判例検索β > 平成28年(わ)第4499号
傷害、道路交通法違反被告事件
事件番号平成28(わ)4499
事件名傷害,道路交通法違反被告事件
裁判年月日平成31年1月11日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-01-11
情報公開日2019-02-06 16:00:28
戻る / PDF版
主文
被告人を罰金30万円に処する
未決勾留日数のうち,その1日を金1万円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算入する。
本件公訴事実中,傷害罪の点について,被告人は無罪
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,公安委員会の運転免許を受けないで,平成28年5月27日午後6時22分頃,堺市a区b町c番d号付近道路において,普通乗用自動車を運転した。(争点に対する判断)
1争点
傷害に係る公訴事実は,被告人は,平成27年3月14日午前10時44分頃から同日午前11時20分頃までの間,大阪市e区fg丁目h番i号jk号室被告人方において,実子であるA(平成26年12月15日生)に対し,その身体を揺さぶるなどの方法により,同人の頭部に衝撃を与える暴行を加え,よって,同人に回復見込みのない意識障害,四肢麻痺等の後遺症を伴う急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた。というものである。本件の争点は,被告人が揺さぶり行為等の暴行によってAに回復見込みのない意識障害,四肢麻痺等の後遺症を伴う急性硬膜下血腫等の傷害を生じさせたと認められるかである。当裁判所は,この点につき合理的な疑いが残り,揺さぶり行為等の暴行があったことを認定することはできないと判断したので,以下,その理由を説明する。
2
前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,平成26年10月にBと結婚し,同年12月15日に被告人とBの間の子Aが生まれ,本件当時は被告人,B及びAの3人で暮らしていた。本件当日である平成27年3月14日はBが午前10時44分頃に出かけたため,被告人は自宅でAと二人きりであった。被告人は,Bに電話でAの異変を告げた後,同日午前11時25分頃,119番通報をした。救急隊が同日午前11時32分頃に被告人宅に到着した際,Aは心肺停止の状態であった。被告人は,救急隊員に対し,Aが鼻水を出した後に息苦しそうにしていた旨説明した。同日午前11時41分頃,Aを乗せた救急車が病院に到着し,同日午後0時8分頃にCT撮影がなされた。このCT撮影までに,Aに心臓マッサージや人工呼吸などが施されて心拍が再開した。
3
Aに生じたとされる急性硬膜下血腫について
検察官は,急性硬膜下血腫の部位等から,揺さぶり行為等の暴行があったことが推認できると主張するので,まず,検察官が主張する急性硬膜下血腫について検討する。
小児科医であり救急搬送後にAの治療に当たったC医師は,病院搬送後に撮影された同日午後0時8分及び同日午後6時14分の各CT画像によれば,Aが搬送された当時,右大脳半球間裂,左前頭部,左後頭部,左後頭蓋窩,右小脳テント上にそれぞれ急性硬膜下血腫が生じていたと認められる,このうち慢性硬膜下血腫の横に存在する左前頭部の急性硬膜下血腫については,慢性硬膜下血腫が存在することを原因として生じた可能性があるとしても,大脳半球間裂という頭頂部や小脳テント上という脳の深い部分は日常的なアクシデントでは受傷しない部位であり,かつ,頭部の中でも離れた複数の部位に急性硬膜下血腫が存在していること,頭部の外表面に外傷がないことからすれば,頭部を強い力で揺さぶったり,柔らかい物に複数回たたきつけたりしたことによって,Aに上記各急性硬膜下血腫が生じたものと考えられると証言する。



これに対し,脳神経外科医であるD医師は,AのCT画像,C医師及び後述するE医師の見解を記した書面を精査した上で,C医師が急性硬膜下血腫であると指摘する複数部位について以下のとおり証言する。

右大脳半球間裂の部位に関し,CT画像上認められる白い部分は,静脈が血栓化あるいはうっ滞したものが写っている可能性もあり,このCT画像のみでは急性硬膜下血腫であるかどうかを断定することはできない。仮に白い部分が血腫だとしても,その量からすれば,少なくとも意図的に激しく揺さぶられたことによって生じたものとは考えられない。架橋静脈の破断があったとすれば,本件よりも大量の出血が認められるはずであるし,本件CT画像にみられる分布とは異なり,血腫が硬膜下腔に分布するはずである。心肺蘇生措置などによってうっ滞していた静脈に血液が再灌流し,血がにじみ出て出血するというのはしばしば経験するところであり,そのような出血の可能性も考えられる。

左前頭部の部位にCT画像上認められる白い部分は,急性期の出血と考えるが,慢性硬膜下血腫の新生膜から血液成分がにじみ出るという自然経過として生じているものと考えられる。


左後頭部の部位にCT画像上認められる白い部分は,血腫かもしれないという程度のごく微量なものが写っているかもしれない。しかし,イと同様に慢性硬膜下血腫の自然経過として生じているものが白く写っているものなのか,それとも外傷性の血腫なのかは,示されたCT画像からは判別できない。

C医師が左後頭蓋窩の急性硬膜下血腫であると指摘したCT画像上白く写った部分は,横静脈洞という静脈がうっ血した状態が写っているにすぎず,血腫ではない。血管が通っている場所がモザイク状に白黒が混在して写っているのは,血栓化している又は血栓化しつつある様子をあらわしている。血腫そのものがCT画像上から消えるには1週間程度はかかるところ,同月14日のCT画像では白く写っていた部分が,同月18日午前10時5分のCT画像では白くなくなっているのは,うっ滞していた横静脈洞の血液が流れたからであって(他方,大脳半球間裂の白い部分は同日にもまだ残っている。),この部分が血腫ではなかったことを裏付けている。そもそも後頭蓋窩硬膜下血腫は,脳に沿う形で硬膜下腔に血が溜まるはずであって,存在部位が異なる。オ
右小脳テント上(右側頭葉下面後部)の部位にCT画像上認められる白い部分は,血腫であると認められるが,再灌流によって生じたものである可能性もある。この場所には太い架橋静脈は存在しておらず,この部分は脳が動かないことから,人間の脳の病態生理からすればこの部分の架橋静脈の破断はあり得ない。



D医師は,脳神経外科を専門分野とし,その中でも特に小児脳神経外科,重傷頭部外傷の管理及び治療が専門であり,その証言は,日々臨床経験を重ねている医師の専門的知見として合理的であると認められ,その所見を覆す明確な根拠がない以上,これを排斥することは困難である。検察官は,再灌流障害や心肺蘇生措置等治療過程に生じるような弱い衝撃では頭蓋内に出血が生じるとは考え難いなどと反論するが,D医師によれば,そういったことも起こり得るとし,現に,CT画像上同月14日に存在しなかった右後頭蓋窩硬膜下血腫が同月18日には存在していることを挙げ,病院内における集中治療管理下においてもそのようなことが起こっていると指摘している。したがって,D医師の指摘するような可能性があることは否定できない。
そうすると,結局,左後頭蓋窩に急性硬膜下血腫があるとは認められない。左前頭部,左後頭部及び右小脳テント上に急性硬膜下血腫が存在したことは認められ,右大脳半球間裂にもそれが存在した可能性はあるけれども,D医師が証言するとおり,いずれも慢性硬膜下血腫の自然経過や再灌流障害等によって生じた可能性を否定することができないから,これらの急性硬膜下血腫の存在や部位は,何者かがAに対し揺さぶり行為等の暴行を加えた事実を推認させるものではない。
4
Aが心肺停止に陥った原因について
次に,検察官は,Aが心肺停止に陥った原因は,揺さぶり行為等の暴行による急性硬膜下血腫及び脳実質損傷であるとしか考えられないと主張するので,この点についても検討する。
C医師は,同月14日午後0時8分のCT画像上,Aに皮髄境界不鮮明の所見が認められるところ,低酸素脳症でも最終的には皮髄境界不鮮明という形でCT画像に現れるが,低酸素脳症がCT画像上鮮明になるには数時間かかるといわれており,同時刻のCT画像に既に現れている皮髄境界不鮮明は低酸素脳症のみが原因ではなく,硬膜下血腫を来すと同じ外力で脳実質損傷をももたらしたと考えられる旨証言する。
また,法医学者であるE医師も,びまん性軸索損傷はCT画像で確認することは難しいが,所見からすると窒息は考えにくく,びまん性軸索損傷等脳実質内に損傷があると考えるほうが症状に合う,そのように考えて同日午後6時14分のCT画像を確認すると,かろうじてそれを示唆する可能性のある所見があったと証言する。
これに対し,D医師は,AのCT画像上の主たる診断は虚血性低酸素性脳症であり,呼吸停止が5分間生じていた場合には,1時間もすればCT画像上に顕著な所見が出てくる,Aの脳に対する圧迫徴候がそれほど強いものではないことからすれば,呼吸障害が起こった後,数分間脳に酸素が供給されなかったために意識障害を来した可能性が高い,Aに慢性硬膜下血腫が存在していたことなどから,Aの身体機能が全体的に低下していた可能性もあり,呼吸器系が何らかのダメージを受けた可能性がある,呼吸停止の一元的な原因となるような脳実質損傷が生じた場合にはCT画像上にそれ相応の所見があるはずであるが,今回はそれを疑わせる所見はない旨証言する。
そこで検討するに,低酸素脳症の場合に,それがどの程度の時間の経過によってCT画像上鮮明化するのかは,C医師及びD医師両専門家の間でも見識に食い違いがみられるが,D医師の上記証言を排斥できるまでの根拠は示されておらず,D医師の証言するように,呼吸停止が5分間生じていた場合には1時間もすればCT画像上に低酸素脳症の所見が現れる可能性があることを前提に検討せざるを得ない。そして,被告人がBにAの異変を告げた後,同日午前11時25分頃に119番通報をし,救急隊が同日午前11時32分頃に到着した際にAが心肺停止状態であったという経過によれば,Aの呼吸が5分以上停止していた可能性があるから,同日午後0時8分のCT画像上の皮髄境界不鮮明の所見は,低酸素性脳症に起因するものと考えることが可能であって,必ずしも外力によって脳実質損傷が生じていたことを推認させるとはいえない。検察官は,胸部や鼻腔のCT画像上,Aが窒息したとは考えられないと主張するが,被告人がAから大量の鼻水が出ていたと供述していることや,救急隊が気道確保にあたって異物除去をした旨の記録があること(甲33),Aの肺に誤嚥の所見があること,搬送先病院の医長が,ミルクなどを誤嚥して呼吸困難に陥り,心肺停止に至ったとの見解を示していたし(弁11),C医師もミルクなどを誤嚥した可能性が否定できないとの見解を述べていることなどからすれば,脳実質損傷以外に,呼吸障害となり得る原因がなかったとはいい難い。本件は死亡事件ではないため乳幼児突然死症候群が直接当てはまるものではないものの,乳幼児において原因不明の呼吸停止があり得るという点では死亡していない事案にも通じるものがあり,本件においてもその可能性は否定できない。そうすると,何らかの原因による呼吸停止に起因する低酸素脳症によって意識障害を来した可能性が高いとするD医師の見解を排斥することはできない。
検察官は,揺さぶり行為等の暴行により急性硬膜下血腫及び脳実質損傷が生じ,それが心肺停止の原因となったと主張しているが,D医師の証言によれば,本件の急性硬膜下血腫は小さなものであり,それのみでは心肺停止の原因にはなり難いと考えられる。また,心肺停止に至らせるほどの脳実質損傷の存在を的確に示す証拠もない(この点に関するE医師の指摘も明確にその存在を肯定するものではない。)。C医師は,CT画像では見えなかった脳軸策損傷がMRI画像では見えたという経験がよくあると証言するが,MRI画像があればそれが判明していたかもしれないという可能性の指摘にすぎない。D医師は,呼吸停止の一元的な原因となるような脳実質損傷が生じた場合にはCT画像上にそれ相応の所見があるはずであるが,今回はそれを疑わせる所見はない旨述べており,この証言を排斥できるだけの根拠は示されていない。心肺停止に至らせるほどの脳実質損傷が生じていたと認める根拠は不十分である。そうすると,Aの心肺停止の原因が揺さぶり行為等の暴行による急性硬膜下血腫及び脳実質損傷であるとする検察官の主張は根拠不十分であって,採用することはできない。
5結論
以上のとおりであって,検察官が揺さぶり行為等の暴行の存在を推認させる根拠として主張する各点を総合しても,暴行があったとは推認できず,傷害罪の点については,犯罪の証明がないことに帰するので,刑事訴訟法336条により被告人に無罪の言渡しをする。
(法令の適用)
罰刑条種の択選
道路交通法117条の2の2第1号,64条1項
罰金刑を選択

未決勾留日数算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役5年)

平成31年1月15日
大阪地方裁判所第9刑事部

裁判長裁判官

渡部市郎

裁判官

辻󠄀井由雅
裁判官

渡邉真実
トップに戻る

saiban.in