切られないこと,給油キャップのシール面に異物が付着すること,前傾した状態で駐車されること,及び風呂釜が設置された場所に駐車されることは,一般消費者にとって,通常使用の範囲内であるか合理的に予想できる範囲内の使用である。このように,本件車両からのガソリン漏出は,通常の使用方法で使用していた際に生じたものであるから,本件車両には欠陥があり,同事実から被告に安全性確保義務違反があると推認される。

情報提供義務違反

被告は,自らが設計・製造した車両からガソリンが漏出する場合に備えて,①給油の際にいわゆる追い足し給油を行わないように警告するとともに,②給油キャップを音がするまで確実に閉めるべきこと,③給油キャップのシール部分に微粒子がつくことによってガソリンが流出する可能性があるので,キャップに異物等がつかないよう取り扱うよう警戒すること,④周りに火気のあるところにはガソリン漏出による火事の危険があるため絶対に駐車しないこと(前傾した平面に駐車するときは,特に注意すること)などを,当該車両を販売した者に対してのみではなく,本件車両と同種の車両を利用する者に警告するなど,広く周知徹底させるように情報を提供すべき義務を負っていた。
しかしながら,被告は,これを怠り,上記情報提供等をせずに漫然と本件車両を製造販売した。
(被告の主張)

被告に保安基準を満たした車両を製造・販売する義務があったこと,車
両の販売に際し安全に関する必要十分な情報提供を行う義務があったことは認めるが,本件車両は,自動車として通常備えるべき安全性を備えていたし,被告は車両の販売に際し,
必要十分な情報提供を行っていたから,
被告に注意義務違反はない。

本件火災発生時に本件車両の給油キャップが完全に閉まっていなかった
のが,直前に給油したガソリンスタンドの従業員が確実に閉めなかったことによるのであれば,それが原因で液体ガソリンが漏出して本件火災が発生したとしても,被告の不法行為を構成しない。
また,本件車両の給油キャップのゴムパッキンに直径約1mmの砂粒等が自然に付着する可能性は極めて乏しい。
本件被害者及び原告の損害(争点3)
(原告の主張)

本件被害者に生じた損害
(ア)逸失利益

3474万3157円(489万2300円〔全労働者平

均賃金年収〕×55%〔生活費控除45%〕×12.912〔就労可能年数49年に対応するライプニッツ係数〕)。原告の相続分は2分の1
(イ)死亡慰謝料

3000万円。原告の相続分は2分の1

原告に生じた損害

子である本件被害者の死亡による慰謝料

弁護士費用

1500万円

473万7157円

本件請求に関し民法724条後段の効果を制限すべきか否か(争点4)(原告の主張)

消滅時効の未完成あるいは権利濫用

民法724条後段は,立法趣旨や沿革,条文の文言や除斥期間と解することによる結果の不当性等から,消滅時効を定めたものと解すべきである。そして,消滅時効の起算点は,権利行使につき法律上の障害がなくなった時点であるところ,原告は民法の相続人欠格の規定により,法的に権利行使ができなかったのであるから,本訴請求権については本件刑事事件の再審において無罪判決が言い渡された平成28年8月10日まで消滅時効は進行しない。
仮に,不法行為日である平成7年7月22日が消滅時効の起算点であるとしても,民法160条の適用により,消滅時効は完成していないし,被告が消滅時効を援用することは権利濫用に該当し許されない。

除斥期間の適用制限等
原告は,本件被害者に対する殺人罪で本件有罪判決を言い渡され,同
判決が確定したことから,その後の再審において無罪の判決が確定するまでの間,相続欠格事由(民法891条1項)が存在することとなり,本件被害者の相続人として,同人から相続した損害賠償請求権を行使することが法律上不可能であった。このように,法律上の障害により請求権を行使することができなかった場合には,法律上の障害により客観的に権利行使が不可能な場合には,消滅時効が進行しないのと同様に,除斥期間は進行しないというべきである。
(イ)仮に,
本件火災のときから除斥期間が進行するとしても,
上記(ア)のよ
うに,確定有罪判決による相続欠格という法律上の障害によって,除斥期間経過時に,客観的に権利行使ができなかった場合に,除斥期間の規定を適用することは著しく正義・公平に反するから,当該障害がなくなってから民法160条の定める6か月(あるいは相続の熟慮期間を加えた9か月)以内に権利を行使したときには,原告が権利行使をできない状況になったことに対する被告の関与・寄与の有無を問わず,除斥期間の効果が制限されるべきである。
(ウ)仮に,除斥期間の効果を制限するために,権利者の権利行使が不可能であったことに対する義務者の関与・寄与を要するとしても,被告は,本件確定審において誤判の原因となる重要な証言や証拠を提出したり,本件開始決定後も同様の行為をするなど,本件有罪判決において誤判が生じ,当該誤判が長期間維持されたことに寄与している。
すなわち,本件有罪判決が本件火災の原因を放火と認定したのは,自然発火の具体的可能性がないと判断したことが決定的な要因であるところ,被告及び株式会社C研究所の従業員は,本件刑事事件の捜査段階から再審開始決定に対する即時抗告審まで,一貫して本件車両の給油口から液体ガソリンが漏れる可能性を否定する証言や回答,説明などをし,それらは本件確定審において証拠になるなどしている。このような被告及び被告と一体性を有すると評価すべきC研究所の従業員の誤った対応が自然発火の可能性を否定した本件有罪判決に影響し,また,本件開始決定後の即時抗告審における検察側の主張立証の根拠となったことは明らかである。したがって,本件において除斥期間を適用することは著しく正義・公平に反するから,同条の効果は制限されるべきである。
(被告の主張)

民法724条後段は,除斥期間を定めたものである。

除斥期間の効果が制限されるのは,権利者に権利行使の機会が与えられ
なかったことが,義務者が権利者の権利行使を妨げたことに起因するという特段の事情が存在し,除斥期間により権利が消滅したとすることが著しく正義・公平の理念に反する場合であり,かつ,時効を停止させる実体法上の根拠規定の法意に拠ることができる場合である。
さらに,
義務者が権利者の権利行使を妨げたというには,
権利行使が妨げられていた状態に義務者が寄与していただけではなく,義務者が同状態を殊更に作出したことが必要である。原告には権利の行使を妨げる法律上の障害があったとはいえないが,仮にそれがあったとしても,それだけで除斥期間の適用が著しく正義・公平に反するとはいえない。
被告の子会社であるC研究所の従業員は,本件確定審の公判期日において,検察官申請の証人として,本件車両の給油口から液体ガソリンが漏出した可能性等に関する証言をしているが,同人の認識する事実を証言したものであり,その証言内容は1点を除き事実に反するものでもなく,本件確定審の誤判の原因ともなっていない。被告が本件刑事事件の捜査段階から本件開始決定に対する即時抗告審までの間に,本件車両の製造メーカーとして捜査機関等から照会を受けた場合等にも,客観的な事実に基づく証拠を提出していた。したがって,被告が原告の権利行使を妨げたことはなく,民法724条後段の効果が制限される場合にはあたらない。なお,原告固有の損害の賠償請求権については,相続欠格は問題にならず,同賠償請求権については,時効を停止させる実体法上の根拠がない。したがって,同請求権については,この点からも民法724条後段の効果は制限されない。さらに,原告は,本件火災により本件被害者が死亡した後,本件有罪判決確定までは,本訴請求権を行使することが可能であったし(本件被害者に生じた損害に関する請求権については,同人の父が権利行使をすることも可能であった。),同判決確定後も,再審請求と併せ,民事訴訟においても相続欠格に該当しないことを主張して権利行使をする余地があった。このように,原告が除斥期間の全期間にわたり権利行使が不可能であったものではないことからも,除斥期間の効果を制限すべき理由はない。
第3
1
当裁判所の判断
本件において,原告が請求する損害賠償請求権の発生原因である不法行為が
発生したのは平成7年7月22日であり,本件訴訟が提起されるまでに民法724条後段が定める20年が経過していることは明らかである。そこで,同条後段の法的性質及び本件において同条後段の効果を制限すべきか(争点4)について,まず検討する。
2
民法724条後段の法的性質について

民法724条は,前段で3年の時効について規定しているところ,更に後段で20年の長期の時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わないから,同条後段の20年の期間は,被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であり,したがって,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である(最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
民法724条後段が消滅時効を規定するものであるとの原告の主張は,上記と解釈を異にするものであり採用できない。このことは,平成29年法律第44号による改正後の民法において,不法行為のときから20年の期間を消滅時効期間であるとする規定が置かれたことを考慮しても同様である。
3
除斥期間の進行開始時期について

除斥期間の起算点である「不法行為の時」とは,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合は,加害行為の時である(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。本件における不法行為は,本件火災前に行われた被告の注意義務違反行為により,本件火災が発生し,本件被害者が死亡して損害が発生したというものであるから,本件火災の時に損害が発生している。したがって,本件火災が発生した平成7年7月22日から除斥期間が進行するというべきである。
権利の行使について法律上の障害がある場合には,当該障害がなくなるまで除斥期間は進行しないとの原告の主張は,除斥期間の性質に反し採用できない。4
除斥期間の効果の制限の可否について
(1)加害行為のときから除斥期間が進行する場合であっても,民法724条後
段の規定を字義どおりに解し,
加害行為の時から20年が経過したことのみにより,
同規定を適用して被害者の損害賠償請求権を消滅させ,加害者がその義務を免れるとすることが,著しく正義・公平の理念に反する場合であって,時効期間の停止事由の規定の法意など,実体法にその根拠が存在する場合には,同法724条後段の効果を制限するのが相当である(最高裁平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁,最高裁平成21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁参照)。
(2)本件における実体法上の根拠規定の有無について
本件において,民法724条後段の効果を制限する根拠となり得る実体法の規定は,相続財産に関し,相続人が確定した時等から6か月を経過するまでの間,時効が完成しないとする民法160条である。同条の趣旨は,相続人が確定しないことにより,権利者が時効中断の機会を逸し,時効完成の不利益を受けることを防ぐことにあると解され,相続人が確定する前に時効期間が経過した場合にも,相続人が確定した時から6か月を経過するまでの間は,時効は完成しない(最高裁昭和35年9月2日第二小法廷判決・民集14巻11号2094頁)。
この点,本件では,本件被害者が死亡したことにより,第1順位の相続人である原告及び本件被害者の父が相続人となり(なお,原告は本件被害者について相続が発生したことを認識しており,本件被害者の父も同様であったと推認される。),その後,原告が本件被害者に対する殺人の公訴事実に関し本件有罪判決を受けたことから民法891条1号の欠格事由が発生し,本件被害者の父のみが相続人となっていたところ,原告が再審により無罪判決を受けたことにより,再び,原告と本件被害者の父が相続人となったものである。これらの事実に照らすと,本件被害者に生じた損害の賠償請求権について生じていたのは,民法160条が本来予定している,権利者である相続人が確定していないことにより時効中断の機会を逸する状態とは異なると解される。しかしながら,原告を基準として考えると,本件被害者の相続人として権利行使することを妨げられ,自ら時効中断の手続を行うことはできなかったのであるから,民法160条の場合と同様の保護に値すると解する余地がある。そして,原告は,再審において無罪判決を受けてから6か月以内に本件訴訟を提起している(前提となる事実(4))。
もっとも,上述した実体法上の根拠が存在するのは,本訴請求権のうち,原告が相続により取得した本件被害者に生じた損害の賠償請求権のみであり,原告固有の損害に関する賠償請求権については,当該根拠は存在しない。したがって,原告固有の損害に関する賠償請求権については,民法724条後段の効果を制限すべき実体法上の根拠を欠くというべきである。
そこで,以下においては,本件被害者に生じた損害に関する賠償請求権に関してのみ検討する。
(3)民法724条後段の適用が著しく正義・公平の理念に反するか否かの考慮要素について
民法724条後段の規定を適用し,加害行為の時から20年が経過したことにより,
被害者の損害賠償請求権を消滅させ,
加害者がその義務を免れるとすることが,
著しく正義・公平の理念に反するか否かについては,上述した除斥期間の制度趣旨や上記(1)で掲げた最高裁判所の判例の趣旨に照らし,
加害行為が故意によるもので
あるか否かの悪質性,当該加害行為により生じた被害の質や被害結果の重大性に加え,権利者が権利行使できなかった理由に関し,加害者の加害行為から生じた結果により権利行使が妨げられた,あるいは加害者が被害者の権利行使を殊更,すなわち意図的に妨害した等の事情が認められるかを考慮して判断すべきである。この点,原告は,本件有罪判決による相続欠格事由の存在という法律上の障害により権利行使できなかった本件においては,
原告の権利を保護すべき必要性が高く,
権利者が権利行使できなかった理由に関し,上述したような加害者の関与や寄与を問うまでもなく,除斥期間の適用は著しく正義・公平の理念に反するものとするべきである旨主張する。
しかしながら,被害者の加害者に対する不法行為に基づく損害賠償請求において,除斥期間の制度趣旨である法的安定性を犠牲にしても,その効果を制限するべきか否かの判断は,同効果の制限により保護すべき権利者の権利利益と当該制限により反射的に失われる法的安定性を含めた義務者の利益の調整の上に立つものであるから,権利者が権利行使できなかった理由に関し,上述したような加害者の関与や寄与がないにもかかわらず,除斥期間の適用が著しく正義・公平の理念に反すると解することはできないというべきである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4)本件において,原告が本件被害者から相続した損害賠償請求権を行使できなかったのは,本件有罪判決を受けたことにより法律上の相続欠格事由が存在することになったためであるから,被告の加害行為から生じた結果により権利行使が妨げられたものではない。そこで,以下,被告が原告の権利行使を意図的に妨害したとの事情の有無について検討する
5
被告の関与・寄与に関する認定事実

証拠(事実毎に記載したもののほか,甲36)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる(第2の2の前提となる事実を含む。)。
(1)捜査段階
大阪府警察本部の警察官は,平成7年7月24日及び同月25日,本件火災の現場において強い焼損状況が認められたことから,Bによる任意提出を受けて大阪府東住吉警察署駐車場で保管していた本件車両の検証を行った。25日の検証には,被告の主任であるD及び関西営業部の技術員であるEが立ち会い,検証のために取り外された燃料タンクに関し,同タンクには満タンで37ℓ入る旨,
前方上部左側に
あり配線が2本出ていると確認された円形状の蓋よう部分に関し,燃量ゲージであり,フロート式により電気配線で運転メーターの燃料計につながり,残量を示すようになっている旨,及び置針式で4分の3強を示していると確認された燃量残量計について,燃量タンク内のフロート電動式になっている旨を説明した(甲25。以下「被告関与1」という。)。
(2)本件確定審第1審

本件確定審第1審の審理においては,本件火災の原因が争点の一つであ
ったが,本件火災当時の本件建物の施錠状況等からBによる放火であるか自然発火かが問題とされており,失火や第三者による放火の可能性は問題となっていなかった。

C研究所所属の技術者であるFは,平成11年1月14日に開かれた公
判期日において,本件車両からガソリンが漏出した可能性について,証人として以下の内容を含む証言をした(甲20。以下「被告関与2」という。)。(ア)ベントパイプの機能に関し,
本件車両の燃料タンクの全容量48ℓと規
定容量(規定給油量)37ℓが異なる理由の説明を求められたのに対し,ガソリン面が段々と上がり,ベントパイプ(ブリーザパイプ)の口の上まで来ると(下端がガソリンで塞がれると),燃料タンク内の空気が抜けなくなり,それ以上は給油できなくなる旨,及びそのときまでに給油される量が37ℓである旨証言した。(イ)検察官がブリーザパイプ及び燃料タンクの断面図(満タン時の液面が青色で示されたもの。甲37)を示した上,ブリーザパイプが青色で示されたガソリンの液面に接触した段階で,それ以上給油できなくなり,満タン時の液面とされた線で給油面が止まるかと質問したのに対し「はい」と証言した。(ウ)検察官が,
本件車両に40ℓほどのガソリンを入れ,
燃料タンクの下部
を加熱した場合,ガソリンの給油口から液体ガソリンが漏れ出すことはあるかと質問したのに対し,給油口に入ったものが一般面と同じように流れてしまうと,その状態では液体ガソリンが給油口から吹き出すことはない旨,及び大きなやかんだと考えると「ここを熱すると,ここでぼこぼこ沸騰して,もし蒸発したとしても」ガソリンの液体は給油口まで届かず,ガスだけがどんどん出て行く旨証言した。(エ)検察官が,
上記(イ)及び(ウ)の証言に関し,
上記(イ)の図面の青線の位置
に液体がとどまっている場合には,沸騰しても,気体が給油口から出ることがあっても,液体が給油口まで達することはないという趣旨か確認したのに対し,「はい」
と証言した。
(オ)検察官が,燃料タンクを加熱した場合に,どのような条件が備われば燃料タンクの膨張変形が生じるかと質問したのに対し,給油キャップにもバルブがついており,同バルブとツーウェイバルブの両方から気化ガスが逃げるようになっているが,逃げる能力を超えて加熱した場合には,圧力がどんどん上がり,ある圧力以上になるとタンクが変形する旨証言した。
(カ)弁護人から,被告のお客様相談室が本件確定審の第1審裁判所に対し行った「極端に内圧が上がった場合には,フューエルキャップからも放出される」との回答に関し,気化したガソリンが放出されるのかと質問されたのに対して,肯定する証言をした上,液状のものが放出されることはあり得ないかとの質問に,あり得ない旨証言した。さらに,「全く,どんな場合でも」との質問に対しては「どんな場合でもというのは,技術的に言うと難しい話」
「日本で起こる範囲ではない」
と証言した。
(キ)弁護人が,本件火災でガソリンがフューエルタンク(燃料タンク)の給油管から吹き出して出火した可能性に関する意見を求めたのに対し,直接,やかんのように火に掛ければ可能性があるかもしれない旨証言し,更に液体が給油口から噴出するとすれば,「そういう場合」に限るのかとの質問に対し「そうですね,急激に熱しないと駄目だと思います」と証言した。
(ク)裁判官からの,本件車両の燃料計はエンジンを切っている時でも燃料の増減に従って針が動くかとの質問に対し,イグニッションキーを入れている時でないと動かない旨証言し,エンジンは掛けていなくてよいが,通電していないと動かないのかという質問に「はい」と証言した。そして,エンジンキーを完全に抜いている状態や通電状態でない場合には,燃料の増減に従って燃料計が動くということはないということかとの質問に対し,通常はない旨証言した。

本件確定審の第1審裁判所は,平成11年5月18日,本件火災の火元
が本件車両付近であると認めたが,本件車両の燃料タンクに損傷がなく,給油口内蓋が完全に閉まっており,燃料系配管からのガソリン漏出もないこと,キャニスターの吸着能力を超えるガソリン蒸気が漏出したり,タンク内圧が極端に上がるのは極めて稀であることなどを認定して,本件車両からのガソリン漏出の可能性について消極に判断した上で,風呂釜の種火からガソリンに引火したという自然発火の可能性を否定し,Bの自白及び原告の自供について任意性・信用性を認めて,原告とBの共謀による本件建物への放火を認定し,原告を無期懲役に処するとの判決(本件有罪判決)を言い渡した。
(3)本件確定審控訴審及び上告審
本件確定審の控訴審裁判所は,平成16年11月2日,本件火災前後のBと原告の行動は自然発火を原因とする予期せぬ事故というには不自然なものがあるとの判断,Bの自白どおりの放火では爆発的燃焼や火傷等が不可避であるという鑑定意見は採用できず,Bの自白が客観的な火災の状況と矛盾するとはいえないとの判断をし,自然発火の可能性は抽象的なものにすぎず,Bの自白等の核心部分(放火の方法)の大枠の信用性は揺るがないとして,B及び原告の自白等の証拠能力を肯定した原審の判断を是認し,控訴棄却の判決を言い渡した。
最高裁判所は,平成18年12月11日,原告の上告を棄却し,同月22日に異議の申立てを棄却した。これにより,本件有罪判決が確定した。
(4)再審請求事件

原告は,平成21年8月7日,再審請求をし,先に係属していたBの再
審請求事件と併合審理された。イ

原告の弁護人は,再審請求の理由として,本件火災の原因に関し,風呂
釜の種火に本件車両から漏出したガソリンが引火することを裏付ける新証拠(G大学大学院理工学研究科H教授〔以下「H教授」という。〕が作成した平成23年5月20日の燃焼実験〔小山町新実験〕の結果を踏まえた鑑定書。甲16)が存在すること,及びBと原告の自白の証拠能力,Bの自白の信用性に関する新証拠が存在する等,刑訴法435条6号の再審事由が存在する旨主張した。
H教授は,上記鑑定書において,小山町新実験では,ガソリンを撒き終わる前にガソリン蒸気が風呂釜の種火に引火し,ガソリンを撒いてライターで火を着けたとのBが自白した方法で放火することは不可能である旨の意見を述べた。また,H教授は,証人尋問において,本件車両の燃料計に使われているシリコンオイルが高温で加熱され粘性が低下すると,指針がおもりの重力とつり合いが取れる位置に移動し,ガソリン残量4分の3強付近を指し示すことになるから,本件火災後に燃料計が示す量から本件火災前に燃料が抜かれた量を判断することはできない旨供述した(甲17)。

再審請求を審理した裁判所は,小山町新実験の結果から,Bの自白のと
おりの方法で放火しようとすればガソリンを撒き終わる前に風呂釜の種火に引火して燃焼が開始するのでライターで点火する余地がなく,直ちに炎が燃え上がって激しく燃焼するので,Bが火傷を負わなかったのは不自然であるとし,Bの自白の核心部分である放火方法の信用性に疑義が生じるとした上で,Bの自白にBと原告の共謀による放火の事実を認めるだけの証明力がないから,原告の自白の信用性は認められないと判断した。さらに,同裁判所は,小山町新実験の結果等から,ガソリン蒸気が風呂釜の種火に引火して燃焼が開始するという自然発火の可能性に整合する事実が明らかになっていると判断し,
平成24年3月7日,
本件開始決定をした。
(5)本件開始決定に対する即時抗告審

検察官は,本件開始決定に対し即時抗告を申し立て,同決定が自然発火
の具体的可能性を十分に検討せずにBの自白の信用性を否定したことが経験則に反する等と主張した。これに対し,弁護人は,本件火災が夏場に満タンに給油をした直後に本件ガレージに駐車された本件車両からガソリンが漏出し,風呂釜の種火に引火した事故であった可能性が高く,α・トラックにはガソリン漏出事例があり,バンタイプである本件車両においても条件次第で生じうる事象であるなどと主張した。そして,I大学自動車システム開発工学科教授J(以下「J教授」という。)の意見書を証拠として提出した(甲7)。
J教授は,上記意見書及び即時抗告審において実施された証人尋問において,以下の内容を含む意見(以下「J意見」という。)を述べた(甲7,8)。(ア)ガソリンスタンドの地下タンクに約15℃で保存されているガソリンが給油されると,その後,液体及び気体の各膨張並びにガソリン蒸気圧の上昇があり,これらが合わさって燃料タンク内の圧力が上昇する。これに補助的要因が加わることで,燃料タンク内の液体ガソリンが給油口から漏出する可能性がある。(イ)補助的要因としては,①本件車両の構造が原因で走行後に燃料タンク周辺の温度が上がること,②燃料ポンプによりタンクから送り出されるガソリン流量は,気化器(キャブレター)の要求流量よりも大きく設定されているのが一般であるから,液体ガソリンは温度の高いエンジン近傍で温められてから燃料タンクに戻るというサイクルを繰り返すことになり,燃料タンク内の温度は走行中に外気よりも相当に高くなること,③本件車両のツーウェイバルブは約3.9kPaの場合に1分間に40ccを流す能力を有するにとどまり,高い圧力がかかっても流量は圧力に比例しないから,内圧上昇が速いと減圧機能が追い付かないこと,④キャニスターは,給油により短時間にガソリン蒸気が流れ込むと吸着容量を超えると考えられること,⑤燃料タンク内でガソリンが連通管のような状態になっていると内圧上昇により給油口付近の液体ガソリンが押し上げられることがある。イ
また,弁護人は,本件車両の取扱説明書である「αVAN取扱説明書」
における「燃料補給は自動停止後に追加給油しないでください。気温の変化によりあふれることがあります。」との記載から,燃料タンクのガソリンが過量的満杯状態の場合に,気温の変化によりガソリンの体膨張が生じれば液体ガソリンが給油口からあふれることがあり得る旨主張した。そこで,大阪高等検察庁は,平成26年1月24日及び同月27日,被告のお客様相談センターに電話で照会し,被告従業員から,上記記載はセルフ式スタンドが普及し,ドライバー自身が給油することが多くなったことに伴い記載するようになったもので,給油キャップを閉める前のガソリン給油中における注意事項である旨,及び「気温の変化によりあふれることがあります」とは,季節によって気温が変化するため,気温の低い時期に追加給してあふれることがなかった量でも,気温が高くなる夏場には,燃料タンク内の圧力がより高まることにより,給油口からガソリンがあふれる危険がある意味である旨の回答を得た(以下「被告関与3」という。)。そして,同検察官は,電話聴取書を作成して即時抗告審に書証として提出した(甲22~24)。

被告は,平成26年4月16日,大阪高等検察庁検察官から捜査関係事
項について照会を受け,同月25日頃,同検察官に対し,文書により,以下の内容を含む回答をし,同文書は検察官より書証として提出された(甲21。以下「被告関与4」という。)。
(ア)給油キャップのシール性が確保された状態であれば,設計上,13.7kPa以下のタンク内圧である限り,
給油口から液体又は気体が漏れ出すことはな
い。なお,タンク内圧が3.9kPaを超えるとツーウェイバルブが開き,ガソリン蒸気が同バルブを通ってキャニスターへ流れるため,同バルブ等のベント系が正常に作動している限り,
タンク内圧が13.
7kPaに達することは実際には考え難い。
(イ)37ℓのガソリンが熱膨張で48ℓ(燃料タンクの全容量)になるには251.9℃の温度上昇が必要であるところ,ガソリンは50℃から60℃で沸騰するので,251.9℃の温度上昇自体があり得ず,液体ガソリンが膨張することにより給油口に達する事態は非現実的な状況である。

弁護人は,本件車両と同系統の車両であるα・トラックについて,給油口から相当量のガソリンが漏出した事例があると主張し,ガソリンが漏出したとされる4台の車両に関する書証を提出した。その証拠価値等に関し,検察官が被告に捜査関係事項照会を行ったことを契機として,平成26年6月26日及び同月27日,C研究所において,同研究所主任研究員K(以下「K研究員」という。)らが参加して実車見分が行われ,
いずれの車両についてもガソリンの漏出が認められた。
弁護人は,即時抗告審裁判所に,その旨を記載した報告書を提出した(甲11)。なお,K研究員は,実車見分を行った車両の給油キャップを更に調査した上,以下の内容の意見を記載した書面を作成し,同書面は検察官によって証拠提出された(甲10。以下「被告関与5」という。)。
(ア)実車見分を行った車両の給油キャップのキャップパッキン(給油口とインナー部が接する面のパッキン)及びボディパッキン(ローターボディ部とローターが接する面のパッキン)についてはいずれもシール性が確保されていた。(イ)上記給油キャップには,キーシリンダーOリング(ローターボディ部とローターが接する面のパッキン)が収縮して外周部に隙間が生じており,それが原因となって給油キャップのシール性が不足し,ガソリン漏れが発生したと考えられ,キーシリンダーの存在しないα・ストリートには関係しない事象である。(ウ)Oリングの収縮は,乾燥が原因と考えられるところ,キャップパッキンやボディパッキンにも乾燥が生じることは否定できないが,α・トラックとα・ストリートでは,給油口の外蓋の有無が違い,給油キャップが直射日光や高温にさらされる頻度が異なるから,乾燥しやすさに違いがあると思われる。α・トラックでは複数の漏出事例が報告されたのに対し,バンタイプでは報告が上がってこないから,α・ストリートで同様の事態が生じることは考え難い。

K研究員は,平成26年11月17日,即時抗告審の期日において,証
人として,以下の内容を含む証言をした(甲10。以下「被告関与6」という。)。(ア)ツーウェイバルブの開弁圧は,3.9kPaであるが,仕様上ばらつきが許容されている。(イ)ツーウェイバルブの開弁圧に相当するほど燃料タンクの内圧が上がり,ガソリンが満タンで給油キャップがシール故障を起こしていた場合には,給油口までガソリン液体が押し上がり,漏出する。
(ウ)燃料タンクと接続している配管について,給油口と接続する管,ベント系の配管としての管,フューエルポンプが引っ張るエンジンに向かう管,エンジンの方からガソリンが戻ってくる管があることで正しいかという質問に対し,本件車両にガソリンが戻ってくるという機構は存在せず,エンジンに行く管の途中にべーパーセパレーターという部分がある旨,質問に係る管は,発生したガソリン蒸気をキャブに送るとエンジンの性能に影響を及ぼすため,べーパーセパレーターにおいてべーパーと液体ガソリンを分離させ,べーパーを燃料タンクに戻すための管であり,液体ガソリンが燃料タンクに戻ることはない旨証言した。

大阪高等検察庁検察官は,平成26年12月12日,J教授の作成した
鑑定書に関する求釈明を即時抗告審裁判所に提出し,同鑑定書において,エンジンの気化器へ送り出されるガソリンの一部が気化器では消費されず,高温のエンジンで加熱された後に燃料タンクに戻る構成であったとされている点について,本件車両の構造に関し,Kの上記証言に沿う内容を前提とした釈明を求めた。なお,同求釈明に関する文書の作成に関しては,検察庁からの問い合わせに回答する形で被告が協力しており,ベーパーに混じってガソリン液体も燃料タンクに戻る場合があるものの,その量は極めて少量であり,タンク内圧力に影響を与える量ではないとの認識も含まれていた(甲26。以下「被告関与7」という。)。

大阪高等検察庁検察官は,平成27年3月23日,被告に対し,捜査関
係事項の照会を行った。これに対し,被告は,同月27日,本件車両と同型の車両の燃料供給システムは,基本的にはエンジンの消費に合わせてガソリンを送り出すが,エンジンに行く途中で,一部のベーパーがベーパーセパレーターのリターンから燃料タンクに戻る旨,この際,一緒に液体のガソリンが戻ることがある旨,K研究員の即時抗告審における証言(上記オ)のうち液体のガソリンが燃料タンクに戻ることがない旨の証言を訂正する旨等を文書で回答した(甲27)。ク
即時抗告審裁判所は,小山町新実験の結果等の新証拠から,風呂釜の種
火からの引火可能性を否定する根拠が失われ,少なくとも何らかの原因で液体ガソリンが漏れた場合,そのガソリン蒸気が風呂釜の種火に引火して燃焼する可能性を否定することができないと判断し,Bの自白に高い信用性を認める根拠がなくなったとして即時抗告を棄却した。
(6)被告とC研究所の関係等

C研究所は,昭和35年,研究機関は利潤の追求や効率の向上を目的と
した営業,生産部門と同一組織にあるべきではないとの考えから,被告製品の研究開発を行うことを目的とする子会社として設立された会社である。被告は,被告製品の研究開発業務をC研究所に委託し,同研究所は,成果物として図面を納品し,その対価として被告から売上高に応じて一定の比率で受け取る研究開発費の運用によって経営を成り立たせている(甲28,29)。

被告及びC研究所は,
他の関連会社2社とともに,
4社一括募集を行い,

採用された者は,被告における工場研修や他所における販売店研修を経た後,4社に分かれて勤務することとなっている。この制度の下,K研究員は,被告に入社し,その約6か月後からC研究所の研究室に技術者として勤務していた。ウ
被告は,
本件刑事事件に係る訴訟手続で検察官が証人申請をするに際し,

検察側の立証事項に係る知識を有すると思われる者を候補として挙げ,F及びK研究員が証人として証言した。
6
被告による原告の権利行使の意図的な妨害の有無等について
(1)被告あるいはC研究所の従業員が,本件有罪判決のされた本件確定審,再
審の即時抗告審を含む本件刑事事件に関与したといえるのは,上記5で認定した被告関与1から同7(以下,併せて「本件各関与」という。)においてである。なお,被告とは別法人であるC研究所の従業員の関与等を被告の関与と同視し得るかの問題があるが,同研究所は別法人であるものの,
実質的に被告の研究開発部門と評価し得ること,同研究所の従業員が本件刑事事件の手続において証言等をしたのは,被告が被告製品に関する技術的な知識を有する者として推薦したことに基づくものであること(認定事実(6))等からすると,被告による原告の権利行使の妨害の有無を検討するに当たっては,C研究所の従業員の関与は被告の関与と同視して検討するのが相当である。
(2)上記5で認定したとおり,本件各関与は,いずれも,本件刑事事件の捜査や公判手続,再審請求手続において行われたものであり,これらの訴訟の状況に応じ,捜査機関や検察庁から,本件車両の製造メーカーあるいは開発担当会社として技術的知見の提供を求められたことが契機となっているものと認められる。そして,
被告の回答内容が検察側の証拠として提出されていることやC研究所の従業員が検察官申請証人として証言していることから,被告の関与により提供された技術的知見の内容は,本件確定審等において,原告が主張していた本件車両からのガソリンの漏出による本件火災発生の可能性を否定する方向に働くものではあった。しかしながら,上記5で認定した事実を含め,本件各関与の内容となった技術的知見の内容や証言の経過を示す証拠(甲10,20,21,23~27),さらには,本件車両からのガソリンの漏出が本件火災の発生原因であることを裏付けることとなった証拠(甲7,8,11~19)を検討しても,被告あるいはC研究所の従業員が,自らの認識や本件車両の開発・製造に関与した会社の従業員として当然に認識すべき客観的な事実に反し,原告に不利な内容の説明や回答あるいは証言をしたと認めることはできない。このことは,被告が,平成27年3月27日に至り,本件車両と同型の車両の燃料供給システムにおいて,一旦,燃料タンクから送り出されたガソリンが液状で燃料タンクに戻ることがないとのK研究員の証言を訂正した事実(認定事実(5)キ)
及び本件開始決定に対する即時抗告を却下する決定において,
K
研究員の証言に採用されなかった部分があること(甲36)等の事実を考慮しても同様である。
(3)以下,本件各関与毎に,上記判断について補足する。ア

原告は,被告関与1に関し,本件火災後に本件車両の燃料残量計の針が
4分の3強を示していたことから,
捜査機関が約7ℓのガソリンが燃料タンクから抜
かれたとの誤った見立てで捜査を行ったところ,そのような誤った見立てがされたのは,平成7年7月25日の検証の際に被告従業員が,燃量残量計のシリコンオイルが高温で加熱されたことにより粘性が低下し,正確な残量を示しておらず,かつ被告従業員はこれを知ることができたにもかかわらず,誤った説明をしたためであると主張する。しかしながら,被告関与1の際に,被告の従業員が原告主張の誤った説明をしたと認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用できない。

原告は,被告関与2に関し,液状のガソリンがフューエルキャップから
放出されることはあり得ない旨のFの証言は事実に反している旨主張する。しかしながら,Fの同証言は,ブリーザパイプの開口端にガソリン面が接している状態を前提としていると解される上,証言全体を見ると,給油口からガソリンが漏出する余地を完全に否定しているものとも解されない。また,Fが証言にあたり,給油キャップのシール性が損なわれている場合と損なわれていない場合など,種々の条件について場合分けをするなどして返答しなかったことが不正確な証言であるとも認められない。
さらに,原告は,Fが高熱で加熱された車両の燃料計が動く可能性について質問された際,あえて「通常」の場合に限定して証言することで不正確な証言をした旨主張するが,尋問者は例外的な場合が存在するか質問し得たのであり,上記証言がされることとなった質問の内容等に照らし,同証言が敢えてなされた不正確なものと評価することはできないというべきである。

原告は,
被告関与3について,
給油中に燃料タンク内の温度が上昇して,

給油が終わる前にガソリンがあふれるという事態はあり得ず,「αVAN取扱説明書」の記載は,給油キャップを閉めた後の取扱いにおける注意事項を記載したものであったにもかかわらず,給油キャップを閉める前における注意事項であるとする被告の回答は,給油口から液体ガソリンが漏出する可能性があることを隠蔽するものである旨主張する。しかしながら,上記取扱説明書の記載内容を原告主張のように断定するに足りる根拠はなく,同証言が,給油口からの液体ガソリンの漏出があり得るという事実を隠蔽するためになされたとの原告の主張は採用できない。エ
原告は,被告関与4について,被告の回答はガソリン漏出の可能性がな
いという誤ったものであると主張する。しかし,上記のとおり,被告の回答は給油キャップのシール性が損なわれていないことを前提とするものであるから,同回答が客観的に誤ったものであるとまでは断定できない。

原告は,被告関与5から7までに関し,液体ガソリンの燃料タンクへの
還流を否定するK研究員の証言はJ意見を弾劾する意図でなされたものであると主張する。なるほど,検察側がK研究員を証人として申請した目的は原告主張のとおりであると解されるが,K研究員の証言全体をみても,K研究員自身が,技術者としての自己の認識・見解を述べる以上に,J意見を否定するとの意図を有していたとまでは評価できない。
(4)以上で検討したところによれば,本件において,被告が原告の権利行使を意図的に妨害したとの事情,あるいはそれと同視すべき事情は認められないというべきである。
7
民法724条後段の効果の制限に関する結論

本件火災によっては,本件被害者の人命が奪われており,同火災が不法行為により生じたものである場合には,その結果は重大である。他方,原告が主張する被告の不法行為は,多数の一般消費者が使用する軽乗用自動車に関する安全性確保義務違反や情報提供義務違反であるものの過失を内容とするものである。これらに,上記のとおり,被告が原告の権利行使を意図的に妨害したとの事情,あるいはそれと同視すべき事情が認められないことを併せ考慮すると,原告が本件被害者から相続した損害賠償請求権について,除斥期間の経過により権利行使をさせないことが著しく正義・公平の理念に反するとは未だ認められないというべきである。したがって,本訴請求権は,いずれも除斥期間の経過により消滅したと認められる。
第4

結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第9民事部

裁判長裁判官


裁判官

古谷
裁判官

澤口地真寿真美良舜
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