判例検索β > 平成30年(う)第581号
所得税法違反被告事件
事件番号平成30(う)581
事件名所得税法違反被告事件
裁判年月日平成30年11月7日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
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平成30年11月7日宣告

大阪高等裁判所第4刑事部判決
所得税法違反被告事件

主文
本件控訴を棄却する
理由
本件控訴の趣意は,弁護人中村和洋
名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであるから,これらを引用する(主任弁護人は,控訴趣意書中,第2の1は訴訟手続の法令違反の主張であり,同書第2の2のうち可罰性に関する主張は法令適用の誤りの主張であると釈明した。)。
論旨は,原判決の理由不備,法令適用の誤り,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。
前三主張については,記録を調査し,量刑不当の主張については,これに当審における事実取調べの結果を踏まえて,各検討する。
第1

控訴趣意中,理由不備の主張について
論旨は,原審弁護人が,可罰性に関し具体的理由を挙げて詳細に主張し
たのに,原判決はそれらの多くに明確に答えておらず,理由不備の違法がある,というのであるが,理由不備(刑訴法378条4号)とは,判決自体において,同法44条1項,335条1項により要求される判決理由の全部又は一部を欠くことをいうのであって,原判決に,このような理由不備の違法は認められない。
論旨は,理由がない。
第2

控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は,本件の発覚の端緒となった国税局の犯則調査によって得られた
被告人のA銀行の預金口座(以下「本件口座」という。)に基づく証拠等は,違法収集証拠であるから,証拠能力がないのに,それらを採用して取
り調べた原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
1
原判決は,本件発覚の端緒等について,大要,次のとおり説示して,証拠能力を否定しなければならないほどの重大な違法があるとまではいえないと判断した。
すなわち,大阪国税局査察部所属の国税査察官であったBは,A銀行の同意を得て本件とは別件の犯則事件の犯則被疑者に関係する預金口座に対する任意調査を行い,その際の調査で本件口座の取引状況を把握したものであるところ,その経過からみて別件犯則事件調査の目的は被告人を狙い撃ちにしようとしたものではないが,Bが,証人尋問で,刑訴法144条によって,別件犯則事件の内容やその調査のために本件口座の調査が必要になった具体的理由等について証言を拒絶したことなどにより,具体的証言が得られなかったことからすると,別件犯則事件調査の対象範囲の絞り込みが不十分であったという疑いを否定することができず,また,Bが本件口座情報を持ち帰った点は,別件犯則事件の調査ではなく,被告人に対する所得税法違反の調査を主眼としてなされた疑いを否定することができないから,これら一連の調査が違法であるとの疑いは残るけれども,別件犯則事件調査は,銀行側の協力の下で行われた任意調査であり,口座情報の範囲についても銀行側の了解を得ているとみられること,本件口座の入出金情報を覚知してからは,被告人に対する所得税法違反の犯則調査としてこれに対処することが可能であり,その場合には,銀行側も任意調査に応じたと考えられることなどから,査察官が行った調査における違法の程度は重大とまではいえず,したがって,それらを基に作成された査察官報告書の証拠能力を否定しなければならないほどの重大な違法は認められない,というものである。

2
所論は,①Bは経験豊富な査察官であるから,多額の入金が全てJRAからである本件口座が別件犯則事件と関わりがないものであることは一見して明らかで,その情報を別件犯則事件の調査のために持ち帰る必要はなかったから,本件口座の調査は,その情報を持ち帰った点を含め,別件犯則事件とは別のほ脱犯の事案発見のために行われたというほかなく,被告人を狙い撃ちしていないとしても,対象者を特定せずに無差別にほ脱犯を摘発する目的が存した可能性が否定できず,Bの調査が,別件犯則事件のため必要であったと認定した原判決には誤りがある,②Bの不確かな証言内容からすると,本件口座の調査について,金融機関の同意があったとは断定できない上,同意があったとしても,銀行が犯則調査の必要性の有無等を吟味することは不可能であって,査察官から必要な調査であるといわれれば応じざるをえないから,このような重大な錯誤に基づく了解によって本件口座の調査の違法性が軽減されるものではないというべきである,③本件では,本件口座の情報を査察官が覚知した手段自体に重大な違法があることが争点であるから,その後改めて被告人に対する犯則調査が任意でなされ得るとしても,そのことによりそれ以前にBが覚知した手段の違法性が減じることはなく,原判決が,被告人の所得税法違反の犯則調査として任意調査が可能であったという指摘には意味がない,などという。
まず,①について検討すると,別件犯則事件の内容が明らかにされていないことから,Bにおいて,本件口座情報を同犯則事件と無関係と知りながら持ち帰ったとまで断定することはできないが,JRAから個人口座への多額の入金が通常は馬券の払戻金であることが容易に想定され得る本件口座の取引内容をみれば,これが他の犯則事件と具体的に関係するとの疑いを生じさせる可能性は小さいとみられることか
ら,Bが本件口座情報を持ち帰ったのは,原判決も指摘するように被告人に対する所得税法違反の調査を主眼としていた可能性が考えられ,違法であった疑いが残るというべきである。所論は,そのような事情からみても,別件犯則事件にかこつけてそれ以外のほ脱犯の発見のために本件口座の調査が当初から行われたというけれども,上記事実だけからそのように決めつけることはできないのであって,論理の飛躍がある。Bは,別件犯則事件の調査を行っていた際に本件口座を発見したと供述しているところ,Bのこの点の供述が虚偽であることをうかがわせる具体的事情は認められない上,被告人は,JRAから多額の払戻金を得たことを誰にも話していなかったし,分不相応な浪費をしていなかったというのであるから,国税当局が,当初から,被告人を狙い撃ちにしようとして本件調査を開始したとは考え難い。そうすると,仮に,本件口座情報の持ち帰りにつき違法があったとしても,そのこと自体から,本件口座を含む当初からの調査全体が違法となるとみることはできない。所論を採用することはできない。
次に,所論②について検討すると,所論は,本件口座の調査については,銀行の同意がなかった可能性がある旨いうが,Bにおいて,銀行の同意や協力なしに,勝手にA銀行のようなインターネット銀行の業務用機械を操作するなどして,自ら目的とする調査対象の預金口座の情報等を取得することは相当に困難であるとみられることから,少なくともそれらの機械操作の相当部分は,銀行の担当者ないしその協力下において行われたものと考えられるし,Bが銀行あるいは上記担当者に対して強硬な要求をして本件口座を含む情報に対する調査に無理やり応じさせたこともうかがわれないから,本件では,銀行の特段の瑕疵のない同意の下での調査がなされたとみるべきである。そして,所論は,銀行が同意していたとしても本件口座調査の違法性は軽減さ
れないと主張するが,原判決は,同意の存在によって,直ちに違法性が軽減されると説示しているのではなく,原判決が指摘するような当初の調査対象口座の絞り込みが不十分であった可能性や前記①で述べたような持ち帰りの点で違法の疑いがあったとしても,それだけでは直ちに本件口座に基づく証拠の証拠能力を否定すべきほどの重大な違法があるとはいえないと判断した上で,本件調査の違法の程度を判断する上での事情の一つとして銀行の同意の有無やその持つ意味を検討したとみるべきである。仮に,Bが銀行の何らの同意もないまま本件口座の調査をしたのであれば,違法の程度はそれだけ重くなるといえるが,本件では,実際に銀行の同意はあったと十分みることができるのであるから,この点を踏まえて本件口座の情報をもとに作成された査察官調書の証拠能力を否定しなければならないほどの重大な違法は認められないとした原判決の判断は正当である。なお,所論は,銀行口座の情報は,住居に対する承諾捜索が許されないのと同様に,高度に保護されるべきであるから,銀行の同意があっても本件口座の調査は許されないとか,本件は違法とされる別件捜索の類型に当たるとかいうけれども,前者について,銀行口座の情報が顧客のプライバシーの観点から保護される必要性が高いとしても,それが住居の場合に比肩しうるほどに高度な保護を要すると当然にはいえるものではない上,原判決は,そもそも銀行の同意があったことのみから本件調査の違法性の有無,程度を判断しているわけではないし,後者については,前記①及び②で検討したとおりであって,本件口座の調査が所論が指摘するような違法な別件捜索の類型に当たるということはできないから,いずれも採用することができない。
そして,③について検討すると,公営ギャンブルに係る高額賞金を受け取った者がこれを一時所得として申告することが稀であると一般的
にみられていることからすると,査察官において,本件口座を調査した結果,JRAからの多額の賞金とみられる金額の入金があったことが分かれば,その口座名義人である被告人についてほ脱犯の嫌疑が生じ,被告人に対して調査を開始することができたといえる。そうすると,被告人に対する脱税の調査をすると銀行に説明して,その同意を得て本件口座情報を持ち帰ることは十分できたというべきであり,そうすることなく,本件口座情報を別件犯則事件の証拠として持ち帰ったのは,選択すべき手続の誤りとみることが可能であるから,この点を令状主義の精神を没却するほどの重大な違法とみることはできない。所論は,選択すべき手段を誤ったかどうかは,本件口座情報を覚知した手段自体に重大な違法があるかどうかに影響する事情ではない,というが,原判決は,前記①や②の点について検討し,そこに重大な違法があるとは認められないとした上で,さらに,違法であったという疑いがある本件口座情報の持ち帰りの点の違法の程度を検討したのであって,所論は原判決の説示を正解しないものである。
以上のとおり,本件口座の調査の過程には,違法を帯びる点がみられるとしても,それが,全体的にみて令状主義の精神を没却するほどの重大な程度に至っていないということができる。したがって,本件口座の調査の結果に依拠して作成された査察官報告書は,その証拠能力を否定されないから,これらを採用して被告人を有罪と認定した原判決に訴訟手続の法令違反は認められない。
論旨は,理由がない。
第3

控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
論旨は,要するに,本件には可罰性が認められないから,平成28年法
律第15号による改正前の所得税法238条1項に該当するとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,という
のである。
所論は,可罰性を欠くことを基礎付ける事情として,①被告人は,原判決後に市役所職員を懲戒免職処分となったことに加え,それまでにも,起訴に伴い無給の休職処分となり,実名報道もされたことなどから過大な制裁を加えられたこと,②被告人に再犯可能性がないこと,③事業等による所得と異なり,公営ギャンブルによる所得について納税意識が低いことから,これを申告しなくても強い非難はできず,実際にも馬券購入者に対する課税がほとんどされていないことから,偶然所得を捕捉された被告人に刑事罰まで科すことは,著しく不平等であって,憲法14条に違反すること,④被告人が,過少申告加算税等を含めたすべての納税義務を果たしていること,⑤競馬では,JRAの売り上げの10%が国庫に納付されているので,馬券購入金額の10%を納税しているのに実質的に等しく,馬券の払戻金に課税することには二重課税の問題があること,⑥他の同種事例との著しい不均衡があること,⑦本件では重大な違法調査が行われたこと,を指摘する。
所論がいう可罰性に関する刑事責任上の位置付けは明確ではないが,原判決が説示するとおり,本件は,2年分のほ脱税額が合計6200万円余りと多額で,そのほ脱率が全体で約97.8%と高率な虚偽過少申告ほ脱犯の事案であって,構成要件が処罰することを予定していないといえるほど可罰的違法性が低い事案ではないし,所論がいうところの責任の側面からみた可罰性ということを検討してみても,原判決が説示するとおり,被告人は,実際の所得に基づく税額を計算するなどして納税義務があることを確定的に認識してあえて本件に及んだのであるから,この点からも,可罰性を欠くような責任非難の低い事案などとは到底みることができない。
なお,所論は,検察官の起訴裁量を論難するものとも考え得るが,本件
が起訴裁量を逸脱したものでないことは,原判決が,公訴権の濫用に当たらないとする説示をしたとおりである。所論③は,憲法14条違反をいうところ,公営ギャンブルによる所得をたまたま国税局に捕捉された被告人と捕捉されなかった多数の者との間で,処罰されるか,されないかという事実上の違いは生じているけれども,その差異は,税務当局の調査の実情を反映しているにすぎず,もとよりそれが不合理な差別に基づくものであるということはできないから,憲法14条違反をいう所論は失当である。論旨は,理由がない。
第4

控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,要するに,被告人を懲役6月及び罰金1200万円・懲役刑
につき2年間執行猶予に処した原判決の量刑は重すぎて不当である,というのである。
本件は,被告人が,実際の総所得額よりも少ない総所得金額とこれを基にした税額とする内容虚偽の所得税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させて,不正の行為により,平成24年分の所得税のうち974万3300円及び平成26年分の所得税のうち5301万9589円を免れたという虚偽過少申告ほ脱犯の事案である。
原判決は,ほ脱税額が合計6200万円余りと多額で,ほ脱率が全体で約97.8%と高率であり,実際の所得に基づく税額を計算するなどしてその納税義務があることを確定的に認識しながら2か年分にわたり犯行に及んでおり,原判示第2の平成26年分の申告時には,被告人が納税者の模範となるべき行動を求められる市役所の課税担当部門に所属していたことから,厳しい非難を免れないとする一方,被告人が特段の所得秘匿工作をしていないことや,被告人は給与所得者であって,確定申告をしたのは別に不動産所得があったためであることから,ほ脱税額が多額の虚偽過少申告ほ脱犯の中では比較的犯情が軽い部類に属するとした上,被告人が
事実を認め,本税及び加算税を納付済みであり,懲役刑を選択した場合に地方公務員の身分を失うことをも考慮して前記のとおり量刑した。原判決の説示に,量刑不当を導くべき認定,評価の誤りも,重要な量刑事情の見落としも認められず,その科刑も相当として是認することができる。
所論に鑑み,補足する。
所論は,前記第3中の①から⑦までの事情を量刑不当の根拠としても主張するところ,前記第2において検討したとおり,本件の調査に重大な違法があるということはできないから,⑦の主張はその前提を欠くものであり,④の主張は原判決も適切に評価しており,⑥の主張についても,量刑は,個々の事案ごとの諸事情を総合して勘案するものであって,所論が指摘する他の類似事案と異なる量刑がなされたからといって,直ちに本件の量刑が不合理となるものではないといえる。③の主張のうち,憲法14条違反をいう点は,前記のとおり失当であり,また,公営ギャンブルによる所得に関する一般の納税意識が低いとしても,多額の納税義務があることを明確に認識しながら,あえてこれを申告しなかった被告人には当てはまらない。⑤についても,実質的な二重課税であるとの所論が指摘する議論があるとしても,それゆえ,直ちに本件の課税が不合理であるということはできず,結局,原判決が指摘するとおり,立法政策の問題であるといわざるを得ないから,この点を被告人のために酌むべきであるということはできない。さらに,①の主張は,原判決も,その宣告時点において,懲役刑の選択により被告人が懲戒免職されることを見込んでこの点を量刑に反映させており,原判決後,その確定直前に実際に懲戒免職になったことを踏まえてみても,原判決を破棄しなれば正義に反するとはいえない。その他,所論が主張するところを検討しても,採用するに足るものは見当たらない。

以上のとおりであるから,原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は,理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
平成30年11月7日
大阪高等裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

樋󠄀

口裕
裁判官

飯畑正
裁判官

佐藤洋晃一郎幸
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