判例検索β > 平成28年(行ウ)第16号
被爆者健康手帳交付申請却下処分取消等請求事件
事件番号平成28(行ウ)16
事件名被爆者健康手帳交付申請却下処分取消等請求事件
裁判年月日平成31年1月8日
法廷名長崎地方裁判所
裁判日:西暦2019-01-08
情報公開日2019-01-22 16:00:08
戻る / PDF版
平成31年1月8日判決言渡

同日原本領収

平成28年(行ウ)第16号

被爆者健康手帳交付申請却下処分取消等請求事件

口頭弁論終結の日

裁判所書記官

平成30年9月18日
判主1決文
長崎市長が原告に対してした平成28年10月14日付け被爆者健康手帳交付申請却下処分を取り消す。

2
長崎市長は,原告に対し,被爆者健康手帳を交付せよ。

3
原告のその余の請求を棄却する。

4
訴訟費用のうち,原告と被告長崎市との間で発生した費用はこれを10分し,その3を原告の,その7を被告長崎市の負担とし,原告と被告国の間で発生した費用は,原告の負担とする。

第1

実及び理由
請求

1
主文1項及び2項と同旨

2
被告らは,原告に対し,連帯して110万円を支払え。

第2
1
事案の概要等
本件は,大韓民国(以下韓国という。)に在住する原告が,昭和20年8月9日に原子爆弾(以下原爆という。)が投下された際,当時の長崎市の区域内(以下,昭和20年8月9日当時の長崎市の区域内を旧長崎市内という。)におり,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下被爆者援護法又は法という。)1条1号に該当する被爆者に当
たるにもかかわらず,
長崎市長が原告の被爆者健康手帳の交付申請
(以下
本件申請という。)を却下した処分(以下本件却下処分という。)は違法であるなどと主張し,被告長崎市に対し,長崎市長が原告に対してした本
件却下処分の取消し及び被爆者健康手帳の交付の義務付けを求め(以下,この請求を本件義務付けの訴えという。),被爆者援護手帳の趣旨に反するものであることを認識しながら,被告国の誤った指示や通達等に基づき,本件却下処分がなされたことにより,原告が精神的苦痛を受けたなどと主張し,被告らに対し,国家賠償法(以下国賠法という。)1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用相当額の連帯支払を求める事案である。2
法令等の定め


被爆者援護法の定め

被爆者援護法は,前文で,国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じることなどを目的とする旨定めている。


被爆者援護法において被爆者とは,法1条各号のいずれかに該当
する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいうところ,同条1号は原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者と定めている。


法2条1項,
49条は,
被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,
その居住地の都道府県知事(ただし,広島市又は長崎市にあっては,市長。以下,併せて都道府県知事等という。)に申請しなければならない旨を定め,原子爆弾被爆者に対する保護に関する法律施行規則1条1項は,当該申請をしようとする者は,交付申請書に,その者が法1条各号のいずれかに該当する事実を認めることができる書類を添えて提出しなければならないと定めている。


法2条2項,49条は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者で
あって,国内に居住地又は現在地を有しない者は,政令で定めるところにより,その者が法1条各号に規定する事由のいずれかに該当したとする当時現に所在していた場所を管轄する都道府県知事等に申請することができる旨を定め,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令1条の2は,当該申請を行う者の住所を管轄する領事館又は最寄りの領事館を経由して行わなければならない旨を定めている。

法2条3項,49条は,都道府県知事等は,申請に基づいて審査し,申請者が法1条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする旨を定めている。



昭和49年7月22日付け衛発第402号厚生省公衆衛生局長通達(以下402号通達という。)について
昭和49年7月22日付けで発出された402号通達においては,原子爆弾被爆者に関する特別措置に関する法律(当時)は,日本国内に居住関係を有する被爆者に対してのみ適用されるものであり,被爆者が
我が国の領域を越えて居住地を移した場合には,同法が適用されず,同法に基づく健康管理手当等の受給権は失権となることが定められていた。同通達に基づく取扱いは,平成15年3月1日に同通達が改正されるまでの間,継続されていた。

3
前提事実(当事者間に争いがない事実,当裁判所に顕著な事実及び後掲の各証拠により容易に認められる事実)


当事者

原告は,現在は韓国内に居住する者であるが,昭和20年8月9日,原子爆弾が投下された時,三菱重工業株式会社(以下三菱重工という。の旧長崎市内にある長崎三菱造船所

(以下
本件造船所
という。

に徴用され,旧長崎市内に在ったものであるとして,本件申請をした者
である。

長崎市長(処分行政庁)は,被爆者援護法に基づき,被爆者健康手帳の交付申請を受け,審査を行い,要件が充足される場合には被爆者健康手帳の交付を行う権限を有する者である(前記2⑴)。被告長崎市は,長崎市長が所属する公共団体である。


被告国は,厚生労働省において,原爆被爆者に係る事務を取り扱っている。



被爆者健康手帳の交付申請

原告は,平成28年7月20日,在韓国日本国大使館に対して,原告が被爆者援護法1条1号所定の被爆者に当たるとして,被爆者健康手帳の交付申請書を提出し,同年8月10日,同申請は長崎市長に受理された(本件申請)。


長崎市長は,平成28年10月14日付けで,原爆が投下された際に原告が法1条1号における被爆地域内にいた事実を確認することができないとして,原告の申請を却下する処分をした(本件却下処分)。供託書副本に関する事実


長崎供託局(当時)は,昭和23年6月2日,三菱重工から,供託原因を退職金等弁済,指定受取人を3418名として,85万9770円78銭の供託(以下本件供託という。)を受理して受け入れた(甲19,乙15)。


本件供託に係る供託書副本は,昭和45年8月31日付けで廃棄されたが,その理由は,同年3月31日付けで当該副本の保存期間が満了したことによるものであった(乙18)。
なお,一般に,供託金の消滅時効は10年の経過により成立するところ,朝鮮人労務者等に対する未払い金の供託については,消滅時効は完
成せず,供託後10年を経過したときは,還付又は取戻しの請求の認可及び時効完成による歳入納付の手続をするべきではない旨の昭和21年から昭和33年にかけての法務省民事局長通達(以下局長通達という。)がある(乙19~21)。
本件訴訟の提起
原告は,平成28年12月6日,本件訴訟を提起した。
4


争点及びこれに対する当事者の主張
本件義務付けの訴えは,訴訟要件を欠き,不適法であるか(本案前の争点)。
(被告長崎市の主張)
本件却下処分は適法であって,行政事件訴訟法37条の3第1項2号にいう取り消されるべきものに当たらないから,本件義務付けの訴えは,訴訟要件を欠き,不適法である。
(原告の主張)
争う。本件却下処分は,後記⑵原告の主張に記載されたとおり,違法で取り消されるべきものであるから,本件義務付けの訴えが訴訟要件を欠くことはない。



原告は,原爆が投下された際,旧長崎市内に在り,法1条1項に該当するか。

(原告の主張)

原告は,原爆が投下された時,旧長崎市A町内にあった本件造船所のA寮2階にいた。
すなわち,昭和20年8月9日,原告は,A寮の2階にいたところ,突然,真っ赤な光が目に入り,大きな爆発音を聞いた後,爆風により寮の窓ガラスが割れて飛び散る様子を目にしたのである。

原告は,昭和19年7月又は8月頃,現在の朝鮮民主主義人民共和国の区域内に居住していたところ,朝鮮人労務者として徴用され,本件造船所において,鉄板と鉄板とを高熱で接着させるカシメという作業に従事するようになった。

上記のとおり,原告は,法1条1号に該当するにもかかわらず,長崎市長がした本件却下処分は,違法であるから取り消されなければならない。

(被告の主張)

原告が,原爆が投下された際,旧長崎市の区域内にいたことは,確認することができない。原告の申述には,A寮付近には空襲被害がなかったといった他の資料と整合しない内容が含まれており,信ぴょう性に疑問がある。その上,原告が,原爆投下当時に本件造船所において勤務していたことを裏付ける証拠はなく,その他に原告の被爆を裏付ける証拠もない。
なお,原告は,原爆投下の数日後,旧長崎市に入市した旨の申述もするが,この事実も確認することができない。


長崎市長は,本件申請を受け,原告から提出された証拠が原告の申述を裏付けるものであるか否か,申述そのものが合理性を有するか否かなどを検討すべく,慎重かつ総合的に判断を尽くした結果,本件却下処分をしたものであり,本件却下処分は違法でない。



被告らには,国賠法1条1項の適用上違法と評価される行為があったか。
(原告の主張)

前記2

アの被爆者援護法の目的に照らせば,同法の適用を日本国内

に滞在することを要件とすべきではなかったのに,被告国は,違法な内容の402号通達を発出し,これによる運用を29年間継続したことに
より,その間,法1条1号に該当する者であっても,国外に居住する者は,被爆者健康手帳を取得することができなかった。また,被告国は,402号通達による運用を改定した後,それまでの日本国内における居住を要件とする実務を改めるべく,政令等を明確に整備すべきであったが,被告国は,このような措置をとらなかったばかりか,あくまでも日本国内における居住を要件とするという姿勢を改めず,しかも,長崎市長に対し,その見解に基づく措置を指示してきた。原告は,被告国の前記の取扱いにより,本件各申請をした際には,被爆から長期間が経過したため,申請に必要とされる証人を見つけることができなくなったものであり,これは,被告国による証明妨害とも評価し得るものである。加えて,本件供託は,原告を含む朝鮮半島出身者らに対する未払い賃金等を供託したものであるのに,被告国は,局長通達に反して本件供託に係る供託書副本を廃棄したものであり,これによっても,原爆が投下された際,原告が本件造船所に勤務していたことについての証明手段が失われたのである。
長崎市長は,原告が本件申請に係る証人を探すことができなかったのは,被告国による証明妨害に起因するものであることにかんがみ,原告の本件申請に係る申述を真摯に評価し,被爆者健康手帳を交付すべきであったのに,
被告国による前記指示に安易に従い,
本件申請を却下した。
以上のとおりの被告らの行為がいずれも違法と評価されるものであることは明らかである。

原告は,長年病魔と闘いながら,被爆者に対する援護を受けられず,厳しい生活を強いられてきた上,本件訴訟の提起まで強いられることになったものであり,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,100万円を下らず,弁護士費用についても,10万円を下らない。

(被告らの主張)
被爆者援護法に基づく申請を受けた都道府県知事等は,被爆者援護法1条各号所定の要件に該当することを認定するため,提出された証拠の評価や,申述そのものの合理性等について検討するため,できるだけ慎重に審査を尽くす必要がある。証明者がいない場合であっても,それのみによって申請を却下するのではなく,関係者からの聴取結果や過去の資料等に基づき総合的に判断し,審査を尽くしているのであり,本件申請を受けた長崎市長も前記の観点から審査を尽くして処分をしたのであるから,国賠法1条1項の適用上違法と評価される行為があるとはいえない。
また,本件供託に係る供託書副本は,朝鮮人労務者に係る供託書副本ではないと考えられるから,通達に違反したものではないし,退職金等弁済の目的でなされた本件供託は,供託者又は被供託者から適法な請求があればこれを払い渡すことを目的としており,この目的のために供託書副本や債権者が多数ある金銭供託について添付される内訳書等の書類を保管するものにすぎないから,供託書副本が廃棄されたことについて,被爆者援護法上の要件該当性の認定に必要な証拠を隠滅したという評価をすることもできない。
第3

当裁判所の判断

1
認定事実
前提事実,証拠(証拠は認定事実ごとに掲記し,いずれも枝番を含む。)及び弁論の全趣旨に照らすと,以下の事実を認定することができる。⑴

原爆が投下された頃の長崎及び本件造船所の状況

太平洋戦争中,旧長崎市南西部に位置する海沿いのB,C,D,E,Fの各地域においては,本件造船所の工場が稼働しており,同工場に勤務する者の中には,
徴用された日本人や朝鮮人らも含まれていた
(甲2,

3,6~8)。

本件造船所においては,戦艦や輸送船等の船の組み立て作業が行われていたところ,その工程の中には,鉄板と鉄板とをボルトを締めたり,熱してつなぎ合わせたりする作業があった(甲6)。


本件造船所には,船殻工作部鉄工場鉸鋲係という部署が設けられており,同部署に所属した社員について調査した名簿によれば,各社員に対し,数字5桁の番号が付されており,その中には,3万6000番台から3万9000番台の番号を付されている者がいた(乙13)。


本件造船所の南端が属するF地区からみて,山を隔てた西側には,海に面したA地区があり,同地区にはA寮と呼ばれる本件造船所の寄宿舎があり,A寮には朝鮮人労務者が居住していた(甲2,6~8,乙8,14)。


昭和19年8月11日,A寮に対する空襲により,同寮で生活していた朝鮮人労務者が亡くなる出来事があった旨記載のある資料がある(乙7)。


昭和20年7月30日又は31日,長崎市A町にある本件造船所A寮の裏山に1000キログラム焼夷弾1個が投下された。なお,同日の空襲に係る調査記録によれば,前記裏山のほか,A町の他の地点や,C町の本件造船所等,複数の箇所に空襲があった旨の記載がある。(乙8)

昭和20年8月9日,長崎地区においては,7時50分及び11時9分の2回にわたり,空襲警報が発令された旨の記録がある(乙28)。

同日午前11時2分,長崎に対して原子爆弾が投下された(顕著な事実)。



本件申請に関する事実

原告(大正11(1922)年8月28日生)は,本件申請に先立ち,
平成26年8月18日,在韓国日本大使館に対し,被爆者健康手帳交付申請書を提出し,同申請書は,同年9月3日に長崎市が受理した(以下前件申請という。)。
前件申請に係る申請書には,被爆当時の状況について,住所は長崎県長崎市三菱造船所ジバチル(飯場の名)5-3号室(2階),勤務先は長崎三菱造船所(社番36912番)と記載されたほか,原子爆弾が落ちた時,本件造船所のジバチル(飯場の名)5-3号室(2階)において,友人5から6人が一緒に休憩をとっていたところ,いきなり光がピカッとして,ものすごい爆音と爆風の音が聞こえてきて,娯楽をやめてうつ伏せになって周りを見回した後,2階から裸足で約300メートル離れた防空壕まで退避したこと,宿舎で4から5日程度泊まった後,救護命令を受けて被害現場に行ってみたら,全てが灰の山と化しており,古木が倒れていて死体もあっちこっちにあったこと,飯場3号室責任部長はGという名前であったこと等が記載されている。なお,
前件申請には,第三者等による証明書は提出されておらず,提出できない理由として,前記責任部長や当時一緒にいた同僚たちの生死を確認することができない旨や,原告は高齢で自署が難しいため,息子が代筆する旨が記載されていた。(乙1)

長崎市長は,平成27年3月24日付けで,原告の前件申請を却下する処分をした(以下前件却下処分という。)。その理由は,原告の申述する社番,A寮の飯場3号室責任部長について,いずれも確認することができない上,原告がA寮で被爆したことや,原子爆弾投下後に長崎市街地に入市して救護活動を行ったことを裏付ける資料がなく,これらを確認することができないとするものであった。(乙2)


原告は,平成28年7月20日,再度,在韓国日本大使館に対し,被爆者健康手帳の交付申請書を提出した(本件申請)。本件申請に係る申請書には,被爆の状況として,原子爆弾が落ちた時には,当日は出勤の指示がなく,本件造船所のA寮5棟3号室(2階)において,友人5から6人と休憩していたところ,突然,真っ赤な光が見え,大きな爆発音が聞こえ,爆風が来て寮の窓ガラスが全部割れた旨,とっさにうつ伏せになった旨,強い恐怖を感じ,2階から裸足で飛び降り300Nぐらい離れた防空壕まで夢中で走って逃げた旨,飛び降りた時に足首を痛めたが,そんなことに構っていられなかった旨,その後,A寮に戻り,息をひそめるようにして指示があるのを待っていたところ,数日後,救助活動の命令が出たので市内の現場に入ったら,全てが灰の山と化し,死体があちこちに転がっていた旨,焼けていない場所は大木が倒れ,家も壊れていた旨,まだ息のある人を2人くらい救助したと記憶している旨,本件造船所における原告の日本人名はHで,職場での番号は36912であり,出退勤のたびにその札を返したこと,A寮の班長の名はI(G)であり,同僚にはJ(本名:K)がいたこと,昭和20年10月頃,50名ほどで木造船を調達して韓国に向けて出港したが,暴風雨に遭うなどしたため20日程要した旨が記載されていた。(乙3)エ
長崎市長は,本件却下処分をしたところ,Kについて調査したが資料がなかったこと,社番36912番から本件造船所に勤務したことを再度調査したが確認できなかったこと,その他関係資料を調査したが,原告が被爆したことや,救護活動及び法定区域内の入市についても確認できなかったことを理由とするものであった(乙4)。



前件申請及び本件申請を受け,被告長崎市職員らが行った調査

被告長崎市職員は,前件申請を受け,原告に係る年金記録の有無を照会したが,平成26年10月22日付けで,原告(ただし,氏名欄にH(L)とある。)について,社会保険オンラインシステムでの確認ができなかった旨の回答を得た(乙9)。

被告長崎市職員は,本件造船所に宛てて,原告の在籍証明書の交付を依頼したところ,平成26年12月5日付けで,原告に関わる資料は戦災等で現存しておらず,在籍が確認できない状況にあるため,在籍証明書を交付することはできない旨の回答を得た(乙10)。


被告長崎市職員は,平成27年2月23日,前件申請に関し,原告に対する聴取を実施し,本件造船所には,昭和19年8月から昭和20年10月まで勤務していた旨,宿所から本件造船所まで出勤するときは,低い野山を越えて行って周りに住宅もあった旨,所要時間は徒歩20から30分であった旨,4名程度の同郷の人と出会い,その中でGという人物を記憶している旨,本件造船所における原告の番号が3万6912番であった旨,原爆投下当時は,同僚たちと休息中で,真っ赤な光と爆音に周りのトンネルに避難したが,空襲が解除されて出てきて,4から5日後に救護命令が出され,20名くらいで現場に行ったところ,火事になったところは灰の山ばかりで,火事にならなかったところは大きな木が抜けていた旨,その後,数人で船を購入し,様々な苦労の末帰国した旨などの聴取結果を得た(乙5)。


被告長崎市職員は,本件申請を受け,原告に対する調査を行うこととし,平成28年9月26日付けで,回答を得た。同書面には,A寮において1部屋10~12名程度で生活しており,G(M)やN(J)という人物がいたこと,本件造船所で,初めは軍艦建造に従事してカシメをし,戦争末期は穴掘りや荷物運びなどをしたこと,原爆投下前のA寮付近に対する空襲は記憶にないこと,原爆投下の4から5日後,救助命令を受けて旧長崎市の中心部に入ったこと,昭和20年10月頃,50名程度で木造船を準備して出港したが,台風に遭い,漂流するなどし,20日程かかって釜山港についたこと,
前件申請では,
自分の発音が悪かっ
たためか寮の名前が間違っており,却下された後に同郷の同僚の氏名を思い出したこと等が記載されていた。(乙6)

被告長崎市職員は,寮別(原爆落下当時)名簿(乙11),朝鮮人被爆者名簿(乙12)及び鉸親会名簿(乙13)を調査したが,原告のほか,原告が申述するI(日本人名:M)及びK(日本人名:J)がいずれも登載されていないことを確認した(乙11~13)。



供託書副本に係る事実

長崎地方法務局に保存されている供託金原簿上は,本件供託は,指定受取人として漢字4文字の氏名及び
他3417名
と記載されており,
前記氏名の最初の3文字はOであるものの,最後の1文字は判読が困難である(甲16)。


国立公文書館つくば分館に保存されている労働省調査朝鮮人に対する賃金未払債と題する文書には,長崎供託局が,昭和23年6月2日,本件造船所に関し,積立金や退職金等の現金として3406人,85万9770円78銭の供託を受け入れた旨が記載されている(甲20)。前件申請の契機
原告は,平成17年頃,韓国政府に届出をしたことにより,国務総理所
属対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会から,被爆者健康手帳の申請を勧められた(乙5)。
2
争点⑴(本件義務付けの訴えは,訴訟要件を欠き不適法であるか。)及び⑵(原告は,原爆が投下された際,旧長崎市内に在り,法1条1号に該当するか。)について


原告は,前記第2の4

(原告の主張)アのとおり主張し,原告は,本
人尋問において,要旨,原告は,昭和19年,故郷であるPにおいて,原告が日本に徴用される旨の話を聞かされ,嫌だったので山の中に身を隠していたが,
役場で仕事をしている親戚に説得されて応じることになった旨,
同年7月か同年8月頃,釜山の港から出た船で福岡に来日し,福岡から汽車と船を乗り継いで本件造船所に到着し,A寮に入寮した旨,A寮から本件造船所までは,低い山がいくつかあり,東の方に向かって行った旨,本件造船所は,原告に対して,3万6912番という番号を付しており,毎日職場に入るときには同番号を確認していた旨,原告は,造船所の鉸鋲係に配属され,鉄板を熱して鉄板と鉄板とをくっ付けるカシメという作業に従事していた旨,他に,防空壕掘り等の作業をすることもあり,原爆が投下された日の前の約1か月間はずっと防空壕を掘る作業をしていた旨,防空壕掘りには決まった勤務時間がなく,2ないし3回程度は夜通し作業を行うことがあった旨,防空壕を掘った場所は,A寮付近ではなく,本件造船所の工場の付近であった旨,原子爆弾が長崎に投下された日は,会社から出勤せず寮に待機しているよう指示を受けたところ,A寮の2階で4ないし5人の人たちで話をしていた際,突然夕焼けのように空が赤くなって,
しばらくするとドカーンという音がして,
ガラスががらがら割れた旨,
原告は,何が起こったかよくわからなかったが,爆弾が落ちたかもしれない,あるいは,空襲があったかもしれないと思い,2階から飛び降りて約300メートル離れた防空壕に向けて走っていったが,防空壕は人がいっぱいで入れなかった旨,原爆投下の数日後,A寮にいた原告は,特別な作業に従事するよう指示を受けて,長崎の市街地に行ったところ,木が根こそぎ倒れていたり,溝の中に亡くなった人が浮いているのを見たりした旨等を供述し,同人の陳述書(甲17)にも概ね同旨の記載がある。⑵

そこで,原告本人の供述の信用性について検討すると,原告本人の供述のうち,原告が本件造船所において従事した際の状況,とりわけ,社員番号に係る供述は,前記第3の1

ウのとおり,本件造船所船殻工作部鉄工

場鉸鋲係に配属された工員らには,5桁の番号が付され,3万6000番台から3万9000番台までの番号が付されていたことと整合する。加えて,原告が述べるA寮と本件造船所の位置関係は,前記第3の1

エの事

実と整合し,原告が従事したと述べるカシメの仕事は,同イの事実とも符合する。以上の点に照らすと,原告の供述は,その他の資料により相応に裏付けられているというべきである。
また,原告は,日本に来日することになった経緯,A寮や本件造船所における生活,A寮で一緒に生活をしていた人物の氏名,原子爆弾が投下された際の状況等について,具体的に供述をしているところ,これらの具体的な供述内容が,その他の資料と明確に齟齬していたり,供述内部で矛盾していたりするということもない。さらに,前件申請に係る申請書に記載された被爆当時の状況,前件申請及び本件申請に関する被告長崎市の職員の調査に対する回答においても,記憶が喚起されるなどしてその内容に一部変遷することがありながらも,その内容の大筋については,一貫しているといえる。
以上によれば,
原告本人の供述は,
基本的にその信用性が高いといえる。
これに対し,被告らは,

原告がA寮付近で昭和19年8月11日と昭

和20年7月30日又は同月31日にあったはずの空襲被害を記憶していないことや,原爆が投下された当日に空襲警報が鳴ったわけではない旨供述している点が,他の資料に照らして整合しない旨,

原告がA寮の2

階から飛び降りたとする際に,受傷したか否かの供述が一貫しない旨,原告の供述を裏付ける資料が存在しない旨などを主張する。
しかしながら,前記

の点については,原告の供述を前提としても,昭
和19年8月11日,
すでにA寮に到着していたか否か,
判然としないし,
昭和20年7月以降は,本件造船所の工場付近で防空壕を掘る作業に従事した旨の供述をしていることや,
被告指摘に係る同月30日
(又は31日)
の空襲被害が旧長崎市の複数個所に及んでおり,空襲被害が必ずしも特別な出来事ではなかった可能性も窺われることにかんがみると,ただちに不自然であるとはいえない。
次に,
前記

の点についても,
原告の供述によっ

ても,空襲に備えてA寮に待機していた旨の内容となっているところ,空襲警報発令の有無に係る記憶が齟齬していたとしても,ただちに信用性を減殺することにはならない。また,前記

の点について,原告の本人尋問

では,その前後関係からみて,原告において,原爆でガラスが割れたことから生じた切り傷等を想定して答えた可能性が窺われるし,元々,2階から飛び降りた際に生じたとする怪我も,重篤なものではないのであって,必ずしも供述内容に変遷があるとはいえない。さらに,前記

の点につい

てみると,確かに,原告の供述を直接に裏付けるとまで断言できる証拠はないものの,前記のとおり,他の証拠から認定できる社員番号,本件造船所とA寮の位置関係及び従事していた作業内容の点で裏付けがまったくないとはいえず,また,70年以上にわたる時間の経過や,裏付けすべき対象が戦争中,しかも甚大な被害を及ぼした原爆被害に係る事項であることに照らせば,直接的な裏付け証拠がないとしても不自然ではなく,このことによって直ちに原告の供述の信用性が否定されるとはいえない。以上のとおり,原告の供述については,相応に裏付けがあり,その骨格部分の信用性は肯定することができるのであって,原告は,原爆が投下された際,旧長崎市内にいたと認めるのが相当である。
したがって,これと反して,原爆が投下された際,原告が旧長崎市内にいたことを認定できないとして,原告の被爆者健康手帳の交付申請を却下した本件処分は違法で,取り消されるべきである。そして,これをもとにすれば,義務付けの訴えにおける訴訟要件は充足される。
3
争点⑶
(被告らには,
国賠法1条1項の適用上違法と評価される行為があっ
たか)について


国賠法1条1項にいう違法とは,公権力の行使に当たる公務員が,個別に国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいい(最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照),行政処分に取り消されるべき違法があった場合に,ただちに国賠法1条1項において違法と評価されるものではなく,当該公務員の職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情がある場合に限り,違法の評価を受けると解するのが相当である(最高裁判所平成5年3月11日・民集47巻4号2863頁参照)。
前記第2の4⑶(原告の主張)の被告国の行為に関する主張のうち,402号通達の発出及び運用並びにその改定後の不作為の点について,前記第3の1

の事実を前提としても,402号通達がなかったとした場合や

被告国がその改定後に原告主張の措置を講じていたとした場合に,原告が前件申請をした時期より早い時期に,被爆者健康手帳の交付申請をしたかどうかは明らかではなく,原告が,402号通達やその改定後の被告国の不作為によって,被爆者健康手帳の交付申請を阻まれたとは認めるに足りない。原告は,被告国が,402号通達を改定した後も,日本における居住を要件とするとの姿勢を改めず,長崎市長に対し,これに基づく措置を指示してきた旨主張するが,この点については立証がない。
また,長崎地方法務局が,本件供託に係る供託書副本を廃棄したことについて,前記第2の3

及び前記第3の1
の各事実を総合すると,本件

供託は朝鮮人労働者の退職金等を供託したものであり,供託原簿に記載されている氏名は,
朝鮮人労働者の創氏改名後の氏名であると推認できるが,
供託原簿に記載されている氏名が創氏改名後の氏名であることにより,一見して朝鮮人労働者であることが区別できるかどうかが不明であること,原告の氏名が,本件供託に係る供託書副本に記載されているかどうか不明であることに照らせば,長崎地方法務局が,本件供託に係る供託書副本を廃棄したことが,原告に対する証明妨害に当たるということはできない。原告の主張のうち,長崎市長による本件却下処分が違法であることを主張する点について,被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳の審査・交付に当たっては,前記第3の2のとおり,原爆投下から長期間が経過し,証拠の収集が困難であるという観点も考慮に入れる必要があるものの,他方で,
真に,被爆者と認定し得るのか否かを慎重に吟味すべき要請も当然に認められる。そして,被告長崎市の職員らにおいては,本件申請を受理した後,第三者による証明書や証人がないことから直ちに却下処分とするなどの対応をせず,原告から提出された資料のほか,被告長崎市の職員ら自ら原告に対する調査を行い,被告長崎市が把握し得る範囲で資料との整合性について調査を行うなど,必要な審査を行い,その上で,前記第3の1
イ及

びエのとおりの理由により前件却下処分及び本件却下処分に至ったものであり,通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとはいえない。
したがって,前記のとおり,結果的に本件却下処分が取り消されるべきものであることを前提としても,被告長崎市の職員らの行為に国賠法1条1項にいう違法があったと評価することはできない。
よって,争点⑶に係る原告の主張を採用することはできない。第4

結論
以上のとおり,原告の本件却下処分の取消し及び原告に対する被爆者健康手帳の交付処分の義務付けに係る請求には理由があるから,これらをいずれも認容し,その余の請求には理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
長崎地方裁判所民事部

裁判長裁判官

武田瑞佳裁判官堀田秀一裁判官小島務
トップに戻る

saiban.in