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アスベスト被害に基づく損害賠償請求事件
事件番号平成29(ワ)305
事件名アスベスト被害に基づく損害賠償請求事件
裁判年月日平成31年3月12日
法廷名福岡地方裁判所  小倉支部
結果その他
裁判日:西暦2019-03-12
情報公開日2019-04-08 16:00:14
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平成31年3月12日判決言渡
平成29年(ワ)第305号
口頭弁論の終結の日

同日原本領収

アスベスト被害に基づく損害賠償請求事件

平成30年12月25日
主1
裁判所書記官


被告は,原告に対し,1265万円及びこれに対する平成20年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
訴訟費用は,被告の負担とする。

3
この判決は,第1項に限り,被告にこの判決が送達された日から14日経過した時から,仮に執行することができる。
ただし,被告が300万円の担保を供するときは,その仮執行を免れる
ことができる。
事実及び理由
第1請


主文第1項と同旨
第2事案の概要
1
事案の要旨
本件は,石綿工場において石綿製品の製造に従事していた原告が,石綿粉じんばく露により肺がんを発症して精神的苦痛を受けたところ,原告の肺がん発症は被告が旧労働基準法に基づく省令制定権限を行使して石綿工場に局所排気
装置を義務付けるなどの措置を怠ったことが原因であると主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用の合計1265万円及びこれに対する原告が肺がんの診断を受けた日である平成20年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

なお,被告は,労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患防止のために旧労働基準法に基づく省令制定権限を行使しなかっ
たことが国家賠償法1条1項の適用上違法であると最高裁判所が判断したことを受けて(泉南アスベスト第2陣訴訟についての上告審判決である最高裁平成26年10月9日第一小法廷判決・民集68巻8号799頁。以下最高裁平成26年判決という。),同判決で認められた被告の責任期間内に石綿工場等で作業し石綿関連疾患にり患した労働者又はその遺族に対し,訴訟上の和解
手続により損害賠償を行うことを表明しており(以下被告の和解方針ということがある。),本件請求は,これに則ったものである。
被告は,本件請求が被告の示す和解の要件を満たすものであることは争わないものの,本件請求についての損害賠償請求の遅延損害金の起算日は,原告の主張する肺がん診断日ではなく,肺がんにつき労災認定がされた日とすべきで
あると主張している。
2
前提となる事実(当事者間に争いがない。)

(1)

原告は,昭和35年3月21日から平成8年12月31日までの間,北九州市a区b1丁目所在のA株式会社(現在は株式会社B)C工場において,石綿製品である石綿スレートの製造作業に従事した。

石綿スレートの製造工程は,石綿やセメントなどの原材料と水をビーター(かくはん機)で混合し,これを機械で抄造してできる板状のものを成型,切断するというものであり,原告は,同工場建屋内において,原料石綿の袋を破ってビーターに投入する作業や,成型後のスレート板を切断する作業に従事していた。

(2)

原告は,上記(1)のとおり石綿粉じんが飛散する上記工場建屋内における
作業に従事したことによって石綿粉じんのばく露を受けたため,肺がんにり患した。
原告の肺がんについては,
上記(1)の作業場における業務に起因するものと
して,平成22年2月12日に労災認定を受けた。

3
争点及び争点についての当事者の主張

(1)

本件における争点は,本件請求についての遅延損害金の起算日を肺がん診
断日とすべきか労災認定時とすべきかというにある。
上記争点に関する原告の主張は次の(2),被告の主張は次の(3)のとおりである。
(2)

原告の主張

不法行為に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に何らの催告を要せず遅滞に陥るところ,被災者が石綿肺,肺がんや中皮腫などの石綿関連疾患にり患したことによる損害は,これらの疾患を発症したことにより生じるものである。したがって,損害の発生時点は,被災者がこれらの疾患を発症した時と解するのが合理的である。そして,疾患発症の有無は医学
的診断によりされることからすれば,これらの疾病についての診断がされた時をもって,損害の発生及びその賠償債務の遅滞を認めるのが相当である。したがって,本件請求についての遅延損害金の起算日は,肺がん診断日(平成20年9月26日)か,遅くとも肺がんの確定診断日(確定診断のための生検がされた同年11月7日)とするのが相当である。


最高裁平成26年判決により是認された原審判決(大阪高裁平成25年12月25日判決(以下大阪高裁平成25年判決という。))は,石綿肺が進行の程度が予測できない特異的な進行性の疾患であり診断が難しいことから,石綿肺にり患した事実やその損害の質はこれらに関する行政
上の決定がなければ通常は認め難いとして,上記アの例外として,石綿肺にり患した者の損害賠償請求の遅延損害金起算日を,
確定診断日に代えて,
行政上の決定(管理区分決定)を受けた時と判断しているが,肺がんにり患した者については,肺がんり患の事実は通常は医療機関の行う病理検査により確定的に診断することができることから,上記アに従い,その損害
賠償請求の遅延損害金起算日を肺がんの確定診断日と判断している。このように被告の和解方針の前提となっている大阪高裁平成25年判決の判断
によれば,本件請求についての遅延損害金の起算日は,肺がん診断日か,遅くとも肺がんの確定診断日となる。
被告は,大阪高裁平成25年判決が肺がんにり患した者につき確定診断日を遅延損害金起算日と判断したのは,労災保険給付の認定日が証拠上明らかではなかったためにすぎないし,びまん性胸膜肥厚にり患した者についても行政上の決定があった日を遅延損害金の起算日と判断していることからすると,同判決は石綿関連疾患の病名にかかわらず,行政上の決定があった日を遅延損害金起算日と判断していると指摘する。しかし,同判決は,上記の肺がんにり患した者について,肺がんの確定診断を受けた組織
診のために手術を受けた平成24年2月2日を遅延損害金起算日と判断しているところ,仮に同判決が肺がん患者についても行政上の決定日を遅延損害金起算日と判断しているとすれば,同年12月以降に労災保険支給決定がされたことが証拠上認定できるのであるから,それよりも早い上記手術日を遅延損害金起算日と判断していることと整合しない。また,びまん
性胸膜肥厚にり患した者については,訴訟において,いずれも労災支給決定日を遅延損害金起算日とする請求をしていたため,それよりも前の日である確定診断日を遅延損害金起算日とする判断ができなかったにすぎない。これらによれば,被告の上記指摘は当たらない。なお,被告は,大阪高裁平成25年判決が,肺がんや中皮腫を含め石綿関連疾患については最
も重い行政上の決定日又は死亡日を損害発生日として統一的に理解し,その旨判示していると指摘するが,被告が指摘する判示部分は,不法行為による損害賠償請求権の除斥期間の起算点となる不法行為時を損害発生時ととらえるのが相当である旨を示したものであり,肺がんや中皮腫につき上記決定日をもって損害発生時とするとの判断を示したものではない。
また,被告は,被告の和解方針は,最高裁平成26年判決が是認した大阪高裁平成25年判決の判断枠組みに従ったもので,同判決が石綿関連疾
患のり患による損害賠償請求については行政上の決定があった日を遅延損害金起算日と判断しているから,肺がんにり患した者につき確定診断日を遅延損害金起算日と扱うことは公平の観点から不適切であるとも指摘するが,上記に主張したとおり,被告の大阪高裁平成25年判決の理解が誤っているから,被告の上記指摘は理由がない。


また,労災保険給付手続においては,一般に,業務上疾病の診断確定日をもって,当該疾病について医学上療養を必要とするに至った時期とするものの,実際の発病時点よりも後に当該病名の診断がされる場合には,現実に療養が必要となった時期,すなわち当該傷病名を診断した医療機関の初診日をもって診断確定日とする扱いをする旨を定めており,石綿による
肺がんについても同様の扱いがされているが,
じん肺及びじん肺合併症は,
これとは異なる例外的な取扱いがされている。これによっても,石綿粉じんに由来する肺がんについては,上記の例外的な取扱いが妥当する石綿肺やその合併症といった石綿関連疾患とは区別して,
原則的な取扱いにより,
肺がんを診断した医療機関の初診日又は遅くとも確定診断の根拠となった
検査が実施された日を遅延損害金起算日とすべきである。

被告は,石綿由来の肺がんについては,じん肺の場合と同様に,行政上の決定により損害の発生が認められると主張する。しかし,石綿肺は,肺胞及びその周辺の繊維増殖性変化を基本的病変とする他のじん肺とは異な
るものとされている上,石綿肺に合併する肺がんは,石綿肺の基本的病変を素地として発症するものともされていない。また,石綿自体の発がん性も指摘されている。石綿関連疾患についての国際的診断基準であるいわゆるヘルシンキ基準においては,石綿肺所見がある場合以外にも,石綿粉じんのばく露の程度に応じて石綿による肺がんの診断基準を定めており,こ
れは,日本の労災認定基準にも取り入れられている。これらの事情からすると,石綿由来の肺がんについて,じん肺と同様に,行政上の決定がなけ
れば損害の発生が認められないといいうことはできない。被告の上記主張は理由がない。
また,被告は,肺がんについても労災認定がなければ当該肺がんが石綿由来のものであるとは通常認められないと主張するが,肺がんの原因が石綿粉じんのばく露にあるかどうかが判明することによって初めて損害の発
生,すなわち肺がんを発症した事実が認められるものではないから,被告の上記主張は理由がない。
(3)

被告の主張

大阪高裁平成25年判決は,石綿肺を含むじん肺が肺内の粉じんの量に対して進行するという特異な進行性の疾患であり,その進行の程度について予測が困難であるという特質を踏まえ,管理区分に係る行政上の決定を受けた場合には管理区分ごとに質的に異なる損害が発生したものと解すべきであり,また,被災者が死亡した場合には上記損害とは質的に異なる別個の損害が発生したと解すべきである旨を判示した最高裁判決(最高裁平
成6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁など)を踏まえ,同事件の原告らが主張する損害が発生するのは,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時と解すべきであるとして,その遅延損害金の起算日は,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時と解するのが相当である旨判示している。
また,同判決においては,肺がんと同様にじん肺管理区分決定とは無関係に慰謝料額が定められた疾患であるびまん性胸膜肥厚についても,最も重い行政上の決定日又は死亡日を損害発生時として,遅延損害金の起算日とする判断をしている。なお,原告は,同判決がびまん性胸膜肥厚を発症した被災者につき行政上の決定日を遅延損害金起算日と判断したのは,同
被災者らの主張に基づくものであったと主張するが,同判決は,同被災者らの主張する最初の行政上の決定日の主張を採用せず,あえて最も重い行
政上の決定日又は死亡日と認定しているのであるから,原告の上記主張は失当である。
これらによれば,大阪高裁平成25年判決は,肺がんを含めた全ての石綿関連疾患について,その損害が最も重い行政上の決定日又は石綿関連疾患による死亡日に発生し,同日が遅延損害金起算日になる旨を判示してい
ることは明らかである。原告は,大阪高裁平成25年判決においては,肺がんにり患した者1名については,肺がんの確定診断を受けた日を遅延損害金の起算日と認定されていることを指摘するが,同人については,労災保険支給決定がされた日が証拠上明らかでなかったために,例外的に,肺がんの確定診断を受けた日を遅延損害金起算日としたものと考えられ,上
記判決が,肺がんについては,その遅延損害金の起算日を確定診断日とする旨を一般論として判示したものであるとは解されない。
また,被告の和解方針は,大阪高裁平成25年判決の上記判断に従ったものであり,他の多数の同種事案においても,その病名にかかわらず,最も重い行政上の決定日又は石綿関連疾患による死亡日を遅延損害金の起算
日とする取扱いをしているから,公平の観点からも,本件の原告のみにつき被告の和解方針と異なる取扱いをすることはできない。

石綿に由来する肺がんと一般の肺がんは,臨床像や画像上の特徴において差異はないから,被災者が肺がんの確定診断を受けたとしても,それだ
けでは直ちに石綿に由来する肺がんであるか否かが明らかになるものではない。そこで,石綿による肺がんが業務上の疾病と認めることができるのは,厚生労働省労働基準局長名による石綿による疾病の認定基準について(平成24年3月29日付基発第0329第2号)において定める認定要件,すなわち,エックス線写真による所定の石綿肺の所見が得られて
いること,胸膜プラークが認められ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あること,乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体
の所見が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が1年以上あることなどの認定要件のいずれかを満たす必要があるものとされている。医師による肺がんの診断は,上記認定要件についての検討を経たものではないから,それだけでは石綿にさらされる業務による肺がんの発症であると認めることはできない。大阪高裁平成25年判決は,こうした理解も
踏まえて,肺がんの場合も,他の石綿関連疾患と同様に,最も重い行政上の決定日又は死亡日を遅延損害金起算日としているものと理解できる。ウ
原告は,肺がん発症の有無が医学的に診断されるとして,石綿由来の肺がんについては,肺がんの医学的診断を受けた日に損害が発生し,同日が
遅延損害金起算日となる旨主張する。しかし,石綿関連疾患については,いずれも,疾患の症候が生じた後に,その症候に対する医療機関の医学的な検査や診断が行われ,
行政庁においてその医学的検査や診断を踏まえて,
行政上の決定が行われるのであって,その手続は,肺がんとその他の石綿関連疾患とで何ら異なるところはない。したがって,肺がんの場合に,医
療機関の医学的な検査や診断が行われていることをもって,他の石綿関連疾患と区別して,確定診断日を遅延損害金起算日と扱うべき理由とすることはできない。
また,原告は,労災保険給付手続においては,業務上疾病の確定診断日又は初診日をもって発病年月日とする取扱いが原則となっているところ,
じん肺及びじん肺合併症のみがこれとは異なる例外的な取扱いがされているにすぎず,石綿粉じんに由来する肺がんについては,上記の例外的な取扱いが妥当する石綿肺やその合併症といった石綿関連疾患とは区別して,原則的な取扱いにより,肺がんを診断した医療機関の初診日又は遅くとも確定診断の根拠となった検査実施日を損害発生日すなわち遅延損害金起算
日とすべきであると主張する。しかし,原告が指摘するのは,労働者の福祉の増進を目的として行われる労災保険における療養給付の範囲を画する
ものとなる確定診断日(発病年月日)の取扱いを説明したものであり,これとは大きく性質の異なる損害賠償債務に係る遅延損害金の起算日の取扱いを定めたものではない。また,労災保険給付手続においては,じん肺及びじん肺の合併症についても,行政上の決定があった日から遡って診断確定日(発病年月日)とする取扱いがされており,肺がんについてのみ行政
上の決定日と異なる日を診断確定日(発病年月日)としているわけではない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
第3判
1断
本件請求が石綿工場において石綿粉じんのばく露による健康被害を受けた者についての被告の和解方針の要件を満たすものであること(前記前提となる事
実参照)は,当事者間に争いがない。
被告の和解方針によれば,原告は,被告から,石綿粉じんばく露により健康被害を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料1150万円及びその1割に当たる115万円の弁護士費用の合計1265万円の賠償を受けることができる。

そうすると,本件請求については,上記の限度において,被告が原告に対して賠償責任があることを認め,また,原告と被告との間で損害賠償金の支払合意が成立していると認めるのが相当である。
2
争点(遅延損害金の起算日)について

(1)

当裁判所は,本件請求についての遅延損害金の起算日は,原告について肺
がんの発症が認められる平成20年9月26日と認めるのが相当であると判断する。その理由は以下のとおりである。
(2)

不法行為に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に何らの催告を要す
ることなく遅滞に陥ると解されるから(最高裁昭和37年9月4日第三小法廷判決・民集19巻9号1834頁),同債務については損害発生の日が遅延損害金起算日となる。

本件請求は,石綿粉じんのばく露により肺がんを発症したことを損害として被告に対し慰謝料等の損害の賠償を請求するものであるから,肺がんの発症が損害であって,肺がん発症の日を遅延損害金起算日と認めるのが相当である。
原告については,平成20年8月28日に九州労災病院で受けた健康診断
においてCT画像に陰影が見つかり,同年9月26日の再検査時にこの陰影が増大傾向であったことから肺がんの疑いと診断され,同年11月7日に行われた生検により肺がんと診断されたことが認められる(甲5,6,15)。これによれば,原告は,遅くとも同年9月26日には,肺がんを発症していたものと認めることができる。

そうすると,本件請求についての遅延損害金の起算日は,上記のとおり肺がん発症を認定することができる平成20年9月26日と認めるのが相当である。
(3)
被告の主張について

被告は,大阪高裁平成25年判決が肺がんを含めた全ての石綿肺関連疾患について遅延損害金起算日を最も重い行政上の決定の日又は死亡日とすることを判示したと主張する。
しかし,大阪高裁平成25年判決は,少なくとも,肺がんにり患した被災者1名については,労災保険給付が決定されたと認定できる平成24年12月よりも約10か月前の,同人が肺がんの切除手術を受けた同年2月
2日を遅延損害金起算日と認定しているものと認められることからすると(乙3,4),被告の上記主張は採用できないというべきである。イ
被告は,じん肺が肺内の粉じんの量に対して進行するという特異な進行性の疾患であり,その進行の程度について予測が困難であるという特質を
踏まえ,管理区分に係る行政上の決定を受けた場合には管理区分ごとに質的に異なる損害が発生したものと解すべきであり,また,被災者が死亡した場合には上記損害とは質的に異なる別個の損害が発生したと解すべきであるところ,
これは肺がんを含む石綿関連疾患についても同様であるから,
被災者に損害が発生するのは,同疾患に関し最も重い行政上の決定を受けた時又は同疾患により死亡した時と解すべきであると主張する。
しかし,石綿由来の肺がんについて,じん肺と同様に,特異な進行性の
疾患であってその進行程度が予測困難なものであると認めるに足りる証拠はない。
かえって,じん肺が肺胞及びその周辺部の繊維増殖性変化を基本的病変としており,貯留した粉じんが肺の組織に入り込んだり,粉じんを取り除くために粉じんを摂取した細胞が死んだりすることによって固い結節がで
きるために肺が固く変化する病変がみられるのに対して,肺がんについては,石綿粉じんそのものが悪性腫瘍の原因となるといわれている(甲8)。また,石綿の健康影響の評価として世界的に用いられていると認められる(弁論の全趣旨)いわゆるヘルシンキ基準においては,アスベストによる肺がんであるとの判断に石綿肺の存在を要件としていないことも認められ
(甲11),これを参考として厚生労働省が石綿ばく露作業者の疾病の業務起因性の判断について定めている
石綿による疾病の認定基準について
においても,石綿肺の所見を前提としない石綿による肺がんの認定基準が設けられている(乙6)。これらによれば,石綿由来の肺がんは,じん肺とは異なる特性の疾患といえ,必ずしもじん肺と同様に扱うべきとはいえ
ない。そうすると,肺がんについては,行政上の決定がなければ損害の発生やその質を認定することができないものとはいえず,損害の発生を認定するに当たりじん肺管理区分認定や労災保険給付決定などの行政上の決定が必要であるとは認められない。
これらによれば,被告の上記主張は採用できない。


被告は,一般の肺がんと石綿由来の肺がんとは臨床像や画像上の特徴において異なるところがないから,石綿由来の肺がんと認められるためには労災保険支給決定や管理区分の認定といった行政上の決定が必要であると主張する。
しかし,上記イで説示したとおり,石綿由来の肺がんについては,じん肺とは異なり,行政上の決定がなければ損害の発生やその質を認定するこ
とができないものとは認められないから,行政上の決定がない場合であっても,肺がんが石綿由来のものであると認めることは可能である。したがって,石綿由来の肺がんと認められるために行政上の決定が必要であるとの被告の上記主張は採用できない。

なお,
被告は,
大阪高裁平成25年判決についての被告の理解を前提に,
本件請求についての遅延損害金起算日を肺がんの診断日とすることは,同判決の判断に基づいて定められた被告の和解方針に合致せず,公平に反するとも主張するが,上記に説示したところによれば,同判決が石綿由来の肺がんについても一律に行政上の決定日を遅延損害金起算日とする旨判示したものとは解されないから,被災者間の公平に反するとはいえず,採用
できない。

上記アからエまでによれば,原告について労災保険の支給決定を受けたことにより石綿由来の肺がんの発症が認められるとして,本件請求についての遅延損害金起算日を労災保険の支給決定日である平成22年2月12日とすべきであるとの被告の主張を採用することはできない。

3
以上によれば,慰謝料(1150万円)及び弁護士費用(115万円)の合計1265万円及びこれに対する原告が肺がんを発症したと認められる平成20年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は,その全部につき理由がある。

第4結


よって,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所小倉支部第2民事部

裁判長裁判官

井川真志裁判官久次良裁判官髙野将奈子人
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