判例検索β > 平成29年(わ)第1447号
道路交通法違反
事件番号平成29(わ)1447
事件名道路交通法違反
裁判年月日平成31年3月25日
法廷名福岡地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-25
情報公開日2019-04-26 12:00:15
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主文
被告人を罰金5万円に処する
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成27年1月14日午前零時36分頃,福岡県福津市ab番地のc付近道路において,法定の最高速度(60キロメートル毎時)を35キロメートル超える95キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。(事実認定の補足説明)
1争点及び証拠構造
本件では,何者かが運転する判示の普通乗用自動車(以下本件違反車両という。)
が,判示の日時場所において,判示の内容の速度違反(以下本件違反という。)を犯
したことに争いはない。本件の争点は,本件違反車両の運転者が被告人であるか否かである。
この点に関して,検察官は,福岡県警察科学捜査研究所の技術吏員であるAによる顔貌の異同識別鑑定(以下A鑑定という。甲6)によれば,本件違反時にオービスに映った運転者の顔貌の画像
(甲1の裏面添付の写真。本件オービス写真
以下
という。

が被告人であることは明らかであると主張する。これに対し,弁護人は,本件違反車両を運転していたのは被告人の友人であるBであり,被告人は運転者ではなく,無罪であると主張する。このような弁護人の主張に対し,検察官は,さらに,科学警察研究所の警察庁技官であるCの顔貌の異同識別鑑定(以下C鑑定という。職1)によれば,本件違反車両の運転者がBでないことは明らかであって,弁護人の上記主張は採用できないと反論する。
そこで,証拠判断としては,A及びCの各鑑定が信用できるか否かが重要となる。
2本件違反車両の運転者と被告人の同一性について
そこで,順次検討するに,A鑑定によれば,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者と被告人とは,
おそらく同一人であると考えられる
と鑑定されていると
ころ,その内容は,要旨,以下のとおりである。
すなわち,A鑑定は,本件オービス写真と被告人の運転免許台帳写真及び被告人の頭顔部の三次元形状データ画像それぞれの顔貌の異同識別を形態学的検査及びスーパーインポーズ法と呼ばれる手法により鑑定したものである。このうち,スーパーインポーズ法では,本件オービス写真と上記三次元形状データ画像とを,コンピュータ上で大きさや角度の調整を行った上,重ね合わせたり,垂直あるいは水平に分割した画像をつなぎ合わせたりして比較する手法によって両者の異同識別をしたもので,甲6の鑑定書はこのような手法による顔貌の異同識別鑑定の経過及び結果を記載したものである。上記比較の結果,形態学的検査では,本件オービス写真と上記運転免許台帳写真及び上記三次元形状データ画像の各人物の下顎角部の突出の程度及びオトガイ部の形状が,本件オービス画像と上記三次元形状データ画像の各人物の頬骨部の突出の程度及びペッヒの顔型分類が,いずれもおおむね類似していることが観察できたほか,外鼻の形態学的特徴所見が両人物に共通して見られ,眉,眼部等その他の部位についても類似ないし矛盾しない検査結果が得られた。また,スーパーインポーズ法では,本件オービス写真と上記三次元形状データ画像の重ね合わせの結果,両眉,両眼部,外鼻,口唇部及び両耳介等の位置関係はおおむね合致した状態にあった上,両眉,外鼻,口唇部及び両耳介の概観の形状は,いずれもおおむね合致しており,さらに,人類学的計測点をプロットし,それらを本件オービス写真に重ねると,同写真の人物から類推される顔面各部の位置に対して,矛盾のない位置関係にあることが確認できた。そして,このような結果が得られた一方で,本件オービス写真と上記運転免許台帳写真及び上記三次元形状データ画像の人物が別人であることを明確に示す形態学的相違点が見つからなかったので,以上を総合的に考察すれば,運転者と被告人はおそらく同一人であると考えられるとの結論を導いている。

そして,Aは,公判廷においても,この鑑定結果に基づき,本件違反車両の運転者と被告人の異同識別について同様の証言をしている。
顔貌鑑定の信用性を検討するに当たっては,当該鑑定がいかなる手法により,いかなる根拠に基づいて異同識別に関する結論を導いているのかについて分析することで,当該鑑定が鑑定人の主観を極力排し客観性が担保されたものになっているかを慎重に検討する必要がある。そのような観点から見るに,A鑑定の中核を構成するスーパーインポーズ法は,画素を単位とした座標に顔の特徴点(計測点)を置き,そのずれを数値化して分析するというものであって,顔の凹凸や輪郭線の一致の程度を客観的に判断し得る合理的な手法といえる。そして,画像を重ね合わせる指標となる特徴点(計測点)は合理的に抽出されており,その上で抽出した各点の全てが最も良く一致するように画像同士を重ね合わせ,座標でずれを数値化するという過程をとっているところ,その過程にも格別不合理な点は認められない。これらの事情に加えて,Aの鑑定人としての資質の高さや経験,知見の豊富さ等を考慮すれば,A鑑定の信用性は高いといえる。この点について,弁護人は,①本件オービス写真は極めて不鮮明な画質であり,各部位の境界は極めて曖昧である上,本件オービス写真の撮影日と被告人の三次元形状データ画像の撮影日とでは時間的に隔たりがあること,体重の増減により顔の輪郭に変化があり得るのに経年変化が考慮された形跡はないことなどの点で比較対象の前提に問題がある,②Aは,公判廷において,鑑定手法や結果について,主観的な評価はしておらず,客観的な判断であると証言するが,同人は,何ら定量的・定性的な基準を提示しておらず,鑑定結果の客観性・普遍性が担保されていない,などと主張し,A鑑定の信用性を論難する。
しかしながら,上記①については,一般論として科学捜査研究所における顔貌の異同識別鑑定に当たっては,鑑定困難な資料は鑑定嘱託を受けないことが原則とされていることからすれば
(甲10参照)本件オービス写真は一応鑑定資料足り得る画像の鮮明度,
は備わっていることが前提とされている。その上で,Aは,顔貌の異同識別鑑定を実施する上で,本件オービス写真の画像が必ずしも鮮明ではないことや撮影角度等の影響か
ら異同識別上の検査項目には自ずと制約があり,顔貌の諸形態を詳細に把握することが困難であることは自覚しつつも,そのような制約がある中においても,別人であることを明確に示す形態学的相違点が認められない一方で,確立されたスーパーインポーズ法による合致度を総合的に考察して導き出せる確かな結論としては,最高水準である同一人であると考えられるとの判断までには至らないものの,
おそらく同一人であると考えられるとの限りにおいては同一性が肯定できる,として分析結果に即した控え目な判断をしているのであり,A鑑定は,その限りにおいて十分に証拠価値を有しているといえる。また,本件オービス写真の撮影日と被告人の三次元形状データ画像の撮影日とでは約2年4か月の離隔があるところ,Aも,公判廷において,太ったり痩せたりといった経年変化があることはある程度考慮すべきことだと思う,と証言していることから,一般論として経年変化による影響が生じる可能性を踏まえて鑑定する必要があること自体を否定しているわけではない。しかしながら,仮に被告人が供述するような体重変化(8ないし9キログラム)があったとして,そのことによって,顔の輪郭が当該人物の同一性判断に影響を及ぼすほどにまで大幅に変化するかはともかく,少なくとも,目,鼻,口,耳等の部位の相互の位置関係までもが根本的に変わることはないと考えられるところ,A鑑定によれば,本件オービス写真と被告人の三次元形状データ画像は,上記各部位の外観の形状だけでなく,相互の位置関係もおおむね一致しているとのことであり,被告人の供述を前提としても,体重変化等が鑑定の結果を左右するような影響を及ぼしているとは認められず,比較対象の前提に問題があるとの弁護人の指摘は当たらない。上記②については,スーパーインポーズ法による顔貌の異同識別鑑定は,各都道府県警察所管の科学捜査研究所において一般的に実施されている手法であるところ,一定の研修を受けた者が統一化された機材やソフトウェアを用いて鑑定を行うものである。その上で,資料に現れていない情報は判断の基礎としないこと,比較対象する画像に映っている人物同士が別人であると考えないと説明がつかないような相違点が一つでも存在すれば,別人と判断することといった厳格な基準に基づき,いわば一定の資格,条件に基づき,誰が行っても同一の結果が得られるような客観的な分析方法により
鑑定人の主観を極力排するような手法で鑑定を実施しているのであり,鑑定結果には客観性・信頼性が備わっているといえることから,弁護人の指摘は当たらない。その他弁護人が色々と主張する点を検討しても,A鑑定の信用性に疑問を抱かせる事情は認められない。
3本件違反車両の運転者とBの同一性について
以上によれば,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者は被告人であると強く推認できる。もっとも,A鑑定では,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者と被告人との同一性について,
おそらく同一人であると考えられる
という
高い水準の結論を得てはいるものの,
同一人であると考えられる
との最高水準の結論
を得るまでには至っていないことから,更に慎重に検討を加えることとする。この点,被告人は,公判廷において,本件違反時に本件違反車両を運転していた人物について,運転していたのはBである旨具体的に人物を特定して供述し,Bも,公判廷において,自分が運転していたとして同旨の証言をしている。そして,客観的な状況を見ても,関係証拠によれば,本件違反車両を日常的に使用していたのが被告人であること,本件違反時の本件違反車両の運転者が女性であり,被告人とBの共通の知人が同乗していることが認められることから,本件違反時に本件違反車両を運転していたのは,被告人本人か同人に近しい女性のいずれかであると考えるのが合理的であることなどの事情に照らせば,本件違反車両の運転者は,事実上被告人かBのいずれかに絞ることができるのであって,Bが運転者である可能性が否定されれば,被告人が運転していたとの推認が更に強まるといった関係にある。
そこで,
次に,
Bが本件違反車両の運転者であった可能性について検討するに,
Bは,
公判廷において,本件違反があった日の前日の夜から被告人や友人らとファミリーレストランの駐車場に集まって話をするなどしており,解散後,最終電車に乗り遅れた友人男性を同人の友人の家まで送り届けることになったが,自分の車の調子が悪かったことから被告人に本件違反車両を借りて運転している時に本件違反を犯した旨証言している。そして,このようなBの証言は,被告人の公判供述ともその内容が符合している。
Bの上記証言は,検察官が指摘するとおり,本件違反行為のあった日の後にも,同人が自分の車を使用して遠方にまで赴いていることや,弁護側から証拠請求されたBの上申書と公判廷における証言の間には齟齬が見られ,その点につきBから必ずしも合理的な説明がされているとはいえないことなどに鑑みると,直ちに信用性を肯定し難い面があることは確かではあるものの,そのような事情のみから,Bの上記証言が虚偽であるとまで断定することはできない。
しかしながら,以下で述べるように,C鑑定は,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者とBとは,
別人と考えられると結論付けているところ,同鑑定は信
用することができ,Bの証言及びこれと符合する被告人の公判供述は,そのいずれもが虚偽であるといえる。
すなわち,C鑑定においても,A鑑定と同様にスーパーインポーズ法により本件オービス写真とBの頭顔部の三次元形状データ画像それぞれの顔貌の異同識別鑑定を実施している。そして,C鑑定では,三次元形状データ画像との重ね合わせを左右外耳の位置を基準として行っているところ,検査の結果,両者の間には両眼間の距離,下顎のオトガイ部下縁を含む全体的な形状,顔の上下方向の長さという点で相違が認められること,顔型と両眼間の距離に関する相違が顕著であることが認められるところ,顔の輪郭の形状や顔の長さに関する相違は一般的に顔の異同識別においては重要な検査項目であることなどに照らせば,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者とBとは別人であると考えられる,との結論を導いている。
C鑑定がその判断の基礎としているスーパーインポーズ法が,高い客観性・信頼性の担保された合理的な人物の異同識別の鑑定手法であることは,A鑑定の検討の項において既に述べたとおりである。また,C鑑定における,画像を重ね合わせる指標となる特徴点(計測点)の抽出方法や,座標でずれを数値化するという分析過程についても特に不合理な点は認められない。これらの事情に加え,Cの鑑定人としての資質の高さ,経験や知見の豊富さ等を考慮すれば,C鑑定の信用性は高いといえる。これに対して,弁護人は,①C鑑定は,本件オービス写真は望遠レンズで数十メート
ル離れた被写体を撮影しているのに対して,比較の対象となったBの写真は標準レンズを用いて数十センチメートルの距離から撮影したものと考えられ,撮影位置,焦点距離等の撮影条件が異なる写真を用いて鑑定が行われていることから信用性が乏しい,②本件オービス写真の撮影日とBの三次元形状データ画像の撮影日とでは時間的な隔たりがあり,Bは体重が増えたと証言していることから,顔の輪郭等が変化している可能性が高い,などと主張し,C鑑定の信用性を論難する。
しかしながら,上記①については,スーパーインポーズ法では,本件オービス写真と三次元形状データ画像とを,コンピュータ上で大きさや角度の調整を行うなどの処理を施した上で比較する手法がとられていることに加え,Cは,本件オービス写真については画質が低く,顔貌の異同識別鑑定においては重ね合わせの合致度の評価に重きをおくこととなったものの,本件オービス写真は車体のおおむね全てが前方から撮影されており,本件違反車両の運転者とカメラとはパース(パースペクティブの略。遠近の意。)の
影響がほぼ完全になくなるまでに十分に離れていたと考えられる,としているところ,このことは本件オービス写真に映っている各人物や車両等の撮影状態に照らして見て,首肯できるところであって,Cにおいて,パースの問題が鑑定に影響を及ぼすものではないと判断したことには合理性がある。また,本件違反車両のナンバープレート等に見られる直線部位に特段の歪みがないことは,レンズによる歪みがないか,仮に存在するとしても,鑑定を実施する上では無視できる程度のものであることを示しているといえ,この点に関するCの説明にも合理性が認められる。上記②については,本件オービス写真の撮影日とBの三次元形状データ画像の撮影日とでは約3年8か月の離隔があるものの,Bが証言するような体重変化(5キログラム)があったことを前提としても,それによって人物の異同識別に影響を及ぼすほど顔の輪郭が大きく変化するかは別として,少なくとも,目,鼻,口,耳等の部位の位置関係までもが根本的に変容するとは考えられないことから,これらの部位の位置関係の違いをも踏まえた上で,本件オービス画像に映っている本件違反車両の運転者とBとの同一性を否定したC鑑定の判断過程に誤りがあるとはいえず,弁護人の指摘は当たらない。

また,弁護人は,①Bには,親しい友人である被告人から頼まれたからといって偽証罪で訴追されるリスクを負ってまで虚偽の証言をするメリットや動機がない,②被告人には免許停止処分を受けたり罰金を科されたりしてもさほど困る事情はなく,素直に自白すれば警察の厳しい追及からも解放されるのであるから,被告人が真犯人であるならば早期に自白するはずである,とも主張する。
しかしながら,上記①については,Bにおいて,偽証罪での訴追の不利益を上回る利益があると考えれば,虚偽の証言をすることはある以上,訴追のリスクがあるからといって,直ちにBに虚偽の証言をする動機がないなどとはいえない。上記②についても,比較的軽い処分であったとしても不名誉で不利益な処分を受けることを回避したいとの気持ちから否認をすることはあり得ることであるし,否認を続けることで,本件につき公訴時効期間が経過し時効が完成すれば,訴追されることはないのであるから,被告人にとっての利益はあるのであり,実際にも,本件の起訴は公訴時効期間が経過する直前になされていることから,被告人において,そのような利益を享受する可能性は多分にあったといえ,弁護人指摘のように言うことはできない(むしろ,被告人は,捜査の初期の段階で,本件違反車両の運転者がBであることには気付いたというのである。そうであれば,捜査機関に対して,その旨を申告することで,自己に対する嫌疑を晴らすことは可能であったのに,そのような行動には出ていないばかりか,本件が起訴されるまで本件に関してBに事情を確認するなどもしていない。このような被告人の行動は,身に覚えのない嫌疑をかけられた者の行動としては,そぐわない行動である。。)
その他弁護人が色々と主張する点を踏まえても,C鑑定の信用性に疑問を生じさせる事情は見当たらない。
以上によれば,本件オービス写真に映っている本件違反車両の運転者とBとの同一性は否定される。
4結論
以上の検討を踏まえ,健全な社会常識に照らして判断すると,本件違反時に本件違反車両を運転していたのは被告人をおいて他にはいないことが合理的な疑いを容れない
程度に証明されているといえる。
したがって,被告人には,判示のとおり道路交通法違反の罪が成立する。その他弁護人が主張する点を精査検討しても,上記認定は左右されない。
(求刑罰金5万円)
平成31年3月26日
福岡地方裁判所第3刑事部
裁判官

太田寅彦
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