判例検索β > 平成29年(ワ)第3973号
損害賠償等請求事件 特許権 民事訴訟
事件番号平成29(ワ)3973
事件名損害賠償等請求事件
裁判年月日令和元年7月4日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-07-04
情報公開日2019-07-11 12:00:29
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令和元年7月4日判決言渡

同日原本受領

平成29年(ワ)第3973号
口頭弁論終結日

裁判所書記官

損害賠償等請求事件

平成31年3月26日
判原決告
株式会社アイエスティー

同訴訟代理人弁護士

服被
ハリマ化成株式会社

告部弘昭
同訴訟代理人弁護士

摩洋平同杉原悠介同古川和典
同訴訟復代理人弁護士

播永野周志主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は,原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
主位的請求
被告は,原告に対し,4500万円及びこれに対する平成28年6月21日
から支払済みに至るまで年6分の割合の金員を支払え。
2
予備的請求
被告は,原告に対し,4500万円及びこれに対する平成28年6月20日
から支払済みに至るまで年5分の割合の金員を支払え。
第2

事案の概要

本件は,原告が被告に対し,主位的に,特許権等の専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書に係る契約に基づき,実施料(一時金)4500万円及びこれに対する契約成立から60日が経過した後である平成28年6月21日か
ら支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに,予備的に,被告が上記契約の停止条件を成就させる意思がないのに,本件契約を締結してノウハウ等を詐取した旨主張して,不法行為に基づき,損害の賠償及びこれに対する不法行為の後である同月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。
1
前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の各証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実)
(1)当事者等

原告は,蛍光色素の研究,開発及びその技術指導,蛍光色素の製造,輸
出入及び販売等を目的とする株式会社である(甲1)。

原告の代表取締役(以下原告代表者という。)は,学校法人中村産
業学園が設置する九州産業大学の教授である。その専攻分野は有機化学,生物化学であり,生体分子を標識可能な新規蛍光試薬の開発と実用化を研究テーマとしている。また,原告代表者は,原告の過半数の株式を保有している(乙38)。ウ
被告は,平成24年10月1日に下記ハリマ化成グループからの会社分
割により設立された天然樹脂,合成樹脂等の製造,加工,売買及び輸出入,工業所有権,ノーハウ等の無体財産権の取得,譲渡及び提供等を目的とする株式会社である(甲3)。

ハリマ化成グループ株式会社(以下ハリマ化成グループという。)
は,上記ウと同じ事業を目的とする株式会社である。なお,同社は,元々ハリマ化成株式会社という商号の会社であったが,持株会社化するに当たり,現在の商号に変更された。同社は被告の完全親会社である(甲2)。

訴外P1は,被告の研究開発カンパニー長,研究開発センター長,新規
事業企画開発部長等を務めており,平成28年4月1日以降,同部長に代わり知財戦略部長を務めていた。また,P1は,ハリマ化成グループの常務取締役兼常務執行役員でもあった。

なお,被告ではカンパニー制が採用されており,研究開発カンパニーはカンパニーの1つであり,その下位の組織として,研究開発センター,新規事業企画開発部,知財戦略部等があり,
同センターには筑波研究所等が設けられていた
(乙8,
11)


訴外P2は,被告の研究開発センターの筑波開発室長兼新規事業企画開
発部長を務めていた。

訴外P3は,被告の研究開発センターの筑波研究室のテーマリーダーを
務めていた。
(2)原告における蛍光色素の研究・開発と特許出願等

原告代表者は,蛍光色素に関する研究をし,別紙本件契約の対象特許
記載①ないし⑫の特許に係る発明(以下,同別紙⑬に係る発明を含め本件発明と総称する。)をし,同別紙記載のとおり,自ら又は特許を受ける権利を承継して,同別紙に特許権者として記載されている者が,その発明に係る特許(以下,同別紙記載の各特許をその番号により本件特許①などという。)を出願し,特許登録を受けた(乙15ないし26)。


原告代表者ほか2名は,次の特許に係る発明(以下乙27発明とい
う。)をし,平成27年4月6日,原告,学校法人中村産業学園及び福岡県は,次の特許の出願をした(乙27)。
出願番号

特願2015-77891号

発明の名称
公開日


蛍光色素

平成28年11月24日

蛍光色素に関し,本件特許⑧の明細書(甲22)には,次のように記載
されており,他の特許の明細書や乙27発明に係る特許出願に係る公開特許公報にも同様の記載がある(乙15ないし27)。
(ア)技術分野(【0001】)
本発明は,核酸,タンパク質,ペプチド類,そして糖類等の生体分子の検出に用いる蛍光色素であって,固体状態で発光し,水溶性を有する蛍光色素及びそ
の製造方法に関する。
(イ)背景技術
近年,ヒトゲノムの全容が明らかにされ,遺伝子治療,遺伝子診断などを目的としたポストゲノム研究が盛んに行われている。例えば,DNA解析は,DNAマイクロアレイ基盤上に固定されたプローブDNAと,蛍光色素等で標識されたサンプルDNAとをハイブリダイズさせて二本鎖を形成させ,サンプルDNAの検出を行っている。これは蛍光色素で標識した核酸をPCR伸長し,基盤上でハイブリダイゼーションを行った後に測定する手法である。最近では,より多くのアミノ基を有するプライマーを用いた手法,にアミノ基を導入する手法がとられている【0002】。DNA



標識には,蛍光色素が広く使用されており,高い蛍光強度を有すること,乾燥状態(固体状態)でも発光すること,そして水溶性を有することなどが要求されている。蛍光色素としては,例えば,Cy3やCy5が使用されている…(【0003】)。(ウ)発明が解決しようとする課題(【0004】)
しかしながら,乾燥状態でも発光する蛍光色素は油溶性であり,水溶性が
低いという問題がある。そのため,試料溶液に蛍光色素が十分溶解することができず,標識率が上がらない結果,十分な蛍光強度が得られないという問題があった。(エ)課題を解決するための手段(【0005】)
上記の課題を解決するため,本発明者は鋭意努力した結果,アゾール誘導体又はイミダゾール誘導体から成る有機EL色素に窒素カチオン含有基を導入する
ことにより,蛍光色素の水溶性を向上させ,標識時の蛍光強度を大幅に向上させることが可能なことを見出して本発明を完成させたものである。…
(オ)発明の効果(【0021】)
本発明の蛍光色素は,共役系を有し,1種以上のヘテロ原子,セレン原子又はボロン原子を含むアゾール誘導体又はイミダゾール誘導体から成る有機EL色
素であり,リンカーを介して結合した窒素カチオン含有基を有する。その高い水溶性により,生体分子に対する標識率を向上させることができ,高感度の生体分子の
検出が可能となる。
これにより使用する標識色素の量を大幅に低減できることから,
標的分子の検出費用を大幅にコストダウンすることも可能となる。また,
有機EL色
素は固体状態(固体及び半固体を含む)で高い量子収率を有しているので,マイクロアレイなどの基盤上,もしくはビーズ上の乾燥状態でも高い蛍光強度を与える。また,有機EL色素はCy3やCy5に比べ安価であるので,より低コストで生体分子の検出を行うことができる。
また,
有機EL色素の置換基を変えることにより励起波
長及び発光波長を変化させることができるので,
蛍光波長の選択の自由度が増加し,
レッド,オレンジ,イエロー,グリーン,ブルーなど多くの蛍光波長を用いることができる。これにより,ストークスシフトの大きい(励起波長と蛍光波長の差が大
きい)2種以上の蛍光色素を用いることが可能となり,一つの試料中に含まれる複数の標的核酸を同時に検出することも可能となる。また,Cy3やCy5は冷凍保存する必要があるのに対し,
有機EL色素は化学的に安定であり,
常温での長期保存に耐
えることができるので,取り扱いが容易である。

蛍光色素には,ディスプレイや照明,蛍光インク,太陽電池の波長変換
材料,蛍光塗料等の工業用分野での用途や,メディカル・バイオ分野での蛍光標識試薬(病院等の診療機関において蛍光色素を体外診断材料等として用いる臨床診断試薬や,大学等の研究機関における生命化学分野の研究用試薬)での用途があるといわれている。

原告は,原告代表者が開発した蛍光色素を使用したFluolidという名
称の蛍光試薬(以下原告製品という。)を第三者に製造委託し,これを販売している。原告製品には,
Fluolid-W,
Fluolid-N,
Fluolid-PW,
FluolidPM,Fluolid-PMsという品名又は品番が付されたものがあり,それぞれの製品について発色する色に応じて,その品名又は品番の後に,Green,Yellow,Orange,Redという発色名が付されている。

なお,原告製品は,本件特許⑧に係る発明の技術的範囲に属する。(3)原告と被告及びハリマ化成との関係


原告とハリマ化成株式会社(これは当時の商号であり,現在のハリマ化
成グループ。以下ハリマ化成という。)は,平成17年頃から,蛍光色素に係る製品の共同開発について協議し,原告が既に独自で開発を実施していた生体分野を除く分野について共同開発契約を締結するなどしていたが,平成26年頃から,医療バイオ分野における共同研究や業務提携等について協議を開始した(甲29,乙2,3)。

原告と被告は,平成27年12月7日,原告が開発した蛍光色素につい
て,蛍光色素の事業化に関する協業の可能性を検討するに当たり,開示側当事者から受領側当事者に開示される一切の技術的,営業的情報の取り扱い及び管理の条件について定めることを目的とする秘密保持契約
(以下
本件秘密保持契約
という。

を締結した。この契約で取扱いが定められた情報は,分子生物分野,診断薬分野などをはじめとする工業製品分野における,原告が開発している蛍光色素及びその用途全般に係る技術に関するものである(甲42,乙4)。

原告と被告は,平成28年4月22日付けで,下記(ア)ないし(サ)の内容

特許権等の専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書
を作成して,
その契約書に係る契約(以下本件契約といい,各条項を本件契約第○条などと表記する。)を締結した。なお,原告代表者が前記契約書に押印したのは同年5月7日とされるが,原告と被告は,同年4月22日をもって本件契約の締結日としている(甲5,乙1)。

(ア)前文
原告は,蛍光色素に関する研究を長年行い,多大なノウハウと技術を確立している。
被告は,
原告の蛍光色素に関する技術を応用した事業
(以下
本件事業
という。)を独占的に推進することを目指している(以下事業目的という。)。原告は,被告の事業目的達成のために,被告に対して原告の所有する本件事業に関
連する特許権等(注:本件契約第1条に定義されており,日本国における特許法に規定する特許権及び外国におけるこれに準じた権利等を含むものである。)に専用
実施権及び仮専用実施権の設定を許諾し,被告は,原告に対して当該専用実施権及び仮専用実施権の設定に相当する対価を支払う。
上記の合意を確認するため,
原告・
被告間で以下の通り特許権の専用実施権設定に関する契約
(以下,
本項において
本契約という。)を締結する。
(イ)第2条第1項(専用実施権の設定)

原告は,被告に対し,原告及び原告の関係者…の所有に係る別紙本件契約の対象特許の①乃至⑬に定められる権利(①,②,⑪及び⑫の各特許の関連する外国特許を含む。以下本件特許権等という。)について,専用実施権を設定する。ただし,本契約において,本件特許権等の内,特許権等を受ける権利(注:本契約第1条に定義されており,日本国における特許法に規定する特許を受ける権利及び外国におけるこれに準じた受ける権利等を含むものである。)について,専用実施権を許諾する場合には,
専用実施権を仮専用実施権に読み替えるものとする。
(ウ)第3条(専用実施権の範囲)
専用実施権の範囲は次の通りとする。
①(地域)全世界

②(期間)本契約の有効期間
③(内容)本件特許権等を用いて,特許法第2条第3項で定義される実施
(エ)第4条(実施料)
被告は,本契約によって原告から許諾された専用実施権及び仮専用実施権の対価として,次のとおり原告に支払う。
①(一時金)

45百万円(4500万円)

②(実施料)

被告(グループ会社を含む。以下,本号において同様)

が,第三者(グループ会社を含まない。以下,本号において同様)に本件特許権等実施製品(以下本件製品という。)を販売した場合,及び第6条に基づき第三者に再実施許諾を行った場合,これらにより被告が支払を受けた販売代金(税別)
及び再実施許諾料(税別)の総額に5%を乗じて得られた金額。
③(支払時期)

…本条第1項第1号に定める一時金は,本契約が成立

してから60日以内に,次号の条件に従い,支払われるものとする。④(支払方法)Ⅰ
原告は,本条に定める一時金を原告の借入金の返済

原資として,弁済に充てるものとする。ただし,原告の借入先である日本政策金融公庫,及び原告代表者が自己の名で借入を行った先を除く他の借入先に対する弁済を優先するものとする。(以下略)
(オ)第5条第1項(保証)
原告は,被告に対し,本件事業に関する知的財産権は,本契約締結時点に
おいて,本件特許権等の他に存在しないことを保証する。
(カ)第10条第1項(秘密保持)
原告及び被告は,相手方から秘密情報である旨を表示して開示された情報(以下秘密情報という。)を秘密として保持し,本契約に関し知る必要のある役員,
従業員,
弁護士,
弁理士,
公認会計士又は税理士にのみ開示できるものとし,

事前に相手方の書面による承諾を得ることなく,それ以外の第三者(被告の完全親会社であるハリマ化成グループ,及び当該グループ会社は除く)に開示し又は漏洩しないものとする。ただし,被告は,本契約に定められた秘密保持等の義務を当該秘密情報の開示先へ負わせるものとする。
(キ)第12条(共同研究)
第1項

原告及び被告は,被告の事業目的を達成するために,共同研究を

行うものとする。当該共同研究によって生じた本件事業に関連する知的財産権,及び本件特許権等の改良発明によって生じた特許権等を受ける権利は,原告・被告の共有に帰属し,
その持分割合は均等とするものとする。
原告は,
当該持分について,
被告に対し,専用実施権を設定するものとする。(以下略)
第2項

(略)

第3項

原告及び被告は,本契約期間中又は本契約期間終了後1年間,本条に定
められる共同研究と同一又は類似した研究を自ら行い,又は第三者をして行わせてはならず,当該研究と同一又は類似した研究を第三者と行ってはならないものとする。本項において,同一又は類似した研究とは,本件事業に関係して原告が保有する蛍光色素技術を用いた研究に限定するものとする。ただし,被告が本条に定められる共同研究と同一又は類似した研究を自ら行う場合,第三者と行う場合,あるいは第三者をして行わせる場合,原告に対して実施料の支払の必要性及び料率について別途,協議することを条件とする。
第4項

本条の取り扱いについては,別途定める共同研究契約の条件に従うもの
とする。
(ク)第13条第1項(販売・製造)
本件製品の製造及び販売は,被告が独占的に行うものとする。ただし,被告は,原告に対して,原告が本件製品を本契約締結前までに事業として継続的に販売していた古河電気工業株式会社(以下古河電工という。)向けに別途定める製造委託契約によって製造を委託することができるものとする。

(ケ)第21条(契約期間)
第1項

本契約の有効期間は,本契約の締結日より開始し,すべての本件

特許権等の特許権等を受ける権利が拒絶,放棄,却下,取下げその他の事由により消滅した日,かつすべての本件特許権等の特許権等が存続期間の満了,放棄,異議申立て,無効その他の事由により消滅した日までとする。
第2項

前項に関わらず,本契約の有効期間中であっても,被告は,本件

特許権等の実施にあたる事業を中止したときは,事前通知によって中途解約できるものとする。
第3項

(略)

(コ)第22条第1項(解除事由)
原告又は被告は,相手方が本契約に定めるその他の義務に違反し,当該相手方の書面による履行催告を受領後30日以内経過後も当該違反が解消されないと
きは,書面による通知をもって本契約を解除することができ,かつこれにより生じた損害の賠償を違反当事者へ求めることができるものとする。
(サ)第25条(契約の一体性)
本契約は,第12条(共同研究)及び第13条(販売・製造)に定める共同研究契約,及び製造委託契約の締結を条件とする。

現在まで,本件契約第12条第4項の共同研究契約(以下,単に共同研究契約という。)及び第13条第1項の製造委託契約(以下,単に製造委託契約という。)は締結されていない。2
争点
争点1は主位的請求の原因,争点2及び3は主位的請求に対する抗弁,争点
4及び5は予備的請求の原因に係る争点である。
(1)被告が故意に本件契約第25条の停止条件の成就を妨げたか等(争点1)(2)本件契約第21条第2項による契約の中途解約(争点2)
(3)本件契約第22条第1項による契約の解除(争点3)
(4)被告に詐欺を理由とする不法行為が成立するか(争点4)

(5)被告の不法行為による原告の損害額(争点5)
第3
1
争点についての当事者の主張
争点1(被告が故意に本件契約第25条の停止条件の成就を妨げたか等)
(原告の主張及び主位的請求)
(1)主位的請求の原因

本件契約は,
第25条により,
共同研究契約及び製造委託契約
(以下
共同研究契約等という。)の締結を条件とする停止条件付契約とされているが,本件契約締結後,原告は,被告の求めに応じ,蛍光色素に関する技術情報及びノウハウ等を被告に開示しており,共同研究契約等を締結するのに何らの支障もなく,遅くとも平成28年6月20日までに,被告の意思表示があれば,共同研究契約等を締結することは可能な状態となっていた。

ところが,被告は停止条件が成就しないように,意図的に共同研究契約等の締結を回避し,
一時金の支払を免れようとしたのであり,
被告の行為は信義則に反する。
以上の経緯によれば,被告が故意に条件の成就を妨げたものとして,条件が成就したとみなされるべきであるし(民法130条),本件契約第25条の適用において,信義則上,共同研究契約等が締結されたのと同視されるべきである。イ
よって,原告は,被告に対し,本件契約第4条の定めに基づき,一時金
4500万円及びこれに対する本件契約が成立した日(平成28年4月22日)から60日が経過し,共同研究契約等が締結されたのと同視し得ることとなった後である同年6月21日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2)被告の主張について

原告は,被告に対し,蛍光色素に関する多数の技術情報及びノウハウ等
を順次開示した。すなわち,原告は被告に対し,平成28年5月31日までに,甲109の2ないし11の情報を提供し,口頭で原料の置換基を変えるだけで蛍光色が変化することを伝え,被告の研究員に蛍光色素の製造方法を指導するなどした。原告が被告に対して構造等を情報提供した蛍光色素は被告が主張する5種類だけではない。
Fluolid-PMs
については,
原料を変更するだけで,
Greenのほか,
Yellow,
Orange,Redの4種類の合成が可能で,工程もGreenと全く同じであり,FluolidPMsGreenについて書面で製造方法の情報を提供した際に,置換基の構造及び出発
原料の化合物名と構造式を教授し,それ以前にFluolid-PW,Fluolid-W及びFluolid-N
の合成方法も教授した(原告製品と甲73記載の各蛍光色素との対応関係は,Fluolid-Wが蛍光色素1,Fluolid-PM及びFluolid-PMsが蛍光色素2,Fluolid-PWが蛍光色素3に相当する。)。
被告は,
ヒアリングリスト・研究版に回答しなかったことを指摘しているが,
それが必要であることが本件契約に明記されているわけではないし,被告はそこに記載されているはずのデータを,原告が開示した書類・データや原告による教育に
よって取得していた。また,原告代表者は多くの公務を抱えており,被告に対して素早い対応はできないので理解してほしいと伝えていたし,P4がヒアリングリスト・研究版の蛍光色素の構造等の部分を作成し終わった後,P5が残部について実験を繰り返しながら作成しており,このことは被告の研究員であるP6も知っていた。作成が遅いことについても被告の了解を得ていたし,リストに記入できない膨大なデータであったため,
報告書形式にしてから提出することをP6に約束し,
了承を得ていた。

被告は,平成27年7月には乙27発明に係る特許の出願の事実を知っ
ていた。乙27発明は本件契約の対象となっていないし,出願した特許は多数の抗体やDNAへの標識ができないため使えないもので,権利化する意味のないものであり,この特許を受ける権利に専用実施権を設定しなくても,本件事業を行うことはできた。

被告が共同研究者として指摘する他大学等は,九州産業大学の実用化支
援事業のメンバーであり,原告代表者との共同研究者にすぎず,原告代表者は本件契約の対象ではないから,本件契約の違反にはならない。また,その事業には被告も参画しており,原告代表者はP3に対し,本件契約締結前に共同研究者の件を伝えていたから,
被告は共同研究者の件を知っていた。
そして,
それにもかかわらず,
被告はその整理を指示しなかった。

被告は原告が提供した営業情報が実態と異なっていたなどと指摘するが,
原告が開示した販売計画は販売先が作成したものであり,売上げがないのは,本件契約が締結されるため,原告製品の販売を控えるよう申し入れていたからである。また,被告に対して開示した市場情報のうち,国内分は試薬販売メーカーから入手した情報にすぎず,
米国分は,
米国での販売企業が売上実態を明かしていないため,
正確な市場情報は不明であることを被告に伝えていた。さらに,被告に対して米国
での販売企業を紹介していたが,被告は同社と一度も連絡をとらなかった。オ
被告のその余の主張は否認し,争う。

(被告の主張)
(1)本件契約は,共同研究契約等の締結を停止条件とする条件付契約であり,共同研究契約等はいずれも締結されていないから,
本件契約は効力を生じていない。
(2)原告の主張のうち,甲109の2ないし11の情報を提供したこと,原告製品に係る蛍光色素のうち5種類(Fluolid-PMGreen,Fluolid-PMYellow,
Fluolid-PMOrange,Fluolid-PMRed及びFluolid-PMsGreen)の構造等を開示したことは認めるが,その余の主張は不知又は否認し,争う。(3)共同研究契約及び製造委託契約がいずれも締結に至らなかったのは,次の事実ないし理由及び下記2の被告の主張記載の事実ないし理由によるものである。
すなわち,原告と被告は,本件契約の締結の協議を始めた時点から,原告が開発した蛍光色素に係る事業について協業することを意図しており,
被告は原告に対し,
①本件事業を行うために必要な技術情報や,本件契約第12条に定める共同研究を行うための前提として,当該共同研究についての共同研究計画の内容を決定するために不可欠な技術情報(蛍光色素の構造や合成法等)と,②本件事業についての市
場情報や原告の営業情報の開示を求めた。
しかし,原告は被告に対し,本件事業を行うために必要な技術情報や共同研究計画の内容を決定するために不可欠な技術を開示せず(構造等を開示したのは上記5種類の蛍光色素についてのみであったし,ヒアリングリスト・研究版記載の質問にも回答しなかった。),また,原告が開示した技術情報は不十分なレベルのも
のに留まり,本件事業についての市場情報や原告の営業情報も実態と異なっていたため,被告は,共同研究についての計画を策定することができず,原告と共同研究計画等の協議を行うこともできなかった。
また,原告は,平成28年6月21日まで,乙27発明に係る特許の出願の情報を開示しなかった上に,共同出願人から専用実施権設定についての同意を得る努力
をしようとしなかった。
このほか,原告の販路の内容等や他機関等との共同研究の状況についての被告に
よる開示要請に対する原告の対応,被告との共同研究についての協議についての原告の対応にも問題があった。なお,原告が古河電工に対して原告製品を継続的に販売していた事実はない。
したがって,共同研究契約等が締結されなかったことは,被告が故意に停止条件の成就を妨げたことによるものなどではない。
(4)したがって,本件契約は効力を生じていないから,本件契約第4条に基づく一時金の支払請求には理由がない。
2
争点2(本件契約第21条第2項による契約の中途解約)

(被告の主張)
(1)仮に停止条件が成就したものとして本件契約の効力が生じていたとしても,被告は本件特許権等の実施にあたる事業を中止し,本件契約第21条第2項の規定に基づき,本件契約の中途解約をした。
まず,前述のとおり,本件特許権等の実施にあたる事業を行える見通しがなかったため,共同研究契約等の締結に至っておらず,被告はその事業を中止したもので
ある。
また,原告が被告に専用実施権を設定すべきものと定められている本件特許権等のうち合計5件の特許権の権利者は原告と株式会社久留米リサーチ・パークの2名であるところ,原告は共有者である株式会社久留米リサーチ・パークより専用実施権設定の承諾を得ておらず,合計12件の特許権の全てにつき,被告に対する専用
実施権設定登録を行っていない。そのため,被告は,本件特許権等の実施にあたる事業を行うことができない。
さらに,本件契約第2条第1項は,原告は本件事業に関わる出願中の知的財産権(別紙本件契約の対象特許の⑬参照)についても,被告に対して仮専用実施権を設定すべき旨を定めているところ,原告は,乙27発明に係る特許出願をしたに
もかかわらず,これについて仮専用実施権設定登録を行わない。
それだけでなく,原告は,ヒアリングリスト・事業企画調査版に対する回答
において,産業技術総合研究所(産総研)をはじめとする複数の研究機関等との研究を明らかにしたが,それらの研究機関等は原告製品の開発に協力してきた研究機関等でもあるから,これら研究機関等との共同研究は,本件契約第12条第3項が禁止する研究である。
(2)被告は,平成28年9月21日及び同月30日,原告に対し,本件特許権
等の実施にあたる事業を中止したとして,本件契約第21条第2項に基づき,本件契約を中途解約する旨の意思表示をしたから,本件契約第4条に基づく一時金の支払請求は理由がない。
(原告の主張)
(1)被告の主張のうち,5件の特許権の権利者が原告と株式会社久留米リサー
チ・パークであること,12件の特許権の全てについて専用実施権設定登録がされていないこと,原告らが乙27発明に係る特許出願をし,これについて仮専用実施権の設定登録がされていないこと,被告が本件契約を中途解約する意思表示をしたことは認めるが,その余の主張は否認し,争う。
(2)原告の主張は前記1の原告の主張記載のとおりであるほか,次のとおりで
ある。
すなわち,株式会社久留米リサーチ・パークと共有している特許権は,同社との間で共有持分を原告が買い戻すことを合意しており,専用実施権の設定に関する同意も受けている。
また,
専用実施権の設定登録手続は被告が行うことになっていた。
3
争点3(本件契約第22条第1項による契約の解除)

(被告の主張)
(1)原告は,
前述のとおり,
乙27発明に係る特許出願をしたにもかかわらず,
これについて仮専用実施権の設定登録を行わず,また,複数の研究機関等と,本件契約第12条第3項が禁止する共同研究を行っていた。
(2)被告は,平成28年7月1日及び同月5日,原告に対し,上記仮専用実施権の設定登録と,原告が複数の研究機関等と共同研究を行っていることの是正を求
めたが,原告は,仮専用実施権の設定登録を行わず,共同研究の是正も行わなかった。
(3)被告は,同年9月30日,原告に対し,原告が本件契約の定める条項に違反し,これを解消しないことを理由に,本件契約第22条第1項に基づき,本件契約を解除するとの意思表示をしたから,本件契約第4条に基づく一時金の支払請求は理由がない。
(原告の主張)
(1)被告の主張のうち,原告が乙27発明に係る特許出願をし,これについて仮専用実施権の設定登録がされていないこと,被告が本件契約の解除の意思表示を
したことは認めるが,その余の主張は否認し,争う。
(2)原告の主張は前記1及び2の原告の主張記載のとおりである。4
争点4(被告に詐欺を理由とする不法行為が成立するか)

(原告の主張)
(1)不法行為の内容
被告の被用者であるP1らは,原告を欺罔して,原告が蓄積した蛍光色素に関する技術情報,ノウハウ等を騙取することを意図して,真実は,原告と共同研究を行う意思はなく,一時金等の実施料を原告に支払う意思もないのに,これらがあるかのように装って,原告に本件契約の締結を持ちかけた。
原告は,被告には共同研究を行い,一時金等の実施料を支払う意思があるものと
誤信し,
本件契約を締結して,
平成28年6月20日までの間,
被告の求めに応じ,
蛍光色素に関する情技術報,ノウハウ等を順次被告に提供した。
被告は,前述した問題があるとして共同研究契約等の締結を拒んだが,これは一時金を支払わないための口実であり,被告は,原告を欺罔して,蛍光色素に関する技術情報,ノウハウ等を騙し取ったのである。

(2)過去の特許技術の詐取
被告は,
平成25年,原告と古河電工が共同開発をしていることを知りながら,
原告に隠れて古河電工に対してサンプル提供を行い,他方でこの事実を原告に故意に伝えず,その技術について特許を出願しようとした。
被告は,原告の特許技術を詐取しようとしたものであり,本件契約についても,同様の意図で行ったことが推認される。
(被告の主張)
(1)原告の主張の(1)記載の事実は否認し,
争う。
そもそも原告が被告に開示し
た原告製品に係る蛍光色素の構造は公知であるし,被告が原告から情報の提供を受けたのは,共同研究契約等の締結を検討するとともに,原告との共同研究の準備のためであり,被告の欺罔行為により原告が錯誤に陥った結果,原告が被告に情報提
供したものではない。
(2)原告が過去の特許技術の詐取と主張していることは,被告が独自に開発した発明を特許出願しようとしたものにすぎず,原告の主張は理由がない。5
争点5(被告の不法行為による原告の損害額)

(原告の主張及び予備的請求)
一時金の金額4500万円は,蛍光色素に関する技術情報,ノウハウ等を提供
することの対価として定められたものであり,被告が蛍光色素に関する技術情報,ノウハウ等を騙し取ったことによる原告の損害も,
4500万円を下ることはない。
よって,原告は,P1らの不法行為に基づき,使用者である被告に対し,損害賠償金4500万円及びこれに対する不法行為の後である平成28年6月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。(被告の主張)
原告の主張は否認し,争う。
第4

当裁判所の判断

1
争点1(被告が故意に本件契約第25条の停止条件の成就を妨げたか等)に
ついて
(1)原告が主位的請求において請求しているのは,本件契約に基づく一時金の
支払であるところ,本件契約において,契約が成立してから60日以内に,被告が原告に一時金4500万円を支払うと定められていること(第4条),本件契約では,共同研究契約等の締結を条件とする旨規定されており(第25条),これは停止条件を定めたものであること,及び現在に至るまで共同研究契約等が締結されていないことは,当事者間に争いがない。
そして,本争点に関し,原告は,被告が故意にその条件の成就を妨げたから,条件が成就したものとみなされる(民法130条),あるいは,条件が成就したのと同視すべきであると主張する。
ところで,民法130条は信義則に反する当事者の責任を重くしたものであるか
ら,同条によって条件が成就したものとみなすためには,条件が成就することによって不利益を受ける当事者に故意があることに加え,条件を不成就にしたことが信義則に反することも要件として求められると解すべきである。そこで,以下では,被告が共同研究契約等を締結せず,停止条件を成就させなかったことが信義則に反するかどうかという観点から検討する。

なお,共同研究契約等は,被告と原告が締結するものであり,単に債務者の意思のみに係るものとはいえないから,本件契約第25条の停止条件は,いわゆる純粋随意条件(民法134条)には当たらない。
(2)前提事実に加え,甲129,後掲の証拠,原告代表者供述及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。


本件契約に関する協議が始められる前の状況
(ア)原告は,平成16年4月27日に設立され,九州産業大学の教授であ
る原告代表者が代表者を務めている会社であり,原告代表者が研究している蛍光色素を商品化するとともに,蛍光色素の研究,開発等をしてきた。
(イ)ハリマ化成は,平成17年頃から,原告が開発する蛍光色素を,ハリマ化成がナノテクノロジーの分野に応用したいとして協議を行い,同年10月5日,
原告が保有する技術・情報のハリマ化成での商品開発の有効性の事前検討を行うに
当たり,原告及びハリマ化成が相互に開示又は提供する情報を開示の日から3年間機密として保持することを約した上で,原告は,原告の研究・開発にかかる蛍光色素(以下,本項において本件材料という。)及び本件材料に関する情報等をハリマ化成に提供し,ハリマ化成は,本件材料の試作及び評価を実施し,その評価データ等の情報を原告に開示し,取引その他については別途協議する旨の機密保持契約を締結した(甲13,乙2)。
(ウ)原告とハリマ化成は,平成19年8月1日,製品の共同開発に関し,契約書に一般式で示される化合物について効果的に開発を進めるため,それぞれの特長を生かして共同開発を実施するが,原告が既に独自で開発を実施している生体
分野については開発対象から除くこと,ハリマ化成は委託研究費300万円を原告に支払うこと等を内容とする共同開発契約を締結した。
なお,同契約の実施期間は,当初,同日から平成21年7月31日までとされたが,平成25年7月31日まで延長された(甲14,15,乙3,32)。(エ)ハリマ化成も蛍光色素に関する研究をし,平成19年1月31日,原
告と共同で,発明の名称を重合性蛍光色素及びその製造方法並びにその重合体とする特許の出願をしたほか(特願2007-21687号),ハリマ化成や被告は,単独で又は第三者と共同して,蛍光色素に関する特許出願を行った(甲122ないし127)。
(オ)原告代表者と被告のP3は,平成25年から,蛍光色素の事業化につ
いてメール等で協議を行い,P3が,被告における事業化に目途が立たず,原告製品の事業に参入したい旨を述べ,原告代表者はこれを歓迎する旨を述べたが,平成19年の共同開発契約については,明示的には延長されず,平成25年7月31日の期間満了により終了した(甲16ないし20,乙32)。
(カ)原告代表者は,平成25年8月以降,P3に対し,新しい原告製品の
抗体標識について,使用手順が完成すれば製品化ができ,大手メーカーとも具体的な話があること,原告には資金がなく,特許費用にほとんどの資金を使っているた
め,研究施設の費用年間200万円程度を負担して欲しいこと,他の企業や大学とも話が進行しているが,被告と共同で進めたいことを伝えた(甲20,22)。(キ)P3が,同年10月以降,研究費用の支出が双方の役割と成果に見合う金額かを尋ねると,原告代表者は,九州産業大学の実験室に被告の研究員が自由に出入りしてもよいことを伝え,被告への製造依頼も含めたビジネスモデルを考えるようP3に依頼した(甲23,24)。
(ク)原告代表者は,平成25年11月,九州産業大学に対し,自らを研究代表者とする平成26年度実用化支援研究費の申請を行い,5年の研究期間として採択されたが,その際に,P3に対し,被告も共同研究者としてこれに参画するよ
う求め,P3は,これに対し,応募に問題はなく,被告としても是非参画させてもらいたい旨を答えた。
前記採択された研究の計画調書の研究組織の欄には,学外の研究者として,九州大学,九州大学病院,久留米大学,産業医科大学及び徳島大学の教授等並びに産業総合研究所つくばセンターの研究員らに加え,P3の名も記載されており,ま
た,領域別に構成された研究組織のうち,化学,顕微鏡及び防犯システムを研究するチームの中に,被告の名も記載されていた(甲24,25,85の1ないし86の2)。
(ケ)平成25年11月,原告と協業関係にあった古河電工が,ウイルス検査等に使用できる新蛍光粒子を開発したとする記事が新聞に掲載され(甲26),
原告は,被告が,原告から入手したサンプルを古河電工に横流ししたと考えたが,直ちに,被告に事実関係を確認したり,抗議したりするということはなかった(甲33)。
(コ)原告と被告のP2及びP3は,平成26年2月以降も,共同研究契約の平成25年8月1日以降の延長について協議したが,原告内部において,年10
0万円程度の研究費で研究の成果を被告に持って行かれるとの声があり,前述のとおり,共同研究契約は同年7月31日の経過をもって終了したことが確定した(甲
28ないし34)。
(サ)平成26年10月に,P3が,原告側に,色素にシランカップリング剤を導入することでシリカ内に効率良く取り込まれることを発見したので,色素の構造特許として出願したい旨を伝えたところ,
原告代表者は,
その発明については,
以前より関係のある企業と検討を重ね,まとめをほぼ終了した段階であるとP3に伝えるとともに,原告との共同出願を考えているのかを尋ね,P3が,共同出願で進めたい旨を答えると,原告代表者は,同月15日,P3に対し,2社と共同研究して来た内容であるとして,原告の単独出願とする意向を伝え,これまでデバイスは被告,バイオは原告という形で来たが,バイオについても共同研究ができないか
を打診した(甲35,36,99,136,乙117ないし121)。(シ)P3は,
同年11月以降,
原告に共同出願の意思があるということで,
被告は出願を控えたこと,原告が単独で出願した場合,被告が事業に必要な特許を確保できない可能性があることを述べて,原告に対し,同時出願という方法を提案するなどしたが合意には至らず,原告代表者は,後に,被告側に対し,上記協議に
係る特許については,原告が既に単独で出願した旨を伝えた(甲36,136,乙125ないし131)。

原告の研究開発及び原告製品等
(ア)平成26年当時,原告製品の販売実績はあまりなく,同年度の売上げ
は,有償サンプルの売上げとして400万円程度であった(乙29,58)。(イ)本件発明の実施品は大学等の研究機関における研究用試薬として使用されることが想定されるところ,日本能率協会総合研究所による2014(平成26)年の調査結果によると,研究用蛍光標識試薬関連製品の製品別市場規模は,蛍光標識2次抗体が72.5%,蛍光標識試薬が20%,蛍光標識キットが7.5%で,日本国内のメーカーシェアは,76.3%が蛍光標識試薬Alexaを販売する
ThermoFisherScientific社によって占められていた(乙72の7,8頁)。(ウ)原告代表者は,平成27年5月15日に開催されたBioTech2015
における発表の資料において,原告製品の特長として,乾燥状態で強い蛍光を示すこと,熱安定性・pH安定性・光安定性が非常に高いこと,紫外線に対し安定であること,ストークスシフトが大きいことを挙げる一方で,蛍光強度や水溶性が従来品よりも低いこと等が課題・問題点であることを記載し,BioTech2017の発表資料にも同様のことを記載した(甲64,66)。

本件契約に関する協議
(ア)原告と被告は,平成27年1月頃から,医療バイオ分野における共同
研究や業務提携等について協議を開始した。なお,被告にとって医療関連分野の事業に関わるのは初めてのことであった(乙31)。
(イ)原告代表者は,同年2月10日,P3に対し,共同研究の協議資料と
して,原告が政策金融公庫に提出した2014事業計画書を送付した。これには,原告の事業概要や保有技術,市場調査の結果,原告製品の製造計画等が記載されていた(乙135)。
(ウ)被告は,平成27年4月10日,原告に対し,被告が資本金の半分を現金で支出し,原告は資本の対価となる特許及び技術を提供する方法によって合弁会社を設立し,業務提携をする案を提示し,P2は,同月17日,原告側に対し,被告内部で説明するために必要であるとして,原告製品の優位性,現在の売上げ,今後の事業化の見込み等を尋ねた。
これに対し,原告代表者は,原告製品の優位性は長期保存性にあること,基本的
にサンプルとして提供しているので,売上げはあまりないこと,古河電工のインフルエンザ診断薬に採用されれば,
巨大な市場が見込まれること等を伝えた
(乙29,
31)。
(エ)原告代表者は,同年4月20日,P2に対し,今後,原告の技術をすべて開示し,特許使用も含めた協業を検討すること,国内外で30件ほどの特許の
権利化を終え,
出願中の特許もあること,
原告製品には大きな市場が広がっており,
大企業との協業が不可欠であること,原告には6000万円強の負債があり,原告
の特許を用いた事業をするとともに,負債の6割程度を負担してくれる企業と組むことを希望すること等を伝えた。
これに対し,
P2は,
同年5月7日,
業務提携に関する原告からの要望について,
被告としては前向きに検討したいが,医療関連分野は全くの未知な世界であり,出資は考えたことがなかったとして,同年4月10日に提案した合弁会社の設立によることの可否,また負債の6割を負担する具体的方法について尋ねた上で,原告に対し,財務諸表,株主の明細,外部負債の明細,原告の特許一覧表その他の資料の提供を求めた(乙28ないし31)。
(オ)P2は,同年5月26日,原告代表者に対し,古河電工の件は,工業
用用途との説明であったため,
被告の判断で古河電工にサンプルを提供したところ,
バイオ用途にも使用されたものであり,コミュニケーション不足で誤解を与えたと謝罪の意を表した(乙136)。
(カ)原告と被告は,同年7月以降も,原告製品の開発と販売の提携に向けた協議を行い,同月2日の打合せの際には,原告側から,反応性色素と抗体標識キ
ットは,関東化学株式会社から製品化の目途が立っていること等の説明があり,被告は,原告が債務超過となっており,原告が継続的に存続し得る方法を考える必要があるとして,被告が資金を,原告が技術を出資するジョイントベンチャーを提案した(甲111,乙33)。
P2らは,同年9月29日,原告代表者の研究室を訪問し,原告代表者らとの間
で,業務提携のスキームとして,原告の借入金返済の原資のため,原告が所有する特許11件に対して専用実施権を設定し,
その対価としてまとまった金額を支払い,
原告はこれを借入金の返済原資とし,日本政策金融公庫からの借入れを返済後,合弁会社を設立する案について議論した(乙38)。
(キ)原告と被告は,同年12月7日,本件秘密保持契約を締結し(前記第
2の1(3)イ参照),被告は,平成28年2月9日,特許権等の専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書案の骨子(甲43の1)と題する書面を作成
して,P2及びP3が,原告代表者らに,その概要について説明するとともに,契約内容について協議した。
被告は,合弁会社を設立する案は断念して,原告が保有する特許権について被告を専用実施権者とする専用実施権を設定し,実施料として,一時金のほかロイヤリティーとして製品の販売価格の3%を支払うこと,被告は原告に研究を委託して委託研究費を支払うことなどを提案したところ,
原告は,
ロイヤリティー収入以外に,
自社での収益源を確保するために,自ら特許の実施品を製造できる可能性も残したいことなどを要望した(甲43の1,44,乙41,45)。
(ク)被告は,平成28年2月15日以降,被告の筑波研究所の研究員であ
り,九州産業大学の出身者で元々原告代表者と面識のあったP6を,原告代表者の研究室に派遣し,P6は,原告から抗体標識のプロトコルを入手して,抗体をFluolid-Wを使用して蛍光標識するなどしていた。
もっとも,原告は,その色素構造や合成法の開示はせず,また免疫染色等についてはノウハウの塊であるとして,
契約締結以降でないと明かせないとした
(乙43,

44)。
(ケ)原告代表者は,同年2月17日,P6に対し,同月9日に被告から説明のあった契約書案に対する要望として,専用実施権ではなく実施権にして,原告は他の企業と組まないといった契約にすることや,利益を折半すること,原告に製造権を残すこと,委託研究を共同研究にすること等を伝えた。

これに対し,P2は,同月25日,原告代表者に対し,前記要望に対する回答として,特許権等の専用実施権および仮専用実施権の設定に関する契約書案の骨子の調整についてと題する書面(甲48,乙45)を送付し,専用実施権は原告からの提案であり,この点は何度も面談し確認したことであって,この段階で基本路線が異なれば本件事業の開始を諦めるとして,
専用実施権の設定を求めるとともに,

利益折半の要望に対しては,ジョイントベンチャーの設立しかないが,それは原告が不可能と判断したと指摘し,被告が高い事業リスク,莫大な事業化経費を負担す
る中で利益を折半することは受けられないことを伝えた。
また,P2は,同書面で,現段階においては原告製品の事業化には多くの課題が残され,高いリスクが存在しており,この課題の解決は容易でなく,組織としての対応,毎年億単位の経費,長い時間が必要であることを指摘し,本件事業に関する調査等の結果,提示された原告製品の課題として,水中に於ける発光強度が低い,あるいはプロトコルが確立しておらず既存色素(アレクサ)より煩雑である等の技術課題,大きなコンペティタが市場を席巻している,あるいは病理切片の長期保管のニーズがない等の市場の課題,顧客への技術サービスや情報提供が圧倒的に不足している等の販売体制の課題その他があることを述べた(甲46,48,乙45,
46)。
(コ)原告と被告との間では,同年3月9日以降,契約書の具体的な条項案をもとに協議がされ,被告が同月14日に作成した契約書案には,専用実施権の設定や一時金の支払に関する条項,本件契約第21条第2項,第22条第1項(ただし,
解除権者を被告とするもの。及び第25条に相当する規定が設けられるほか,)

専用実施権の期間や一時金の金額等については争いが残り,一時金の支払時期は,契約成立から120日以内とされていた(甲50ないし53,67,乙48ないし50)。
(サ)その後も原告と被告との間で契約条項について協議等がされ,同年4月7日までには本件契約と同じ内容とすることについて合意がされ(本件契約第1
3条第1項のように,古河電工を明示する修正がされたほか,一部条項が追加されるなどした。),同日の打合せでは契約書の内容の確認がされた。また,被告は,当社の技術習得スケジュールに関する打ち合わせ,および質問事項と題する書面(甲92の2枚目)を作成して打合せの際に使用し,これに,ご教示いただきたい技術として,色素合成,Fluolidによる生体分子標識,
Fluolid標識抗体およびアビジンによる細胞,組織染色が挙げられ,色素合成の内容として,Fluolidの合成方法【PM,W,N】と記載した。
さらに,被告は,2016年度計画と題する書面(甲130の3枚目)も作成して打合せの際に使用し,これには,2015(平成27)年度末から2016(平成28)年度の第1四半期中に色素合成,評価技術習得他社品との比較データ収集を行い,第2四半期から第4四半期中に標識プロトコルの最適化を実現するとともに,第2四半期から2017(平成29)年度の第1四半期にかけて標識率,水溶液中での発光性向上を実現するということなどが記載されていた(甲92,130,乙51ないし58)。
(シ)原告と被告は,平成28年4月11日,スカイプを利用して,原告代表者,P3,P6らが参加する会議を開き,この際,被告が原告に対し,原告製品
について,水溶性が低いために標識率が低いとか,標識プロトコルが複雑であるなどとの指摘があること等について質問したところ,これに対する回答の中で,原告代表者は,某大学の先生にプローブ(物質の検出のために用いる標識物質)を作ってもらっている旨を述べた。また,被告は,原告に対し,同年6月までに合成や染色等の技術習得を完了したい旨を伝えた(乙59)。
(ス)同年4月12日,P3が,原告代表者に対し,某大学の先生にFIS
H(標的遺伝子を蛍光色素で標識したプローブを使用して検出する方法)用のプローブを作ってもらっているとの件について,共同研究契約等の締結の有無を尋ね,他に契約を締結している案件の有無を尋ねたところ,原告代表者は,P3に対し,FISHに関する検討について,全ての範囲において契約等は存在しない旨を回答した。
P3は,同日,原告代表者に対し,FISH以外で共同研究契約等を締結していないかを確認するとともに,現在取り組んでいる販売先や研究協力先をすべて把握した上で,
今後の体制を協議したいとして,
情報の開示を求めるメールを送信した。
これに対し,原告代表者は,同日,P3に対し,販売先とともに,研究協力先
として,九州大学大学院先導物質化学研究所P7教授について,研究室等の賃貸のため形ばかりの共同研究契約を締結しており,他に契約書を交わしている研究機関
はないことを述べるほか,九州産業大学実用化支援事業の研究機関として,九州大学病院,産業医科大学,九州保健福祉大学,久留米大学医学部,産総研つくば(P8先生),ジーンネット,徳島大学,日立アロカメディカル,九州大学,ジーンアクト及び古河電工を記載するほか,福岡県,久留米リサーチパーク及び福岡県科学技術振興財団(ふくおかIST)がアドバイザーである旨を記載したメールを送信した(甲76,77,114,乙60ないし63)。
(セ)P3は,同年4月18日,原告代表者に対し,原告製品に関して他社の特許の侵害等の調査を各国で行いたいとして,原告製品の色素構造の詳細を教示することを求めるとともに,色素の合成についても進めていきたいとして,合成法
の教示(被告の研究員への直接の指導)を依頼するメールを送信した(乙66)。同年4月22日,
被告内部での本件契約についての稟議が完了し,
承認が得られ,
P1が本件契約に係る契約書に押印した。また,P3は,同月25日,原告代表者にそのことを伝え,契約書への捺印等を依頼するとともに,被告の研究員であるP6らを原告代表者の研究室に派遣するとして,色素の合成や免疫染色等の指導を依
頼するメールを送信した(乙13,67)。
P6は,同年4月25日,原告代表者に対し,原告製品の色素構造の詳細と合成法の開示を求めたが,原告代表者は,原告製品のうちFluolid-PMの一部の構造を開示するにとどまった(乙69)。
(ソ)原告代表者は,同年4月26日までに,P6に対し,本件契約は3つ
の契約の内容を含む形となっているが,共同研究契約等の契約内容について,詳細な検討がない状態で契約書に押印することに疑問を感じるとして,どのような契約内容で進めていくか詳細を話してほしいということなどを伝えた。P2は,同月28日,原告代表者に電話をして,本件契約第25条について,本件契約は,共同研究契約等の締結を条件としていることを説明するとともに,本件
契約を締結しなければ被告には情報がなく,共同研究契約も製造委託契約も議論のしようがなく,
この順序は当然の流れであることを説明したところ,
原告代表者は,

理解した旨を返答した。
なお,P2は,その時点で,共同研究契約については,原告との役割分担や実行計画の議論の中で速やかに締結する必要があると考えていた(乙68,70)。(タ)原告代表者は,同年5月7日,本件契約に係る契約書に押印し,原告と被告は,本件契約の締結日を同年4月22日とすることにした。エ
本件契約締結後,平成28年6月までの経緯
(ア)P3は,平成28年5月10日,原告代表者に対し,今後の進め方に
ついて相談するための面談を申し入れるとともに,本件契約に基づく一時金の支払手続をするとして,請求書の発行を依頼した(甲54,68,81,乙71)。原告と被告は,同年5月20日,原告代表者の研究室において,原告代表者,P5,被告の新規事業企画開発部課長であるP9,P3が参加する打合せが行われ,この場で,被告から,医療・バイオ関連素材事業化プロジェクトと題する資料(乙72)をもとに説明がされた。その資料には,プロジェクトの目標として,2018
(平成30)
年度までに日本国内の研究用試薬の市場に参入し,
2019
(平

成31)
年度より体外診断材料市場に水平展開することが記載されていた
(乙72,
73)。
(イ)被告は,事業化に向けた研究開発計画(開発スケジュール計画)の策定を行うことにし,これを原告に提示して原告と研究開発会議を行おうと考え,平成28年5月末までに,Mプロジェクト推進進捗管理~研究開発計画(~8月末)

と題する一覧表(乙77)を作成した。これには,実施事項(実行項目)として,蛍光色素の合成と評価,蛍光標識二次抗体の作成と評価,ABC法試薬の作成と評価,免疫染色による評価,FISH法試薬の開発,分析機器の導入が記載されていた(乙73,74,77,80)。
(ウ)P3は,同年5月31日,原告代表者及びP5に対し,Fluolid技術情報の確認という件名のメールを送信し,技術課題の解決に向けたデータ取りや検討を共同で進めたいと考えており,翌日からP6を原告代表者の研究室に派遣
することを伝えるとともに,現状の詳細把握のために質問への回答を求め,質問内容をエクセルで一覧表にまとめたもの
(以下
ヒアリングリスト・研究版
という。

のデータを添付した。この書面には,Fluolid-PM及びFluolid-PMsそれぞれについて,以下の検討項目が挙げられ,個々の検討項目ごとの質問に対し,色(Blue,Green,Yellow,Orange,Red,NIR)ごとに回答を記入する欄を設けた表が掲載されていた。
a
蛍光色素について

蛍光色素の合成,光学特性の評価,物性の評価
b
生体分子標識について

蛍光標識二次抗体の作製,蛍光標識二次抗体の光学特性の評価,抗体標
識プロトコルの最適化,蛍光標識アビジンの作製,蛍光標識アビジンの光学特性の評価,アビジン標識プロトコルの最適化,蛍光方式ストレプトアビジンの作製,蛍光標識ストレプトアビジンの光学特性の評価,ストレプトアビジン標識プロトコルの最適化
c
免疫染色について

蛍光標識二次抗体を用いた免疫染色の検討,蛍光標識アビジンを用いた免疫染色の検討,蛍光標識ストレプトアビジンを用いた免疫染色の検討これに対し,原告側では,P4とP5が分担して,被告からの質問に回答することになった(甲106の1ないし3,乙78ないし80)。
(エ)被告は,同年6月1日から同月3日まで,同月6日から同月10日まで,同月13日から同月17日まで,同月20日から同月24日まで,同月28日から同年7月1日まで,P6を原告代表者の研究室に派遣し,P6は,同年6月6日から同月8日まで,Fluolid-PMs及びFluolid-PMの4色の吸収波長を測定する実験を行った。

P6は,同月7日,原告代表者及びP5に対し,Mプロジェクト~IST社情報一覧表と題する原告の共同研究先や取引先,原告製品の商流等に関する質問を
エクセルで一覧表にまとめたもの(以下ヒアリングリスト・事業企画調査版という。)のデータを送信し,それに記入する形で回答するよう求めた。なお,上記データには,被告が把握している情報が赤字で記入されていた(甲83,乙83ないし85,87,88)。
(オ)被告のP1,P2,P9,P3,P6は,同年6月10日,原告代表
者,P5らと会食し,同月20日までに,ヒアリングリスト・研究版及びヒアリングリスト・事業企画調査版に必要事項を記載して,蛍光色素に関する技術情報や原告の共同研究先・取引先等の情報を開示するよう求めた(乙86)。原告代表者は,同年6月20日,P6に対し,ヒアリングリスト・事業企画調査版に必要事項を記入したものをメールに添付して送信し,これにP6が一部加筆した。P6が加筆した後のヒアリングリスト・事業企画調査版のIST社が共同研究,ジョイントベンチャー,業務提携等々のビジネスに於ける出資関連協議有無という欄には,共同研究機関として,前記同年4月12日の原告代表者によるメールに研究協力先として記載されていた研究機関等が記載されるなどしてい
た。
なお,
原告は,
ヒアリングリスト・研究版に必要事項を記載したものについては,被告に送付等していない(甲84,乙87,88)。
(カ)被告は,本件契約締結前より,本件契約に基づいて設定される専用実施権又は仮専用実施権の対象となる特許権等について,原告に確認(開示)を求め
ていたところ,原告代表者は,同年6月21日,P3に対し,サブマリン特許(出願済みであるが,公開されていない特許の意味。)がある旨の表題を付したメールを送り,乙27発明に係る特許の出願番号や出願日,出願人が原告のほか九州産業大学(学校法人中村産業学園)及び福岡県である旨を記載した(乙54,89)。(キ)P3は,同年6月22日,原告代表者に対し,P2から電話で話した
件で,サブマリン特許の審査請求の可否について,電話では否と伺っており,その旨を今週中に書面でもらい,一時金の支払を完了させたいこと,及び特許専用実施
権設定申請書の準備を進めていることを伝えた
(甲70,
72,
74の1,
133)

原告代表者が,同年6月23日頃,九州産業大学の産学連携支援室の担当者に,サブマリン特許について審査請求をしない,あるいは審査請求をして専用実施権を被告に与えるという扱いが可能かを照会したところ,同担当者は,同年7月1日までに,原告代表者に対し,学内審査で権利化を承認した手前,審査請求を取り下げることはできないこと,特定企業に対して専用実施権を許諾することは,大学の公益的なイメージを損ねるためできず,独占的通常実施権の付与なら可能である旨を回答した。
これを受けた原告代表者は,同月2日,P2に対し,サブマリン特許は,原告製
品に水溶性基を導入したものであり,共願者である九州産業大学からは審査請求するよう言われたこと,福岡県は,独占的通常実施権であればよいが,専用実施権は認めないことを伝えた(甲75の1,95,乙91)。
(ク)被告は,遅くとも同年6月中までに,原告から,少なくとも甲109の2ないし9の書類及びデータを受領し,原告製品のうち,少なくともFluolid-PMGreen,Fluolid-PMYellow,Fluolid-PMOrange,Fluolid-PMRed及びFluolid-PMsGreenの構造の開示を受けた(甲109の2ないし10)。オ
平成28年7月以降の経緯
(ア)P2は,平成28年7月1日,原告代表者に対し,重要事項:契約履行催告についてという件名のメールを送信し,予てより,また6月21日に述べたとおり,本件契約の履行について原告側に問題があるので一時金の支払を保留していること,これに伴い被告も原告の該当特許に専用実施権の設定を実施していないことを伝え,この状況を速やかに解決し,本件契約を履行するよう催告した。P2は,上記催告の理由として,主な違反条項は本件契約第12条第3項であること,本件契約締結後に,原告より開示された情報では共同研究が原告と大学等の
間でなされているとの事であるが,これらの共同研究の存在は本契約の調整時や契約時には開示がなく,本件契約締結後に被告の市場での活動や原告への開示のお願
いで明確になったこと,被告としては,これらの共同研究の内容,成果の取扱い,発明の権利の帰属,期間が不明であり,本件契約の目的である本件事業を独占的に被告が推進する根本概念が揺らいでいることを述べた上で,今回判明した貴社もしくは九産大との共同研究先として,ヒアリングリスト・事業企画調査版に共同研究機関として記入されていた研究機関等を列挙した。また,P2は,同メールにより,原告代表者に対し,同年8月1日までに状況を改善しない場合,
本件契約第22条により,
契約解除となる旨を通知した
(乙90)

(イ)原告代表者は,同年7月2日,P2にメールを送付して,前記サブマリン特許に関する説明を述べたほか,本件契約締結までに,原告が契約書を交わし
た共同研究先はなく,原告製品の実用化に協力してくれているだけで,特許の発生はないとして,契約違反は身に覚えがないと主張した。
P2は,同月5日のメールで,サブマリン特許について,本件契約締結前には開示がなく,被告が知らなかった特許権者も明らかになったこと,事前の説明は一切なく,特許内容の仔細も知らないこと,専用実施権の設定が出来ない事も今回分か
ったことを述べ,本件契約では,本件事業に関する知的財産権は,他に存在しないことが前提であること(本件契約第5条第1項参照),原告代表者が他大学の先生と共同研究をしているとの認識はなく,共同研究であれば成果の帰属の問題が発生すること,共同研究の中身や権利帰属が分からない状態では,被告としては方針を定めることができないことを指摘した(甲88,乙91,92)。
(ウ)原告代表者は,同年7月6日,P2に対し,自分にも反論があり,サブマリン特許については伝えたと記憶していること,本件契約締結前には簡単な内容しか話しておらず,以前,被告との間で,古河電工との事業に関する大きなトラブルがあったこともその理由の一つであることを伝えた。
九州産業大学の産学連携支援室の担当者は,同月8日,P3に対し,共願者であ
る福岡県の了解が得られたとして,サブマリン特許(乙27発明に係る特許)の内容を開示した(甲75の2,88,乙93)。

(エ)原告代表者は,同年7月14日,P2に対し,非公式の照会として,指定された同年8月1日まで時間がなく,被告の希望を聞きたいとするメールを送信した。
P2は,同年7月16日,原告代表者に対するメールにより,同年8月1日までに改善するようにとの催告を取り下げること,本件契約第25条では契約の一体性を定めるが,特に共同研究契約について双方の合意が出来る状態ではないこと,現在,第25条で効力がない本件契約を破棄し,このまま専用実施権を設定せず,その上で,緩い関係を持った協力体制への軟着陸ができればと考えていること,最終的に相互理解が進まなければ,被告としては本件事業を辞めざるを得ないことを伝
えた。
またP2は,このメールにより,被告が本件契約締結後に把握した情報のうち,原告製品の蛍光強度,他社製品の光安定性,原告製品の合成処方の開示及び原告の協力体制については,原告が本件契約の締結以前にした説明とは異なっている旨を指摘した(乙95,96)。

(オ)原告と被告は,同年7月22日,原告代表者,P5,P2,P9,P3らの参加により,原告代表者の研究室で協議を行った。
その際,P2が,前記(エ)と同様の事情を指摘して,共同研究契約等を結べていないので,本件契約は効力を生じていないこと,専用実施権の設定もまだであることを述べると,原告代表者は,免疫染色のやり方,抗体の標識の仕方等,コアな技術
はすべて被告に持って行かれた後にこの話が来たと不満を述べ,サブマリン特許については審査請求しないと述べたが,P2は,最終的に,今のところ不安であり,このまま突っ切ることは難しく,白紙に戻したいと述べた(甲108)。(カ)P2は,同年7月29日,原告代表者へのメールにより,被告も事前確認が不足しており反省すべき点はあるが,本状況では,本件契約を成立させる条
件である共同研究契約等の締結は非常に難しく,契約を白紙に戻し,緩やかな関係での枠組みを共に考えたい旨を述べ,相互理解が進まなければ本件事業の中止も考
えるとして,次週中の回答を求めた。
原告代表者が,同年8月8日,P2に対し,上記メールの趣旨を確認するメールを送り,従前の経緯を考えると,被告の対応は社会的に通らないのではと指摘したところ,P2は,同月17日,原告代表者へのメールにより,共同研究契約等の締結がなされておらず,また専用実施権も設定しておらず,本件契約を解除するというのではなく,本件契約は不成立であること,緩やかな関係については,例えば原告と関係各位との繋がりを維持しつつ,被告の販売額に応じたロイヤリティを設定する,特許の通常実施権を設定することなどが考えられることを述べた(甲117,乙98ないし100)。

(キ)原告代表者は,同年9月20日,P2へのメールにより,専門家に相談したところ,同年4月に調印した契約書は一つの契約として効力があるので,まず解除すべきであることを述べ,60日という期間は,原告の技術情報を入手する期間だったのではないかと指摘したところ,P2は,同年9月21日,原告代表者へのメールにより,被告としては,本件契約の規定及び本件契約に基づく本件対象
事項の現状を総合的に検討した結果,本件契約の前提条件の不充足及び/又は本件契約の中途解約に関し,正当な理由があるものと判断して,本件契約を解消し,受領した情報については,本件秘密保持契約の規定に従って対処する旨を告げた(甲118,121,乙101,102)。
(ク)原告代表者は,
同年9月23日,
P2に対し,
前記契約解除の通告は,

トップの意思でもあるのか,本件契約のどの条項に基づくのかを尋ね,被告は多数の技術情報を入手したことを指摘した。
これに対し,P1は,同月30日,原告代表者らにメールを送り,被告の取締役会の意思決定であり,本件契約第25条を本件契約の効力発生要件とする趣旨は,事業化の前提として,原告の技術の優位性,原告の事業計画の実現可能性を精査す
る必要がある点にあり,本件契約締結後に詳細な情報の開示を受けて検討したところ,原告製品は,同業他社の競合・類似製品との比較において,品質に相当の差が
ある可能性が高いことが判明し,さらに,本件契約締結前に提供された過去の販売実績及び今後の販売見通しに,合理的な裏付けのないことが判明したため,本件契約第25条は充足せず,効力発生要件を満たさない旨を伝えた。
またP1は,念のためとして,本件契約第21条第2項に基づく中途解約の意思表示を行い,さらに,前記サブマリン特許の共願者の1名又は2名が,被告への専用実施権の設定を拒否したことは非常に重大な問題であり,事業化に関する知的財産権リスクが解消されていないとして,本件契約第2条第1項第13号,第22条第1項により,本件契約解除の意思表示を行った(甲115,乙103,104)。(ケ)被告は,同年10月28日,原告から受領した書類(甲109の2な
いし9)及びデータ等を原告に送付して返却し,その際に添付した書面(甲109の10)に,被告は原告の技術及び返却する情報を元に今後も事業を行うことはない旨を記載した(甲109の1ないし11,乙108)。
(3)以上の事実認定を踏まえ,被告が故意に本件契約第25条の停止条件の成就を妨げたか等について検討する。


本件契約第12条第3項に違反する共同研究の有無

まず,被告のP2は,平成28年7月1日に原告代表者に送信したメールにおいて,本件契約第12条第3項に違反する共同研究をしていることを指摘しており,被告は本件訴訟でも同様の主張をしている。
しかし,原告が本件契約締結後,どの研究機関等と実際にいかなる研究をしたのかは判然としないし,これを措くとしても,P2が指摘した研究は,原告代表者を研究代表者として平成26年度以降行われていた実用化支援研究費に係る研究であり,
この研究には,P3も学外の研究者として名を連ねていたから,
被告は,
原告,
被告以外の研究機関等が,その研究組織に含まれていることを認識していたと推認される(現に,被告が作成し,P6が平成28年6月7日に原告代表者及びP5に
対して送信したヒアリングリスト・事業企画調査版には,原告が記入したのとは別の欄ではあるが,既に共同研究機関として,上記研究組織に含まれている研究
機関等が記載されていた(赤字部分)(甲83,84,乙88)。)。そして,その研究は研究期間を平成30年度までとするものであり,少なくともP3はそれを認識していたと推認される上に,原告から,本件契約の締結直前である平成28年4月12日に,改めて上記研究の研究組織に含まれている研究機関等を研究協力先として記載したメールの送信を受けたにもかかわらず,本件契約の締結に際し,
それらの研究機関等との研究を中止するよう求めることはなかった。以上の経緯に照らせば,原告代表者が,本件契約締結後も,被告が指摘する研究機関等と上記実用化支援研究費に係る研究をすることが,直ちに本件契約第12条第3項に違反する研究に該当すると認めることはできない。そうすると,被告が主
張する上記事情は,被告が原告との間で共同研究契約等を締結しなかったことを正当化するものとはいえない。

原告製品に係る蛍光色素に関する技術情報等の開示の有無
(ア)原告から被告に対して開示されるべき情報の内容
被告は,共同研究契約等の締結に至らなかった理由として,原告から原告
製品に係る蛍光色素の構造や合成法等の開示を十分に受けられなかったことを挙げている。
被告のこの主張について判断するには,原告から被告に対して開示されるべきであった情報の内容を検討する必要があるが,本件契約にその具体的内容が明記されているわけではないことから,本件契約の目的がどのようなところにあったかを検
討した上で,原告から被告に対してどのような情報が開示されるべきであったかをまず検討すべきである。
そもそも,本件契約では原告らが保有する本件特許権等に専用実施権又は仮専用実施権を設定することが内容とされ,その対価として一時金を支払うことが合意されているところ,本件契約の前文において原告の蛍光色素に関する技術を応用した事業を本件事業と定義付けた上で,その事業を被告が独占的に推進することを目的とし,本件特許権等に専用実施権等を設定するのもその事業目的達成のた
めであると明記されている。また,それに先立ち原告・被告間で締結された本件秘密保持契約でも,原告が開発した蛍光色素について,蛍光色素の事業化に関する協業の可能性を検討するとされ,本件契約第12条1項では,原告と被告が被告の事業目的を達成するために共同研究を行うことが規定され,当該共同研究によって生じた本件事業に関連する知的財産権及び本件特許権等の改良発明によって生じた特許権等の処理についても規定されている。
以上の点を考慮すれば,本件契約が,単に被告において既に原告が販売している原告製品を独占的に製造販売し,本件特許権等を実施することのみを目的として締結されたものでないことは明らかであり,むしろ,本件契約は,原告と被告が共同
研究を行い,
本件発明をさらに改良するなどして,
原告製品の競合品である
Alexa
よりも蛍光強度等が高く,改良された製品を開発し,被告がその製品の製造販売を事業として行うことを目的として締結されたと認めるのが相当である。被告は,前記認定のとおり,本件契約締結前から,原告製品に係る蛍光色素の構造や合成法等について開示や教示を求めており,そのような経緯に加え,被告が作
成し,平成28年4月7日の打合せで使用された2種類の書面や,被告が本件契約締結後に作成したヒアリングリスト・研究版の内容等に照らせば,被告が原告に対して技術情報等の開示や教示を求める目的も,既に原告が販売している原告製品を独占的に製造販売するためではなく,原告製品に係る蛍光色素の構造や合成法等について開示や教示を受け,原告と共同して,より蛍光強度や水溶性が高く,改良さ
れた製品を開発するためであったと認められる。
しかも,被告は本件契約締結の前には詳細な構造等の開示を受けられておらず,他方で,原告製品には水中における発光強度が弱いとか,水溶性が低いなどという技術課題があることを認識していたにもかかわらず,それでも本件契約を締結したことに照らせば,被告は,本件契約を締結した後に,原告と共同研究をして,より
蛍光強度や水溶性が高く,改良された製品を開発することを予定しており,その共同研究を始める前提として,原告製品に係る蛍光色素の構造や合成法等の開示を受
けたり,その課題解決のために必要な情報や,製品化の検討に必要な情報の開示を受けたりすることが必要不可欠であったと認められる。
(イ)原告が被告に対して開示した情報
a
本件契約締結前に開示された情報

前記認定事実によれば,原告は被告に対して本件契約締結前から一定の情報を開示していたことがうかがわれるが,原告代表者は,P6らからの求めにもかかわらず,原告製品に係る蛍光色素の構造や合成法等を,本件契約の締結まで開示しなかった。
構造の開示がなかった以上,被告において,抽象的には原告製品に係る蛍光色素
に発光強度や水溶性等の技術課題があることは認識していたとはいえ,さらに具体的に,原告製品が一定の発光強度を有する具体的理由を認識することはできず,また,より蛍光強度や水溶性が高く,改良された製品を開発するに当たり,どのような課題があり,その開発の困難性はどの程度かということを具体的に検討することはできなかったと考えられる。また,被告は製品化して販売することを目的として
いたことから,効率的に合成できるか(収率)ということや,製品の品質(純度)等も重要な検討課題になると考えられるが,合成法の開示がなかった以上,製品化の可能性等について具体的に検討をすることもできなかったと考えられる。b
本件契約締結後に開示された情報
(a)原告製品に係る蛍光色素の構造や合成法

被告は,本件契約締結後に原告製品のうち,Fluolid-PMGreen,Fluolid-PMYellow,
Fluolid-PMOrange,
Fluolid-PMRed及びFluolidPMsGreenの構造の開示を受けたことを認めており,甲109の3ないし7によれば,その合成法についても開示したと認められる。
この点に関連し,原告が提出した証拠説明書6(平成30年8月24日付け)に
は,甲109の4の立証趣旨として,
Fluolid-PMsのグリーン,イエロー,レッドの化学構造式と記載されている。しかし,同書証の3枚目にはPMS-greenの合成と記載されているところ,その説明として,チアジアゾロピリジン体を使用すると記載されており,2枚目がチアジアゾロピリジン体の合成方法を記載したもの,1枚目はこれを合成するのに必要なジアミン体の合成方法を記載したものにすぎないと認められる。
したがって,
甲109の4によって,
原告が
Fluolid-PMsGreen
以外の
FluolidPMsの構造等を開示したと認めることはできず,原告において,被告が認めている蛍光色素以外の構造等を開示したことを裏付ける的確な証拠は提出しておらず,原告製品に係る蛍光色素の全部の構造等を開示したなどとの原告代表者の陳述・供述は,客観的証拠による裏付けがないから,採用できない(なお,原告は甲108を
裏付けとして主張しているが,蛍光色素1つ1つについて,いつ,どのように構造等が開示されたかが確認されているわけではないから,これによって上記判断は左右されない。)。
(b)原告製品に係る蛍光色素の課題解決のために必要な情報,製品化の検討に必要な情報
前記認定事実によれば,原告代表者の研究室にP6らが派遣され,原
告代表者ら原告関係者がP6らに対して必要な情報提供等をしていたことが推認される。しかし,証拠上,原告が被告に対し,ヒアリングリスト・研究版の質問にある全事項について情報提供等をしたことを認めるに足りる証拠はない。そして,前記認定のとおり,被告は,事業化に向けた研究開発計画(開発スケジュール計画)の策定を行う過程で,ヒアリングリスト・研究版を作成し,原告に対し,それに記入する形で回答することを求めたが,結局,その送付等はされなかった。
この内容を見ると,
蛍光色素の合成に関する質問として,
発光部位の収率は何%ですか,トータル収率は何%ですか,純度はどのような分析機器で確認していますかといった質問があるほか(甲106の1,2,乙79),それ以外の質問も,光学特性の評価や物性の評価,抗体標識プロトコルの最適化に関するもの
など多岐に渡っており,ヒアリングリスト・研究版は,原告製品に係る蛍光色素の課題解決のために必要な情報や,製品化の検討に必要な情報の開示を求めたものと認められる。
したがって,原告がこれを送付等しなかった以上,原告は原告製品に係る蛍光色素の課題解決のために必要な情報や,製品化の検討に必要な情報をすべて開示したとは認められない。
(c)原告の主張について
原告は,被告に蛍光色素に関する知識があったことなどを指摘し,必要な情報を開示していたと主張している。確かに,被告も蛍光色素に関する研究を
しており,一定の知識等を有していたことがうかがわれるが,甲107,119の1,2等において原告も指摘するように,本件特許権等の明細書から原告製品に係る蛍光色素の構造を見出すことは極めて困難であるから,被告に一定の知識等があることは,前記認定の原告による開示の不十分さを正当化するものではない。また,
原告はヒアリングリスト・研究版
(甲106の1,
2,
乙79)FluolidにPMやFluolid-PMsの構造式が記載されていることを指摘しているが,これと被告が原告から受領していた甲109の3ないし7に記載されている構造式とを対比すると,前記構造式は,被告が原告から開示を受けていた情報から記載することができるものにすぎないと認められるから,前記認定・判示は左右されない。さらに,原告はヒアリングリスト・研究版を作成する意思があり,現に作成して
おり,作成が遅いことについて被告の了解を得ていたなどと主張し,原告代表者はこれに沿う供述をしている。しかし,その供述を裏付ける客観的証拠は見当たらないし,完成した部分だけでも被告に送付等されることさえなく,結果として,全く被告に送付等されていないから,仮に原告主張のような経緯があったとしても,原告から被告に対して必要な情報の開示がなかったことに変わりはない。
(ウ)小括
以上のように,被告は原告から,共同研究を始める前提として開示を求め
ていた各種情報の開示を十分には受けることができなかったから,そもそも本件発明の作用効果や原告製品に係る蛍光色素の評価を十分にできなかったばかりか,今後の共同研究や製品化に当たって解決すべき課題を具体的に認識することができず,またこれらが具体的に認識できない以上,その課題解決が可能かということや,どの程度困難かということも予想できず,仮に課題解決が可能であるとしても,その課題解決にどの程度の時間を要するかも明らかではなく,製品化の見込みを立てることはできなかったと考えられる。
また,被告は多大な経費をかけて本件事業を進めていくことを予定していたが,今後の共同研究や製品化に当たって解決すべき課題の具体的内容が認識できなけれ
ば,製品化の可能性や事業として成り立つ見込みも立てられないから,営利事業を営んでいる被告としては,原告との共同研究を断念し,事業の中止を検討することは不合理とはいえない。
そうすると,そもそも被告が社内で共同研究契約の内容(条項)を詰めて,原告との間で,その契約締結に向けた交渉をすることができる状況に至っていたとはい
えない。

被告は,乙27発明に係る特許(サブマリン特許)の出願の事実に開示
に関する原告の対応も問題視している。
(ア)まず,被告が本件契約締結後に原告から開示を受けた乙27発明に係る特許を受ける権利が本件契約の対象となっていたかを検討すると,その特許請求の範囲は,そこに化学式で表されているアゾール誘導体から成る蛍光色素とされ,明細書では,核酸,タンパク質,ペプチド類,そして糖類等の生体分子の検出に用いる蛍光色素であって,固体状態で発光し,水溶性を有する蛍光色素に関する発明であると説明されている(乙27)から,その内容に照らせば,この発明に係る特許を受ける権利は,別紙本件契約の対象特許の⑬の本件事業に関わる出願中の知的財産権に当たる。そうすると,これは本件契約の対象であり,原告と被告との間では,これについ
ても仮専用実施権を設定するとの合意が及ぶと認められる。
(イ)したがって,被告がその特許を受ける権利について仮専用実施権の設定登録を受けるためには,原告から特許出願の事実,具体的には出願番号や特許請求の範囲等を開示してもらう必要があるが,原告は本件契約締結後,約2か月(本件契約に係る契約書の完成からみても約1か月半)以上,乙27発明に係る特許出願の事実を開示しなかった。
それだけでなく,乙27発明に係る特許の出願人には原告だけでなく,福岡県らが含まれており,
原告がその特許を受ける権利に仮専用実施権を設定するためには,福岡県らの同意を得る必要があり(特許法34条の2第8項,33条4項),その
同意が得られない場合には,
仮専用実施権の設定合意の効力が生じないこととなる。
そして,原告代表者は,少なくとも福岡県からは専用実施権の設定についての同意は得られないことを明言しており,そうすると,乙27発明に係る特許を受ける権利については,有効に仮専用実施権が設定できない事態が生ずることになる。そして,本件契約において本件事業に関わる出願中の知的財産権を対象に含
めたのは,今後,被告が本件事業を独占的に推進していくに当たり,その知的財産権の実施権を自ら独占して,第三者から特許権侵害との指摘がされることを防ぐとともに,新たな製品が第三者の保有する特許に係る発明の技術的範囲に属するかどうかを検討しなくてもよいようにして,柔軟かつリスクを伴わずに研究開発をすることができるようにするためと解されるが,第三者である共同出願人の同意が得ら
れなければ,そのような趣旨は完全には実現されず,被告にとっては,このような事態が,本件事業を推進するに当たり,一定のリスク要因となり得ることは否めないし,それを措くとしても,上記経緯は原告と被告との間の信頼関係に影響を及ぼすものというべきである。
(ウ)原告の主張について

原告は乙27発明に係る特許は権利化する意味のないものであるなどと主張している。しかし,本件契約では,本件事業に関わるものであれば本件契約
の対象になるのであるから,原告が本件契約締結前に乙27発明に係る特許出願をしていた以上,それに係る特許を受ける権利が本件契約の対象となることは明らかであり(なお,原告は本件契約第19条(第三者による出願禁止)に違反していないと主張しているが,本争点で問題とされているのは同条の違反ではない。),仮に当該発明に係る特許出願に問題があったとしても,どのような特許権等が本件契約の対象となり,被告がそれについて専用実施権又は仮専用実施権を取得できるかということは,本件契約の基本的かつ重要な事項であるから,以上の経緯は,被告と原告との信頼関係を阻害する事情となり得ることは否めない。
また,原告は被告が平成27年7月から乙27発明に係る特許出願の事実を知っ
ていたと主張している。確かに,甲132には原告が出願しているのは福岡県などの絡みがある特許であるとの記載があるものの,これによって被告に対して乙27発明に係る特許出願の事実が伝えられたと認めることは困難であるし,出願番号や特許請求の範囲等の開示がされていない以上,開示として十分とはいえず,平成28年6月21日以前に,出願番号等を被告に知らせたことを認めるに足りる証
拠はない。
そして,本件契約第10条第1項には秘密保持の約定があるから,原告が少なくとも本件契約締結後,直ちに被告に対して乙27発明に係る特許出願についての具体的情報を開示することに支障があったとはいえない。
さらに,原告代表者は,平成28年6月下旬以降,乙27発明に係る特許出願に
関しては審査請求をしない旨を述べているが(甲74の2も参照),前記認定したところによれば,他の出願人も含めそのような合意が成立したことを認めるに足りる証拠はないし,そのような事後的な経緯があったとしても,乙27発明に係る特許出願に関する経緯が結果的に,原告と被告との間の信頼関係を阻害する事情となり得ることは否めない。

(エ)小括
以上より,原告が本件契約締結後,しばらく経ってから乙27発明に係る
特許出願についての具体的情報を開示し,その共同出願人から仮専用実施権の設定に同意を得られないという事実は,被告が原告との間で共同研究契約を締結し,本件事業を推進するかどうかを判断するに当たり,相当程度,影響を与える事実といわざるを得ない。

平成28年6月下旬以降の被告側の対応

確かに,前記認定事実によれば,平成28年6月下旬,P3は原告代表者に対し,審査請求を行わない旨の書面が提出されれば一時金を支払うかのようなメールを送信し,P2は原告に対する催告の内容として,当初,他の研究機関等との研究の件や乙27発明に係る特許出願の件だけを挙げていた。
以上の経緯は,被告側での法的又は事実的な検討や,内部での情報共有が十分でないことを表しており,結果的に,原告に不信感を抱かせることとなったことは否めない。
しかし,原告代表者は,本件契約第25条の存在を認識しており,P2から契約書への押印前に,被告には情報がなく,共同研究契約も製造委託契約も議論のしよ
うがなく,まず本件契約を締結するという順序は当然の流れであることを説明されていた。そして,同年6月下旬ないし同年7月の時点で共同研究契約等は締結されていなかった以上,被告側の上記対応によって,原告に対し,本件契約第25条の停止条件の不成就が主張されることはないであろうとの期待を抱かせたとまでいうことはできない。


以上のことを踏まえると,被告が他に主張していることについて判断す
るまでもなく,被告が原告との間で共同研究契約を締結しなかったことは,やむを得ないものであったということができ,そうである以上,製造委託契約を締結するという話に至ることもないから,製造委託契約を締結しなかったこともやむを得なかったといえる。そうすると,被告が条件を不成就にしたことが信義則に反するとはいえないから,被告が故意に停止条件を成就させなかった(民法130条)と認めることはできない。そして,上記判示を踏まえると,本件契約の適用において,
信義則上,共同研究契約等が締結されたのと同視すべき事情があるともいえない。したがって,本件契約は停止条件が成就していない以上,効力を生じていないことになる。そして,前記認定事実や被告の本件訴訟における主張等を踏まえると,被告は現時点で,原告と共同研究契約等を締結する意思を全く有していないと認めるほかないから,原告の被告に対する一時金の請求(主位的請求)は,全部棄却すべきこととなる。
2
争点4(被告に詐欺を理由とする不法行為が成立するか)について(1)原告は,被告が原告と共同研究を行う意思がなかったにもかかわらず,原
告に本件契約の締結を持ちかけ,ノウハウ等を詐取したなどとして,詐欺による不法行為を主張している。
しかしながら,前記認定事実によれば,被告は,本件契約締結前から原告との共同研究や事業化に向けた検討をし,原告とも打合せや会議を実施していたし,本件契約締結後も,被告のプロジェクトとして進めることを前提として,事業化に向けた研究開発計画の策定を行おうとしており,原告との共同研究に向けた検討・
準備をしていたと認められ,前記認定の本件契約の締結前後の経緯によれば,被告は,本件契約締結後の原告の対応等を受け,原告との間で共同研究契約等を締結することはできないと判断するに至ったと認められるから,原告が主張するように,本件契約の締結時から,被告に原告と共同研究を行う意思がなかったと推認することはできず,他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

また,製造委託契約については,その性質上,共同研究契約が締結されないにもかかわらず,製造委託契約だけが締結されるということは考え難く,以上の認定・判示によれば,被告が本件契約締結前に,製造委託契約を締結する意思を有していなかったと認めることもできない。
したがって,被告が詐欺を行ったとする原告の主張は,認められない。
(2)その他の原告の主張について
原告は,
被告が平成26年に色素の構造特許を出願しようとしたことについて,
原告の特許技術を詐取しようとした旨を主張しているが,被告が特許出願しようとした発明と原告が特許出願した発明との関係は必ずしも明らかでない上に,原告が主張する詐欺未遂の内容と,
予備的請求において問題となっている詐欺の内容とは,
事実関係において異なるものであるから,原告主張の上記事実は,予備的請求に係る詐欺の事実を直ちに推認させるものとはいえない。
また,原告は,本件契約締結後,被告から共同研究契約等の契約書さえ提示されなかったことを指摘しているが,前記1の判示によれば,そもそも各契約の締結に向けた協議がされる前提が整っていたとは認められないから,被告から契約書の提示がなかったことが,被告による詐欺の意思を推認させるとはいえない。
さらに,原告は,平成28年7月以降の被告による契約解除等の説明に理由がないことなども指摘しているが,前記1の判示に照らせば,被告が原告と共同研究契約等を締結しなかったことはやむを得ないことといえるのであって,原告指摘の経緯から原告主張の詐欺の事実を推認することはできず,むしろ,被告は同月以降,原告に対してまずは状況の改善を求め,その後,改善の催告を取り下げた上で原告
との合意可能な点を探して協議をするなど,原告との関係を維持しようとしたことが認められるから,このような経緯は,上記原告の主張とは整合しない。以上より,前記(1)の認定・判断を左右すべき事情は認められない。(3)したがって,原告の予備的請求も理由がない。
3
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴
訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部

裁判長裁判官
谷有恒
裁判官
野上誠一島村陽子
裁判官


本件契約の対象特許


本件特許①(乙15)
特許番号:

特許第3881667号

発明の名称:生体分子の検出方法及びそれに用いる標識色素並びに標識キッ

出願日:
公開日:

平成18年11月17日

特許権者:


平成17年8月4日

登録日:
平成16年3月31日

原告代表者

本件特許②(乙16)
特許番号:

特許第4801445号

発明の名称:生体分子の検出方法及びそれに用いる標識色素並びに標識キット
出願日:

平成16年12月22日

国際公開日:平成17年7月7日
登録日:
特許権者:


平成23年8月12日
原告代表者

本件特許③(乙17)
特許番号:

特許第4860352号

発明の名称:診断薬及びそれを用いた測定方法
出願日:
公開日:

平成23年11月11日

特許権者:


平成19年12月6日

登録日:
平成18年5月23日

原告代表者

本件特許④(乙18)


特許番号:

特許第5058676号

発明の名称:生体標本の作製方法
出願日:
公開日:

平成24年8月10日

特許権者:


平成20年11月27日

登録日:

平成19年5月18日

原告及び株式会社久留米リサーチ・パーク

本件特許⑤(乙19)
特許番号:

特許第5189096号

発明の名称:診断薬及びそれを用いた測定方法
出願日:

平成19年7月30日

国際公開日:平成21年2月5日
登録日:
特許権者:


平成25年2月1日
原告及び株式会社久留米リサーチ・パーク

本件特許⑥(乙20)
特許番号:

特許第5244596号

発明の名称:タンパク質の検出方法及びそれに用いる蛍光色素
出願日:

平成18年8月9日

国際公開日:平成20年2月14日
登録日:
特許権者:



平成25年4月12日
原告及び株式会社久留米リサーチ・パーク

本件特許⑦(乙21)
特許番号:

特許第5415760号

発明の名称:生体標本及びその作製方法
出願日:
平成19年7月27日

国際公開日:平成20年1月31日
登録日:

平成25年11月22日

特許権者:


原告及び株式会社久留米リサーチ・パーク

本件特許⑧(乙22)
特許番号:

特許第5503836号

発明の名称:蛍光色素及びその製造方法
出願日:

平成20年7月10日

登録日:

平成26年3月20日

特許権者:


平成18年12月26日

公開日:

原告及び株式会社久留米リサーチ・パーク

本件特許⑨(乙23)
特許番号:

特許第5539635号

発明の名称:蛍光色素
出願日:
公開日:

平成26年5月9日

特許権者:

平成22年2月18日

登録日:
平成20年8月8日

原告代表者

本件特許⑩(乙24)
特許番号:

特許第5539920号

発明の名称:診断薬及びそれを用いた測定方法
原出願日:

平成18年5月23日

分割出願日:平成23年3月18日(本件特許③に係る特許出願からの分
割)
公開日:
登録日:


平成26年5月9日

特許権者:
平成23年8月11日

原告代表者

本件特許⑪(乙25)
特許番号:

特許第5638734号

発明の名称:生体分子用標識色素及び標識キット並びに生体分子の検出方法出願日:

平成18年7月28日

国際公開日:平成19年2月1日
登録日:
特許権者:


平成26年10月31日
原告代表者

本件特許⑫(乙26)
特許番号:

特許第5881624号

発明の名称:蛍光色素
出願日:

平成23年2月18日

国際公開日:平成24年8月23日

登録日:
特許権者:

平成28年2月12日
原告代表者

本件事業に関わる出願中の知的財産権(注:本件契約第1条で定義される知的
財産権であり,特許権等を受ける権利を含む。)
以上
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