判例検索β > 平成30年(ネ)第167号
事件番号平成30(ネ)167
裁判年月日平成31年4月15日
法廷名福岡高等裁判所
原審裁判所名福岡地方裁判所
原審事件番号平成20(ワ)2900
裁判日:西暦2019-04-15
情報公開日2019-05-09 12:00:12
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主文1
原判決を取り消す。

2
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨
主文同旨

第2

事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決の表記に従う。)本件は,B型肝炎の患者である被控訴人らが,乳幼児期(0ないし6歳時)に控訴人が実施した集団ツベルクリン反応検査又は集団予防接種(集団予防接種等)を受けた際,注射器(針又は筒)の連続使用によってB型肝炎ウイルス(hepatitisBvirus。HBV)に持続感染し,成人になって慢性肝炎を発症したとして,控訴人に対し,HBe抗原セロコンバージョン後(同抗原陰性化後)に発生した損害について,国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人1においては損害金1375万円(弁護士費用相当額125万円を含む。)及びこれに対する不法行為後である平成20年8月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,被控訴人2においては損害金1300万円(弁護士費用相当額50万円を含む。)及びこれに対する不法行為後である平成24年3月30日から支払済みまで上記同様の遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人らの請求をいずれも認容したところ,控訴人が控訴をした。

1
前提事実は,原判決の事実及び理由欄の第2事案の概要の1(原判
決2頁6行目から16頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2
争点



集団予防接種等とHBV感染との因果関係の有無



除斥期間の経過の有無(除斥期間の起算点)

B型慢性肝炎の特質等から,除斥期間の起算点は被控訴人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時であると解すべきか


正義・公平の観点から,除斥期間の起算点は被控訴人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時であると解すべきか



損害の発生及びその額
アイ3
包括一律請求の可否
被控訴人らの損害額

争点に対する当事者の主張は,
当審における主張を後記4に付加するほかは,
原判決の事実及び理由欄の第2事案の概要の3(原判決16頁15
行目から36頁14行目まで)に摘示のとおりであるから,これを引用する。4
当審における当事者の主張
争点⑵ア(B型慢性肝炎の特質等から,除斥期間の起算点は被控訴人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時であると解すべきか)について【控訴人】


じん肺事案のように蓄積進行性又は遅発性の健康被害に係る不法行為については,加害行為が終了した後の一定期間を経て損害が発生し,そのときが除斥期間の起算点となる。その場合,最初に発生した損害がさらに進行・拡大していくときであっても,実体法上は,最初の損害が発生した時点で将来生ずるべき損害を含む全損害が発生し,その時点で全損害につき一個の損害賠償請求権が成立しているため,その時点から将来の損害を含む全損害について,除斥期間が進行する。例外的に,最初の損害発生時ではなく,その後に新たな除斥期間の起算点を観念し得るのは,質的に異なる新たな損害(異なる段階の損害)が発生し,その時点で別個独立の新たな損害賠償請求権が成立したと評価できる場合に限定される。すなわち,最初の損害とは牽連一
体とならない新たな損害が生じた場合に限り,例外的に,その新たな損害が発生した時点がその損害に係る除斥期間の起算点になると解される。B型肝炎ウイルス感染による損害については,持続感染,慢性肝炎,肝硬変,肝がんという病態ないし病状は,医学的にみて類型的に後者が前者よりも重いという相違があると理解することができる。しかし,慢性肝炎を更に細分化して,病態ないし病状が類型的に異なる慢性肝炎が存在するという医学的知見は存在しない。
HBe抗原セロコンバージョン(HBe抗原陰性かつHBe抗体陽性の状態になること)が,重要な治療目標の1つとされているのは,これに伴いウイルスの増殖力が低下し肝炎が鎮静化することが多いからであるが,肝炎が鎮静化するために重要なのは,あくまでウイルスの増殖力の低下であり,HBe抗原の陰性化は,その指標の1つとしてあげられているにすぎない。HBe抗原が陰性の状態での慢性肝炎における損害と,先行するHBe抗原が陽性の状態での慢性肝炎における損害とを比較した場合,両者の間には,質的に見て,じん肺管理区分のような,病状の類型的かつ明確な診断基準や重篤さの相違がない。また,B型慢性肝炎の損害評価においても,HBe抗原陰性慢性肝炎のみを分断して評価する根拠はない。


そして,この点は,被控訴人ら個々の診療経過を個別に検討しても,何ら変わることがない。
被控訴人1については,HBe抗原セロコンバージョンとなった時期は,証拠上明らかではなく,医療記録によって,HBe抗原の持続陰性やALT値の持続正常,HBV-DNA量を確認することができない。むしろ,医療記録に照らすと,慢性的な肝機能障害が,平成12年以降も持続していたというべきである。
被控訴人2は,従前からHBe抗原セロコンバージョンとリバースセロコンバージョンを繰り返していたのであり,平成11年8月時点でのHBe抗
原セロコンバージョンは一時的なものであった可能性が高い。また,被控訴人2のHBV-DNA量は,平成13年9月から平成15年1月まで中ウイルス量であって,ウイルスが持続的に低下して肝炎が鎮静化したということはできず,非活動性キャリアには当たらない。かえって,HBe抗原が陰性化した後に,ALT値の異常が認められることから,平成11年12月の時点では,HBe抗原陰性慢性肝炎の状態になっていたことがうかがわれる。また,被控訴人2は核酸アナログ製剤の治療を開始する直前の時点で血小板数が18万程度(基準値内)であり,この数値からは肝機能障害が相当進行しているということはできない。
以上のとおり,被控訴人らの慢性肝炎の損害は,HBe抗原の状態等で分断評価することはできず,牽連一体のものというべきであり,HBe抗原陰性下でALT値が上昇したことをもって,質的に異なる新たな損害が生じたということはできない。
したがって,被控訴人1は遅くとも昭和63年3月14日までに,被控訴人2は遅くとも平成3年3月6日までにB型慢性肝炎をそれぞれ発症したのであるから,この発症の時点が,各慢性肝炎に対する損害賠償請求権の除斥期間の起算点となる。そうすると,被控訴人らの損害賠償請求権は,除斥期間の経過によって消滅している。


上記のとおり考えないと,肝炎発症後,HBe抗原セロコンバージョンを経てHBe抗原陰性のまま再燃した事案と,HBe抗原セロコンバージョンを生じず,HBe抗原陽性のまま20年以上にわたり炎症が継続する事案との間に不合理が生じる。
また,
B型肝炎特別措置法に基づく和解との関係でも困難な問題が生じる。
【被控訴人ら】


控訴人が主張する質的に異なる新たな損害が発生したときのみ,新たな除斥期間の起算点を観念し得るというのは,控訴人の独自の主張にすぎな
い。また,控訴人の主張は,牽連一体の損害という概念をB型慢性肝炎という例外事案に無理やり当てはめたものであって,
そのこと自体が誤りである。
最初の発症時点において客観的な権利行使可能性がない損害が,後に生じた場合,それはそのような損害が生じた時点において初めて損害が請求できるようになるというべきであり,加害者がこれを封じることは許されない。B型肝炎においては,幼少時にウイルスに感染した者の多くが,15歳から30代ぐらいの時期に免疫応答によって肝炎を発症する。そして,HBe抗原セロコンバージョンした場合,
そのうち大部分は速やかに肝炎が治まり,
キャリアの状態に復する(非活動性キャリア)。そして,肝炎が鎮静化した後に再発することは少なく,キャリアのまま経過することが多い。しかし,そのうち少数は,一旦セロコンバージョンで肝炎が治まったとしても後に再発することがある。そうすると,最初に肝炎を発症した時点で,将来起こる確率の低い肝炎の再発による治療費や通院治療に伴う慰謝料を請求しようとしても,そのような損害が高度の蓋然性をもって発生するとは認められないため,認容されることは論理的にありえない。肝炎の再発による損害賠償請求権を行使できないとするのは,損害の公平な分担を目標とする民法の不法行為の制度を否定するに等しい。
また,初発のHBe抗原陽性慢性肝炎と再発のHBe抗原陰性慢性肝炎の損害を比較した場合,後者は,HBV-DNA量が中程度の範囲で変動し,間欠的に激しい肝炎を引き起こす傾向がある。この肝炎は,抗原非産生変異株により惹起され,自然に寛解する可能性が低く,前者と比較して感染者が高齢で線維化傾向が強いため,
肝硬変や肝細胞がんに進行しやすいことから,
より重篤で進んだ病期である。そうすると,両者が,医学的にみても類型的に異なるものといえることは明らかであり,また,両者の間には,損害の算定に影響を及ぼすような病状の差異がある。


さらに,被控訴人1は,全診療期間に及ぶ医療記録がないものの,昭和6
2年の最初の発症後,速やかにインターフェロンの投与がなされ,幸いにも著効を示したため,わずか3か月の入院期間中にHBe抗原が陰転化している。HBVキャリアの自然経過についての医学的知見に照らすと,治療介入しなくても,数年でセロコンバージョンするのが多数であるから,被控訴人1は,より短期間でセロコンバージョンしたと推認するのが合理的である。さらに,被控訴人1の陳述書及び本人尋問の結果に照らせば,最初の発症時には顕著な全身倦怠感を自覚し,就労が困難な状態に至ったが,退院後まもなく復職し,復職当初は,勤務時間に制限があったものの,その後それもなくなり,残業をしたり,肝炎発症前の健康な生活を取り戻している。この経過は,医療記録の記載と矛盾がない。したがって,被控訴人1は,提訴の20年以上前に発症し,その後のHBe抗原セロコンバージョン(SC)により,数年で肝炎が治まり,キャリアの状態に復したが,提訴の20年以内に慢性肝炎を再発したという経過が推定できる。そして,ALT値は再発の時点の方が高く,
線維化についても最初の発症の時点では確認されていないが,
再発時にはF1(軽度の繊維化)であり,より進んでいることが明らかである。再発時が40歳以上であること,HBe抗原陽性慢性肝炎を経過した後であることも再発肝炎の予後不良の原因である。
被控訴人2は,平成11年8月5日以降は,HBe抗原-,HBe抗体+の状態が持続し,一度もHBe抗原+の状態となるリバースセロコンバージョンの状態は生じていない。かえって,HBe抗原,HBe抗体の検査結果に照らすと,遅くとも平成11年8月5日の時点でHBe抗原セロコンバージョンが生じたことは明らかである。そして,平成12年6月28日にはALT値に異常がなくなり,肝炎が鎮静化したところ,平成16年3月30日になり,再びALT値が異常値になって,慢性肝炎を再発したもので,提訴の20年以内に慢性肝炎を再発した。血小板数値は基準値内であるが,これのみでは肝線維化が進んでいないと評価をすることはできず,ALT値が3
00を超えているから炎症の程度は重い。
控訴人は,被控訴人2につき,平成12年7月の時点でHBV-DNA量が基準値を下回ったものの,それ以外ではウイルス量の減少が見られなかったことから,非活動性キャリアに移行していなかった可能性が高いなどと主張する。しかし,非活動性キャリアに移行したかどうかは重要な争点ではなく,セロコンバージョンにより,症状が一旦鎮静化したかどうかが重要である。非活動性キャリアとは,ALT値の異常が認められない無症候性キャリアの状態であっても,HBV-DNA量が一定程度以上存在する場合には,積極的な治療介入をした方がよいと考えられる場合があるとの医学的知見の進展によって導入された概念であり,本件の争点とは関連性がない。最初の発症時における客観的権利行使可能性に関する医学的知見について,被控訴人2の経過をもとに判断できればよいのであり,これに尽きる。さらに,控訴人は,平成11年12月18日や平成12年4月7日の時点でALT値の異常が認められるから,これらの時点で被控訴人2がHBe抗原陰性慢性肝炎の状態になっていたと主張するが,ALT値の異常値が6か月以上持続するという,臨床的に慢性肝炎と診断する基準が満たされていない。


また,被控訴人らは特措法に基づく請求をしていないから,特措法との整合性をいう控訴人の主張は失当である。

第3

当裁判所の判断

1
B型慢性肝炎に関する医学的知見
争いのない事実並びに証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,B型慢性肝炎に関する医学的知見は,以下のとおりである。


B型慢性肝炎について

B型肝炎
B型肝炎は,B型肝炎ウイルス(HBV)に感染することによって発
症する肝炎である。HBV自体に細胞傷害性は,ないか,あっても軽度であると考えられており,HBVに感染すると,ウイルスを排除しようとする免疫反応により,細胞傷害性T細胞がウイルスに感染した自らの肝細胞を排除しようと破壊し,肝臓に炎症を起こす。
(甲A6,乙B403の40)
そして,免疫反応により肝細胞が破壊されると,肝細胞内にある酵素であるAST(GOT)やALT(GPT)が血中に放出される。血液生化学検査で判明する血液中のALT値等の上昇の持続及びその変動は肝炎の活動性を示唆し,一定期間高値を示し,かつ,変動が認められる場合には肝細胞壊死が高度であり,
肝炎が活動性である可能性が高い
とされる。

(甲A14,
甲B403の46)

しかし,肝細胞は,非常に再生能が高く,少しであれば傷害を受けてもすぐに機能回復し,肝障害の原因が排除されると,炎症,繊維化ともに鎮静,回復する。また,肝臓は,予備能が高く,慢性肝炎や肝硬変になっても自覚症状が出ないことが多いことから,沈黙の臓器とも呼ばれ,多少の傷害では症状が現れない。慢性肝炎では,全身症状(全身倦怠感,易疲労感,黄疸),消化器症状(食欲不振,便通異常),その他(心窩部不快感,腹部膨満感,褐色尿,皮膚の痒みなど)の症状が出現することがあるが,慢性肝炎発見の動機をみると,①急性肝炎が遷延化し,6か月以上経過したこと,②他の疾患で加療中,たまたま肝機能検査で異常を発見されたこと,
③献血時あるいは家族検診時にHBs抗
原や肝機能異常を発見されたこと,
④人間ドックやヘルススクリーニン
グなどの際に発見されたこと,⑤自覚症状があり,医療機関を訪れたことなど多岐にわたるところ,特徴的なことは,②③④にみられるように自覚症状を訴えずに,
偶然肝機能の異常を発見されるものが多いことで
ある。

(甲A6,乙A3,乙B30の1,乙B403の13・39・41)上記のとおり,肝臓は,沈黙の臓器ともよばれ,多少の傷害では
症状が現れない。
そのため,
後記のとおり肝炎期を経たと考えられる
HBe抗原陰性・HBe抗体陽性のHBVキャリアでありながら,自然経過における肝炎期に自覚症状がほとんどない者もおり,被控訴人らは,これを無症候性キャリアに含めて包括一律請求をしている(被控訴人の2009年12月3日付け原告第13準備書面(統一準備書面2))。
(乙A3)

そして,慢性肝炎は,数年ないし20ないし30年と長期にわたる経過をとり,この間,肝機能が軽快,増悪を繰り返すことが多い。慢性肝炎を発症した場合,放置すると,自覚症状がないまま,40歳から50歳代になって,肝硬変,肝がんを発症させることがある。
(甲A6,乙A6,46,乙B403の13)
この肝炎の慢性化は,傷害された組織の再生に追いつかない部分を生じさせ,そこに繊維芽細胞が盛んにコラーゲンを産生するようになり,線維化が起こる。
線維化により,
元々の肝臓の正常構造である肝小葉
(肝
臓の構造上の最小単位。)が破壊され,代わりにそこに繊維によって仕切られているように見える偽小葉がみられるようになる。慢性肝炎の病理診断は,肝生検によって行われ,繊維化の程度と炎症活動度に分けて評価される。繊維化の程度は,軽度(F1)から高度(F3)(繊維化なしはF0)で評価される。そして,結節傾向を全体に認めると肝硬変(F4)と診断される。なお,高度の繊維化が単に進行すれば肝硬変になるというものではなく,肝障害に対する肝細胞の再生が結節を形成し,その周囲を繊維組織が取り囲む(繊維隔壁形成)と本来の小葉という構造が壊され,
改築といわれる状態になるのが肝硬変である。
また,
炎症活動度は,肝細胞の壊死・炎症所見により,活動性なし(A0),
活動性あり(軽度〈A1〉~高度〈A3〉)と評価される。肝硬変では,肝細胞機能不全,門脈圧亢進がみられ,繊維化の進行とともに肝発がん率は高くなる。肝硬変による血小板減少はよく知られているところ,肝硬変に進行すると血小板の平均値は,正常値である20万から10万に減少するとされている。
(甲A32,甲B403の41,乙B403の39・41)
また,我が国の肝がんの多くは,HBVあるいはHCV(C型肝炎ウイルス)の感染による慢性肝炎,肝硬変を背景としており,HCVに関連した肝がんは全体の約60%で漸減しており,HBVの持続感染による肝がんは全体の約15%前後で推移している。B型慢性肝炎では,必ずしも肝硬変を経ないで,軽度の肝障害から肝細胞がんの発生を来すことがあり,肝発がんの高リスク群の設定がやや困難である。B型慢性肝炎でも繊維化の進展と発がんリスクには一定の関係が見られ,HBe抗原セロコンバージョン後に発がんする例がむしろ多い。慢性肝炎からの後記HBs抗原消失例でも肝細胞がん発生のリスクがある。
(甲A55,
乙A29,
乙A403の21・40)

HBVの感染
HBVは,
主として感染者の血液を介して感染し,
感染様式としては,

感染成立後一定期間の後にウイルスが生体から排除されて治癒する一過性の感染及び②ウイルスが年余にわたって生体(主として肝臓)の中に住みついてしまう持続感染(HBVキャリア状態)がある。後者の主な感染経路は,出産時の母子感染(垂直感染)と乳幼児期の水平感染である。そのうちHBVの母子感染は,全国規模での出生時のHBV母子感染予防対策が軌道にのり,昭和60年以降に出生した世代ではほとんどみられない状態になった。
(甲A6,34,甲B403の41,乙B403の9・40)

一過性の感染においては,4ないし24週の潜伏期間を経て急性肝炎が発症し,終生免疫が得られる。成人の感染例は多くの場合一過性感染に終わるが,免疫応答が十分でない症例では慢性化することがある。なお,急性肝炎は,肝炎ウイルスの初感染によって惹起される生体の免疫反応のために急激な肝細胞傷害が起こり,全身倦怠,食思不振,肝腫大,黄疸などが認められる一群の疾患である。

(乙A2)

これに対し,HBVキャリアは,若年期を無症候性キャリアとして経過した後,10代から30代をピークとして肝炎を発症し(概してHBe抗原陽性慢性肝炎),血液生化学検査におけるHBe抗原陽性からHBe抗体陽性(HBe抗原陰性)への転換(HBe抗原セロコンバージョン・SC)を経て,大部分の症例で肝炎が鎮静化する。一方で肝炎発症後もSCが起きない症例(HBe抗原陽性慢性肝炎),SC後も肝炎が持続する症例(HBe抗原陰性慢性肝炎)が少なからず存在し,肝線維化が進む。(甲A55)

検査法
HBVに感染すると,HBVに関連する抗原及び各抗原に対応する抗体が,順を追って血中で検出される。各抗原及び抗体の臨床的意義は,次のとおりである。なお,各抗原及び抗体は,後記エ(イ)の血中のHBV-DNA量等と併せてウイルスマーカーといわれる。
(甲A6,甲B403の20・29・31・41,乙B403の3・9)HBs抗原

HBV感染状態

HBs抗体

HBV感染既往

HBc抗原

(HBVの芯を構成するタンパクであり,エンベロープ

〈外殻〉に包まれてHBV粒子内部に存在し,そのままで
は検出できない。)
HBc抗体

高抗体価:HBV感染状態(通常HBs抗原陽性)

低抗体価:HBV感染既往(多くはHBs抗体陽性)
HBe抗原

血中のHBV量が多く
(増殖力が強く)感染性が強い。


HBe抗体

血中のHBV量が少なく(増殖力が弱く),感染性が弱
い。


ウイルスマーカーによる診断
抗原・抗体の陽性・陰性
HBV持続感染の診断には,HBs抗原の測定が最も優れる。HBs抗原は,HBVの表面抗原であり,感染性ウイルス粒子(ビリオン)の表面に存在する。これ以外にもHBs抗原粒子として,血中に大量に分泌されるため診断に用いられる。近年その測定は非常に高感度になり,キャリアと非キャリアの鑑別は,HBs抗原の測定のみで十分とされている。従前は,HBc抗体を低抗体価と高抗体価に分けることにより,HBV感染状態の把握を行ってきたが,その後の研究や測定系の進歩により,その意義は薄れてきた。
(甲B403の20・29・31,乙B403の9)
HBV活動性の評価には,血中のHBe抗原・HBe抗体及び後記B型肝炎ウイルス遺伝子(HBV-DNA)量が主に用いられる。
(甲B403の20,乙B30の4)
HBe抗原は,HBVの複製過程で肝細胞内で大量に産生される,抗原の性質をもったタンパクである。これは細胞外に分泌されてくることから測定が容易であり,
HBVの量をそのまま反映する。
HBe抗体は,
HBe抗原に対する抗体であり,B型慢性肝炎の肝炎時期には,HBe抗原とHBe抗体は相互に連動しながら変化を示し,HBe抗原量が低下するとHBe抗体価が上昇し,逆にHBe抗原量が上昇するとHBe抗体価は低下する。もっともHBe抗原は,ウイルスの増殖に必須ではない(HBe抗原陰性慢性肝炎)。一部の症例では,HBe抗体陽性に
セロコンバージョンしてもウイルス量が低下せず,
活動性の肝炎が続く。
このような症例では予後が悪いため,HBe抗原陰性慢性肝炎として分類されている。(甲B403の31・46,乙A3,乙B403の9)HBV-DNA量
血中のHBV-DNA量は,
肝細胞でのHBVの増殖状態を反映する
ものであり,B型慢性肝炎の病態は,血液中のHBV-DNA量の変化と密接に関係する。HBV-DNA量の増加に伴って,ALT値の上昇がみられ肝炎の悪化がしばしばみられる。また一方,HBV-DNA量の減少とともにALT値の低下,肝炎の鎮静化が見られる。HBV-DNA量と肝硬変に進展する確率には有意な関連性が認められ,B型肝炎の治療目標は,HBV-DNA量を低値で安定させることとされる。(甲B403の29・46,
乙B30の9)
そして,
①7.0logcopies/ml(PCR法による測定値であり,TMA法の7.0LGE/mlに相当する。以下,単位表記は略する。)以上が高ウイルス量,

(乙B403の18)

②4.0ないし7.0未満が中ウイルス量,
③4.0未満が低ウイルス量(一般に,肝炎が非活動性であり,肝発がん率も低下する。以下低値ということもある。1.8付近が検出限界であり,
陰性か否かは,
増幅反応シグナルも踏まえて診断される。

とされる。

(甲B403の20,乙B403の9・19)

HBVは,不完全二本鎖環状DNAをゲノムとして持ち,肝細胞に感染して,肝細胞内に取り込まれると,このゲノムは完全二本鎖となりcccDNA(covalentlyclosedcircularDNA)の形態となる。そして,肝細胞の核内にプールされ,HBV複製の起点となり,肝細胞外に複製したHBVを放出する。cccDNAの量は,HBVの活動性と相関す
る一方,
cccDNAは非常に安定した分子であり容易に排除されない。
このため,自然経過や抗ウイルス治療でHBVを完全に排除するのは困難であり,潜伏感染やこれに伴う再活性化の原因となる。
(甲B403の19)
肝細胞内のcccDNA量を測定することは技術的に可能だが,肝生検を必要とするため,実際的ではないとされる。血中のHBV-DNA量は,肝細胞内のcccDNA量を反映するが,後記核酸アナログ製剤投与下ではこれと乖離する(後述)。これに対し,血中のHBs抗原量やHBコア関連抗原量
(HBc抗原,
HBe抗原等をまとめて測定する。

は,
核酸アナログ製剤投与下でもcccDNA量を反映する。
そのため,
これらは,抗ウイルス療法下におけるHBVの活動性の評価に用いられる。

(甲B403の20・29)

従前,HBVの増殖状態を反映するものとしてDNAポリメラーゼ(HBVの複製酵素としてウイルス内に存在する酵素の一種)が用いられ,基準値は30cpm(以下,単位表記は略する。)未満とされたが,感度の点でHBV-DNA定量法に劣り,現在ではその意義を失った。

(甲B403の18・31,乙B403の11・18)

B型慢性肝炎の診断とALT値
B型慢性肝炎は,HBVの持続感染者(HBVキャリア)に起こる病態の一つであり,臨床的には,6か月以上の肝機能検査値の異常とHBV感染が持続している病態として定義され,HBVの増殖を伴うALT値の異常が6か月以上持続し,HBs抗原陽性であれば,B型慢性肝炎と診断される。臨床的に慢性肝炎であることが明らかな場合は,1回の測定でも診断可能とされる。

(甲B403の41,乙B403の6・9)

ALT値について,
日本肝臓学会
(肝炎診療ガイドライン作成委員会編)
B型肝炎治療ガイドライン(第3版)(乙B403の40。以下新ガイドラインという。)では,正常値を30U/l(以下,単位表記は略する。)以下とし,31以上を異常とする。もっとも,ALTの正常値についての明らかなコンセンサスは存在せず,国内・海外の臨床研究のほとんどがその施設における基準値を正常値と定義している。ALT値の基準値の上限を30ないし40とする文献もあり,例えば,被控訴人2に係る検査施設では,
基準値
(又は参考値)について,①平成8年
8月まで35以下又は0~35とされ,②同年9月以降,男性10~39女性,
8~26
とされ,
③平成17年以降,
男性
8~42

女性6~27とされ(もっとも,平成22年には5~30とする
検査施設もあった。),④平成23年9月以降,6~30とされている(原判決別紙5〈原告403時系列表〉参照)。
(甲B403の46,乙B403の40)
また,ALT値が正常上限の10倍,即ち300IU/L以上であることが大きな炎症の1つの目安とされる。

(乙B403の25)

そして,前記のとおり,ALT値が一定期間高値を示し,かつ,変動が認められる場合には肝細胞壊死が高度であり,肝炎が活動性である可能性が高いとされる。

(甲A14)

慢性肝炎の病状の重さ
慢性肝炎は肝臓に持続的に炎症が起きている状態であるから,新しい線維が次々と発生する。最終的には線維により肝細胞の構造が変化し,肝硬変となる。肝硬変の状態に至ると増生した線維により肝細胞と周囲の脈管(血管及び胆管等)との間,肝細胞同士の間での物質交換ができず,肝再生も悪くなり,その結果肝機能が次第に低下していく。
(乙B403の25)
なお,新ガイドラインでは,肝硬変は,不可逆的な病態ではなく,後記核酸アナログ製剤を長期継続して投与することで繊維化を改善するこ
とが可能であるとされる。もっとも,B型非代償性肝硬変まで進行すると生存期間が非常に短い。
(甲B403の23,乙B403の31・40)
B型慢性肝炎は炎症が持続する疾患であり,
慢性肝炎の病態の重さ
(肝
硬変にどの程度近いか)は,ウイルス要因(ウイルスの量,活動性の強さ),宿主要因(主に免疫応答の強さ)及び環境因子に影響を受ける。特に,①炎症の程度・重さと,②炎症を起こしていた期間の2点が重要である。上記①(炎症の程度・重さ)は,肝組織所見で確認されるが,肝生検は頻回に実施できないため,ALT値で評価する。なお,HBs抗原及びHBe抗原(ウイルスの産生するタンパク)並びにHBV-DNA(量)は,ウイルス量を反映するものの,炎症の程度を直接反映するものではなく,感染者の病状を直接反映するものではない。
(乙B403の25)
炎症の持続期間が長い場合,大きな炎症(ALT値が正常上限の10倍,即ち300IU/L以上が一つの目安である。)を伴う場合は,肝臓の線維化が進み,肝硬変に至りやすい。
なお,ALT値の上昇は,宿主免疫によって感染肝細胞が排除されている状態を表し,激しい肝炎の後には,しばしばHBe抗原セロコンバージョンが認められる。
(甲B403の44,乙A35,乙B403の25)


HBV持続感染者の自然経過

ALT値等による分類
HBV持続感染者は,肝機能が正常である無症候性キャリア及び非活動性キャリアと,肝機能異常(肝障害)を有する症候性キャリアに大別される。
非活動性キャリアは,肝炎の時期を経た後にALT値が正常化したもの
であり,新ガイドラインでは,抗ウイルス治療がなされていないdrugfree状態で,1年以上の観察期間のうち3回以上の血液検査で①HBe抗原が持続陰性,かつ,②ALT値が持続正常(30以下),かつ,③HBV-DNA量が4.0未満,の全てを満たす症例と定義される。(乙B403の9・40)

4期の分類
新ガイドラインでは,持続感染者の病態は,以下のとおり,宿主の免疫応答とHBV-DNAの増殖の状態により,
主に4期に分類されている
(日
本肝臓学会慢性肝炎・肝硬変の診療ガイド2016〈本件診療ガイド〉でも概ね同じ。)。

(乙B403の9・40)

免疫寛容期(immunetolerancephase)
乳幼児期はHBVに対する宿主の免疫応答が未発達のため,HBVに感染すると持続感染に至る。その後も免疫寛容の状態(HBe抗原陽性かつHBV-DNA増殖が活発)であり,ALT値は正常で肝炎の活動性がほとんどない状態が続く(無症候性キャリア),感染力は強い。多くの例では乳幼児期における感染後,免疫寛容期が長期間持続するが,その期間は数年から20年以上まで様々である。HBe抗原陽性の無症候性キャリアは治療対象とはならない。

(乙B403の40)

免疫応答期(immuneclearancephase)
成人に達するとHBVに対する免疫応答が活発となり,免疫応答期に入って活動性肝炎となる(なお,肝炎を発症しても自覚症状がない者がいることは前記のとおりである。)。そして,HBe抗原の消失・HBe抗体の出現(HBe抗原セロコンバージョン。SC)(約9割)に伴ってHBV-DNAの増殖が抑制されると肝炎は鎮静化する
(約8割)

SCの過程の多くは臨床症状に乏しく,不顕性である,他方で,肝炎が持続してHBe抗原陽性の状態が長期間続くと肝病変が進展する(HB
e抗原陽性慢性肝炎。以下HBe抗原陽性の慢性肝炎ともいう。)(乙A7,乙B403の40)
なお,SCについては,A意見書(A教授は新ガイドライン作成委員である。)において,血中で検出されるHBe抗原・抗体が,HBe抗原陽性・HBe抗体陰性の状態から,HBe抗原陰性・HBe抗体陽性の状態に変化することを意味し,HBVの一部の遺伝子変異を反映する現象であるとされる。

(乙B403の25)

すなわち,SCは,HBV-DNAのうち,HBe抗原の産生に必須の働きをするプレコア領域又はコアプロモーター領域の変異株によってもたらされるところ,HBVは,通常のDNAウイルスと異なり,複製過程でRNAからDNAを作る逆転写の過程を有することから,DNAウイルスでありながら,一般のRNAウイルスに匹敵するほどの塩基変異を来すものであり,B型慢性肝炎患者においては,プレコア領域又はコアプロモーター領域の遺伝子変異は,高頻度にかつ一般的に認められる変化である。なお,遺伝子変異を有するHBVの初感染により肝炎が劇症化,重症化することがあるとされるが,この遺伝子の変異を有するもので予後が不良であるという成績は報告されていない。また,SCについては,プレコア変異株,コアプロモーター変異株(HBe抗原非産生変異株)の出現後にHBe抗原が減少するのではなく,野生株の減少によりHBe抗原が減少し,HBe抗体とHBe抗原との共存という時期を経てやがて完全にHBe抗原が消失し,SCが完結するとされる。そして,HBe抗原非産生変異株の増殖により,HBe抗原陰性B型慢性肝炎となり,活動性肝炎を示すことがある。HBVウイルスは,野生株であろうと,変異株であろうと,宿主の免疫機構の中で(免疫機構に監視された状態で)ある種のバランスをもって存在を続け,たとえHBe抗原がHBe抗体にSCし,かつ,ALTが正常で長期間経過し
ていたとしても,宿主の免疫機構の変化によっては再活性を起こす可能性がある。

(甲B403の32・36・37・43・45・46)

低増殖期(lowreplicativephase又はinactivephase)HBV持続感染者のうち多く(約9割)は若年期に肝炎が活動性となり,
HBe抗原陽性からHBe抗体陽性へのセロコンバージョン
(SC)
を起こす。
そして,SCが起こると,多くの場合(約8割)肝炎は鎮静化し,HBV-DNA量は4.0以下の低値となる(非活動性キャリア)。しかし,低増殖期に入った症例(当初HBe抗原陰性の非活動性キャリアと診断された症例)のうち,一部(10ないし20%の症例)は,SC後,長期経過中にHBe抗原陰性の状態でHBVが再増殖し,肝炎が再燃する(HBe抗原陰性慢性肝炎。以下HBe抗原陰性の慢性肝炎ともいう。)。また,一部(4ないし20%の症例)は,HBe抗体消失及びHBe抗原の再出現
(リバースセロコンバージョン
〈リバースSC〉

を認める。そのため,非活動性キャリアと診断した後でも,6から12か月ごとの経過観察が必要であり,経過中にALT値が上昇すれば治療適応となる。
HBe抗原陰性慢性肝炎は,
間欠的にALTとHBVDNAの上昇を繰り返すことが多く,自然に寛解する可能性は低い。そして,

HBe抗原陽性例と比較し高齢で線維化進展例が多いため,より進んだ病期と認識すべきである(レベル4,グレードB)。

とされる。なお,エビデンスレベル4は処置前後の比較などの前後比較,対照群を伴わない研究を,推奨グレードBは行うよう勧められるをそれぞれ意味する。

(乙B403の40)

寛解期(remissionphase)
SCを経て,一部の症例ではHBs抗原が消失し,HBs抗体が出現
する。寛解期では,血液検査所見,肝組織所見ともに改善する。HBV持続感染者での自然経過におけるHBs抗原消失率は年率約1%と考えられている。HBs抗原の陰性化後の予後は良好である。
(乙A5の6,乙B403の40)
しかし,HBs抗原は陰性化しても,肝細胞の核内にcccDNAの形でHBVが残存するので,HBVが完全に排除されたことにはならない。HBs抗原の陰性化は,宿主の免疫能により,HBVの低増殖状態が維持されているもので,臨床上全く問題が生じないが,何らかの原因により宿主の免疫能が低下するとHBVが再増殖し,B型肝炎が再燃することがあるので注意を要する。
(甲B403の28,乙A19,乙B403の9・18)
予後

においてHBe抗原陽性の無症候性キャリアから肝炎が活動性となりSCが起こった後に,HBV-DNA量が減少しALT値が持続的に正常化したHBe抗原陰性の非活動性キャリアとなる。このような場合,病期の進行や発癌のリスクは低く,長期予後は良好である。その一方で,HBe抗原陽性又は陰性の慢性肝炎を経て,肝硬変へと進展し得る。肝硬変まで病期が進行すれば年率5ないし8%で肝細胞がんが発生する。

(乙B403の40)

また,B型肝炎では,無症候性キャリアの状態から,又は慢性肝炎の経過中に急激にトランスアミナーゼ(ALT)値が上昇し,急性肝炎に類似した病態を示すことが少なくない。
HBVによる急性増悪の前には,
HBV-DNA量は高値となり,発症後低下する。急性増悪時にHBe抗体陽性の場合はプレコア変異株による肝炎の可能性があり,初感染の場合は,HBe抗原陽性の野生株による肝炎より重症化しやすい。
(甲B403の36,乙B403の18)
なお,
肝硬変進展に関わる因子としては,宿主因子として,
高齢者(感
染期間が長い)・男性が,ウイルス因子として,HBV複製・増殖の活発な状態等が挙げられており,肝がん進展に関わる因子としては,これらのほかに,肝硬変,肝がんの家族歴等が挙げられている。
(甲B403の44)

HBe抗原陽性慢性肝炎及びHBe抗原陰性慢性肝炎
これらは,日本肝臓学会慢性肝炎・肝硬変の診療ガイド2016
(本
件診療ガイド)において,次のとおりとされている。
(甲B403の49,乙B403の9)
HBe抗原陽性慢性肝炎では,HBV排除に働く宿主の免疫反応が起こり,肝炎が惹起される。多くの患者ではHBe抗体へSCし,非活動性キャリアとなるが,HBe抗原陽性慢性肝炎が長期に続くと肝硬変へ進行する。
なお,HBe抗原陽性慢性肝炎のALT値上昇時に,自然経過でHBe抗原が陰性化する(SC)可能性は年率7ないし16%である。(乙B403の40)
HBe抗原陰性慢性肝炎には,HBe抗原がSCしてもHBV-DNA量が十分低下せず慢性肝炎が持続する場合や,一旦非活動性キャリアとなった後に肝炎の再活性化が起こる場合がある。
HBe抗原陰性慢性肝炎の特徴では,HBV-DNA量が中等度の範囲で変動し,間欠的に激しい肝炎を起こす傾向がある。この肝炎は,HBe抗原非産生変異株(HBe抗原を産生しない変異株)により惹起され,肝硬変や肝細胞がんへ進行しやすいことが報告されている。
(乙B403の9)



B型慢性肝炎の治療


治療適応
B型肝炎では,無症候性キャリアが存在するため,治療適応とならないHBs抗原陽性者(HBVキャリア)が数多く存在する。また,HBVキャリアの約90%は自然経過で,HBe抗原からHBe抗体へのセロコンバージョン,HBV-DNA量の低下,肝炎の鎮静化が起こり,下記の非活動性キャリアとなる。このような経過の症例は予後がよく,治療を必要としないことが多く,他方で,自然経過を臨床的に見て,35歳を過ぎてもHBV-DNA量が十分低下せず,肝炎が持続する症例,男性,B型肝炎の家族歴を有する症例は予後が悪い。
(甲B403の19・21・22)
新ガイドラインでは,HBV持続感染者における治療対象を選択する上で最も重要な基準は,①組織学的進展度,②ALT値,及び③HBV-DNA量であるとし,HBe抗原陰性慢性肝炎の治療対象は,HBe抗原陽性慢性肝炎と同じく,HBV-DNA量4.0以上,かつALT値31以上を原則とする(いずれもレベル2b,グレードB。エビデンスレベル2bは,ランダム割り付けを伴わない過去のコントロールを伴うコホート研究。なお,新ガイドラインでは,HBV-DNA量をLogIU/mlで表すが,当判決では,従来の表記であるlogcopies/mlで示す〈ただし,単位の表記は省略〉。)。また,HBe抗原陽性慢性肝炎のALT値上昇時には,繊維化進展例ではなく,劇症化の可能性がないと判断されれば,自然経過でのHBe抗原セロコンバージョンを期待して,HBV-DNA量,ALT値を測定しながら,1年間程度治療を待機することも選択肢であるとする。

(乙B403の40)

B型肝炎の場合,肝硬変への進行状況や肝硬変への進展後の状態には大きな個人差があって一様ではなく,肝臓がんについても,B型肝炎の場合は,ALT(トランスアミナーゼ)値が持続正常の症例からの発がん例も多い。また,B型肝炎は,自然経過でウイルス増殖が低下し,肝機能が著
明に改善する例(特に25歳未満でHBe抗原陽性,ALT値高値の若年者)があり,肝臓専門医に治療適応の有無を正しく評価してもらうことが大切とされている。上記ガイドラインは,上記のような個人差を最大集約化して,最も標準的かつ適切な治療を示し,一般の肝臓の非専門の医師の治療の目安とされるべきものとされる。
(甲B403の19・21・23・26,乙A5の6,乙B30の3)イ
治療目標
現在の治療ではHBVを完全に排除することは困難であり,B型慢性肝炎の治療目標は,HBV感染者の生命予後及びQOL(qualityoflife)を改善することであり,宿主の免疫監視又は抗ウイルス治療による,HBVの低増殖状態を維持(肝炎の鎮静化)し,肝線維化の進行,肝硬変や肝細胞がんへの進展を防ぐことである。そして,HBe抗原陽性慢性肝炎では,HBe抗原の陰性化により肝不全のリスクが減少し,生存期間が延長することから,抗ウイルス治療においてまず目指すべき短期目標はHBe抗原セロコンバージョンであり,最終的な長期目標はHBs抗原の陰性化である。


(甲B403の41・49,乙403の40)

抗ウイルス治療
抗ウイルス治療として,①インターフェロン(IFN)及び②核酸アナログ製剤が主に使用される。それぞれの薬剤特性及び治療効果等は,次のとおりである。

(乙403の40)

インターフェロン
インターフェロン(IFN)は,HBV-DNA増殖抑制作用とともに,抗ウイルス作用(この作用を優先する場合は連日投与),免疫賦活作用(免疫応答を活性化させる作用。間欠療法を用いる。)を有する注射薬である。B型肝炎に適応のあるインターフェロンとして,インターフェロンα製剤とインターフェロンβ製剤がある(従来型IFN。)。
IFN治療は昭和62年に開始され,平成23年には,ペグIFN(従来型IFNにポリエチレングリコールを付加して血中半減期を延長した薬剤。)が一般臨床で使用可能となり,治療成績が向上している。核酸アナログ製剤が一般に長期投与されるのに対し,IFN治療は,投与期間が限定されており(24週から48週),奏効例では,治療中止後も効果が持続する。しかし,注射薬であって投薬が煩雑であり,インフルエンザ様症状(全身倦怠感・発熱・頭痛・関節痛等)などの多彩な副作用が高頻度に発生することなどの欠点がある。なお,IFN治療が奏効し,HBe抗原の陰性化(SC)が見られるのは3割程度であるが(四柳意見書【10頁】),3年以上の長期経過を見ても,自然経過と比較して高率である。肝硬変に対するIFN治療は,副作用や肝炎増悪のリスクがあるため,適応ではない。従来型のIFNでは,35歳未満の例が経験的に効果が得られやすいとされてきたが,ペグIFNでは35歳以上でも有効例を認める。そのため,現在では,慢性肝炎に対する初回治療では,年齢に関わりなく,原則としてペグIFNの単独治療を第1に検討する。
また,
HBe抗原陰性慢性肝炎において,
ペグIFN治療は,
HBV-DNAの持続陰性化の達成率は高くないが,高率にdrugfreeやHBs抗原陰性化が期待できるため,HBe抗原陰性慢性肝炎においても治療薬としてはペグIFNを第1に検討する。
(甲B403の23・26・28・49,乙B30の4・5,乙B403の15・21・40)
インターフェロンによるHBe抗原セロコンバージョンは,8割以上の症例で長期継続する。

(甲B403の28)

なお,INF治療が発がんを抑止するという明確な結論は導き出せていない。

(乙B403の40)

核酸アナログ製剤

核酸アナログ製剤は,強力なHBV-DNA増殖抑制作用を有し,各種治療前因子にかかわらず,
ほとんどの症例で抗ウイルス作用を発揮し,
肝炎を鎮静化させる。これまでに,ラミブジン(平成12年),アデホビル(平成16年),エンテカビル(平成18年)及びテノホビル(平成26年)が保険適用となっている。現在第一選択薬となっているエンテカビル(製品名:バラクルード)及びテノホビルは,ラミブジンと比較して耐性変異出現率が極めて低く,高率にHBV-DNA陰性化及びALT値の正常化が得られる。また,経口薬であるため治療が簡便であり,副作用もほとんどない。しかし,核酸アナログ製剤は,HBV複製過程を直接抑制する薬剤であるにすぎず,血中のHBV-DNA量は速やかに低下するが,肝細胞中のcccDNA量の低下は極めて遅い。そのため,投与を中止すると高頻度にウイルスが再増殖し肝炎が再燃するとされ,投与中止による再燃率が高いため長期投与が必要であり,長期投与に伴う薬剤耐性変異株の出現の可能性や長期投与における安全性が確認されていない点,ならびに医療経済的な問題があるとされる。

(甲B403の29,乙B403の23・40)

エンテカビル治療は発がんを抑止する(レベル1b,グレードA。エビデンスレベル1bは,少なくとも1つのランダム化比較試験であり,推奨度グレードAは,行うよう強く勧められる,である。)。(乙B403の40)
比較
ペグIFNと核酸アナログ製剤は,その特性が大きく異なる治療薬であり,その優劣を単純に比較することはできない。HBe抗原陽性例・陰性例いずれにおいても,長期目標であるHBs抗原陰性化率は,ペグIFNの方が優れているが,短期目標であるALT持続正常化率,HBV-DNA増殖抑制率は核酸アナログ製剤の方が良好である。

(乙B403の40)

慢性肝炎患者への生活指導
無症候性キャリア
仕事や日常生活に制限はない。飲酒と肥満を避けるようにする。
慢性肝炎
基本的には,飲酒,肥満,過労を避け,適度の運動と適正な食事が肝要である。食事は,肉や魚などタンパク質の摂取に心がける。
代償性肝硬変
基本的には,
慢性肝炎と同様で,
規則正しい生活,
十分な睡眠をとり,
過労や飲酒を避ける。食事の内容は,昨今の日本の食事であれば十分である。非代償期が近づくにつれて,食事嗜好に変化が出て,肉,魚などのタンパク源を嫌がるのでので注意する。
非代償性肝硬変
アミノ酸製剤や頻回食(特に夜食の摂取)の指導が必要になる。
(乙A35)

2
B型慢性肝炎の医学的知見の変遷
証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下のB型慢性肝炎の医学的知見の変遷は,以下のとおりである。
1981年(昭和56年)当時,B型慢性肝炎の感染の経過は,以下の2つの病期からなるものと考えられていた。前期は,HBe抗原が存在し,血清からHBV-DNAが検出され(生化学検査),活動性の肝疾患が生じていることで特徴付けられる。後期は,HBe抗原は存在せず,血清HBV-DNAは検出されず(なお,当時の検出限界は106copies/ml=6logcopies/mlであり,ほとんどの分析が半定量的であった。),非活動性の肝疾患であることが特徴付けられるものとされた。当時の考えでは,HBe抗原セロコンバージョンが生じた後にはHBVはもはや複製されず,そのため後期の患者は,感染ウイルスの複製がない,健常キャリアと呼ばれた。1980年代半ば(昭和60年頃)に免疫寛容期の存在が認識され,慢性HBV感染の自然経過は,2期から3期になった。
高感度のHBV-DNA分析法が使えるようになったことなどから,1980年代後半(平成元年前後)には,HBe抗原の有無は複製感染と非複製感染の指標ではなく,HBVの複製レベルの高低を示すものであることが明らかになった。ほとんどのHBe抗原陰性の患者からは,アミノトランスファラーゼ(ALT,AST)が正常な患者を含め,血清中にHBV-DNAが検出された。
さらに,1990年代前半(平成5年前後)にはHBe抗原陰性慢性肝炎に関する理解が進み,感染の経過は4期構成にかわり,第4期(HBV複製の再活性化/HBe抗原陰性B型慢性肝炎)の多くの患者は,様々な期間,非活動性キャリア状態が継続した後に第4期に達した。この病期の患者は,通常は高齢であり,肝疾患がより進行している。慢性HBV感染症の経過の中でより後期にあたるからである。
また,2005年(平成17年)までには,慢性HBV感染患者では,1年あたり,0.5%から1%の割合で自発的な血清中にHBs抗原の排除が生じることが報告された。血清中のHBs抗原の排除には,一般に血清HBV-DNAが検出できなくなること,肝臓の生化学プロファイルが正常化すること,肝臓の組織学的検査所見が改善することを伴う。しかし,一部の患者では肝がんが報告された。
3
(甲B403の35)

近時のB型慢性肝炎の病態についての医学的知見
B型慢性肝炎に関して,主な文献及び論文並びに意見書の記載内容は,以下のとおり訂正するほかは,原判決の事実及び理由欄の第3当裁判所の判断の1(原判決36頁16行目から47頁10行目まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。

原判決36頁20行目の

されていない。

の後に

本件ガイドラインは,改訂されて第3版となった〈新ガイドライン。乙B403の40〉。

を加える。


原判決37頁5行目に
本件ガイドライン
とあるのを
新ガイドライン
と改め,同頁10行目及び15行目にそれぞれ53頁とあるのを,いずれも65頁と改める。



同頁18行目のHBV-DNAの後に量を加える。



同頁20行目に11及び52頁とあるのを11・12・65頁と改める。



原判決38頁12行目に本件ガイドラインとあるのを新ガイドラインと改め,同頁16行目に53頁とあるのを65頁と改める。


原判決39頁6行目に
本件ガイドライン
とあるのを
新ガイドライン
と改め,同頁12行目に1及び55頁とあるのを2及び67頁と改める。



原判決41頁5行目に
本件ガイドライン
とあるのを
新ガイドライン
と改め,同頁10行目に55頁とあるのを67頁と,15行目に56頁とあるのを68頁とそれぞれ改める。


原判決43頁3行目に
本件ガイドライン
とあるのを
新ガイドライン
に改め,同頁7行目に55及び56頁,同頁10行目に56頁とあるのを,いずれも68頁と改める。

4
認定事実
(被控訴人1に関するもの)及び同
(被控訴人2に関するもの)は,
以下のとおり補正するほかは,
事実及び理由欄の
第3当裁判所の判断

の2及び3(原判決の47頁11行目から59頁15行目まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。
原判決47頁17行目の原告30の後に

(昭和●●年●●月●●日生)を加える。⑵原判決51頁19行目の「バラクルード

の後に

(エンテカビル。乙A49)

を加える。


原判決52頁15行目の慢性活動性肝炎の後に(A2,F1)を加える。



原判決54頁11行目の原告403の後に(昭和●●年●●月●●日生)を加え,同頁25行目の671であって,の後に肝生検を受けを加える。


原判決55頁22行目から23行目にかけてとなり,セロコンバージョンが認められたもののとあるのをとなったが,に改める。
5
被控訴人らが,集団予防接種等によってHBVに持続感染したものと認められることは,原判決の事実及び理由欄の第3当裁判所の判断の4(原
判決59頁16行目から60頁25行目まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。
6
争点⑵ア(除斥期間の起算点-B型慢性肝炎の特質等から,除斥期間の起算点は被控訴人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時であると解すべきか)について
被控訴人らのB型慢性肝炎の発症及び再燃(再発)に至る経緯等
前記5に加えて,前記引用に係る,被控訴人らのB型慢性肝炎発症に至る経緯等(当判決で修正した部分を含む。)によれば,被控訴人らはいずれも乳幼児期に集団予防接種等によってHBVに感染して持続感染者となり,成人に達した後,免疫応答期においてHBe抗原陽性の慢性肝炎を発症したものであるところ,HBe抗原陽性の慢性肝炎の発症後の経過(病態の進行及びその態様等)は,次のとおりであると認められる。

被控訴人1について
被控訴人1は,昭和62年10月頃,勤務中に突然立てなくなって,
搬送先の病院でB型肝炎と診断され,
通院治療を開始し,
同年12月
(2
9歳)にB病院に入院して,B型慢性活動性肝炎の診断を受けた。入院時のALT値は125であり,それほど高くなかったが,①肝生検では活動性との所見であった。そして,昭和63年3月までのIFN治療によってHBe抗原の陰性化等が認められ,HBe抗原セロコンバージョンが期待できる状態となって退院した。被控訴人1は,②退院後1年の間にALT値が2度600超となり,1度300超になったことがあった(これは,IFN治療により免疫が賦活化された結果と考えられる。)が,平成2年3月頃(31歳)までには肝炎は鎮静化して近医に転医した。
被控訴人1は,その後,頻回に検査を受け,10年経過後の平成12年頃(41ないし42歳)には,ALT値等が持続的に下がるようになり,医師から

高カロリー,高ビタミンの食事をとって,運動はしてはいけない。酒は飲んではいけない。

との指導を受けつつ,繁忙部署を含めた勤務に従事していた。その後,HBe抗原が陽性になったとの検査結果がないことからすれば,被控訴人1は,遅くとも平成12年頃にはHBe抗原セロコンバージョンをしたものということができる。そして,平成15年11月の健康診断でALT値が39となったが,低値であり,AST値が正常値内であったため,経過観察との指導を受けた。被控訴人1は,平成17年に脳内出血のため約3か月入院し,それ以降,抑うつが出現した。被控訴人1は,平成19年12月(49歳)に①全身倦怠感を覚えて受診し,
ALT値が300超であることが判明し,
肝臓の大きな炎症をうかがわせた。
そして,
平成20年1月の検査では,
ALT値155とやや下がったもののHBV-DNAは5.6(中ウイルス量),②HBe抗原陰性,HBe抗体陽性であり,その後,HBe抗原が陽性に転じたとの検査結果は見当たらない。そして,③一旦,A
LT値が29まで下がったが,再び上昇し,平成20年4月(49歳)にはALT値443まで上がり,④肝生検では,門脈域に線維化が見られた(A2,F1)。年齢(40歳以上)やHBe抗原陽性経過後は,肝硬変や肝細胞がんへの進展リスクであり,我が国における肝硬変例は50歳以上の者に多い(A意見書。乙B403の25)ところ,⑤被控訴人1は,HBe抗原陽性の慢性肝炎であったが,IFN治療によりSCし,HBe抗原陰性の検査結果時に49歳であったことなどに照らせば,被控訴人1は,平成19年12月頃には慢性肝炎が再燃し,それはHBe抗原陽性の慢性肝炎後のHBe抗原陰性の慢性肝炎であって,ALT値は,高値を示し,変動があって,肝生検の結果は(A2〈中等度〉,F1〈軽度〉)であり,年齢的に肝硬変,肝細胞がんへの進展リスクがあったから,
先に発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎と比較して,
より進んだ病期にあったということができる。

被控訴人2について
被控訴人2は,平成3年1月(38歳)に倦怠感や胃部不快感からC病院を受診したところ,慢性肝炎の診断を受け,入院して肝生検を受けるなどしてHBe抗原陽性慢性肝炎との確定診断を受けた。C病院入院時のALT値は544の異常高値であり,平成6年9月(41歳)までの間に,4度にわたり従来型のIFNで治療を受けたものの(奏効率3割),SCによる持続的なHBe抗原の陰性化を得ることはできなかった。ALT値も平成11年に至るまで30を下ることはなく,上昇と下降を繰り返し,408という異常高値となることもあった。
被控訴人2は,
平成10年7月にHBe抗原が一旦陰性化し,
その後,
陽性化し,平成11年8月に再び陰性となり,ALT値も21まで下がった。その後の検査でHBe抗原が陽性になったことはない。そして,平成12年4月に一旦ALT値が259まで上がったものの,同年6月
(47歳)以降は,しばらくは通院先の施設の基準値(10~39)の範囲内となり,同年7月にはHBV-DNA量が,一旦3.7未満の低ウイルス量となった(その後,中ウイルス量が続いた。)。
被控訴人2は,平成16年3月(51歳)に,ALT値が195になり,その後,一旦28まで下がり,平成19年1月には329となり,再び33まで下がったが,平成22年12月には302となった。HBV-DNA量も,平成21年11月に一旦3.7まで下がったほかは,平成23年9月にエンテカビルの服用を開始するまで中ウイルス量であった。
以上の経過に照らすと,被控訴人2においては,HBe抗原の計測が間欠的であったが,HBe抗原セロコンバージョン(SC)後の一般的な経過やALT値・HBV-DNA量に照らすと,遅くとも平成12年6月(47歳)頃までには,SCがあり,持続的にHBe抗原の陰性化を得ることができたと推認される。そして,被控訴人2の退院後のALT値の推移からすれば,被控訴人2は,遅くともそのころには,肝炎が鎮静化したということができる。
しかし,平成16年3月以降,被控訴人2のALT値が上昇及び大きな変動を始めた。そして,それ以降のALT値やHBV-DNA量の推移によれば,被控訴人2は,平成16年3月頃又は遅くとも平成19年1月頃には,慢性肝炎が再燃し,HBe抗原陰性の慢性肝炎であったと認められる。そして,上記のとおり,平成19年1月以降のALT値が300超の異常高値を示し,大きな変動を始めたことから,肝細胞壊死が高度であり,肝炎が活動性であると考えられるところ,①先行するHBe抗原陽性の慢性肝炎のり患期間は、少なくとも平成3年1月から平成11年8月までの8年以上に及ぶものであり,しかも,この間4度にわたるIFN治療も奏効せず,SCと肝炎の鎮静化まで,同治療後更に
約5年の経過を要しており,被控訴人2においては,SCまでに肝線維化が相当程度進行していたものと推認されること,②HBe抗原陰性時の慢性肝炎の再燃時には51歳ないし54歳であったことなどに照らせば,被控訴人2は,平成16年3月頃又は遅くとも平成19年1月頃に慢性肝炎が再燃し,HBe抗原陽性の慢性肝炎後のHBe抗原陰性の慢性肝炎であり,先に発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎におけるALT値が高く,長期に亘り,肝線維化が相当程度進んでいたと推認されること,年齢的に肝硬変,肝細胞がんへの進展リスクがあったかことからすれば,先に発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎と比較して,より進んだ病期にあったということができる。


除斥期間の起算点

民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,不法行為の時と規定されており,
加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,
加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし,身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間が進行することを認めることは,被害者にとって著しく酷であるだけでなく,加害者としても,自己の行為により生じ得る損害の性質からみて,相当の期間が経過した後に損害が発生し,被害者から損害賠償の請求を受けることがあることを予期すべきであると考えられるからである
民集58巻7号1802頁参照)。


そして,HBV持続感染者の自然経過,特に乳幼児期に感染した場合,肝炎の活動性がほとんどない状態が数年ないし20年以上継続するものであって,成人になって肝炎を発症することがあること,さらに,慢性肝炎に罹患しても,自覚症状がないままに進行することが多く,偶然,肝機能の異常を発見されることも多いこと,肝炎が鎮静化する場合のHBe抗原セロコンバージョンの過程も多くは不顕性であることに照らせば,B型慢性肝炎を発症したことによる損害は,その性質上,加害行為(集団予防接種等)が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから,除斥期間の起算点は,加害行為の時ではなく,当該損害の全部又は
号,第673号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁参照)。


B型慢性肝炎の病態等と除斥期間との関係

B型慢性肝炎の進行等
上記のとおり,被控訴人らのようにHBV持続感染者となった場合,無症候性キャリアの期間が数年から20年以上継続して,慢性肝炎を発症する。そして,HBe抗原陽性の慢性肝炎を発症した後(最初からHBe抗原陰性の慢性肝炎の発症もありうる。)も,自然経過でHBe抗原セロコンバージョン(SC)が起こる場合(85ないし90%の症例)と,自然経過でSCが起こらない場合(10ないし15%の症例)とがあり,後者の場合には,HBe抗原陰性化(SC)を短期の治療目標として抗ウイルス治療(IFN治療)を行うこととなるが,①治療によってSCが起こる場合と②起こらない場合,
さらに,
前者であっても,
HBe抗原再出現
(リ
バースSC)がある上,B型肝炎の場合,肝硬変への進行状況や肝硬変への進展後の状態にも大きな個人差があって一様ではない。B型慢性肝炎発症後の病状の進行及びその態様については,現在の医学では未だ解明され
ておらず,確定できていない。
そして,B型慢性肝炎においては,自然経過によりHBe抗原セロコンバージョンが発生し,肝炎が鎮静化する場合,その多くは予後が良好であり,奏効率が3割とされるIFN治療によって生じたHBe抗原セロコンバージョン(SC)においても,その多くにおいてSCが長期継続する。SC後のHBe抗原陰性の慢性肝炎は,例外的な症例であるということができる。

B型慢性肝炎の病態ないし特質及び治療法
しかし,慢性肝炎は,発症後の経過においても,数年ないし20年以上と長期にわたる経過をとり,この間,肝機能が軽快,増悪を繰り返すことがもともと多い。
そして,B型肝炎ウイルス(HBV)自体に細胞傷害性はないか,あっても軽度であり,B型肝炎は,宿主の免疫反応により,肝臓に炎症を起こすものであり,肝細胞ごと排除対象となるHBVは,複製過程の特殊性から通常のDNAウイルスと比較して高度の塩基変異を来すものである。B型慢性肝炎治療の短期の治療として設定される目標とされるHBe抗原セロコンバージョンをもたらすプレコア領域又はコアプロモーター領域の遺伝子変異は,B型慢性肝炎患者において高頻度かつ一般的に認められる変異である。そして,HBVは,野生株であろうと,変異株であろうと,宿主の免疫機構の中で(免疫機構に監視された状態で)ある種のバランスをもって存在を続けるものである。また,HBe抗原は,HBVの複製過程で肝細胞内において大量に産生されるが,HBe抗原が,ウイルスの増殖に必須というわけでもない。
すなわち,B型肝炎は,宿主の免疫反応により惹起されるものであり,その排除対象となる肝細胞内のHBVは,高度の塩基変異をもたらす性質を有し,肝炎が,上記変異の前後を問わず,HBVに対する免疫反応であ
ることに変わりはない。しかも,HBe抗原の陰性化(SC)は治療の短期目標とされるが,SCをもたらす遺伝子変異は,B型慢性肝炎患者において高頻度かつ一般的に認められるもので,初感染を除き,遺伝子の変異を有するもので予後が不良であるという成績は報告されていない。D教授作成に係る平成29年1月18日付け意見書
(乙B403-26
【15頁】

では,40歳時点慢性肝炎を起点とした場合,HBe抗原陽性慢性肝炎群とHBe抗原陰性慢性肝炎群の累積肝発がん率および累積肝硬変罹患率を比較すると,HBe抗原陽性慢性肝炎群の予後は不良,すなわち70歳時点推定の累積肝発がん率および累積肝硬変罹患率が高いことが明らかとなった。と記載され,HBe抗原陽性慢性肝炎群とHBe抗原陰性慢性肝炎群の予後を年齢を調整して検討した結果,HBe抗原陰性慢性肝炎群は過去に『HBe抗原陽性HBV持続感染の時期を経験したという《持ち越し効果》』を有しているにもかかわらず,HBe抗原陽性慢性肝炎群と比較して不良とはいえない,と推察された。と結論付けられている。そして,HBe抗原陽性の慢性肝炎後のHBe抗原陰性の慢性肝炎が,前者に比較して病状が重いとされるのは,HBe抗原陽性の慢性肝炎を経ることよって,細胞傷害性T細胞がウイルスに感染した自らの肝細胞を排除しようと破壊し,肝臓に炎症を起こし,それが長期の経過をたどった結果,その間に肝臓の再生能や予備能を上回って,肝細胞の繊維化と炎症活動度が進行するためであり,さらには,HBe抗原陰性の慢性肝炎を発症する患者は,自然経過でウイルス増殖が低下し,肝機能が著明に改善する例,特に25歳未満でHBe抗原陽性,ALT値高値の若年者ではなく,主に35歳を過ぎてもHBV-DNA量が十分低下せず,肝炎が持続する症例であって,肝硬変や肝細胞がんへの進展リスクとなる年齢(40歳以上)で慢性肝炎が再燃するためである。
他方で,治療水準は進歩・改善しており,平成23年に一般臨床での使
用可能となったペグIFNは,従来型IFNでは治療効果が得られにくいとされていた35歳以上にも有効例を認め,慢性肝炎の初回治療では,年齢に関わりなく,また,HBe抗原陰性の慢性肝炎においても,HBV-DNAの持続陰性化の達成率は高くないが,原則としてペグIFNの単独治療を第1に検討することとされる。また,核酸アナログ製剤により,各種治療前因子に拘わらず,強力にHBVの複製過程が直接抑制され,肝硬変に進展する確率に有意な関連性が認められる血中のHBV-DNA量は,その投与により速やかに低下する。平成18年に保険適用となったエンテカビルは,長期投与の場合の安全性,耐性変異株の出現可能性は確認されていないが,副作用がほとんどなく,耐性変異出現率が極めて低い。さらに,治療適応についても,HBe抗原陰性の慢性肝炎では,HBe抗原陽性の慢性肝炎と同じく,HBV-DNA量4.0以上かつALT値31以上が原則とされている。


被控訴人らのHBe抗原陰性の慢性肝炎の発症について
以上のとおり,被控訴人らのHBe抗原陰性の慢性肝炎は,先に発症した
HBe抗原陽性の慢性肝炎に比して,より進んだ病期にあったもので,例外的な症例であるということができ,さらに,HBe抗原セロコンバージョン(SC)の後,B型慢性肝炎の患者がたどる経過は多様であって,現代の医学的知見では,当該患者がどのような経過をたどるのか,どのような場合に肝炎が再燃するのか,解明され,確定するまでには未だ時間がかかるものと
治療水準の進歩・改善状況に照らせば,HBVは,高度の塩基変異をもたらす性質を有し,SCをもたらす遺伝子変異は,B型慢性肝炎患者において高頻度かつ一般的に認められるものであって,
肝炎が上記変異の前後を問わず,
HBVへの免疫反応であることに変わりはないというべきであるし,また,SC前のHBe抗原陽性の慢性肝炎よりもHBe抗原陰性の慢性肝炎の病状
が重いと直ちにいうこともできない。
してみると,SC後のHBe抗原陰性の慢性肝炎が,SC前のHBe抗原陽性の慢性肝炎とは質的に異なり,その罹患によって新たな損害が発生したということはできない。
さらに,被控訴人1については,平成12年当時の医学的知見や医師が被控訴人1に行っていた生活指導の内容に照らすと,当時,肝炎の再燃について医学的に予見できなかったものということはできない。また,被控訴人2についても,当時の医学的知見に加え,正常値を下回っていたALT値以外に,中ウイルス量であったHBV-DNAの計測を続けていたことからすれば,肝炎の再燃について医学的に予見できなかったものということはできない。


被控訴人ら病状の経過との関係
被控訴人らは,HBe抗原陽性の慢性肝炎に罹患し,B型慢性肝炎の治療の短期目標とされるHBe抗原セロコンバージョン(SC)の後に,肝炎が一旦鎮静化し,HBe抗原陰性の慢性肝炎を発症したものである。しかしながら,SCは,重要な治療目標のひとつであり臨床的に大きな意味を持つとされているとはいえ,飽くまでも治療の短期的な目標と位置づけられるものであって,慢性肝炎は,数年ないし20ないし30年と長期にわたる経過をとり,この間,肝機能が軽快,増悪を繰り返すことが多いものであるから,一旦鎮静化し,その後再燃したことをもって直ちに新たな慢性肝炎を発症したものということはできない。
しかも,被控訴人らは,HBe抗原セロコンバージョンを経た後でも,肝臓が正常な状態に復したとまでいうことはできない。
すなわち,被控訴人1においては,そのALT値について,E医師作成の平成20年4月10日付け診療情報提供書において,Eクリニックでの検査中(ただし,平成2年3月頃から平成19年12月まで)に,ALT異常値
や肝機能障害があったとの記載や投薬内容の記載がないことからすれば,ALT値が持続的に下がった平成12年頃以降,被控訴人1は,低増殖期に入ったものとして,経過観察を受けていたということができるものの,ALT値についての基準値は施設や年代ごとに変化があることに照らすと,被控訴人のALT値が,平成12年当時,新ガイドラインに定める正常値の範囲内(30以下)であったとまでいうことはできない。さらに,被控訴人1がB型肝炎を発症した当時,肝生検で活動性との結果が出たことや,IFN治療による免疫賦活作用のため,同治療後,ALT値が大きく上昇し,その後,肝炎は鎮静化したものの,ALT値が持続的に下がるまで10年を要したことからすれば,被控訴人1の肝細胞の繊維化及び壊死・炎症が平成12年までに正常に復していたとまでいうことはできない。被控訴人2においても,HBe抗原セロコンバージョンまで4回のIFN治療を経たが,さらに5年の経過を要したもので,その間,ALT値は上昇と下降を繰り返し,HBe抗原セロコンバージョンの後も,HBV-DNAの値が,
低値(4.
0未満)
を持続できなかった。B型慢性肝炎の病態は,このHBV-DNA量の変化と密接に関係しているから,HBV-DNA量の増加に伴って,ALT値の上昇がみられ肝炎が悪化していたものと認められる。
以上のような被控訴人らの治療経過を踏まえると,被控訴人らのHBe抗原陰性の慢性肝炎は,先に発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎と比較して,より進んだ病期にあったということができるものの,それは結局のところ,B型肝炎が長期の経過をたどった結果であって,肝細胞の繊維化と炎症活動が進行したためであり,さらに,肝硬変や肝細胞がんの進展リスクとなる年齢で慢性肝炎が再燃したことによるものというべきである。
そして,B型肝炎の場合,肝硬変への進行状況や肝硬変への進展後の状態については大きな個人差があって一様ではなく,肝臓専門医による治療適応の評価が重要となるものの,近時の治療水準の進歩,改善により,HBe抗
原陽性の慢性肝炎とHBe抗原陰性の慢性肝炎では,治療内容や治療開始の条件が近接してきており,特に核酸アナログ製剤の登場により,肝硬変に進展する確率に有意な関連性が認められる血中のHBV-DNA量は速やかに減少して肝炎は鎮静化し,慢性肝炎が進展した肝硬変においても,不可逆的な病態ではなくなったものであるから,長期投与に伴う薬剤耐性変異株の出現の可能性や長期投与における安全性の確認等の問題は残るものの,これをもって,HBe抗原陰性の慢性肝炎をSC前のHBe抗原陽性の慢性肝炎と切り離して,質的に異なる重篤なものということはできない。
なお,被控訴人らは,本件合意書が慢性肝炎の損害額を1250万円としていることについて本件説明書に
たとえ肝機能障害が沈静化したとしても,その損害に見合う和解金の額は,いわゆるC型肝炎救済特別措置法におけるC型肝炎ウイルスの無症候キャリアに対する給付金の額を下回るべきではないとの記載があることを根拠として,被控訴人らはHBe抗原陽性慢性肝炎が鎮静化した後にHBe陰性慢性肝炎を発症しているから,本件説明書における上記記載内容の損害以上の損害を被っている旨主張するが,本件合意書が締結された平成23年頃におけるB型慢性肝炎に係る医学的知見に照らすと,本件説明書の肝炎の沈静化は,HBe抗原セロコンバージョン前のHBe抗原陽性の慢性肝炎が鎮静化した場合のほか,その後にHBe抗原陰性の慢性肝炎を発症し,これが鎮静化した場合をも含むものというべきであるから,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。


労災保険法との関係
被控訴人らは,労働者災害補償保険法(労災保険法)では,B型慢性肝炎の治癒及び再発という概念が認められるから,本件で除斥期間の起算点を検討するにあたっては,法的観点から再発等を把握することも可能であると主張する。
しかし,労災保険法は,被災労働者の社会復帰の促進,援護,福祉の増進
を図ることなどを目的とするものであって(労災保険法1条),同法の解釈を損害の公平な分担を図る不法行為法にそのまま持ち込むことはできないものといわざるを得ず,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。⑺

最高裁平成6年判決について
被控訴人らは,最高裁平成6年2月22日判決(以下最高裁平成6年判決という。)を引用して,最初の損害であるHBe抗原陽性慢性肝炎の損害発生時に,損害賠償を求めることが不可能な将来のHBe抗原陰性慢性肝炎の損害をも包含する単一の損害賠償請求権を考えることはできず,HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したときを質的に異なる損害が発生した時として,新たな除斥期間の起算点とすべきであるとも主張する。
しかし,最高裁平成6年判決は,雇用者の安全配慮義務違反により,じん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は,じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けたときから進行することなどを判示するものであり,B型慢性肝炎についての損害賠償請求の除斥期間が問題となる本件とは事案を異にし,判断対象も異なるものである。しかも,じん肺による病変は不可逆的であり,現在の医学では治療は不可能であって,肺内に粉じんが存在する限り右反応が継続するところ,進行の程度,速度は多様であるが,進行のする場合の予後は不良であって,死亡に至るとされているものである。これに対し,B型肝炎は,治療によって肝細胞内にあるHVBを完全に排除するのは困難であり,肝硬変,肝がんを発生させることがあり,B型慢性肝炎発症後の病状の進行及びその態様について現代の医学では未だ解明されていないものの,慢性肝炎は,数年ないし20ないし30年と長期にわたる経過をとり,この間,肝機能が軽快,増悪を繰り返すことが多く,また,治療水準は進歩,改善しており,核酸アナログ製剤により,各種治療前因子にかかわらず,強力にHBVの複製過程が直接抑制され,B型慢性肝炎の病態と密接に関係する血中のHBV-DNA量は速
やかに改善する。慢性肝炎からさらに進行した肝疾患である肝硬変においても,不可逆的な病態ではなく,核酸アナログ製剤を長期継続して投与することで繊維化を改善することが可能であるとされるものである。そうすると,直ちに,B型慢性肝炎についてじん肺と同様に解すべきであるということもできない。
したがって,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。
7
争点⑵イ(除斥期間の起算点-正義・公平の観点から,除斥期間の起算点は被控訴人らがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症した時であると解すべきか)について
被控訴人らは,①控訴人が行った国策(集団予防接種等)の被害者であること,②控訴人には重大な過失(注射器の連続使用の継続)があるが,被控訴人らには何の落ち度もないこと,③提訴の遅れは被控訴人らの責任ではなく控訴人の責任によること,④控訴人主張のとおり,最初の慢性肝炎発症の時が除斥期間の起算点であるとすると,より早くからより長く苦しんだ者ほど権利が保障されないという結果となり,不条理,不合理であることなどを挙げて,被控訴人らの損害賠償請求権について,除斥期間を形式的に適用すべきではないと主張する。
しかし,被控訴人ら主張にかかる①,②,④については,除斥期間の適用に関していずれの不法行為にも該当するものであり,
立法論といわざるを得ない。
今般の債権法の改正により,20年の権利消滅期間については,消滅時効期間と定められ,その経過措置によれば,新法の施行日において除斥期間が既に経過していなければ新法が適用されるが,本件においては,後記のとおり,既に除斥期間が経過しているので,その適用外である。
③については,被控訴人らは,被控訴人らが集団予防接種によってB型肝炎ウイルスに感染している可能性を知ったのは,先行訴訟であるB型肝炎訴訟に関する平成18年の最高裁判決が出た後、平成20年に全国B型肝炎訴訟弁護
団が全国で訴訟を提起し,周知活動を始めてからであり,同判決までは被控訴人らにおいて控訴人に対する訴訟を提起することはおよそ期待できなかったと主張する。しかし,被控訴人1においては,昭和62年にB型慢性肝炎に罹患し,被控訴人2においては,平成3年にB型慢性肝炎に罹患して,入院治療を受けてきたものであり,客観的に慢性肝炎に罹患して損害が発生していたのであって,提訴にあたっての客観的な支障もなかったのである。
したがって,被控訴人らの上記主張を採用することはできない。
8
被控訴人らの損害賠償請求権に係る除斥期間の起算点


被控訴人らの慢性肝炎発症時期
被控訴人らは,前記のとおり,いずれも乳幼児期の集団予防接種等によってHBVの持続感染者となり,成人後の免疫応答期においてHBe抗原陽性
性肝炎を発症し,IFN治療によって,遅くとも平成12年頃には,HBe抗原セロコンバージョン(SC)によるHBe抗原の陰性化を得て,ALT値が持続的に低下したところ,平成19年12月頃にHBe抗原陰性の慢性
性肝炎を発症し,4度のIFN治療後の経過において平成12年6月頃までには,SCによるHBe抗原の陰性化を得て,肝炎が鎮静化し,ALT値が30以下になったところ,平成16年3月頃又は遅くとも平成19年1月頃にHBe抗原陰性の慢性肝炎が再燃したものである。


被控訴人らの請求内容
上記各HBe抗原陰性の慢性肝炎は,先行するHBe抗原陽性の慢性肝炎
と比較して,より高頻度に肝硬変や肝細胞がんへ進展するリスクがあるなどの意味において,より進んだ病期にあるものといえるが,前記のとおり,HBe抗原陰性の慢性肝炎の再燃をもって,当初発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎と質の異なる損害が発生したということはできない。

さらに,B型肝炎は,HBV複製の起点となる肝細胞の核内にプールされたcccDNAを容易に排除することはできず,これが潜伏感染の際に活性化の原因となり,最終的な治療目標となるHBs抗原の陰性化が得られたとしても,肝細胞の核内にcccDNAの形でHBVが残存するので,HBVが完全に排除されたことにはならず,何らかの原因で宿主の免疫能が低下すると,HBVが再増殖してB型肝炎が再燃することがある。また,B型慢性肝炎は,繊維化の進展と発がんリスクには一定の関係がみられるものの,必ずしも肝硬変を経ないで軽度の肝障害から肝細胞がんの発生を来すことがあり,肝発がんの高リスク群の設定がやや困難とされており,慢性肝炎からのHBs抗原消失例でも肝細胞がん発生のリスクがある。
被控訴人らは,
最初に,
HBe抗原陽性慢性肝炎を発症した時点において,
その後のHBe抗原陰性慢性肝炎の発症による損害をも請求することは客観的に不可能であったと主張するが,上記のB型慢性肝炎の病態ないし特質に照らせば,最初にHBe抗原陽性の慢性肝炎を発症した時点において,HBe抗原陰性の慢性肝炎の発症を含めた損害が既に発生しているということができ,その賠償を求めることが不可能ということはできないし,B型慢性肝炎についての損害賠償を請求することは,明示的に除外した場合を除き,HBe抗原セロコンバージョン後や一旦肝炎が鎮静化した後に再燃した場合の損害を含めて請求しているものというべきである。


除斥期間の起算点
被控訴人らは,それぞれHBe抗原陽性の慢性肝炎を発症した時点において,その後発生したHBe抗原陰性の慢性肝炎による損害を含めた損害を被ったものというべきである。
なお,被控訴人らは,HBe抗原セロコンバージョン(SC)後に発生し
た損害を一律請求するものである旨主張するが,被控訴人らは,HBe抗原陽性の慢性肝炎の発症した時点において,致死性,難治性を有するB型慢性
肝炎に罹患し,
大きな身体的,
精神的苦痛を受けるだけではなく,
社会生活,
家庭生活,経済生活及び日常生活のあらゆる場面において,広範な被害を受け続けることになったものというべきであり,SCによって,直ちにB型慢性肝炎の諸症状が解消するものではなく,継続的に発生する損害の一部を切り離して請求したからといって,除斥期間の適用を免れるということはできない。
したがって,被控訴人らは,HBe抗原陽性の慢性肝炎を発症した時点において,HBe抗原陰性の慢性肝炎の発症に係る損害賠償請求権を含んだ,B型肝炎の発症に係る損害賠償請求権が成立したものと解するのが相当であって,被控訴人ら請求にかかるHBe抗原陰性の慢性肝炎の発症による損害賠償請求権の除斥期間の起算点は,SC前のHBe抗原陽性の慢性肝炎の発症時である。


被控訴人らの請求権の帰趨
上記のとおり,被控訴人らのHBe抗原陰性の慢性肝炎の発症による損害
賠償請求権に係る除斥期間の起算点は,それぞれSC前のHBe抗原陽性の慢性肝炎の発症時であり,被控訴人1については昭和62年12月,被控訴人2については平成3年1月ということになる。そして,被控訴人1については遅くとも平成19年12月末に,被控訴人2については平成23年1月末に除斥期間が経過し,
被控訴人1はその後である平成20年7月30日に,
被控訴人2はその後である平成24年2月29日にそれぞれ本件訴訟を提起したから,被控訴人らの上記損害賠償請求権は,いずれも除斥期間の経過により消滅したというべきである。
第4

結論
よって,被控訴人らの請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がないからこれらを棄却するのが相当であり,これと異なる原判決を取り消して,主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第5民事部

裁判長裁判官

山之
裁判官


裁判官

川葉内紀行佐隆之﨑聡子
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