判例検索β > 平成29年(ヨ)第1213号
原発運転差止仮処分命令申立事件
事件番号平成29(ヨ)1213
事件名原発運転差止仮処分命令申立事件
裁判年月日平成31年3月28日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-03-28
情報公開日2019-05-22 14:00:16
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主文1
本件申立てを却下する。

2
申立費用は債権者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1
債務者は,福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1において,大飯原子
力発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。
2申立費用は債務者の負担とする。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,債権者が,原子力発電所である大飯発電所3号機及び4号機(以下,併せて本件原発という。)を設置する債務者に対し,本件原発は核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下原子炉等規制法という。)の求める安全性を欠いているため,事故の発生によって債権
者の人格権(債権者の生命,身体,健康及び平穏生活権)が侵害され取り返しのつかない著しい損害を被るおそれがある旨主張して,人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,本件原発の運転を仮に差し止めることを命じる仮処分命令を求める事案である。
2
前提事実(争いがある事実は各項記載の疎明資料等により認定し,疎明資
料等を記載しない事実は当事者間に争いがない。)
当事者

債権者は,京都府南丹市に居住する者であり,債権者の住所地と本件原発との距離は,約47.●●kmである(甲108,109)。

債務者は,電気事業等を営む株式会社であり,本件原発を設置して,主として大阪府,京都府,兵庫県(一部を除く。),奈良県,滋賀県,和歌山県,三重県の一部,岐阜県の一部及び福井県の一部への電気の供給を行っている。
本件原発の概要
本件原発は,福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1に所在し,昭和62年2月10日に原子炉設置変更(3,4号炉増設)許可を得て,3号機が平成3年12月18日に,4号機が平成5年2月2日に,それぞれ営業運転を開始した。
(3)

本件原発にかかる設置変更許可申請及び設置変更許可処分
平成23年3月に発生した東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故を受けて,平成24年6月に原子力安全規制を担う新たな行政機関として原子力規制委員会が発足し,原子炉等規制法の改正及び施行が順
次行われ,発電用原子炉等に関する新たな規制基準(以下新規制基準という。)が,平成25年6月に制定され,同年7月に施行された。イ
債務者は,同月8日,原子力規制委員会に対し,原子炉等規制法43条の3の8第1項に基づき,本件原発の発電用原子炉設置変更許可の申請(以下本件設置変更許可申請という。申請書は乙5。)をし,平
成28年5月18日付け,同年11月18日付け,平成29年2月3日付け及び同年4月24日付けで,これを補正した。

原子力規制委員会は,本件設置変更許可申請について,新規制基準への適合性審査(以下本件適合性審査という。)を行い,同年5月24日付けで,原子炉等規制法43条の3の8第1項に基づき,本件原発
に係る発電用原子炉の設置変更について許可した(乙38の1。以下本件設置変更許可という。)。
(4)

発電用原子炉の設置にかかる規制の内容

発電用原子炉を設置しようとする者は,原子力規制委員会の許可(原子炉設置許可)を受けなければならず(原子炉等規制法43条の3の5第1項),また,原子炉設置許可を受けた者が,同法43条の3の5第2項2号から5号まで又は8号から10号までに掲げる事項を変更しようとするときは,原子力規制委員会の許可(原子炉設置変更許可)を受けなければならない(同法43条の3の8第1項)。

原子炉等規制法は,原子炉設置許可及び設置変更許可の基準として,発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであることと規定し(原子炉等規制法43条の3の6第1項4号,43条の3の8第2項),これを受けて,原子力規制委員会は,実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則
(平成25年原子力規制委員会規則第5号。乙9。以下設置許可基準規則という。)を定め,併せて,設置許可基準規則の解釈を定める実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈(平成25年原規技発第1306193号。乙9。以下設置許可基準規則解釈という。)を制定した。


設置許可基準規則は,耐震重要施設は,その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基準地震動による地震力という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない。」(設置許可
基準規則4条3項)と定める。そして,設置許可基準規則解釈によれば,同項所定の基準地震動(以下,単に基準地震動という。)は,
最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なものとして策定することとされている(設置許可基準
規則解釈別記2第4条5項)。
そして,基準地震動は,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動及び震源を特定せず策定する地震動について,解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定し(同項1号),そのうち敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の策定に当たっては,①内陸地殻内地震,プレート間地震及び海洋プレート内地震について,活断層の性質や地震発生状況を精査し,中・小・微小地震の分布,
応力場及び地震発生様式(プレートの形状・運動・相互作用を含む。)に関する既往の研究成果等を総合的に検討し,敷地に大きな影響を与えると予想される地震(以下検討用地震という。)を複数選定した上で,②選定した検討用地震ごとに,不確かさを考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価を,解放基盤表面までの地震波の伝播特性を反映して策定することとされている(同項2号)。
(5)

強震動予測の手法
原子力規制委員会が定めた基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(乙10。以下審査ガイドという。)によれば,前記(4)ウ
の基準地震動の策定過程のうち断層モデルを用いた手法による地震動評価に当たっては,震源断層のパラメータが,活断層調査結果等に基づき,地震調査研究推進本部による「震源断層を特定した地震の強震動予測手法等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認する」こととされている(審査ガイドⅠ.3.3.2(4)①1))。

審査ガイドで言及されている上記の震源断層を特定した地震の強震動予測手法(甲8。以下レシピという。)とは,文部科学省の地震調査研究推進本部が作成したものであり,強震動を再現するために必要な震源特性パラメータを,パラメータ間の関係式に基づいて設定する
方法を示すものである。レシピには,活断層で発生する地震について震源特性パラメータを設定する手法として,(ア)過去の地震記録や調査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モデルを設定する場合の震源特性パラメータの設定方法(以下レシピ(ア)の方法とい
う。)と,(イ)長期評価された地表の活断層長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合の震源特性パラメータの設定方法(以下レシピ(イ)の方法という。)の二つの方法が示されてい
る。

レシピは,平成28年6月10日に改訂され,同年12月9日に更に修正された(以下,同年12月9日修正後のレシピを修正レシピという。)。

(6)

債務者による基準地震動の策定(乙5)
本件設置変更許可申請に当たり,債務者は,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動及び震源を特定せず策定する地震動の評価結果を総合し,それぞれ最も厳しい評価結果となったものを採用して,本件原発の基準地震動Ss-1~Ss-19(以下本件基準地震動という。)を策定した。
このうち,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価において,債務者は,まず,本件原発の敷地(以下本件敷地という。)への影響が大きいと考えられる検討用地震としてFO-A~FO-B~熊川断層による地震及び上林川断層による地震(以下,併せて本件各検討用地震という。)を選定し,次に,本件各検討用地震について,応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価により,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動を評価した。
このうち断層モデルを用いた手法による地震動評価においては,本
件各検討用地震につき,①レシピ等を参照して断層の長さ,断層の幅,断層面積,地震モーメント,短周期レベル,応力降下量等の震源断層のパラメータを設定して,震源断層のモデル化を行った上で,②震源から敷地までの地域性を評価し,③地震波が到達する時間差を考慮した波形合成を行うという手順で,本件敷地における地震動評価を行った。この際,債務者は,前記①の震源断層のパラメータの設定に当たり,レシピ(ア)の方法の手順に従い,まず,震源となる断層の長さ(L)及び断層の幅(W)から震源断層面積(S)を求め(S=L×W),次に,入倉・三宅(2001)(乙39。入倉孝次郎,三宅弘恵『シナリオ地震の強震動予測』地学雑誌110(6),849-875,2001)掲載の関係式(S=4.24×10-11×M₀1/2。以下入倉・三宅式という。)を用いて,震源断層面
積(S)から地震モーメント(M₀)を求めた。
以上の手順で基準地震動を策定した結果,本件基準地震動の最大加速度は,水平方向が基準地震動Ss-4(EW方向)の856ガル,鉛直方向が基準地震動Ss-14の613ガルとなった。なお,Ss-4及びSs-14は,いずれもFO-A~FO-B~熊川断層について,入倉・三宅
式によって地震モーメント(M₀)を求めて策定した地震動である。(7)

原子力規制委員会による本件基準地震動に関する適合性判断
本件基準地震動の策定について,原子力規制委員会は,平成29年5月
24日,本申請における基準地震動は,各種の不確かさを考慮して,最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から適切に策定されていることから,解釈別記2(起案者注:設置許可基準規則解釈別記2)の規定に適合していることを確認したとして,新規制基準への適合性を肯定した(乙38の2・11頁)。
第3争点

1司法審査の在り方
2本件基準地震動の策定に関する審査基準適合性の判断
3保全の必要性
第4争点に関する当事者の主張
1債権者の主張
(1)

司法審査の在り方について
原子力発電所を設置する事業者は設置変更許可に係る審査を経ることを
義務付けられた者としてその安全性についての十分な知見を有しているはずであること及び原発事故の特質に鑑みると,当該原子力発電所の設置運転によって放射性物質が周辺環境に放出され,その放射線被ばくにより当該施設の周辺に居住等する者がその生命,身体等に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないことについては,事業者の側において相当の根拠に基づき主張疎明をする必要があり,事業者がこの主張疎明を尽くさない場合には,具体的危険の存在が推定される。そして,当該原子力発電所が原子炉等規制法に基づく設置(変更)許可を通じて原子力規制委員会において用いられている具体的な審査基準に適合する旨の判断が原子
力規制委員会により示されている場合には,事業者は,設置(変更)許可の趣旨を踏まえた上で,当該具体的審査基準に不合理な点のないこと及び当該基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことないしその調査審議及び判断の過程に過誤,欠落がないことを相当の根拠,資料に基づき主張疎明する必要があり,事業者がこの主張疎明を尽く
さない場合には,具体的危険の存在が推定される。本件原発については設置変更許可がなされているから,債務者において上記主張疎明を尽くさなければ,具体的危険性の存在が推認されることになる。
(2)

本件基準地震動の策定に関する審査基準適合性の判断について

地震モーメントの過小評価のおそれ
債務者の行った断層モデルを用いた手法による地震動評価では,
FO-A~FO-B~熊川断層等について,レシピ(ア)の方法に従い,入倉・三宅式を用いて地震モーメントの算定がなされている。しかし,後記(ア)のとおり,島崎邦彦東京大学名誉教授(以下島崎氏という。)の検討によれば,垂直又は垂直に近い断層について,地震前に得られる断層の情報に入倉・三宅式を当てはめると,地震モーメントを3分の1ないし4分の1に過小評価することになる。債務者が,FO-A~FO-B~熊川断層について,断層の上端深さを3km,下端深さを18kmとし,断層傾斜角を90°ないし75°と設定している以上,上記の島崎氏の指摘の射程が及ぶことになるから,本件基準地震動の最大加速度856ガルは過小評価になっているといわざるを得ない。

(ア)

島崎氏の指摘について
武村式,山中・島崎式及びレシピ(イ)の方法で使われている式の
ような入倉・三宅式以外の関係式は,断層長さ(L)から地震モーメント(M₀)を求める式であるのに対し,入倉・三宅式は,断層面積(S)から地震モーメント(M₀)を求める式である。地震前に断層面積(S)を設定するためには,断層長さ(L)と断層幅(W)を用いる必要があるところ,断層幅(W)は地震発生層の厚さと断層傾斜角から設定されるので,傾斜角が垂直の場合には断層幅(W)は最小となり,断層面積(S)も最小になる。その結果,地震発生層の厚さを14kmと仮定した上で,任意の断層長さ(L)を与えたとき,断層
が垂直又は垂直に近い場合には,入倉・三宅式によって求めた地震モーメント(M₀)は,他の関係式によって同じ断層長さ(L)から求めた地震モーメント(M₀)に比べると,3分の1ないし4分の1になる。(イ)

島崎氏の指摘に対する入倉孝次郎氏の見解について
入倉・三宅式の共同作成者である入倉孝次郎氏(以下入倉氏と

いう。)も,地震発生前の情報に入倉・三宅式を当てはめると地震モーメントを過小評価してしまうという島崎氏の指摘や,震源断層の長さを地震発生前に想定できないとする島崎氏の見解については認めており,また,入倉・三宅式を予測式として用いると過小評価のおそれがあることを前提として,過小評価にならないよう注意して使うべきだと注意喚起をしている。
(ウ)

島崎氏の指摘に対する纐纈一起氏の見解について
強震動地震学の第一人者である纐纈一起東京大学地震研究所教授

(以下纐纈氏という。)も,詳細な活断層調査を行っても震源断層の幅の推定は困難であると述べており,島崎氏の指摘する過小評価のおそれを裏付けている。

レシピ(ア)の方法の適用過程における各種パラメータ設定の保守性では十分でないこと
(ア)

FO-A~FO-B~熊川断層の長さについて
FO-A~FO-B断層について債務者が行った海上音波探査の深
さは200~300mであり,詳細な調査で把握されたのは後期更新世以降の変位(ずれ)が否定できない範囲にすぎず,深さ3000mより深いところに存在するはずの震源断層の長さは把握されていない。また,概括的な調査に依拠した古い文献との比較で断層を長く評価したという程度では,特段保守的な条件設定ともいえない。
FO-A~FO-B~熊川断層が3連動するという想定については,
原子力規制委員会の適合性審査会合において,複数の外部専門家の意見を参考にして長時間・多数回に渡る債務者との議論を踏まえた上で,これを基本ケースとすることを債務者も納得して変更したものであり,レシピ(ア)の方法による過小評価のおそれを低減させるという目的で基本ケースにされたわけではないから,特段保守的とはいえない。
(イ)

地震発生層の深さ及び断層幅について
債務者は,FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層について,断層幅をより広く保守的に評価した旨主張している。しかし,①地震調査研究推進本部は,本件敷地周辺の主要活断層帯について,地震発生層の上端深さを3kmより浅く,断層幅を15kmより広く設定していること,②入倉・三宅式による過小評価のおそれの低減のためには,少なくとも震源断層モデルの上端を0kmとする程度の保守性が必要と指摘されていること,③大地震の震源断層の下端は地震発生層から更に深い部分に及ぶことが多いとされていること,④1891年濃尾地震以降の日本の内陸地殻内地震の横ずれ断層については,上端深さを0km,下端深さをD95(その値より震源深さが浅い地震の
数が全体の95%となる深さ)に設定しても,断層幅は大半が過小評価になっているとされていることなどからすると,債務者がFO-A~FO-B~熊川断層の地震発生層について,上端深さを3km,D95の深さを15~16km,下端深さを18kmと評価したのは保守的とはいえず,断層幅を15kmと設定するのは過小評価である可
能性が高い。なお,債務者の断層幅の設定が保守的だとしても,入倉・三宅式による地震モーメントの過小評価の程度は,3分の1ないし4分の1から,3分の1前後になるといった僅かの違いを生じるにすぎない。
(ウ)

断層傾斜角について
断層傾斜角について,基本ケースの90°に対して,不確かさを考
慮して75°と設定したとしても,その結果震源断層の幅が15kmから15.5kmになるといった僅かの違いを生じるにすぎず,入倉・三宅式による地震モーメントの過小評価のおそれは変わらない。(エ)
短周期レベルについて
債務者が短周期レベルを1.5倍にしていることについては,そも
そも新潟県中越沖地震で得られた知見から,どの地震についても短周期レベルを1.5倍にするということになっており,入倉・三宅式とは別の問題であるから,過小評価のおそれを低減させるような保守性とはいえない。

レシピ(イ)の方法を併用する必要性
(ア)

レシピの修正及びその趣旨
審査ガイドは,震源断層のパラメータはレシピ等の最新の研究成果
を考慮し設定されていることを確認する旨を定めており,レシピは地震調査研究推進本部という権威ある政府の機関において専門家の議論を経て合意された方法論であるから,審査ガイドのいう最新の知見としては,最新のレシピを最低限の基準とし,これに従うことを原則とすべきである。したがって,基準地震動の策定に当たっては,最新のレシピを踏まえなければならない。
平成28年12月のレシピの修正は,過去の地震記録がない場合はレシピ(ア)の方法よりもレシピ(イ)の方法の方が予測手法として
当面安定的である可能性が高いという趣旨からなされたものであり,レシピ修正による冒頭部分の加筆からすれば,レシピ(ア)の方法を用いる場合には,過小評価のおそれを低減させるため,併せてレシピ(イ)の方法の計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定する必要がある。債務者は,同修正によってもレシピの内容は変
更されていない旨主張するが,平成28年6月に改訂されたレシピがそのわずか半年後に修正されたのは,レシピについて内容や意義が正しく伝わらないかあるいは誤解されるおそれのある表現があるため,これを正す必要性が認識されたからであり,本件原発の基準地震動を策定する際には,同修正の趣旨を踏まえてその内容や意義の不正確な
理解や誤解について改めなければならないことは明らかである。
また,債務者は,レシピ(ア)の方法の方が詳細な調査に基づいて得られた震源断層の情報を直接的に地震動評価に反映することができる旨主張するが,過去の地震記録が得られていない場合には,たとえ活断層や地震発生層の詳細な調査が行われたとしても,レシピ(ア)の方法の適用の前提となるような震源断層,すなわち地震後の震源インバージョンによって明らかとなるような震源断層を事前に設定する
ことは困難である。
以上のことからすれば,債務者は,最新のレシピに従ってレシピ
(イ)の方法を併用する必要があった。
(イ)

本件では特に詳細な検討を要すること
審査ガイドⅠ.3.1(2)は,

震源が敷地に近く,その破壊過程が地震動評価に大きな影響を与えると考えられる地震については,断層モデルを用いた手法が重視されている必要がある。

と定め,設置許可基準規則解釈別記2第4条5項二号⑥及び審査ガイドⅠ.3.3.2(4)は,震源が敷地に極めて近い場合の地震動評価について,震源特性パラメータの設定の妥当性についての詳細な検討や十分な余
裕の考慮を求めている。これらの規定からすると,震源となる断層が敷地に近い場合の断層モデルを用いた手法による地震動評価につ
いては,特に詳細な検討を要するというべきである。FO-A~FO-B~熊川断層と本件敷地とは2km程度しか離れておらず,審査ガイドにいう震源が敷地に近い場合及び震源が敷地に極めて近い場合のいずれにも該当するから,この点でも,FO-A~FO-B~熊川断層については,相対的に小さな地震規模の設定にしかならないレシピ(ア)の方法だけではなく,レシピ(イ)の方法を併用し,より保守的な設定を要するというべきである。

小括
以上のとおり,本件基準地震動は,入倉・三宅式を用いて地震モーメントを設定するレシピ(ア)の方法を用いて計算されているため,地震動の過小評価のおそれがある。レシピ(ア)の方法による過小評価の問題を解消ないし低減させるためには,レシピ(イ)の方法を併用するという方法があり,その趣旨で平成28年12月にレシピは修正されているところ,審査ガイドによれば,このレシピ修正を受けて本件原発の基
準地震動を再検討しなければならないことは明らかである。本件原発については,レシピ(ア)の方法のみではなくレシピ(イ)の方法の計算手法と計算結果を吟味・判断した上で基準地震動を策定する必要があったにもかかわらず,本件適合性審査においてはFO-A~FO-B~熊川断層についてレシピ(イ)の方法の計算手法と計算結果の吟味・判断
は行われていないから,本件適合性審査の不合理性は明らかである。(3)

保全の必要性
上記のとおり,本件適合性審査は不合理であり,本件原発が原子炉等規
制法の求める安全性を欠き,債権者の人格権を侵害する具体的危険のあることが事実上推定されるから,本件原発の事故発生によって債権者が取り返しのつかない著しい損害を被るおそれがあるといえ,保全の必要性が認められる。
2債務者の主張
(1)

司法審査の在り方について
人格権に基づく妨害予防請求が認められるためには,人格権侵害による
被害が生じる具体的危険性が存在することが必要であるところ,債権者が人格権に基づき本件原発の運転差止めを求める以上,本件原発の運転に伴い,いかなる機序でどのような人格権の侵害の具体的危険性が生じ,これにより債権者にどのような被害が生じるのかは,民事裁判における主張立証責任の一般原則に従い,債権者においてその主張疎明責任を負担すべきであって,原子力発電所に関する裁判においても,この理を変更すべき理由はない。
(2)

本件基準地震動の策定に関する審査基準適合性の判断について
入倉・三宅式による地震モーメントの過小評価のおそれがないこと債権者は,入倉・三宅式を用いて策定した本件基準地震動は過小評価
である旨主張する。しかしながら,次のとおり,入倉・三宅式が過小評価をもたらすとの指摘は誤りである。
(ア)

検証の結果,入倉・三宅式の妥当性が認められていること
入倉・三宅式は,震源断層面上のすべり分布が不均質であることを
前提に,震源インバージョン等をもとに震源断層面積と地震モーメントとの関係を表した式であるところ,原子力規制庁が熊本地震の観測記録の震源インバージョン結果を用いて行った分析によっても,その妥当性(信頼性)が認められている。
(イ)

島崎氏による関係式の比較検討手法について
島崎氏は,入倉・三宅式を他の関係式と比較して,入倉・三宅式は
地震モーメントの過小評価をもたらすとの見解を示した。しかしながら,各関係式はそれぞれ成り立ちを異にし,前提としている断層長さ等のパラメータも異なっていることから,これらの関係式を用いる場合には,関係式ごとにその成り立ちを踏まえた値を与えなければ適切な結果は得られない。

そもそも,入倉・三宅式は,地下の震源断層面積(S)と地震モーメント(M₀)との関係を表した式であり,個別に地下の震源断層のパラメータ(断層長さ,断層幅,断層の傾斜角等)を求めた上で,震源断層面積(S)の値を設定することが予定されている。ところが,島崎氏は,他の関係式と比較するため,入倉・三宅式を断層長さ(L)
と地震モーメント(M₀)との関係式に変形し,その際,本来調査結果に基づいて設定すべき断層幅を14kmに固定し,断層傾斜角を90°(垂直)に固定した。このように変形された入倉・三宅式では,震源断層面積に関する情報の個別具体的な把握を前提とする入倉・三宅式の特質が失われてしまっているため,島崎氏による関係式の比較検討は,そもそも議論の正確性という点で問題がある。
また,入倉・三宅式は,実際の断層の不均質な動きを反映した震源
インバージョン等をもとにして得られた関係式であるから,入倉・三宅式の妥当性を検証するのであれば,不均質なすべり分布を前提とした断層モデルを用いなければならない。しかし,島崎氏が熊本地震の解析結果を使って入倉・三宅式を検証した際には,均質すべりを仮定したモデルに基づく震源断層面積や,震源断層の長さよりも小さい地表地震断層の長さといった,入倉・三宅式に与えるべき値としては明らかに小さいものを用いている。よって,この検討も,入倉・三宅式の成り立ちを踏まえない,同式の検討としては著しく不適切なものである。
結局,島崎氏の検討は,関係式の成り立ちを踏まえた値を代入しな
ければ,その結果は過小にも過大にもなり得るという当然の結果を示したものにすぎず,これをもって入倉・三宅式が過小評価をもたらすとすることはできない。原子力規制委員会は,単純に同じ断層長さを与えた場合に入倉・三宅式が他の関係式に比べて地震モーメントを小さく算出する可能性に留意した上で,適切な震源断層のパラメータを入力するように安全側の評価が行われているため,入倉・三宅式を用いることが地震モーメントの過小評価につながるものではないと結論付けている。
(ウ)

地震発生前には震源断層の長さを想定できないという島崎氏の指摘
について
島崎氏は,震源断層の面積や長さは地震発生後に確定するものであって,地震発生前に震源断層の情報は得られないとした上で,地震発生前の情報を入倉・三宅式に代入すると地震モーメントが過小評価されるとも指摘している。しかしながら,将来発生する地震動を想定するに当たっては,その時点で存在する活断層に関する様々な調査研究に係るあらゆる知見を参照することが重要であり,例えば九州電力株式会社は,熊本地震の発生前に,実際に発生した熊本地震の地震規模をはるかに上回る規模の地震を想定することができていた。島崎氏が熊本地震その他の地震について地震発生前の情報としている
断層長さは,他の知見で示されている断層長さよりも著しく短いもの
であり,それらをもとに入倉・三宅式が過小評価をもたらすとの結論を導くことは不適切である。
(エ)

島崎氏の見解のその他の問題点
島崎氏による過去の地震に関する検討においては,熊本地震を除き,
最新の科学的・専門技術的知見が得られる前の時代の,正確性に留意すべきデータが多く用いられていることから,それらをもとにした検討結果から科学的に適切な結論が得られるとはいえない。また,入倉・三宅式が地震モーメントを過小評価する関係式となった原因として島崎氏が根拠に挙げる過去の地震は一つしかないこと,入倉・三宅式の過小評価に関する島崎氏の見解は他の専門家による検証を経てい
ないこと,別件訴訟(名古屋高等裁判所金沢支部平成26年(ネ)第126号大飯原発3,4号機運転差止請求控訴事件)における島崎氏の証言に変遷や矛盾があることなどからすると,島崎氏の見解には信用性を疑わせる事情がある。
(オ)

武村式を用いた試算について
島崎氏は,入倉・三宅式の代わりに武村(1998)の関係式(以下
武村式という。)を用いて地震モーメントを算出した場合,基準
地震動が80%増加すると述べるが,レシピは,各パラメータが複数のパラメータと同時に相関関係を持つ一連の地震動評価手法として用いることが予定され,かつ,そのように用いることで実際の地震動を精度良く再現できるものとして,その有効性・信頼性が確認されているのであって,相関関係を無視して一部の関係式を他の式に置き換えると,その地震動評価手法としての科学的合理性を失わせることになる。原子力規制委員会は,武村式を用いた試算について,地震学の知見と矛盾した結果となって適切ではないと結論付けた。
(カ)

入倉氏の見解について
島崎氏の指摘に関する入倉氏のコメントは,入倉・三宅式の成り立
ちを踏まえない不合理に小さい値を代入すると,地震モーメントが過小に算出されるという当然のことを述べたにすぎず,入倉・三宅式が基準地震動の過小評価をもたらすことを認めたものではない。
(キ)
纐纈氏の見解について
債権者は,詳細な調査を行っても震源断層の幅の推定は困難である
との纐纈氏の発言を引用し,島崎氏の指摘する過少評価のおそれを裏付けている旨主張するが,そもそも原子力発電所の耐震安全性を確保するという基準地震動の目的に照らせば,基準地震動策定に当たって必要となるのは,今後発生する地震の規模を事前に寸分違わず想定することではなく,科学的合理性を有する方法に基づき,将来発生する可能性のある最大規模の地震を十分に保守的に評価することにあり,債務者は保守的に震源断層のパラメータを設定しているのであるから,債権者の上記主張には理由がない。
また,纐纈氏は熊本地震の実例を挙げてレシピ(ア)の方法よりレ
シピ(イ)の方法の方が安定的であるとしているが,そもそも地震以前の長期評価では区間分けされた断層を前提にしているのに対し,原子力発電所の基準地震動の策定に当たっては断層全体が一気に破壊されることを想定するので,纐纈氏の見解を根拠にレシピ(イ)の方法を併用すべきとする債権者の主張にも理由がない。

保守的な条件設定により過小評価のおそれがないこと
債務者は,本件基準地震動の策定に当たり,信頼性のある関係式や手法を用いているが,地震等の自然現象にばらつきがあることから,本件敷地周辺の地域性を把握し,起こり得る不確かさを考慮した上で,十分に保守的な条件設定により自然現象のばらつきに対応している。すなわち,債務者は,応答スペクトルに基づく地震動評価と断層モデルを用いた手法による地震動評価に当たり,それぞれ地震動評価に大きな影響を与え得るパラメータについて,不確かさを考慮して保守的な条件で基本ケースを設定し(後記(ア)及び(イ)),その上,それらのパラメータについて更に不確かさを考慮して,不確かさを考慮したケースを設定した(後記(ウ))ものである。
(ア)

震源断層についての詳細な調査及び保守的な評価
債務者は,断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ(断層の
幅)について,本件敷地周辺の陸域及び海域を対象に文献調査を行った上で,海上音波探査等の多様な手法による調査を行い,それぞれ保守的に評価した。震源断層は地下の深い部分にあるため,その位置や長さを直接調査することはできないが,地表(海底)付近に現れた痕跡を調査することで震源断層は把握できるし,仮に地層の堆積速度が速い箇所があるとしても,その場合は,むしろ断層活動の痕跡は消されない。
さらに,債務者は,FO-A断層とFO-B断層については,個別
の断層であるが特徴が類似していることから同時活動するものとし,FO-A~FO-B断層と熊川断層については,両断層の離隔区間が約15kmにも及び地震学の常識からは連動は考えられないものの,極めて保守的な観点から,同隔離距離も含めて長さ63.4kmの断層と評価している(以下,FO-A断層,FO-B断層及び熊川断層が同時に動くものとして一連の断層と評価することを3連動とい
う。)。また,地震動評価に当たっては,上記の各断層について,当該断層における過去の地震の発生時期,回数,規模にかかわらず,十分に保守的に,断層面の全体が1回の地震でずれ動いて地震動を引き起こすものと想定して評価を行っている。
(イ)

その他のパラメータの設定
前記(ア)のとおり断層の長さや幅を保守的に設定したことにより,震
源断層の面積は大きくなり,断層の面積に基づいて算定される地震モーメント,応力降下量,短周期の地震動レベル等も保守的な値となった。また,アスペリティの位置及び破壊開始点の位置は,詳細な調査によってもその位置を事前に把握することは困難であるため,アスペリティを本件敷地により近い位置に設定するとともに,破壊開始点については,本件敷地に地震波が短い時間でより多く重なり合うように,震源断層面又はアスペリティの下端に複数配置することとした。
(ウ)
a
不確かさを考慮したケースの設定
短周期の地震動レベルについて,新潟県中越沖地震で得られた知
見を踏まえ,1.5倍とした。

b
断層傾斜角について,詳細な調査と既往の知見から鉛直(90°)と評価していたものを,75°に傾斜させることで,震源断層を更に広く,かつ,本件敷地に更に近い位置になるようにした。

c
アスペリティの位置について,現実に起こるとは想定し難いよう
な配置であるが,アスペリティを一塊に集めるケースを設定した。
d
断層傾斜角,短周期の地震動レベル,すべり角,破壊伝播速度に
ついては,その性質上,事前の詳細な調査や,地震に関する過去のデータによる経験則等から地震発生前におおよそ把握できるもの
(認識論的な不確かさ)であるから,それぞれ独立して不確かさを考慮し,これに対して,アスペリティの位置,破壊開始点の位置については,性質上,地震発生後の分析等により初めて把握できるも
の(偶然的な不確かさ)であることから,不確かさを重畳させて考慮することとした。
e
FO-A~FO-B~熊川断層による地震については,本件敷地
近傍における長い断層による地震であることに鑑み,短周期の地震動レベルと破壊伝播速度について,更に不確かさを重畳させた場合
の地震動評価を行った。
f
短周期の地震動レベルについては,FO-A~FO-B~熊川断
層は横ずれ断層である一方,新潟県中越沖地震の震源断層は逆断層であることや,逆断層型の地震の短周期領域での地震動レベルは,横ずれ断層型の地震に比して1.2倍程度と評価されている等の知
見があることから,新潟県中越沖地震を踏まえて考慮した1.5倍を1.2で除し,短周期の地震動レベルを1.25倍として再設定した。

レシピ(イ)の方法を併用する必要性がないこと
(ア)

原子力発電所の基準地震動の策定にはレシピ(ア)の方法を用いる
方が合理的であること
債権者は,FO-A~FO-B~熊川断層の地震に係る地震動の評価に当たり,レシピ(イ)の方法も併用するべきであった旨主張する。しかしながら,レシピ(イ)の方法では,断層長さから地震規模を求め,この地震規模に適合するように必要に応じて震源断層モデルの震源断層の幅と長さが調整される。原子力発電所の基準地震動を策定する際には,調査に基づいて震源として考慮する活断層の位置・形状・活動性等を明らかにすることが求められている(設置許可基準規則解釈別記2第4条5項2号②)ため,震源断層の長さ,幅,傾斜角等の詳細な情報が得られるにもかかわらず,レシピ(イ)の方法等を採用した場合,上記のとおり得られた震源断層の詳細な情報を直接地震動評価に用いることができないばかりか,既に存在する詳細な震源断層の情報と一致しない震源断層面を設定することになってしまう。他方,レシピ(ア)の方法では,得られた情報は全て地震動評価に活用することができ,詳細な調査に基づいて得られた震源断層の情報をより直
接的に地震動評価に反映することができる。そして,レシピ(ア)の方法は,震源断層の詳細な調査結果をもとに断層モデルを用いて最終的に強震動計算を行うまでの一連の手法として,その合理性が検証され広く用いられている。これらの事情を考慮すれば,原子力発電所の地震動評価においては,レシピ(ア)の方法を用いる方がより合理的
である。
(イ)

レシピの趣旨及びその修正
債権者は,平成28年12月のレシピの修正を機に,あたかもレシ
ピ(ア)の方法のみならず,レシピ(イ)の方法も併用することが求められるに至ったかのように主張するが,同修正は内容の改定にわたらない範囲での微修正・補足にとどまっている。レシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法を併用すべきという明文の記載は,設置許可基準規則解釈や審査ガイドにも存在しない。
また,同修正に先立って地震調査研究推進本部の地震調査委員会強震動評価部会(以下地震調査委強震動評価部会という。)におい

て行われたレシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法に関する一連の議論は,原子力発電所の安全性の観点から行われたものではなく,活断層の長期評価との関係で議論されたものである。すなわち,活断層の長期評価では,原子力発電所の基準地震動の策定とは活断層の評価の仕方が異なり,長大な起震断層を複数の区間に分けて,区間ごとに地震の規模や発生可能性等を想定するため,ここでの議論は,断層全体が一気に破壊されることを想定する基準地震動の問題には妥当しな
い。
したがって,平成28年12月のレシピの修正を機に,あたかもレシピ(ア)の方法のみならず,レシピ(イ)の方法も併用することが求められるに至ったかのように述べる債権者の主張は,失当である。エ
小括
以上のとおり,本件基準地震動は,新規制基準を踏まえ,最新の科学的,専門技術的知見に基づき,複数の手法を併用し,保守的な条件設定や不確かさの適切な考慮の上で策定したものであり,本件原発の発電用原子炉の耐震安全性を確認するための基準として十分な保守性を有する適切なものである。本件基準地震動の策定に当たってレシピ(イ)の方
法を併用する必要はなく,レシピ(ア)の方法を用いた策定は合理的であった。したがって,本件基準地震動の策定は新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はない。
(3)
保全の必要性
争う。

第5当裁判所の判断
1争点1(司法審査の在り方)について
債権者が主張する被保全権利は,人格権に基づく本件原発の運転差止請求権である。
一般に,個人の生命,身体及び健康という重大な保護法益が侵害される具体的危険がある場合には,当該個人は,人格権に基づく妨害予防請求権として,侵害行為の予防を請求することができると解されるところ,発電用原子炉施設の安全性の欠如に起因する放射線被ばくという侵害行為の態様,当該侵害行為によって受ける周辺住民の被害の重大さ及び深刻さに鑑みると,そのような侵害行為を排除するため,人格権に基づく妨害予防請求としての発電用原子炉施設の運転の差止請求が認められるためには,当該発電用原子炉施設が安全性に欠けるところがあり,その運転に起因する放射線被ばくにより,周辺住民の生命,身体に直接的かつ重大な被害が生じる具体的な危険が存在することをもって足りると解すべきである。
そして,当該発電用原子炉施設が確保すべき安全性については,我が国の
社会がどの程度の危険性であれば容認するかという観点,すなわち社会通念を基準として判断するべきであるところ,平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発の事故を踏まえて平成24年法律第47号により改正された原子炉等規制法は,発電用原子炉施設について事故の発生を防止し,万が一重大な事故が生じた場合でも放射性物質が異常な水準で当
該発電用原子炉施設の外へ放出されるような災害が起こらないようにするため(同法1条),発電用原子炉の設置及び変更の許可(同法43条の3の5,43条の3の8),工事の計画の認可(同法43条の3の9),使用前検査(同法43条の3の11),施設定期検査(同法43条の3の15),保安規定の認可(同法43条の3の24)等の段階的な安全審査を定め,これら
安全審査の各段階において原子力規制委員会による安全審査が行われるものとされているのみならず,当該発電用原子炉施設については,既に許認可等を受けている場合であっても,原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持する義務を負うものとされている(原子炉等規制法43条の3の14,43条の3の16)。そして,原子力規制委員会は,その
委員長及び委員が原子力利用における安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する者のうちから任命され,独立して職権を行使するものとされる(原子力規制委員会設置法5ないし7条)。これらのことに照らすと,原子力規制委員会が付与された権限に基づいて策定した安全性の基準は,社会通念上求められる程度の安全性を具現化したものであるといえ,原子力規制委員会が同基準に適合するものとして安全性を認めた発電用原子炉施設は,当該審査に用いられた具体的審査基準に不合理な点があり,又は当該発電用原子炉施設が当該具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点が認められない限り,前記の安全性を具備するものと考えられる。
ところで,一般に,被保全権利の主張疎明責任は債権者が負うものと解さ
れるから,発電用原子炉施設が原子炉等規制法の求める安全性を欠き,債権者の生命,身体及び健康を侵害する具体的危険が存在することは,当該発電用原子炉施設の運転差止めを求める債権者が主張,疎明すべきである。ただし,原子力規制委員会が策定した審査基準の内容が合理的であるか否か及び原子力規制委員会が示した発電用原子炉施設に係る審査基準への適合性判断
が合理的であるか否かについては,当該発電用原子炉施設を保有し運用する事業者である債務者においてよく知り得,かつこれを裏付ける資料を所持しているはずであることに鑑みれば,債務者の設置,運転等する発電用原子炉施設が具体的審査基準に適合する旨の判断が原子力規制委員会により示されている場合には,まず,債務者において,当該具体的審査基準に不合理な点
のないこと及び当該発電用原子炉施設が当該具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことないしその調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落がないことを相当の根拠,資料に基づき主張,疎明する必要があり,債務者がこの主張,疎明を尽くさない場合には,上記の具体的危険が存在することが事実上推定されるものというべきである。
そして,債務者が上記の主張,疎明を尽くした場合には,債権者において,当該発電用原子炉施設の安全性に欠ける点があり,債権者の生命,身体等の人格的利益が侵害される具体的危険が存在することについて,主張,疎明をしなければならないと解するのが相当である。
本件原発については,前記前提事実(第2の2(3),(7))のとおり,原子力規制委員会によって発電用原子炉の設置変更の許可がされており,原子力規制委員会において用いられている具体的な審査基準に適合する旨の判断が原子力規制委員会により示されているから,本件申立てにおいては,債権者の主張に即して,本件原発の発電用原子炉施設の耐震性評価の前提となったレシピ(ア)の方法を使用して策定した本件基準地震動の適合性審査について,原子力規制委員会の判断に不合理な点がないか否かないしその調査審議
及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落がないか否かという観点から,債務者が上記の主張,疎明を尽くしているか否かについて判断することとする。2争点2(本件基準地震動の策定に関する審査基準適合性の判断)について(1)

認定事実等
前記第2の2の前提事実に加え,後掲の各疎明資料及び審尋の全趣旨に
よれば,以下の事実等が認められる。

断層の調査及び評価
(ア)

本件各検討用地震の選定(乙5・添付書類六・6-5-2頁~6-
5-9頁,57・2頁~9頁)
債務者は,過去の主な被害地震のうち,本件原発からの震央距離が200km程度以内で本件敷地に大きな影響を及ぼしたと考えられる9個の地震を文献から抽出し,また,活断層の分布状況の調査・評価に基づいて18個の地震を抽出した。そして,これらの中から,地震の規模及び敷地までの距離に基づいて,本件敷地への影響が大きいと考えられる地震として,FO-A~FO-B~熊川断層による地震
及び上林川断層による地震を,検討用地震として選定した。上記
両断層について債務者が長さ及び幅を評価した方法は,以下(イ)から(オ)までのとおりである。
(イ)

本件敷地周辺の地質(乙58・14頁~17頁,同添付資料2,同
添付資料3)
本件敷地の周辺には,舞鶴帯,超丹波帯,丹波帯と呼ばれる新第三紀(約2300万年前~約260万年前)よりも前の比較的硬い岩盤が分布しており,広範囲にわたって軟らかい堆積物や火山噴出物が厚く分布するところがないため,地下で生じたずれが地中に留まることなく,地表にその痕跡を現しやすい。そして,上田(2003)によれば,震源断層が繰り返し活動し地中のずれが何度も起きるにつれて,ずれ
た箇所の上方の地表に現れる痕跡(地表地震断層)はより明瞭になっていくところ,岡田(2002)によれば,中部や近畿地方では,累積変位量(活断層の活動によって生じたずれの総量)の大きな明瞭な活断層が密に発達しているとされる。これらを基に,債務者は,本件敷地周辺地域は,活断層が繰り返し活動し,その痕跡が地表に現れている
地域であることから,地表地震断層を調査することで活断層を把握することができる地域であると判断した。
(ウ)

断層の調査(乙5・添付書類六・6-3-2頁~6-3-4頁,5
8・19頁~31頁,62)
債務者は,本件敷地周辺の陸域及び海域を対象に,文献に記載されている既往の調査結果から,敷地から概ね半径100kmの範囲の地形及び地質・地質構造を把握するとともに,文献に記載されている活断層を抽出した。
そして,陸域では,債務者は,まず,変動地形学的調査を実施し,網羅的な空中写真判読に航空レーザー測量等を併用して,本件敷地周
辺の変動地形・リニアメント(断層活動等に伴う変動地形の可能性のある地形)を抽出した。その上で,債務者は,文献調査及び変動地形学的調査により活断層又は変動地形・リニアメントの可能性があるとされた地形については,更に地表踏査を行い,トレンチ調査,ピット調査,ボーリング調査,剥ぎ取り調査,反射法地震探査といった手法を組み合わせて,後期更新世以降(約12~13万年前以降)に堆積した地層における断層活動の痕跡の有無を確認し,変位・変形が確認できた場合は後期更新世以降に断層活動があったものと評価した。他方,海域では,債務者は,まず,地質調査所(現国立研究開発法人産業技術総合研究所)及び海上保安庁等が過去に実施した海上音波探査のデータの評価を行った。そして,債務者は,本件原発から半径
5kmの海域及び本件敷地に影響を与える可能性のある断層等が確認された海域については,海上ボーリング調査により,海域に堆積している地層の年代と深度を把握した上で,海上音波探査を行い,後期更新世以降の地層における断層活動による変位・変形の有無を確認した。(エ)

震源断層長さの評価(乙58・34頁~50頁,同添付資料4,6
2)
a
FO-A断層及びFO-B断層は,本件原発の北側の若狭湾内に
北西から南東方向に延びる断層である。FO-A断層は,既存文献(海上保安庁水路部(1980)5万分の1沿岸の海の基本図若狭湾西部,活断層研究会編(1991)新編日本の活断層)では長さ18kmとされていた(乙5・添付書類六・6-3-74頁)。また,FO-B断層は,既存文献には記載がなかった。FO-A断層及びFO-B断層については,海上音波探査の結果,年代の古い地層ほど変位量が大きくなっていたことから,これらの断層は後期更新世より前から繰り返し活動し,断層活動によって生じるずれが
蓄積されてきたと考えられた。そこで,債務者は,後期更新世以降の断層活動の痕跡がないことが明確に確認できる箇所を断層の端部として,その断層長さをそれぞれ約24km及び約11kmと評価した上で,断層の走向がいずれも北西-南東方向であること等,特徴が類似していることから両断層は同時活動するものとし,FO-A~FO-B断層として,その長さを約35kmと評価した。熊川断層は,FO-A~FO-B断層の南東側の陸上に西北西か

ら東南東方向に延びる断層である。熊川断層は,既存文献(活断層研究会編(1991)新編日本の活断層,岡田篤正・東郷正美編
(2000)近畿の活断層)では長さ9km又は12kmとされていた(乙5・添付書類六・6-3-19頁)。債務者は,反射法地震探査や地形・地質の状況から,その長さを約14kmと評価した。
そして,債務者は,Wesnousky(2006)の知見及び断層間の地質構造の調査等に基づき,互いに約15km離れているFO-A~FO-B断層と熊川断層が連動することはないと評価したものの,本件適合性審査の過程で原子力規制委員会から両断層の連動破壊を否定することは難しいと指摘されたことを受けて(乙38の2・15

頁),両断層が連動する震源断層モデルを設定し,このFO-A~FO-B~熊川断層の長さを63.4kmとした。b
上林川断層は,本件原発の南西側の陸域に位置し,北東から南西
方向に延びる断層である。上林川断層は,既存文献(地震調査研究推進本部地震調査委員会(2005)三峠・京都西山断層帯の長期評価について)では長さ約26kmとされていた(乙5・添付書類六・6-3-32頁)。債務者は,変動地質学的調査により確実に活断層が存在しないと確認できる地点を両端とした結果,同断層の長さを39.5kmと評価した。
(オ)
a
震源断層幅の評価
断層傾斜角
本件原発の位置する若狭湾付近は,圧縮方向が東西の圧縮応力場
であり(乙62・10頁,11頁),FO-A~FO-B~熊川断層と上林川断層はいずれも,圧縮応力場の圧縮方向から見て斜め横方向に走向しているから,一般的に横ずれ断層が形成される場合に当たる。そして,横ずれ断層の場合,一般的に断層傾斜角は,ずれ
による抵抗が最も小さい90°になると考えられ(甲8・4頁),国立研究開発法人産業技術総合研究所の活断層データベースにおいても,各断層とも断層傾斜角90°の横ずれ断層とされている(乙68)ことからも,債務者は,各断層とも断層の傾きが90°(断層面が鉛直)であると評価した。

b
地震発生層の上端深さ
内陸地殻内地震はP波速度約6.0km/s以上の地層で発生す
るとされていることから,債務者は,まず,文部科学省の大都市大震災軽減化特別プロジェクトにおける地下構造探査及び川里ほか(2007)における地震波速度トモグラフィによる検討等の既往の
研究成果と,債務者の行った地震波干渉法及び微動アレイ観測による地盤の速度構造の解析結果に基づいて,上端深さを4kmと評価し,更に若狭湾周辺地域における地震発生層に関する廣瀬・伊藤
(2006)等において,P波速度5.8km/sの層の上端が深さ3.3km程度と示されていることに鑑み,より一層の保守的な評価と
いう観点から,地震発生層の上端深さを3kmとして地震動評価を行うこととした(乙70)。
c
地震発生層の下端深さ
気象庁一元化震源の震源データを基に,本件原発から半径100

km以内で発生した約5万9000個の微小地震について統計的に評価すると,D90(その値より震源深さが浅い地震の数が全体の90%となる深さ)は約14.2kmであるところ,伊藤・中村
(1998)によれば,D90は地震発生層の下限より2~3km浅いとされていることから,債務者は,地震発生層の下端深さを18kmと設定した(乙57・59頁~62頁。なお,債務者はD90の値を約15kmとしているが,同61頁の表によれば上記認定の値
である。)。
d
断層幅
以上のとおり,債務者は,本件敷地周辺の地震発生層について,
上端深さを3km,下端深さを18kmとし,FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層の断層傾斜角をいずれも90°として,
これらの震源断層の幅を15kmと評価した。

敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の評価
(ア)

評価方法
検討用地震の地震動評価は応答スペクトルに基づく地震動評価

及び断層モデルを用いた手法による地震動評価による。審査ガイ
ドでは,震源が評価対象地点に近く,その破壊過程が地震動評価に大きな影響を与えると考えられる地震については,断層モデルを用いた手法による地震動評価を重視すべきであるとされている(審査ガイドⅠ.3.1(2))ことに鑑み,債務者は,震源が本件原発に近
い(等価震源距離11.0km)FO-A~FO-B~熊川断層による地震については,断層モデルを用いた手法による地震動評価を
重視することとし,同断層の応答スペクトルは,断層モデルを用いた手法による地震動評価の妥当性を検討するために用いるものとした(乙5・添付書類六・6-5-11頁,6-5-12頁)。

(イ)

応答スペクトルに基づく地震動評価
債務者は,FO-A~FO-B~熊川断層による地震について,9種類の距離減衰式を用い,かつ断層傾斜角90°のケースに加えて75°のケースも検討して地震動を評価した。また,上林川断層による地震については,距離減衰式として耐専式を用いて地震動を評価した(乙5・添付書類六・6-5-11頁,6-5-12頁,6-5-37頁,57・64頁,65頁)。
(ウ)

断層モデルを用いた手法による地震動評価
断層モデルを用いた手法による地震動評価の具体的な評価手順

は,本件各検討用地震につき,①レシピ等を参照して各種の震源断層のパラメータを設定して,震源断層のモデル化を行った上で,②震源から敷地までの地域性を評価し,③地震波が到達する時間差を考慮した波形合成を行うというものである(前記第2の2(6))。
a
震源断層のモデル化(前記手順①)(乙5・添付書類六・6-5-9頁~6-5-11頁)
債務者は,まず,レシピ等を参照して,次のとおり検討用地震ご

とに震源断層のパラメータを設定し,震源断層をモデル化した。
FO-A~FO-B~熊川断層による地震については,断層の長
さを63.4km,断層の幅を15kmと評価したのは前記ア(エ)及び(オ)のとおりである。その上で,レシピ(ア)の方法を用いて,順次,地震モーメント(M₀),短周期レベル(A),アスペリティ面
積(Sa),震源断層全体の応力降下量(Δσ),アスペリティ部分の応力降下量(Δσa),破壊伝播速度(Vr),すべり量(D)等の震源断層のパラメータを求めたが,その際,短周期レベルについては,レシピ平均とする基本ケースに加えて,新潟県中越沖地震の知見を踏まえてレシピ平均の1.25倍又は1.5倍とするケー
ス,断層傾斜角については,調査結果及び既往の知見から90°とする基本ケースに加えて,75°として震源断層をより広面積かつ本件敷地に近づけるケース,すべり角については,調査結果に基づき0°とする基本ケースに加えて,30°とするケース,破壊伝播速度については,レシピに基づき0.72βとする基本ケースに加えて,既往の知見を参考に0.87βとするケース,アスペリティ配置については,基本ケースに加えて,ひと塊にして配置するケー
スを設定し,破壊開始点は,本件敷地から遠い位置において評価地点での地震動が大きくなるようにした。
上林川断層による地震については,断層の長さを39.5km,
断層の幅を15km,断層傾斜角を90°,すべり角を180°と評価し,短周期レベルについては,レシピ平均とする基本ケースに
加えて,新潟県中越沖地震の知見を踏まえてレシピ平均の1.5倍とするケース,破壊伝播速度については,レシピに基づき0.72βとする基本ケースに加えて,既往の知見を参考に0.87βとするケースを設定した。
b
地域性の評価(前記手順②)
断層モデルを用いた手法による地震動評価では,震源断層面
からの地震波が評価地点に伝わることにより評価地点に生じる地震動を評価することから,震源から敷地までの地域性(地震波の伝播特性及び地盤の増幅特性(サイト特性))を評価することが必要と
なる(乙1・242頁,248頁,40・73頁)。
地震波の伝播特性のうち,幾何減衰(震源から遠ざかるほど地震
波の振幅が減少すること)は,震源として考慮する断層の位置から定まる(乙40・73頁)。また,内部減衰(伝播の過程で地震波のエネルギーの一部が摩擦熱等に変換されることで若干小さくなる
こと)については,佐藤ほか(2007)の知見をもとに,Q値(地震波が伝播する媒介におけるエネルギーの減衰特性を示す値)を50f1.1と設定した(乙5・添付書類六・6-5-35頁,40・75頁)。
次に,地盤の増幅特性(サイト特性)については,債務者はボー
リング調査により地表面近くの浅部地盤の特徴を調査した上で,PS検層及び試掘坑弾性波探査により,本件敷地浅部にP波速度が約
4.3km/s,S波速度が約2.2km/sの硬質な岩盤が広がっていることを確認し,また反射法地震探査によって,本件敷地の地下に,地層の極端な起伏等の地震波の伝播に影響を与えるような特異な構造が認められないことを確認した。さらに,地震波干渉法及び微動アレイ観測による観測結果の解析や,地震発生層の上端深
さを3kmとしたことを踏まえて,本件敷地の地盤の速度構造モデルを設定した(乙5・添付書類六・6-5-7頁,6-5-8頁,70)。
c
波形合成(前記手順③)(乙1・252頁,5・添付書類六・6-5-12頁)

断層モデルを用いた手法による地震動評価では,震源断層の
パラメータ(前記手順①)と,伝播特性及び地盤の増幅特性(サイト特性)の評価結果(前記手順②)を用いて,震源断層面上の各要素面からの地震波によって生じる評価地点での小さな地震動を,評価地点に次々到達することによる時間差を考慮して重ね合わせる作
業(波形合成)が必要となる。債務者は,この波形合成の方法として,統計的グリーン関数法等を用いることとし,地震動評価を行った。

震源を特定せず策定する地震動の評価
震源を特定せず策定する地震動の評価は,震源と活断層を関連づ
けることが困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録に基づいてなされる(設置許可基準規則解釈別記2第4条5項3号)。
債務者は,加藤ほか(2004)から,過去の内陸地殻内地震の観測記録等に基づく応答スペクトルを採用した(乙5・添付書類六・6-5-13頁,45)。

また,債務者は,審査ガイドに例示されている16地震(乙10・8頁)のうち,本件敷地周辺の地盤との比較等を考慮して鳥取県西部地震及び北海道留萌支庁南部地震を選定し,それらの観測記録からそれぞれ応答スペクトルを設定した。なお,いずれの地震についても,その震源周辺の地盤より本件敷地の地盤の方が硬いことが分かっているが,より
保守的に評価するため,地盤の特性による補正等は行わないこととした(乙5・添付書類六・6-5-13頁~6-5-15頁,57・123頁~129頁,80)。

本件基準地震動の策定
基準地震動Ss-1は,応答スペクトルに基づく地震動評価(前
記イ(イ))の結果を踏まえて,耐専式により評価した応答スペクトルを上回るように策定したものである。最大加速度は700ガル(水平方向)である(乙5・添付書類六・6-5-15頁,6-5-125頁,6-5-126頁,57・130頁,141頁)。

基準地震動Ss-2ないし17は,FO-A~FO-B~熊川断層による地震(全64ケース)及び上林川断層による地震(全18ケース)に係る断層モデルを用いた手法による地震動評価(前記イ(ウ))の結果のうち,基準地震動Ss-1の応答スペクトルを上回るケースから16ケースを,それぞれ基準地震動Ss-2~Ss-17として策定し
たものである。最大加速度は,水平方向が基準地震動Ss-4(EW方向)の856ガル,鉛直方向が基準地震動Ss-2の583ガルである(乙5・添付書類六・6-5-15頁,6-5-16頁,6-5-134頁~6-5-136頁,57・131頁,141頁)。
基準地震動Ss-18及び19は,震源を特定せず策定する地震動(前記ウ)のうち,Ss-1の応答スペクトルをある周期で上回った鳥取県西部地震及び北海道留萌支庁南部地震に基づく応答スペクトルを,
それぞれ基準地震動Ss-18及びSs-19として策定したものである(乙5・添付書類六・6-5-16頁,6-5-137頁~6-5-139頁,57・132頁,141頁)。

本件基準地震動の年超過確率
設置許可基準規則解釈は,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動及び震源を特定せず策定する地震動について,それぞれが対応する超過確率を参照し,それぞれ策定された地震動の応答スペクトルがどの程度の超過確率に相当するかを把握することとしている(設置許可基準規則解釈別記2第4条5項4号)。設置許可基準規則及び設置許可
基準規則解釈のパブリックコメントにおける原子力規制委員会の説明によれば,超過確率を参照することにより,策定された地震動に必要な震源や不確かさが適切に考慮されていること等について,ハザード評価の観点からも明確化することが可能となる(乙83・65頁,66頁)。債務者は,本件基準地震動を超える地震動が発生する可能性を評価す
るため,一般社団法人日本原子力学会の原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準:2007(乙82)を用いて,本件原発の一様ハザードスペクトル(地震動の年超過確率を示した応答スペクトル)を作成し,この一様ハザードスペクトルと本件基準地震動の応答スペクトルを比較したところ,本件基準地震動の年超過確率は10-4~
10-6程度となった(乙5・添付書類六・6-5-16頁~6-5-19頁,6-5-171頁~6-5-176頁,57・161頁~163頁)。

レシピの修正
レシピの記載は,平成28年12月9日,次のとおり修正された(甲8,41)。

(ア)
a
レシピ冒頭部分
修正前の記載
なお,上記の「レシピは,個々の断層を個別に取り上げて,
詳細に強震動評価をする上で参考となるレシピと位置づけられ
る。一方,約100余りの主要活断層帯で発生する地震の強震動を一括して計算するような場合,レシピに基づきながらも,一部

の断層パラメータの設定をやや簡便化した方法が作業上有効と考えられるので,それも併せて掲載する。」
b
修正後の記載
この「レシピは,個々の断層で発生する地震によってもたら
される強震動を詳細に評価することを目指している。但し,日本各
地で長期評価された多数の活断層帯で発生する地震の強震動を一定以上の品質で安定的に計算するために,地表の活断層長さ等から地震規模を設定する方法も併せて掲載する。ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらさ
れる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。」
(イ)
a
レシピ(ア)の方法の表題部
修正前の記載
(ア)過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合や詳細な調査結果に基づき震源断層を推定する場合b
修正後の記載
(ア)過去の地震記録や調査結果などの諸知見を吟味・判断して震源断層モデルを設定する場合
(ウ)
a
レシピ(イ)の方法の表題部
修正前の記載
(イ)地表の活断層の情報をもとに簡便化した方法で震源断層を推定する場合
b
修正後の記載
(イ)長期評価された地表の活断層長さ等から地震規模を設定し震源断層モデルを設定する場合
(2)

本件基準地震動の策定について
以上認定したところによると,①債務者が各種の調査に基づき断層の長
さを評価した結果,3連動させる前のFO-A断層及び熊川断層,並びに上林川断層については,それぞれ既存文献記載の断層長さよりも長く評価されていること(前記(1)ア(エ)),②FO-A~FO-B~熊川断層を3連動させたこと(同),③一般に断層幅を正確に評価し得るかについては争いがあるものの,本件では一応詳細な調査に基づいて断層幅が設定され
ていること(前記(1)ア(オ)),④垂直又は垂直に近いとされている本件各断層につき断層傾斜角75°のケースも想定しており,その分断層面積の値は大きくなること(前記(1)イ(イ)及び(ウ))などからすれば,震源断層面積の値については過小性を回避するための方策が重畳的にとられているというべきであり,入倉・三宅式に代入する値として合理性がないとはいえ
ない。さらに,⑤短周期レベル,すべり角,破壊伝播速度,アスペリティ配置等の他の震源断層のパラメータについても,保守的に評価をしたり,不確かさを考慮したケースとして複数のケースを想定して計算したりしていること(前記(1)イ~エ),⑥本件基準地震動の年超過確率を求めることにより,不確かさの考慮が適切であったかについて,異なる観点からも検討されていること(前記(1)オ)なども併せて考慮すると,本件基準地震動の策定過程においてレシピ(ア)の方法の適用方法が適切でなかったとまではいえない。
(3)

債権者の主張について
レシピ(ア)の方法を使用したことによる過小評価のおそれについて(ア)

レシピ(ア)の方法の問題点
債権者は,垂直又は垂直に近い断層についてその地震動を事前に予
測する場合に,入倉・三宅式を用いて地震モーメントを求めると,得られる地震モーメントの値が過小評価となるところ,本件基準地震動は入倉・三宅式を用いるレシピ(ア)の方法によって計算されているため,地震動の過小評価のおそれがある旨主張する。
確かに,地震モーメントを求める各関係式の比較(甲1の1・3頁~5頁,甲2・6頁。なお,債務者は,変形された入倉・三宅式では比較に適さない旨反論するが,比較のため便宜的に断層幅と断層傾斜角の数値を固定したことには一応の合理性が認められる。)に照らせば,垂直又は垂直に近い断層について,断層長さから断層面積を求め
て入倉・三宅式を適用した場合,同じ断層長さから直接地震モーメントを求める他の関係式に比して小さい地震モーメントの値が得られる可能性があることは否定し得ないところである。しかしながら,そもそもそれぞれの関係式の成り立ちが異なっているため,各関係式に代入すべき断層長さの値も一律ではないこと(甲1の1・71頁,5・
6頁,乙96・6頁~9頁)や,入倉・三宅式が熊本地震の震源インバージョン結果と矛盾しなかったこと(乙78・1頁,2頁)に照らすと,同一の値を代入した場合に地震モーメントの値が相対的に小さく算定され得るという点をもって入倉・三宅式の瑕疵とみるのは相当でなく,同式の成り立ちに即した適切な値を代入する限り,同式によって得られる地震モーメントの値は合理性を有するものと考えられる。また,前記(1)カ認定のとおり,修正レシピにおいても,入倉・三宅式を使って地震モーメントを求めるレシピ(ア)の方法が削除又は訂正されることはなかったのであるから,強震動予測の手法としてのレシピ(ア)の方法の合理性は,修正レシピによっても否定されていないというべきである。

(イ)

レシピ(ア)の方法に内在する不確かさないし過小評価のおそ

れの考慮
もっとも,入倉・三宅式に代入すべき適切な震源断層面積の値を得ることが容易でないという点でレシピ(ア)の方法が安定性を欠いているのは,地震調査委強震動評価部会において,本件設置変更許可以前に既に問題提起されていた(甲6,7・3頁~10頁)とおりである。そして断層モデルを用いた手法による地震動評価に当たって
は不確かさの考慮が要請されている(設置許可基準規則解釈別記
2第4条5項2号)のであるから,レシピ(ア)の方法に内在する不確かさ,すなわち入倉・三宅式に適切な値を代入しなかった場

合に生じる地震モーメントの過小評価のおそれが,本件基準地震動の策定において適切に考慮されかつ対処されているかは,まさに本件適合性審査において審査されるべき対象であるといえる。
そもそもレシピ(ア)の方法の安定性が問題視される主たる理由は,地震調査委強震動評価部会における議論によれば,震源断層面積の前
提となる地中の震源断層の長さ及び震源断層の幅を正確に知り得ないのではないかという点にある(甲5・2頁~6頁,7・5頁)。そうだとすると,この不確かさは,震源断層の長さ及び幅につき保守的に評価することにより補い得るといえ,事前推定した震源断層面積が,評価の保守性の程度のいかんを問わず常に,入倉・三宅式に代入すべき震源断層面積より有意に小さくなるという論理的必然性はない。そして,震源断層面積が過小評価とならないためにどの程度の評価の保守性が求められるかについて客観的基準はないものの,前記(2)のとおり,本件では,各種調査とそれに基づく評価結果や,断層傾斜角につき断層面積を大きくする方向に評価したケースの設定などに照らし,震源断層面積の評価の過小性を回避するための方策が一定程度とられ
ているといえる。
これに対し,債権者は,震源断層の長さ及び幅についての債務者の評価は,特段保守的とはいえない旨主張する。しかしながら,前記(1)ア(イ)認定のとおり,本件敷地周辺は比較的硬い岩盤が分布し,かつ活断層が繰り返し活動したため断層活動の痕跡が地表に現れている地域
であり,債務者は,断層活動の痕跡がないことが明確に確認できる箇所を断層の端部としているのであるから,地中の震源断層の形状を直接把握することはできないとしても,まずは地表の痕跡からうかがい知ることのできる限度で保守的な評価がなされたということができる。そして,一般に地表の痕跡が確認できないところにも地中の震源断層
が延びている可能性が否定できないこと,FO-A~FO-B断層と熊川断層が同様の運動センスを示していることなどから,両断層が連動する可能性があることを更に考慮して,3連動として評価することになったものと認められる(甲73・70頁・島﨑委員発言,74,75,79・13頁,14頁・岡村眞氏発言)。そうすると,特にレ
シピ(ア)の方法による過小評価のおそれを考慮していたわけではないとしても,震源断層の長さを正確に評価するための3連動という処理は,過小評価のおそれを低減させる保守性とみるべきである。
また,地震発生層の下端の深さは,D90(乙71・19頁,23頁,28頁),D90より2~3km深い(乙57・61頁),せいぜい15~20kmまで(乙8・22頁)などとされており,D90が14.2kmのときに下限深さ18kmと評価するのであれば,大きい方に寄せた値であるといえる。地震発生層の上端の深さについては,地震発生層以浅のすべりも地震モーメントに寄与することがあるから,規模の大きな地震の強震動評価では震源断層モデルの上端を0kmと設定する方が妥当であるとの見解(甲101),地震発生層を
D95から地表までとしても大半が過小評価であるとの指摘(甲102・2.4-1頁)などもあるが,これらを前提としても,本件敷地周辺のD95は半径30~100km以内で14.6~15.2kmである(乙57・61頁)ことからすると,債務者が上端深さ3kmを前提に断層幅15kmと設定したのが明らかに過小評価であるとま
ではいい難い。地震発生層の上端・下端の評価方法については,上端を地表まで拡張する,又は下端をより深くするというような観点から議論されているものの,確立された専門的知見が存するとはいい難く(甲5・2頁,3頁,33),現状において債務者が,上端深さ3km,下端深さ18kmを前提に断層幅15kmと評価したことは,特
に保守的といえるかどうかはともかく,それ自体が過小評価であるとまではいえないというべきである。
なお,債務者が,震源断層面積の保守的な設定に加えて,その他の震源断層のパラメータについても複数のケースを設定するなどして不確かさを考慮していることは前記のとおりであるが,そのうち短周期
レベルについて付言すると,新潟県中越沖地震では複数の要因が影響して平均の1.5倍となったものと分析されており(乙49・2頁,3頁,50・別紙2・4頁目),本件で同様の要因がそろっているわけではないにもかかわらず短周期レベルをレシピ平均の1.5倍とするのであれば,不確かさを考慮した保守的な評価というべきである。以上によれば,本件基準地震動の策定過程において,レシピ(ア)の方法を用いることによる過小評価のおそれが一定程度考慮されてい
るといえる。

レシピ(イ)の方法を使用しなかったことについて
債権者は,レシピ(ア)の方法による過小評価の問題を解消ないし低減させるため,平成28年12月のレシピ修正を受けて,レシピ(イ)
の方法の計算手法と計算結果を吟味・判断した上で基準地震動を策定する必要があったにもかかわらず,本件適合性審査においてレシピ(イ)の方法の計算手法と計算結果の吟味・判断は行われていないから,本件適合性審査は不合理である旨主張する。
しかしながら,修正レシピにおいてレシピ(イ)の方法の併用を示唆
するのは,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましいとの部分であるところ,同修正案についての事務局説明においても,レシピ(イ)の方法の併用は例えば,併せて(イ)の方法についても検討して比較するなどと例示されるにと
どまっており(甲62・8頁),かつ同修正案は内容や意義が正しく伝わらないかあるいは誤解される恐れのある表現の微修正・補足であって内容は改定しないものと位置付けられている(甲54・1頁)。なお,修正に先立つ地震調査委強震動評価部会においては,レシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法の位置付けを抜本的に整理するには3年程
度かかることを前提として,暫定的にレシピの表現を修正する場合に,レシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法を併用させるのであれば二つの異なるモデルができるのをどのように整理するかにまで留意して表現を修正すべきではないかという問題も指摘されていた(甲7・8頁)。これらの経緯を踏まえると,地震調査委強震動評価部会は,レシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法を併用ないし単一のフローに収れんさせた場合の具体的処理はレシピの内容の改定にわたるものとして更なる議論にゆだねることとし,平成28年12月時点では既存の内容の適切な理解・判断のための表現修正の限度で,レシピ(ア)の方法を使用する場合にも不確かさを考慮してレシピ(イ)の方法を適宜参照する可能性を示唆するにとどめたと解するのが相当であって,修正レシピ冒頭
の上記文言をもってレシピ(ア)の方法とレシピ(イ)の方法との併用を要求する趣旨であると読むことは困難である。
以上によれば,レシピ(ア)の方法を使用して策定した本件基準地震動についての本件適合性審査において,原子力規制委員会の判断が不合理な点があった,又はその調査審議ないし判断の過程に看過し難い過誤,欠落
があったとの認定をすることはできないから,本件原発が安全性を欠き,債権者の生命,身体に直接的かつ重大な被害が生じる具体的な危険が存在することについて,疎明されたとはいえない。
第6結論
よって,本件申立ては,その余の点について判断するまでもなく,被保全
権利が認められず,理由がないから,これを却下することとし,主文のとおり決定する。
平成31年3月28日
大阪地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官

北川清
裁判官

谷口哲
裁判官

田中い也ゑ奈
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