判例検索β > 平成27年(わ)第93号
事件番号平成27(わ)93
裁判年月日平成31年3月11日
法廷名札幌地方裁判所  室蘭支部
裁判日:西暦2019-03-11
情報公開日2019-04-16 16:00:18
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主文
被告人は無罪
理由
第1本件訴訟の公訴事実,争点及び当事者の主張の概要
1本件公訴事実
本件の主位的訴因は,被告人は,平成25年8月26日午後3時5分頃,中型乗用自動車(以下「本件バスともいう。)を運転し,北海道白老郡a町字bc番地先高速自動車国道北海道縦貫自動車道札幌市d区e起点から上りS73.4キロメートル地点道路走行車線をfインターチェンジ方面からaインターチ
ェンジ方面に向かい時速約98キロメートルで進行するに当たり,前方左右を注視してハンドル・ブレーキを的確に操作し,自車の進路を適正に保持して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,
前方左右を注視せず,
かつ,
ハンドル・ブレーキを的確に操作せず,漫然上記速度で進行した過失により,自車の進路を適正に保持せず,左斜め前方に暴走させて道路左側に設けられたガー
ドケーブルに衝突する危険を感じて急制動右急転把し,自車左後部を同ガードケーブルに衝突させた後,
右斜め前方に暴走させて中央分離帯のガードケーブルに
自車右前部を衝突させた上,左に横転させ,よって,自車に乗車していたAほか12名に対し,別紙被害者一覧表記載のとおりの各傷害を負わせた(以下本件バスの同衝突及び横転を本件事故という。)」というものである。また,本件
予備的訴因は,被告人が上記日時に本件バスを運転し,上記場所を上記速度で進行中,自車ハンドルの振動や車体の揺れ等の異常に気付いたのであるから,直ちに自車を停止させて運転を中止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,直ちに自車を停止させず,漫然と上記状態で運転を継続した過失により,自車が左斜め前方に進行して道路左側に設けられたガードケーブルに衝突する危険を感じて急制動右急転把し,本件事故を惹起させ,よって,上記乗客ら13名に対し,上記各傷害を負わせたというものである。
2争点及び当事者の主張の概要
主位的訴因の主たる争点は,本件事故が発生した原因であり,検察官は,被告人が前方左右を注視し,的確にハンドル・ブレーキを操作して本件バスの進路を適正に保持せず,漫然上記速度で進行した過失により本件バスを左斜め前方に暴走させた上,左側ガードケーブルへの衝突の危険を感じて急制動右急転把して右斜め前方に本件バスを暴走させるなどして中央分離帯のガードケーブルに衝突,
横転させたことが事故の原因である旨主張するのに対し,
弁護人は,
本件事故の原因が,本件バスのセンターメンバーとNo.2アウトリガーが走行中に破断したことによって,本件バスの安全走行が不可能となったことによ
るのであり,事故を回避することは不可能であったから,被告人には過失は認められない旨主張する。検察官は,弁護人の主張に対し,本件バスのセンターメンバー等の故障はハンドル操舵には影響しておらず,本件バスは十分制御できた旨主張している。
予備的訴因の主たる争点は,
結果回避義務及び結果回避可能性の有無であり,

検察官は,仮に,本件において,センターメンバーの9割程度の部分破断によって安定的なハンドル操舵が困難であったとしても,被告人がセンターメンバーの破断に伴う感知可能な異常を感知した時点で,直ちに制動措置を講じていれば,安全に停止して事故を回避することができたのであり,被告人には,直ちに制動措置を講じて運転を中止すべき義務があった旨主張するのに対し,弁
護人は,被告人が異常を感知したとしても,直ちに制動措置を講じて本件バスを走行車線上で停止させることは危険であって,そのような義務はなく,回避可能性についての検察官の立証も十分でなく,本件バスを路肩に安全に停止させようとした被告人には過失が認められない旨主張する。
そこで,以下,当裁判所が主位的訴因及び予備的訴因についていずれも認め
られないと判断した理由について補足して説明する。
第2前提事実
本件争点を判断する際の前提となる事実として,関係証拠によれば,以下の各事実が容易に認められる。
1事故に至る経緯
被告人は,昭和63年頃からバス運転手として稼働し始め,本件事故時もバス運転手として民間会社に勤務していた。
被告人は,平成25年8月26日午後2時半頃,gにおいて,運転していたB株式会社製造の中型乗用自動車(これが本件バスである。)に乗客を乗せた後,高速自動車国道北海道縦貫自動車道(上り)をhに向かい走行した。本件バスは,上記自動車道走行車線上をfインターチェンジ方面からaイン
ターチェンジ方面に向かって,
i橋にある2か所の橋梁用伸縮装置
(以下
ジョイントという。)のうち,一つ目のジョイントに至る直前,時速約98キロメートルで走行していた。本件バスは,同日午後3時5分頃,2つ目のジョイントを通過して間もなく,走行車線から左斜め前方に進行し,道路左側のガードケーブルに自車左後部を接触させた後,右斜め前方に進行して,中央分離帯
のガードケーブルに自車右前部を衝突させ,自車左側面を路面に接地させて横転した(これが本件事故である。)。
本件事故によって,乗客であったAほか12名が別紙被害者一覧表記載のとおりの各傷害を負った。
2本件事故の現場の状況

本件事故の現場は,北海道白老郡a町字bc番地先高速自動車国道北海道縦貫自動車道札幌市d区e起点から上りS73.4キロメートル地点付近(以下本件事故現場という。)であり,本件バスが横転したのは,同S73.5キロメートル地点から約42.8メートル手前の地点である。
本件事故現場付近道路は,
中央部に上り車線と下り車線を隔てるガードケーブ

ルが設置され,道路南側(上り車線の左側)にもガードケーブルが設置されており,fインターチェンジ方面からaインターチェンジ方面に向かって曲線半径6,000メートル右に湾曲し,同方面へ下り勾配0.37パーセントである。上り車線では,走行車線及び追越車線の幅員がいずれも3.65メートルで,有効幅員が12.2メートルである。本件事故現場の見通しは良好であり,当時の路面は乾燥していた。
本件バスが道路左側のガードケーブルに接触する直前の路面上には,本件事故による左右前輪及び右後輪のブレーキ痕が印象され,道路左側のガードケーブル接触前後及び右斜め前方に進行した路面上には,連続した左前輪及び左後輪のスリップ痕及び2か所の右前輪スリップ痕が印象されている。なお,左前輪スリップ痕付近には,3つのガウジ痕(車体金属部が路面と接触し,舗装路面の骨材が
削り取られた痕)が印象されている(同ガウジ痕が本件事故によるものか否かは当事者間に争いがある。)。
3本件バスの故障について
本件バスのセンターメンバーは錆びて腐食しており,本件事故直後はその前方が大きく破断している様子が確認されており(なお,後部の破断状況までは確認
できない。),事故から約3か月後の平成25年12月12日に実施された実況見分では,前部から後部にかけて上下に破断し,センターメンバーを補助的に支える部品であるNo.
2アウトリガーも破断していた。
各部品とも腐食が著しく,
上記実況見分において,
立会人であるB品質保証本部市場情報管理部技術情報
(車
両調査)
所属のCは,
センターメンバーの破断時期は不明である旨説明している。

なお,Bは,平成29年2月14日,対象となる前輪独立懸架方式の大型・中型バスについて,センターメンバーの製造が不適切なため,センターメンバー内部に融雪剤等を含んだ水が浸入し,ロアアーム・コンプリート(以下ロアアームという。)取付部付近が腐食することがあり,そのままの状態で使用を続けると腐食が進行し,センターメンバーが破損して,最悪の場合,ロアアームが脱
落して操舵不能となるおそれがあるとして,リコールを届け出ている(ただし,本件バスに係る型式のバスは,前輪独立懸架方式ではあるが,リコールの対象とはなっていない。)。
4本件バスのセンターメンバー等の構造及びセンターメンバーの破断によるハンドル操舵に対する影響
本件バスのセンターメンバー等の構造
アセンターメンバーは車両の左右前輪の中央に位置する箱型の部品であり,ロアアームを含むフロントサスペンション部品を車体に固定するために設置されている。正常時は車体と固定されていて動くことはない。
イロアアームは,地面と平行に位置しているひし形状の部品であり,中央部分がセンターメンバーを介して車両本体と接続し,ロアアームの左右両端部
分がそれぞれ左右前輪の連結部品(ナックルサポート)に接続している。ロアアームは,フロントサスペンション部品の一部であり,その上部に対で位置するアッパーアームと共に上下運動し,車体と左右前輪の平行状態を保つとともに,センターメンバーにより車体と固定されて左右方向には動かないため,左右前輪と地面との垂直性を維持する役割も果たしている。
ウNo.2アウトリガーは,ロアアームの支柱であり,センターメンバーの前方と後方に接続されており,センターメンバーとロアアームを連結するための補助的な部品である。
エスタビライザーは,車両のコーナリング時や道路の凸凹等による車両水平方向の傾斜を抑制して乗り心地を安定させる装置であり,その中間部が車体
フレームに,その両端部がロアアーム端部にそれぞれ固定されている。センターメンバーの破断によるハンドル操舵に対する影響
センターメンバーが上下に完全に破断した場合,ロアアームが接続するセンターメンバーの下部が車体と固定されなくなり,ロアアームが左右に動くようになるため,左右前輪の連結部品を介して,タイヤが連動して左右に傾くこと
で,タイヤが傾いた方向に車両が進行する走行異常が生じる。高速走行中にセンターメンバーが完全に破断した場合,タイヤの垂直性が損なわれ,間もなくハンドル操舵は不能となる。スタビライザーが設置されている車両の場合(本件バスにもスタビライザーが設置されている。),それによってロアアームの左右方向の動きが一定程度抑制されるが,その場合であっても,時速約98キロメートルの高速走行下においては,早期に操舵不能となる(なお,下記のとおり,弁護人は,上記機序の他に,センターメンバーが破断した場合,ステアリング系統の部品にも影響し,ハンドル操作の動力がタイヤに上手く伝わらなくなり,又ロアアームが下垂することで,ハンドル操舵が不能となる旨主張するが,少なくとも上記機序によって操舵不能となるとの限度では,当事者間に争いはない。)。

また,センターメンバーが完全に破断せず,その前部が9割程度破断した場合であっても,センターメンバーの前部が左右に動くため,ロアアームも左右に動き,タイヤが左右に傾くことが起こり,同様に,スタビライザーの有無にかかわらず,時速約98キロメートルの高速走行下においては,運転手はハンドル操舵を通常時と同様に安定的に行うのは困難となる(以上に対し,弁護人
は,9割程度の部分破断の場合であっても,上記弁護人主張の機序から,安全走行が不可能となる旨主張し,E証人もその旨証言しており,ハンドル操舵に与える影響の程度に関しては異なる部分があるものの,9割程度の部分破断によって少なくとも安定的なハンドル操舵が困難となるとの限度では,当事者間に争いはない。)。

センターメンバーが完全破断又は9割程度破断した場合,運転手は,車体の振動やハンドルのぶれといった異常を感知することができる。
第3主位的訴因について
1検察官は,主位的訴因につき,本件事故時,本件バスのセンターメンバーは安定的なハンドル操舵等が困難となるほどには破断しておらず,本件バスはハンド
ル操舵によって十分制御可能であった旨主張し,それにもかかわらず本件事故を惹起した被告人には,
ハンドル・ブレーキの不的確操作の過失がある旨主張する。
そして,検察官の上記ハンドル操舵の制御可能性についての主張は,センターメンバーに9割程度の破断が生じていた場合,運転手はハンドル操舵を通常時と同様に安定的に行うのは困難となる一方,車体振動やハンドルのぶれといった異常が生じ,運転手はこのような異常を感知することができるところ(上記第2,4本件事故直前には,このような感知可能な異常は発生していなかったことを根拠とする。そこで,以下,本件事故直前の本件バスの異常について検討する。2本件事故直前の本件バスの異常の有無及び程度について
検察官は,本件事故直前の本件バスに,車体振動やハンドルのぶれといった異常が生じていなかったとする根拠として,①最前列の乗客が蛇行以外の異常
を感知していないこと及び②被告人が異常を感知したならば指導されているとおりに直ちに制動措置を講じるはずなのに,実際には指導と異なり走行車線上で左に寄りながら制動措置を講じていること等を指摘する。
これに対し,被告人は,自らの感知した異常について,二つ目のジョイント通過時,運転席の後部から金属が折れるような音がした,間もなくハンドルが
振動し,左右に時計の針で5分程度ずつ振れた,車体が左右に揺れ,右側に少し下がったなどと供述する。
上記①の点につき,まず,本件事故時に本件バスの最前列の乗客席に座っていたAは,本件バスが蛇行した際,金属音や通常の走行とは異なる車体の上下の小刻みな振動や大きな振動,傾き等を感じなかった旨供述する。
しかし,上記供述は,平成28年2月8日及び同月12日にされたものであって,本件事故から既に約2年6月が経過した後のものであり,記憶保持の点で疑義がある。現に,Aは,同月8日の検察官調書において,蛇行は2回であり,
1回目の蛇行が左右どちらであったか覚えていない旨供述しているのに対し,
本件事故の翌日である平成25年8月27日には本件バスが小さな蛇行か
ら大きな蛇行となって何度か蛇行を繰り返したと供述しており,供述の変遷が見られる。また,Aは,同日,警察官に対し,
バスが事故を起こすまでは異音等はなく普通に走行していたと供述しているが,同供述の前に

最初は小さな蛇行でしたが,だんだんと大きな蛇行状態となって走行車線から追い越し車線そして走行車線と何度か繰り返したのです。

とも供述しており,そこでいう蛇行開始前には通常の走行をしているバスの乗客にすぎないAにおいて,異音等のバスの状態異常にどの程度留意した上で,異音等はなく普通に走行していたと認識したのかは判然とせず,被告人の感知したとする異音等の状態異常を聞き漏らしたおそれも否定し得ない。
また,ハンドルの振動や左右の振れについては,運転手以外が感知できるものでないことはもちろんである。

他方,被告人の上記供述は,センターメンバーの完全破断又は9割程度の部分破断がある場合に生じる車両の異常と整合的である。
検察官は,被告人の弁解が不合理であるとして,目撃者供述とは異なり,被告人が蛇行の回数を一回であったと供述していること,当初,被告人が,事故原因について,被告人の本件事故当時の上司であるF証人に対し,風にあおられたなどと報告し,しばらくした後に車両の不具合を主張し始めたこと等を指摘する。
確かに,本件バスの後続車両の運転手であるGは,本件バスの蛇行の回数は2回であった旨供述しているところ,同人は本件事故について利害関係を有しておらず,本件バスの約80メートル後方を走行しており,視認状況にも問題
はなかったことからすると,同人の供述は,基本的に信用できるものであるが(他方で,車体の振動や細かな蛇行の有無まで目撃できるかについては疑義がある。),そうであるとしても,被告人があえて虚偽供述をする動機も想定し難いことからすると,被告人が蛇行の回数を1回であると認識していること自体が虚偽であるとまで断定することはできず,被告人の供述全体の信用性を失
わせるまでの事情とは言えない。
また,F証人は,本件事故直後に,被告人と電話で会話した際,被告人が,事故の原因について,風にあおられたと話していた旨証言するが,被告人は,そのように述べたことを否定しているところ,F証人の当時の被告人等とのやりとりに関する記憶は非常に曖昧で,捜査段階から複数の供述が変遷していること等からすると,同証言の信用性には疑義があるというほかなく,被告人が上記発言をしたと認めることはできない。むしろ,被告人は,本件事故直後の現場において,警察官に対し,

このバスは廃車寸前のバスで,乗りたくなかった。

と発言し,勤務先への電話口や乗客の一人に対し,

左にハンドルがとられた。

ハンドルが利かなくなった。

などと述べ,その翌日には,職場の同僚に対し,

ゴト,ゴトと音がしてハンドル操作が出来ない状態になり,その後に車体が左に振られ,次に右に振られた後にひっくりかえった。

と話し,平成25年8月30日実施の実況見分に立会した際にも,事故は右前の足回りの故障と思うと説明し,

橋を越えた辺りで急に…ハンドルがぶれ始め,ハンドルが利かなくなった。

異音がして,コントロールが全く出来なくなった(以下省略)。

と説明するなど,本件事故直後から,感知し
た異常の内容や事故原因がバスの故障によること等を指摘していたのであり,細部はともかくとしても,供述の核心部分については概ね一貫しているものと評価できる。
なお,被告人は,本件事故当日又は被告人立会での実況見分以降,本件事故の原因がフロントサスペンション部品の一部であるアッパーアームナックルシ
ャフトの損壊によると考えていたことから,それに沿うよう自身の体験を一部誇張する可能性も指摘することができるが,仮にそのような供述が一部含まれているとしても,
そのことだけで,
被告人の供述全体の信用性を直ちに否定し,
被告人が如何なる異常をも感知していないとまでいうことはできない。以上のとおり,AやGの上記各供述及びF証人の上記証言から直ちに被告人
の供述を排斥することはできず,それだけでは本件事故直前に本件バスに異常が生じなかったとは認められない。
また,上記②につき,検察官は,F証人が,一般のバスの運転手は,ハンドル操作等に異常が生じた場合,そのまま真っ直ぐ道路上で制動措置を講じることが基本的な措置である旨証言しており,弁護人申請による証人であるH(同人は職業バス運転手で,Bがリコールを届け出た際に,同社が報告した人身事故3件のうちの1件で,バスを運転していた。)も,何らかの異常を感知した場合の危険回避方法としては,左側路側帯に待避するのが理想とはしつつも,ハンドルが左右にぶれる異常を感知した場合には,自分も走行車線上で止まる旨証言し,F証人が証言している内容が,職業的なバス運転手にとって常識的な措置であることを裏付けている旨指摘する。

しかし,
F証人は,
自分であればそのままブレーキを踏んで止める旨証言し,
しかも,そのように考えるのは,若い頃,バスはどんな事故があっても道路の上で止まるようにと先輩運転手に指導されたからであると説明しているに過ぎないのであるから,F証人がバスの運転手として約30年間の運転経験を有しているとしても,以上の証言のみを根拠として,本件において直ちに制動措置
を講じることがバス運転手として当然に取るはずの措置であるとまでは認められない。なお,F証人は,経験のないドライバーが入ってきた際には,同様の指導をすると証言するも,被告人に対しても同じ指導をしたとまでは証言していない。
また,H証人は,ハンドル操作が利くのであれば,路側帯に入るし,左に寄
せる努力はするなどとも証言しているのであって,その意味するところは,状況に応じて適切な事故回避措置を講じる旨述べているに過ぎないのであるから,同人の証言によっても,ハンドル操舵上の異常を感知しただけで,直ちに走行車線上でも停止させることが通常の措置であるとは認められない。被告人は,
異常を感知した後も直ちに制動措置を講じていないことについて,
異常感知後,時速90キロメートル程度の高速走行中に足回りの故障が生じたものと思って,そのような状況下で制動措置を講じることは危険であると判断し,路肩に安全に停止させることを考えたからであると説明しているところ,そのような説明自体は特段不自然なものではないから,被告人が直ちに制動措置を講じていないことから,被告人が何らの異常も感知していないと推認することには飛躍があると言わざるを得ない。
⑷以上のとおり,異音やハンドルの振動,ハンドルの左右の振れ等を感知した旨の被告人の供述を排斥することはできず,本件事故前,本件バスのセンターメンバーの破断が9割未満に止まっており,本件バスのハンドル操舵に影響を与えていないとの検察官の主張は採用できない。
3以上を踏まえて,主位的訴因について検討するに,まず,被告人は,上記のと
おり異常を感知した後,本件バスを車道の左側に寄せて停止させようとしたが,本件バスが左側に持って行かれるように感じたため,
急ブレーキを踏んだところ,
更に本件バスが左側に寄り,ガードケーブルに衝突しそうになったため,右側にハンドルを少し切ったところ,本件バスが急に右側に寄って行き,中央分離帯のガードケーブルと衝突して,本件事故に至った旨供述している。

そして,被告人の供述する事故態様は,センターメンバーの9割程度の部分破断によって,安定的なハンドル操舵が困難となること

と整合

している。したがって,本件事故の原因がセンターメンバーの9割程度の部分破断によって安定的なハンドル操舵が困難となったことによるものでなく,被告人の前方左右注視義務及びハンドル・ブレーキ的確操作義務の各違反によるものであることについては,合理的な疑いを排斥することができないのであるから,被告人には,主位的訴因における過失は認められない。
なお,弁護人は,本件において,センターメンバーの完全破断か9割程度の部分破断かによらず,ハンドル操作の動力がタイヤに上手く伝わらなくなるステアリング系統の異常が生じたこと,及びノーズダイブ(急制動の際,前方のサスペ
ンションが沈み込むことで車体前方が沈み込む現象)時に路面に接触するほどロアアームが下垂したこと(弁護人は,本件事故現場の左前輪スリップ痕付近にあるガウジ痕が下垂したロアアームによって印象されたものであると主張する。)等によって,本件バスの安全走行は不可能であった旨主張し,k工業大学名誉教授で,自動車工学を専門とするE証人等も同旨を証言する一方で,検察官は,センターメンバーが破断しても,ステアリング系統に異常は生じず,また,ロアアームが路面に接触し得るほど下垂するのは,タイヤの垂直性が完全に損なわれタイヤが横倒しになるなどした場合であって,本件バスの走行状況等からはそれはあり得ないし,上記ガウジ痕についても,本件バスのロアアームによって印象されたものではないなどと主張している。以上のとおり,当事者間では,ステアリング系統の異常又はロアアームの下垂の有無,及びそれによって本件バスの安全
走行が不可能となったか否か等について争いがあるが,上記のとおり,当裁判所は,センターメンバーの9割程度の部分破断によると安定的なハンドル操舵が困難となるという当事者間に争いがなく,証拠からも容易に認められる限度を前提としても,被告人には前方左右注視義務違反及びハンドル・ブレーキ的確操作義務違反の過失が認められないと判断しているのであるから,更に進んで上記争い
についての判断を示す必要があるものとは解されない。
第4予備的訴因について
1検察官の主張の概要
検察官は,予備的訴因において,仮に,センターメンバーの9割程度の部分破断によって本件バスの安定的なハンドル操舵が困難であったとしても,被告人に
は,本件バスの異常を感知した時点で,直ちに制動措置を講じて運転を中止すべき注意義務があり,同制動措置を講じれば本件事故に至ることなく本件バスを安全に停止させることは可能であったのに,同注意義務を怠った過失がある旨主張する。
そして,検察官が被告人において制動措置を講じるべき地点として主張するの
は,具体的には,1度目の蛇行の時点(本件バスと中央分離帯のガードケーブルとの衝突地点から約237.8メートル手前の地点),あるいは,その後被告人がハンドルの振動等の異常を感知した時点(上記衝突地点から約175.9メートル手前の地点。異音を感知したのは,さらにその約6メートル手前である。)である。
2高速道路を制限速度付近の速度で走行中,運転手において何らかの異常を感知したとしても,事故回避のため車線上に車両を停車させることは,後続車両の追突による重大な事故を生じさせるおそれがあり,また,車両の故障時に制動措置を講じた場合,車両の挙動が更に不安定となるおそれがあるなど,看過できない危険性があるのであるから,原則として,それによらなければ事故を回避できないような緊急状況下における措置とみるべきであって,運転手において,他の回
避措置によっては事故を回避できないことが予見可能でない限り,高速道路の車線上において車両停止義務を負わせることは相当でない。
また,検察官が依拠するD証言においても,同人の実施したコンピューターシミュレーション(以下本件シミュレーションという。)において,運転手が異常を感知して1秒後からブレーキを作動させた場合に安全に停止することがで
きるとするにとどまっているところ,
異常を感知した後,
1秒間程度の短時間に,
かつ,実際に路肩での停止を試みることもなく,路肩に安全に停止させることが不可能で,直ちに走行車線上で停止する必要があると判断して,それを実行することは相当に困難であることは容易に推察され,このことは,被告人が職業運転手であることを考慮しても,本件のような状況を体験することが極めて稀である
ことからすると,変わらないというべきである。そうすると,上記予見可能性の有無の判断に当たっては,この点も考慮に入れる必要がある。
3以上を前提に,予備的訴因に係る被告人の過失の有無を検討する。検察官は,まず,本件バスが2回蛇行しており,被告人が1回目の蛇行を感知した時点(本件バスと中央分離帯のガードケーブルとの衝突地点から約23
7.8メートル手前の地点)で,直ちに制動措置を講じるべきであったと主張する。
しかし,仮に,検察官主張のとおり,本件バスが2回蛇行したと認められるとしても,検察官も指摘するとおり,2回蛇行したこと自体は,蛇行しながらも一回は走行車線に戻ることができ,この時点ではハンドル操作がある程度は利いていたことを推認させる事情とも評価できるのであるから,同時点は,被告人において,直ちに制動措置を講じなければ事故を回避できないような緊急状況下であると予見可能であったとは認められず,被告人には同制動措置を講じる注意義務はなく,被告人に同義務違反の過失は認められない。なお,被告人は,本件事故後,一時,異常発生後ハンドルが利かなかったと述べていた様子もうかがえるが,その後捜査段階から公判に至るまで,本件バ
スを左側に寄せようとした際,ハンドル操作をしていないと供述し,また,左側のガードケーブルに衝突しそうになった際,ハンドルを右に切って右に転把できており,ハンドルは利いていたと供述するに至っていることからすると,被告人が異常発生を感知した後,ハンドルが全く利かなかったものとは認められない。

次に,検察官は,被告人がハンドルの振動等の異常を感知した時点(本件バスと中央分離帯のガードケーブルとの衝突地点から約175.9メートル手前の地点)で,直ちに制動措置を講じるべきであったと主張する。
そして,上記のとおり,被告人は,同時点付近で,ジョイント通過時に金属が折れるような音を聞き,間もなく,これまでに経験したことのないようなハ
ンドルの振動や左右の時計の針で5分程度ずつの振れ等を感知し,それによって,本件バスに足回りの故障が生じたと認識したことが認められる。しかし,これら被告人が認識した事実だけであれば,これによって運転に支障が生じており,運転の中止に向けて措置を講じるべき状況にあることは認識できたとしても,その支障の程度,すなわち,本件バスを路肩に安全に停止さ
せることが不可能なほどハンドル操作が利かなくなり,直ちに停止させなければならないことまで予見することができたとは認められない。それゆえ,同時点は,被告人において,直ちに制動措置を講じなければ事故を回避できないような緊急状況下であると予見可能であったとは認められず,被告人には同制動措置を講じる注意義務はなく,被告人に同義務違反の過失は認められない。なお,検察官は,道路交通法上,高速道路上であっても危険を防止するため一時停止することは認められており(同法75条の8第1項柱書),他方で後続車両には車間保持義務(同法26条)があるのであるから,追突のおそれがあることを理由に制動措置を講じることが期待できないわけではないと主張する。
しかし,たとえ,後続車両が道路交通法上の車間保持義務を負っているとし
ても,実際には追突事故が発生し得るのであるから,後続車両による追突のおそれを考慮しなくてよいことにはならず,また,危険を防止するため高速道路上であっても一時停止することが許されるとしても,それはやむを得ない場合に限られるのであって,まずは走行車線上でなく,路肩で停車させることを検討することが不相当でないことは明らかである(同法75条の8第1項2号で
は,高速道路走行中,故障その他の理由によりやむを得ず駐停車する場合,十分な幅員がある路肩又は路側帯に駐停車するものと定められている。また,路肩で安全に停止できる状況であるにもかかわらず,車線上で停止させ,それによって後続車両による追突事故が生じた場合には,停止行為について過失責任を問われるおそれがある。)。

4以上のとおり,本件において,被告人に停止義務違反の過失がある旨の検察官の主張は採用できず,この点で既に被告人には予備的訴因に係る過失が認められない。
なお,予備的訴因における結果回避可能性についても以下付言するに,検察官は,D証人作成の意見書及び同人の証言(同証人は,本件シミュレーションの結
果に基づいて,その意見を述べる。),すなわち,本件事故前と同様の状況において,運転手が異常を感知(同シミュレーションでは,一つ目のジョイントから約77メートルの地点とされている。
)して1秒後にブレーキを作動させた場合,
通常の減速(0.2G)では一つ目のジョイントから約255メートルの位置,強めの減速(0.3G)では約208メートルの位置,急ブレーキ(0.5G)では約169メートルの位置で安全に停止できるとする見解に依拠して,本件において,被告人が異常を感知した時点で直ちに制動措置を講じれば,本件事故に至る以前に,本件バスを安全に停止することは十分可能であったと主張する。そして,D証人は,B等で自動車開発等に現に利用されている,SIMPACK等のソフトウェアを使用して,本件シミュレーションを実施しているところ,同人は,B開発本部実験統括部長兼l研究所長という役職にあって,Bl研究所
において,試作段階や開発段階の試作車両のコンピューターによるシミュレーション及び車両による実験の業務を担当しており,自動車工学に関する高度の専門性を有するとともに,同ソフトウェアによるシミュレーション解析に習熟していることまでは認められる(なお,SIMPACKは,マルチボディシステムと呼ばれる解析手法を採用しており,必要なデータを入力して車両を構成する各部品
をコンピューター上で作成し,各部品より車両を組み上げ,その挙動をシミュレートするものである。また,D証人は,センターメンバーについては,他の部品と異なり,
部分的に破断した状態で変形することを考慮する必要があることから,パーマスという別のソフトウェアを使用している。同ソフトウェアは,有限要素法と呼ばれる解析手法を採用しており,部品を細かい要素に分割して,各要素の
変形量等から部品全体の変形をシミュレートするものである。)。これに対し,弁護人は,D証人がBの従業員であって,本件に関し利害関係を有していること,Bが本件シミュレーションの個々の入力データを開示していないこと(なお,Bは,入力データについて,本件バスに関する製品情報が企業秘密であるとして,任意による開示には難色を示している。),及び自動車の設計,
開発のためのソフトウェアに過ぎないSIMPACKを使用して,過去の交通事故を再現することの問題性等を指摘して,その信用性等に対して疑義を呈している。
以上のとおり,当事者間において,本件シミュレーションの依拠する科学的原理やソフトウェアの正確性・信頼性,及びD証人による誠実なシミュレーションの実施等に関連して争いがあるものの,仮にこれらを肯定するとしても,コンピューターシミュレーションがあくまでコンピューター上で事実を近似的に再現するものであり,又本件において,結果回避可能性を基礎づける証拠が上記意見書及び証言のほかにないことからすると,同各証拠から実際の本件事故前の状況において検察官主張の位置で本件バスが停止可能であったことを推認するには,慎重な検討を要するというべきである。

しかるに,本件シミュレーションでは,事故現場が緩い右カーブとなっていること(したがって,ハンドル操作をしなければ,車両は自然と左側に寄る。),路側帯の幅,及びセンターメンバーとロアアーム以外の部品の腐食や老朽化が車両の挙動に与える影響等が考慮されていないこと等,本件事故の状況と異なる部分が認められる。D証人は,シミュレーションの結果について,実際の車両の動
きと微妙なずれが出るとしても,傾向は合うもので,大きなそごはない旨証言するが,その根拠や,そこでいう傾向や大きなそごがどの程度のものかは必ずしも明らかでなく,本件シミュレーションでも,車両は走行車線を一部外れるほど左右に振れながら停止するに至っていることも併せ考えると,本件シミュレーションに反映されていない事情が実際の本件バスの挙動に影響を与えず,本件バスが
本件シミュレーションどおりに停止が可能であったとまで言い切ることは躊躇せざるを得ない。
加えて,本件シミュレーションでは,車両の走行異常が生じた際,運転手が適正な進路を保持するようハンドルを操作することが想定されており,運転手がそれと異なるハンドル操作をした場合にも,異なる結果となり得ることが認められ
るところ,本件バスのような走行異常のある車両について,高速走行下で制動措置を講じながら適切なハンドル操作をすることはバス運転手にとっても容易でないことや,運転手が走行車線を維持するようなハンドル操作をしない可能性があること(例えば,運転手が,異常感知後,直ちに制動措置を講じるのと同時に,路肩に寄せて停止させるようなハンドル操作を試みる可能性も否定できない。)等を考慮した場合にも,なお本件バスが本件シミュレーションどおりに停止が可能であったかについては疑義があるというほかない。
そうすると,本件シミュレーションは,被告人が異常を感知した時点で直ちに制動措置を講じれば本件事故に至る以前に本件バスを安全に停止することが可能であったことについて確信を抱かせるものではなく,合理的な疑いが残るというべきであるから,これに依拠した結果回避可能性についての検察官の主張は採用
できない。
第5結論
以上によれば,本件公訴事実については,主位的訴因及び予備的訴因のいずれも犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。

平成31年3月11日
札幌地方裁判所室蘭支部

裁判長裁判官


裁判官


裁判官

十牧嵐浩介彰一一成野
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